2話 入学式
特殊能力者学校高等部――〈学園〉高等部の入学式は、生徒が一堂に集まれる大ホールで行われていた。周りを見渡すと新入生から在校生まで全員男子である。そして、その中でわたしだけがただ一人女子だった。うう、何だか場違いなところにいる気がして居心地が悪い。そんなことを考えて身を縮こまらせていると、
「新入生代表挨拶、一条唯」
わたしの名前が呼ばれた。ああ、この時が来てしまった。緊張する、気が重い。しかし落胆したところで何が変わるわけではないので、わたしは気持ちを切り替えて「はい!」と勢いよく返事をした。席を立ち壇上に上がる。そして手に持っていた原稿を広げ読み始める。
「このたびは――」
この新入生代表挨拶、通常なら学力をはかるために行う入学前テストで一番点数の良かった人がするのだが、今年は世界中で注目されているという理由でわたしがすることになった(ちなみにわたしの入学前テストの結果は平均より少し上だった)。
ただでさえ現状注目されているのに、これ以上注目を浴びてどうするのだろうか。いや、自慢したいのだ――女性超能力者を。気持ちはわからなくもない。わたしだって中学二年の時に、誕生日に買ってもらった『世界の銃器事典』を、朝読書用の本として学校に持っていきたいという衝動にかられたことがある(結局持っていかなかったけど)。とはいえ、その自慢に付き合わされる身としては、たまったものじゃないというのが正直なところだった。注目されるのは好きではないし、実際注目を浴びてみても、こみあげてくるのは恥ずかしさがほとんどだった。
「――以上で挨拶を終わらせていたがきます」
原稿を読み終え、お辞儀をする。どこからともなく拍手が起き、ホール中に響き渡る。わたしは壇上を降り、自分の席に戻った。緊張が解け、体が軽くなった気がする。新入生代表挨拶を終えたわたしはもう何も怖くない――と思ったけど、死亡フラグが立ちそうなのですぐに考えを改める。怖いものたくさんあるよ、うん。
この後、学長や文部科学大臣の話があり入学式は終わった。
入学式が終わりわたし達新入生は、それぞれのクラスに移った。〈学園〉高等部は三十人前後のクラスが各学年に三つある。自分のクラスは、電子掲示板か学生用情報端末で知ることができる。わたしは一組だった。
入学式と同じで、教室の中もわたし以外は男子しかいなかった。席は名前の順番になっており、『あ』の名前の人がいないのか、わたしの席は廊下側から一列目の一番前(一番初めの席)だった。後ろから視線を感じる。注目の的になっているのがよくわかった。しかし彼らの反応は当然ともいえた。ここでイレギュラーなのは、わたしのほうなのだから。
ガラリ、と教室の扉が開き、男性と女性の二人組が入ってきた。
「今日からお前らの担任になる冨茅紀隆だ」男性が言った。「そしてこちらが――」
「ふ、副担任の河羽弥種です。よろしくね、みんな」緊張した面持ちで女性が言った。一部の生徒から「おおー」と声が起こった。
冨茅先生と河羽先生か。対照的な二人だな、と思った。
河羽先生は丸眼鏡におさげという、いまどきめったにお目にかかれなさそうな格好をした若い女性だった。地味ではあるが、親しみやすい、真面目で優しそうな印象の人だ。あ、でもお化粧とか髪型次第ですごい印象変わりそう。
一方の冨茅先生は河羽先生とはうって変わって、燃えるような赤い髪に端正な顔立ちの人だった。髪の色も相まって、周りから注目される容姿であるが、それを寄せ付けない、鋭い刃物のような雰囲気を放っていた。
「次はお前らの自己紹介の番だ。名前と能種、それと何か一言。一条、お前からだ」
「え? は、はい。名前は一条唯、能種はえーと……分類不可って言われました。これからよろしくお願いします」
わたしは立ち上がって、自己紹介をした。拍手とともにざわめきが起こる。冨茅先生が「ほら、静かにしろ」と言った。まあ、何となく予想のついていた反応だ。驚かれるのはこれが初めてじゃない。
能種とは超能力の種類のである。超能力の種類は大きく三つに分類されている。念を込めて物を動かすことのできる一種能力(念動系)、空間を歪ませ瞬間移動などができる二種能力(空間系)、念によって人の心を読み取ったり逆に精神に干渉できたりする三種能力(感応系)。超能力者の力というのは、必ずこの三つのいずれかに種類分けされている。
で、わたしの能力はというと、どれにも当てはまらなかった。そりゃびっくりする。超能力には三つの種類があると言った次の言葉が、「わたしの能力はどの種類にも当てはまらない」なのだから。
「はい、じゃあ次」
冨茅先生に言われ、私の後ろの席の人(井藤君というらしい)が自己紹介を始めた。そして次の人、また次の人と自己紹介が進む。うーん。急に振られて心の準備ができてなかったとはいえ、「よろしくお願いします」だけじゃ言葉が足りなかっただろうか。他の人は趣味とか特技とかをちゃんと言っている。なんてことを考えていたら、見覚えのある顔が視界に入ってきた。
「千駄木ちとせ、一種能力。よろしく」
見覚えのある顔は、愛想のない声でそう簡潔に自己紹介を終えた。相変わらず不愛想だな、と思った。中学校の友人に言わせればそこが良いらしいのだが、よくわからない。とはいえ、愛想のなさの割に面倒見がいいし、ほかにも彼のいいところはよく知っている。
――千駄木ちとせ。
彼はわたしの幼馴染だった。