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第七話 ともだち

八月最後の短編です。

「ずっと、友達でいようね、理香ちゃん」


「うん、真由子。約束」


 それは、二人の口癖だった。


 真由子と理香は近所に住む、仲の良い友達だった。


 幼稚園の頃からずっと。


 しっかり者で気が強く面倒見の良い理香と、おっとりしていて泣き虫な甘えん坊の真由子。


 正反対な二人は、パズルのピースがあったみたいにいつも一緒で不思議と気があった。


 あまりの仲の良さに大人になって誰かと結婚したら、離れ離れになっちゃうね、とからかい口調で他の友達に言われた時もあったが、真由子は「結婚したってお隣さん同士で住むもん。ずっと一緒なんだもん」と駄々をこね、理香にしがみついた。


 そんな真由子に、理香は仕方ないなあと笑い、真由子の頭を撫でた。


 すると真由子は嬉しそうに笑い、機嫌がよくなるのである。


 そんな二人を、周囲の友達は呆れ半分、羨ましさ半分で見ていたのであった。




「今晩、家族で外食に行くの。パパとママの結婚記念日だから」


 ある日、学校の下校の途中、理香は真由子にそう言った。


 二人は小学五年生になっていた。


「いいなあ、理香ちゃん。それで、何を食べにいくの?」


「何かなあ? お寿司か、ステーキか、イタリアンか……。まあラーメンじゃないよね、記念日だし」


「私だったらパスタがいいなあ。私パスタ大好きだもん」


「私はご飯もののが食べられるよ」


「理香ちゃん、和食好きだもんねー」


 そんなことを話しながら歩いていると、時間はあっという間だった。


 学校により近い理香の家の前で二人は手を振って別れた。


「じゃあまた明日ねー」


「今日はおいしいものたくさん食べてきてねー」




「本当、真由子ったら寂しがり屋なのよ」


 夕食を食べた帰り、理香は車の後部座席から両親にそう話しかけた。


「面倒みてあげないと心配で、一人になんかさせておけないわ」


 そう言う理香は、面倒と口で言ってるのとは違い、嬉しそうに真由子のことを語る。


「あらあら大変ねえ」


 母親もそう応じながら、くすくすと笑っている。


「しかし、真由子ちゃんは本当に理香のことが好きなんだね。真由子ちゃんは可愛いし、理香が男の子だったらお嫁さんになってもらえたのに、残念だよお父さんは」


「えー、女の子だから友達になれたんだよ。わかってないなあ、パパは」


「お父さん、理香はまだ小学生なんですから、そんなこと言ってもあまりピンときませんよ」


「あー、ママったら。私のこと子供扱いしないでって言ってるのに……」


 ずいと理香が運転席と助手席に手を置いて身を乗り出したその時。

 

 カッ!


「……うわっ!」


 キキキキキキィィィ――――――――!


 眩しいライトの光とつんざくようなブレーキ音、そして激しい衝撃に、世界は暗転した。




「……真由子、真由子、起きて」


 揺り起こされ、真由子は眠い目を擦って起き上がった。


「………うん? なあに、お母さん。もう朝?」


「真由子、あのね、落ち着いて聞いて? 昨晩ね……」




(嘘……っ、絶対に嘘……!)


 真由子はパジャマのまま家の外で駆けだしていた。


 向かうのは、理香の家だった。


 近所にある理香の家にはすぐに着いた。


 閉められた門を開け、ドアに手をかけた。


「閉まってる……」


 真由子はドンドンとドアを叩いた。


「理香ちゃん、理香ちゃん!」


「……真由子?」


「……理香ちゃん!」


 いつからいたのか、庭先に理香が立っていた。


「理香ちゃん……っ!」


「真由子……」


 泣きながら飛びついてきた真由子の背中を、理香は優しく撫でた。


「真由子ったら、大きな声であんなに呼ぶんだもの。目が覚めちゃった」


「ご、ごめんね。お母さんから話聞いて、私……」


「そっか。……パパもママも、死んじゃった」


「……理香ちゃん」


 真由子は目に涙を浮かべたまま、理香の肩から顔をあげた。


「対向車がね、私達の乗った車にぶつかってきたの。トラックだった。嫌になっちゃう、そりゃ駄目よね」


「理香ちゃん」


「私ももう、ここにはいられないなあ」


「何で……!?」


「何でって……」


 理香は戸惑ったように、真由子を見た。


「だって、パパもママももういないし、それに……」


「やだやだやだよう、理香ちゃん、どこにも行っちゃ嫌だあ……!」


 真由子はそう言うと、ぎゅっと理香に抱きついた。


「ずっと一緒だって、ずっと友達だって言ったじゃない。約束破っちゃやだもん……!」


「真由子……」


 理香は一度目を閉じると、笑みを浮かべて真由子を見た。


「真由子は、本当に手がかかる子ね」


「……そうだよっ。だから、どこにも行っちゃ嫌だよ……!」


 じっと自分を見上げる真由子に、理香は苦笑するとその頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「わかった。私、努力するから、あんたはもう帰りな」


「でも……」


「真由子、パジャマ姿のままじゃない。黙って家出てきたんでしょ? きっとおばさん、心配してるよ」

 

「あ……」


「約束するから、私もここに残れるように、頑張るって」


「……本当?」


「約束」


 ほっとしたように頷いた真由子の頭を、理香は「いい子」と撫でる。


「……じゃあ、私家に戻るね」


 真由子は理香から離れて歩き出したが、ふと立ち止まると理香に振り返って言った。


「理香ちゃん、あのね……、理香ちゃんがとっても悲しいと思うんだけどね、私、私は……、理香ちゃんが無事で良かった」


「真由子……」


「ごめんね、私、ひどいこと言ってるよね」


「ううん」


 理香はゆっくりと首を横に振った。


「私は、真由子が友達で、本当に幸せだよ」




「ただいま……」


 戻ってきた娘に、母は気遣わしげな眼差しを向けた。


「真由子、今までどこに」


「理香ちゃんの家行ってたの。理香ちゃんに会いに」


「真由子……」

 

 母はそっと真由子の肩を抱き寄せると、その腕の中に包み込んだ。


「辛かったわね、真由子……」


「平気。本当に辛いのは、理香ちゃんだもん」


「そうね……。本当に、まだ真由子と同い年だっていうのにね……」


 目の端に涙を浮かべた母は、すっと立ち上がると真由子の背を押して言った。


「部屋に戻りなさい。温かいホットミルクでも持っていってあげる。それと、なんなら今日は学校お休みしてもいいからね」


「うん……」


 真由子は頷きながら、部屋へと戻った。


 コホン、と小さな咳が、一つこぼれた。




 それから、数週間が過ぎた。


「もう、ママったら大袈裟なんだから。ただの風邪なのに、入院だなんて、コホッ」


「ただの風邪ってレベルじゃないから入院になったんでしょ。大人しく寝てなよ、真由子。私もずっとここにいるから、退屈しないでしょ」


「うん、理香ちゃんがいてくれるのは、嬉しいけどお……コホコホッ!」


「ほら、寝た寝た。ゆっくりお眠り」


「うん、でも……」


 真由子の不安げな眼差しに理香は、ん? と首を傾げた。


「私が眠ってる間に、理香ちゃんどっか行っちゃわない?」


「……行かないよ、どこにも」


「本当?」


「約束」


「……うん」


 真由子は安心したように、すっと目を閉じて規則的な寝息をたてはじめた。


 その顔色は、恐ろしく青白かった。




「……先生っ」


 真由子の寝顔を見下ろしていた理香だったが、わずかに開いた病室のドアから漏れてきた声に、顔をあげた。


「真由子……、真由子はどうなってしまうんでしょう……! あの子、亡くなった友達が今でもそばにいると思い込んでいて、いくらもう理香ちゃんはいないのよと言ってもまるで聞こえてないかのように……。それだけならともかく、具合もどんどん悪くなっていって、このままじゃ……っ」


「お母さん、落ち着いてください……っ」


「でも、でも……、先生……!」


 理香はそこで途絶えた声の後、漏れ聞こえてきた鳴き声に、うっすらと笑みを浮かべた。




「……真由子の想いに縛られて、私はどこにもいけなくなったけど。でも、私は真由子を恨んでなんかないわ。逆に、嬉しいくらい。それこそが、何よりの証明。ずっと一緒にいようって、友達でずっといようって、約束したものね、真由子。だから、真由子も後悔なんかないよね。ずっと一緒にいてあげる。一番近くにいるから、ずっと」


 理香は眠り続ける真由子の顔を見ながら、どこか歪んだ笑みを浮かべた。





 だから、ずっとずっと、一緒にいようね。



 だって、ともだち、なんだから……。





八月最後の短編は夏らしく、ホラーでした。

後味悪かったら、すみません。

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