81話 開店準備と訪問者
忙しくも楽しい工房生活です。
なんかトラブルの予感?
だいじょうぶ、テンプレですよ!(たぶん
冷たい井戸水で顔を洗って、直ぐに錬金服に着替えた。
欠伸を噛み殺しながら庭で栽培中の薬草に水を遣ろうと外に出る。
朝特有の少し涼しくてヒヤリとした微かな風と白く輝く朝陽。
大地から上る朝陽は重い夜空を押し上げて、立ち並んだ家々を照らしていく。
(自分の家から見る景色もきれいだったけど、ここで見る景色も綺麗だ)
思い切り伸びをして、体いっぱいに清々しい朝の空気を吸い込む。
そのまま何度か深呼吸をして裏庭に向おうとした私の視界の隅に―――……何かが映った。
「ん゛ん……っ?!」
思わず前かがみになってそちらを見た私の目には、ここにはいない筈の人物が。
白と黒の服は、一目見るだけでその人物が“何者”であるのかわかるという便利なものだけど、こんな朝っぱらから工房前で見ることになるなんて。
しかも、両手にパンパンになった麻袋を抱えているから凄く目立っている。
「ミントっ?! え、どうしたのこんな朝早くから」
工房の前を落ち着きなく見回すのは紛れもなく友達の姿で。
慌てて、駆け寄るとシスターは満面の笑みを浮かべて、普段被っているベールを外した。
「見て下さいッ! これ!」
布の下からは、朝陽を受けてキラキラと輝く黄金色の髪が現れる。
さらりと白い指の間から零れ落ちる長い髪はうっとりするほどに綺麗だ。
「うっひゃー、効果てきめんって感じだねぇ。前も綺麗な髪だったけど……」
「前とは全然比べ物にならないですっ。ライムから貰ったトリーシャ液を使って髪を洗ったら、こんな風になって……シスター・カネットも私と同じで、まるで高級生糸みたいな髪になったばかりか、ごわつかない、パサつかない、寝ぐせもつかないし本当に、ほんっとうに凄くって!」
「私は髪短いし昔から使ってるから効果はイマイチわからないけど、こうやって長い髪の人が使うと効果が良く分かるね」
実はベルとリアンも使って効果はある程度分かってたんだけど、ミントの場合は劇的な変化だった。
元々綺麗な髪色だったんだけど、少しくすんでいたのが見事に無くなって “本来の” 色が出た感じ。
「使用した感想を知りたいと言っていたので、シスター・カネットにお願いしたら直接話す機会をくれたんです。教会での働きに支障をきたさない様にって考えて、結局こんな時間しか取れなかったんですけど……ごめんなさい、こんな早くに押しかけて」
しょんぼりと肩を落とすミントに気にしないように伝えて、手を引いた。
いっくら朝早い上に人が少ない場所だからって、このまま道端で話し込むのもね。
教会に戻らなくちゃいけない時間を聞けばまだ一時間半も余裕があったから、詳しく話をしたいと工房の中に連れて行った。
リアンもそろそろ起きてくる頃だし、丁度いい。
ベルは……まだ寝てるだろうけどご飯ができる頃には不思議と起きてくるから話は出来る筈だ。
「朝起きて直ぐミントに会えて嬉しかったから気にしないでよ。私いつもこの位の時間には起きてるし。あ、そうだご飯まだなら朝ご飯食べてく? リアンもベルもいるしご飯食べながら―――……えーと。ミント、涎でてるよ」
「はっ!? ご、ごめんなさい。つい」
恥ずかしそうに頬を染めつつ、素早く白いハンカチで口元を拭ったミントは深々と頭を下げて朝食を食べさせてください、と妙に重々しく告げた。
ミントもご飯が絡むと色々残念になる気がする。
何だかな、と苦笑しつつ初めてミントを工房の中に入れた。
「ミントは此処に座っててね。もうすぐリアンが起きてくると思うから先に報告しててもいいし」
「そんな、私も手伝いますっ」
「いーのいーの。そのうち、こうやってご飯食べてもらいたかったし」
今日の朝食はパンとブラウンシチュー、オムレツに温野菜だ。
シチューは昨日の夜寝る前にこっそり魔力使って煮たから、お肉は柔らかいし野菜も少し煮崩れて、トロトロになってる。
一人分のパンとオムレツを増やせばいいだけだから時間かけないで出せるっていう利点があるだけで、ご馳走って感じじゃないんだよね。
今度また予定を合わせて来てもらおう。
そしたら色々料理も作れるし。
落ち着かなさそうなミントに何か手伝い頼んだ方がいいのかな、と考えつつパンやシチューを温めてオムレツを作っていると微かに扉が閉まる音と足音が聞こえてきた。
「おはよう。ライム、早速で悪いんだが今日は――――……ん? どうしてミントがいるんだ」
「お、お邪魔しています」
「昨日試供品を渡す時に“早い方がいい”って私が言ったから、感想を話しに来てくれたんだ。あ、ご飯まだだって言ってたから一緒に食べてもいいよね」
「そういう事だったのか。急かした様ですまなかった。正直、商品開発を急ぎたかったから意見を貰えるのは助かるよ。ベルはもう少しで起きてくるはずだから、それまで感想を聞いてもいいだろうか」
「こっちの手伝いは大丈夫だから協力お願いしますっ」
「ふふ。はい、わかりました」
客人用の椅子に腰かけたミントにリアンはメモ帳を出しながら、次々に質問をぶつけていく。
質問の内容は、使用感や効果など。
次第に希望価格なんかも聞き始めたので、私は朝食の準備を進めることにした。
(昨日渡した量で丁度いいみたいだし今日も同じくらいの量でいいかな)
まず、最初に作るのはサフルが持っていく分だ。
ウォード商会で食事を取ることはできないそうなので食事を持たせたのが昨日の事。
今日も持ち運ぶことを考慮して、簡単に持ち運べるように器に入れ大きめの布で包んで完成だ。
出来上がったものは、裏口近くの小さな箱の中に入れて置く。
ここに入れて置けばウォード商会に行く時に自分で持って行ってくれる。
(念のため冷ましてから具とか入れてるけど、そのうち温かいまま食べられるような容器作れればいいなぁ)
そうそう、サフルの工房での仕事は洗濯に決まった。
毎朝洗濯を済ませて勉強、もしくは工房での仕事をすることになる。
工房での仕事は工房で販売を始めたら徐々に出てくるから、それまでに教育を終わらせるとリアンは言っていた。
一週間でお店に関わる様々なことと礼儀を叩き込むように、と言われたらしいウォード商会の人達は凄く大変だと思う。
(でも驚いたのは、ウォード商会で重要なお金の管理してるのは全員サフルと同じ奴隷の人だって事だよね。『秘密を漏らさないからだ』ってリアンは言ってたけど、そもそもの接し方が違ったし)
リアン曰く、信頼関係ができれば“奴隷”としての扱いはしないのが一般的らしい。
これはあくまで庶民の話だから覚えて置けって釘も刺されたけどね。
貴族はそもそも奴隷と接することがあまりないから人というより“物”や“資産”っていう感覚が強いみたい。
(世の中って難しくて複雑な決まりで溢れてるなぁ、こうやって考えると)
必要なことだっていうのはわかるけど生きていくだけでかなり頭を使う。
自分のダメな所だってわかってはいるんだけど、調合や興味がわかない事ってどうにも覚えられないんだよね。
「付け合わせ温野菜とドレッシングは出来てるし、パンとスープも良し、と」
オムレツを作る為に卵を大量に溶き、フライパンでいい具合になるよう加減をしながら焼いていく。
私の作るオムレツはフワフワでトロトロが基本。
数十年前に卵の扱い方がガラッと変わって安く卵が出回る様になったと聞いた。
ヨワドリっていう種類の飛べない鳥が飼われ始めたんだとか。
だからこっちで暮らし始めて卵の安さに凄く驚いたんだよ。
(家で暮らしてた時に卵なんてほとんど食べられなかったから、私からするとお肉よりも卵の方が貴重なんだよね。玉子食べたいってなったらまず、鳥の巣見つけなきゃだったし)
火加減が重要なので集中しつつ、オムレツを皿に載せて温野菜を添えれば見た目も豪華に見える。
出来に満足して一人分ずつ朝食をトレーに乗せ、テーブルに運ぶ。
最初にミントとリアンに出したんだけど二人とも面白いくらいピタッと話を止めた。
「ベル、そろそろ起きてくるかな」
「二階から物音はしていましたから起きてくると思いますよ。あの、これ、本当に私が食べてもいいんですか?」
そわそわと落ち着きなく周囲を見回すミントに苦笑しつつ、パンとシチューは一回ずつお代わりできることを伝えればその場で神様へ祈り始めた。
自分とベルの分のご飯をテーブルにセットし、水出しのお茶とカップを台所から持ってきた所で足音が聞こえてくる。
「おはよう、今日のご飯は―――……あら? ミントじゃない。どうしたのこんな朝っぱらから」
「おはようございます。昨日いただいた試供品の感想を伝えに来たんです」
嬉しそうに顔を綻ばせながら席に着いたベルは直ぐに視線をテーブルの上に。
口調がお嬢様っぽくないのは今回行った旅で親しくなったからだろう。
ミントも緊張しなくなったからね。
「教会は朝早くから忙しいみたいだし良く時間作れたわねぇ。あ、ライム。このシチューってお代わりできるの?」
「できるよ。一回ずつだけどね。残りは昼に回して、最後にドリアのソースとして使おうと思ってるんだ」
手抜きでごめんね、と言えばベルは不思議そうに首を傾げた。
「手抜きでも何でも美味しければいいわよ。さ、早く食べましょ!」
「君が一番最後に食卓についたんだが」
「いちいち細かい男はモテないわよ」
呆れたようなリアンの言葉にベルは素早く返事をして、食事の挨拶をするなりパクっとオムレツを口に含んだ。
それを見て私たちも食事を始めたんだけど、ミントがずっと目を潤ませて“美味しいです”と無意識に呟いている姿が妙に印象に残っている。
シスターって朝ご飯、何食べてるんだろう。
◇◆◇
ミントを見送って、工房に鍵をかける。
これからする話は人に聞かれないようにしたい、というリアンの意向からだった。
窓もきちんと閉めたのを確認したらしいリアンがまず口を開く。
視線は手元のメモ帳に向けられていて視線がこちらへ向くことはない。
「――……早速で悪いが、ミントが検証してくれた結果を先に話しておこうと思う」
そう前置きしてからリアンは口を開いた。
テーブルにはリアンが地下から持ってきた三つのアイテム。
「まず洗濯液についてだ。ミントに渡した小瓶で四人家族なら三回分に当たるようだな。洗浄力は普段使っているものと比べ物にならない上に、肌もしっとりして非常に使いやすかったと言っていた。驚くほど衣服が綺麗になったらしい。僕も検証したが、日常生活で付く大抵の汚れはこれで十分だろう」
油汚れに対する落ち方も実験したらしいけど、シャボン草をそのまま使うよりは確実に汚れ落ちはいいから気にしなくてもいいとのこと。
染料で染めたばかりの衣服などは多少色が落ちる可能性があるので購入時にきちんと話し、商品棚にもきちんと記載しておくことに決まった。
売る量も個人向けに小瓶、家族向けに中瓶、大人数用に大瓶と分けることで話がついた。
価格は後でリアンが計算するらしい。
「使う素材は多いが、あまり高くはしないつもりだ。日常的に使うものだからあまり高いと手に取ってもらえないからな」
「ミントも出来るだけ安い方が嬉しいって言ってたもんね。高い材料っていえば【酒の素】くらいかな?」
「ああ、そうだ。調和薬はアオ草で作ればいいし、魔力草もリンカの森で採取できる。水素材も井戸水を使えばいいし、シャボン草は庭に植えておいてもいいだろう。ただ、繁殖力が比較的強い植物だから広がりすぎないように管理する必要はあるが」
「シャボン草って種で育つんだったかしら?」
「うん、そうだよ。種なら少し持ってるから、裏庭に撒いておく。日当たりのいい裏庭の隅っこの方耕していい?」
「念の為に僕もスペースの確認をする。君に任せるとどうなるか分かったものじゃないからな」
「一言二言余計だからね。全く」
シャボン草は生育が早い事でも有名なので、今日植えると明後日には芽が出ている筈だ。
土・水・光の三つがあればどこでも育つって言われる程だからね。
咲く花も綺麗だし、香りもいいから香油の材料にも使える筈だ。
「次に石鹸だが泡立ちがいいだけでなく、肌の弱い子供も沁みないとしきりに口にしていたらしい。普通はシャボン草などを泡立てて直接洗うから、赤ん坊や肌の弱い人間にとっては嬉しいだろうな。ただ、材料の油素材が少々問題になってくる。念のため安い獣油を使ってみたいと思うんだが」
どう思う、とリアンに視線を向けられたので私は少し考えてみる。
獣油は確かに安い。
コレを使えば格段に価格は押さえられるだろう。
だけど、獣油って匂いがきついんだよね。大抵がウルフの油だから獣くさくって。
「使えないことはないと思うけど、香りをつけるか獣臭を消すようなものを入れた方がいいと思うよ。今回はオリーブオイル使ったから匂いなかったと思うけど……」
「臭いか。確かに体や手を洗うたびに臭いがつくようなら商品にはならないな。消臭効果のある植物を見繕って調合してみるとしよう」
「その方がいいと思う。あと、小さくするなら、出来上がったのを半分に切るだけでいいよね?」
「リアン、少し高級な石鹸を一つ用意しておくのも手ですわよ。貴族ならまず手に取りますわ。金策にいいのではなくって?」
ベルの意見に少し考えるそぶりを見せたがやがてこくりと頷いた。
石鹸は異なる二種類の大きさを用意し、通常のものと少し高価なものをそれぞれ用意することになった。
ここまで話して、最後の議題は【トリーシャ液】だ。
昨日の時点で商品化を決定していたものの、効果を実感した二人の話を聞くだけであっという間に時間が経って中々決まらなかったんだよね。
「結局昨日決まらなかったから私考えたんだけど、昨日作ったやつを【ミックスハーブ】の香りってことにして、女性向けと男性向けで一種類ずつ作るのはどうかな。女性の方は花か甘い果物の匂い、男性向けは……爽やかな感じで柑橘系とハーブを中心にするの。ただ、香り自体は弱めがいいと思うんだよね。ほら、匂いって混じると大変なことになるし場所によっては香りが強いと困ることもあるだろうから」
そう、二人が口を開く前に意見を出せば二人とも妙に驚いていた。
どうしたのかと聞けば二人とも何処かバツが悪そうに私から目を逸らす。
「いや、まさかライムがそこまでしっかりした案を考えてくるとは思わなかったんだ」
「ですわね。美容系というか身だしなみとかに興味が薄そうですし」
当たってると言えば当たってるけどなんかそれはそれで癪だな、と思いはしたけど口にはしなかった。
ただ、ちょっと面白くなかったのでムスッとしたのが分かったのだろう。
慌てた様にベルとリアンが謝ってたけどね。
ふーんだ。
「女性用のはベル、男性向けはリアンが作って。昨日作り方教えたし、できるでしょ? 香油にする前に素材の香りちゃんと確認してよね。そのまま香油に反映されるんだから。あと、分量もしっかりメモっておかないと駄目だよ。私が作ったのも在り合わせで作ったけどちゃんと分量は記憶してるし」
「意外と、というかライムって調合のことになると教師かと思うくらいしっかりしてますわよね」
「だな。下手すると教師より知識が深いかもしれない……オランジェ様の影響か?」
二人がそんなことをコソコソ話してたけど大人な私は綺麗に聞き流した。
その後は、作りためておく薬や商品の量を話し合って、さっそく調合開始だ。
私は大量に売れると思われる簡易スープの素やオーツバーを作ることになっている。
「二人とも大量に素材を運ぶなら私が運びますわ。その方が早いですもの」
「わかった。じゃあ、私は細々したもの運ぶよ。リアンは戻って必要分を計量して作業台に分けてくれない? その方が効率いいだろうし、運び終わったら私たちも計量するから」
「そうさせてもらおう。ああ、一応今日中に調合するアイテムは書き出してそれぞれの作業台に置いたから確認する際に役立ててくれ。紙に書いたものを調合し終えたら好きなものを調合してかまわない―――…あと、昨日作った薬だがサフルが戻ってきたら投薬する。二人とも暇だったら立ち会って欲しい」
わかった、と返事をそれぞれ返し作業に移る。
地下室に置いてある素材は大体下処理を終えているので使う時はとっても便利。
まぁ、収納する前に汚れを落としたり虫を食った葉っぱとか鮮度の悪いものを弾いたりしなくちゃいけないから、すっごーく時間はかかる。
けど、いざって時、直ぐに調合できるっていう利点があるんだよね。
作業台に戻ってすべての計量を済ませたらあとは流れ作業的に調合をするだけだ。
調合が一番神経を使うんだけど、一番楽しいんだよね。
錬金術の醍醐味ってやっぱり調合だと思うし。
準備を終わらせ、私たちは自分の調合窯に向かい合ってひたすら調合を繰り返した。
(お昼、各自で食べることにして正解だったな。パンは出してあるし、昼はドリアだからパパッと食べ終わるし)
そんなことを考えつつ、最後のパンを口に放り込みカップに入れたシチューをグッと飲み干す。
行儀は悪いんだけど、調合優先ってことで見逃してほしい。私は簡単にパンにしたけど、ベルたちの分はしっかりドリアを作って、地下に保存してある。
あ、それと勿論パンくずとか調合釡に入らないようにすっごく気を付けてる。
分量外のモノが入ると大概失敗するからねー……何度爆発させたことか。
「よし、調和薬のストックも調合完了っと」
品質はB位だろうと見当をつけつつ、一回分量を瓶へ移して封をしていく。
仕切りの付いた木箱に瓶を並べて横に避けて置けば後でベルがまとめて運んでくれる。
液体のアイテムって木箱で運ぶんだけど結構重いんだよね。
「よぉし、ノルマ達成~~っ!! 何を作ろっかなぁ」
大きく伸びをしながら何気なく窓に目を向ける。
差し込む光の具合からすると三時を少し過ぎたくらいだろう。
今回調合したシチューは魔力を使って作ったせいかちょっとだけ魔力が回復する代物に仕上がっていたらしく魔力は十分に余っている。
こっそり鑑定したらしいリアンから朝食の時物言いたげな視線を向けられたけど、結局何も言われなかったのは助かった。
普段は気にならないんだけど錬金術が絡むとリアンって話長いんだよねぇ。
「お水でも飲もうかな。流石に喉乾いたし」
ふぁあ、と欠伸をしながら台所へ向かっていると通りの方から凄い音が聞こえてくるのに気付いた。
何の音かと耳を澄ませるとどうやら馬車が爆走するときの音のようだ。
こんな場所で馬車を走らせるなんて危ないな、とぼんやり考えながら台所で水を飲む。
コップを置く頃には馬車の音は聞こえなくなっていたけど、今度は何やら人の怒鳴り声みたいなものまで聞こえてくる。
「なんだろ、随分騒がしいけど」
二番街は一番街に比べてトラブルが起きやすいとは聞いていた。
でも、今まで一度も経験していなかったんだよね。
首都っていうだけあって治安はいい。
騎士の人もいっぱいいるしね。
「さってと、この後は何を作ろうかなー。ちょっと毛色が違うもの作ってみたいけど、コレ!っていうのが中々…――――」
パラパラと台所で手帳を開いてレシピを確認していると、凄い音が工房中に響き渡った。
ギョッとして室内を見回すとどうやら音は工房の扉を叩く音だったらしい。
驚きつつドアの方へ足を向けると聞き覚えのある声が聞こえた。
「――…ッ、お願――すッ、開けて…い!!ラ……さんっ、ライムさん……ッ!!」
近づくにつれてハッキリと聞こえてきた声は紛れもなく騎士科にいる友達の声だ。
大人しくてどちらかといえば静かに話すタイプの彼が声を荒げていると分かった瞬間に私の腕は動いていた。
施錠していた扉の鍵を開け、慌てて扉を大きく開く。
その先には確かに声の主がいる。
「――――……い、イオ?」
零れ落ちた声は震えていた。
会いたいと思っていた友達の一人は、いつも浮かべているような控えめで穏やかな雰囲気は微塵もなかった。
それどころか、見たことのない余裕のない必死の形相を浮かべてこちらを見上げている。
そして何より、その腕の中には…―――
「なに、これ……?」
どうなってるの、と呟いた私の声は掠れて、自分にしか聞こえない程に小さかった。
もう一人の友達もそこにいたのだ。
音が一瞬で掻き消え、嫌な汗が背筋を伝い落ちていく感覚がただ、不快だった。
ここまで目を通してくださってありがとうございます!
誤字脱字変換ミスなどできるだけ自力発見したいのですが……見つけた親切な方、誤字報告とかしてくだされば嬉しいです。はい……すいません、毎度毎度懲りずに…