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36話 ジャムと友達

ほのぼの会話回。

錬金系はありません。ほんとに日常。




 工房で共同生活を始めて一週間が経った。



この一週間のうちに調合や採取、生活を共にしてきたからか少しずつ相手との距離感っていうのが分かってきたと思う。


 そんなことを考えながら、私は久しぶりに教会へ足を運ぶことにした。

手には手作りのレッドベリージャムが入った瓶。

勿論、リアンやベルの許可は得て少しだけ貰ってきたのだ。



「ミント喜ぶかなぁ。あんまり量はないから一人分だけど」



採取で採れたレッドベリーは全部ジャムにしたんだけど、大瓶で3本小瓶に2つになった。

 あの短時間でよく採れたわね、なんてベルには呆れられたけれどジャムを食べた後はもっとあってもいい、と小さく言っていたのを私は確かに聞いた。

 教会に続く坂道を歩きながらミントのことを考える。



「剣が使えるって言ってたけど、どのくらい使えるんだろ。採取に行くときついてきてくれたら心強いんだけどなぁ」



エルやイオも学生になったから都合がつかないことだってあるだろうし、その時丁度採取に行かなきゃいけない状況だったら一から冒険者とか護衛をしてくれる人を探すのは面倒なんだよね。


 そもそも、知り合いがいないからベルやリアンに頼らなきゃいけないこともあるけど、頼りっきりっていうのも性に合わないというか、落ち着かないし。


 ブツブツと呟きながら坂道を登っていく。

いやー、今まで一人暮らしが長かった上に会話する機会も少なかったから独り言言う癖がついちゃってるんだよねー。



「あら…?」


「ミントっ、おはよう!ちょっと顔見に来たんだ、あと聖水貰いに」



教会から丁度出てきたミントの手には年季の入った箒が握られていて丁度掃き掃除をするつもりだったみたい。

 走って駆け寄ると足音で気づいたのかゆっくりとした動作でミントが振り返って、目を見開いた。



「ふふ、おはようございます。今掃き掃除をしてしまうので少し待っていただけますか?」


「それなら私手伝うよ?掃除しながらでも話できるし」



でも、と遠慮するミントに箒頂戴、と手を伸ばすと諦めたように笑って箒を貸してくれた。

 そこからは二人で石畳を箒で掃いて葉っぱや乾いた土、小石なんかを集めていく。



「でも皆ライムのことを心配していたんです、あの双色のおねえちゃん来ないねーって子供たちも」


「ごめんごめん。本当はもっと早く来ようと思ってたんだけど、調合したり採取したりしてて遅くなっちゃった。共同生活も一週間経つし色々細かい取り決めみたいなのもしたりしてて…私ご飯係なんだよ」


「ご飯係、ってことはもしかして三食ですか?」


「そうだよ。その代わり掃除とか細かい雑務は全部免除で、気楽って言えば気楽かな。貴族の子もいるけど、ご飯に文句言わないし。まあ、ベルはちょっと特殊っぽいけど」



箒を動かして葉っぱや小枝なんかを集めていく。


 石畳を箒の先がシャッシャッという軽い音を立てている以外に音らしい音がないからか、私の話し声はきちんとミントにも届いているようだった。



「特殊というと…変わった貴族ということですよね?ライムは大丈夫なんですか?」


「そりゃはじめは“何この失礼な子”って思ったけど、たくさんの貴族がいる場所だからああいう態度を取らざるを得なかったんだって。私もよくわかんないんだけど、貴族の面子がどうのって言ってたよ。上流貴族だから余計他人の目を気にしなきゃいけないんだって」


「他者からの目というのは教会でも十分気をつけるように言われていますけれど、貴族の方も貴族の方で大変なのですね。もう一人の方は確か男性でしたよね?大丈夫でしたか?」


「あー、リアンか。リアンも初めは…っていうか、物言いは相変わらず素っ気なくて冷たい感じだけど、結構世話焼きだし面白いし、便利だよ」



的確な言葉が上手く出てこなかったからベルがよく言う言葉が咄嗟に出てきたんだけど、それを聞いたミントは不可解そうに首を傾げた。



「ええと……便利、ですか」


「便利っていうと何か変な感じだけど、実家が商人だから値切りとか物の目利きとかが上手なんだよね。あと、首席合格者だからか頭いいし、面倒なこともパパーっとやってくれるんだ」


「なる、ほど。それで便利、という言葉を使ったんですね」



納得したらしいミントが軽く頷くのを見ながら集めた枯葉や小枝を教会から少し離れた場所に捨てに行った帰り、教会裏の畑に向かう。


 ミントの朝の仕事は掃除と畑の手入れだってことだから、そのまま私もついていくことに。

流石に教会の仕事はできないけど、畑仕事なら私も手伝えるからね。



「わ、随分育ってきたね…ってか…育ちすぎのような気もするけど」


「やっぱりライムもそう思います?土がいいのかなとは思うのですけれど…順調に育ってくれてはいるので私たちもあまり気にしていないんです。そうそう、こっちがライムに教えてもらった通りに育てているアオ草です」



ほら、と笑顔を浮かべて手招きする彼女に近づくと畑の側にちょこんと五株のアオ草が。

 艶々とした葉と立派な茎は私が育てているのと同じくらいかそれ以上だった。



「(多分だけど、聖水がっつりもらってるからだよね。私ももう少し多めに聖水あげた方がいいのかな)ミント、お願いなんだけど…聖水を水の代わりに上げるっていうのできるだけ人に話さないで欲しいんだ。広まっちゃうと誰にでも作れるから値崩れって言うの?そういうの起こして困る人も出てくるし」


「わかりました。まだ誰にも話してないので安心してください、子供たちも他のシスターにも話していないので広まることはないと思います」


「ごめんね、ありがと。あ!そうだ、それとコレ食べない?」



ポーチから取り出したのはジャム入りの小瓶。

 ミントの綺麗な緑色の瞳がまん丸になって、すぐに震える声と指で小瓶を指差した。



「そ、それって…もしかして」


「一人分しかないけどレッドベリーのジャム。この間採取に行った時にたくさん採れたからいっぱい作ったの。まぁ、これは他の二人にも聞いて持ってきた分だから気にしないでよ。他の子の分はないから今食べちゃう?」


「い、いいんですか?じゃあ、その…お言葉に甘えて…あ、でも畑作業終わってからにします」


「それなら私がやっていい?ついでに採取したいし、野良ネズミリス倒したら肉にしてわたすけど、スライムの核は欲しいんだ。それだけもらってもいいかな?」


「スライムの核、ですか…それならいくつか部屋にあるのでとってきましょうか?ジャムのお礼ってことで」


「いいの!?やった」



ここ、スライム結構出るんですよねぇなんてミントがのほほんと笑いながら、ほら、と指差した先。

そこにはプルプルしたゲル状の生き物が数体、畑の外の草むらで動いている。

 野良ネズミリスは畑がある程度整備されたからか数は少なく、2匹くらいしか見つからない。



「…じゃあ、私が部屋から戻ってくるまでの間だけ先に始めてもらってもいいですか?パンは朝余っていたのがあるのでそれを持ってきますね」



そういうとそそくさと早足で教会の宿泊施設兼生活住居に向かうミントを目で追いながら私はポーチにジャムを仕舞って、代わりに杖を取り出した。



「戻ってくる前に倒すだけ倒しちゃおうっと。まずは野良ネズミリスだね」



なにせ奴らは素早いし、逃げるから。

スライムは逃げるの遅いから野良ネズミリスを倒してからでも遅くはない。


 杖を持ち直して、ここ一週間で上手くなった魔力操作を駆使し、二匹の野良ネズミリスとスライム3体を退治した。

 スライムの核は1つしか取れなかったのは残念だけど、全く取れないこともあるからよしとしよう。

ポーチに核をしまって、野良ネズミリスの革をはぎ、討伐部位を確保したところでミントが戻ってきた。

手には小さな巾着とパンがある。



「ライム!お待たせしました…あの、倒してくれたんですね」


「その方が効率いいでしょ?あとは簡単に草むしりして終わりかな。まだ収穫には早いし」


「ですね。あ、でもお祈りに来てくださっている方で畑仕事に詳しい方がいらっしゃったんですよ。今、他のシスターと子供たちが色々聞いて一生懸命お世話しているので…草はそのままにしておいてください。さっき顔を出したらお昼前に草むしりをするって子供たちが話し合っていましたから」


「そっか、じゃあ今日はここまでだね。あ、でも畑の外の素材はちょっと貰って行ってもいい?一応アオ草だけは残しておくけど…今、売値高いからミントも冒険者ギルドに持ち込んでみるといいよ。新人錬金術師の材料になってるからどうしても数が必要でさ、一つ銅貨2枚で買取ってくれるから」


「いい、のですか?ライムも調合に使うのでは…?」


「私達はこの間リンカの森でたくさん採ってきたから。今日は商品になりそうなものを調合してみようってことで薬草を探してるんだよね。ここならあるかなーと思ってきたんだけど…結構生えてて助かったよ」



薬草と呼ばれるエキセア草は何処にでも生えるんだけど、アオ草が多いと少ない。

逆に薬草が多いとアオ草が少ないのだ。

 教会裏の畑はアオ草が多いので薬草が少なめだろうと思ってはいたんだけど、やっぱり数はまばらだった。

それでもないよりあった方がいいから助かるけどね。



「じゃあ、私はアオ草を摘ませてもらいますね。でも、リンカの森に行ったっていう話には驚きました。怪我はなかったですか?あそこ、ブラウンウルフも出るでしょう?」


「だね、ウルフとは初めて戦ったけど…ベルやリアンが色々すごくって」



どう表現したらいいのかわからなくて曖昧な言葉を口にするとアオ草を短剣で刈り取っていたミントが首を傾げた。



「色々、ですか」


「うん。ベルは斧を使うみたいなんだけど一刀両断って感じで狼の首を刎ねちゃうし、リアンの武器は鞭なんだけど結構えぐくてさ…加減したらこっちがやられちゃったり怪我するのはわかってるんだけど流石にかわいそうだったな」


「一刀両断は凄いですね!大剣でも結構コツがいるので難しいんですよ」


「……ミントも倒せるの?」


「ええ、倒せます。訓練で森の奥に放り込まれましたから」



どういうこと?と聞けばミントは何でもないことのようにサラリと教会式訓練方法を教えてくれた。


 結論で言えば、教会って冒険者ギルドよりも容赦ない訓練方法をとってるんだなーってことくらい。

下手すると死ぬよ!?と時々声を上げると、ミントは首をかしげて当然のようにいう。



「死ぬことを頭と体でしっかり覚えないといざ戦う時に使い物にならないでしょう?その方が困るんです。教会に来る方や子供達を守る為にもある程度戦えないと守れませんから」


「そ、そっか」


「ええ、モンスターも怖いですけど、盗賊なども出ないとは限りません。だから対人戦闘術も学びますし、実際に戦ったりもするんです。私の場合は丁度盗賊に襲われたので即実践でしたけど」



丁度なんだ、とか言いたかったけど無難に相槌をうった。

 私はまだ人と戦ったことはないけど、そのうち戦わなきゃいけない事態になったりするのかな…。


 目に付いた薬草を摘み取って、ついでにニガ草やアルミス草を少量採取させてもらったところで私達は腰を上げて空いているスペースに腰を下ろした。



「取り敢えず、一通り終わったしどうぞ。早速食べてみて」



ポーチからジャム入りの瓶を取り出してミントに渡すと嬉しそうに受け取って蓋を開けた。

 ふんわりと鼻を擽るレッドベリーの匂いに少しだけ口元が緩む。

朝も食べたんだけど、ジャムっていうか甘いものを食べられるって幸せなことだよね。

砂糖は高いけど高くなる理由がわかるもん。



「ふぁあ…美味しいです…ジャムなんて何年ぶりかしら。私レッドベリーって大好きなんです。時々子供たちが見つけて少し分けてくれるんですけど中々ゆっくりは食べられなくって…ジャムにすると格別ですよね。甘味も酸味もちょうどよくっていくらでも食べられそう」



「わかるわかる。ジャムになると基本的になんでも美味しいよね。シロップ漬けも美味しいけど砂糖の量を考えると中々作れないし。でもジャムは加減できるから比較的作りやすくて日持ちもするから毎年作ってたなぁ…レッドベリーだとプチプチっていう種の食感もいいよね」


「ええ、この口の中でプチプチっとする感じがまた面白いですよね。教会にいると中々甘いものを口に出来ないので本当に嬉しいです。子供たちにも食べさせてあげたいけど、こんなに美味しいものなら喧嘩になっちゃいますね」



皆甘いものは好きですもの、とミントが目を細めて笑う。


 教会での食事というか、教会の経済状況は私と似たりよったりって感じみたいだから甘いものを食べるっていう事自体が極端に少ないことくらい言わなくてもわかってたけど、ミントも色々我慢してることとかあるんだろうな。



「ライムが来てから私の生活も少しだけ変わったんですよ。友達になってくれてありがとうございます。こうやってお話出来るだけでも楽しくて…シスター達もライムが来ると少しでも長く話せるように外の雑務を任せてくれるんですよ」


「そうなんだ。じゃあさ、今度一緒に冒険者ギルドの依頼見に行ってみない?何か割りのいい依頼があるかもしれないし。アオ草や薬草なら乾燥させたやつでも提出できるし、こまめにはいけないだろうからある程度貯めておいたら私も運ぶの手伝えるし」


「乾燥させても大丈夫なんですね…知りませんでした。じゃあ、明日から少しずつ貯めておきます。丁度、今日は他のシスターが街に行く用事があるので今日の分はお願いしてしまいます」



買い物の足しにもなるでしょうし、と嬉しそうに笑うミントに私も釣られて笑った。

 こんな感じで近況やちょっとしたことを話しているうちにミントがパンとジャムを食べきったので立ち上がる。



「あ、聖水を今持ってきますね。それとスライムの核ですけれど…これですよね」


「わあ!6つもあるっ!いいの、これ貰っちゃって…?多分、ギルドで売れば結構な金額になるよ」


「いいんです、ジャムと…会いに来てくれたお礼で5つ、残りの一つは今度の約束分ってことで」



悪戯っぽく笑ったミントにちょっと驚きつつ、そう言われてしまっては断りにくいのでありがたく貰い受けた。

 代わりに何か、と考えてみたけど今の所なにも思い浮かばないので聖水をもらってから次の約束をして私は工房に戻ることに。



 途中、教会入口でシスター・カネットが微笑ましそうに私とミントを見ていることに気づいて少し、恥ずかしいような嬉しいような不思議な気持ちになった。







 遅くなってすいませんでした。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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