41話 工房での初仕事
うああ、長かった。
ほんとすいません…もう、なんかすいません。執筆する時間が確保できずにずるずるーっと。
今回は調合メインの話。
久々に調合!いえぁ!
いつものように朝食をとった私たちは自然といつもの定位置に集まっていた。
それぞれの手元にあるのは、教科書。
開かれているのは解毒剤のページだ。
最初に口を開いたのはリアンだった。
「―――…足りない素材は酒の素だけだが、これは朝手配をして倉庫に運び入れてあるから素材自体は揃っている。薬素材は“薬草”と“アルミス草”といったところか…今回はまず、数を優先させることが何より大事だ。顧客に当たるエルに関しても見習い騎士で貴族ではないことからコスト面でも一番無難だろう」
「ですわね。いくら学院に通っていても雑費なんかは自費で賄わなければなりませんし、消耗品も多いはずですわ。遠征になると携帯食料なんかも値上がりしますし」
「なんか、もう踏んだり蹴ったりだね…今回の騒動って。あ、調合したクッキーって携帯食になる?他にもいくつかあるよ、持ち歩ける長期保存向け食料!」
ええとねーと例を上げようと過去に調合したことのあるアイテムを口にしようとするとリアンに止められた。
「待て、ライム。長期保存できる食料に興味がないわけではないが、今は解毒剤が最優先だ。それらは余力があれば、だな」
「りょ、りょうかーい。そういえば、私薬酒って作ったことないんだけど二人は見たことある?私、お酒って飲めないから知らないんだけどさ」
「私は見たことありませんわね…家にあるのはワインばかりですし」
トライグル王国でお酒は15歳から、賭け事は16歳からと決まっている。
基本的に成人として扱われるのは15歳からってことになってるんだけど、私は好きじゃないんだよねぇ。
お酒って苦いし。
まぁ、料理には結構使うから家にストックはあった。
ワインは煮込み料理とか焼き物、漬けダレに混ぜたり大活躍だもんね。
「薬酒は漬け込む物によって味も風味もまるで違うのが特徴で、酒の素を多く製造しているカザド村では一家に少なくとも三種類は常備されていて薬としても用いられているそうだ。僕が実際に飲んだのはいくつかの薬素材を組み合わせた物が殆どで、錬金術を用いて作られたものではないが」
つらつらと教科書でも読むように話すリアンの表情はいつも通りの仏頂面ではあったけれど楽しそうなので、多分お酒が好きなんだと思う。
ちょっと意外だったので驚きつつ、聞きたかったことを聞いてみる。
「作り方って知ってる?調合じゃない方の」
「ああ。調合とは違って、加熱しないのが最大の特徴だろう。薬酒は酒の素に薬素材を入れて冷暗所に保管しておくだけだからな。成分が溶け出すのに最低でも三ヶ月はかかるし、素材によって事前に加熱したり磨り潰したりする工程を挟むこともあるようだが、基本的にそういった処理をすることは稀だ」
「うーん…やっぱり薬効成分を引き出しやすくするために加熱するのかな?」
「そう、だと思いますわ。沸騰させてはいけないというのは多分酒気が飛ぶから、でしょうし。これ、調合後に12時間も置くんですのね」
教科書に書いてある作り方には、調合時は沸騰させないこと、薬効をより引き出すためには12時間は置かなければならないことがポイントとして書かれていた。
実は、結構調合後に熟成させるパターンのやつって多いんだよね。
特にお酒を使う調合に多いような気がする。
「時間のことを考えると今日の調合は出来る限り薬酒を作っておいて、明日時間が経ったやつから使うって感じかな?なくなったらまた薬酒作った方がいい?」
「…そう、だな。明日は一人一回解毒剤の調合後に、品質を見て薬酒を作るか解毒剤を作るかに分けたほうがいいかもしれない。少なくとも、数優先だからな…時間がかかるものは余裕を持って作っておいた方がいい。使い切れなくとも、劣化したり腐敗するようなものでもないからあっても困るものではないだろう」
この薬酒はカテゴリ的に言えば水素材と薬素材の両方の性質を持っているので素材としても優秀だ。
熟成させると品質があがるし、よほどのことがなければ腐らないから管理もしやすい。
余るくらいたくさん作ろう、と気合を入れた所でベルが立ち上がって、徐に自分の作業スペースの一角から4本の瓶を取り出してテーブルに。
鮮やかな青色の液体と特徴的な小瓶はどこかで見た覚えがある。
「私からの差し入れですわ。初級魔力回復ポーションなら魔力が切れても全回復できるでしょう?まだ私たちの総魔力量は多くないことですし」
「え、差し入れって…嬉しいけどいいの?」
「構いませんわ。そもそも解毒剤が足りなくなった背景には貴族という地位の人間が多く関わっているようですし、大した金額でもないので自費でも構いませんもの。これ、入学が決まったと同時にお父様が私に持たせたものの一つなんですの。まだ、3箱ありますわ…場所はとるし、いまいち使いどころがわからないし…でも完全に使わないというものでもないから正直持て余してましたの。足りないならまだ出しますわ」
初級とは言っても魔力回復用のポーションは普通のポーションより高い。
それをポンッとだせるのは、正直私にとっては信じられないことだけど…チラリと見えたベルの作業スペースにはポーションが入っているらしい木箱が確かに3つ、在った。
「―――…有り難くいただこう。確認しておくが、この費用は報酬に含められないが構わないな?」
「ええ、構いませんわ。むしろ、調合を多くこなすことでレベルが上がればこちらにも喜ばしいことですもの、どんどん使ってくださいませ?初仕事、ですし失敗したくありませんもの」
少しだけ照れたように視線をそらす姿がなんだか可愛くて少しだけ笑っちゃったけど、ベルは何も言わなかった。
「さぁ、さっさと調合しますわよ!時間との勝負なんでしょう?」
「そうだな。それと、瓶も追加発注をしてある。窓の下に木箱が並んでいるだろう、そこの中に入っているから不足したら自分で取りに行ってくれ。ほかに質問や確認事項はないか?」
「あ!私お昼作るとき抜けるけど声はかけるね。面倒だからパスタでもいい?夜の仕込みと同時にやっちゃうね。夜はいつもより早めに食べる感じでいいかな」
二人共頷いたので私たちはいよいよ調合のための準備に入った。
まず最初に、薬素材になる薬草とアルミス草の洗浄と選別する作業。
枯れている葉や枝を切り、少しでも薬効が出やすいように同じ大きさに切り揃えるんだけど…切り口が斜めになるように茎を切るように注意する。
面倒だけど、下処理の大事さは今までやった実験でも実証済みだ。
下処理を面倒がっていたベルも出来上がりの品質の差を見て、ダメ押しにリアンから「装備や体調を整えて戦場に行くのと、準備もまともにできていない状態で戦場に行くのとどちらがいいと思う」と言われて納得したようだった。
私からするとその説明ってどうなんだろう?って思ったんだけどね…実際、リアンも複雑そうな顔で「この説明でいいのか」と小さく呟いてたのをこっそり聞いた。
ぶっちゃけ、検証の前段階で散々リアンが説明してたもんねー…下処理の重要さについて。
「次はどうしますの?」
「1回の調合分は薬草1本分だからまず先にその分を避けておいて…最大3回分まで同じ時間で調合できるから、薬草3本分ずつにまとめておこうよ。それなら直ぐに取り掛かれるし」
「なら、僕は瓶と漏斗を各作業台に置いていく。どのくらい調合できるかはわからないが、ひと箱ずつ置いておけば足りるだろう」
「箱ごと移動するなら私がやりますわよ?」
「私も手伝おうか?リアンがこっちやった方が早いんじゃ…」
瓶が入った箱っていうのは結構な重量があるのを知っている私たちが声をかけるとリアンが眉をしかめて振り返った。
「君たちは一体僕をなんだと思ってるんだ、あのくらいなら僕でも持てる」
きっぱりと言い切ったリアンに私たちは顔を見合わせて、ベルは片方の眉をぴくっと釣り上げ、私は首をかしげてしまった。
「その生白い細腕で言われても説得力にかけますわよ」
「女の人と変わらないくらい細いよね、腕。ちょっと羨ましい」
「………もういい」
小さく息を吐いて緩く首を振ったリアンの横をベルが颯爽と通り過ぎていった。
ベルは箱を1つ、ではなく3つ重なった物を軽々と持ち上げて作業台の下へ収納していく。
「まさか3箱持つとは思わなかった…ってか、あれ3箱も同時に重ねて持てるものなの?結構な重さなんじゃ」
「力持ちだとかいう次元を超えてるだろ、普通の男でもできないぞ」
さっさと瓶が入った箱を作業台の下に入れたベルは、地下にある酒の素も持ってくると言ってさっさと地下へ降りていった。
酒の素は、液体で陽を通さない大きめの壷にいっぱい入ってるからやっぱり重いんだけど…ベルなら大丈夫だろうということで私は自分の仕事に取り組むことにした。
「仕分けしちゃおっか、酒の素も持ってきてくれるみたいだし。あれも重いのに」
「……投げ飛ばされるのは御免被りたいしな」
で、やっぱり作業をしてて思うんだけどこういう細かい作業はベルよりもリアンに頼むべきだ。
ベルがまとめた奴は、なんというか、結構雑なんだよね。
その点、リアンは長さも茎や葉の大きさも似た様な物を丁寧に素早く選別して分けている。
(力仕事はベル、細かい作業はリアンを呼ぼう…そうしよう)
私も無難に仕事をこなし、これで漸く下準備が終わった。
途中、こし布を持ってきてもらったんだけど、細かいゴミや汚れが入らないように、瓶に出来上がった薬酒を漏斗で移す時に使う事にしたんだよね。
これは家でやってたんだけど、長期保存できる飲み物を作るときに漏斗にこし布を被せてゴミや小さな搾りかすみたいなのを取り除くとより長期間持つし、腐りにくくなるんだ。
薬酒は、まぁアルコールだからあれだけどさ。
「よし、じゃあ早速調合しよう!まずは1回分を試しに作ってみてだね」
まず、酒の素を1回分だけ調合釜へ入れる。
この時の火加減はごく弱火。
温度計もセットして、温度が30度を越えないように気をつける。
続いて、薬草を入れてゆっくり静かに魔力を注ぐ。
(魔力量は調和薬5回分くらい、と)
混ぜ方もゆっくり、大きく釜の中をかき混ぜるように動かして、クルクルと回る薬草とうっすら漂うアルコールの臭いに意識を集中させる。
少ない経験上、アルコールの類はパッと変わるから本当に気を付けないといけないんだよね。
ぐーるぐーるとかき混ぜて魔力を同量ずつ静かに流し込んでいると、数分程度で薬草の葉っぱ部分が溶け始める。
無色透明な酒の素に、薄黄緑の葉から出た色が滲んでくるのを見ながら、時折温度計を見て確認するのを繰り返す。
弱火でも時間が経つと温度って上がっちゃうんだよね。
色が滲みだした少し後で温度が上がり始めたから、1度火を消して釜の温度を落ち着かせた後に再び着火した。
この間に入れた薬草は茎と僅かな葉を残して溶け込んでしまっている。
茎が完全になくなったら、直ぐに濾しながら瓶に移して栓をし、完成…といっても12時間寝かせなきゃいけないんだけどね。
(あ、やっぱり茎が溶けるのも早いなぁ。火は…これなら全部溶け切ってからの方が良さそうかも)
ただの勘だけど、そう判断して茎が溶け切るまで私は魔力を流しながら杖で釜の中をかき混ぜる。
火を止めて瓶に薬を詰めたのは私が一番最初で、次にリアン、最後にベルの順だった。
出来上がった薬酒は真ん中にある私の作業台に並べてリアンが“鑑定”をする。
幸か不幸か、瓶自体が分厚く透明なものなので色はかろうじてわかる程度。
どれも澄んだ色をしていたけれどリアンの薬酒が一番綺麗に発色していた。
「品質は僕のがC+、2人はCだな」
「あー…色も濃いしね。参考までに聞くんだけど温度ってどの位にしてた?私は30度にしてたんだけど…最大35度まで上がったかなぁ」
「私も30度ですわ。何度か30度を越えてしまいましたけど、40度にはなってませんわよ」
「僕は35度で調合していた。2度程度の誤差はあったが最初から最後まで35度目安にしたな。魔力量は一定だ」
「次は35度目安で作ろうか。品質は高いほうがいいし」
「ですわね。私は魔力を一定に保つのにも気を付けないと…未だに慣れませんわ、魔力の扱いって」
ブツブツ言いながらも真面目に自分の作業スペースへ向かっていくベルに苦笑しつつ、私も気合を入れ直して調合釜に向き直った。
次の調合はみんな品質C+。
最終的に、リアンはB、私たちはB-まで品質を上げることができた。
そりゃ…1日ずーっと薬酒ばっかり調合してればね。
力仕事&戦闘=ベル 細かい作業&金銭関係&鑑定=リアン 採取や生活に関わること=ライム
そんな感じの役割分担がライムの中で完成した模様。
多分ほかの二人も似た様なことを考えているはず。
=アイテムメモ=
【薬酒(やくしゅ/くすりざけ)】酒の素+薬素材。
薬の成分が溶け込んだ酒。とかし込む薬素材によって味・色・風味が変化する。
調合時は沸騰させないことが最重要。基本的に低温でじっくり調合を行う。