32話 回復薬と事情
調合とライムの育った環境について。
次回はちゃんと採取に行きます。
結局しばらく何か言い合いを続けていたリアンとベルはそれぞれ工房を出ていった。
二人共明日に向けた準備を開始したので私も干し葡萄を作ることにする。
確保しておいたぶどう達を鉄板に並べて、火をくべておいた焼き釜に鉄板を入れれば大体完成したようなものなんだよねー実は。
あとは、こまめに様子を見ながらじっくり低温で水分を蒸発させて、冷やせば完成だし。
この作業は家でも結構していたから慣れてる。
使い慣れた釜じゃないから、パン生地は干し葡萄を冷ましている間にすることにした。
クッキーをベルが持ってきてくれた空き缶に移し終えた頃、程よく水分が飛んだのでそのままテーブルの上で冷ましておく。
「パン生地は…パンの素+小麦粉+塩だよね。パンの素は元々たくさんあるし、まだしばらくは大丈夫、かなぁ」
地下から多めに小麦粉や塩を持ってきて釜の中へ投入する。大体一回の調合で一日分のパンが2人分できる。
今回はまとめて5回分作ってしまう。
いやー、実はパンの調合は5回分作るのと1回分作るのでは同じ時間なんだよね。
パンの形になって調合釜に浮かんでくるのは結構面白い。
私は大きめの板に小麦粉を薄く引いておいて浮かんできたパンの形をしたパン生地をそこへ載せていく。
試験というか好み的に作ったばかりの干し葡萄を出来上がったパン生地に練りこんだものを6個用意した。
「丁度火は入れてあるからパン焼いちゃおうかな、どうせ焼かなきゃいけないわけだし」
片っ端からパン生地を入れて焼いていく。
時間は結構あることもあって、おばーちゃんのレシピ帳を見てみることに。
応接用のソファに腰掛けてパラパラと手帳を捲る。
「【調和薬】【浸水液】【薬効油】に【アルミスティーの茶葉】【クミルのクッキー】【乾燥果物】って乾燥果物!これで干し葡萄作れたんじゃ…?あ、でも成功しない可能性が大きいのか。うーん…回復系って何か――――…あった」
パラパラと手帳を捲っていくと新しく“薬”というカテゴリが追加されていた。
そこには、二つのレシピが。
【初級ポーション】成功度:高 必要調合レベル3 所要時間:20分
調和薬+アオ草+水素材。飲む又はかけて使う。
冒険者や騎士御用達の回復薬代表。水素材と調和薬を熱し、アオ草を投入し魔力を注ぎながら混ぜると出来上がる。混ぜ方や魔力の注ぎ方で品質が多少変わる。
【アルミス軟膏】 成功度:低 必要調合レベル5 所要時間:20分
アルミス草+浸水液。軽い切り傷やあかぎれ、乾燥にも。
家庭に一つあるとお母さんが喜ぶ一品です。浸水液に切ったアルミス草を入れて魔力を注ぎながら十分間混ぜ続け、粘りが出たら完成。
素材を確認すると二回【初級ポーション】を調合できそうだった。
「水素材はエンリの泉水にしよう。井戸水より品質いいし、あと調和薬は品質Cのやつでいいでしょ?アオ草は二回分…昔、おばーちゃんが子供の頃に何回か初級ポーション作ってるの見せてくれたけど、あんまり覚えてないんだよね」
地下室からエンリの泉水を二回分とってきた私はおばーちゃんが作っていた分量で作成することにした。
分量はおばーちゃんの手帳に書いてあるので、ちょっと反則だろうけどこのくらいは許して欲しい。
孫特典ってことで。
「まずはアオ草…葉っぱは一番古いのは除いて…茎は先端3センチまで、と。水は計量カップ一杯よりスプーン2杯分減らして、ええと…調和薬はそのまま」
分量を測ったらまず、水素材であるエンリの泉水と調和薬を調合釜へ入れて、釜の温度を上げる。一度沸騰させてから中火にして中くらいの泡が静かにコポコポでるくらいになったら、アオ草を投入する。
「最後の一枚を入れて、全部の葉が沈んだら魔力を注ぎながら混ぜる…っと」
初めは小さめにクルクルと釜の中心を混ぜ、葉っぱから色が溶け出してきたら少しずつ大きく動かして混ぜていく。
最終的に大きくグルグルと釜全体を混ぜて、葉っぱが完全に溶けた瞬間に魔力を切ればいいんだけど、すぐに混ぜるのをやめないで大きく余計に三回だけ混ぜれば完成だ。
恐る恐るお玉で薬を掬って専用の瓶に移した私は思わず腕を組んだ。
「一応はできたんだろうけど、これってどうなんだろ。初級ポーションなんてほとんど見たことないんだよなぁ、私」
おばーちゃんの調合物はどれも高度で難しいものが多く、回復薬も同じだったので初級とつく回復アイテムは殆ど現物を知らないんだよね。
街で見たのもチラッとだし、色は薄い緑色で正解なんだろうけれども。
「これは、リアンに見てもらわなきゃダメだな、うん」
そうとわかればさっさと二回目の調合もしてしまおうと続けて調合をした。
二回目も一回目の調合と同じようなものができたので、満足して片付けをして…夕飯の準備に取り掛かる。
「今日はちょっと時間があるから漬け込んだお肉でも焼こうかな」
低温でじっくり焼くと美味しいんだよねー。
ゴロ芋はおばーちゃんこだわりのレシピ“ゴロ芋サラダ”にすることにした。
このサラダに使う黄色みがかったソースが美味しいんだよ。
マヨネーズって言うんだけど、ゆでた卵とかにも合うし、パンに野菜やお肉を挟む時のソースにしても美味しいんだよねぇ。
「油とワインビネガーと卵っと。ちょっと香辛料、入れて…まぜまぜー。結構な量の油だから食べ過ぎると太るから気をつけなさいねーって笑いながら言ってたけど、時々なら平気だよね」
毎日大量に食べるわけでもないし、というか油が高いからね。
スープの味付けをしたりメインの肉料理を仕上げたりとそれなりに忙しく動いているとやけに疲れた顔をしたリアンと憮然とした表情のベルが戻ってきた。
「おかえりー、ご飯もうちょっとで出来るけど…なんかあったの?もしかして準備が間に合いそうにないとか」
「いや…手配自体は何の問題もなくできた。ただ、ベルがな」
「私が悪いんじゃありませんわ。私はただ、良いものを長く使ったほうがいいと思って色々揃えていましたのに、合流した途端全部の商品を店に返したんですのよ?ひどいと思いませんこと!?」
「酷いもなにも、どれも必要のないものばかりだっただろう。大体、高価なものばかり買い漁って支払いは工房持ちなんて冗談じゃない。リンカの森に採取に行くにはどう考えても予算オーバーだ」
「備えておいてもよろしいじゃありませんの。これからいろんなところに採取に行く可能性だってあるんですのよ?支払いだってあのくらいなら私のポケットマネーで支払うつもりでしたし」
「それにしたって金貨10枚は使いすぎだ。君はドラゴンでも倒しに行くつもりなのか?まだ工房も運営してないのだからポケットマネーであろうとなんであろうと考えて使うべきだ。しばらくは素材を購入しなければならない上に、ポケットマネーとは言え上限はある。高価な素材だって今後は扱うことになるかもしれないんだぞ?」
今、金貨10枚とか言わなかった?
思わずベルを見るとリアンの言い分も理解できているようでちょっぴり勢いがなくなった。
「ライム、とりあえずベルに工房の資金や買い出しを頼むのは禁止だ。金銭感覚がありえなさすぎる。ベルに財布を任せるとひと月を待たずに上限の借金額になりかねないからな」
「わ、わかった。金貨…じゅうまい、だもんね、うん…きんか…銀貨じゃなくて、金貨がじゅうまいとか」
「……君はある程度まとまった金額を使うことに慣れた方がいいぞ。金貨10枚程度なら今後扱う機会も増えてくるだろうしな。高等かつ希少な参考書なんかはそのくらいするものも少なくない」
リアンの言葉は聞かなかったことにして私はそそくさと逃げるように食事の支度に戻った。
私が金貨になれる日なんて到底想像できないんだけど。
貯めるには貯められるかもしれないけど、学資金を返すこととか考えるともう、必死に溜め込まなきゃ確実に自己破産と奴隷直行コースになりかねないもん。
「奴隷落ちだけは絶対に嫌だし、今のうちにチマチマでも稼がないと」
うぅ、何かいい儲け話はないだろうか?
そんなことをぼやきながら作った料理を分けていると相変わらず不機嫌そうなベルが手伝いに来てくれた。
リアンは仕入れたものの検品と受け取りのサインをしなきゃいけないらしい。
ついでに荷造りも任せてきましたわ、とのこと。
「それにしてもライムって料理が上手いんですのね。私、庶民の作る料理ってもっと簡素なものばかりなのかと思っていましたわ」
「私の場合は結構特殊だから、参考にはならないと思うよ。ベルも知ってるだろうけど、おばーちゃん美食家な上に食に貪欲だったから料理は小さい頃から仕込まれたんだよね。一般的な料理がどういう感じなのかわかんないし、そもそもおばーちゃん基準の味だから美味しいとか美味しくないとか自分じゃわからなくて」
テーブルに出来上がった料理を運びながら何気ない会話をしているうちに分かったんだけど、ベルは意外と貴族らしくない。
言葉こそお嬢様っぽいけど、時々、ほんとーに極まれにポロっと素っぽい言葉に戻るんだよね。
「貴女の料理は貴族が食べているものと比べても遜色ない味ですわよ。素材を見たときには少々驚きましたけれど、口にすると驚く程美味しいですし」
「そ、そう?まあ、うん、褒めてくれるのは嬉しいけど、褒めすぎじゃないかなぁ…でも、今美味しいご飯作れてるのは調味料が思う存分使えるっていうのが大きいけどね。食材だってなんでも揃うし、私が暮らしてた頃のことを思うと雲泥の差っていうか」
「まぁ確かに調味料や食材は買えば手に入りますけれど、そんなに、ですの?」
「そんなに、っていうか…まぁ、結構大変だったよ。あ、リアンご飯できたよ」
入口で業者らしき人と話をしているリアンにひと声かけると検品はもう終わっていたらしく一言二言何か言葉を交わしてすぐに工房へ戻ってきた。
「スープにパン、肉料理にサラダか。豪勢だが、大丈夫か?」
「平気平気。これ食材だけで銀貨2枚してないから。お肉は自分で処理したからその分安くなってるし、臭みがある羊の肉だけど臭みは昨日のうちに下処理したから気にはならないと思うよ。香草焼きだしね」
「三人分で銀貨2枚もしないのか。それはすごいな」
「ですわね。こんなに美味しそうなのに…」
パンのおかわりもあることを伝えて気恥かしさを覚えつつ食事の挨拶をした。
食事の挨拶は「豊穣の神よ、施しに感謝致します」だったかな。
私の場合は「いただきます」だけどね。
お昼がお菓子だけだったこともあって、結構お腹がすいていた私たちは目の前に切り分けたお肉やパン、スープを一通りお腹に収めて漸く人心地付いた。
「はぁ…お昼すっかり忘れててごめんね。調合はじめるとつい、時間忘れちゃってさ―――あ、スープとパン2個づつならおかわりあるけどいる?私食べるからついでに持ってくるけど」
「いただきますわ」
「僕もいただこう」
間髪いれずに返ってきた言葉に苦笑しながらスープの皿とパンを入れるバスケットを持って台所へ。
スープはまだ十分にあるから朝食後は痛まないように地下にでも持っていかなきゃね。
食事をとるのはまだ三回目だけど、こうして誰かと一緒にご飯を食べるってこと自体が私にとってはかなり新鮮だったりする。
「私、こうやって人と話しながらご飯食べるのって本当に久しぶりなんだけど、思ったより楽しいね。ご飯が進むのはちょっと困るけど。体型変わると錬金服はいらなくなるし」
「体重管理は確かに大変ですわ、ライムの作る食事は美味しすぎますもの。このゴロ芋のサラダは衝撃的で…おかわりは、ありませんのよね?もしよければまた作ってくださいませ。私も必要ならば手伝いますわ――――そういえば、ライムはどのくらい一人暮らしをしていましたの?」
「うーん、どのくらいっていっても…大体、6年くらいかな?おばーちゃんが死んじゃったのは10歳の時だったから」
「10歳なら成人前じゃないか。普通は教会に世話になっているべき歳だろう」
「家を離れるのが嫌だったし、生活自体は自分でできる自信があったからそうはしなかったんだよね。実際、おばーちゃんが調合してる時の家事は全部私がやってたし、調合にかかりっきりになると何日も釜の前を離れないっていうのも当たり前でさ」
他にもおばーちゃんは一人で遠征というか地方に作ったアイテムなどを売りに行っていたからその間はほとんど家に一人だった。
そう告げると二人は顔を見合わせて何とも言えない表情を浮かべる。
「それは…随分と、苦労したんだな。君も」
「苦労ってほどじゃないってば。ご飯も食べれてたし、選んだのは自分だし。流石に一人になった時は、物足りない感じがしたけどね。友達とも会えなくなったばっかりだったから、余計にそう思ったのかも」
「友達とも…? じゃあ、ライムは」
「うん、殆ど一人だったよ。人と話すのは月に一、二回人里に降りて買い物するときくらいだったかなぁ。お金は山で採れたものを行商人に売って、貯めてたんだ。まぁ、冬はほとんど売るものないから内職して籠や首飾りとか作ってなんとか買ってもらってた感じだったけどねー…冬はほんと大変だった」
冬は、備蓄したものを計画的に本当に少しずつ食べていくしかなかったから精神的にも厳しかった。
家畜もいなかったから、罠に動物がかからないと本当に悲惨な食卓だったんだよね。
幸い、温泉が湧いてたからそこで小さな畑ができたのは助かったけど。
あれがなければ下手すると飢え死にしてたかなーって日が結構ある。
人里に降りるったって、山降りるだけで冬は命懸けだから極力家に引きこもってた…という話をすると何故か二人共、私から目を背けている。
「ちょっと二人共何その反応。ド田舎だったから仕方ないんだってば!それにそのおかげで色々節約料理作れるようになったんだから悪いことばっかりじゃないし」
「ライム、もし本当にお金に困って奴隷堕ちしそうになったら私に言いなさいな。お姉さまを説得してうちの使用人として雇ってあげますわ。自分で言うのもなんですが、私の家の使用人になればある程度の給金はお支払いできますし」
「……僕も、多少であれば金銭の貸付はできる。こう見えて資産はあるんだ。体は弱かったが、商才は多少あったらしくある程度自由にできる金はあるし、困ってもいない。用途は聞くが、無利子で貸し出そう」
「いやいやいや、何その反応!そんな大したことじゃないよね?孤児ならこのくらい序の口でしょ?私なんか全っ然いい方だよ。家もあったし、ご飯も食べてたし、死んでないし、奴隷堕ちもしてないし!」
そりゃ、いよいよ困ったら貸してもらうとか雇ってもらうことも考えなきゃいけないけど、それは万策尽きてからだよ?!と訴えるととりあえず二人は納得したらしく食事を再開してくれた。
ベルなんか顔が本気だった。
今にでも給金やるから雇われろ的な感じダダ漏れでちょっと怖かった。
「そ、そういえば!ご飯食べた後、リアンに見てもらいたいものがあるんだけどいい?」
「ん?構わないが…」
「では私は先に体を清めて、休みますけれどライム、何かされそうになったら直ぐに部屋に戻らないといけませんわよ」
「何かとは何だ、何かとは。僕は君が危惧しているようなことはしない」
「どうだか。私、殿方は基本的に信用していませんの」
さっさと食事を終えたベルが食器を下げたので私も残りのパンとスープを流し込む。
リアンもちょうど食べ終わったらしく「洗い物は僕がする」と言っていたので明日の為に食事の準備に取り掛かる。
ポーチに食品を詰め込んでいると、一人暮らしをしていた時のことを思い出した所為か、こっちに来て初めて懐かしさと同時に”友達”の顔が脳裏をよぎった。
……そういえば、あの子は今どこでなにしてるのかな?元気だといいけど。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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