6話 入試試験(後編)
主人公はチート気味。
というよりも、珍種って感じですね。配色しかり、魔力しかり。
なので性格はできるだけ庶民っぽくなればいいと思います。
というか、強く希望します。
今回は説明多量の回です。いや、今回“も”かもしれませんけど。
光り輝く魔力晶で作られた板が、濃紅色に染め上げられた布の上で輝いている。
結構な明るさがあるのでロウソクとかランプの替りにしたら油代が浮きそうだ。
魔力は結構必要かもしれないけど、大体眠れば魔力は回復するし、いざとなれば魔力が回復するものを摂取すれば済む。
回復薬代が油やロウソクよりも安かったら儲けものだし、調合を好きにできるようになってある程度レベルが上がったら挑戦してみようかな。
「ライム君、ちょっと此処で待っていてください。すぐに戻ってくるので決して動かないように!」
「り、了解です」
鬼気迫る表情と口調に押されて頷いた私に先生は物凄い勢いで部屋を出ていった。
バタン、と扉が閉まる音がして、微かに聞こえる足音が遠ざかっていく。
それを確認して私は素早く窓から差し込む陽の死角になっている場所に置かれた棚へ近づいた。
下段から中段には分厚くて難しそうな本が几帳面に並べられている。
内容は魔力に関すること。
他に目に付いたのは“召喚士”に関する本が多いってことくらい。
“召喚士”っていうのは、私たちの国――――…トライグル王国の国民が憧れる職業の一つでもある。
魔女、ううん…錬金術師になるにも条件があるけど、それ以上に厳しい条件なのが召喚士。
一番なりやすいのは騎士になる。
その騎士になるのも簡単じゃないから、結局はコネか実力が必要なんだけどね。
「召喚士っていえば、この学校にもいるんだよね。確か」
遭遇しないように気を付けようと心に決めて、ある本に目が止まる。
一番ひと目につきやすい場所にあった青緑色の背表紙に金色の刺繍で綴られた著者の名前を見て思わずそれに手を伸ばす。
本の背表紙には『魔力の色と可能性』著:オランジェ・シトラールと書かれていた。
(おばーちゃんの本だ。家にある本の中におばーちゃんの本もあったけど、調合とか素材に関する本しかなかったっけ)
その図鑑や本もしっかり持ってきた。
色んな本を読んだけど、この本は家になかったから読んでない。
少し悩んで、その本の背表紙に指をかけた瞬間――――……物凄い勢いで扉が開け放たれた。
「ら、ライム君…お、おまたせ」
ぜひゅーぜひゅーという不可解な音と共に草臥れた男が現れた。
足というか膝が完全に笑っているようで面白い位にガクガクと震えている。
なんか、生まれたてのヴァルケロスみたいだ。
ドアにもたれ掛かって、荒い息のまま私と机の上の魔力晶へ視線を向ける。
体力なさそうだもんなー。この先生。
「呼吸が大変なことになってますけど大丈夫ですか?」
いつ倒れるかわからないので近くにあった椅子を先生の近くへ移動させ、座らせる。
放って置こうかとも思ったけど流石に人としてどうかと思うし。
「だ、大丈夫。ひ、久々に、全力で、走ったよ」
「相変わらずですか。ワート教授。私の研究室までそう遠くないでしょうに」
「いやぁ、フィールドワークが得意なフラックス教授と比べないでくださいよ」
「錬金術師はフィールドワークも基本のうちでしょう。さて、魔力の精密判定をして欲しいというのはこの生徒ですか」
教授と呼ばれた長身の女性が私を頭からつま先まで面白いものを見るように観察していた。
切れ長の瞳は一度だけ髪の色を見たが違うことに興味を持ったらしい。
じぃっと瞳を覗き込まれてちょっとだけ仰け反った。
「どうですか?フラックス教授」
「今年は色彩豊かな年だな…準3色が比較的多いし、特殊色も一人いたぞ。ちらっと見ただけだったが間違いない。で、ワート教授が見つけてきたこの生徒だが…」
ごくりと生唾を飲んだ私と先生は次の言葉をじっと待った。
容姿が容姿だけに、まるで絵本に出てくる王子様か何かみたいにも見える。
村の女の子達が見たら面白いことになりそうだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると酷く楽しそうに口の端を持ち上げた彼女は言った。
「私も初めて見る“源色”だ」
「あの、すいません。質問なんですけど、魔力の色について」
「そういえば中で説明するって言ったきりだったっけ。ごめんごめん、取り敢えず座って。フラックス教授も申し訳ありませんがお掛けになって下さい」
本棚の横にあった木の椅子に腰掛ける。
フラックス教授と呼ばれている先生は入口から少し離れた所に置いてあった白い木で作られた椅子に腰を下ろす。
それを見届けたようにすっかり息の整った先生が口を開いた。
草臥れた服も少しだけ真面目になった表情のおかげでちゃんとした「先生」に見える。
「さて、まずは正式に自己紹介をさせてもらおうかな。初めて会った時にも名乗ったけど、僕は『トライグル国立レジルラヴィナー学院』の教員をしているクレソン・ワート。所属は錬金科だ。そちらにいらっしゃるのは、アンゼリカ・フラックス教授。彼女は召喚科の教員なんだけど、王宮魔力判定師の免許も持っていらっしゃるので魔力を判定する必要がある場合に協力を要請している」
何かの本で読んだことがある。
王宮魔力判定師の資格を取るのは、かなり難しいって。
試験は一年に一度だけ。その上にこの試験…一度だけしか受験することができない。
魔力探知の能力に長け、分析能力や判断力、魔力の色や量を見極める力が求められる。
魔女も騎士もこの試験は受けられるけど、召喚士は強制的に全員受験するそうだ。
召喚士でこの資格を持っていれば優遇措置を受けられるし、受かるだけで一流と呼ばれる。
やっぱり凄い人だったのかとフラックス先生を眺めていると私の視線に気づいて柔らかな苦笑を浮かべる。
「補足だが、魔力を判定する機会はそう多くない。入学試験と卒業時の最終魔力認定くらいだな。後は要請があってコチラの都合がつけば判定することもある―――今回のようにな」
「簡単な魔力判定なら僕らにでもできるんだ。基礎三色なら間違えずにわかるし、準基礎三色も大体わかる。でも、漠然と色が分かるだけだから、魔力晶による魔力判定と状況に合わせて魔力判定師の力を借りないといけない」
どうやら魔力晶は魔力に応じて光具合と色が変わるらしい。
ふむふむと新知識に驚きつつ話を聞いているとフラックス教授が椅子から立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出した。
その本はかなり古びてはいたが大事に扱われてきたらしい。
「魔力の色はこの一覧の通りだ。才能があるものや調合技術の高レベル化によっては色が混ざり合って変化することもある。まず、『基礎三色』は赤・青・黄。『準基礎三色』は、緑・紫・橙。比率で言えば七割が『基礎三色』で残りの二割が『準基礎三色』だ」
「残りの一割はこの『特殊色』ってやつですか?」
「そうだ。この特殊色は『黒』と『白』の二色。生まれ持ってこの色の魔力を持つものの割合は一割しかいない。後天的に混ざることもあるが稀にあるだけだ」
「基本的に、レベルが高くなって技術が上がれば上がるほど色は濃く、そして澄んでいくんだ。オランジェ様は見事な深青だったよ。あれほどまでに澄んだ青色に手が届く者はひと握りいるかどうかだ」
長い指が本の文字を辿りながら時折補足の説明を加え、私にもわかりやすいように教えてくれた。
だけど本には『源色』という色は載ってない。
次のページなのかと思って捲ってみたけど、全然違うことが載っているだけだった。
「さて、そこで君の色だ。君の魔力の色は先ほど説明した中には当てはまらない」
「本にも載ってないことを考えると新色ですか?」
「…ライム君が言うと緊張感が吹っ飛ぶな」
「だが、考え方は悪くない。残念ながら新色ではなく、教科書に“載せる必要のない”色であった為に教科書として使っているこの本には載っていないだけだ。君の持つ色は『源色』と呼ばれるが、色はない。つまり“透明”だ」
切れ長の赤みの強い橙色の瞳が細められる。
どこか嬉しそうに紡がれたのは“透明”という色っていうカテゴリの中に入れてもいいのか非常に悩む。
私の考えていることがわかったのか先生二人は苦笑していた。
「まぁ、あまり深く考えなくてもいいさ。“源色”にもメリットとデメリットがあるだろうが、それはどの色も同じことだからね」
ワート先生はようやく足の震えが止まったようだ。
若干草臥れた風は健在なものの違和感なく立ち上がり、本棚からフラックス先生の持っている本よりも半分程の厚みしかない本を抜き出した。
「魔力の色によって作り出したモノの出来に多少影響する。青色だと水・氷の属性がついたものを作り出す時に品質を弄り易いし、いい効果も出やすいんだ」
「それって結構大事なことですよね?!透明の属性なんて聞いたことないんですけど」
「存在してないからさ。でも、逆に言ってしまえば色の特徴を持たないからこそ、普通なら付けられない属性を無視した効果をつけたり色に左右されない調合ができるってことでもある」
過去に“源色”を持つ人間は一人だけであった為、記録は殆どないという。
ぶっちゃけ先生方も力の働き方は予想できないとのこと。
「で、逆に聞くけどオランジェ様から昔、調合を教わった時に何か言われなかったかい?」
「おばーちゃんに言われたこと、ですか?うーん」
注意や指摘はよく受けてたし、手順は教えてもらったけど大体が難しい調合だったから調合方法を口に出すレベルで時々注釈がつくくらいだった。
だけど、心構えみたいなものの話は日常茶飯事で「調合中は不純物が混じらないように気をつけること」と口を酸っぱくして言われたっけ。
あ。でもちょっと待って、私の脳みそ。
パッと頭に浮かんだのは一から十まで全て一人で調合したアクセサリー。
完成品を見たおばーちゃんは物凄く驚いた顔で、滅多に使わない判定機材を持ち出してそれを鑑定した。
「確か、小さい頃に“結晶石の首飾り”を作った時に出来たものを見て珍しく判定機材を使ったことがありました」
「オランジェ様は歴史に残るほどの素晴らしい観察眼をお持ちだったことで有名でもあるな。私も昔は何度か世話になったものだ」
どこか懐かしそうに微笑んだフラックス先生の言葉に好奇心をくすぐられつつ、記憶を手繰り寄せていく。
“結晶石の首飾り”は、子供でも作れるくらい簡単なアイテムの一つだ。
村でもオシャレといえば“結晶石の首飾り”が主だった。
色付きは少し高いので持っていると注目の的らしい。
「アイテムの出来としては、品質も良かったしおばーちゃんから褒めてもらえたくらいですからかなり良かったと思います。まあ、私の腕というより的確な指導と高品質の道具、下処理に使う薬品なんかを使ったからでしょうけど」
「ライム君、その現物は今もあるのかい?あるなら是非譲って欲しいんだが」
「友達に渡しちゃったので手元にはありません。その友人も王都のどこかにいるとはおもうんですけど」
友達というのは、原石を一緒に見つけた数少ない遊び相手の事。
元々、小粒のものが多い中で大人の親指程度の大きさの結晶石を見つけた時に私も友達も喜んだ。それを貰って私が初めて人の為に調合をした。
あの時のことは覚えてないけど、完成すると同時に力が入らずにその場で座り込んだ記憶がある。
原因は極度の緊張と魔力を短時間で大量に使ったことによる疲労。
すぐに回復したけど、おばーちゃんは呆れてたし、友達は暫く心配してどこに行くんでもついて回った。嬉しかったからいいんだけどさ。御陰でたくさん遊べたし。
「おばーちゃんの判定によると、3つの効果がついてるって言ってたと思います。基礎魔力上昇(大)と魔力回復(大)…この二つはおばーちゃんの御蔭です。使ったモノにそういう効果のものがあったので」
「で、最後のひとつは?」
「“青の導き”とかなんとかって言ってたと思います」
「…確認するが、調合した結晶石は本当に無色透明だったんだね?」
「はい。間違いなく」
「わかった。これは僕の憶測でしかないが、オランジェ様の魔力が込められたものの力を引き出したんだろう。【青の導き】という効果がつくと、青属性の魔法を一つアイテムに記憶させることができる。オランジェ様は何かしていたかい?」
効果についておばーちゃんはあまり教えてくれなかった。
私も自分で調べるのが楽しかったからいいんだけど、高いレベルにしかつかない効果や珍しい効果は殆ど知らない。
「数日後に治癒師が来て、その時に私が作った“結晶石の首飾り”を貸してます。私はそのまま友達と遊びに出かけたんですけど、お昼には友達に渡してました」
「オランジェ様と親しい治癒師というと『青の大国』出身者か。ああ…さぞご高名な治癒師様とお知り合いだったんでしょうね」
どこかうっとりした表情でワート先生は溜息を吐いた。
正直、気持ち悪い。
思わず顔を背けた私とフラックス先生の視線が交わり、同じ気持ちであることを確認した。
「…そろそろ私は失礼させてもらうよ。彼女が“源色”であることは、このアンゼリカ・フラックスが証明と認定をしよう。手続きもしておくから速やかに入学試験を進め給え。彼女にも予定があるだろう」
「確かに。フラックス教授、わざわざ有難うございました。また何かありましたらよろしくお願いします」
頭を下げたワート先生に優雅な一礼を返し、フラックス先生は部屋を出ていった。
凛とした背中に見とれていると知らぬ間に装いを整えたワート先生が心なしか引き締まった表情で私を見据えている。
慌てて彼に向き直ると、彼はふっと微笑んだ。
「ライム君。入学式は3日後。その時に詳しい説明を受けるように」
「え?!まだ試験あるんじゃ…?」
「本来ならこのあとに他の教員が同伴して面接を行うんだ。面接の形式は、教員が二名で質疑応答をする形だね。これは志望者に問題がないか見極めるためのもの。今回は他の学科でもあり、一目置かれる立場のフラックス教授がライム君を認めたんだ。誰も異論は唱えないさ」
軽い調子でへらっと笑ったワート先生は合格証だという魔力登録証を受け取った。
小さい魔石が付いた銀色の腕輪。
「これがこの学院の生徒だっていう証になる。魔力認証式だから偽造はできないし、貸し借りもできないからね。それにこれは身分証明にもなる便利なものだ」
私の魔石は透明なままだけど、魔力が入ったことでキラキラ光を受けて輝いていた。
何かの宝石みたいで少しだけ感心していると先生が心配そうに魔石の色を見ている。
「源色は珍しい魔力色だ。バレることで厄介なこともあるかもしれないけど、何かあったら僕ら教師に相談して欲しい。いいね?」
「はい。目立つのは慣れてるし大丈夫だと思いますけど、何かあったら相談しに行きます。相談料とかもかからないんですよね?それなら利用しないと」
少しだけ冗談めかして一言付け加えると先生は安心したようだ。
実際、相談するとして調合のこと位だと思う。
不本意だけど、髪の色の御陰で注目されるのには慣れてるし。
お金的な意味での苦労もしてるから多少の貧乏生活なら余裕で耐えられる。
そんなことを考えつつ、私は先生に見守られて腕輪に自分の魔力を記憶させた。
不備がないかワート先生がザッと調べられたけど異常はなく、予定よりもかなり早い時間で入学試験を終えることができた。
迷うといけないと先生に付き添われ、見送られた私はその足でエルと待ち合わせた場所へ向かった。
*アイテムや用語の解説*
【ヴァルケロス】草食の動物。枝分かれした頑丈なツノを持ち、オスの角なら武器に使われ、メスなら装飾品や薬の材料として使うことができる。尚、個体によって好みの魔力があり契約を交わすと生え変わる時期にツノをくれたり、荷を引いてくれることもある。比較的穏やかな性格だが、会えることは稀。
【結晶石】白~透明の鉱物。周囲の森を探せば容易に見つかる。加工がし易いので庶民の宝飾品として広まっており、価格もお手頃。稀に色の付いたものが発見されるが、大体は魔力が満ちた鉱山の奥で見つかる程度。色つきのものは魔石として高値で取引される。
錬金術の素材になると魔力の影響を受けて、込められた属性に応じた淡い色がつく。その為、無色透明な石に属性の付いた効果はついていないのが常識。
【結晶石の首飾り】アイテム。錬金術師(魔女/魔術師)でなくても作れる初級者向きのアクセサリー。石の発見が容易いこともあり、練習台としてよく使用される。元手はただに等しいが、魔力が込められることで少しだけ効力も上がる。低レベルの冒険者に人気。
サクサク更新するはずだったのに難産だった回。
気に入らなかったらその内ちょこちょこ修正していきたいです。むむむ。