80話 試作品と迷惑な決定
大変遅くなりました。
なんか……凄いことになった。どうした。
調合した3つの商品候補をリアンに鑑定してもらう為に洗濯液とトリーシャ液を小さな瓶に移す。
石鹸は固まったのを確認して一つ取り出し、皿に乗せて置く。
片付けをしてから、少なくなった調合素材を作るために必要な材料を計算していると、工房のドアが凄まじい音と共に開いた。
「うわっ?! び、びっくりした。おかえり。なんかすごい顔してるけど、売り切れて―――……はいなかったみたいだね。いっぱい持ってるし」
軽々と大袋を両脇に抱えたベルは肩を怒らせ、食いしばった唇からフーフーッと猫が威嚇するように息を吐いている。
いつもキレイに整えられている真っ赤な髪は出ていった時とは明らかに違っていて、それが妙に怖い。
慌てて近づいて持っている袋の一つを受け取ろうとしたんだけど、ベルはそのままズンズンと作業スペース前に。
空いていた自分の作業スペースにドンッとそれらを置いたかと思えば、くるりと私たちの方を見て仁王立ち。
腕を組んでいる顔が、憮然としていてやっぱり怖い。
「リアンッ! ちょっと話があるから終わったならこっちに来なさいッ!」
険しい視線を向けたその先には片付け中のリアンの姿。
どこか満足そうに完成した薬を眺めていたところに水を差されて、迷惑そうな顔をしていたがベルの様子を見て逆らうのは得策ではないと思ったらしい。
小さく息を吐いて素直にこちらへ歩いてきた。
「いったい何があった。見た所素材は買えたようだが」
何だか長くなりそうな気配がしたので私もリアンも自分の指定席へ腰を下ろした。
程よい弾力の椅子に腰かけて改めてベルを見ると少しだけ落ち着いたらしく、大きなため息を吐いて思いっきり顔を顰め、一言。
「素材を買いに行ったついでに学院に行ったんだけど、手紙の件について呼び止められたのよ―――…ワート教授とマレリアン教授にね」
マレリアン教授って誰、と聞きそうになったんだけど、すかさずベルが“女生徒に人気があるらしい教授よ”と補足してくれた。
「手紙は無事に届いた様だな」
「ええ。お陰で考え直してくれとは言われなかったけど、“貴重な機会だ” とか “後々いい経験になる” なんて、マレリアン教授から訴えられたわね。まぁ? 一緒にいた、ワート教授が “あくまで生徒の決定に従うという事になっているので仕方ありません” って取り成していたから平気だと思ったんだけど」
「へー、ワート先生って意外と言うことは言うんだ。てっきり流されて“頼むから引き受けてくれ”って言うのかと思った」
「ワート教授はああ見えて“ちゃんとした”教師よ。ただ、その場にマレリアン教授がいたのが問題だったの……さらにタイミングが悪く副学長まで通りかかって」
「なんか、嫌な予感が」
ピリッとベルが纏う周囲の空気が変化した。
形のいい眉を顰めて、吐き捨てる様にベルは言う。
「おかげさまで、私たちの工房に一人ずつ見学に来るそうですわッ!」
「ええぇえー!? 何で?! 断ってもいいって話だったよね?」
「ベル。詳しく話してくれ」
思わず立ち上がった私と眉間に三本程がっつり皺を刻んだリアンの視線を受けて、ベルは話し始めた。
ベル曰く、副学長が出てきた辺りから話の雲行きが怪しくなり始めたらしい。
「同封されていた手紙から分かる様に、他の工房は随分と酷いんですって。私たちと違って工房で販売は始めているらしいのだけれど、どの工房も経営状態が上手くいっていないばかりか生徒間の関係も最悪だったってこっそりワート教授が教えて下さったわ」
「でも他の工房が上手くいってなくても私たち関係ないよね」
「ああ、全くないな」
「私も“ない”と思ったからちゃんと伝えたわ。それこそ『“立て直す”のは当人たちで、貴方達教員の仕事はソレの手助けをすることでしょう、私たちが経営や錬金術について教員側に確認または指導願うことはあっても同じ工房生に助けを求めることは決してない』ってね」
フンッとどこか得意げな顔に私もリアンも顔を見合わせて、小さく頷いた。
まさしく、ベルだ。
私なら「やです、ダメ、ぜったい。面倒だし」って言って終わりだったと思う。
リアンも反対はするだろうけど相手が教員となればどう出るべきか判断に迷う筈だ。
貴族という身分であろう教員にしっかりキッパリ発言できるのはこの工房でベルしかいない。
「でも、そこまで言ったのに見学に来るの?」
「そうなのよ。例え受け入れてもこちら側に不利益しかない事やレシピや素材が盗難されたら……なんて話もしたわ。ええ、家名も出したわよ勿論」
「そこまでしたのに押し切られたのか」
「副学長が錬金科学長を呼んでたのよ。学長に頭下げられて他の教諭にも頭下げられてごらんなさいな、周りの目もあるし……承諾せざるをえなかったってワケ。ほんとやられたわ」
呼び止められたのがホールだったのも悪かったらしい。
上流貴族で周囲の視線を気にしなくてはならない立場のベルだからこそ成り立った手段だな、とリアンが感心したように呟いた。
私には良く分からないんだけど貴族には貴族のルールみたいなものがあるらしい。
そこまで話したベルは徐々に怒りもおさまって来たのか、疲れた様にいつもの席へのろのろと腰かけた。
「流石に何の準備も利益もなしに話を受けるわけにはいかないって別室に移動して、話をしたけどね。何とか見学者はコチラで指定する事、また時間は一時間で必ずワート教授と副学長が付き添う事を確約させたわ」
「最低限度の譲歩だな」
「ええ。あと、レシピや素材については一切公開しない事、調合風景なども見せない事は事前に話したんだけど……学院側が見せたいのは“生活”の部分だったみたい」
「生活ってご飯とか掃除とかそういうの?」
「あと私たちがどういう会話をしているのかとか、どういう付き合い方をしているのかが見たいらしいわ。ま、ここまでが譲歩した決定事項」
ここまではいいかしら、と聞かれたので頷けばベルは身に着けていた道具入れの中から一枚の羊皮紙を取り出してテーブルに広げる。
「見学を許可する前にこっちには何の益もないって散々ごねたら、これに要望を書いて提出して欲しいそうよ。ただ、一人一つってことになってて試験の免除や成績に手心を加えるなどは認められないらしいけど」
「一人一つってことは全部で3つもお願い聞いてくれるの?! うわ、すごーい。流石学費高いだけあるね」
「凄いものですか。あっちの無茶を聞いてあげてるんだから当然よ。むしろ何の対価もなくこちらが引き受けると思っていたことに対して驚いたわ」
流石に学長とワート教授は対価ありきで考えていたみたいだけど、他の二人はダメね。
やれやれと首を横に振っていたベルだったけれど、リアンはしばらく考え込んで口を開いた。
「要望と言っていたが、成績や試験以外なら何でもいいのか?」
「指定はされなかったわね。レシピか素材、機材といった所が定番でしょうね。機材あたりが一番経費削減にはなると思うんだけど……自分で揃える方がいいような気がするのよ。自分で使うものだし適当に貰うよりちゃんと合うものを使うべきじゃない?」
「確かにな。機材はオーダーメイドで作ることもできると聞くし、その方が使い勝手は良さそうだ。僕も機材は頼む気がない。ライムは?」
早速といった風に何を貰うか考え始めた二人。
相変わらず切り替えが早いというか何というか。
苦笑しつつ何が一番欲しいか、必要なのか考えてみることにした。
「私も機材はいらないかな、全部揃ってるし。あと、素材だけどこれも採りに行った方が安いと思う。ドラゴン系は取るの結構大変だと思うけどね。レシピだけど……うん、私には必要ないや」
何かあるかな、と考えて……ふと思いついたことがあった。
「ねぇ、ファウングって貰えると思う?」
これは名案だと思って告げた言葉に対して帰って来たのは釣れない反応だった。
「……は?」
「ライム、せめて錬金術に関係あるモノになさいな」
誕生日プレゼントをねだる子供でもあるまいし、と言われて私は思わずムッとする。
確かにまぁ気軽に生き物を貰うのはアレだとは思うけど私にだって考えはある。
「錬金術に関係あるんだよ。採取に行く時に荷馬車引いてもらえば色々役立つし、野営の時だって心強いしさ、お店を始めたら番犬にもなるでしょ? 餌は、まぁ多少かかるけど私が面倒みるし」
「まぁ、一理あるといえば一理あるけど……希少な素材とかじゃなくていいのね?」
「素材なら自分で採取した方が楽しいよ。品質だって出来るだけしっかりしたの確保したいし」
「本人がそういうなら別に構わないんじゃないか。駄目なら駄目で学院側から言ってくるだろう。僕は『薬師用のレシピを錬金術用レシピに転用する為の指導』を対価にする」
「私は『アクセサリー作成に関する講義』を実技付きで頼むことにするわ。いい機会ですもの」
それぞれの要望を書いてくれるというので、私は昼食の準備に向った。
マトマと乾燥貝のパスタを作るべく台所へ向かう。
ソース自体は先に作っておいたからパスタを茹でてその合間に、と沢山購入してある野菜を大きめに切って野菜スープにした。
干し肉も入れたんだけど、パスタだけじゃ足りないかもしれないってことで、解体済みの肉に臭み消しの香草を練り込み、表面を焼いた後、オーブンに入れて遠火でじっくり加熱。
こうやって火を通すと外は程よく焼けて、中はしっかりジューシーになるんだよね。
(久々に調合したからか気分もいいし、ご飯食べたらミントに会いに行って来よう。裏庭に生えてる香草とかもらえないか聞いて、ついでに草抜きとかして……聖水ももらって来ないと)
リアンとベルにまだ許可は貰ってないけど【石鹸】【トリーシャ液】【洗濯液】を一回ずつ試してもらおうと思ってる。
私たちの所でも使ってみるけど、洗濯液で汚れがどのくらい落ちるのか気になるし、子供が多いから洗濯物が沢山あるって言ってたから試してもらうには丁度いいと思うんだよ。
あと、トリーシャ液も髪が長いシスターには喜ばれそう。
洗って流せば一日はサラサラだし、洗った後の手入れっていうのが要らなくなるみたいだから時間短縮にもなる。
やることいっぱいで、いつも忙しそうなミントには喜ばれると思うんだ。
(出かける前にベルに虫よけ香の作り方だけは教えていかなきゃ。凄い気合入ってたし、売れるアイテムは多い方がいいもんね)
そんなことを考えながら料理を盛りつけ、テーブルに配置する。
「おーい、ご飯できたよー。パスタだから早めに食べないと冷めて味が落ちるんだけど」
いつもの席で見学について対策を立てていた二人に声をかける。
すると、二人とも凄い速度でテーブルに広げられた紙や筆記用具などを片付けてこちらへ早足に歩いてきた。
どんだけお腹空いてるんだ、この二人。
「っ今行きますわ! リアン、後にしますわよ」
「そうだな。大体のことは決まったから、あとは僕がまとめて置く」
「……真顔で話しながら音もなく食卓テーブルにつくのやめなよ、怖いから。あと手洗って」
冷めちゃうよ、と半目で二人を見ながらキッチンを指さす。
二人とも文句を言うことなく大人しく手を洗いに行って、席に着いたんだけど視線はずっと昼食に注がれたままだ。
食事を始めて、あっという間にご飯を食べ終わった私たちは食後のお茶を飲みながら昼からの予定について軽く話し合っていた。
「私、虫よけ香の作り方教えたら教会に行って来ようと思ってるんだけどいいかな。教会裏の草むしりついでに香草が貰えたらなーって思ってさ。まぁ、今後香りのある素材は必要になってくるから幾つか見繕ってみようって思ってたんだ。聖水も必要だし」
「別に構わないが……買い出しに行くなら僕もついていった方がいいか」
「私は虫よけ香を教えて貰ったら時間の許す限り作成するつもりよ。リアン、時間があるなら調合素材とか作って欲しいのだけど」
調和薬は一度にたくさん作れるけれど、割と使用頻度が高い。
他にも商品化するうえで必要になってくる調合素材は、増えることがあっても減りはしないからね。
「私も戻ってきたら素材の調合しようかな、在庫多くても困らないし。あと、買い物は一人でも平気だからあんまり気にしなくていいよ。凄い金額使う訳でもないし、私の金銭感覚可笑しい訳じゃないの知ってるでしょ? それにさ、毎回頼ってたらリアンが作業中とかで買い物に行けない時困るし」
渋々、といった風に頷いたリアンと何処か愉しそうなベルに首を傾げつつ、ポーチから小分けにした新しい三種類のアイテムをテーブルに置く。
石鹸は裸で持って歩くわけにもいかないから油紙に包んであるけどね。
テーブルに並んだ三つのアイテムの鑑定結果は下の通り。
【石鹸】 品質:C シャボンの香り
人体に優しく、良く落ちる石鹸。使用感は、しっとりとさっぱりの中間。
泡立たせるために洗い布を使って体を洗うとより効力が増す。
【洗濯液】 品質:C+ シャボンの香り。
普通の品質で作られているが、処理が適切だった。
皮脂や汗、黄ばみ、食べこぼし染みに効果的だが、油汚れにはそこそこ。
肌に優しい。
【トリーシャ液】 品質:C ミックスハーブの香り 特性:保湿・汚れ防止・香り持続(微)
複数の香草を使用し作られた為、爽やかさと清潔感のある万人受けする香りに仕上がっている。髪専用の石鹸。
香草の一つが持つ特性が最大限引き出され、髪への保湿・汚れ防止効果が付加されている。
効果を聞いて全員の視線がトリーシャ液に注がれた。
小瓶に入れた一回分のトロミがある淡い黄緑色の液体には濁りはない。
注いだ時にふわっといい香りがしたっけ、と考えていると突然両肩が掴まれた。
ぎょっとして視線を上げるとベルがやけに真剣な表情で私を見ている。
ギラギラした物騒気味な赤い宝石みたいな瞳にひゅっと呼吸が止まった。
「ライム。これ、どうやって作りましたの……?」
「ひっ?! お、教える! 教えるけどもっ、私がしたいのはそういう話じゃないからちょっと落ち着いて!? 顔も目も怖いんだけどッ」
「ベル、落ち着け。ほら、座りなおせ。品質も問題ないし効果もいい。十分商品には向いていると思うが何か問題でもあったのか?」
無理やりではないもののリアンが呆れたように私からベルの手を引きはがし、席に着くように促してくれた。
ほうっと息を吐いて冷めかけた紅茶を一口飲んでから本題を口にする。
「実はコレ、ミントに試して欲しいなって考えてるんだよね。洗濯液は教会に子供が沢山いて洗濯物が沢山あるって言ってたでしょ? だから効果を調べるのは勿論だけど、この一回分でどのくらいの量洗濯できるのか気になって」
「人数が多い家庭だと一回分量も変わってくるか、そこまでは考えなかったな」
「そうですわね。使用量ってあくまで目安、個人差はありますわね」
「でしょ? で、石鹸とトリーシャ液は既製品と錬金術で作ったものじゃ、仕上がりとかどう違うのかなって」
そこまで言うとベルは訝し気に眉をひそめて小首を傾げた。
視線はトリーシャ液に注がれている。
「既製品と言いますけど、私このようなものは初めて見ましたわ。リアン、貴方なら見たことある?」
「いや、ないな。僕も髪専用の石鹸なんて初めて見た」
嘘でしょ、と思わず笑えば真面目な顔でベルが貴族の一般的な洗髪方法を教えてくれた。
まず、石鹸をぬるま湯に溶いて泡を立て、髪を洗う。
綺麗なお湯や水などでしっかり泡や汚れを流して布などで水分を拭きしっかり乾かしたら、香油を薄く塗った櫛でしっかり梳いて終わり……らしい。
「え、洗った後に油を塗るの? べったべったにならない? 枕とか」
「なりませんわよ。そんなに量は付けませんし、洗って流しただけじゃ髪がごわごわになりますもの」
「知らないようだから教えておくが、一般的な家庭も似たようなものだ。ただ、石鹸は高価なので代用品としてシャボン草やサイプレスの実を水や湯に溶いて髪を洗う。その後は香草なんかを浸けたオイルを少量、といった所だ」
嘘でしょ、と驚きながらトリーシャ液の使い方を説明した。
まぁ、説明って言っても洗って、流して、乾かしたら終わりなんだけどさ。
人の髪質によっては洗い終わった後の手入れは必要かもしれないけど、と口にするとリアンもベルも半信半疑といった風に私を見ている。
「もう説明しても信じられないんなら実際使ってみたら? 私はまだ自分のがあるからいいけど」
「ちょっと待った。ライムはコレをずっと使ってましたの?!」
「そうだけど。おばーちゃん、死ぬ前に凄い量作って置いてくれてて、毎日これで頭洗ってる。今もそうだけど、あと少しでなくなるから自分で好きな香りの作るつもり」
「私、ちょっと髪洗ってくるわ。リアン、代わりに虫よけ香のレシピ聞いておいて頂戴」
そう言うとベルは凄くいい笑顔で机の上のトリーシャ液を持って洗濯場兼湯浴み場へ向かって行った。
ミントの分、と呟きつつリアンを見るとこちらもいい笑顔で
「僕の分も用意してくれ。君の話が本当なら、三人分の学費は一年もあれば返し終わる」
ミントに試供品として渡すという案も採用するから、後で持って行けと言われた。
なんか、作っちゃいけないものを作った気分になったんだけど……気のせいだよね?
◇◆◇
話し合いの結果、試作品として提供することになった三つのアイテム。
リアンの提案で、トリーシャ液はミントとシスター・カネットの二人分を用意して持って行った。
教会に行くと入り口付近にシスター・カネットがいたので挨拶をしたんだけど……ミントを呼びに行こうとしてくれたシスターを慌てて呼び止める。
不思議そうな顔をしているシスター・カネットに“二人にお願いしたいことがある”と話すと穏やかな笑顔を浮かべて私室へ案内してくれた。
案内された部屋は、ベルやリアンと共に通された部屋に似ていたんだけど、子どもが作ったと思われるぬいぐるみや木彫りの像が大事そうに飾られている。
シスター・カネットが淹れてくれたお茶は香草を乾燥させただけの物らしいんだけど……なんかすごく美味しかった。
「美味しいですね、これ」
「ふふ、良かった。色々と試してみたんですけど聖水を使ったらいい味が出たんですよ」
「……聖水使ってるんですか」
「内緒ですよ。ただ、使っているものは裏庭で採れたものばかりなので申し訳ないのですけれど」
教会の懐事情についてはミントから時々聞く話で予想がつくので気にしないでください、とだけ告げた。
お茶については私も色々と工夫した記憶があるから、シスター・カネットと話していたんだけどその途中でノックの音が響く。
急いで来たらしいミントが少しだけ息を切らしていて、私は思わず笑ってしまった。
「そんなに急いで来なくても大丈夫なのに」
「シスター・ミント。気持ちは分かりますがもう少し息を整えて入室なさい」
「はい、申し訳ありません。ライムも見苦しい所を見せてしまって……」
気にしないで欲しいと告げて、さっそく本題に移ろうとポーチからアイテムを取り出してテーブルに並べた。
驚きつつ二人とも興味深そうにアイテムを見ているのが、何だか可笑しくて少しだけ口元が緩む。
いやー、なんか似てるんだよねこの二人。
ほんわかしてる所とか、雰囲気とかが特に。
「これは……石鹸ですよね……?」
不思議そうなミントに頷いて、説明をしていく。
効果を聞く度に顔を輝かせるミントと、困ったように眉尻を下げながらも微笑んでいるシスター・カネットの姿が対照的だった。
私はシスター・カネットが困ったように笑っている理由に心当たりがあったので、続けて説明することに。
「今回はこれを試して使用感を教えて欲しいっていうお願いに来たんです。特に洗濯液はこの小瓶でどのくらいの量の洗濯物を洗えるのか知りたくて」
「そういうことでしたのね。でしたら、有難く受けさせていただきます。でも、このトリーシャ液というものは…」
「あ、はい。ミントとシスター・カネットに使ってもらって、使った感じを教えて欲しいんです。シスターの皆さんは皆髪が長いし、人によって洗い上がりが違うかもしれないので……鑑定結果には、マイナス効果は無かったんですけど……売り出してから何かあってからじゃ遅いってことで協力してもらえませんか? 石鹸についても同じ理由で、試してくれる人は多い方がいいんです」
理由を説明すると酷く感動したような顔で手を組んで神に祈りを捧げているミントを尻目に、シスター・カネットに色々と説明した。
「でも、そうですね……こんなに高価なものを無料でというのはやはり心苦しいので、これから半年間、聖水を月の始めに三瓶ほどミントに持って行かせます。私たちの教会で出せる価値のあるモノといえばその位ですから」
「い、いいんですか?! って、そうじゃなかった。それについてはリアンに相談してみます! 私からもちゃんと説明して洗濯液辺りを融通できないか聞いてみるので」
「まぁまぁ。私共は助かりますけれど……あまり無理はなさらないでくださいまし。ただ、今後協力できることは協力させてくださいね。ライムさんや他のお二方と出会えてこうしてお話ができることだけで十分幸福なのですから、あまり良いものは出せませんがいつでもいらしてくださいな。ああ、最初に交わした聖水中瓶1本をお渡しする約束ですが、これはライムさん個人に渡すと決めたものですので今後もどうぞ教会に足を運んだ際には受け取ってくださいね」
ありがとうございます、とお礼を言えばシスター・カネットはニコリと頷いて私たちを二人だけにしてくれた。
人がいなくなったその部屋で嬉しそうに小瓶を観察するミントに、裏庭で採取することはできるか、と聞けば二つ返事で腕を掴まれ、裏庭に案内された。
……ミントは見た目から想像できない位の力持ちなんだよね。
大剣ぶん回してたし。
「私、使えそうな素材や香草は乾燥させて一定量溜まったらライムに渡しますね。スライムの核もちゃんと回収しているので10集まったら届けるようにします」
「ミント、別にそこまでしなくっても……私は好きでやってる訳だし、ミントとは物々交換する為に仲良くなったんじゃないんだもん」
「そ、それは……そうなんですけど。でも、ライムたちにいくら益があるって言っても申し訳ないですし、それに“友達”が喜ぶものっていまいちわからなくて」
気を悪くしたならごめんなさい、と申し訳なさそうに肩を落とすミントを見て慌てて、口を開いた。
「私もだよ! でも、うん、有難いから貰えるものは貰うんだけどさ、でも見返りを要求する為に友達になったんじゃないってことだけは覚えておいてよ。私の初めての友達なんだもん。一緒にこうやって話せるだけで凄く嬉しいし」
「ライム……ふふ、そうですね。私もです」
二人で雑草を抜きつつ、時々見かける香草やアオ草などを摘み取りながら三十分ほど裏庭で話していた。
いやぁ、時間ってあっという間に経つね。
雑草も綺麗さっぱりなくなって、最後の方手持無沙汰だったもん。
私一人で工房に帰すのは嫌だというミントが丁度冒険者ギルドへ追加の聖水を運ぶ仕事を任されたので一緒に帰ることになったんだけど、その道中で今度一緒に買い物に行く約束をした。
あー、楽しみ!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
誤字脱字チェックは、のんびり行います………うん。
気付いた方、もしよければ誤字脱字報告などしてくださると嬉しいです。
変換ミスがすげーいっぱい……どうしてだ。一応チェックしてるのに!
=素材=
【サイプレスの実】
赤い実。小さく割って水やお湯の中でこすり合わせると泡が出る。
洗浄力があり安価。また、殺菌効果が強く無臭。
昔から髪を洗う、洗濯(汚れがひどい場合、シャボン草と合わせて使う)に使われていた。
ただ、髪はキシキシごわごわになる。




