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49話 第一回工房生交流会

 色々突っ込みどころはあるかも知れませんが、彼らの日常はこんな感じです。


相変わらずリアンの扱いが雑。

ベルは愉快犯です。

ライムは良くも悪くも世間知らず。





 うん、やっぱり今すぐにでも帰りたい。



何この空気、と思わず零した私に同意してくれる人はいなかった。


 早めに工房を出た私達だったんだけど、それ以上に他の工房生たちは早く着いていたらしく、私たちが最後だった。


 時間は開始の三十分前。


そこそこ広い部屋には大きなテーブルが一つだけ置かれ、ドアから見える正面の席には先生が2人、左右には私達とは別の2つの工房に分かれて座っていた。



(戦闘の前みたいなすっごいピリピリ感)



なにこれ、と様子を窺ってみるけれど答えてくれる人はいなくってベルに続いて空いている席に腰を下ろす。

 リアンは目録と作成したアイテムが入ったバスケットを先生たちに渡してから私の隣に腰を下ろした。



「さて、急に集まってもらって悪かった。案内状にも書いてあった通り工房生としての生活を始めて1か月が経った。学院として工房制度は初めての試みだから色々と検証したいことも多いし、別の工房ではどんなふうに経営や生活をしているのか気になるだろう?だったら情報交換の場を設けた方がいいんじゃないかってことになってね」



胡散臭い笑顔でそう話すワート先生の言葉に一応納得した。


 皆がそれぞれ肯定的な反応を示したのを確認したらしい先生はテーブルの上にいくつかの品物を並べ始める。

その中には私たちが作ったアイテムがあったから工房ごとの提出物だって気づいたんだけど…少し驚いた。



「まず、左からクレインズ・ノクリン・スイレンの女子生徒三名が提出したアイテム。次がタンジー・ヘッジ・ホアハウンドの男子生徒三名が提出したアイテム、最後にハーティー・ウォード・シトラールの三名が提出したアイテムだ―――…色々言いたいことはあると思うが、作成者は全て間違いなく工房生自身であることを保証する」



聞きたいこと、質問があるならば挙手し名前を名乗る様にとワート先生が告げて数秒、手が上がった。



「クローブ・シルソイ・ホアハウンドです。その、男女混成工房で作成されたアイテムですが作成者は誰なんでしょうか?」



どういうことだろう、と首を傾げているとワート先生がこっちを見ている。



「じゃあ、質問に答えてやれ。男女混成工房の代表はリアン・ウォードだな。工房についての質問は代表が答えるように…ってことで、どうなんだ?」



軽い口調で尋ねられたリアンは小さく息を吐いたがすぐにニコリと笑顔を浮かべる。

 私もベルも少しだけ驚いたけど、この笑顔はお客様用だ。



(元の性格知ってるだけあって、すっごく胡散臭いっていうか…怖いんだけど)



マジマジとリアンを見そうになったけど、変な動きをすると後で怒られそうだったので無難に提出されたアイテムをじぃっと眺めておく。


 そうそう、アルミスティーの茶葉もきっちり提出済み。

工程は今までとは少し違ったけど、二人とも品質Cの茶葉が出来上がったんだよね。

ベルは帰って時間があったら挑戦するらしい。


 あと、“祝福”付きのアオ草で調合してもらった調和薬には【祝福】と【攻撃力増幅】という効果がついていた。

ベルが楽しそうにこれで武器を作るためのインゴットや爆弾の類を作ったらよさそうですわね、なんて機嫌良さそうに一言。

私もリアンもベルの発言を聞かなかったことにしたのは言うまでもないと思う。



「―――…提出したアイテムは僕以外の2人も作れるので誰が作った、という明確な返答はできません。品質も提出したものはCで統一していますがそれ以上のものができたこともあります」



当たり障りのない笑みを浮かべたままのリアンは、やっぱり成績優秀者ということもあってどこからどう見ても“優等生”だった。


 いつ見てもこの変わりようは凄いと思う。


ベルも一緒に暮らしてみてわかったんだけど私達しかいない時と他の人がいる時では口調どころか態度も違うんだよね。

 ぼーっとそんなことを考えているとそのままリアンが挙手をした。



「リアン・ウォードです。生活についてですが、どのように調合と生活を成り立たせているのかお聞きしても?」


「なるほどな。各工房でどういう風に時間を使っているのかは学院側も気になっている所だ。どういう風に取り組んでいるのか教えてくれ。クレインズが代表を務めている工房はどうだ?」



機嫌良さそうな表情でワート先生はある女子生徒に視線を向ける。


 ウエーブのついた薄紫色の髪と濃い紫の瞳の女生徒が代表らしい。

服装からしても上流貴族だってことがわかる。ベルと同じように高そうな布地だしね。



「――…そう、ですわね。私たちの所は生活も調合も全て個人です」


「なるほどな。次、タンジーが代表の工房ではどうだ?」


「俺の所も個人ですね。ああ、提出した調和薬は俺が作ったものではないですけど、俺が作った調和薬の品質はB…まぁ、簡単だったからそれ以来作ってませんが」



などと聞かれてもいないことをペラペラ話し始めたタンジーという上流貴族に私はこっそりベルの様子を窺った。



(うわぁ。ベルの瞳がめっちゃ据わってる!?)



目を細め汚いモノでも見る様な視線を向けているベルにちょっと引きつつ、周囲を見回してみると他の面々も面倒そうな、迷惑そうな顔をしていてちょっとだけタンジーという男子生徒に同情する。



(にしても、身に着けてる布とか装飾品はすっごく高そうなのに…胡散臭いっていうか、実力皆無って感じがこう…ひしひしと)



先生は相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべてうんうん、と話を聞いている。

 粗方しゃべって満足したらしいのを確認した先生がリアンを見た。



「じゃあ最後にウォード、お前の所はどうだ?」


「そう、ですね…調合や生活は互いに協力しています。調理に関してはシトラールさんに一任していますが、その他の雑事…―――掃除などはハーティーさんと私の2人で分担し交互に実施。調合については、皆で個々の予定や調合したい物などを話し合って決め、調合し結果を報告し合っていますね」



慣れない家名呼びに居心地の悪さを覚えつつ黙っていると視線が私たちに集中していることに気づく。

 しかも、なんか皆驚いてるようだった。



(何か変なこと、いったっけ?普通の報告だと思うんだけど)



そんなことを考えていると先生がリアンに再度質問をした。



「なるほど。素材などはどうしているのか聞いてみても?」


「構いません――――…基本的に商会などから買い取っていますが、採取にも行きました。今後のことを考えると自衛手段や実力がどの程度あるのか見極めるのは必要なことですからね」



リアンの言葉にすかさず手を挙げたのは下流貴族で組み分け前に話をしたクローブだ。

真っ直ぐに真剣な目でリアンを見ている。



「先ほども質問させていただいたホアハウンドです。ウォードさんの所では身分に関わらず掃除などの雑事をしている、ということで良いでしょうか」


「ええ、その通りです。同じ工房生であり3年もの間生活を共にすることになります。工房を営む上で、負担が偏るのは好ましくないですから。なにより、身分は学ぶ上で何の関係もない……私個人としても同じ錬金術師を志す者同士、身分に囚われて責任を放棄するのはどうかと。ああ、ハーティーさんも工房での役割分担については同意してくださっています。彼女も自分で掃除などはしていますし配膳の手伝いなども文句を言わずに率先して手伝って頂けて、非常にありがたく思っています。そういった気遣いがあるお陰で、貴族ではない私とシトラールさんも過度に気を遣わずに済んでいますし、調合や錬金術に関して意見交換をすることができているのではないでしょうか」



リアンのよく通る声が響いた。


 しぃんと静まり返った室内で口を開いたのは、先ほどまで熱弁を奮っていたタンジーという上流貴族の男子生徒が腕を組んでじろりとリアンを睨みつける。



「ふん、商人の倅風情がでかい顔しやがって。身分は関係ないと言っていたが、どうせ首席合格者である君が彼女らに知恵を授けているんだろう? どうだ、俺の工房に来ないか? 俺の工房に来たら面倒な雑事は免除してやるぜ?」



明らかにリアンを見下した物言いにムッとして言い返そうと口を開いた私に気付いたリアンが驚いたように私の腕をつかんだ。


 驚いて顔を向けるとリアンは笑顔を張り付けたまま握った私の腕に力を込めている。

無言の攻防をしていると大きな椅子を引く音が横から聞こえてきて私もリアンもギョッと目を見開いた。


 其処には立ち上がって悠然と、けれど苛烈な怒りを赤い瞳に灯らせたベルの姿。

怒りだけならまだいい。

この時のベルの視線には明らかに殺気が混じっていて、それを受けたタンジーは可哀そうなくらいに青ざめている。





「あら、随分な言葉ですこと。貴方の言い分ではまるで私たちには実力がない、とでもおっしゃっているようにしか聞こえませんわよ。ですが、そこまで言われて黙っておくなんてとてもじゃないですけれど、できませんわね! 私たちの様な実力不足の工房生から得られることは何もないでしょうし、私たちは帰らせていただきます。もう十分責任は果たしましたもの」



そういうや否やさっさと踵を返し出入り口の扉へ手をかけ……不意に足を止めて振り返る。

その赤い瞳は真っすぐにタンジーを射抜いた。

向けられた視線と表情には明らかな侮蔑が浮かんでいて、流石の本人も気づいたようだ。




「――――…そうそう、私は品質Sの調和薬が調合できますの。まぁ、簡単な調合ですものね、誰にでもできることでしょうから自慢にもなりませんけれど」



それではごきげんよう?と完璧な貴族の礼をしてベルはさっさと部屋を出て行ってしまった。


 想定外の展開に呆然としているとリアンも席を立った。

自動的に腕を掴まれたままの私も立ち上がって、注目される。



「失礼いたしました。ですが、私達も用事がありますのでここで失礼させていただきます。ワート教授、提出物は後で届けていただけると幸いです…では」



小声でいくぞ、と告げられてぐいぐい腕を引っ張られるままリアンと共に部屋を出た。


 部屋を出た所で見るからに不機嫌そうな顔のベルが私たちを待っていて、2人は無言で歩き始める。

私といえばただ、腕を引かれるまま学院から出て人通りの多い一番街を歩いていた。

 早足で周囲を気にもせず歩くベルとリアンはどこか苛立っていて、ちょっとばかり怖い。



「ちょ、ちょっと待った!どこ行くの、2人とも」



慌てて大き目の声でそう叫べばぴたりと2人は足を止めて、ぐるっと振り返った。



「酒場」


「酒場ですわ」



そう言い切った2人の目は完全に据わっていて、こめかみには青筋が浮かんでいるような気がした。



(今、武器を渡したらちょっと強い魔物でも惨殺できそうだ)



2人とも笑いながら武器を振り回す姿が容易に想像できたから、考えるのは止めたけど。

夢に出たら嫌だし。



「さ、酒場に行くくらいならちょっと私に付き合ってよ!本見たいんだよね、本!」


「本…ですの?」


「う、うん。ほら、リアンが恐ろしい額の大金くれたでしょ?だからレシピとかあればなって思って」



丁度一番街にはオグシオ書店があるし、あそこなら何かいいモノでもありそうだ。

 個人的には苦手な爆弾系とかそっちの本があればいいんだけどなーなんて考えていると落ち着いてきたらしいリアンが小さく息を吐いた。



「…わかった。酒場でなく酒屋に寄って帰るぞ」


「結局飲むんだ…?」


「別にいいだろう、君に迷惑をかけるつもりはない」



私としてもリアンが酔いつぶれようと知ったことじゃないんだけど、流石に昼間からお酒ってどうなんだろうって思うんだよねー。


 呆れたような顔をしていた私にベルも多少落ち着いたらしくいつも通り、とまではいかないけど普段に限りなく近い様子で口を開いた。



「そう、ですわね。私も外聞もありますし酒場は止めておきますわ。帰りに食材を買っていきますわよ。御代は私が持ちますわ、ライム、何でもいいから美味しい料理を作ってくださいませ」


「私もムッとしてお腹空いたし、何かボリュームあるの作ろうかな。で、リアン…そろそろ腕を離してくれると嬉しいんだけど。ちょっと痛いし」


「ッ…す、すまない!」


「まぁ、腕掴んでくれなかったらあの部屋から出るタイミング掴めてなかったから感謝はしておくけど…見た目より力強いんだから加減してよね」


「色々と引っかかる言い回しだが、まぁ…気を付けるとしよう」



こほん、と小さく咳払いをしているリアンを見上げていたけどすぐに飽きた私は2人よりも一歩先にオグシオ書店へ向かって足を進める。

 後ろからベルやリアンの声が聞こえてきて、少しだけ笑ってしまった。



「もうっ、お待ちなさい!1人で歩いたら迷子になりますわよ!」


「ごめんごめん」


「反省が全く見えないが?」


「だからごめんってばー。流石に迷子にはならないよ。なったらなったで工房に戻ればいいだけだし」



人が多いから迷いそうになるけど、流石に一番街から工房までの道のりは覚えてる。

何度も買い物に来てるし、いざとなれば聞けばいいんだもん。




「そもそも迷子になるのがどうかと思いますわよ…首輪でもつけて差し上げましょうか?ああ、手綱はリアンに一任しますけど。そういったものの扱いには慣れていらっしゃるんでしょう?」



からかう気満々のベルには悪いけど、一つ大事なことを言っておかなきゃ。


「私首輪つけたことないよ」


「そんなこと聞かなくてもわかっていますわよ、奴隷じゃあるまいし」



そ、そうだよね?といまいちよくわからないまま頷けばリアンがヒクッと口の端をひきつらせたのが見えた。




「……言っておくが、僕だって首輪を人に使ったのは数回だけしかないぞ」




眉を顰めて腕を組んだリアンが口にした言葉に思わず体が固まった。



「え」


いったいどういうこと?と聞き返しそうになった瞬間、横からベルの有無を言わさない低い声。

うわぁ、と気持ち悪い虫か何かを見たような顔をしているベルに習ってリアンから距離を取ってみる。



「………ライム、絶対にリアンと2人きりになってはいけませんわよ」


「わ、わかった。売り飛ばされるのはちょっと嫌だし」



首輪の使用方法っていえば売れそうな家畜に着けて引きずってく位しかないもんね。

まさかそれを人でやっていたとは…商人って怖い。

 思わず距離を取った私とベルをみてリアンが声を荒げ



「~~~ッそういう意味じゃない!!ああ、もうっ、とっとと書店へ行くぞ!」



と叫んだかと思えば、さっさと書店のある方向へ歩いて行った。



「…私、何も怒られるようなことしてないんだけど。ちょっと納得いかない」


「まさかとは思ってましたけれど、本当に使った経験があるとは…今度リアンの部屋を検めておいた方がいいかしら?」



先に行ってしまったリアンを追いかけながら、とりあえず面倒な行事が片付いてホッとしたのは言うまでもない。



 そういえば第一回ってことは第二回もあったりするのかな…?

 時間の無駄っぽいしできれば出たくないんだけど。


ここまで読んでくださってありがとうございます!


こんな調子で生活している彼らですが、ほかの攻防よりは充実した毎日を送っているようです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 女生徒とありますが、女子生徒の方がいいのではないでしょうか? 男は男子生徒になっているので
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