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91話 レシナのタルト

 まとまりが……あるような、ないような。

無駄に長いので後で調整やら訂正やら入れるかも……です。




 経営方針は「堅実に安定した黒字経営」に決定した。


あと、短期目標として『二週間、売り上げ黒字を目指す』ってことで話がまとまっている。

マイナスにさえならなければいい、というのはリアンの言葉だ。


 もっとこう商人知識をフルに活用した儲け方とか考えてるのかと思ったんだけど、まっとうな意見ばかり出てきたので正直驚いた。

隣にいたベルも同じだったらしく


「てっきり相手の身包みを剥ぐ勢いで稼ぐのかと思ったのですけど、違うのね」


と目を丸くして、リアンに異常がないか視線だけで確認をしている。

 私も顔色とか窺ってみたんだけど普段通りだった。



「君達は一体僕を何だと思っているんだ――――……そもそも錬金術師は、自分の作ったアイテムを売って生計を立てられればどこでもやっていける」



錬金術師が作ったアイテムを売るのは当たり前の事だ。

今更何を言っているんだろう、と首を傾げる私たちに対して彼はもう一度、言葉を変えて説明を始めた。



「材料費や技術料以外にも生活に必要な利益を正しく上乗せし、纏まった量のアイテムを売ることができれば……―――と、いうことだ。安く大量に売れても、かかった材料費を計算に入れなければ赤字になるし、原価ギリギリにすると生活が立ち行かなくなるのは分かるな?」


「そういうことですのね。貴族で店を出している人間はそういうことをしっかりしているという事かしら」


「結果的に上手く出来ている、と言った方が正しいかもしれないが……概ね合っている。アイテムはどの国に行ってもある程度の需要があるし、生活できれば借金奴隷になる事もない。今、僕らは『生徒』という学ぶ立場にある。学院側がこの工房制度を新しく組み入れたのは実際に経営することで、原価計算は勿論かかる労力や技術力だけでなく、アイテムに対する責任感や価値観を持って欲しいという思惑からだろう」



 実は、錬金術師として認められるような実力があっても『生活』の面で躓き、奴隷になる錬金術師は少なくないそうだ。


 研究欲っていうのかな? 

錬金術師はそういう欲求が強いみたい。

特に、錬金術師になったばかりの新人は、新しいアイテムを作りたくて高価な素材を買い込んだり、販売が上手く出来なくて借金奴隷に堕ちることが珍しくないみたい。



「借金奴隷になった錬金術師は使いにくいんだ。身分が高く、知識があるというだけで高くなる。そうすると、一般人はなかなか手を出しにくい値段になる上に総じて体力がないから肉体労働にも向かない。国で抱えるにしても、実力が分からないから一種の博打のようなものだろうな」



僕なら絶対に買わない、とキッパリ言い切って紅茶に口を付けた。



「ってことは……ちゃんと将来自分で生活していけるような金銭感覚と錬金術師としての実力さえ身に付ければ、稼ぐ必要はないってこと?」


「間違ってはいないが、稼げるだけ稼ぐに越したことはない。必要経費という事実上の借金さえ学院に返してしまえば、後は比較的自由にできるからな。色々試してみるのも悪くないと思わないか? ある程度の失敗をしても学院に尻拭いして貰えばいいんだから、気楽なものさ」


「それなら……工房の長期目標は『一年の売り上げ金貨50枚』でどうかしら。最終的に三年間で学院から貸付された金貨150枚を返済できれば実力も申し分ないって証明になるわよね」


「いいね、それ。それとさ、私たちの工房で売る商品ってお手頃価格でしょ? だから、工房に依頼が来た時は値段ちょっと高めに設定しない? 時間もかかるだろうし、個別に相談してくる位だから難しいアイテムが多いと思うんだ」


実を言うと、おばーちゃんは個別に持ち込まれた依頼に対しては凄い値段を吹っ掛けていた。

 勿論、相手が貴族だった場合だけどね。

気に入らない貴族の場合は、凄い値段吹っ掛けてたっけ。

相手は『有名』なおばーちゃんに依頼して手に入れたアイテムっていうのが欲しいみたいだから、普通に支払ってたけどね。



「僕も異論はない。利益については、素材や用途、購入者によっても変えるつもりだ。逆に言ってしまえば此方の考え方次第でどうにでもなる。今後、店で扱う新商品についても価格や販売数なんかはその都度話し合っていけばいいだろう」


「そうですわね。これで目標や決まりごとの類は大体決め終わったのかしら」



ちなみに、工房に貸し付けられた金貨150枚は返済済みだ。


 ベルは勿論、リアンも私も。

私はリアンに売ったおばーちゃんの薬の代金で支払ってある。

ちょっと反則かもしれないけど、奴隷落ちしたいのかってリアンにもベルにも怒られたし、お金があるうちに返金済み。


 お金の計算をひっそりしていた私の横で、ベルとリアンが決めていない事が無いか最終確認をしていた。

どうやら大事な決め事はある程度決められたらしい。


 紅茶も丁度飲み終わったので、皆がそれぞれ今日のやるべきことを確認する為口を開く。



「今日の予定ですけれど……できる限り【虫よけ香】を調合してしまうわ。その後、調香をしてトリーシャ液を作っておくつもり。素材についてだけど、使ったものを書き出しておけばいいのよね? あと、調香に使った素材も正確にメモをしていつでも同じ香りが作れるようにする、で合っているかしら」


「うん、素材を書き出して置いてくれれば私たちも分かりやすいし。沢山使う薬草系は、お店開く前までにリンカの森辺りで採取するっていう手段もあるでしょ? あと、在庫を把握するのにも役立つし」



 食事以外の雑務は二人とサフルに丸投げしている私だけど、在庫確認だけは手伝っている。


 この手伝いに関しては、私から「やらせて欲しい」って頼んだ。

だって、どの素材がどれだけ残ってるのか把握しておくのって結構大事なんだよ。

一人で調合してる訳じゃないし、他の二人がどのくらい使ったのか把握しておくと足りなくなりそうな素材を別の素材に置き換える事だってできるしさ。



「えーと、私はレシナのタルトを調合してウォード商会に行ってくる。ついでに冒険者ギルドで良さそうな依頼があるか見て来ようかなぁ」


「僕はクッキーを調合して、ライムが調合を終えたら護衛を兼ねて商店街へ必要素材の買い付けに行く。問題は騎士団にどう接触を図るかだが……帰りに、エルの家にでも寄ってみるか」


「一応お見舞いを持って行ったらどうかしら。何かありませんの?」


「錬金術じゃない方がいいよね……んー、ジャムとかどう? あれならタルトの下処理するついでに、パパッと作れるよ。果物って安く色々買ってあるし、多めに作れば朝食にも出せて私も助かるし」



砂糖は控えめにする、と言えばリアンの許可が出た。

元々熟している果物だから甘味は強いしね。



「丁度、この間採取したオオベリーもあるから、ミックスベリーのジャムとかどうかな?」


「美味しそうですわね」


「ジャムを煮詰める工程は僕がする。ライムは味付けをしたらタルトの調合にかかってくれ。僕が作るアイテムは時間がかからないからな」



 有難い申し出だったので頷けば、リアンは眼鏡の位置を直してカップを傾けた。



(エルとイオは、騎士科の生徒たちが学院に到着するまで暫く自宅待機みたいだし、暇してるんだろうな)



 イオから私たちに向けて感謝と詫びの手紙が今朝届いた。

そこにはしっかりイオ達の状況も書いてあったんだよ。



「じゃ、さっそく作っちゃおうか」


「そうね。サフル、食器は洗っておいて頂戴。終わったら、貴方も自分のすべきことをなさい」


「承知いたしました」



立ちあがった私に続いてベルやリアンがソファから腰を浮かせる。


 私とリアンが真っすぐに地下室へ向かっていると背後からサフルとベルのやりとりが聞こえた。

サフルはベルと留守番だ。


 お店の棚や床をピカピカに磨き上げると張り切っているので、地下に向かう前に、住んでた家から持ってきた掃除用具を渡しておく。

なんか高価な宝石でも受け取るみたいに恭しく受け取られて居た堪れなくなったけど、気にしないことにした。



(まずはレシナのタルトを調合しちゃおうかな。錬金術ではあんまり作らなかったから、改めてレシピ確認しておこう)



懐からレシピ帳を取り出して【食べ物】が書いてあるページを開く。

そこにはしっかりレシピが載っていた。




◇◆◇




 地下に続いている石畳の階段を上って、作業台へ向かう。



下準備の為に天秤計りと手持ちで一番細かい粉ふるい器を用意しておく。

他には必要な数のボウル、そしてナイフを使うのでまな板を使いやすい場所に置き、レシナを持って台所に向った。



「リアン、オオベリーと使いにくい量の果物持って来たから煮詰めてくれる? 下処理は私も手伝うから」


「オオベリーの他にはムカカとレッドベリーか。この組み合わせなら問題は無さそうだな」


「砂糖は先に入れるからこのまま煮詰めて。ある程度したら灰汁が出てくるからスプーンで取って、ちょっとトロミが付いたら水の入ったグラスにちょっと垂らして。水の中でまとまってたら火を止めて、この瓶に詰めて後は放置でお願い」



 分かっているとは思うものの、念のため口頭で作り方を説明する。

ジャムはいつも適当に砂糖を入れて煮詰めれば完成するんだよね。

ポーチから密閉できる頑丈なガラス瓶を幾つか出して置く。



「半端になってもいいから全部瓶に移し……リアン?」


「あ、ああ。いや、砂糖の分量を量らなくてもいいのか? それと、混ぜる必要は? 瓶に移す時には火を止めておいた方がいいのか? いや、そもそも―――」


「ホントに、料理したことないんだね。えーと、うん……砂糖の分量はいつも目安で作ってるんだけど失敗したことないから大丈夫。今日はどの素材も十分熟してて甘いから砂糖は控えめにしてるよ。加熱中はこの木べらで混ぜて、火は強火だと焦げちゃうから弱火から中火ね」



ちなみに、火の強さも実演して説明した。


 なんか、自分で作った方が早い? と内心思いつつ、一通りの疑問に答える。

リアンは納得したらしく、指示通りジャム作りを始めた。


 真剣な顔で鍋の中とメモを忙しなく確認する彼の横で、レシナを手早く洗って皮を剥く。

果汁を絞って、スプーン一杯分の果汁をジャムの中へ入れた。


 ギョッとしたようにこっちを見る優等生に「レシナの汁を入れると発色が良くなって、味も仕上がりも良くなる」とレシナの汁を入れた理由を説明してから、その場を離れる。

妙に疲れたな、と思いながら作業台で計量を開始。



(この作業が面倒なんだけど、しないと絶対失敗するんだよね)



やれやれ、と思いながらレシピ通りに計量をしていく。



「えーと、タルトは二つ作るから、二回計らなきゃいけないのか。めんどくさい」



いっそレシナのパイに変更しようかな、なんて思いながらキッチリ二個分の計量を済ませた。

 材料を揃えたら、最終確認でレシピ帳を開いて分量を確認。

これ、意外と大事なんだよねー。

時々勘違いして間違うこともあるし、順序の確認にもなるから忘れちゃいけない。



【レシナのタルト】

小麦粉(200、80)+油素材+卵(2個)+レシナ(4つ)+ミルの実(1)+砂糖(100、150)

下準備:粉をふるいにかける。

レシナを皮と果汁に分ける。

   卵は卵白と卵黄に分ける。

   卵白はメレンゲにする。

    ミルの実で【ホイップクリーム】を作る


調 合:分量は必ず正確に測ること

①小麦粉(200)+油素材+卵黄(1)+砂糖(100)を全て入れ、魔力を込めて左に三回、右に三回混ぜ、生地が浮かんでくるまで魔力を流し込む。

②生地を取り出し、濡れ布巾を被せておく。

③小麦粉(80)+レシナ(皮と果汁)+砂糖+卵黄(1)を入れて魔力を込めながら一定の魔力を注ぎながら素早く混ぜて、ツヤが出るまで練る。

④ツヤが出たら取り出しておいた生地を入れて混ぜ、形が整った所で【ホイップクリーム】を入れる。

⑤ホイップクリームと先に入れた素材がまとまった所で最後にメレンゲを入れる。

⑥メレンゲの表面が固まったら完成



「分量はよし。あとはホイップクリームを作っておいて……うんうん、思い出してきた」



忘れかけていたレシピとはいえ、一時期かなりのペースで作らされていたのでここまでくると記憶が蘇ってくる。



(タルト系の調合の基本は、一回に付き一個。分量はしっかり計って手順さえしっかり守れば、あとは問題なしっと)



分量通りに計れてなければ失敗、手順が狂うと品質が大きく下がるか失敗。


 お菓子の中でも、タルト系とスポンジ系は難しさが他のお菓子の倍だ。

この二つは錬金術より自分の手で作った方が大量に作れるし、加減もちょっとの工夫も出来たりするんだよね。

大概便利な『錬金術』だけど、中には普通に作った方がいいものもあったりする。



「今度はタルトより簡単なパイを作ろう、うん。アリルがいっぱい取れる時期になったらアリルのコンポート作って、パイにしてもいいな」



パイよりタルトの方が好きなんだけど……パイは材料が少ないし手順も緩め、失敗も少ないっていう初心者向けのレシピなんだよね。


 卵を卵黄と卵白に分けて、卵白を泡立てながら見落としが無いように何度もレシピを確認する。

 ホイップクリームも遠心分離機で作ったら、いよいよ調合だ。



「杖もきっちり綺麗に拭いたし【レシナのタルト】調合開始~ってね」



ふんふんと鼻歌を歌って、リズムを取りながら順番通りに素材を調合釡に入れていく。


 勿論、混ぜ方は忠実に。

でも速度については書いてないから“おばーちゃんに教わった通り”に混ぜて、魔力を流し込む。


 鼻歌はおばーちゃんが良く歌っていたもので、これに合わせて釜を混ぜると美味しいレシナのタルトができるのだ。

懐かしさを感じつつ、釡の状態に目を光らせる。

魔力を注ぎ続けるうちに生地がまとまってきたので、簡単に丸く形を整えてから濡れ布巾を被せて置いておく。



「次はクリームだね。ええと、小麦粉とレシナ、砂糖と卵黄を順番に入れてグルグルグルグルッと」



ポトンと卵黄が釜の中に入った瞬間から全力で釜の中を混ぜる。


 これ、最初が勝負なんだよ。

あと、魔力量を一定にして流さなきゃいけないからかなり難しい。

腕が疲れてくると魔力が乱れそうになるんだけど、もうこれは気合と根性で乗り切るしかない。


幸い、このレシナクリームはタイミングさえしっかりしていれば5分くらいで艶が出てくるので、そのタイミングで一度魔力を切る。



「つ、疲れる……次は生地を入れて、魔力をぐるぐるーっと」



この工程では、最初は弱めに魔力を全体に纏わせる。次に、素材がまとまってきたら強くして、形を整える段階になったら優しい感じで…―――うん、いい感じ。

魔力の込め方は個人の感覚なんだけど、色々あるんだよね。


釡の中の状態を観察しつつ、仕上げに向けてホイップクリームを入れ、最後にメレンゲを投入。

 ぷかり、と浮いてきたレシナのタルトを取り出してお皿に乗せる。



「【レシナのタルト】完成~っ! うう、久々に作ると疲れる。忘れないうちにさっさともう一個作っちゃおう」



 滲んだ汗を袖でグッと拭って、もう一度最初から。

集中していたから気付かなかったんだけど、使った後の道具はサフルが洗ってくれていた。


一つ目のタルトが出来上がってから、二つ目のタルトも同じくらいの時間で完成させた私は、どっちを持っていくかで少し悩んで、最初に作ったのを味見することにした。


 味見用に小皿を4つ、タルト用のケーキナイフをポーチから取り出して切り目を入れていく。


 真っ白なメレンゲの表面がサクッと小さく音を立てて、直ぐにフワフワのメレンゲ、そして綺麗な黄色と爽やかなレシナの香りがレシナクリームから漂ってくる。

タルトの土台は表面ざっくりでどっしりした切り心地。


 四人分のタルトを切り分けて、紅茶を淹れた所で調合を終えたリアンと掃除をしているサフル、完成した虫よけ香を満足げに眺めて木箱に入れているベルへ声をかける。



「レシナのタルト出来たよー。折角だからちょっと味見しない?」



紅茶も淹れたよ、と付け加えた時には皆私がいる作業台へ向かっていた。

 近くで作業していたベルにまず、お皿とフォーク、そして紅茶を渡す。



「へぇ、凄く本格的なのね。こんなに綺麗なタルトそうそうお目にかからないわ。茶会でも日持ちがする焼き菓子が多いもの」



食べてもいいかしら、とキラキラした赤い瞳に見つめられて、思わず笑ってしまった。

 どうぞ、という私の言葉を聞いていつもの席に紅茶とタルトの乗った皿を運び、座って食べ始める。



「立ったまま食べても良かったのに。サフルはこれね。もし苦手だったら残しても全然かまわないから」


「残すなんてそんな!! こんな素晴らしいものを与えて貰える奴隷なんてそういませんッ」



感極まったように震えるサフルに苦笑しつつ、紅茶が冷めないうちに食べてくれといえば、嬉しそうに礼を言って、作業台から離れていく。


 どこに行くのか気になって眺めていると、工房の床に座って古い木箱の上に皿とカップを置いた。

それから、大事そうに一口一口食べ始める。



(好きな場所で食べてもいいんだけど……床に座る必要ってあるのかな)



ぼんやりサフルを眺めていると、隣に影ができた。


 視線を向けると真剣な顔をしたリアンがジッとレシナのタルトを眺めている。

どうやら鑑定をしているらしい。



「【レシナのタルト】品質:A 効果:疲労回復 魔力中回復 体力中回復 劣化防止・小」


「結構品質よかったんだ。こっちは?」



 もう一つの方の鑑定結果も同じ。

今回は使った素材が全部品質C以上だった事としっかり計量したお陰だろう。

あと、久しぶりだからって何回も手順確認したもんね。


素材をA品質で揃えて、しっかり調合できればS品質も夢じゃないかも? なんて考えつつ紅茶で喉を潤して、タルトを一口。



「我ながら上出来! って言いたいところだけど、もうちょっとレシナクリーム固めにした方が良かったかな。混ぜる回数っていうより魔力の量が足りなかったのかも」



次に調合する時は気を付けてみよう、と密かに反省してから無言で佇む眼鏡の同級生を見上げた。


 鑑定をした後、切り分けたレシナのタルトを口にしたのは確認している。

その後直ぐに食欲に負けて自分のタルトを食べ始めちゃったから最後までは見ていないんだけどさ。



(反応がないってことは、食べたかった味じゃないんだろうな)



 口の中に広がる、どっしりずっしりでザクほろなタルト生地。

甘酸っぱいレシナクリームと表面さっくり中ふわふわなメレンゲを味わいながら、ぼんやりと何とも言えない不思議な気持ちを飲み下す。


 残ったタルトは二つに分けて、皿ごとポーチに入れて置く。

こっちでの初めての女友達であるミントと昔よくレシナのタルトを一緒に食べたディルの為だ。



(エルとイオを誘ってまたリンカの森に行けそうなら、パイでも作っていこうかな)



 どうせ店を開くまでちょっと時間がある。

行って帰ってきても一泊二日、急げば一日で帰ってこられるし、騎士科の二人がついてくれれば反対はされない筈だ。

そんなことを考えながらレシピ帳を捲っていると、声をかけられた。



「―――……ライム。君は、オランジェ様にレシナのタルトを作ったことがあるか」


「え? あー、あるよ。おばーちゃんの杖を借りてる時しか作れなかったけど、長い期間家を空けるってなると必ず頼まれてたかな。このレシピでおばーちゃんが作ると塩みが加わって美味しいんだけど、おばーちゃんは私の作ったタルトの方が好きだったみたい」



ちなみに今あるレシピにただ塩を加えてもバランスが崩れて失敗する。


 もし、本気でおばーちゃんの味に近いものを食べたいなら魔力色は青じゃなきゃいけないんだよね。

幸いリアンの魔力色は青だから、レシピとコツが分かればおばーちゃんと同じものが作れるだろう。


 あっという間に一切れ食べ終わった私と半分以上残っているリアンのお皿。

美味しくなかったのかも? と思って、ベルやサフルを見るけど、この二人もとっくに食べ終わって満足そうに紅茶を飲んでいた。



「美味しくなかった? 好みじゃないなら無理して食べなくても…―――」


「違う。これだ。僕があの時食べたのはこの味なんだ。食感もレシナクリームもメレンゲのバランスも量も、あの時食べたものとほとんど変わらない」



驚く私を余所に眼鏡の奥の瞳を細めてタルトを見つめている。

静かな工房にリアンの声だけが存在しているみたいだった。



「オランジェ様が調合してくださった薬で助けられた僕が、久しぶりに食べたのがこれだったんだ。特効薬や栄養剤なんかで驚くほど体調が良かったからか、久し振りに食欲が湧いたのを覚えているよ。あの時食べたタルトと、このタルトは香りも、見た目も、味もそっくりで―――……起きてタルトを食べてる僕を見た両親と弟の顔を思い出した」



 懐かしい、と言いながらリアンは手袋を外して、手づかみでタルトに齧りつく。

普段の不愛想で冷たい印象が嘘のような柔らかい笑顔を浮かべて、リアンは食べ終えた。

満足そうに空になった皿をそっと作業台へ置く。

 唇を親指で拭って、ぺろりと舐めたのが妙に目に付いた。



「ライム。君に出会えてよかった。最初、オランジェ様の孫だと聞いた時は何の冗談かと思ったが……これを作るのに一定以上の技量が必要だと聞いている。僕にはまだ調合できないだろう」



 真面目な顔のリアンには悪いけれど、今、さらっと馬鹿にされたような気がする。

どういう表情を浮かべたらいいのか分からないまま、とりあえず話を聞く姿勢を作って自分より頭一つ大きいリアンを見上げる。



「僕がこのタルトを探していたのは味が気に入っていたというのもある。でも、一番は自分の感情に区切りをつける為だ」


「どういう意味?」



リアンの言いたいことがさっぱり分からなくて首を傾げた。

 私の立ち位置から見えるベルは、好奇心丸出しで会話に耳を傾けている。



「僕は、オランジェ様から“薬のレシピ”を貰っているんだ。その時、一方的にだが『10歳になったら弟子にして欲しい』と頼み込んで了承を得た。それからは彼女の弟子になる事だけを目標に知識を付けた。長旅に耐えられるように体を動かしたり、父の行商について行くこともあった」



殆どベッドから出た事が無かったから、体力をつけるのにはかなり苦労したとリアンは懐かしそうに目を伏せる。



「数年後、オランジェ様の元へ行く許可を父から得た年に―――…オランジェ様は亡くなった」



僕は、オランジェ様と同じくらい印象に残っているタルトを食べることで区切りをつけたかったんだ、と苦く笑う。



「あの時食べたタルトを食べる事はほぼ不可能だと思っていたからこそ、そう決めた。僕の中でオランジェ様の弟子になりたいという想いはそれだけ強かったからな……諦められなかった。だから、二度と食べられない思い出の味に出会えたら―――……オランジェ様にした一方的な約束を諦めて、別の目標を立てようと決めていた」


カチャっと普段のように眼鏡の位置を直したリアンの顔はいつも通り、無愛想だったけれど何処かスッキリしているようにも見える。



「私には良く分からないけれど、リアンは新しい夢を持つことにしたってことだよね」


「まぁ、そうだな」


「次の夢は見つかりそうなの?」



「まだしっかりとしたものはないが、当面の目標はある。まぁ……卒業までには見つけるさ。その、僕の私情に巻き込んですまなかった」


「私はただ食べたかったタルトを調合しただけだし、謝らなくてもいいって。それと、ジャムは出来てる? 一緒にパンでも持って行こうかなって思ったんだけど」



「ああ、その程度なら構わない。僕も店の方を少し見て、商品の配置スペースや必要なものを確認しておきたかったんだ。開店までに店もある程度手を入れて、家具の配置替えも検討しておいた方が良さそうだ」



片付けは僕がしておくから、素材を取って来たらどうだと普段通りに言われたので大人しく頷いた。

棚が多すぎる、などというリアンの小言を背中で聞きながら、地下室へ。



 薄暗い地下室の中、一人きりになったのを確認した瞬間に深いため息が零れ落ちた。




ここまで読んで下さって有難うございます!

進まない……まぁ、急ぐあれでもないんですけども……。


あ、誤字報告大歓迎です!というかいつもお世話になっております……すいません、ほんと。

変換ミス多くって……(遠い目

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