71話 採取旅7日目
大変お待たせしましたー。
上がったり下がったりテンションの上下が激しい?回になっています。
シリアス気味、かなぁ……後半。
結局、六日目は選別作業で終わった。
後半の方は皆、鉄鉱石とそれ以外の見分けがつくようになっていたのは良かったと思う。
あ、奴隷の子も私の横で作業してくれてた。
(総勢7人でやっても結局終わらなかったけどね。あと半分くらい残ってるもん)
流石に申し訳なく思って、原因は大体私なのでご飯の時に謝った。
んだけど、皆はデザートつけたらあっさり許してくれたから少し拍子抜け。
もっと怒られると思ったんだけど、ベルがデザートを食べながら悔しそうに
「ライムが美味しすぎるご飯を作るからいけないのよ」
なんて言っていた。
ご飯が美味しいってどう考えても褒め言葉だと思うんだ。
嫌味にすらなってないよ、ベル。
「ここって天国みたいなところだよね……ずっとここにいるのは調合できないから嫌だけど、たまに来たいかも」
で、7日目は、キノコや木の実といった食べられる山菜を採取することから始まった。
キノコや山菜に関しては詳しい私とラダット、護衛としてミントの三人で行い、残りのメンバーは引き続き絶賛選別作業中だ。
実は選別作業に終わりが見えてきたということで、キノコ類を集めてきて欲しいって言われたんだよね。
キノコ料理が気に入ったらしいベルとリアン、そして教会に持ち帰りたいっていうミントのお願いでこうして鉱石選別から一時離脱して採取をしている。
ベルといえば、午前中は殆どムルと二人で洞穴に入り浸り状態だ。
元々宝石の加工に興味を持っていたらしくて、自分で宝石を見つけて初めから装飾を作ってみたいんだってさ。
まぁ、確かに自分で見つけた自分だけの宝石ってちょっと憧れるよね。
……男にはわからないみたいだったけど。
鉱石系に関しては、今後別の採取地で鉱脈を見分けたり、危険かどうかの判断はベルに一任しても良さそうかな。
私も念の為に覚えておいた方がいいとは思うけど、それは追々でいいや。
ムルがちょっと引くくらい真剣だったし。
「天国、ですか。言われてみると、確かに食べ物も多いですよね。キノコってこんなに沢山採れるものだとは思いませんでした」
「今年は雨もいい具合に降ってるし、ここは環境がいい上に人に荒らされてないからね。落ち葉が多いし場所によって生えている木の種類が違って、それもある程度まとまっているから特定の木に生えるキノコも発生しやすいんじゃないかな」
「発生条件っていうなら、リンカの森とか教会裏で採れる食べれるキノコもありそうだなーって毎回教会に行くたびに思ってたんだよね。ミントとシスターたちさえ良ければ、今度一緒に見に行かない? 教会裏に食べられるキノコが生えてたら食費もちょっとだけ浮くだろうし」
「いいのですか?! 本当に助かります。 でも、本当に教会の裏の雑木林に……?」
不思議そうなミントに私とラダットは顔を見合わせて、首を傾げる。
私たちの表情や仕草を見たミントが、慌てて言葉の意味を教えてくれた。
「ライムの言う事を疑っている訳ではないのですけど、まさか身近で食べられるキノコが生えているということが実感、というか想像ができなくて。キノコは、教会に訪れる方から頂くのが殆どでしたし、市場で買う位しか思いつかなかったので」
「ミント、それ完全に都会に住む人特有の感覚だよ」
「ええ!? そうでしょうか……?」
少し慌ててオロオロと私とラダットの顔を見ているミントに苦笑する。
私は周りを森に囲まれて……というか、山の中に住んでたから食糧は自力調達が基本だった。
だから足りない=買うっていう発想の方が無かったりするんだよね。
足りない=作るが基本で、作れなければ諦めるっていうのが当たり前で、こっちに来て暫くは本当に大変だった。
リアンとかベルが当たり前に買い物するの見てびっくりしたし。
(当たり前に毎日買い物する事にも驚いたけど、それ以上に値段を見て眩暈がしたくらいだからなぁ。今はちょっと慣れてきたけど)
「都会でも庭に生えているキノコが食べられる、っていうことは結構あるんだよ。まぁ、毒キノコの方が多いから知識がない場合や鑑定ができない場合は手出ししないのが賢明だけどね」
「うんうん、ラダットの言う通り! キノコって見分け方結構難しいんだよね。なんていうか、発生場所と条件によっては同じキノコでも微妙に特徴が違ったりしてさ」
「毒キノコでも頭とかお腹痛くなったり吐くくらいならまだいいけど、気づいたら死んでたって人もたまにいるから」
「基本的に知らないキノコは口に入れても飲みこんじゃダメなんだよ」
口に入れて死んじゃう奴だけ覚えておけばまぁ、大丈夫かな?
とラダットに聞くとそうだね、と頷いたので採った毒キノコの中に即死するようなキノコがないかチェックするけどあいにく見つからなかった。
「え……それはどういう」
「へぇ、飲みこんじゃダメってことはライムもやったの? 実はさ、俺もよく毒キノコ味見させられたんだ。やっぱり覚えるなら実食する方が早いよね。山に入る子供は大体それで親から教えられるんだけどライムも同じだったなんて、親近感がわくなぁ」
ラダットと話しながらも採取は続ける。
少し奥にキノコの傘が落ち葉の隙間からちらっと見えたので屈んで落ち葉を除けてみた。
ひょっこり土と落ち葉の間から顔を出しているのは群生するタイプのキノコだったから、目に付いたヤツ全部回収した。
いやー、大量大量!
毒キノコも結構な数確保したので帰ったら調合実験するつもり。
リアンとかかなり楽しみにしてるみたいなんだよねー……毒キノコを使った毒薬の開発。
ベルとディルは食べられないキノコが嫌いみたい。
「私の住んでる山にはあんまり人が来なかったから私とおばーちゃんくらいかと思ってたんだけど、皆やっぱり食べるよね! やっぱりはじめはニガタケ? それともウラギリ茸?」
「ウラギリ茸もやったけど、初めてはニガタケだったかな。ソウハク茸も食ったことあるけどアレは酷かった。一齧りで死にかけたから。吐血まではいかなかったけど、三口食べるとやばいって聞くし」
「私も吐血まで行かなかったけど、毒キノコの症状って地味にキッツいよね。体の外に出しちゃえば大抵症状なくなるとはいっても中には症状残ることもあるし」
「だよな。そういうヤツは徹底的に覚えさせられた。果物の類もヤバい毒持ってる種類って結構あるし、知識って大事なんだなーって子供の時よく思ったよ」
あははは、と笑う私たちにミントが何とも言えない表情を浮かべていたことに気づいたのは少し経ってから。
慌てて今は毒キノコ食べてないから安心してね!って言ったんだけど、涙目で『神のご加護を』って祈られちゃった。
キノコを採取しながら、カパルと呼ばれる果実も見つけた。
蔓科の植物なんだけど、熟すと鮮やかな紫色の果皮が割れて中の白くて綺麗な柔らかい実が見えるようになる。
この白い果実が甘くてねっとりとしてるんだけど、さっぱりした甘さで美味しいんだ。
果皮は細く切って軽く灰汁を抜いたら炒め物に使えるし、蔓は籠を編むのにも使える万能な植物だったりする。
これはミントも知っていたみたいで、一生懸命採るのを手伝ってくれた。
他にも前日に見つけたオオベリーも見つけることができたから、帰ったら本当に忙しくなる気しかしない。
全部ちゃーんと綺麗に回収して、私たちはとある洞穴に向かう。
「にしても、こんな所まで狩りに来てたんだね。結構離れてるのに」
「獲物は山の奥にいることが多いですから。ここはまだ分かりやすいですよ」
「あれかな? チコが見つけた湧き水が出ていたっていう洞穴は」
ほら、とラダットが指さす先に視線を向ける。
生い茂る高さが異なる草木をかき分けて進めば、前方にぽっかりと空いた洞穴がはっきりと見えてくる。
この洞穴に湧き水があると教えてくれたのは弓使いの女の子だ。
狩りをしている時にたまたま覗いた洞穴の中には草花や苔が生えていたのを見つけたんだって。
それらはとても綺麗な緑色で、耳を澄ませると少量の水が流れている音も聞こえてきたらしい。
暗かったのもあって、飲めるかどうかわからなかったので水袋に持ち帰ってくれた。
昨日の昼頃にリアンが鑑定したんだけど結果は……
【湧き水】品質:極上 飲水:可
長い時間をかけて自然にろ過された穢れなき水。
まろやかな口当たりと透明感のある味わいは、湧き水ならではと言える。
作物にも料理にも適しており、加熱処理をする必要もない。
と出たらしい。
実際飲んでみたけど、冷たくてとても美味しかった。
ベルは紅茶に適していると言って出来るだけ持って帰りましょう! と張り切ってたっけ。
飲み物にこだわりが強いのはベルだからね。
紅茶も自分で持参してて、茶葉の買い出しには絶対同行してあれやこれやと質問したりした後納得しないと買わないっていう徹底ぶり。
ベル曰く
「高い茶葉を使えば美味しいお茶が淹れられるのは当り前で、一般的な茶葉でどれほど美味しく淹れることができるかが重要」
らしい。
リアンも味には多少煩いけど、ベルほどじゃないんだよね。
「二人ともここの採取は私に任せてくれる?こういう洞窟って結構貴重な素材があったりするんだよね」
「はい、問題ありません。周囲の警戒は任せて下さいね」
「俺も問題ないよ。わかってるとは思うけど蛇には気を付けて、潜んでることもあるから」
二人に頷いて注意しながらぽっかりと空いた洞穴に足を一歩踏み入れる。
あまり薄暗くはないけれど、念のため魔石ランプを取り出して点灯しておく。
まず、少しずつとはいっても結構な量の湧き水が出ていたので採取用の水袋を設置しておく。
まだ水袋はあるのであるだけ湧き水は採取していくつもり。
ただ、ちょっと気になるものが視界の隅に映ったので私は手袋を履き替えた。
キノコの採取の為に採取用の薄い皮手袋を使ってたんだけど、繊細な採取が必要な時は出来るだけ生糸で作られた柔らかい手袋の方が採取物を傷つける心配がないんだよね。
フワフワとした苔の下に何もないのを確かめつつそうっと洞穴を覗き込むと、少し陰になった所に一輪の花が咲いていた。
「ニリン草だ…ッ! 話には聞いたことあったけど、本物見たの初めてかも」
ポーチの中からそっと特殊な保存瓶を取り出す。
これ、直径7センチで高さは15センチほどの保存瓶なんだけど、作るのが凄く大変なんだって。
家には三十本あった。
形が歪なのもあったから多分おばーちゃんが作ったんだと思う。
鑑定して貰ったら十分使えるって言われたから気にしないことにしたけど。
蓋は魔石を砕いて混ぜたコルク栓になっているらしくて、魔力を込めると時間が止まるっていう不思議な仕様の保存瓶だ。
「ニリン草は茎と根の境目をハサミかナイフで切り取って直ぐに保存瓶に入れる、と」
ほんの少しだけ葉を持ち上げて苔から出ている僅かな茎を確かめる。
葉を落とすことも傷つけることもしないよう気を付けながらナイフで茎を切ったら、直ぐにコルクを開けた保存瓶に入れた。
コルクを閉めると同時に魔力を少量流し込むと瓶の中が淡くぼんやりと輝いて終了。
蓋を開けない限り、保存瓶の中の時間は止まったままになる。
そっと保存瓶をポーチに仕舞って、水袋を交換。
洞穴内に目を走らせると魔力草がチラチラとあったのでこれも摘んで、ポーチに仕舞う。
「苔はいらないし、とりあえず後は湧き水の回収だけかな」
こまめに水袋を交換しつつ、採ったキノコの選別と手が空いている一人が枯れ木を拾い集め、充実した朝の採取を終えた。
採取物で一番喜ばれたのはカパルだった。
リアンだけはニリン草が入った保存瓶をうっとりと見つめていたけどね。
◇◆◇
7日目の午後は前日と同じように採掘した石や岩の選別。
一人一人の作業速度が上がったからか、予想より早く陽が沈む前にすべて選別することができた。
これで磨き砂、水晶石、鉄鉱石がそこそこの量確保できたし、宝石の原石も手に入った。
気分が良かったうえに食材も豊富にあったからディルに即席の肉焼き竈を二つ作ってもらった。
いやー、土魔法って便利だね!
肉焼き台はコの字型になっていて、その真ん中で火を熾し、焼き台に金網を乗せる。
で、網の上で肉や野菜を焼いてタレや塩をつけて食べるだけっていうお手軽な設備だ。
肉焼き台は石を組んでも作れるけどディルがいれば一瞬で出来上がる。
色んなお肉と下処理をした野菜、パンやチーズを焼いて食べるのは結構好きなんだけど、皆からも不満は出なかった。
ただ、特製のつけタレが気に入ったらしくって皆が妙に怖かったんだよね。
目の色変えて肉や野菜をどんどん消費してたもん。
大量に用意していたのに、慌てて追加で肉と野菜を出すことになるとは。
奴隷の子も初めは遠慮してたんだけど、問答無用で次々に肉や野菜を皿に乗せると一心不乱に食べていたから美味しかったんだと思う。
満腹になったら順番にディルが用意してくれるお湯で体や頭を洗って、それぞれの準備を始める。
7日目の夜番は、ベルとムル、ミントとラダット、ディルとチコといった順だ。
私とリアンは朝早くに起きて帰る準備をすることになっている。
程よい疲れもあって、テントに潜り込んだ瞬間瞼が下がっていく。
(野営で満腹になって安心して眠れて体も綺麗って中々ないよね)
ふぁあ、と欠伸をして毛布を体に巻き付けて眠ろうとした私の名前が聞こえた。
何かあったのかと体を起こすとテントの入り口で身を屈めて私を呼んでいる。
手招きされたので出来るだけ静かにテントを出た。
リアンとミントはもう寝てるだろうしね。
物音を立てないようそっとテントを出た私の手をディルの大きな手が掴んだ。
そのまま無言でテント裏側に連れて来られた。
「ええと、どうしたの? 何かあった?」
遠くに見える森と山、そして真上に浮かぶ月。
仄明るい夜の野営地で私はディルと向かい合った。
銀の髪が月明りでキラキラと輝いて、紫色の瞳は宝石みたいに煌めいている。
顔は別人みたいに大人っぽくなったけれど向けられる視線は私の知っている“ディル”そのもので、妙な安心感に包まれていく。
懐かしいなと感心しながらディルが口を開くのを待っていると数秒ためらって、ようやくその時が来た。
「ライム……すまなかった」
「すまなかったって私謝られる様な事何もされてないよ」
どうしたの突然、と驚いて聞けばディルは苦し気に目を伏せた。
握り締められた拳は震えていて具合でも悪いのかと手を伸ばす。
触れた手は思ったよりも暖かかくて大きくて、男の人の手だった。
「オランジェ様が―――……オランジェばーちゃんが、死んだ時も死んだ後も一人きりにした。あの日、この首飾りを貰った時のことを覚えているか」
「確か夕食の材料を取りに行く途中だったよね。おばーちゃんが調べ終わったからって私に返してくれて」
懐かしいなと空を仰ぎ見る。
私の世界が広がったのはディルのお陰だ。
ボロボロの男の子が家の中にいるのを見つけた時、驚いたけれど何より胸が高鳴った。
(初めてだったんだよね、おばーちゃんの名前を真っ先に口にしなかった人)
後でディルから危険じゃないか観察していたんだって言われて納得したけど、でも、あんな風に私をしっかり見てくれた人はいなかった。
いつも、私はおばーちゃんの『オマケ』か『ついで』で、時々『付属品』で『取り入る材料』だった。
同じくらいの年の子供は貴族や病気を抱えた子ばかりだったし、おばーちゃんに助けてもらうことで頭が一杯だったらしく私を見もしないし気づきもしない。
あ、使用人だと思っていた人も結構いたなぁ。
「そうだ。あの時、俺が持って居たのは自分の命と研ぎ直してもらったナイフだけだった。ライムから一方的に首飾りを貰うのは嫌だったから、物の代わりに“約束”をしたんだ」
うん、そうだった。
まだ茶色だった髪の私よりも小さかったディルは確かこう言ったのだ。
「 “この首飾りに誓って、ライムは俺が護る” だったっけ」
宙を見つめながら記憶を掘り返す私の前でディルは頷いた。
考えていることを読み取ろうとしてるみたいに紫の瞳は私を映している。
(現在も、昔も変わらないなぁ……こういう所)
小さい時の面影を見つける度に浮かび上がる懐かしさ。
同時に哀愁っていうのかな?
寂しさにも似た複雑な気持ちも湧き上がってくる。
「召喚師の素質があるとわかって比較的早い段階で俺はあの家を出ると決めた。オランジェ様が知り合いだという召喚師に会ったのは夜だったから最後の別れも言えなかった」
「そうだったね。でも別れを言う代わりにディルは手紙書いてくれたでしょ。そりゃーさ、私は勝手に家族みたいに思ってたから、何も言わずに出て行かれたのは寂しかったよ。だけど、家族でも離れる時は来るって聞いたことがあったし、いつかそうなるのかなって何処かで思ってたんだ。ディルにはディルの選んだ道があるんだもん」
おばーちゃんによく言われた言葉の一つは。
『人には人の人生があって考え方があって、道がある』 だった。
良し悪しに関わらず最終的に決めるのは自分だ、っていつも口癖みたいにおばーちゃんはいつも真剣に話していた。
「私が錬金術師を目指していたみたいに、ディルは召喚師を目指すことにしたんでしょ? それなら私があれこれ口出すのはおかしいよ」
夢をかなえて魔術なんて便利な技術も身に着けてるとは思わなかったけど、と本音を零すけれどディルの表情は晴れない。
「―――……俺が、オランジェ様の死を知ったのは1年と半分が経った後だった。知って直ぐにライムの所へ帰ろうとしたんだ。でも、俺はもう“貴族”になっていたから」
貴族ではないオランジェ・シトラールの葬儀に参列することは許されるものじゃなかったんだと、まるで血反吐でも吐くようにディルは言葉を吐く。
痛々しいその反応に戸惑いつつ思ったことを口にする。
「私の家遠いし仕方ないよ。来るだけでも凄く時間かかるし、来ようって思ってくれてただけで充分だって」
「ライム、距離の問題じゃないんだ。あの地域では死んだ人間は、血縁者のみで埋葬をするのが習わしだろう。ライムはまだ10にもなってない」
ディルの声が震えていた。
俯いてしまったから顔は見えないけれど、多分、辛そうな表情を浮かべてるんだろう。
声を聴くだけで痛いほど伝わってくる。
「でもその年に10歳になったし、手順とか方法は色々教えて貰ったから何とかなったよ。それに死んだ人を埋葬するのは家族が最後にしてあげられることでしょ? まぁ、私が死んだら他の人に頼まなきゃいけないけど……ねぇ、ディル。私は当たり前のことをしただけだからそんなに謝らないでよ」
ね?とすっかり大きくなったディルの腕の辺りを軽く叩いて笑いかけてみた。
「(う。逆効果だった!なんかさっきより辛そうな顔になったぞ!?)あと、ほら!おばーちゃんって行商人っぽいことしてたでしょ?だから小さいころから割と一人で留守番してたし、ある程度自分のこととか身の回りの事が出来るようになったら数カ月返ってこないこともしょっちゅうだったんだよ。ディルがいる間は準備期間でもあったからずっと一緒にいたけど……7歳くらいから行商に行く頻度と期間が延びて、最後の方は家にいることの方が珍しかったくらいだし」
だから平気だと口にしながら、思い出した。
空っぽになった家の中を。
ベルやリアンと一緒に生活をしている今だからこそわかることがあった。
立ちすくんでしまうような、足元が崩れていくような言いようのないグラグラと揺れるような感覚。
空気が一気に冷えて、匂いが、温度がなくなっていく実感。
自分以外の声がしない、見慣れたはずの見慣れない工房や部屋たち。
変わらない畑、山々といった自然や家とは反対に変わる“外”の世界。
途端に知らない山道で迷子になってしまった時の様な言いようのない気持ち。
そういったのを上手く伝える術を私は知らないから、笑うしかなかった。
「平気、だったよ。ほんとうに」
平気だった。
大きなスコップで土を掘って、皮がむけて血が滲んでも。
おばーちゃんの体を穴に入れて“手順”通りに薬草なんかを入れて火をつけたことも。
土をかけて最後に好きだった花を植え終わった後だって。
完成したお墓の傍で眠って風邪をひきかけたことだって。
平気じゃないといけない。
だって、そうじゃないと……―――
「平気じゃなかったら今、私はここにいないから」
きっとあの場所で死んでるよ、と口にして笑う。
森での生活は、やることをやらないとあっという間に自分を追い詰める要因になる。
食料だって取れる間に取ってしまわないと次の日の朝には全部なくなっていました、っていうパターンもよくあるからね。
土砂崩れとか野生の動物に食べられたとか。
ぼうっと考えを巡らせる私の体が大きくしっかりとした体に覆われる。
むぎゅっと押し付けられた鼻がちょっと痛くて、少しだけ息苦しい。
「ごめん、ライム。ごめん……ッ」
「何を悔やんでるのかはわからないけど、死んだおばーちゃんもおばーちゃんの家族の私も、私の家族だって思ってるディルも悪くない。人はね、必ず死ぬんだよ。そういう風にできてる。いくら命を伸ばす薬を飲んでも、不老になっても必ずいつかは死ぬの」
だから、気にしなくていいんだといえばディルはそれっきり何も言わずに私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
時々耳元で聞こえる謝罪にうんうんと頷きながら空を見上げる。
温かくて大きくて逞しいのに悲しそうなディルの体越しに見た空は、少しだけ歪んで見えた。
ねぇ。おばーちゃん。
私さ、あの家を出てよかったって思うんだ。
ディルにも会えたし、私を見てくれる友達だってたくさんできたの。
難しい都会の常識にはまだちょっと慣れないけど、知らないことも知らないものもたくさんで毎日楽しいし。
帰るまで、少し時間かかるけど……待っててほしいな。
◇◆◇
しばらくたっても一向に私を放してくれないディルを見かねて色々考えた。
感謝も伝えたしこれからもよろしくねってこともちゃんと言った。
他にも色々言ったんだけど、腕の力は一向に緩まない。
「あー!いいこと思いついた。私が卒業して家に帰る時に一緒にお墓参りしてよ。そしたら心残りも消えるでしょ」
まさに名案!
そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、びくともしなかった腕による拘束が緩んだ。
手が私の両肩をがっしりと掴んでるから逃げられないのは一緒だけどね。
月明りでディルの目元がキラキラと輝いて見える。
ちょっと目元や頬っぺたが赤いのには触れないでおこう。
泣いた跡指摘されるのって恥ずかしいもんね。
「それは……まさかプロポー」
「いっやー、実はさおばーちゃん埋めた木に美味しいチュリーの実がなるようなったんだよね! それも毎年すっごい量なるから人手が欲しくって。チュリーのタルトも作るし、保存食としてシロップ漬けにしても美味しいんだよ。私だけだと腐らせちゃうし、勿体なくってずーっと悩んでたんだ。確かディルはお酒も飲めるって昨日とか話してたでしょ?だからチュリー酒できたら味見頼むね、私あんまりお酒好きじゃないからお酒飲める人の意見欲しいんだよね。上手く出来たら村とか行商の人に売っても―――……えっとディル、なんで奴隷の子みたいな待機の体勢? 膝とか汚れるよ」
肩の拘束が解かれた代わりに両手と両膝を地面について項垂れるディル。
高い生地使った服着てるんだから汚すのは止めた方がいいと思うな。
……採石選別させてた人間が言う言葉じゃないとは思うけど。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
誤字脱字などの報告もどっしどっし待っております。……ミスしないのが一番なんですけどね(ボソッ
=素材とか=
【ニガタケ】
ヌメタケと同じ倒木に生える毒キノコ。
傘の色は同じ茶色だが、茎がこげ茶~黒色なので比較的わかりやすい。
噛むと苦みがある。食べると消化不良や腹痛、吐き気、下痢の症状を呈す。
弱毒性なので死なない。
【ウラギリ茸】
カラカラ茸に非常によく似た毒キノコ。
傘の色も茎の色も同じだが、茎の中が赤いので茎を切ればわかる。
味もカラカラ茸に少し苦みを足した程度。
美味しく食べて、その1時間後に吐き気と腹痛に悩まされることからその名がついた。
【ソウハク茸】
真っ白で肉厚なハクレイ茸に似た毒キノコ。
洞窟や湿った場所に生える。
ヒカリゴケのある場所に生えることもあるが、傘の裏が真っ黒なので容易に判別できる。
食べると眩暈、吐き気、意識喪失の症状を呈する。
名前の由来は、吐きすぎて吐血し顔が蒼白になることから。
【カパル】
蔓科の植物で、現代で言うアケビ。
鮮やかな紫色の果皮をもつ果実は熟すと果皮が二つに割れて、甘くさっぱりとした甘さの実が見える。また、種からは油も搾れる。
蔓は籠を編むのに優れ、果皮は灰汁を抜いて炒め物にすると美味しく食べられる。
【ニリン草/天魔草】
綺麗な水と適度な暗闇、澄んだ空気がある場所に咲く珍しい花。
剣の様な葉から延びる茎の先には釣り鐘型の花が二輪咲く。
一つの花は淡い桃色で強力な回復薬の素材に、もう一方の薄青色の花は強力な毒を持つ。
根で増えるタイプなので茎と根のギリギリの所を切って、採取する。
乾燥すると効果が極端に薄くなるので特殊な容器を使用すること。