73話 採取旅8日目 後
お待たせしましたー。
誤字脱字は軽くチェックしましたが……もしかしたら後で見つけて修正するかもです(汗
今回は色んな意味でリアンが活躍する話。
交渉事になると出番が増えます。貴重なツッコミ役ですしね。
※やっぱりありました、誤字変換ミス!報告してくださった方本当にありがとうございます。
毎度毎度スイマセン…、ハイ
合流地点には、新人冒険者とベテランの冒険者が多くいた。
街道から踏み固められた草の上に足を一歩踏み入れるのと、ほぼ同時に複数の視線が私たちに集まった。
どうやらこっちを見ているのは新人冒険者ばかりのようだ。
表情を見ると珍しいから見ているというよりは何かを窺うように、ソワソワしている。
一体何事だろうと首を傾げつつ、ベルとミントの後ろを歩く。
二人の視線の先には一つのパーティーが焚火を囲めるスペースがある。
密かに人が多い場所で、フードを被った私はさぞ不審人物に見えてるんだろうなぁ、なんて考えているとミントが手を繋いでくれた。
シスターと不審人物が手を繋いで歩いてるって逆に目立ちそうだよなぁ、と思ったけど誰かと手を繋ぐってことが凄く久しぶりだったので大人しくついていく。
(子供より大きい剣を振り回すのに、ミントの手って女の子!って感じなんだよね。ベルもだけど)
手入れとか時間かけてるのかな?なんて若干感心しつつ、繋いだ手に力を入れた。
ぎゅって直ぐに握り返されてちょっと照れ臭かったけど嬉しくなったのは内緒。
「なんかさっきから見られてるよね。ほら、後ろの二人グルグル巻きにしてるからじゃない?どう考えても目立つし」
「私たちが注目されてるのは“討伐対象”の盗賊がいる『忘れられし砦』の方面から歩いてきたからだと思います。ほら、討伐依頼が出たらしいって話があったでしょう? まぁ、確かに後ろの二人がいるせいで余計に注目を集めている可能性は否定できないですけど。ベル、討伐したという情報はどうしますか?」
「そうね……流しておいた方が都合も良さそうだし、誰かが聞きに来たら話して頂戴。まあ、これだけベテラン冒険者がいれば無意味に絡んでくる愚か者はいないでしょうけど……―――― 万一、しつこく聞いてきたり難癖付けてきたら、討伐の証として首の一つ二つ出して証明して差し上げて頂戴な」
「生首見せられたらご飯食べる気無くなりそうだね。私は平気だけど」
「私も平気ですけど、ベルが言うならそのようにしますね」
「生首程度で食事を取れなくなる方がおかしいのよ。そんなもの戦闘になればゴロゴロ転がってるでしょうに」
貴族らしい口調と良く通る声に近くにいた新人冒険者はギョッとして、ベテラン冒険者らしき人達は苦笑したり感心するようなそぶりを見せている。
野営の時に食事をとるって行為は一番大事なんだと工房でも良く言い聞かされていた。
ベルも騎士団に見習いとして入った時に散々叩き込まれたんだって。
なんか、危険な場所やどうなるかわからない状況で空腹のまま戦う事は一番命を縮めるらしい。
「食べられる時に食べる、休めるうちに休むというのは基本ですわ。そういうことができないと後で必ず痛い目を見ますから。食事はとらなければ動けなくなる上に、気持ちを前向きにする効果もありますのよ? 結果的に、食べないより食べておいた方が死ぬ確率がぐっと下がるんですの」
そう話すベルの顔は真面目だったのでちゃんと覚えている。
機嫌よく歩くベルが足を止めたのはベテラン冒険者が多く休んでいる辺り。
新人冒険者は2~3組しかいないけど、嫌な感じはしなかった。
後ろを歩いていたリアンが少し歩く速度を上げて私たちの傍に立ち、小声で密かに鑑定した結果を口にする。
「どちらの冒険者にも犯罪歴はない。新人は本当に駆け出し―――……始めて数カ月といった所か。一番近くにいる赤い胸当てをしている冒険者はそこそこレベルが高い」
「相変わらず便利ですわねその能力。まぁいいわ、ここにしましょ」
ベルの一声で私たちは慣れ始めた焚火の準備や休憩の準備をする。
此処では椅子やテーブルは出さないように言われたのでトランクから布を取り出す。
食器類も一緒に取り出しておいた。
あとはお茶用のカップや薬缶、スープ用の鍋や作業台などの調理器具をいくつか。
(スープもいつもより少なめに作った方が良さそうだね。さっさと食べて移動しようって話だったし)
それは、此処に着く少し前のこと。
今後の動きを打ち合わせした結果『早くギルドへ行って邪魔な荷物を降ろす』ってことが決まった。
荷物っていうのはグルグル巻きの二人ね。
「スープはキノコと野菜のミルスープでいいかな? キノコいっぱいあるし」
「任せるわ。それとリアン、ちょっと相談なのだけど対価は“何”がいいかしらね」
「僕に案がある。任せてくれるなら僕が行くが」
「では頼みましたわよ。ああ、ディルはそのままソレらを監視していて頂戴。何をするかわからないから目を離さないで―――……もう厄介ごとはお腹いっぱいなの」
「奇遇だな、僕もだ。ディルはそいつらを頼む。ミントはここで待機していてくれ。ライムに対応を任せるのは些か不安が残るからな」
難し気な会話をしている二人を横目に、ミントがつけてくれた焚火の具合を確認する。
薪も多少必要だろうという判断でトランクから拾い集めた薪の束を2つ出しておいた。
作業台では、待機が決定したミントが慣れた様子で野菜の皮をむいてくれている。
こういう作業してくれると調理時間が短縮できるから凄く助かるんだよねー。
ポーチから調味料を出して、食材に下味をつけた後に鍋を持って焚火へ向かう。
鍋を持って居ない方の手には取り出したトライポットっていう名前の道具。
道具って言っても鉄で作られた三本の棒と鎖だけなんだけどね。
これの使い方は簡単。
テントの骨組みみたいに地面に立てて、クロスした部分に鍋を釣るして使うんだ。
敢えて言うなら鍋を釣るせるように三本のうちの一本の先端がフック状になってるのが特徴かな。
割と一般的なこの道具は、鍋の大きさによってフックに下げる鎖の長さを調整すればいいから便利なんだよ。
持ち運びも鉄の棒3本と鎖ぐらいだから楽だし。
「ライム、他に何をしたらいいですか?」
「特に無いんだよね。あ、もしよかったら野菜適当な大きさに切っておいてくれると助かるかも」
「いいですよ、仕込みなら慣れてるのでいくらでも手伝います」
「ありがとう。野菜とか下処理終わってれば炒めたり煮たりするだけだから凄く助かるんだよね。ほら、疲れてると下処理面倒になったりするし。スープ自体はすぐできるんだけど」
魔力使うしね、とは言わない。
作業台が丁度後ろにあるからミントにも見えないし、と小瓶の中の油を鍋にいれて具材を全部一気に投下。
水も入れて、調味料を入れた後は一気に魔力を注ぎながら混ぜていく。
魔力を注ぐことで瑞々しかった野菜がしんなりとして、調味料交じりの水に野菜の甘味が加わって黄金色のスープへ変化していくのが分かる。
「乾燥させたハクレイ茸も入れたし味は大丈夫だと思うんだけど……ミント、ちょっと味見頼んでもいいかな」
ポーチから味見用の小皿を取り出して少量スープを入れて味見を済ませる。
私には丁度いいけど、とミントに渡せば丁度パンを切り終えたらしい彼女が寄ってきて嬉しそうに小皿を受け取る。
「美味しいです~。うう、この黄金色のスープが毎日飲めるベルとリアンさん羨ましすぎます」
「大袈裟だなぁ。スープも出来たしカップに注いじゃうね、そろそろ戻ってくるだろうし」
視線を手元の鍋から少し離れた場所へ向ける。
リアンが向かった先はベテラン冒険者たちがいる場所だった。
いつの間にか数人の人だかりができていて、その中心には胡散臭い笑顔のリアンがいる。
賑わっている所を見ると売り出す予定のアイテムを宣伝しているのかもしれない。
「――――……リアンさんはもう少しかかりそうですね」
「商魂逞しいっていうかどこでも生きていけそうだよね、リアンって。ベルもだけどさ」
「ふふ、そうですね。あ、先にディルさんやチコ達に食べてもらった方が良さそうですし、私はカップの準備します」
「ありがとう。じゃあ、いる人から食べちゃおうか」
ディルや新人冒険者三人組、そして奴隷の子にも渡した所でベルが不機嫌そうに戻ってくる。
出来上がったスープを渡すと表情が和らいだのでその横に座る。
ミントも同じようにお皿を持って、座ったかと思えば祈りを捧げて言葉少なにオニギリへ齧りついた。
「どこかに行ってたみたいだけど何してたの?」
スープを飲んでいるベルに、オニギリを頬張りながら聞く。
不機嫌な理由が知りたいのと純粋に何してたのか気になったんだよね。
ディルが凄い勢いでおにぎりを食べているのがちらっと見えた。
指の動きと表情でお代わりしてもいいかと聞かれたので頷けば嬉しそうに鍋に近づいてスープをカップへ注ぎ始める。
(相変わらず良く食べるなぁ。魔力使うとお腹すくって言ってたけど、食費凄そう)
「駐在所でアレを引き取ってくれないか打診してみたのですが、やはり引き取り拒否されましたわ。まったく、どうせ交代の時に街に戻るのだから連れて行ってくれてもいいでしょうに」
「いやいや、厄介なモノ押し付けちゃ駄目だって。どう考えたって足手まといでしょー。歩くの遅いし口を開くと文句ばっかりだし」
「まぁまぁ。でも、ライムって結構歩くの速いですよね。実は少し驚いたんです。錬金術師の方ってあまり体を動かすのが得意じゃないのかと思っていたので」
「一般的にはその認識であっていると思いますわよ。リアンなんかその典型ですし」
まったりご飯を食べながらそんな会話をしていると、リアンがやや疲れたような顔で戻ってくる。
顔には胡散臭い笑顔が張り付いたままで、私たちしかいない事を確認すると直ぐに普段の無表情に戻った。
空いている場所に腰を下ろしたリアンへスープを渡す。
「ああ、すまない。食べながら報告をするから聞いてくれ」
ミントがディルを呼び寄せて話が聞こえる範囲まで来たのを確認してから、口を開く。
オニギリは美味しかったらしく一口が大きい。
「ここに集まっている新人冒険者の殆どはこれから砦へ盗賊討伐に向かう所だったらしい。先ほど会話した冒険者たちはギルドからの依頼で彼らの護衛を請け負っているそうだ。新人の数が多いから、中堅冒険者も三つのパーティーが合わさった合同チームだと聞いている」
「なるほどね。道理で新人冒険者たちが近くにいると思いましたわ。普通もう少し距離を取りますもの」
「新人達にも護衛任務を受けていることは知らされている。今回の依頼は討伐を目的としてはいるが、盗賊を相手にするという危険性を新人達に周知及び体験させるという意味合いが強いそうだ」
それを聞いて私以外の全員が納得したらしい。
小さくため息を吐いたベルが『なるほどね』と小さく零して視線を冒険者たちへ向けた。
視線の先には新人に何かを話しているベテラン冒険者の姿。
駆け出しの冒険者たちから、少なくない声が上がる。
それは落胆の中にも安堵が混じった声が殆どで、こちらに絡んでくるような様子は今の所ない。
テキパキと多くの冒険者たちが片付けを始めた。
どうやら彼らも早々にここを去るようだ。
「討伐したことの証拠として盗賊が持って居たギルドカードを提示した。彼らは今回はギルドからの指名依頼だったようで断れなかったらしく、感謝されたよ。実際、僕が冒険者でも新人のお守りをするのは御免だからな。聞き分けのいい奴ばかりならいいが、中にはアレらのような奴も一定数居る。新人の中にもそういった傾向が強いグループが一つ混ざっていたようだしな」
やれやれと緩く頭を振るリアンは疲れた様に『アレらほど話が通じないわけではないようだが』と付け足した。
どうやらベテラン勢にある程度此方の事情を話したらしい。
同情されたよ、と疲れた顔のまま苦く笑っていた。
スープのお代わりを所望されたのでカップを受け取って立ち上がれば、一人のベテラン冒険者と目が合った。
軽く会釈をされたので私も慌てて頭を下げたんだけど妙に冒険者の機嫌が良かった。
首を傾げつつカップをリアンに渡せばやりとりを見ていたらしく、リアンの表情も少し明るくなっている。
えーと、どういうこと?
「本来なら必要ないんだが宣伝も兼ねて“簡易スープ”と“オーツバー”を試供品として少し渡したんだ。二つともその場で味見をしてもらって色々と感想を聞いたんだが、店が開いたらぜひ買いたいと言われた。工房の場所は教えておいたし、個人情報も預かった。彼らとしても錬金術師が作るアイテムには興味があったらしい。価格も普通のものよりは少々割高だが、錬金術師が作ったアイテムであることや味、利便性を踏まえると良心的だという評価を貰っている」
「なんというか抜け目ないですわね」
「冒険者の繋がりはどこでどう広まるかわからないが、いちいち宣伝して回る手間が省ける。便利な情報網が目の前にあったら誰だって有効に使うだろう? といっても、口伝や噂にはある程度リスクもある。今回は僕らの場合は錬金術師で、学院に所属している学生でもある事をそれとなく伝えてあるし、相手側も正確に“理解”してくれたようだから問題は起こらないだろう」
「ああ、いくつか要望も聞いておいたぞ」
リアンが懐からメモ帳をこちらへ向けて差し出した。
受け取って目を通すと神経質そうな字が並んでいる。
「ええと回復アイテムと便利な道具が欲しい……?」
「便利な道具って随分おおざっぱですのね」
便利という言葉でうっかりディルを思い浮かべたけど、ディルみたいに魔術をポンポン使える人は珍しいらしいしそういう意味ではないんだろう。
うーん?と顔を見合わせた私とミントを余所にベルが胡散臭そうな表情で手帳をリアンへ返していた。
「細々とした作業や手間が省けるようなもの、性能や備わった機能が優れているものなどを指しているようだな。食料であれば腐りにくくて食べやすいもの、といったところか」
「ってことは道具なら壊れにくくて、誰でも簡単に使えるものか。何があるかなぁ」
「君が作った “簡易スープ” や “オーツバー” は便利な道具に分類されるぞ。どちらも腐りにくく場所も取らない上に手軽に状況を選ばず食べられる―――……まぁ、商品開発については帰ってからだが、暇な時間にでも考えておいてくれ」
私とベルが頷いたのを満足げに見たリアンが腰を上げる。
いつもならお茶をしてから出発なんだけど今回は早急に『緑の大市場』と呼ばれているケルトスへ向かうそうだ。
丁度、乗合馬車が出るらしいのでそれを利用するみたい。
「馬車に乗るの? 歩いてった方がお金かからないんじゃ」
「金はかからないが時間がかかるだろう。僕は早急に邪魔な荷物は降ろしてしまいたいんだ。面倒ごとをいつまでも引き連れて行きたいと言うのなら止めないが、僕は先にケルトスへ行くぞ」
「そうですわね。馬車を使えば夜にはケルトスへ着けますし、そうしましょう」
「いや、アレは特急馬車だから三時間で到着する。夕方までに辿り着けるだろう。少々料金は高いが問題ない」
此処で眼鏡の位置を直したリアンが冷たい表情でグルグル巻きになった二人を視界に入れて、フッと鼻で笑った。
「こいつらの輸送費としてギルドで請求する。一時的にこちらが支払いをするが、ギルドの受付で使った金額を返してもらえるからな」
「あら、そんな制度がありますの?」
「私も初めて知りました……!」
ベルとミントの言葉を受けて淡々と片付けを始めたリアンの説明を聞く。
ちなみに皆片付けをしながら耳を傾けているので、直ぐに出発できそうだ。
出していた物も少なかったのでトランクに入れるだけなので簡単といえば簡単なんだよね。
焚火の処理だけちょっと時間かかるんだけど、ディルがいるからそれも一瞬だ。
片付けを終えた私たちは、乗合馬車がある方へ足を進めるリアンの後ろを歩きながら話に耳を傾ける。
「迷惑料の他にも輸送費請求制度というのがあるんだ。文字通り、生け捕りにした盗賊やこいつらの様に問題を起こした冒険者などを移動・輸送する際にかかった費用を当事者に負担させるという制度だな。御者や店員などに一筆頼めばそれが証明書となる。費用は当人がギルドに返済していく形になるから、冒険者は勿論ギルドの負担にもならない」
ちなみに、と見えてきた乗合馬車に視線を向けたリアンがにやりと笑う。
視線の先には数台の大型の馬車があったんだけど、よく見ると赤い屋根と青い屋根の馬車がある。
馬車を引くのは馬なんだけど……普通の馬よりもかなり大きい。
「僕らが乗るのは青布が屋根にかけられている方だ。赤は通常の乗合馬車だな。僕は話をつけてくるから君たちは馬車の近くで固まって待っていてくれ」
「あ、私もついて行っていいですか? 今後手続きをすることもあるかもしれませんし」
「そうだな、一度見ておいた方がいいか……こっちだ。話をするなら階級が上の騎士にする方が手っ取り早い」
スタスタと足早に御者である騎士の方へ向かっていったリアンとミントを見送りながら、周囲に視線を走らせる。
パッと見た所、冒険者らしき姿はない。
お客さんらしき人達がいるのは赤い屋根の方で、私たちがいる方に人はいなかった。
「この分なら乗れそうですわね」
「う、うん。でも何でこんなに人がいないんだろ」
不思議に思って首を傾げていると今まで黙っていたディルが口を開いた。
「特急馬車はあまり使われない。一般市民が乗るのは通常の乗合馬車だ。急ぎの用事がない限りこちらには乗らないと聞いたことがある。客がいなければ、屋根にかけた布を交換して通常の乗合馬車にすることもできる」
「なるほど! だから布使ってるんだね。色を直接塗っちゃうと色替えも出来ないし不便だもんね」
笑顔で頷いたディルに頭を撫でられつつ、リアンが戻ってくるのを待った。
戻ってきたリアンは一つ頷いて荷台に乗り込むよう告げる。
少ない荷物と共に全員乗り込んだところで特急馬車は五分ほどで出発した。
馬車の中は相変わらずというかガタガタ揺れてバランスをとるのが大変だった。
ぐんぐん歩いている人たちを追い抜かしていくし、合流地点なんかあっという間に見えなくなるほどの速度なのでお尻にも響く。
持ってきた寝袋を出してお尻の下に敷いたのは言うまでもない。
馬車の中でリアンに色々聞いたんだけど、この乗合馬車を引く馬は魔獣に分類されるらしい。
ランニングホースっていう魔獣と大型の馬を掛け合わせたもので、人懐っこく足が速い上に疲れにくいという特徴を持つそうだ。
餌は普通の馬と変わらず、時折屑魔石を与えるだけで十分という事で軍馬としても用いられているんだとか。
(いつも思うんだけど、どっからそういう情報を仕入れてくるんだろ。実家が商家だから詳しいだけなのかな)
「特急乗合馬車は速いのが最大の特徴だ。ただ、この揺れと料金から利用者はあまり多くない」
「ねぇ、気になってたんだけどモルダスからケルトスまで通常の乗合馬車なら銅貨五枚なんでしょ? 特急の乗合馬車だといくらくらいするの?」
「モルダスとケルトス間なら危険も少ないし距離もあまりないから銀貨五枚だ。他の地域によっては銀貨十枚を超えるという所もあるようだから良心的と言えば良心的だな」
「わたし、たぶん今後特急乗合馬車は使わない」
「私もです……銀貨五枚だなんて」
「今回は全員で十一人分の料金だから銀貨五十五枚だな。まぁ、僕らの懐は微塵も傷まないから問題ないが」
優雅に足を組んでいるリアンは馬車移動には慣れているというだけあって酔いにくいらしい。
メモ帳を取り出して文字を書く余裕すらある。
揺れであっちこっちへ揺れている私を余所に、ぱっと見涼しい顔をしているのがちょっと悔しい。
あ、奴隷の子も私と同じでぐらぐらしてた。
金髪剣士が青白い顔で吐きそうになってるのを見て、リアンがめんどくさそうに襟首をつかんで引きずり、顔を荷台から出させて口布を解いていた。
振動で落ちないように背中を思い切り足で踏んでるけどね。
そんな姿と何処か愉しそうな歪な笑みに私たちはもれなくドン引きしたんだけども。
だってさー……ねぇ?
盛大に吐いて苦しんでるのを見下ろして笑ってるんだもん。
引きもするよね。
「うわ、悪魔だ!ここに悪魔がいる!」
「わ、私リアンさんは絶対に敵に回しません」
「なんだか高利貸しの様ですわね」
「高利貸しなら頭に悪徳の文字が漏れなくついてきそうだな」
「誰が悪魔で悪徳高利貸しに見えるんだ。人聞きの悪いことを言うな」
じろりと座っている私たちを見下ろすその仕草すら完全に悪人にしか見えない。
無言で視線を逸らした私たちにリアンが何か言ってたけど皆視線を合わせようとはしなかった。
だって、踏みつけて金髪剣士を見下ろしてる時のリアン楽しそうだったんだもん。
地味に体重かけてグリグリ踏みつけてたし。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
一応、乗合馬車に関することなど載せておきます~。
=いろいろ=
☆ケルトス(街の名前)
『緑の大市場』と呼ばれる街。モルダスが食卓ならケルトスは市場といえる。
街には大きな運河が三つあり、運河や陸路を利用して多くの食材や道具、人が集まる。
また、ここでは選別所のような一面もあり一流もしくは商品価値が高いと判断されたものだけがモルダスへ運ばれる。
モルダスへは馬車で三日、徒歩なら六日程度で着く。
合流地点からケルトス迄だと通常馬車で半日ほど、特急馬車だと三時間ほどで到着する。
なお、乗合馬車は国が走らせており御者のほとんどが引退した騎士と新人騎士が二人組で行っている。
一人当たり片道で銅貨五枚とかなりお得。通常の乗合馬車であれば銀貨一枚はする。
特急馬車の料金は片道銀貨五枚。場所や地域によっては銀貨十枚を超えることもあるとか。
※通常の乗合馬車は手を上げると止まって人を乗せる。
特急の場合は特定の場所でのみ停止しその間はずっと走りっぱなし。
乗合馬車は赤布、特急は青い布が屋根にかけられている。