37話 浸水液とアルミス軟膏の調合
遅くなりました、錬金回です。
今回もさらっと錬金です。
じわじわと調合する幅を広げていくライムです。
朝食を食べ終えて片付けを終えると今日の予定について話し合うのが日常になった。
朝一で教会に行っていた私はもう起床して朝食の後片付けを終え、工房の掃除をちょうど終えたところの二人に続き、食事テーブルに腰を下ろした。
私は空になった小さな空き瓶を見せて二人にジャムのお礼と相手の反応を伝える。
一応、食費は共用だし砂糖は高いからね。
「シスターならジャムみたいな甘いものは、なかなか口にできないだろうし……わからないでもないが」
「それとこの聖水には何の関係がありますの?」
「あ、うん。ジャムのお礼ってことで余分に中瓶一本ずつくれたんだ。水系素材としてはかなりいいから、これで薬とか作るといいみたい。特に回復系の薬とは相性がいいっておばーちゃんもよく使ってたし」
「へぇ…そういうことでしたら受け取っておきますわ」
「だな。そのうち聖水は買いに行くつもりだったが」
二人は事情を飲み込むと素直に聖水の瓶を受け取ってくれる。
目の前にはベルが淹れてくれたお茶。
ベルってお嬢様だけあってこういうお茶とか淹れるの上手なんだよね。
今日のお茶はリアンが持ってきてくれた紅茶だけど、これもベルに言わせるといいものらしい。
「で、今日は何をしますの?調合なら調合で構いませんけれど」
「私は調合するつもりだったよ。薬草もあるし、失敗するかもしれないけど…そろそろ回復薬多めに作りたいもん」
「薬の調合か。それは僕も興味があるな。ちなみに作るのは何だ?」
リアンの言葉に少し悩んで、結局手帳を開いた。
2つしかない回復薬のうち【アルミス軟膏】の方に視線を向ける。
やっぱ挑戦するなら作ったことのない方、だよね。
もう一個の素材も作ったことはないけど…材料はっと。
「(浸水液、か。ええーとナニナニ…水素材+薬素材または香料? 香料はわかんないけど、薬素材は結構あるし失敗2回くらいならできる、かな)アルミス軟膏、作ろうかな。もし失敗したら初級ポーション作りたいけど時間的にアルミス軟膏で終わりそう。素材の浸水液がないからそこから作らなきゃだし」
「私は初級ポーションに挑戦してみますわ。素材もありますし、作り方は取り寄せた初版の教科書に載っていますから。時間的に三回調合できそうですからうまくいきそうなら早速聖水を使ってみようかしら。聖水ならいつでも買えますし品質や効果が高くなるならその方がいいですものね」
「それはそうだけど…売るなら素材に聖水はあんまり使わない方がいいと思うよ。これは貰ったものだけど、普通はお金出して買わなきゃいけないし。そういうのって売値にも影響する、よね?」
自信がなかったからチラッとリアンを見ると満足そうに頷いた。
ついっとベルに向けた視線は呆れが滲んでいる。
「ライムの言うとおりだ。ある程度実績があるわけでもないからな、まずは手にとってもらえるような価格帯でかつ馴染みやすいものを商品として扱うことが求められる。ベル、君がどのように考えているかわからないが常備薬の類は高い。だから僕たちの工房では少量で購入しやすい価格の物を販売するつもりだ」
そういった錬金術の店は無いに等しいからな、と話すリアンの手にも手帳があってどうやら私たちが知らない間に市場調査みたいなことをしているらしかった。
「市場調査って時間かかるんじゃないの?しかも錬金術の店って貴族がやってるんでしょ?よく調べられたね」
「実家が商家だからな、配達ついでに値段を見てきて欲しいと頼めばすぐに分かる。そもそも、商売をするなら商売敵のことや市場価格、需要などを調べるのは当たり前のことだ。それを怠るのは商人として失格だろう。うわさ話なんかも時に商売のタネになるから酒場なんかで色々情報を集めることもある」
「ふぅん。商売って色々面倒なんですのね。私はとりあえず、品質Cのポーションを作れるようになってから聖水を使ってみることにしますわ。どういった変化があるのか知らないのでしょう?」
「そうだね、じゃあお願いしようかなぁ…私は軟膏調合するねー。教科書にも載ってるし…あ、結局リアンは何を調合するの?」
教科書を見ながら機材を準備しているリアンに声をかけると彼は振り向くことなく答える。
使う材料なのか、作業机の上には複数の水素材が並んでいた。
「君と同じアルミス軟膏を作るつもりだが」
「じゃあ浸水液からだね。で、作り方はわかるの…って、リアンも初版本持ってるし」
「レシピが載っているとわかれば探すのは当然だろう。希少になってはいるようだがまだ数冊あったから、実家の方でも確保するように伝えた……貴族相手なら多少高値で売っても問題ないからな」
「いいんだ、それで」
「いいもなにも持っているものから多く貰うのは当たり前のことだろう。ライムも早く準備をしたらどうだ…と言いたいところだが、浸水液はどの水素材を使うんだ?一応、井戸水と採取したエンリの泉水、聖水の三種類は用意したが」
調合の準備を始めたベルとの会話を切り上げて、確認のためにリアンに声をかけたんだけど難しそうな表情で机の上の水素材三種を見つめている。
リアンの作業台に移動して、自分は何で作ろうか考えてみる。
「(聖水はまず却下。井戸水かエンリの泉水だけど…量とか考えると一択になるよね)まずは井戸水で作って、その後エンリの泉水かな。聖水はいずれ作ってみたいけど、失敗するの嫌だし」
「僕も最初に井戸水から作った方がよさそうだな…呼び止めてすまない、調合に戻ってくれ」
リアンが聖水を片付け始めたので私も自分の作業台に戻って器具と素材を準備する。
水素材は井戸水、薬素材には丁度今朝採ってきた薬草を使うことにした。
最初に調合釜の温度を最大にして中、沸騰状態にしておく。
温度が上がるまで時間が少しかかるからその間に薬草を1センチ程度に切り揃えていたんでいる部分や汚れを取り除く。
出来上がった浸水液を入れるための容器を準備し終えると釜もいい頃合になっている。
「まずは…ええと井戸水入れて…煮立ったら今度は薬草投入…で、一時間かぁ」
結構かかるな、と思いながら時間も気にしながら沸騰した井戸水に薬草を投入。
ぐるぐるとかき混ぜながら魔力を込める。
量は調和薬と同じくらいだけど、1時間ほど込め続けなきゃいけないことを考えると…結局使う魔力って初級ポーションを作るときと変わらない量なんだよね。
火力は煮詰めることを考えて強火から中火に変えてみた。
調合って料理と似てるっていうのはおばーちゃんの言葉なんだけど、強火のままだと煮詰まりすぎるからいつも弱火か中火で煮詰めてるんだよね。
「あ、いい感じかも。これも薬草がなくなったら魔力を切って冷ます、と」
瓶に移し替えて次のを作っている間に冷めるだろうと考えながら釜の様子を観察する。
魔力を注いで混ぜ続けるのは思いの他、腕に来るんだけど…これも慣れなんだろうなぁ。
私は小さい時からやってたから気にならないけど、初めて調合したベルやリアンは結構腕が疲れるって言ってたっけ。
ぐるぐるとかき混ぜ続けること1時間ほどで薬草が消え、代わりにほんの少し青い液体が釜の中に確認できた。
お玉一杯分のそれを瓶に移し替えたところで丁度ベルやリアンも作業を終えたらしい。
ベルは難しそうな顔をして、もう一度初級ポーションの材料を用意し始めたのが見える。
机にある初級ポーションはやや濁っていて品質があまりよくないことがわかった。
「ライム、君も終わったのか。君のは随分…綺麗な色だな。品質は…Cか」
「鑑定してくれたんだ。リアンの方はどうだった?」
「品質はDだ。色は薄くないが、濁りがでた」
「もしかしてだけどさ、沸騰させ続けたままだったりする? 素材を入れたら中火にして火力を落とした方がいいかも。料理と一緒だよっておばーちゃんが言ってて、料理だと沸騰させたまま混ぜると煮詰まりすぎちゃうんだよね。だから、私は弱火か中火で作ってるんだ」
「火力…そうか、そういうところにも気を配らなくてはならないのか。助かった、もう一度作り直してみる。君は…エンリの泉水で作るのか?」
そのつもりだけど、と答えるとリアンは自分の作業台から一回分のエンリの泉水を持って来て私にくれた。
なんでも、リアンはもう一度井戸水で作るらしい。
「同じ方法で作ってみてくれ。必要なら鑑定はする」
「うん、わかった。鑑定は後で頼むかも」
短い会話を交わしてから今度は水素材を井戸水からエンリの泉水に変更して作る。
薬草は既に切ったので釜の温度を上げて、同じように作っていく。
最終的に色味も同じ澄んだ浸水液が完成。
リアンの鑑定だとエンリの泉水の品質はCで井戸水と変わらなかった。
ただ、鑑定を終えたリアンが眉を寄せて小さく呟いた。
「こっちの泉水の方は特性で回復効果・微がついているな。井戸水の方にはないが…僕も泉水で作ってみるか。これで同じ効果が付けばエンリの泉水は回復効果を僅かにでも上げる特性があるのかもしれない」
キラリと眼鏡を光らせてブツブツ小声で何か小難しいことを口にしながら、エンリの泉水を地下から持って来てリアンは調合を始めた。
ちょっと怪しい後ろ姿を眺めつつ、私はアルミス軟膏の調合に移る。
「アルミス草とさっき調合した浸水液…ええと、アルミス草は乳鉢ですり潰しておく、か」
アルミス軟膏の調合釜の火力は最弱にして浸水液を入れてすぐにアルミス草を入れて…力を注ぎながら十分間混ぜ続ければ出来上がる、と書いてある。
手帳で確認してみると、難易度:中から難易度:普に変わっていた。
ちょっぴり嬉しく思いつつ、手順通りに作成をはじめる。
これを作ったら、とりあえず昼食の準備だ。
(今日は面倒だからパスタにしよう。パンばっかりじゃ飽きるし)
乳鉢の中にアルミス草の葉をちぎって入れ、ゴリゴリと乳棒で擂り潰していく。
ある程度すり潰したら、三分の二の浸水液を釜に入れ、続いて擂り潰したアルミス草を投入。
少しだけ残しておいた浸水液を乳鉢に入れて、軽く乳鉢の中に残ったアルミス草と一緒に調合釜に投入した。
後は、杖でグルグルと混ぜながら魔力を注ぐんだけど…これが結構な重労働だった。
「く、ぬぬぬ…ッ!」
魔力の量はさっきの倍。
調合釜の中に入っているアルミス軟膏の素は徐々に粘度を増していくので重たいの何の!
軟膏だから結構な粘度に仕上げるんだけど、五分くらいで腕が怠くなってきた。
それでも必死に混ぜ続けると徐々に艶がでてきて、アルミス草が消えたので思い切って魔力を切った。
「っはぁー…つっかれたぁ…うう、腕痛い」
ぐったりしながら、お玉で軟膏を掬って入れ物に移し替える。
完成したアルミス軟膏は薄いエメラルドグリーンで艶があってなかなかに見えるけど…品質はどうなんだろう? 色が薄いからやっぱり魔力を切るタイミングが早かったのかも。
「と、とりあえず…ご飯の準備しよう。腕がぷるぷるする…」
使い終わった器具を一通り片付けて、調合物を作業台に乗せたまま私は台所へ向かった。
まだ二人共真剣に調合してたから出来上がると同時位に昼食にするつもりだ。
午後はもう一度アルミス軟膏を作って、クッキーを作ろうかな?
クッキーなんだけど…なんか素材渡されて作れって言われたんだよね、二人に。
一袋銀貨二枚で買い取ってくれるらしいんだけど…高くないかな、どう考えても。
まぁ、渡された素材もかなりいいドライフルーツだったり紅茶の葉っぱだったりなんだけど。
いっくら魔力回復するからっていったって銀貨二枚…流石というかなんというか。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
引き続きちまちま執筆します。
=アイテム=
【浸水液】水素材+薬素材or香料。主に薬などを作成する際、効果を高める目的で使用。
熱釜の温度を上げ、中の調合水を煮立たせた状態で素材をいれ、魔力を込めながら一時間ほど煮詰める。その後、自然冷却して濾したら完成。基本的な材料。
【アルミス軟膏】アルミス草+浸水液。軽い切り傷やあかぎれ、乾燥にも。
家庭に一つあるとお母さんが喜ぶ一品です。浸水液に切ったアルミス草を入れて魔力を注ぎながら十分間混ぜ続け、粘りが出たら完成。
※プチオリジナル:アルミス軟膏に香油を入れて魔力を少量注ぎ、練ると香り付きに。