40話 解毒剤にまつわる、あれやこれ
遅くなってすいませんでしたー!
難産だった今回の話し。
前半はいつものノリ、後半はシリアス的な雰囲気を醸し出してみました。
かもせてる…?
工房に戻ると難しい顔をしていたベルが私を見てホッと肩の力を抜いたのがわかった。
一体何事?と思いつつ、リアンに促されるまま普段座っているソファに腰を下ろせば紅茶が出てきて、一口大に剥かれたアリルの実が配られる。
アリルは通年出回ってるけど、工房に買い置きはなかったと思うんだけど。
わざわざ買ってきたのかなぁ。
「なんか至れり尽せりなんだけど…色々どうしたの?リアンだけじゃなくてベルも様子がおかしかったし」
いつもの定位置についた二人と私の隣に腰掛けたエルの様子を眺めつつ、お皿の上に置かれたアリルの実を口に運ぶ。
シャリシャリとした食感と甘酸っぱい果汁にうっとりしつつ誰かが話し始めるのを待っているとリアンが小さく息を吐いて口を開いた。
「まず、解毒剤の値段が上がる前に回復薬の値段が軒並み上がったことを知っているか?」
初耳だったので首を横に振れば、ちらりとリアンがエルを見やる。
エルの方はそういえば、と頷いていた。
「知ってる、というか俺のダチもそれで悲鳴あげてたし、騎士科でも話題になったんだよ。まぁ、俺の場合は値上げ前に必要分確保できてたからそれほど影響はなかったとはいうものの、銀貨1枚の値上げがされたっていうのはなー…今後値段が下がらないで現状維持なら今後回復薬の系統は使いにくくなるだろうし、割と死活問題だな」
「いやいやいや、銀貨一枚の値上げってなにそれ?!ちょっとリアン、どうなってるの!?」
「ライム、君は僕に聞けばなんでも解決すると思ってるだろう…、全く。原因は一部の貴族と商人が買い占めと限定販売を始めたせいだな。といっても、それも長くは続かないだろうし、値段も来月には戻る見込みだ。解毒剤不足は回復薬高騰の煽りを受けたようなものだから、こちらも落ち着く筈だぞ」
面倒そうに眉をひそめて紅茶を飲んだリアンにエルが険しい顔で腕を組んだ。
「俺が聞いたのは錬金科の貴族何人かとその家が抱えてる商人たちが一斉に今回の遠征訓練に合わせて値段を引き上げたってことくらいだけど、やっぱそうなのか?」
驚く私をよそに今度はベルが眉をひそめて頷いた。
「ええ。一部の選民意識が強い愚かな貴族が騎士科に所属する貴族以外の生徒への嫌がらせとして値を釣り上げたようですわね。錬金科の生徒で関わった者もいたようですけれど、その生徒には注意勧告がされたそうですわ」
「注意だけなの?だって困った人結構多いんじゃない?騎士科の生徒で庶民出身者って結構、というか過半数以上だよね?詳しくは知らないけど…」
「今回はこの街に限ったことだったし、期間も限定的で大きく経済活動に影響を与えるようなものではなかったからな。恐らく実行した人間はこの処分も見越してのことだろうが」
「ですわね。ただ、解毒剤に関しては…元々流通していた量が少ないこともあって実際に品薄だったのは間違いないですわよ。貴族でも入手できない状況になりつつあるようですわ。今年の演習場所も悪かったですわね…あの場所なら万が一に備えて3つは携帯しておきたいでしょうし」
リアンとベルが黙り込んだのを見て、ちらっとエルを見るとエルも難しい顔をしている。
実際、私達が訓練に行くわけじゃないから危険も危機感もそんなにないけど、命に関わってくる立場にいたら気楽にはしてられないもん。
「あの!あのね、解毒剤なんだけど作ってみない…?数はそれほどできないと思うんだけど…ないよりはいいでしょ?実は、エルから青の実も貰ったから、あとは酒の素を買いに行けば作れると思うんだ。工房で販売するかどうか別にしても作れたほうがいいアイテムだよね?」
ホラ、と青の実の入った手提げ籠をテーブルに乗せるとリアンとベルが驚いたように目を見開いた。
「これだけあれば失敗しても一週間で3つくらいは出来るよね?」
「失敗するにしても…一週間あれば10は出来る。だが、いいのか…?解毒剤が品薄になっている今、青の実も需要はあるはずだが」
リアンの視線を受けてエルがなんでもないことのように頷いて、笑った。
「いいも何も、受け取ってくれないと解毒剤は作れないんだろ?だったら受け取ってもらわねェと困るって。できれば、6つは欲しいんだ。俺とイオの分。余分にできたらまだ手に入れられてない奴に声かけて俺が捌いてもいいし…正直、今年は毒を持つモンスターが大繁殖してるらしくってさ…それで騎士科の先生たちも苦肉の策ってことで解毒剤の所持を義務化したって話も出てるくらいだから」
少しでも解毒剤があると助かるんだ、というエルの言葉でリアンとベルは顔を見合わせてそれぞれ納得したのか軽く頷いた。
「そういうことなら有り難くもらっておこう。といっても、販売価格から原材料分として値引きはする…それでいいな?」
「おう。値引きしてくれんなら助かる。そういえば、リアンだっけ?お前はなんでライムのこと心配してたんだ?何かあったのか?」
青の実の入った手提げ籠を作業台へ持っていったベルの後ろ姿を眺めながら何気なくエルが聞いた。
私もすっかり頭から抜けてたけど、言われてみると確かに不思議というかイマイチ納得できないというか。
理由があるなら知りたいと思ったのでエルに続いてリアンを見ると何かを誤魔化すようにメガネの位置を直しているところだった。
「何か、というか…まぁ、そうだな。万が一“何か”があっては遅いと思ったから動いただけだ。工房生の間で上流貴族ではない者が立て続けに襲われて軽傷を負っているらしいからな…念の為だ」
「そうなの?!知らなかった…って、それならリアンも危ないじゃん!」
「そういえばそうですわね。私としていたことが失念していましたわ。リアン、貴方もライムも外出するときは私と一緒にいることですわ。専門ではありませんけれど体術も嗜んでいますからある程度の暗殺者程度なら瞬殺できますし、腕ならしと運動不足解消には丁度いいですもの!」
相手が犯罪者だと分かっていれば手加減も必要ないですから、適度にお相手していただきますわ!
と、腕まくりをして生き生きと拳を握るベルに私とリアンはまだ見ぬ犯人を思って軽く目を伏せた。
多分、脳裏に過ぎったのは一刀両断されたブラウンウルフだったと思う。
「…外出は出来るだけしないようにしようか」
「……そうだな。万が一にも遭遇した場合、騎士団に連れて行かれるのは僕たちの方だろうからな」
「万が一に遭遇してベルが暴走したら、の話だけど…その、捕まったりはしない、よね?」
「―――……話せばわかってくれる…筈だ」
限りなく不安が残るリアンの回答を胸に買い物は暫く控えようと心に決める。
ベルの好戦的な姿を見て興味を惹かれたらしいエルが何か話しかけて、妙に盛り上がっていたのが少し気になった。
何か…物騒な気配がするんだよね。あの二人。
◇◇◆
鮮やかに燃え上がるような赤髪の少女は長い脚を組んだ。
台所に置いてある木製の簡素な椅子がぎしりと音を立てたが当人は厳しい表情のまま何かを考え込んでいる。
「で、貴方はどう考えてますの?」
猫のようにややつり上がった美しい赤の瞳が暗闇にひっそりと佇む人物を映した。
問いかけられたのは青年とも少年ともつかない年齢の男。
揺れる蝋燭の明かりを受けて照らし出された横顔は排他的でどこか冷たい印象を与える。
「主犯については話した通りだ。証拠もあるし、学院側に提出もしているが初犯ということもあって厳重注意で終わるだろう」
淡々と紡がれる言葉に少女の眉間には皺が刻まれた。
細く白い指がトントンと組んだ腕を叩く。
「それはわかっていますわ。そうではなくて、私たち…いいえ、ライムに影響はあるのかと聞いているのです」
声量を抑えてはいるものの苛立ちを隠さない声に少年は一瞬眉を顰めた。
普段なら既にそれぞれの自室に戻っている時間ではあったが。
「影響は、少なからずあるだろう。まだ実力行使には出ないだろうが“家”の状況次第ではわからない。どういった手段に出るのかわからないから、警戒しておけというのがワート教授からの忠告で、僕も同意見だ」
「全く、嫌になりますわ。これだから下手に力をつけた成金貴族は…!ライムやエルではありませんけれど、庶民が貴族を嫌う理由がわからないでもないですもの。普通の貴族は目につくようなことをしませんから、評判もなにもありませんけれど」
「悪い噂ほど広まるのは早いからな。当面、ライムを一人にしないようにすれば大丈夫だとは思うが…何か“家”や“当人”にあればすぐ報告して対策を練るぞ」
「大方、ライムの血筋と珍しいあの双色の髪が目当てなんでしょうけれど、いい迷惑ですわよ。今、違法の奴隷狩りや奴隷用の首輪が闇市で確認されたようですし、リアン、貴方も気をつけておいた方がいいですわよ。実家が商家ならいらぬ恨みも買っているでしょうし」
「ふん。余計な世話だな。対策はとってある…少なくとも、そういったモノの効果を無効にする物を所持しているからな。君も、気をつけるといい…本人がどうであれ一応高貴な身分のご令嬢なんだろう?」
「二言余計ですわ。この身分も便利ではありますけど、それ以上に煩わしいことが多くて時々本気で嫌になりますわよ…一応、首輪の出処や奴隷狩りを行っている組織については実家でも調べていますから、そのうち情報が入ってくるはずですわ。その時はまた話しますけれど…ライムには?」
答えはわかっているけれど、といった風に尋ねる少女に少年は無表情のまま頷いて口を開く。
眉間には年齢にそぐわない皺が刻まれている。
「……言わないでおいた方がいいだろう。僕たちが気をつければいいだけの話だ。それに、狙われるだけあって、ライムは目立つからな。何かあればすぐにわかる」
面倒だと言わんばかりにゆるく頭を横に振る少年を少女はじっと見つめていた。
その瞳には何処か面白いものを見るような、好奇心が隠されることなく揺らめいている。
少年はそれに気づいた風もなく話すことはもうないと言わんばかりに一歩、足を踏み出した。
「―――…にしても、良かったですわね?工房生の規則に恋愛禁止の項目がなくて」
ふふと楽しげな声にぴたりと動きを止めて億劫そうに振り返った姿を、少女は満足そうに眺めた。
形のいい唇は弧を描いている。
「君がどういった意図でその発言をしたのかはあえて聞かないが……ライムがいなくなれば、色々と都合が悪いからな。知識や料理の腕もそうだが、彼女の持つオランジェ様の遺産は大きな利点だ。実践でも学ぶべき所は多い。何より」
「何より?」
「まだ、彼女はオランジェ様の薬を所持している」
ふっと目を細めた少年に少女は呆れたような表情を隠しもせずにため息をついた。
沈黙の後、少年は今度こそ踵を返し二階へ続く階段を上っていく。
その足音と気配が消えるのを感じながら少女はやれやれと首をゆるく振った。
「オランジェ様の薬、ねぇ。それにしたって貴方の心配の仕方はちょっと病的じゃないかしら…きな臭い情報とライムの不在に気づいて、止めるまもなく血相変えて飛び出していったのは何処の誰かだったのか問い詰めたいところですけど」
恋愛感情というよりも執着に近そうですし、やめておきますわ。
ぽつりと呟かれた言葉を聞いたものは誰もいない。
揺れるロウソクは消され、少女は月明かりが微かに差し込む工房内を危なげなく進んでいく。
ぎぃっという蝶番の軋む音と共にドアの閉まる音がして、それっきり朝日が射し込むまで静寂が工房内に訪れた。
そうして、また“いつもの”朝が来る。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、変換ミスなど充分気をつけているつもりですが、発見次第直していきます!
…できるだけ。