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5話 入学試験(前編)

 とりあえず、入学試験です。

試験の雰囲気はうっすら漂っている塵くらいしかない気がします。





 試験は九刻の鐘が鳴ると同時に行われる。




 学園の受付時間は、七刻半から開始され八刻半。

私といえばルージュさん達の御陰で七刻半の鐘が鳴ると同時に学園内へ入ることができた。


 早い時間に受付を済ませておけばそれだけ人に会う確率が少なくて済む。

良い悪いに関わらず私は人目を集めちゃうから、人は少ないに限る。

現に平民と思われる受験生達が三十人はいる。

彼らは私を見てヒソヒソと囁きあっていた。



(注目される理由が絶世の美少女!とか超ド級の金持ち!っていうんなら自慢もできるかもしれないけど)



ちょいっと顔にかかる髪を掴んでマジマジと観察してみる。

目に眩しい鮮やかな黄色の髪なのに先端に行くに連れて鮮やかな緑色へ変化していく。

緑の髪は珍しいけれど、それ以上に“二つの色”が同時に存在しているのは極めて珍しい―――というより、ありえなかったりする。


 二つの色を合わせ持った髪を持つ生き物は、この世界が始まってから一人たりとも存在しなかったし、世界が終わるまで現れない筈だった。

あっても伝承で“双色の創生主”という童話が伝わっているだけだ。

魔物ですら『生まれ持って』二つの色を持つ者はいない。

後天的、もしくは人工的に掛け合わされて造られた魔物くらいしかいないのだ。

進化によって色が足されていくものも多いけれど、それでも生まれた頃は必ず一色。




「……見物料とるぞ」




鬱陶しい視線に思わずそう呟けば一斉に視線が消えた。

珍しいのは自覚してるけど、ジロジロ見られれば気分も悪くなる。


 ぱっと見る限り私と同じ庶民だろう。

ま。確実に私より懐に余裕はありそうだけどね。

首都に住んでる庶民とドがつく程の田舎に住んでいる庶民とじゃ所得も仕事内容も違ってくるから当然だ。


 自分から視線がなくなったのをいいことに周囲を観察してみる。

学園に入るため、大きな門の前に大きな机が並べられており、学園の人間であろう職員が座っている。

受付だけでも長いから椅子があるんだろうね。

で、その机を遠巻きに見る庶民の私たちというちょっとした面白い状況になっている。

緊張しすぎて青白い顔色になっている人も少なくない。


 周辺から少し視野を広げてみた。

まず目に入るのは、門の向こうに見える大きな建物だ。

煉瓦石で造られた高い塀に囲まれているにも関わらず目視できる建物って大貴族の家位しかないんじゃないかなー。

まだ、街を全部見て回った訳じゃないけど。

あと気になったのは、ここから見るだけでわかる学校のあらゆる場所で使われている建築材。

どれもこれも調合で創られた素材ばっかりだ。

…学費が高い理由はこれが原因だったりして。


(もしそうなら確実に怒る権利があると思うんだよ)


ふんっと思わず拳を握り締めたところで、チリンチリンと澄んだ音が響いた。

静まり返った受験者達に並べられた机のほぼ真ん中に座っていた男の人が立ち上がる。

一目で錬金服とわかる服の腕には腕章があり、そこには『受付長』と大きな金の刺繍がされている。




「少々遅くなりましたが、試験の受付を只今より開始します。同封した銀板を持ってこちらへお越し下さい」



 銀板というのは自称教師が私に渡してきた入学リストの中に入っていた。

なくさないように!と何度も何度も言われたのでポーチへ入れている。

腰につけたポーチから銀板を取り出して受付の人に渡した。



「はい。確かに―――…こちらの銀板を持って中にいる係りの生徒に渡してください。次の方どうぞ」



銀板を受け取った係の人は手馴れた様子でチェックを済ませた。


 不思議なシステムだけど、それだけ国から重要視されている学校ってことの証明でもある。国の機関で働く卒業生も多いみたいだし、やっぱり気を使うんだろう。

スカウト生は教師自らが勧誘を行うので免除される項目も多数ある。

それ以外の入学希望者は皆、学園から出される筆記試験や判定試験、面接を終えてようやく合否がだされる。

 …ちなみに、この合否の判定は三日後に門の前で発表される、らしい。


エルから「合格者は受付から王家の紋章が入った証明版が貰えるんだ。トランプとか旅券と同じくらいの大きさだから邪魔にはならない。ただ、失くすと再発行の手数料が取られる」と聞いている。

彼の先輩である騎士達もこの学校を卒業したみたいだから間違いないだろう。



(手数料…なんて恐ろしい言葉だ。ぶっちゃけ毒薬より怖い)



毒薬なんてある程度免疫ついてりゃどうにかなるし。

どーにもならんのは大体即死だから苦しくもない。

だけど、手数料やら手付金やら契約料はずーっとジワジワ続くからね。

完全に返済もしくはそれを上回る収入を得ない限りついて回るんだ。

なんて恐ろしい!



「にしても、無駄にだだっ広い」



敷地だけで言えば私の家がある山よりは断然狭いけど私の興味を引くものが何一つない時点でもう『だだっ広い』だけだったりする。

普通に見れば綺麗に管理が行き届いた草木や花たち、几帳面に敷き詰められた歩きやすい学院へ続く煉瓦石の道。時々、有名人らしき銅像があるけどそれも美観を損ねるような野暮なものじゃなくて立派なものだ。


うう、有用な薬草ひとつ、素材一つ落ちてないからただの広い空間なのが非常に惜しまれる。

この通路みたいな場所に素材あればいざって時に便利だろうなぁ。

そんなことを考えながら進んでいくと、目の前に大きな扉がそびえ立っていた。

軽く私の身長の2倍はある。



 恐る恐るその扉を押す。


普通のドアを開けるのと同じ力で開くことができて、またびっくりした。

正直大きさから相当開ける力がいると思ったんだけどそうではなかったらしい。



(建物もすごかったけど中もすごい。城かってくらい高そうなものだらけ)



思わず半目になって「入学金と授業料の仮説、あながち間違いじゃないのかも」なんて呟いていると誰かに肩を叩かれた。

驚いて振り返ると肩を叩いた人物も驚いたようで目を丸くしている。




「やっぱりライム君だったか!いやぁ、まさか本当に来てくれるとはおもわなかったよ」



「……本当に先生だったんですね」



後ろに立っていたのはひょろりと背の高い、何ていうか色んな意味で残念な男性。

二十代後半から三十代前半位で、魔術師―――もとい、錬金術師らしい体型だ。

身につけている衣服は高いものばかりなのを見るとやっぱり教師なんだろう。そこそこ腕は良さそうだけど、性格を考えると頼りにはならない気がする。




「あの時は草臥れてたから威厳もなにもなかったかもしれないが、こうやってみると威厳たっぷりに見えるだろう?」



「ううん、全然」



「きっぱり言うね、ライム君は。先生、ちょっと凹みそうだよ」



「何か用事ですか?これから試験なんですけど」




鬱陶しいなぁ、と思いつつ一応尋ねてみると彼はニコニコしながら付いてくるように告げた。

少し迷ったけど、教員であることは間違いなさそうだし、間に合わなくても連れ出すだけの理由があるとおもう。もし試験に間に合わなくて不合格になったら先生にここまで来た費用やら何やら丸っと請求すればいいもんね。



「実はね、僕がスカウト生を試験会場まで案内する係なんだ。スカウト生っていうのは基本的に少ないからね。今回はライム君ともう一人だけ。あと一人は貴族だからね。僕以外の人が対応するんだ。だから実質はライム君を案内したら今日の仕事は終わり」



「スカウト生ってそんなに少ないんですか?」



「いない年も珍しくないくらいだね。そもそもスカウトするのも難しいんだよ、色々審査もあるし実際に会ってみないと才能があるかどうかもわからない。例として君のご両親がわかりやすいかな? 特にオランジェ様は優秀で魔力の質も錬金術師―――当時は魔女、だったかな。その素質も十分にあったけれど、親子である君のお母さんには遺伝しなかった」



「みたいですね。お母さんは剣を振り回して魔物と戦う方が性に合ってたみたいですし」



「それも凄い才能だけどね、有名な冒険者だし。でも、孫である君にはオランジェ様の才能が少なからず受け継がれている。魔力の判定はこれから行うけど、一定以上の魔力があることは間違いないからコレで落とされることはないよ」




楽しみだなぁ、と他人事のように締りのない笑顔を浮かべる残念な先生を見上げて、ふと首をかしげた。

 コレで落とされることはないって言ったけど、それ以外で落とされる可能性がある試験があるってことだよね?

気になって聞いてみようと口を開く前に小さな…といっても家よりも立派な扉の前で足を止めた。




「ここが魔力判定室。まずはこの部屋で魔力の“量”と“色”を判定する」



「魔力の量、は大体わかるんですけど…色?」




これは聞いたことがない。

おばーちゃんは魔力に色があるなんて一言も口にしてなかったし、どの属性もまんべんなく調合できていた。




「ああ、オランジェ様の時代だとそれほど色は重要視されてなかったから知らないかもしれないね。一定以上の魔力を持つ生き物は、魔力に色を持つんだ。色によって性質が違うから、相性のいい調合とそうでないものが存在する」



「相性って素材との、ですか?」



「そうだね。素材との相性もあるし、調合するカテゴリの相性もある。例えば赤なら爆弾系、青なら回復薬系統…みたいにね。詳しくは中で説明しよう。入って」




慣れた様子でするりと僅かに開いた扉の奥へ体を滑り込ませた先生に続いて私も扉の奥へ足を進める。

 部屋の中は真っ暗だった。

何があるのかわからないので入ってすぐ、扉を背にして立ち尽くす。




「よいしょ、っと。普段使わないからカーテンしてるんだ。掃除や換気は毎日してるから安心して」



暗闇から聞こえてくる声の御陰でどこにいるのかだけはわかる。

それにしても暗すぎませんか、と言いかけたところで強烈な白い光が差し込んだ。

視界いっぱいの光に慌てて目をつむったけど少し遅かったみたいだ。




「カーテン開けるなら開けるって言ってくださいよ~。ぅう、目ぇ痛い」



「あはは。ごめんごめん。目が慣れたらそこの椅子に座って」




はぁい、と返事をしてヨロヨロと薄目で椅子の位置を確認する。

木材を使って作られた椅子は腕のいい職人が作ったようだ。

ぴたっと肌に吸い付くような滑かな手触りに感心しつつ、腰掛ける。

目の前には濃紅色の布。

最高級ともいえる布地にこれまた最高級の染料。

ああ、多分刺繍に使ってる糸も最高級だね、間違いなく。なんとなくうっすら光ってるし。魔力がっつり帯びてるもんなぁ…なんつーモノを敷いてるんだ。




「よし、じゃあ、これの上に手を乗っけて意識を集中して。魔力の引き出し方はわかるね?」



「昔おばーちゃんに調合教えてもらった時と同じ感じでいいんですよね?」



「オランジェ様に教わったのか…羨ましい。調合の時と同じ要領でいい。後はこの魔力晶が勝手に判断してくれるから」




先生は重たそうな透明な板を載せた。

大きさはパン半斤を二つ並べた位で、厚さは食べやすい大きさに切ったパンと同じ位。

持ち歩くには目立つし、知らないうちに売り払われる心配だけはなさそうだ。




「じゃあ、まずはこの上に両手を載せて、魔力を放出して。少しでいいから」




頷いてから少しずつ魔力を手の平から魔力晶と呼ばれた板へ流し込む。

体から魔力が抜かれていく感覚を僅かに感じながら、じっと魔力晶板を眺めていると抜かれていく魔力が増えるにつれて板がキラキラと輝き始める。




「あ、キラキラしてきた」




少しずつ、コップに水が溜まるように私に近い方から光り始めた板を観察していると正面に座っていた先生が椅子から立ち上がった。

その視線は魔力晶板を熱心に見つめてる……というより、睨みつけてるみたいだ。

あまりにも真剣に見られてる御陰で居心地はよくない。





 先生が口を開いたのは、机に置かれた魔力晶板自体に魔力が行き渡った後だった。






*アイテム解説*



煉瓦石れんがいし】煉瓦と略して呼ぶ事が多い。赤土をベースにいくつかの材料を混ぜ合わせることで出来る石の様な強度を誇る長四角の軽い建築材。比較的値が張る為に貴族や金持ちが好んで使う。強度だけではなく、魔力を使って作られる為ある程度の魔力耐性がある。錬金術師(魔女/魔術師)の工房は煉瓦石を使って造られる。


魔力晶まりょくしょう】魔力を反映する特殊なもの。不純物の入っていない、魔力を帯びた水晶を加工している。学園にあるような大きいものは稀少。大体は丸い球の形をしたものが多い。魔力晶は魔力の色と量、純度を図ることができる。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

次は後編。さくさくっと進めたいと心の底から思います。

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