43話 依頼内容の変更
たいっへん、お待たせいたしましたー!!
とりあえず…想像以上に順調な調合生活を送っていたらしい三人組です。
所帯臭さは抜けませんね。ご飯の話がおおい…
翌朝も私たちは解毒剤の作成にとりかかっていた。
工房のドアが叩かれたのはちょうど昼前で何度目かの調合を終えた時だった。
ちょうど調合を終えていたベルが出てくれるというので私とリアンは使ったものを片付けていたんだけど、ドアが開く音と共にベルが困ったような顔をして戻ってきた。
「今、エルと数人の見習い騎士が見えてますわ。依頼品の受け渡しはあと4日は猶予がありますけれど」
「とりあえず、中に入ってもらおうよ。依頼のことで話に来たんだろうし」
「わかりましたわ。リアンもよろしいですわね?」
「構わない」
手早く片付けを終わらせた私とリアンは応接用の席へ移動する。
まぁ、応接用って言っても普段のソファなんだけどね。
人数が多そうなので椅子を用意し終えたところで、工房の入口から物珍しげな顔をして工房内を見回す数人の見習い騎士たちが入ってきた。
先頭を歩いているのは依頼者で私たちと面識のあるエルで、私を見て軽く手を挙げている。
「悪ぃな、突然押しかけて」
「それは別にいいけど何かあったの?そんな大人数で…」
座るように椅子を勧めて全員が腰を下ろしたところで肝心の用事を聞く。
エル以外の面々は明らかに貴族だとわかるベルや商人的笑顔を浮かべる胡散臭いリアンが気になるらしく、チラチラと様子を伺っていて少し面白かった。
「あー…こっちの都合でほんっとに悪いんだけどよ、今解毒剤ってどのくらい出来てる?」
「どのくらいって…ええと、どのくらい出来てたっけ?」
在庫管理はリアンがしているので聞いてみると即座に返答が帰ってきた。
いつの間にか彼の手元にはお茶があって、ベルも同じようにお茶を飲んでいる。
たぶん、色味的にアルミスティーだ。
「昨日作成したのは15、午前中の調合で12だから合計で27はある。明日朝までには追加で18は出来る予定だ」
「そんなに!?想像以上に早いんだな…あのさ、明後日の朝でいいんだけど出来た分だけ全部買取りたいんだけどできるか?」
言いにくそうに私たちを見たエルに思わず首を傾げる。
どういうことだろうと考えているとリアンが短く理由を聞いたんだけど、エルは疲れきった顔をしてため息混じりに彼らの事情を話し始める。
「俺らの都合で悪いんだけどさ…実は訓練の日程が早まったんだ。出発は明後日で、行き先の変更は無し」
「明後日…?随分と急な話ですわね…?普通でしたら演習や訓練の日程が早まるなんてあまりないことだと思うのですけれど」
「また、貴族の連中の嫌がらせだよ。最近は庶民出身の騎士も増えてきてて、上の方じゃ勢力争いみたいなのがあるんだと。で、少しでも庶民出身の連中を振い落してって考えてんじゃねぇの?見事に、期間が早められたのは庶民出だったり家督を次ぐ可能性のない貧乏貴族の連中ばっかだからな―――ここまで言えばわかるだろ?」
なるほどな、とリアンも面倒そうにため息を一つ。
居心地悪そうに座っているエル以外の騎士見習いたちを見て、納得したように手帳を取り出して何かを書き込み始めている。
「つまり、解毒剤の入手が間に合っていない、と。参考までに聞くがどのくらい足りてないのか把握は?」
「最低でも50は欲しいところだな…一応教師にも伝えてるけど基本が自力確保で学院の方で確保した分はもう殆ど貴族連中が買い占めてて俺たちが買える確率はほとんどない。一応、俺たちもあちこちに聞いて回って確保するのに親やら親戚やらにも頼んで集めてる最中なんだけどな…正直厳しい。集まっても10がいいところだな…あっても値段が釣り上がってて手が出ねぇ」
悔しそうに顔を歪めるエルの様子に相当追い詰められているというか死活問題だということがわかる。
「参考までに聞くけど、解毒剤今どのくらいの値段なの?」
「1つで銀貨2枚」
「ぎっ……はぁああぁ!?なにそれ!?リアンっ、普通ならいくらなの?!」
「通常時だと銅貨3~4枚といったところだな。比較的高いかもしれないが手の届かない値段ではない」
あまりの事態に絶句していると横からベルがアルミスティーの入ったカップをくれた。
有難いんだけど今お茶飲んでる場合じゃないんじゃ…?
そんなことを思って視線を向けるとベルは小さな声で囁いた。
「この後も調合をしなくてはなりませんのよ?今のうちに魔力を回復させておきなさいな―――午後からは状況を見て解毒剤の調合に加わりますわ」
「あ、そっか…そうだよね。ありがとう、ベル」
「別に大したことじゃありませんわ。ライムも一々動揺していたら持ちませんわよ」
ぷいっと顔を背けたベルの頬は少しだけ赤くてなんだか気持ちが少しだけ暖かくなった。
受け取ったアルミスティーは淹れたてみたいで、温かい。
少しずつお茶を飲んでいる私をよそにリアンはエルに尤も、というか彼らしい質問を投げかけていた。
「最悪、明後日の朝まで出来る限り解毒剤を揃えるとして…君たちにその費用は払えるのか?」
「それなんだけどよ、依頼した時に詳しい金額聞いてなかったと思ってそれも聞きに来たんだ。1つ辺りいくらになる…?」
不安そうな声に私も思わずリアンを見つめる。
リアンはそうだな、と顎に手を当てて少し考え込んだかと思えばエルに告げた。
「1つ銅貨2枚でいい。原材料の1つは提供してもらっているから素材持ち込みという形で値引きしておく。青の実は他の調合にも使えるからな」
「銅貨2枚でいいなら俺らは助かるけど…本当にいいのか?」
「今回限りだ。工房で販売を始めたら銅貨3枚で販売する予定だ…今回のは宣伝も兼ねているからきちんと僕たちの工房で作ったものだと広めるのも条件に入れよう」
「よっしゃ。乗ったぜ、その話。じゃあ、そうだな…明後日の朝、解毒剤1つ銅貨2枚の計算で60個分の料金を用意して―――」
嬉しそうに笑うエルに密かに考えていたことを聞いてみた。
今言う話じゃないかもしれないけど、私にとっては重要なんだよね。
「ねぇ、エル。今回行くなんとか湿地ってここら辺じゃ出てこないモンスターとか植物とかあるんだよね?」
「ん?おう。そりゃなー…イズン湿地には土地柄毒を持つ生き物やら植物も多いし、ウォーターフラワーっていう水の上に咲く花とかティナの葉っていう水に浮く丸い葉っぱに…ああ、粘土なんかも採れるな。粘土は鎧とかに入り込むと面倒でさ」
「お土産!お土産にそういうの欲しい!あと、毒を持つモンスターの毒とかなんか素材になりそうなのっ!」
「荷物にならない範囲ならいいけど…粘土も乾燥させりゃ軽くなるからいくつか持って帰れるぜ。でも、粘土なんか何に使うんだ?」
「素材になるはずなんだよね、何かの。おばーちゃんも時々取りに行ってたし」
「へぇ、オランジェ様も粘土使って何か作ってたのか。すげーな」
粘土と錬金術が結びつかないのか、物珍しそうに頷くエルとお土産の確約をもらった私をみていたリアンが再び口を開く。
「―――…エル、今回の解毒剤の料金は帰ってきてからで構わない。その代わり、現地で様々なものを採取してきてくれ。量は持って帰って来れるだけで構わないし、どんな物でも構わない。価値の有無はこちらで判断し、調合に使えるものがあれば解毒剤の料金から引かせてもらおう…どうだ?」
「土産ならリアンとベルにも持って帰るつもりだったけど…いいのかよ?それ。俺たちに得しかないだろ」
おいおい、と驚いたようにリアンを見るエルにベルがそうでもありませんわよ、とカップを置きながら告げた。
「私たちは現地に行くことなくこの辺りで採れない素材が手に入るんですもの。時間というのはお金じゃ買い戻せないことを私たちはよく知っていますわ。それに、素材が多ければ多いほど調合の幅が広がりますし、私たちの腕も上がりますからこちらにとっても悪い話ではないですもの」
「そういうことだ。勿論無理のない範囲で構わない。納得は出来たか?ああ、それからないとは思うが、料金を踏み倒そうとした場合は問答無用で徴収するから覚悟しておくように」
にやりと笑うリアンにエルは憮然としてそんなことするか!と声を張り上げるが直ぐに機嫌を直したようで、リアンの申し出を受けた。
話がまとまったのでエルは仲間たちを引き連れて二番街の商店街をみて少しでも解毒剤を集めると出て行った。
「…なんか、嵐が来たみたいだったね…ご飯、簡単でいいかな…」
「いいですわよ。私は調合の準備をしておきますわ」
「僕は薬酒の調合をしておく。少しでも素材は多い方がいいからな」
初めての依頼の難易度が少し上がったけれど、私もベルもリアンも皆やる気はたっぷりで、それから約束の日までただひたすらに調合釜と向かい合う覚悟を決めた。
昼食を食べながら今後の調合予定を立てていく。
「睡眠時間だけは確保しておくべきだろうな…調合中に集中を欠くと失敗しかねない」
「うん、それは賛成。眠いとすごい失敗したりするもん。爆発とか爆発とか爆発とか」
「爆発するってことだけはわかりましたわ。でも、まぁ私も賛成ですわ。流石に休まないとやってられませんもの。単純作業になってきてますし、私も解毒剤を作りますわ。薬酒も作りますけれど…」
はぁ、とため息をついたベルに私も確かになーと頷いた。
同じ調合ばっかりだとどうしても飽きるっていうか…なんていうか、緊張感とかがなくなっちゃうんだよね。
見極めはしやすくなるんだけどさ。
「じゃあ、そうだな…各自の判断で薬酒の調合を挟みながら出来る限り多くの解毒剤を作る、ということでいいな?店を営業するとこういった緊急の納品時期の変更などはよくあることだからな…いい訓練にもなると考えておいてくれ。勿論、その場合は追加費用を請求するが、今回は宣伝も兼ねているし、素材を入手するいい機会でもあるからそれで手打ちとしたが」
「ちゃっかりしていますのね、リアン、貴方は錬金術師よりも商人をしていた方が儲かるんじゃなくて?」
「余計なお世話だ」
普段通りのやりとりを始めた2人を仲いいなーなんて眺めながら思い出したのは自分の役割のことだ。
「あ、ご飯だけど言ってくれればポーチから作り置きのパンとか出すから言って。簡単なものしかないけどね」
ポーチの中には予備として作っておいたパンに適当に余った具材を挟んだサンドイッチがいくつか入っている。
おばーちゃんのポーチって時間も止まってるから劣化しないし、本当にありがたい。
…調子に乗って大量にパンの作り置きをしてるのはここだけの秘密だ。
在庫管理してるリアンあたりは気づいてるかもだけど、今のところ何も言われてないので大丈夫だと思う。
「すまない。作り置きの料理がなくなったら適当に買ってくるか…?」
「できればライムの食事を食べたいところですけれど贅沢も言ってられませんわね」
「いや、そんな深刻そうな顔しないでよ!それなら、スープだけ多めに作っとくから自分で適当に飲んで。ご飯の時間だけ抜けていいって言うなら作ってもいいけど」
依頼が優先だから却下されるだろうと思いながらもひとつの提案を口にすると、リアンとベルが迷う素振りもなく素直に頷いた。
「構いません、というかこちらからお願いしますわ。ライムが抜けている間は私たちが全力で調合するので安心しなさいな」
「僕も異論はない。ああ、食材だが僕が適当に発注しておこう。旬の野菜と肉があればいいか?」
「あら、それなら費用は私も負担しますわ。魚なんかもよろしいんじゃなくって?」
昼食を食べながら今後の食事のメニューについて話し合う2人を見て、なんだかなーと思わず呟いた。
っていうか、この2人ってこんなに食い意地張ってたっけ…?
ここまで読んでくださってありがとうございます!
評価やブックも増えてちょっと戦々恐々としておりますが、とても嬉しいです。
誤字脱字変換ミスなどは気づいたらこっそり直します…ハイ。




