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シンデレラ

金持ちと庶民の話。

 愛飲していたミネラルウォーターが校内の自販機から消え、仕方なくコーヒー牛乳を買ったある日のこと。

 私はやらかしてしまった。





 校内鬼ごっこ。

 誰しもやったことがある、もしくは見かけたことがあるだろう。私も小学生の頃やって、先生に見つかりこっぴどく叱られた。廊下は走っちゃいけません。当然のルール。

 だがまさか、高校生にもなって校内鬼ごっこをやることになるとは。

 さすがに予想してなかったし、そんな青春はしたくなかった。

「待てって言ってるだろう!」

 後ろから生徒会長の声が追いかけてくる。

 私は彼を振り返って大声で言った。

「だからクリーニング代出すって言ったのに、あんたが強引に押し切ったんでしょうが!」

「は!?何の話だ!」

「今更あの発言をなかったことにするのはナシですよ!ナシ!」

 怒鳴りあいながら、私と生徒会長は走る。あの麗しの会長が汗を光らせながら廊下を全力疾走するなんてなかなか見られない光景だ。自然と生徒たちの視線も集まる。会長のせいで私まで目立つ。

 捕まったら多分ひどいことになる。良くてパシリ、悪くてお家断絶。

 走りながら、私の頭には走馬灯のように今までのいきさつが蘇っていた。あれは数日前の朝のこと。



 パックの野菜ジュースを啜りながら、私は学内掲示板に群がる人々を遠巻きに見ていた。

「……何だね、あれは」

「えっ、瑠璃、まだ見てないの!?」

 いつのまにか隣にいた友人が、驚いたように聞き返す。

「生徒会長にコーヒー牛乳ぶちまけた子がいるんだって。会長ってば、かなりご立腹みたいよ。犯人は今すぐ生徒会室に来いって」

 友人は笑いながらそう説明してくれた。私たちは二人して、ははは、何だそれ、と笑い合う。

「ごめん、それ私だ」

 瞬時に真顔に戻り、私は自分でも呆れるほどに落ち着いた声で告白する。友人はあんぐりと口を開けて、実に素直な反応を返してくれた。

「ど、どどどどうすんの瑠璃」

「どうしようね」

「会長は、あの高倉財閥の御曹司なんだよ?うちらみたいなエセセレブからしたら、雲の上の人なんだよ?」

「…………詰んだな」

 そう、我らが会長サマは高倉財閥という正真正銘の金持ち一族の一人息子。それに比べて私は、一応社長令嬢ではあるものの、本当に小さな会社の社長を父に持つ、いわゆる子金持ち。うちの学校には、医者や弁護士の子どもがごろごろいる。この校内で異質なのは、隠れ庶民である私たちの方なのだ。私たち庶民は、セレブのご不興を買わないよう、縮こまり、時には見栄を張って、上手くやっていかなきゃならない。

 それなのに、だ。

 私はやらかしてしまった。よりにもよってトップクラスのセレブ相手に。

「……三十六計逃げるに如かず」

 しかし私は、ここで大人しくお縄につくほど可愛い神経はしていない。

「瑠璃、まさか出頭命令を無視するつもり!?」

「のこのこ生徒会室に行ったところで無事には済まないだろ……」

 紙パックの中身を残さず飲みきり、私はそれを近くのゴミ箱に放った。

「それに、あっちが私個人を特定できてるならとっくに連行されてるはず。つまり、まだ逃げようはある」

「る、瑠璃……恰好良いこと言ってるようだけど、会長にちゃんと謝ったの?」

「謝ったよ。そのときはあんまり怒ってるように見えなかったのになあ」

 私はぽりぽりと頭をかきながら、その場を後にした。

 このときは、あまり大仰には考えていなかった。要は、会長としばらく顔を合わせなければいいだけだ。クラスも離れているし、ちょっと注意すればなんてことない。卒業するまで会わないのはさすがに無理かもしれないけど、その頃には会長もほとぼりが覚めているだろうし、私の顔なんか忘れているだろう。

 それに、あの人はあれしきのことで怒るような小さい男じゃない。昨日初めて会話しただけだけど、何となくわかる。コーヒー牛乳をぶちまけたことも、ちゃんと謝って許して貰った。私たちの関わりはあそこでおしまい。

 まあ、もう話すこともないでしょう。

 そう思っていた。

 ところが、その数日後。何故か私は、会長と対面していた。私は絶句し、彼は面食らった無防備な顔をしている。

 ここでちょっと巻き戻ってみよう。

 なんてことないいつもの昼休み。私は一年の校舎と二年の校舎を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。たまたま、部活の連絡で一年の校舎に用があったのだ。その途中で、向こう側から来た人が持っていたプリントがばさばさと廊下に散乱する。手を滑らせたのかな、と考えながら、私はその場にしゃがみ込み、ばらまかれた書類を集めて顔を上げた。

 そして硬直した。

 そこには、呆然とした顔つきの会長と、その隣に立つ副会長がいた。

「あれ、もしかして高倉が探してたのってこの子?」

 その場にいた三人の中で最初に口を開いたのは副会長だった。

「うっひゃあ、すごい偶然。良かったじゃん、会えて。なあ高倉?」

 会長は無言だった。私も無言だった。

 何も良いことなんかない。最低だ。油断した。まさかこんなところに会長が来るなんて思ってなかった。二年の校舎だったらもう少し気をつけていたのに。

 だけどまあ、私の往生際の悪さは尋常じゃないわけで。

「はい、これ」

 集めた書類を押し付けるように会長に渡し、私はすぐに二年の校舎にダッシュした。



 そして今に至る。

 私が必死こいて逃げているのはそういうわけだ。取り敢えず誰かにぶつかると危ないから、なるべく人の少ない廊下に走る。

「何で逃げるんだ!」

「あんたこそなんで追いかけてくるんだよ!あれはもう終わったことでしょうが!」

 叫び終わる前に、ぱしっ、と手を掴まれる。その手を振り払おうとして、それは出来ずに私は目を丸くした。

「え、あの……大丈夫?」

 会長はひどく息を切らしていた。しかも軽く咳き込んでいる。

 運動部の私と違って、多分この人はどっちかというと肉体労働向きじゃない。いつも勉強か生徒会の仕事に追われてるから。

 彼は何も言わずに、上がった息を持て余しながらその場にしゃがみ込んだ。私の手は掴んだまま。自然に、私も彼のそばに座り込むかたちになる。

「……あのさ、あのときのことで気を悪くしたなら何度でも謝るよ。私もやたら偉そうだった自覚あるし……」

 俯き加減に、あのときのことを思い出しながら私はゆっくりと喋った。

「だ、だからその、お家断絶はご勘弁を……」

「……さっきから何の話をしているんだ?」

「へ?」

 ようやく息切れが収まったらしい会長が、戸惑ったような怒ったような顔でこっちを見た。

「……コ、コーヒー牛乳ぶっかけたことを怒ってるんじゃないの?」

「あれはまあ……君も言った通り終わったことだ。責める気はない」

「え、でも掲示板に……」

「あれは生徒会の奴らが面白がって勝手にやっただけだ。コーヒー牛乳云々は、それしか手がかりがなかったから書いただけで、まったく関係ない」

「……うん?」

 何だかよくわからない。

 混乱した様子の私を見て、彼は長いため息をつく。

「……俺が君に、あの日のこととは別件で用があったんだ。学年も名前も聞いていなかったから、会いに行くことができなかった。だからって掲示板を使うなんて強硬手段を取るつもりはなかった」

 疲れた表情で言う彼の言葉を聞いて、私は何となく理解した。

 つまり、会長は怒っているわけではない。掲示板の貼り紙も彼の意志で貼られたわけじゃない。そして彼は、コーヒー牛乳とは別の用があるから私を追いかけてきた、ということ。

「……で、その用って、なんでしょう」

 私が聞くと、会長はぎしりと固まった。無言であさっての方向を向かれて、私は眉を寄せる。

「なんなんですか?」

 私が詰め寄ると、彼は何故か顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を開けたり閉じたりした。

 なんだこの反応。意味がわからん。

「…………きっ」

「き?」

「……君と、もう一度……話がしたかった。それだけだ」

 つっけんどんに言われて、私は目を丸くした。

「……話。なんの?」

 畳み掛けるように聞くと、また会長は固まってしまった。かと思うと、ぶつぶつと呟きながら必死に何かを考えている。

 変な人だな、と思いつつ私はその様子を見守っていた。そのうちに、ピンと来た。

「わかった。私と友達になりたいんですね?」

 私がこう言うと、会長はぽかんと口を開けた。彼はしばらく難しい顔をして考え込んでいたけれど、やがて渋い顔で頷く。

「まあ……うん、そうだな」

 その曖昧な返事の後に、もうそれでいいか、とため息まじりに呟いたのが聞こえたけれど、私には何のことだかわからなかった。

「それならそうと最初から言ってくれれば逃げたりしなかったのに」

「ああ、うん……悪かった」

 彼はどことなく疲れたような、力ない笑顔を浮かべていたけれど、私にはその表情の理由もさっぱりだった。取り敢えず、この場は「まあいいか」で済ませることにする。

「じゃあ友達記念に、私のお願い一個だけ聞いてくれませんか?」

「俺に出来る範囲なら善処する」

 堅苦しい返答が返ってきて、私は苦笑した。それからちょっと遠い目をして、真剣な顔つきに戻る。

「校内の自販機に、ミネラルウォーター追加してください」

 私の素っ頓狂な”お願い”に会長は最初は訝しげに首を傾げていたけれど、ほどなくして何かを察したようだった。

「……そうだな。そうした方が良さそうだ」

 彼は天井を見上げて、真顔でこう言ったのだった。



 ばしゃっ、と頭の上から大量の液体が降ってきたのは、ぼーっとしながら階段の近くを通りかかったときだった。こん、と俺の足元に中身をぶちまけた空のペットボトルが転がる。

 ぽかんとして上を見上げると、階段の上で俺と同じくあんぐりと口を開けている女生徒と目があった。

「ごめんなさい」

 飛ぶようにして階段から駆け下りてきた彼女は、驚くべき素早さで俺に土下座した。正直された側の俺は戸惑う。

「……つまり、階段の踊り場でペットボトル飲料を飲んでいたところ、手が滑って落としてしまい、偶然にも下にいた俺に中身がほぼ全部かかってしまったと」

「その通りでございますっ!」

 彼女はぐりぐりと額を床に擦り付けながら、半泣きで叫んだ。

「水ならまだしも、コーヒー牛乳なんて牛乳臭い上に染みになるものを……っ」

 確かに、いい気分ではない。正直はやく帰って服を着替えて髪を洗いたいが、彼女をこのまま置いていく気にもなれなかった。

「私、クリーニング代払います!」

 彼女はがばっ、と顔を上げてそう申し出てくれた。

「いや、いい」

「ではワイシャツごと弁償しましょう!どこのブランドですか!?」

「そんな大袈裟な……」

 どうしてもお詫びがしたいらしい彼女を何とか宥めて落ち着かせ、一息つく。その表情に、女生徒は何か思うところがあったらしい。

「何か悩みでも?」

 彼女は知らないだろう。何気ないその言葉に、俺がどれだけ驚いたか。

「私で良ければ聞きますよ。いつでも」

「……じゃあ今いいか?」

「えっ、今?」

 彼女の目が、その格好のままでいいのか、と聞いてくる。そんなに時間はかからないから、と俺は押し切った。

「たいしたことじゃない。周りからの期待が重くてな、少し疲れてるんだ」

「期待、ですか」

「ああ。期待されること自体は誇らしいんだ。それに疲れるのは、俺が未熟なせいなんだろうな」

 苦笑して、俺は彼女から顔を逸らす。見なくても、視線を感じた。

 ぱし、とカフェオレをかけられて冷たくなった手を、彼女の温かい手が握る。

 ぎょっとする俺の目を覗き込んで、彼女は力強く言った。

「あんま肩肘張るな!」

 揺らぎのない、瞳だった。

「疲れたら誰かに弱音吐くこと。いい!?」

「いや、別にそこまで……」

「だめ。あんたみたいのは溜め込むから。その上顔に出ない」

 表情が薄いとはよく言われていたので、俺は一瞬言葉に詰まる。その一瞬で、彼女はずいっ、と顔を近づけた。

「顔の力抜いて、笑ってみ。そしたらちょっと楽になるからさ」

 誰の前でも完璧でいる必要ないよ、と言って、彼女はにこりと笑った。お手本みたいなめいっぱいの笑顔が、視界いっぱいに広がる。

「……悪い。もう戻らないと」

 ぱっ、と顔を逸らして、彼女から距離を取った。

「あ、そうですよね。引き止めちゃってごめんなさい」

「いや、大丈夫だ」

 なんとか平静な声で言えた。はずだ。顔は合わせられなかった。そのまま逃げるように、彼女と別れた。

 自分がどうやって生徒会室まで戻ったか、正直よく覚えてない。

「おっかえりー高倉……って、お前どうしたの?」

 副会長の一戸がそう聞いたのは、俺がずぶ濡れで、ついでに異臭を放っていたからかもしれない。でもきっと、それだけじゃない。自分でわかってた。

「顔、真っ赤だけど」

 無言で顔を隠した俺に、生徒会の面々が俄然興味を持ったのは言うまでもない。洗いざらい吐かされた。

 俺の話を聞いた生徒会メンバーが余計な気を回してくれたりするのは、また別の話。












おまけ:シンデレラが逃げた後の二人の会話↓


副会長「……ぶふっ、高倉、逃げられてやんの」

会長「……何で逃げられるんだ……」

副会長「さあねぇ。嫌われてんじゃない」

会長「………………一戸。これ(プリント)持って先帰れ」

副会長「ん?いいけど、どこ行くん?」

会長「追いかけてくる」

副会長(「あ、これちょっとイラッと来てんなー」)「あ、そお。いってらっしゃーい」



完。





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