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92話 ウォード商会

完全お遊びみたいな息抜きの回。

次、ちゃんと進みます。





 それぞれの調合を終えて、ベルとサフルの二人を残し私たちは工房を出た。



 私の手には小さめのバスケットがあって、その中にはレシナのタルトが入っている。

隣を歩くリアンの手には丸められた羊皮紙と大きめのバスケット。

中身はエルへ渡す手土産だ。



「一番街に行くのは勿論だけど、商店街に買い物に行くこと自体が久々な気がする」


「言われてみると確かにそうだな。採取に出ていたし、モルダスに戻ってからは工房で調合していた。まぁ、僕やベルは時々だが学院や家に帰って用事を済ませていたが君は教会に行ったくらいでこっちには来ていなかったんだったか」


「そうそう。食材のストックもあるし、用事のついでに二人が色々買いたしてくれてたから調合三昧で楽しかったけど」



キョロキョロと周りに視線を向けると露天商と呼ばれる人たちがお客さんを呼び込みしているのが見えてくる。


 今歩いているのは二番街。

昼が近いこともあって賑わっている。



「食べ物の屋台が割と多いみたいだね」


「二番街は一番街とは違って珍しい他国の料理を扱う店が多いんだ。一番街は有名だったり話題になっていたり、コネを持った商人が店を出すことが多い」


「コネって……誰の?」


「一番街で店を出している飲食店関係者と商会ギルドの人間だ。コネ、というか挑戦する権利を得るようなもの、と言った方が適切かもしれない」



 そう言うと、一番街で飲食店の露店をするための条件をリアンは話していく。

簡単に言うと『一番街』で商いをしている数名の店主と商会ギルドに味や品質を確認して貰う必要があるらしい。

そこで複数人の許可が下りれば出店できるそうだ。



「飲食店の露店についてはこのような基準になっているが、他の露店は審査がもっと厳しい。違法な物ではないという証明書を複数出さなくてはならないし、国からの営業許可証を得る必要がある。この営業許可証だが、既存の店も毎年出しているし、評価を受けて不適切だと評されれば店を立ち退かなくてはいけない」


「うっへぇ……なんか聞くだけで頭痛くなってきた」


「まぁ、慣れてしまえばどうという事はないし必要なことだからな。ライムも少し書類関係の仕事に慣れておくべきだ。将来店を開きたいなら当然必要になってくることでもある」


「その時はリアンに教えて貰うからいいや」


「……君は僕を便利屋か何かと勘違いしてないか」


「便利屋リアンって響きがいいし、儲かりそうだね。そういう商売始めたら教えて、頑張って雇うから!」


「儲かる前に心労で倒れる自信と確信があるから断固拒否させてもらう」


「ちぇ。リアン雇えれば鑑定してもらい放題なのに」



軽口を叩きながら、露店を眺めて歩く。


 リアンの言うように、二番街で露店を出している人の三分の一は肌の色が違ったり、言葉が片言だったり、独特の衣服や雰囲気を纏っている。


 見たことのないものが沢山あるから値段が適切なのかどうか判断に迷うけど、帰りにちょっと寄り道してみようと思った。

そういう人が多いみたいで、皆歩きながらも露店の商品をチェックしているようだ。

美味しそうな物も幾つかあったからこっそりチェックしておく。



(味見を兼ねて帰りにちょっと買い食いしちゃおうかな。懐にも少しだけ余裕があるし、たまには自分で作らないご飯が食べたい)



私がお財布の中身を思い出しながら歩く横で、リアンの話はまだ続いていた。



「話を戻すぞ。一番街は貴族が多い。他国の料理や商品を扱う店はまず視察を兼ねて二番街に店を出す。まぁ、気楽に商売ができるから二番街に……と考える者も少なくないが」


「確かに珍しいもの多いよね。私はこっちの方がいいな、アタリと外れがあるみたいだけど。帰りに何か買って帰っていい? たまに自分で作らないご飯食べたいし」


「あー……そう、だな。まぁ、たまになら外食もいいかもしれない」


「今度ベルと一緒に散歩しに来よーっと。財布は置いて」


「全面的に協力する。財布は置いて行くべきだ、特にベルは」



空を見上げる私とリアンは金遣いの荒いお嬢様を思い描いて視線を落とした。

いや、だって脳内で貴族的買い物を繰り広げるベルがやけにくっきり思い浮かんだんだもん。



「私さ、今、頭の中で貴族買いするベルを必死に止める自分が思い浮かんだ」


「そうか……僕もだ」



私たちは無言で道を歩き、二番街を抜けた。

そのままよそ見することなくウォード商会の扉をくぐる。


 頭の片隅では工房の資金が尽きてポイッと学院に放り込まれるところまで想像が進んでいたのは、ベルには内緒にしておこうと思う。




◇◆◇




 店内に入って直ぐ、リアンに気付いた店員さんがにこやかな笑顔を浮かべてこちらへ近づいてきた。



 ウォード商会では店員さんだと一目で分かるように制服っていう、商会が支給している統一デザインの服を身に着けているんだって。

言われてみると、広い店内には少なくない人数の店員さんがいてお客さんが困っていないか観察しているようだ。



(大きいお店じゃないとできない事だよね。まぁ、うちの工房だと新商品には必ず説明を書いた紙を商品棚に貼り付けるってことになったけど)



お客さんが沢山いる場合に説明する手間を省くため、らしい。

あと、声をかけて欲しくないとか人見知りのお客さんもいるんだって。

他に使い方に関する苦情を言って来られた時にも役立つとか役立たないとか。



「コレ、店員さんに渡せばいいかな」


「ちょっと待ってくれ―――……すみませんが、父か弟のアリルは戻っていますか」


「はい、数時間前にアリル様が戻られております。個人商談室で宜しいでしょうか? 発注書の類がありましたら私に預けて下されば手配をしておきますが」


「お願いします。発注書はこれですね。十日後に工房で営業を開始することにしたので、各所に軽く話だけでも通しておいて欲しいのですが。発注量が変化する可能性もありますし」



リアンは差し出された商談室の鍵を店員さんから受け取って、迷うことなく奥の扉へ。


 私たちに頭を下げる店員さんに軽く一礼を返し見慣れた背中を追いかける。

ずらりと並んだ扉の前を迷うことなく進んで、奥から三番目で足を止めた。

慣れた様子で開錠しドアを開けて振り返る。



「? 何をしてるんだ。先に入ってくれ」



 慌てて室内に入るとリアンは扉を閉めて、鍵をかけた。

次に部屋の隅に備え付けてあった棚へ近づいていく。

何をするのか見ていると、棚の上に置かれていた直径5センチの大きな魔石が嵌められた置物に手を翳す。



「何してるの……?」


「この部屋は防音魔具があるから、そこに魔力を補充しているんだ。補充といっても一時間程度の量だから帰る頃には回復する」



「防音、魔具?」



「防音結界展開魔術具の一般的な呼称だ。その名の通り、防音の術式を彫り込んだ魔石を使って作られている。これに魔力を注げば決められた範囲が防音状態になる。条件が幾つかあるんだが、この室内だけが結界の範囲内だから外で聞き耳を立てても会話の内容を知られることはない」


「へー……なんかリアンの家ってこういう高いものポンポン置いてあって怖いね。気軽に友達呼べなさそう」


「それを言うなら君の家もだろう。冒険者として有名な両親と『錬金薬の母』と呼ばれるオランジェ様が暮らしていた家なんだからな」


「今、私の家空っぽだけどね。使える物は丸ごとトランクに入れてきたし」



普通に使ってたものばかりだから価値があるって言われても、と首を傾げる私にリアンが呆れた表情でため息を吐いた。



「オランジェ様を慕うものは多い。それを知った上で利用しようとする賤劣な輩もいるから気を付けるように」



うん、と返事をしておいたもののリアンの言葉って時々難しすぎて分かんないんだよね。



(せんれつってなんだろ。多分良くない意味なんだろうけど)



その後も例題を上げるように“おばーちゃんの名前を利用しようとする人間の手口”なるものを話していたけど、興味がなかったので適当に相槌を打ちながら私たちが入ってきた扉とは別のドアを見つめる。


 リアンの弟がアリルって名前なのは知っているけど、会ったことはない。

自分には兄弟がいないから少しだけ兄弟がいるリアンやベルが羨ましいんだよね。

ぼーっと座りながら待つこと数分。



「兄ちゃん…ッ! 俺に用事って何!? 何手伝えばいいっ!?」



感極まったような声と共にドアが開かれた。

そこにはリアンとはあまり似ていない目を輝かせた男の子が立っている。


 私よりちょっと背が高いその子は、焼けた肌と癖のある明るい金茶の髪、そして紺色の目をキラキラと輝かせて真っすぐにリアンを見ていた。



「アリル。ここは店だぞ、少し落ち着いたらどうなんだ」


「ごめんごめん。いやー、兄ちゃんが俺を呼んでるって聞いて、やっと何か手伝わせてくれるんだと思って」



あはは、とバツが悪そうに頭を掻きながら謝ったアリルと呼ばれた男の子は、簡単に身だしなみを整えて人懐っこそうな笑顔を浮かべた。


 リアンとその子を見比べる私に、男の子は気付いたらしい。

慌てたように後ろ手にドアを閉めて鍵を閉めたかと思うと、やや浮足立った足取りで私の椅子の横に立った。


 慌てて立ち上がった私の手をぎゅっと握って、二~三度大きく上下に振る。

年下であろう男の子の手は剣士のそれで硬く、ごつごつしていた。



「双色の髪ってことは貴方がオランジェ様の孫にあたるライム様ですね! ずっと会いたいと思ってたんですよっ」


「えーっと……リアン」



どうしたらいいのか分からず顔だけ軽く振り返るとすぐ後ろにリアンが立っていて、笑顔で男の子の肩を掴んでいた。



「落ち着けという僕の言葉は聞こえなかったようだな」


「いたたた。痛いって兄ちゃん。だって、父さんには色々報告する癖に俺に会っても工房の事あんまり話してくれないし、旅に出る時だって俺に連絡くれなかったし」


「とりあえず、座ってくれ。そういう話は後だ」



しょぼん、と叱られた犬のように肩を落として正面に置かれた席に移動した少年はリアンの視線を受けて慌てて胸を張る。



「あー……お二人ともお掛けください」



取り繕う様に“接客”を始めた彼を見て隣から深いため息が聞こえた気がしたけど、聞かなかったことにして再び椅子に腰を下ろす。


 それを確認してから再び人懐っこい笑顔を浮かべ、一礼。



「私はウォード商会のアリル・ウォードと申します。果物と同じ名前なので覚えやすいかと。アリルの果実を見た際についでに思い出して頂けると嬉しいです。若輩者ですが以後お見知りおきを」



自己紹介を終えると一言断ってから席に腰かけてやや弾んだ声で用件を聞かれた。

 リアンの用事ではないので申し訳なく思いつつ、テーブルの上のバスケットからレシナのタルトを取り出す。



「ライム・シトラールです。用事っていう用事じゃないん、ですけど……リアンのお父さんから届いたものを見て、貰いすぎだと思ったので『レシナのタルト』を調合してきました」



どうぞ、と軽くお皿を彼の方へ移動させると一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、納得したように小さく頷いた。



「王室に献上した『ジェムクラスター』を発見されたのはライム様だと聞いております。アレは、献上会の後に国宝級として登録されまして、その報酬として王からウォード商会に色々と報酬が与えらえたので感謝の証と言いますか……ですので、お礼は不要です。あくまでこちらの心付けのようなものですし」


(あ。やっぱりリアンの弟だ。こころづけってなに。さっぱりわからないんだけど)



タルトは引っ込めるべきだろうか、悩んでいると隣からスッと手が伸びてお皿が私たちの方へ引き寄せられた。


 その手の主に視線を向ける。

案の定、そこにいたのはリアンだった。

凄く良い笑顔を浮かべたまま、レシナのタルトが乗った皿を手にしている。



「そうですか。これ以上押し付けてはご迷惑になりますね。これは持って帰って私が適切に処分いたします。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」


「え、あ、いや……弟君が要らないんなら私が持ってかえ」


「僕もウォード家の人間だからな。父と弟の代わりに有難く頂くよ、何せ、このタルトは僕がずっと探していたあの時の味だ。取り分が減らなくてよかった」



涼しい顔でバスケットを渡せと催促してくる首席眼鏡。



「最後の方で本音漏れてるからね。気付いてるかもしれないけど」



 若干呆れつつ足元に置いておいた、入れ物のバスケットを手にすると凄い顔した弟君がテーブルの上に身を乗り出して、タルトの乗った皿を掴んでいた。

いやいやいや。



「ちょっと待った兄ちゃんそれ酷いだろ! 俺がレシナのタルト好きなの知ってる癖に!」


「何が酷いものか。お前が要らないと言ったんだから兄である僕が貰っても問題ないだろう」


「馬鹿兄貴っ! さっきのは商人としての受け答えで俺の本音じゃないしっ! あの言葉は親父の代弁であって俺の言葉じゃないっ」


「ふん。未熟だな、身内だからと言って僕が仏心を出すわけないだろう。これに対する想いは僕の方が強い。まして、お前はその口で一度断っているんだから口に出した約束事は守るんだな。商人の端くれだろう。簡単に好物を前にして断りなんか入れるからこうなるんだ」


「俺は別に兄ちゃんみたいな腹黒じゃねーしぃっ! なぁ、ライムさんこれ俺が貰っていいんだよね?! ねっ?! 俺すっごいレシナのタルト好きなんですっ! しかもオランジェ様に貰った時の味だって聞いたら食べるしかないじゃないですか。ねっ。俺昼飯も食べてなくて腹ペコだからこれ全部喰えるって言うか、むしろ食わせて欲しいんですけどいいですよね!? 必要なら俺の方からも色々融通するようにしますからっ。これ俺にください!あの狐親父じゃなくて!」


「ライム。こいつは一度所有権を放棄している。いらないと言ったものを押し付けるのは、返って迷惑になるからここは持ち帰るのが一番だ。そうに決まっている。そうだな、夕食の後にでも皆で食べよう。それが一番いい。所有権は僕にあるし取り分が減るのは嫌だが、一切れじゃ足りなかったんだ。出来れば次はホールで頼む。代金は勿論払うぞ」


「はぁああぁ?! 何それ羨ましい! ずるいっ! 兄貴はライムさんにまた作って貰えるんだろ、それっ。いーじゃん、これ俺が全部食っても! ってか先に一切れ喰ってるのかよ! ずるいっ」


「ずるいも何も僕はライムに頼まれて味見をしたんだ。正当な権利だし、お前に批判される筋合いはない。あと、コレを作って貰えるかどうかはまだ分からないのだから目の前にあるモノを欲するのは当然だろう。アリル、ここは兄の顔を立てて引け。昼食なら外で食えばいいだろう。何なら昼食代を出そうか、デザート代もつけて」



呆気にとられる私の前で、レシナのタルトを巡る攻防は続く。


 色々と激しい舌戦を繰り広げながらも、彼らはレシナのタルトが乗った皿を私の方へ追いやってくるあたり、変な所が冷静だと思った。


ほら、ありがちだけどお皿を引っ張り合った挙句ひっくり返したり落としたり……っていうのが一般的なんでしょ?

私はやったことないけど、麓の村で似た様な感じの兄弟げんかを何度か見たことあるもん。


 リアンも子供っぽい一面があるのは知ってたけど、兄弟と一緒になるとこうも違うものかと感心しつつ、私はそっとレシナのタルトを安全な場所へ移動させた。

結局、リアンのお父さんが部屋に入ってくるまで二人の口喧嘩は続いた。


 取っ組み合いにならずに何か小難しことを言い合ってたけど、その場で三等分に切り分けて食べることで落ち着いた。



「………これは、美味だな」


「あー、無理。ほんと無理美味い。俺これ毎日食べたい。ライムさんのとこに今度遊びに行ってもいいですか。材料持ってくんで。おまけもいっぱい付けるんで」


「断る」


「何で兄ちゃんが返事するんだよ。俺、ライムさんに頼んでんのっ」


「煩い。工房にいるのはライムだけじゃなく上流貴族のハーティー家令嬢もいるんだぞ。その上、僕らの工房が開くのは……」


「10日後だったね、営業を開始するのは。少し落ち着いた頃に私から依頼をしてもいいだろうか。勿論、報酬は弾もう」



なんかもう、好きにしてくださいと思いながら愛想笑いを張り付けて私は頷いた。

 リアンの家族って色々と凄いことが分かった。……知らなくても良かったけどね。


後日聞いた話なんだけど、リアンと弟のアリル君、そしてリアンのお父さんはその後すっごくお母さんに怒られたらしい。

お母さんも食べたかったんだって。




読んで下さって有難うございました!

チェックはしているのですが(ほ、ほんとにしてるんですよっ!)どうしても変換ミスやら衝動のままに書き散らしている感があるので、変な文章もあるかと思います。


こっそーり直しますが、あの、気づいた方どしどし誤字報告してくださると有難すぎて逆立ちできます。

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