2話 準備と旅立ち
ようやく自宅から離…れるところに来ました。
多分離れているはず!
準備って時間がかかりますよねー…なんでだろーぃ。
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「よし、とりあえず落ち着こう、私」
わざわざ声に出したのには一応意味がある。
声を出して、自分の体に命令というか指示を出すことで無理やり気合を入れ直すのだ。
「うーん…本物、っぽい」
トランクの中を見た瞬間に、緊張も、感動も、というか思考自体が停止した。
我に返って最初にしたのは目をこすって目の前のモノが本物なのかどうか見極める行動。
んでもって、次に周りを見回してトランクに触れ、初めて凝視しているものが本当に自分の前にあるのだと認識できた。
大分動揺してたけど大丈夫。一応正気だ。
「これはいくらなんでも…びっくりだよ」
大きな箱の中身はあろうことか、望んでいたもの以上の沢山の品物で溢れていた。
パッカリと大きく口を開けた中に鎮座しているモノが夢幻でないことを祈りつつ手を伸ばしてみる。
変な汗が流れてきたけど気にしたら負けだ。
一番上に置かれているのは――――――――…あろうことか、錬金服だった。
手触りのいい生地を見るだけでも普通の布じゃないことくらい私ですらわかった。
多分、どんな人が見てもわかるだろう。
この錬金服はおそらく、おばーちゃんが作った最高かつ最上の生地で作られている。
依頼されて作っていた王族に渡していた生地すら凌ぐほどの物に思わず感嘆の息がこぼれた。
細部にまで凝った造りは一見シンプルに見えるけど高い技術が用いられている。
少なくとも普通の錬金服とは訳が違った。
服とお揃いで出てきた髪留めや手袋、靴といったものまで夏用と冬用の2種類が予備分含めて全部で3枚ずつ用意されていて更に驚く。
「サイズもぴったりだし……って、うわ、コレ教科書?!」
服の下には、本があった。
慌てて『入学案内』と一緒に渡されたリストと一つ一つ照合していくと一年分の教科書が揃っている。
全部ってわけじゃないと思うけど(『基礎』とか『基本』とか『やさしい』とか『初心者の為の』っていう言葉が多かった)それでも有難いことだ。
なにせ、高いものの代表に『服』『本』『嗜好品』の三つが挙げられる。
これが専門職になると職業によるけど『機材/専用機器』が追加されるんだから財布に大打撃ってわけ。
だから一般の人が「ちょっと勉強してみようかな」なんて軽い気持ちで調合できないんだけどね。
人目もあるし、危険性だってあるから一般的に“弟子になる”か“学校で学ぶ”のどっちかを選ばないと『魔女(魔術師)』にはなれない。
(知らなかったとはいえ、かんっぜんに違反者だったってオチだもん。参った参った)
ははは、と今まで気軽にしていた調合を思い出して頬をかいた。
おばーちゃんが生きていた時なら“弟子”として調合もできるけど、許可を貰ってない今、調合するのは違反行為にあたるんだって。
ま、作ったものを売ってなかったから大事にはならないし、そもそも調合したものはすごく簡単なものばっかりだ。
「今作れるのっていったら調和薬3種類くらいだもんねー…成功率は5回に1回成功すればいいって感じだし」
試しに『初心者の為の!初めての調合図解』という年代物の本を読んでみる。
本を開くと書き出しにはデカデカと『注意:魔女(魔術師)の資格を持たない、もしくは見習いとして認められていない方は本書を使用してはいけません』かかれていた。
その下には違反した場合の罪状と刑罰がずら~っと書かれていて思わず身震いした私。
「ほ、本は道中でゆっくり読もう。うん、今は準備しないとね」
決して、読んだら試したくなるから読むのをやめたわけじゃない。
ま、まぁ…ちょっとした出来心の所為で入学取り消しになったらそれはそれで嫌だし?
馬車も手配済みらしいから準備ができなくて乗り遅れたら勿体無い。
あ、馬車を手配したのは学校側だから私は1硬貨も払ってないよ。
何でも遠方の生徒だけ勧誘時に必要そうなら馬車を出してくれるんだって。
馬車っていっても、とーぜん、相乗りだ。
つまり、どんな人と一緒になるのか分からない。
ただ長期間移動する事になるから庶民しか利用しないみたいだけどね。
んっとにいーよね、貴族様は。
それなりに大変なこととかあるんだろうけど飢えることはないし。
ケッと若干やさぐれつつ、トランクの中に意識を戻す。
「次に出てくるのは~……って充実しすぎでしょ、この備品。おばーちゃんどれだけ詰めたのさ」
出てきたのは絶対的に必要な薬品や貴重な材料を保管するための瓶だった。
これも魔力認証式で一度持ち主の魔力を瓶自体に刻みつければ何をどーやったって本人しか開けられないようになっている。
かなりの数があるから貴重な素材を採取してきて入れておこうかな。
大きいサイズのには普段よく使うものを入れる予定。
乾燥した葉っぱとかなら布に包んだりすればいい。
「流石にこんなにたくさんの瓶が入ってたらもー何もない、とおもったんだけどな」
瓶を全部トランクから出した所で、まだ何かが入っている。
トランクは確かに大きいし厚みもあるけど、それにしたって…やっぱ詰めすぎだ。
いや、嬉しいんだけどさ。
「憧れのポーチ!!し、新品なうえに、転送機能付き…?」
嘘でしょ、とポーチを持つ手が震えた。
転送機能っていうのは、魔女(魔術師)の努力の結晶。
作り方は簡単だ。高純度の魔石でコンテナや箱という大きなものとポーチや小箱みたいな小さなモノを作る。
これで中に入れたもののやり取りができるようになるんだけど…技術が物凄く必要なのと素材が高レベルの魔石じゃないとできないから高い。
この国でも作れる魔女(魔術師)は6人しかいないとか。
まぁ、立場とか年齢とかの制限の御陰で半分は殆ど調合できないみたいだから実質3人だね。
ちなみにこれも認証式だから血を一滴覚えさせなきゃいけない。
…痛いのはあんまり好きじゃないけど、そそくさとナイフで自分の魔力を認証させた。
うっかり何かがあって認証失敗したら、悔やんでも悔やみきれない。
たぶん、このポーチひとつで10年は生活できるね。
テーブルの上に並んだ品々を見て、そこで初めて足元からジワジワと湧き上がってくるものがあった。
部屋の中は見慣れた、それでいて居心地のいい空間だったけれど暫くは帰ってこない。
窓から見える景色も今まで色んなことがあった思い出だらけのこの家も、私は置いていく。
(そ、っか。私、この家を本当に出ていくんだ)
家を出るってことがこんなにも寂しくて、物悲しくて、それでいてドキドキするものだなんて知らなかった。
不安ならたくさんある。
お金が足りるかな?とか人付き合いっていうのをやらなきゃいけないんだよな、とか。
後は学校にはいったけど卒業できなくて魔女になれなかったらどうしようとか。
友達っていうのもできるかな?とか。
でもそれ以上に大きな期待もある。
知らない場所で、知らないたくさん物を見て、たくさんのことを経験して。
ああ、もしかしたら美味しいものもたくさん食べられるかもしれない。
驚くような素材に出会えるかもしれない。
―――――…おばーちゃんみたいな魔女になる為のチャンスを、手に入れた。
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明確には旅立ってませんが、一応旅立ちの準備は完了です。
さらっといきます、はい。