3話 首都モルダス
ようやく舞台の中心になる首都へつきました。
殆ど御者さんとの交流日誌になっていますが、若い者成分も入ってます。
新キャラ、新キャラ
※18/11月5日 に馬車での移動日数変更。 6日→28日
ガタゴトと音を立てて進む馬車の上で大きなあくびを一つ。
遥か遠くにはうっすら山が見え、身近にあるのはだだっ広い平原。
時々、街道にある大きな石で馬車が揺れるけれどそれ以外は至って平和な道のりだ。
「暇だ」
ポツリとつぶやいた声は馬車の音に紛れる。
よく言えば賑やか、悪く言えば適度に煩いガタゴトという馬車の音にも慣れた。
お尻が痛いのには慣れないけど、一人しかいないから掴まり立ちすれば多少はマシだ。
「次はクッションとか用意しないと。次にこんな長距離移動したらお尻が爆発しちゃうし」
この馬車に乗ったのは、確か28日前。
馬車で学院のある首都モルダスまで、順調に行けば明日の夜には着くそうだ。
これでも凄く早い速度で進んでるんだよ、と御者の人が昨日言っていた。
なんでも、ここまで魔物や盗賊に会わないのは一年に2回あるかないかの確率だそう。
後は、普通だと定員か定員以上の人が乗るからどうしても遅くなるんだって。
一人あたりの料金は定額だから可能な限り沢山乗せる方が儲かる。
今回は学園から通常の料金よりも高い報酬をもらったから大丈夫だけどね、なんて笑いながら教えてくれた。
「おじさーん、ほんっとにもう誰も乗らないの~?」
「ここまで来たら定期的に出てる大型馬車を使うから乗らないよー。残念だねぇ」
暇に耐え兼ねて声を上げると前方からオジサンのちょっと呑気な声。
ついでに馬も元気に返事を返してくれた。
はぁ、と溜息をついてトランクの上に腰を下ろす。
街道とそれを囲む広い草原をぼんやりと眺めながら、私は何度目かのため息をついた。
◇◇◇
緑の大国トライグルは、豊穣の国と呼ばれる。
豊穣の国という名に相応しく「世界の食料庫」とも言われ、多種多様な食材が集まることで有名。
食材が集まれば料理人が集まり、料理人が腕を磨くことで世界中の美食家が料理を楽しむ為にやってくる。
私の背丈の何十倍もある大きな門の向こう側から、人の声がたくさん聞こえてきて思わず拳を握り締めた。
(長かった…っ!御者さんとは仲良くなったけど長距離会話なしで進むってゴリゴリ色んな何かを削られる)
これでようやく人に会える!と喜んでいると名前を呼ばれた。
体ごと振り向くと、手に風よけの付いたロウソクを持った御者さんが馬の手綱を引いて検問所の前で苦笑している。
慌てて駆け寄った私に彼は笑いながら検問を抜けたら学園から紹介された宿までの案内を名乗り出てくれた。
「首都に来るの初めてだろう?夜は何かと物騒だし、慣れないと迷子にもなりかねないから送っていくよ。何より君は目立つからね」
「いいんですか?!ありがとうございます」
「いいんだよ。私にも同じくらいの年頃の娘がいるしねぇ…私みたいなオジサンじゃ護衛にもならないかもしれないが、いないよりはマシというものさ」
穏やかに笑う御者さんは、移動中に色々なことを教えてくれた。
これから入学する学院の事とか首都モルダスの事、後はちょっとした節約術なんかも伝授してもらってかなり助かってる。
やっぱり田舎と都会じゃ生活の仕方もかなり違う。
田舎っていうか、私の住んでいた家はお祖母ちゃんの魔改造のお陰で下手すると貴族よりも暮らしやすかった。
普通、田舎に水道はないんだけどお祖母ちゃんが作ってくれた御陰で蛇口を捻れば水がでたし、お湯も出た。
一般的な蛇口からはお湯がでない。
でも、そこで諦めないのがおばーちゃんだ。
冬場の作業が辛いからって理由で作っちゃったんだって。
あと、温泉も近くにあったから桶に水を貯めて体を綺麗に拭いたりする必要もなかった。
実は、一般常識以前に必要最低限の情報も持ち合わせていなかったことを御者さんから話を聞くことで思い知った。
「すっごく助かります!そもそも人がいっぱいいる場所って慣れなくて」
「ああ、オルジュ村よりも遥かに人口が多いから初めは戸惑うかもしれないね。でも、入学して友達が出来たら楽しくなるよ」
だといいんですけど、と返したところで第三者の声を耳が拾った。
まるで信じられないものを見たような、驚愕の声は物心つく前から結構な頻度で聞いてきた。
「双色…?」
声の主は見習いの騎士らしい。
騎士は見習いだと黒の上着を着ているからすぐわかるよ、と御者さんが教えてくれた。
ランクが上がるごとに黒→紫→青→赤→白なんだって。
特に白は王に認められた『王室護衛騎士』じゃないと貰えない色だから、実質赤が最上に当たるとか。
色はもっと細かい部類分けがあるみたいだけど、必要最低限これだけ知っていれば大丈夫だよ、とのこと。
爵位が与えられるのは青からだから、街で見かけるのは最高で紫なんだって。
「やっぱり目立つかな」
「目立つも何も双色なんてお伽話か伝承でしかないんだぞ?!すっげぇ。ニセモノじゃないよな?」
「正真正銘、本物だよ」
「へぇ~。あ、オレ交代だからついでに護衛してやるよ。こんな珍しい髪色なら目立つだろ。オレは去年騎士団に入ったエルダー。エルでいいぜ。お前、名前は?」
物珍しそうに髪を眺めているエルは焦げ茶の髪に、青色の瞳という一般的な色だ。
でも、人懐っこそうな目と表情豊かな所に好感が持てる。
話しやすい雰囲気もこっそり緊張してる今の私にはありがたいし。
…剣の腕はわからないけど、騎士見習いってことは学園の生徒だったりして。
「ライムだよ。ライム・シトラール。よろしくね」
「おう。んじゃあ、ちょっと先輩に挨拶してくるから待ってろよ。タイナーさんも少し待っていてください」
入門手続きを終わらせた御者さん(タイナーさんっていう名前みたい)と検問所の前で待っていると、荷物を持ったエルが出てきた。
その後ろには20代と思われる先輩騎士の姿。
私の髪をみて驚いたみたいだったけど、何も聞かずに笑顔で送り出してくれた。
大きな門が開くのは日が昇る六刻から陽が落ちる十九刻の間。その後は検問所横にある一般人向けの小さな扉を通ることになる。
小さいって言っても背の高い男の人が余裕で通れる位あるし、私にとっては充分大きいんだけどね。
黒鉄で作られた頑丈な扉を開けると目の前に見たことのない景色が広がっていた。
見慣れない家、美味しそうな匂い、沢山の明かりに賑やかな人の声と感じたことのない熱気。
凄い、と思わず呟いていた。
溢れた言葉に気づかない位に行き交う人やモノ、街並みに目を奪われる。
「すっご。こんなに人みたの初めてだよ!しかもあの灯りってロウソクだよね?なんか美味しそうな匂いもするし、家が行列みたいに並んでる!」
「別にフツーだよ。まぁ、この時期は学院の入学する関係で色んな所から人が集まるんだ。その護衛の為に冒険者も多くなるからトラブルも増える。酔っぱらいに絡まれないようにしろよ、面倒だからな」
「はーい。ねぇ、あの店みたいなの何?変わった形だけど」
「アレは屋台っていう移動式の店みたいなもん。売ってるのは串焼きだな。豚と玉ねぎを刺した串に塩を振って炭火で焼いただけなんだけど美味いんだよ。夜は酒のつまみになりそうなものが多いし、酒を出す店ばっかりだから飯喰うんなら昼間の方がいいぜ。オレが非番の時に案内してやるよ」
宿へ向かうまでの道は、思っていたよりも長かった。
まぁ、村まで山を降りなきゃいけなかった我が家よりは確実に近いから疲れもしなかったんだけど。
見習い騎士のエルと御者のタイナーさんが移動しながら色々と便利な店や街について教えてくれたからものすごく助かった。
この街で食事は自分で作るよりも買って食べることが多く、食べるものも多いから困らないみたい。
飲み水は主に井戸で水道は通ってないんだって。
水道があるのは今から通う学院や高級宿、酒場や食堂といった店くらい。
井戸は使ったことあるから大丈夫だけど…使いたい時に水が使えないのは不便だ。
調合には水は必要だし、なければ困る。
二人は私の家に水道が通っていることを知ると物凄く驚いた。
お湯もでるよ、と伝えると更に驚いてたけど。
「そういや、ライムの家名って三大魔女のオランジェ様と同じなんだな」
「同じもなにも、私のおばーちゃんだから家名は一緒だよ」
「え。ライムがオランジェ様の孫ぉ?!嘘じゃないよな!?」
「嘘ついたって何の得にもならないって。本当のホント」
「まさかとは思ってたけど本当にオランジェ様のお孫さんだったとは……実はね、ライムちゃんの住んでいた所に馬車が行く予定はなかったんだ」
思わず口を開けてポカンとしている私に、エルは何かを思いついたような――――ううん、そうじゃなくて。
やっと何かを話す切っ掛けを掴んだような顔をした。
魔女と繋がりを持つことは大事なことだと騎士だった祖父がよく言っていた。
だから騎士と友達になったりする時は『納得できる』相手にしなきゃダメだと教えてもらったんだよね。
残念ながらその時は「騎士」の、まして「友達」なんて出来るとは思ってなかったから聞き流してたけど。
…なんかごめん、おじーちゃん。
ある意味主人公よりも動かしやすいナビ…もとい見習い騎士が出てきました。
始めの方はどうしても説明が多くなりがちです。反省。