53話 採取に向けた準備は計画的に
長らくお待たせしてすいません。
…採取に出ないなー…おかしいなー、おかしいなー(稲川〇二風)
続々とアイテム名が出てくるという謎の回です。
次回、調合尽くしの予定ですー。
少し早い夕食を終えた私達は早速何を、どのくらい作るべきか話し合うことにした。
本当なら色々調合してみてよさそうなものを持っていくって考えてたんだけど、今回の採取は護衛が2人もいるし、作っていくべきものや持っていくべきものは忘れずに用意しなきゃいけないんだよね。
ポーチやトランクに結構な数はいるとは言っても作るのに時間がかかるものもあるし、間に合わなさそうなら買わなきゃいけないモノだって出てくる。材料が足りるかどうかも分からないし、って考え始めたらきりがなさそうだったので一度何がどのくらいいるのか計算しようってことになった。
「とりあえずは…ええと、パンって1食1人当たり3つ?」
「まずそこなのか。いや、まぁ食料は大事だが」
「運動量が多いですから1人5つくらいで考えておいた方がいいですわよ」
「うーん、わかった。野営中はスープと簡単な主菜くらいしか作れないけど大丈夫かな?」
一応15日分位の主食は用意しておくこと、パンだけだと飽きそうなのでパスタをあらかじめ3食分用意しておきたいこと、おばーちゃんが好きだった“コメ”を炊くつもりであることを話してみた。
コメを食べると結構お腹いっぱいになるんだよね。
時間に余裕がある時に一度出したことがあるんだけど結構好評だったっけ。
あれ、結構時間かかるから普段は作らないけど、保存も利くし肉でも魚でも野菜でも美味しく食べられるから個人的には好き。
独特の匂いはあるけど、臭くはないし。
「なんの問題もないな」
「ええ、なんの問題ないですわね」
「色々買いたいものもあるけど、いいの…? 最近結構食べ物にお金かけてる気がするんだけど…2人とも色々買ってくれてるし」
エルの依頼が入ってから結構食卓が賑やかになった気がしてはいる。
勿論、選ぶものは節約したものばかりだし基本は変わらないんだけど…2人が時々お土産だとか自分の懐から出して買ったという食材は結構、というかまぁ普通に私から見ると豪華食材だったりするんだよね。
思わずお財布係のリアンを見るとさっき私が口にした内容で食費を粗方計算し終わったところだったらしい。
「君が言う程食費に金は掛かっていない。個人の持ち出しと言っても微々たるもので、どの道、自分の口に入るのだから無駄にはならないし、“規定”にも引っ掛からないから気にしなくていい。エルの依頼があった時も結局外食にはならなかったから、結果として見ても食費は想定よりずいぶん安く済んでいる。驚くべきことだが」
「調味料とかは?結構ふんだんに使ってるけど」
特に流通が少ない“ミソ”“ショーユ”は高いんじゃないだろうか、と思いながら様子を窺うけれどリアンは眉一つ動かさない。
眼鏡の位置を直しながら淡々とそれっぽいことを口にする。
「必要経費だ。それに君が使う食材は現在飼料として使われているモノもある。“コメ”なんかもそうだな…驚くべきことに美味かったが」
「つまり、ひつようけーひ…?」
「ですわね。調理法一つであんなに素晴らしい食事に化けるとは思いませんでした。後片付けはしますから是非また作ってくださいませ。ドンブリもの、でしたかしら?あれ、効率よく食べられますし、満腹感がパンに比べて持続する気がしますの」
「まぁ別にいいけど。じゃあ、食費に関しては今のところ気にしなくていい、んだよね?」
コクリと首を縦に振った2人から妙な圧力っぽいものを感じたのでこれ以上心配するのは止めておいた。
懐具合が危なくなればお財布係が一言二言いってるだろうし。
気を取り直して、少し冷めてきたお茶を飲んだ私にリアンが紙を1枚差し出して、必要な食材や原材料について詳しく書き出してくれ、とのこと。
肉や魚、そして長期間保存できる野菜なんかを書き出して必要な数量を書いていく。
自分で保存食を作った方が安いものは必要な原材料で書いた。
「調合で私が作らなきゃいけないモノってどのくらいあるの? 保存食も作らなきゃいけないからあまり数が多いようなら考えないと」
保存食の中にはある程度放置しておけばできるものも多数あるし、作り方や時間配分を上手くやれば数は作れるんだけど…調合をしながらってなると余裕が欲しい。
なんだかんだで調合って気を使うし、失敗するのは嫌だからね。
私の考えが理解できたのか元々想定していたのかは分からないけどリアンは新しい用紙に何かをサラサラと書き込んでいく。
「そう、だな…今のところオーツバーが10、簡易スープの素はできるだけ多く…と言いたいが最低でも5は欲しい。後は魔力回復用のクッキーだがこれも多めに10はあれば助かる。食事を作れない事態も想定しておくべきだろうし、食料や回復系のアイテムはできるだけ備えておきたい。流石に…あの携帯食や市販の干し肉を食べる気にはならないからな…念の為に持っては行くが」
「同意見ですわ。市販の干し肉は硬くて塩辛くて、携帯食のパンは硬くてぼそぼそで…思い出しただけで悲しくなりますもの。特に連日の徹夜や割と厳しい環境下でそういった食事が続くと気も滅入りますし」
げんなりした顔を隠しもしない2人にどれだけ不味いのか試したくなったけど、まぁいずれ出来るだろうということで、オーツバーと簡易スープの調合時間や保存食との兼ね合いを考えて、まぁできなくはないか、と頷いた。
どっちも難しい調合じゃないし、保存食も大量に作っておけばいいだけだからちょっと材料を切るのが面倒なくらいだ。
「保存食だけど材料を切る作業量が多いからどっちか手伝ってくれない? あと、簡易スープは乾燥メイズの粉が用意できそうならソレ使えば倍量は作れるし、干し肉も調合で作れば時間短縮になるから…うん、大丈夫そうだよ。後はいろんなソースの類とジャムを作って、大量にパンを作れば問題なさそう」
食後にちらっと見たレシピ帳に新しく【干し肉】のレシピが追記されていたので挑戦してみようと思う。
いい機会だし、何せ、普通に作るより時間がかからないから。
「粉にした乾燥メイズは既に届いているからそれを使ってくれ。ジャムにできそうな果物も手配しているが余ったものだったり見た目が悪いものを中心に集めさせたから費用はかなり抑えられた。長期保存がきく物はあらかじめ追加発注を掛けているが、痛みやすい野菜に関しては日付をずらして発注しておく…―――食材を切るのは僕が手伝おう」
「じゃあ、明日朝ごはんの後食材の下ごしらえ手伝ってね。あと食材に関してだけど、現地で見つけたのも調理するから場所によっては豪華になるかも。キノコ採れるんだよね? キノコのスープとかキノコの串焼きとか」
「では私も可能な限り食べられる動物を狩ってくるようにします。この時期ならまだいるでしょうし…にしてもライムって干し肉も作れるんですのね。楽しみですわ」
「いやいや、失敗する可能性もあるんだからそんなに期待しないでよね」
「わかっていますわ。ですが、市販の物より不味くなる可能性は限りなく低いですもの、楽しみにするくらいいいじゃありませんこと?――――…で、リアン。私は何をどのくらい調合すればいいんですの?」
さぁ、何でもおっしゃって!とでもいう様に胸を張るベルをみて何だか可愛く見えた。
リアンはベルを見ることなく手元の紙を眺めながらひたすらペンを走らせている。
用紙に書かれた文字は細かく綺麗だけど、どこか神経質っぽい。
「当初の予定通り爆弾系の調合を頼む。フラバンを10、後はそうだな…毒薬の調合に挑戦してくれ。今回は毒薬系の実験も兼ねて盗賊の討伐に行くんだ。実戦で自分たちの作ったものを試せる機会というのはあまりない。特に相手が人間である場合はな。念の為解毒剤の効き目も確かめる。ああ、爆弾の威力も確かめておきたいな…調合時に爆発さえさせなければ僕からは特に何もない」
「前から思ってはいましたけど、リアン、貴方割と容赦ないですわね」
「時と場合と相手を弁えているから問題はないだろう?」
「それもそうですわね。じゃあ、私も色々挑戦してみますわ! 爆弾にあまり興味はありませんけれど、攻撃手段が増えるのはいいことですし派手なのは嫌いじゃありませんもの」
「私も一つくらい爆弾作りたいなー」
「君は駄目だ。君にしかできない調合がたくさんある。もし調合するなら可能な限り被害を最小限にする対策をしてからにしてくれ…色々と壊されては困るからな」
「いや、爆発って言っても釜の周りが煤けるくらいで壊れたりはしないから大丈夫だいじょーぶ。まぁ、割れやすい容器だと危ないけど、調合に使う機材ってどんなに頑張っても壊れないし」
フラバン系なら失敗しても大丈夫だってことは分かってる。
(まぁ、掃除が大変だから出来るだけ爆発は避けたいよね)
釜の周りって基本上質の錬金煉瓦や強度の高い素材で出来てるから設備自体が壊れることはまずない。
おばーちゃんもたまに爆発させてたけど、壊れてたのってガラスの瓶とか棚の上に置いてた器ばっかりだったもんね。
「まぁいい。僕は初級ポーション、アルミス軟膏、解毒剤、初級魔力ポーションを10ずつ作っておく。数が多いから初級ポーションは今日のうちに作る予定だ。余裕があれば麻痺薬なんかも作っておきたいところだが…」
「それなら、私も手が空いたらアルミス軟膏と解毒剤を最低でも3は作りますわよ。毒薬も1つは作るつもりですし、そうすれば少し時間に余裕が持てるのではなくて? 明後日には発つのですから、最悪在庫の物を使うことも視野に入れては?」
「…そう、だな。使わないに越したことはないが、軟膏とポーションはある程度在庫がある。店の商品として使うつもりではあったが…まあ、実験したものなんかを持っていくのも手か。置いておいたとしても場所を取るだけだしな」
サラサラとリストに何かを書き込んでいくのを眺めつつ、私もレシピ帳を開いてみた。
「ねえねぇ、私も【痺れ薬】ってやつと【アルミスの丸薬】っていうのが作れそうだよ。今日はパン作らなきゃだけど」
材料があって今現在失敗する確率が低いアイテムと言えばこの二つだけなんだけど、丸薬とか持ち運びやすいしよさそうじゃない?
そう声を掛けるとリアンは驚いて手を止め、ベルははっとしたように教科書をめくり始める。
「【痺れ薬】も【アルミスの丸薬】も教科書には載っていないが…オリジナルレシピか?」
「どうだろ? おばーちゃんから新人冒険者とかに人気だって昔聞いたことあるヤツだと思う…凄く苦いみたいだよ。でも持ち運びは楽だし、もしよかったら作り方教えようか? これ、昔は割と一般的なレシピだったみたいで、先生も知ってると思うんだよね」
「――……なるほど。そういう事なら教えて欲しい。一応僕の方でも調べてみて昔の製法であることが確認できなければいくらか情報料として支払おう」
別に気にしなくてもいいのに、と言いかけて慌ててお茶を飲んだ。
(危ない危ない、またお説教されるところだった)
ベルが呆れたように私を見ているのが分かったけど、気づかないふりをしておく。
「で、結局何をどのくらい調合すればいいのか纏まりましたの?」
「まとめはしたが、あくまで最低限用意すべきもの、という認識でいてくれ」
小さなため息と共にテーブルの中央に置かれた紙には個人の名前と調合するアイテム名、アイテム数が書いてあって凄く見やすい。
感心しつつ自分が作らなきゃいけないモノを確認して、寝る前に作らなきゃいけないものと明日調合する順番について考えてみる。
ベルも同じように調合する順番を考えているのかぶつぶつ呟きながら手帳らしきものにサラサラと文字を書き込んでいる。
リアンは普段通りの涼しい顔で空いたカップとポットを片づける為に台所へ向かった。
「私、パンの調合終わらせちゃうよ。大量だし、今日中に終わらせておかなきゃ」
「あら、でしたら私も手伝いますわ。材料の小麦粉は結構重いでしょうから」
「いいよいいよ! 私だってそのくらい運べるし。できれば、作ったパンを25ずつ食料袋に小分けして入れてもらっていい? その方が食べやすいでしょ。結構な数出来るから一回ずつに分けておかなきゃ。ええと一日3回で多めに作っておくとして40袋」
「具体的な数で聞くと凄まじい量ですわね…これでライムがトランクを持っていなければ大変でしたわ。あと、地下室も便利ですわよね。ウチとリアンの家で備え付けの時間停止の魔道具を取り付けたから劣化もしませんし」
「……まどーぐ?え、なにそれ初めて聞いたんだけど」
「あら?言ってませんでした?まぁ、ウチの当主やウォード商会が将来の投資という形で設置したものですわ。ウォード商会もハーティー家も錬金術師を輩出するのは初めてのことで色々力が入っているので気にしないでくださいませ」
折角だから、と素材を取りに行ったときに設置された魔道具を見たけれど、何の変哲もない小さな四角い鉄製の小箱が部屋の四隅に置かれているだけだった。
ちょっと値段は怖いので聞かなかったけど、たぶん高い。
(多分っていうか絶対高い。心の平穏の為に聞くのは止めとこう)
小麦粉一袋を抱えて作業台へ置き、塩やこうぼ粉の入った瓶などを運ぶ。
私の作業台には大量の小麦粉と塩、こうぼ粉の入った瓶、そしてパンを入れる為の袋が揃った。
調合で使うお玉や小麦粉を入れる為のボウル、素材を計る為の大天秤を棚から出していると工房入口のドアを叩く音が響く。
「こんな時間にお客さん…?」
一体誰だろう、と手に持っていた混ぜ棒兼杖を置く。
ベルは普段の応接用ソファで教科書を熱心に眺めているし、リアンは見たことのない難しそうで高そうな本を読んでいるようだったのでそのまま玄関へ向かったんだけど…途中、リアンの傍を通り過ぎる所で腕を掴まれた。
「―――…僕が出る。君は調合しててくれ」
「え?でもここまで来たし折角だから私もいくよ」
「必要ない。僕が出る。君は沢山調合しなければならない筈だ。それに、こんな時間に来るんだから僕かベルの家の者である確率が高いからな」
「言われてみると確かに。あ、そうだ。クミルの実と果物、貰ってもいい?ちょっと実験したいんだよね」
「無駄にしないなら構わないぞ」
色よい返事を貰えたので調合釜に戻る前に地下へ寄ってそこから果物と砂糖を抱えて戻ってきた。
持ってきたのは、酸味がかなり強いということで売れ残ったらしいアリルと売れ残ったというレシナを2つ、薄い皮が傷ついて日持ちがしないということで安く買えたムカカ数個。
どれも数が半端で、処理に困っていたらしい果物屋からリアンが引き取ったものだ。
実はまだ結構な数あるけど、魔道具とやらのお蔭で腐ることはないのでとりあえず、コレだけ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら作業台へ戻る途中にリアンがため息をついてドアを閉めている姿が見えた。
「なんか妙に疲れてるけど大丈夫?」
「精神的に少し疲れただけだ。で、君はその果物で何をするつもりなんだ」
「あーっと…パンを作った後に、ちょっと時間ありそうだから…実験を」
「詳しく」
「う。ぱ、パンを作る時に分量外のクミルを入れてみようかなーっていうのが一つ、果物は小麦粉とか取りに行った時に見て…野営の時とか疲れた時のために【乾燥果物】っていうの作ってみようかなって」
「あら、いいんじゃなくって?私も折角だから何か作ってみようかしら…休むのにはまだ少し早いことですし。私も【火の粉末】というのに挑戦してみようかしら。まぁ、パンを詰める手伝いをしてからですけれど」
機嫌よく教科書を持って作業台へ近づいてくるベルにリアンも少し悩んだ後、地下に向かって歩き始める。
「そうだな。時間があるのは事実ではあるし、素材もあるにはあるからな…【薬効油】に挑戦してみるか。上手くいけば新しい薬が作れる」
「ああ、ついでに私の調合に必要なものを持ってきてくださいません?私はライムの手伝いをしますわ」
材料を計るくらいはかまわないでしょう、と結論付けて私の作業台に来てくれたベルに小麦粉の計量を任せる。
途中で面倒になって必要な分量を教えたんだけど、ベルに呆れられ、リアンに睨まれた。
「ふ、二人ともそんな顔するけど、私にとっても割と死活問題なんだからね!調合時間短いって言っても、毎回パンばっか調合するとか結構疲れるし、飽きる!ほぼ毎日パンは食べるし、一緒に生活してる以上これからもずーっと食べるんだから覚えてくれた方が助かるんだけど」
「言われてみるとそうですわね。リアン、どうしますの?私や貴方が作れるようになればライムの負担も減りますわ…条件としてレシピを開示しないという誓約を結んで情報料を支払えば問題ないのではなくって?」
「確かに、今のままという訳にもいかないか。明らかに負担はライムが一番大きい…―――ライム、僕たちにパンのレシピを教えてくれ。レシピを教えてもらう条件は他者に漏らさない事、この工房以外では調合しない事を誓約書に明記し魔力契約を結ぶ。対価は一人当たり金貨2枚。情報料としては安いが、作成したものを食べるのは僕らだし、このレシピや調合したものが販売できないから妥当だろう」
ちょっと待て、と何でもない事のように恐ろしい金額を口にして、リアンは自分の作業棚の一番目立たない所にある古ぼけた箱を取り出す。
魔力認証がついているらしいそれをあけ、中から明らかに高そうな魔法紙を取り出した。
で、また箱の中から高そうな瓶に入ったインクと高そうなペンを取り出して何かを書いていく。
気付けば高そうな用紙にサインをさせられて用紙に描かれた魔方陣に魔力を吸い取られて契約終了だと宣言された。
「えっと、これどういう展開?」
「魔力契約は初めてでしたのね。重要な取引や取り決め、約束事をする際には殆どと言っていい程魔力契約をするので覚えておいて損はありませんわよ。ここに書かれた内容は絶対に破ることができないのです。ですから、十分気を付けてくださいませ」
「こ、怖いこと言わないでよ…って、金貨が4枚も!?うわ、ど、どうしよう…!」
「だから、いい加減慣れなさいな。金貨4枚程度で震えてどうしますの?この先持ちませんわよ?!」
恐れおののく私に無情な言葉を投げつけるベル。
お貴族様と貧乏人の差を改めて見せつけられた感が凄い。
リアンといえば普段通りの表情で契約を結んだ用紙を先ほどの箱に戻していた。
「ベル、魔力契約って結構普通にするの?リアンがそういうの持ってること自体に驚きなんだけど」
「お店をする人間にとって魔力契約書を所有しておくことは常識だと思いますわよ。まぁ普通に暮らしている場合は滅多に使わない品ではありますけれど、錬金術師や召喚師、貴族などは比較的使いますわね。扱う物の値段自体が高いですし、職業上色々と漏らせない情報も出てきますから」
「……えっと、とりあえずリアンとベルがいれば私は関わらなくてもよさそうかなってことだけは理解したよ」
「私は貴女の理解が確実に足りていない事だけは理解しましたわ」
お互いに口を噤んだところで片づけを終えたリアンが私達に近づいてきたので簡単にパンの調合を説明することにした。
材料自体は私の作業台に揃っていたし計量も終わったから直ぐに調合も出来る。
「錬金パンの材料は小麦粉と塩とこうぼ粉の3つ。一食分のパンを作るのにカップ1の小麦粉、塩は小さいスプーン半分、こうぼ粉は小さいスプーン1つね。最大一回に20個まで作れるよ。時間は…うーん、10分くらいあれば十分かな」
時間が惜しいので作りながら説明する許可も貰ったところで素材全てを調合釜の中へ投入。
混ぜ棒代わりの杖を握って魔力を込めながら大きく釜の中をかき混ぜる。
「魔力は少し多目―――…初級ポーション位だから調和薬よりは多いかな。それで、中の素材がひとまとまりになるまで一定量魔力を保って混ぜ続けて―――…二人とも釜の中ちゃんと見ててね」
調合釜自体は結構大きいので覗き込むくらいなら何の問題もない。
ベルが私の右、リアンが左から釜の中を覗きこんだのを見ながら説明を続ける。
調合時間が10分ってだけあって、変化が速いんだよねー。
「ひとまとまりになってパッと見た感じ粉っぽくなくなれば、すぐに魔力を調和薬くらいに弱める…そうすれば、ほら、浮かんできた」
魔力を微弱に切り替えて1分ほどで“パン”がぷかりと浮かんでくる。
片手で杖、もう片方の手にお玉を持って浮かんだパンを掬って移動式の小さな作業台に置いた袋に入れる。
あらかじめ直接投入できるようにして良かったと心から思った。後から数えるの大変だもんね。
「最後の一つが浮かんでくるまで魔力は流し続けてね。失敗するような調合じゃないから初めから20個分でお願い。10分とはいっても数こなすと時間は掛かるし、詰める作業もしなきゃだもん」
次から次に浮かんでくるパンを掬って袋に入れ続けていくとあっという間に最後の1つになった。
「これで最後っと…――こんな感じなんだけど、わからない事とかある?」
「特にないな。魔力の調整も…まぁ問題はないだろう」
「わからないことがあれば聞きますわ。でも、このパンって普通に作るのとあまり変わらない味ですわよね?」
「売ってるパンってあんまり食べたことないからわかんないけど、普通に作るより早いから便利だよ。一から手作りすると発酵とかさせなきゃいけなくて1時間くらいかかるし」
時間がある時にパンを手作りしてはいたけど、圧倒的にこのパンが多かったっけ。
このパン、ほんのり甘くて美味しいんだよね。時間かかってないのにフワフワだし。
次の調合材料を釜に投入して新しい袋を用意した私は直ぐに調合を始める。
本気で時間が惜しいし、乾燥果物作りたいんだもん。
何気なく窓の外に視線を向けると完全に日が沈んで、穏やかな夜が広がっている。
この工房には魔石ランプが複数ある。
特に調合釜の周囲にある魔石ランプのお蔭でお昼みたいに明るいし手元が見えなくなることもない。
(普段使ってない場所の明かりは消してるけどね。魔石に魔力注げばいいってわかってはいるけど、勿体ないし)
魔石に使う魔力は十分私達で補えるけど、結構な量だから3人で同量注いで半日休みって感じになる位には消費する。
もうちょっと錬金術とか使えるようになったら魔力量も増えるかもしれないけど。
「それにしても、見る人間が見るとちょっとした金のなる木だな、このレシピは」
「そもそも錬金術で食べ物を作るという考え自体が珍しいのではなくて?」
「クッキーを作っているのを見た瞬間に色々諦めたぞ、僕は」
「錬金術に疎い私ですらそこだけは分かっていますわ。この子を基準に錬金術を考えてはいけないことくらい」
「あれ、なんでパンのレシピ教えただけでこんな評価になってるの…?っていうか、これ!私が考えたんじゃなくっておばーちゃんのレシピだからね!」
ちょっとぼんやりしていた私の耳に飛び込んできた言葉に反応して2人を睨めばしれっと無視された。
悔しいから、八つ当たり気味に調合したけど。
おかげで大量のパンができました。
クミル入りのパンも無事にできたからそれだけは食べるの楽しみかな。
=アイテムなど=
【錬金パン】
小麦粉+塩+こうぼ粉
全ての食材を投入してまぜまぜ。
魔力は少し大目に一定量注ぎ、素材が一つになった時点で魔力を弱める。
全ての素材がパンに変わるまで微弱に魔力を流し続ける。
品質高いと柔らかく、低いと固めに仕上がる。
【ムカカ】
掌の様な葉と子供の背丈ほどの高さの木になる果物。
水を入れた水袋みたいな形の実で大きさは大人の手のひら半分くらい。
現代でいうイチジク。
食用部分は、熟すと黄緑~緑から濃い赤紫色になる。日持ちしない。
プチプチとした触感で爽やかな甘味もあり人気が高い。