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4話 試験前夜

時間についてです。


刻は○○時の“時”に当たります。

なので、午前六時は、六刻になり、午前十時だと十刻となります。

正午――…十二時は十二刻。その後、午後一時は十三刻、午後六時は十八刻といった具合。


あんまり難しいこと考えると、書いてる本人が分からくなるので出来るだけ地球基準(笑)で行きます








「あ、あのさ!ライムも学園の生徒になるんだよな?」




確認の為というよりも、話の切欠を掴む為の言葉だったんだろう。

一応疑問にはなっていたけど、エルの言葉はほぼ断定にちかい問いかけだった。




「試験に受かれば、だけど」



「試験?ああ、でもスカウトされた生徒は必要最低限の試験だけで済むからそんなに難しくないはずだ。読み書きはできるんだろ」




 それは問題ないけど、と頷いた私にエルは嬉しそうに「なら大丈夫だ」と満面の笑みを浮かべた。

私は小さい時からおばーちゃんに文字の読み書きと“にほんご”という暗号用の文字を覚えさせられている。

“にほんご”という文字はおばーちゃんの故郷の言葉らしいんだけど、トライグル…ううん、この世界で読める人は私だけだろう、とも言っていた。


 田舎から出てきた私でも読み書きができるのは教えてもらったからだ。

貴族や商人ならまだしも農民の子だと村長やたまにくる商人に教えてもらうか、時々立ち寄る読み書きのできる冒険者に教えてもらうしかない。

教えてもらうにも安くないお金が必要だから、殆どは読めないんだけどね。




「あのさ、ライムが良ければなんだけど合同訓練とか採取に行く時にオレを雇ってくれないか?オレまだ見習いだから料金もそんなに高くないし、こっちから頼んでるんだから安くする」



「それは助かるけど…安くしても大丈夫なの?」



「いや、正直多少安くしてもオレが魔女や召喚師を雇うより断然いいんだよ。魔女も召喚師も騎士に比べて人数が少ないだろ?だからさ、よっぽど個人的に親しくない限りパーティ組めないんだ」




 エルによると、合同練習っていうのは学園内で生徒同士がパーティを組む。

勿論、欲しい人材や報酬を提示して募集し雇う形になるのだそう。

これは授業の一環だから必ずやらなきゃいけない。

評価の方法は騎士なら「魔物の討伐数と種類」、魔女や魔術師だと「集めた素材とそれを使ったアイテム作成」、召喚師は「契約の数と種類、もしくはレベルアップ」なんだとか。


 勿論、実地訓練だから命の危険もあるわけで…。


学生を雇うのが不安だったら冒険者を雇ってもいいことになっているので接近攻撃が苦手な魔女や召喚師の多くはベテランの冒険者を雇うとか。



「そもそも依頼を出しても受けてもらえるとは限らない。もし受けてもらえなかったら騎士見習いだけで動くことになるんだけど、魔物を討伐した戦利品を売っても出費より少ないなんてザラらしいし」



「もしかして先輩の話?」



「おう。オレも今年から学園に入学できる年になったから色々先輩たちが教えてくれるんだけど、検問所にいた先輩がライムには事情を話してお願いしとけってものすごい勢いで言われたんだ。俺ら騎士にとっちゃ、魔女や魔術師は騎士として生きていくために必要不可欠だからな」



「そっか。回復アイテムとかはないと困るもんね」



「それだけじゃないんだ。ぶっちゃけ昇進にも有利になる。それに強い武器を作ってもらうにしても、魔女とか魔術師が作る金属は必要だろ?回復アイテムもそうだけど、戦闘だって安全度が断然違ってくる。金銭的なので言えば、任務とかで手に入れた素材を買い取ってもらったり、採取に向かう時の護衛として雇ってもらえば収入にもなる」



「ってことは私たちにとっても騎士と仲良くなるのっていいことだよね。普通の魔女とかって直接攻撃しないって聞いたし、やっぱり剣とか使える騎士の友達がいると心強いもん。力もありそうだし、素材ってかさばるの結構あるし」




 エルの話を聞いていると、騎士と仲良くなっておくのはとても大事なことがわかる。

おばーちゃんが騎士のおじーちゃんと結婚したのも、一緒にパーティを組んでいたからだって聞いたし。

どういう人と仲良くするかっていうのはかなり重要になってくるみたいだ。

…私としては利益とか考えて仲良くするのってちょっと違う気がするけど、一流を目指すならやっぱ、やる気があって居心地がよかったり付き合いやすい性格だったりする方がいい。

そういう点で言えばエルと友達になるのは凄くいいことだ。


 暗い夜道を歩きながら、商店街のある商業区から離れると住宅街の様な場所に出た。

建物は大体1階建てで似たような大きさの家が並んでいる。

この区域にロウソクの明かりはなく、最初は目が慣れなかったけど直ぐに慣れた。


目が慣れてくると、生まれて初めて見る住宅街が物珍しくて仕方ない。

多分、明るかったらもっといろんなことがわかったんだろう。

感心しつつ足を動かしているとエルが「ここは一般市民の居住区だ」と教えてくれた。

エルの実家もこの区域にあるらしい。


城に近くなるにつれて第二居住区(住んでいるのは小金もちの一般市民や商人、功績を認められた下流~中流騎士)、第一居住区(主に貴族と大富豪、上流騎士等が住んでいる)とか。

第一居住区に入るには門を通らなきゃいけないから当分関係ないだろうと二人に言われたので頷いておく。

 当分どころか一生関係ないだろうけど。



「話を戻すけど、もし騎士を雇いたいって思ったらオレに声かけてくれないか?無理にとは言わないけど…割と実力はある方だしお得だと思う。なんなら試しに一回“リンカの森”に同行してもいい」



「?リンカの森って…なに」



「あー…学園から説明があると思うんだけど。明日は確か入学試験だよな?確か十四刻目の鐘で終わるだろ。その後、事情を話しておくから検問所に来いよ。商店街を案内したあと、リンカの森の場所とか注意事項とか教えるからさ」




なんでこんなに親切なんだ、凄腕案内人とか名乗れば間違いなく儲かるレベルの親切っぷりなんですけど。

逆に申し訳なくなるくらい有難い申し出にうっかり頷きそうになった私。

チャリっと僅かに聞こえた財布の中で擦れる硬貨の音で我に返る。




「た、頼めるなら頼みたいけど、実を言うと凄い貧乏だから今は遠慮したいなーなんて…いや!でもお金にある程度余裕が出来たらお願いする!むしろ、お願いしたい!」



「は?リンカの森に行くなら金は貰えねぇよ。オレが案内するのは大して強い魔物もでない安全なところだし。オレらからすると、初心者の中の初心者にオススメって場所だな。まぁ、時々魔物がでるから一応二人以上で行った方がいいと思うけど」



「タダ!? タダなの?! エルのこと信じるからね?! 後で請求したって踏み倒すからね?! 知らないよ?!」



「お前…どれだけ金に困ってんだよ」



「入学するのと借金するのは同じ意味なんだ、残念なことに。でも、うん、タダならお願いしたいな。ほんっっとに採取する場所とか皆目見当もつかなくって不安だったんだよ~」



「ついでに安くて美味い飯屋紹介してやる」




 同情っていうよりも、共感と親近感を詰め込んだような生暖かい視線と共にぽんっと肩を叩かれる。

ちなみにエルには双子の弟と妹がいるらしい。

お兄さんは二人いるらしいけど、家を出て漁業と農業に携わっているんだとか。

騎士を目指した要素のひとつにこの家庭環境があったらしいんだけど、それは今度面白おかしく話してくれるらしい。




「そうそう、ライムちゃん。学園で錬金術を学んで何か作れるようになったら『緑の酒瓶』っていう酒場に持っておいで。腕次第で色々な仕事を紹介するよ」




懐事情を察してくれたタイナーさんがポケットの中から一枚の板を取り出した。

ひんやりと冷たいそれは手の平よりも少し小さい銅板で何かが彫ってある。

暗くてよく見えないんだけど、ただの銅板じゃないことくらい直ぐにわかった。



「これが『タイナー』からの紹介だって証明になる。『緑の酒瓶』に行ったら渡してご覧。きっとライムちゃんの役に立つ。個人的な依頼もだすかもしれないけど、気が向いたらよろしく頼むよ」




 ぽんぽん、と親が子供にするように私の頭を優しく叩いたタイナーさんは「護衛は将来有望な騎士に任せて、名もない御者は馬にけられないうちに家に帰らせてもらうよ」と穏やかに笑った。


 ありがとうございました!と大きくない声で挨拶をすると彼も緩く手を挙げて応え、そのまま建物の角を曲がっていった。

話しながら歩いていたこともあって思ったよりも早く着くことができた。




「うわぁ…結構おおきいんだね」



「この宿は色んな客が来るからな。値段も良心的だし、飯も美味い。入学前のこの時期は大体満室―――と言いたいところだけど、宿を利用するのはライムみたいに遠くからきた人間ばっかだからな」



「遠くから来る人なら沢山いるんじゃない?」



「いるな。隣国の『青の大国 スピネル』からも多くの人間がいる。スピネルから来るのは殆どが召喚師になる人間だな。ウチの国からでる召喚師は殆ど貴族か貴族に養子として引き取られたヤツだ」




 緑が豊か、ということで『緑の大国 トライグル』は魔女や魔術師が多い。

多いっていってもそんなに沢山いないんだけどね。


魔女や魔術師(ややこしいから錬金術師って言われ始めているけど)、あと召喚師は魔力も才能も必要な特殊職だから。

騎士は一応庶民でもなれるけれど、上の立場になるには運と実力は必須だ。

上層部はやっぱり貴族とかお金持ちが9割を占めてるし、庶民が成り上がるには権力者の後ろ盾とかが必要になる…とかならないとか。




「へぇ…話はきいたことあったけど、結構めんどくさいんだね」



「だよな。貴族様ってヤツは本当に何を考えてるんだか」




 ため息ひとつ吐いたエルを見ながら彼とはウマが合いそうだなと思った。

窓ガラスから漏れる灯りに気を取られていると、少し離れたところからエルが私の名前を呼んでいる。

慌てて足を動かして開けられた木製の扉を潜ると、そこにはどこかで見た覚えのある男が座っていた。


 どうやらこの宿は酒場も兼ねているみたい。

でも、結構な広さがあるのにお客は見当たらなくて、人といえばカウンターの奥にいる綺麗な女の人だけだ。




「あら。いらっしゃい―――…話には聞いていたけれど、本当に双色ふたいろなのねぇ」



カウンターから出てきたのは腰まである濃紫の髪に鮮やかな赤の口紅。

口紅は…多分、青の大国スピネル産だと思う。

こんな鮮やかな色を出せる素材は鉱石が殆どで、植物から取り出すには…本当にごく限られた場所にしか咲かない花と薬草、そして“特殊な溶液”を組合わせる必要がある。

 おばーちゃんと、おばーちゃんの一番親しい魔女がこの調合方法を知っているんだけど、今では二人ともいないから知っているのは多分、私だけ。



(知ってることと、できることは違うけどね)




「はじめまして。ライム・シトラールです。お姉さんは?」



「お姉さん、か。ふふ―――…可愛いわねぇ。私はルージュよ。ルージュ姉さんって呼んで頂戴な。エル坊はもう宿舎に帰ったほうがいいわ、さっき隊長さん達が巡回にきたから」



「や、やっべ…!!わ、悪ぃライム!オレもどるわ!」




 慌てた様子で出て行ったエルを見送った所でルージュ姉さんが鍵をくれた。

部屋は2階の隅っこ。

備品は好きに使っていいけど、壊さないようにねと笑顔で釘を刺される。

冒険者も泊まるらしいから…そういうこともあるのかな。やっぱり。

 トイレは部屋にあるけど、お風呂はないから中庭で水浴びするかタオルで体を拭くかの二択になるらしい。

そうか、と肩を落とす私にルージュ姉さんは苦笑してちょいちょいと小さく手招きをした。

近づくといつの間にか従業員らしき人がカウンターに立っている。




「さて、と。長旅だったみたいね。随分くたびれちゃって」



「ずっと馬車に乗りっぱなしだったんですよー?魔物もでないし、時々採取できたけど……珍しいのはなくって」



「そりゃそーよ。にしても、錬金術師になる前から採取してるのね」



「錬金術師?あ、そっか王様が呼び名を変えたんでしたっけ」



「まだ民間の間では“魔女”で通ってるけど、そのうち“錬金術師”で統一されるでしょうね。全大陸で呼び名が統一されたみたいだから今のうちに慣れておいた方がいいわよ」




 王様が数年前に代わってから色んなことが変わったらしい。

首都は王様が暮らす街でもあるから影響は直に受けるけど、私は首都から遠く離れた辺境といってもいい場所で生活していたからね。


 その中に呼び名の統一があったのだ。

魔女や魔術師という呼び方は近隣諸国では馴染みが薄いことと『魔女』『魔術師』は他国ではあまりいい印象がないから変えたそうだ。


元々『錬金術師』と呼んでいたらしいけれど、いつの頃からか『魔女』や『魔術師』という呼び方が民間の間で定着した。

ややこしいんだけど、貴族や上流騎士、王族は『錬金術師』と呼び、それ以外は殆ど『魔女』『魔術師』で通る。

 魔女とか魔術師っていうのは、当時人気があった伝承で『森の魔女』っていう話が広まっていたかららしい。

それで一気に錬金術師=魔女っていう認識が広まった。



「でも錬金術師っていうのは偉そうな感じがして慣れるのに時間かかりそ…?あれ」



「ふふ、ここは私専用の湯浴び部屋よ。お湯は直ぐ用意するから先に入ってて。荷物はどうする?」



 着替えもトランクの中なので取りに行くことを告げるとルージュ姉さんはカウンターへ荷物を湯浴み部屋まで運ぶよう声を張り上げた。

 宿屋で大声とは言わないまでも声を張り上げていいのかとびっくりしてるとルージュさんは「今、お客さんはライムちゃんだけなのよね」とこっそり教えてくれた。

なるほど、と頷いて直ぐに男の人が私の荷物をもって現れる。


 荷物を受け取った後、続けて別の人がお湯の入った大きな桶を2つほど持ってきた。

ギョッとしてると荷物を運んできてくれた男の人も加わって、湯浴み部屋の中央に置かれた大きな浴槽へ。

その浴槽は大きな樽を二つに割って繋げた様な形をしている。

ただ、そこにお湯を入れても零れていない所を見るとすごく腕のいい大工さんが作ったんだろう。



「さ、ここで汚れを落としなさい。明日は六刻に起こして腕に縒りをかけて磨き上げてあげるわ!素材はいいんだから、お母さんみたいになっちゃダメよ!」



「いや、でもあんまり着飾ると作業しにく……ひっ?!」



「ダメよ!美容と健康を大事しないと若いうちからのケアが大事なの!綺麗な双色の髪なんだから、楽しまなきゃ損ってものでしょうに!ああ、もう!オランジェ小母様を見習いなさい。間違ってもカリンを手本にしちゃダメよっ」




 何かあったのか、というくらいの剣幕に押されて首を縦に降った。

満足したのか『オランジェ印』の石鹸を無料で貸してくれただけじゃなくて、今着ている服も洗濯してくれるそうだ。

汗や埃を落としつつ、扉越しに会話をしてルージュさんが昔、お母さんと組んでいた女冒険者だってことを知る。


 知り合いなのかな?なんて思ってたけど、まさかパーティを組んでいたなんて。

御陰でこの店には私の知らないお母さんやおばーちゃんの創ったものや残したものがあることを知った。

 汗を流した後、好意で用意してくれた晩ご飯を食べてから部屋に上がり、荷物を開ける気力もなくベッドへ飛び込んだ。



たっぷり陽を浴びたシーツの上に飛び込んで数秒で意識がなくなった。

移動だけっていうのも結構疲れが溜まるらしい。




いよいよ明日は、試験の日だ。






 ライムはガイドも出来る騎士の友人を手に入れた!


みたいなノリです。

エルには『首都の敏腕ガイド騎士』とかそういう通り名を与えてやりたい(笑

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