336話 禁約と私とセシュラ焼き
よし、書きあがりました。今回は寝かせてないけど大丈夫かなぁ…
どっさり出てきた大人数限定メニューを食べた後は港市場で買い物、という話だった。
だった、というのは今現在の光景がどう見ても買い物とは程遠く見えるからだ。
原因は片っ端から『安く』『良い』ものを買い上げていくリアン。彼をよく知る人間にとっては見慣れた風景というか景色の一つではあるのだけれど、観光客にはどの角度から観察しても見えない。
「……錬金術師?」
「気持ちはわかる。でも商家出身だからか、こういうの得意みたい」
「得意? え、これ得意って言葉で納得すんの? 完全に業者じゃん」
業者、と思わずゼンの言葉に納得しそうになったけれど、いつもの事だからなぁと思わず呟くとイマルさんが「規格外ってライムちゃん達良く言われるでしょ」と笑いながらリアンの横で何に使うかわからない高そうなものを手に持ってアレコレ質問しているベルを指さした。
ミントとラクサに止められるベルを気にもせず、新たな商品に目をつけ早速交渉を始めたリアン。
二人の姿を視界に収めてしまい、否定の言葉を飲み込むしかなかった。
ちなみに冒険者四人組のうち、ゼンとイマルさんは面白そうに仲間たちを観察しているのだけれど、ハッシーさんとアウルさんの眼鏡組はいつの間にかリアンの横で熱心にメモを取っている。
のんびりその光景を眺めている私とイマルさん、ゼンの後ろにはサフル達。
「ココだけ見るとトライグルの二番街とかそういう場所に似てるんだけどなぁ」
「市場って大体こんな感じだもんねー」
「飯屋で特徴出るよな。海に近ければ海産物系が多くなるし。トライグルはバランスがいいから人気なのもわかる。飯、マジで美味かったし。そのへんの屋台で食っても腹壊さねぇってのは驚いたわ」
「え、屋台で買ったもの食べてお腹壊すことあるの?」
「普通にあるぜ~。匂いは美味しそうでも、味が酷かったりするし、原材料の肉が何の肉かさっぱりわからんこともあるしなぁ」
へぇ、と感心しながら話を聞く。
市場通りは人が多い、と言っても今私たちがいるのは素材……商品的にみれば『原材料』を多く取り扱う場所。多くの人が商人や職人のような人、運搬を任されている人などが多い。服装でどうしても判断することになるのだけれど、一見して観光客が少なく冒険者はほぼいない……そんな状況だから、私達はそれなりに目立っていた。
購入するのはこちらでしか買えない素材や鉱石。インゴット用の素材はベルにとってよほど嬉しいようで、視線は常に露店に置かれる鉱石に向けられ、ついでに財布の紐も緩みそうになっているようだ。
ベル達のやり取りを眺めつつ、旅の話を聞いていると満足そうなリアンが手帳と睨めっこしながらこちらへ歩いてくる。
「ん……これで予定していた仕入れは問題なさそうだ。ゼンさん、イマルさん護衛ありがとうございます。ライム、まだ少し時間がある。この後、見たいものがあるなら自由時間をとってもいいと思ってるんだが」
「そうだね。ベルー! 相談したいから戻ってきてー!」
声をかけるとベル達も戻ってきたので、現在の時間を確認し今後の話へ。
「同意したいところだけれど、ライムの護衛はどうするの?」
「僕がつく。正確に言えば僕と、サフル、リッカ、クギの四人だ。トーネは待機しているしな」
「人数的に問題ないと思うけれど……どのあたりを回るつもり」
「ん。一先ず飲み物を飲みたい。さすがに喉が渇いた。ライムに飲ませておきたい茶もある。少々特殊な作成方法ではあるが、今後の事を考えるとな」
「ああ……アレね。そういうことならライムを任せるわ」
「僕も購入したものをまとめておきたいし、先に行く。集合は二時間後に停留所で」
全員が頷いたことを確認してリアンが私の横に立ち、短く「腕を」と言われたのでハッとして慌てて練習通りに自分の腕を絡める。
婚約者はこういう風に歩いていることが多いといわれたので何度か船の中で練習をしたのだけれど、かなり歩きにくいのだ。
思わず唇を尖らせると呆れたような視線が上から降ってくる。
「まだ慣れないのか」
「う。だってリアン背が高いから歩きにくいんだもん。腕の位置が妙な高さ」
「仕方ないだろう、背は勝手に伸びるんだ。ライムは……まぁ、コンパクトな方が良いこともあるさ。咄嗟に思い浮かばないが」
「体力尽きてへばったら足引きずってやる」
ハイハイ、と適当に返事されて足でも踏んでやろうかと思ったけれど、腰を落ち着けて話せる場所に行きたいという理由に心当たりがあったので大人しくしておく。それにしても歩きにくいな、と思いつま先立ちをしたりして自分なりに調整していると飽きれたように名前を呼ばれた。
「いくぞ。話はついた……これから向かう店は『赤旗のスプーン』という店だな。店主の種族がトロルイドで、大柄かつ筋肉質だが温厚で親切だ。カルミス帝国では割と多い種族だな。基本的には僕たちとあまり変わらない。農業や畜産業をする以外で次に多いのが騎士や冒険者だ。基本的に付き合いやすい」
戦闘狂は多いが、と遠くを見るリアンに脳裏に思い浮かんだのはベル。そっか、と当たり障りのない返事を返して案内されるまま道を歩く。
人が多いのは確かなのだけれど、トライグルよりも多くの他種族がいることに気づく。耳を澄ませると全く聞いたことのない言語が混じっていたり、風に乗ってくる潮風に馴染みのない匂いもあり、知らない場所、知らない人、知らない景色に目を奪われる。
目があった人は私の髪や目の色を見て驚いた後、手を振ったり目を擦ったり、仲間に知らせたりと概ね好意的な反応を返してくれるのだ。それが少し嬉しかったし、安心につながっている。
「私、もっと悪目立ちするかなって思ってた」
「ん? ああ、髪色か。まぁ、目立ってはいるが……噂というのは広まるのが早い。特にこういう貿易港には冒険者や騎士、観光客だけではなく商人も多いからな。僕らの工房に買い付けに来る商人が増えただろう? 断ってはいるが、険悪になるような断り方をしていないから、君の事は勿論僕らの事も広まっている」
「う。悪いことはできないね。わかっていたけど」
じゃり、と足の裏から音が聞こえる。足を止めたからなのだけれど、私の視線の先にはトライグルでは見かけない人達が。
私の視線を追いかけたらしいリアンが小さく舌打ちをしたので顔を仰ぎ見ると冷え切った視線をそちらへ向けていた。
「闇ギルドに属する連中だ。恐喝と詐欺、ああ殺人もやっているようだな」
詳細鑑定は使い方に癖がある、というのはリアンから聞いたので知ってはいた。リアン自身、つい最近、魔力操作を練習している時に気づいたらしい。
「詳細鑑定では少々特殊な見方ができるんだ。犯罪歴が見えるようになったのには驚いたが、まぁ、便利ではある。どういう基準で見えるのかは分からないが……一般冒険者であれば見えない。犯罪行為をしていても見えないから、闇ギルドに所属している相手と犯罪奴隷限定のようだ」
「便利ではあるけど、やっぱり制限みたいなのはあるんだね……才能もそうだけど、魔道具も不思議だよね。そういえば、ゼンさんから聞いたんだけど『生きた靴』っていうのがダンジョンで初めて出たってことで今流行してるんだって」
「靴が生きている? ……ふむ。使用者に合わせて成長する、という感じか」
「あ、そうそう! 最初はなんかボロボロの靴みたいなんだけど、魔力を注いで一日陽に当てるか月明かりの下に持っていくかで性能が変わるみたい。錬金術の素材にはならなそうだよ」
「………そうか。まぁ、そうだな、君は」
普段通りの表情で前を見据え変わらない速度で足を進めるリアンの横を歩いていくと、彼が小声で「白壁と赤の屋根。オレンジの花がある店が『赤旗のスプーン』だ」と続ける。
視線を向けると一軒家より少し大きいお店があった。ティーカップモチーフの金属製看板が風でゆらゆらと揺れている。
可愛い雰囲気の店だな、と思いながらリアンが開けてくれた扉をくぐる。
正直、自分で開けた方が早いんだけど…そういう問題ではないそうだ。
「結構人がいるけど……大丈夫?」
「ああ、問題ない──すみません、個室をお願いしたいのですが」
近づいてきた店員さんに声をかけると男性店員が直ぐに店のカウンターに立っている筋骨隆々な男性と会話。リアンは近づくぞ、と一言告げてカウンターの前で足を止めた。
手入れの行き届いた滑らかな飴色の木製カウンターの向こう側には大量の茶器、茶葉、見慣れないものがいくつか。不思議な形の濾過機、湯沸かし器などがあって、埃一つなく手入れされている。店内はベージュ色のレースカーテンや若草色の小さな葉をつける蔦系植物や花で彩られていた。
そこで働く人はどうやらお揃いのエプロンを身につけているらしい。
「いらっしゃい。ああ、今話題になってるトライグルの工房生さんかな? うちの店に足を運んでくれるとは嬉しいねぇ」
「冒険者や商会の人間からこちらのお店の評判を聞いて、一度訪れたいと思っていたので僕としても良い機会に恵まれまして。申し遅れました、僕は『アトリエ・ノートル』の工房生をしているリアン・ウォードと申します。こちらは同工房生のライム・シトラールさんです。二人でゆっくり話をしたいと思いまして……一室貸していただけませんか? 一時間程度を予定しているのですが」
申し訳なさそうなリアンを前に店主であろう男性が朗らかな笑みを浮かべる。微笑ましいものを見るように私とリアンを眺めて、小さなカギを差し出した。
「そういう事なら、一室用意しよう。ウォード商会さんにはいろいろ無理を言ってしまっているしねぇ。にしても、双色のお嬢さんと婚約者だとは……君たちの将来が楽しみだよ。カルミス帝国の人間は君たちの工房の事を噂程度にしか聞いていないが、とても興味深く思っているんだ。もしよければ少し話をさせてもらっていいかな? なに、若い君たちの邪魔はしないうちに退散するさ」
差し出された鍵を受け取ってリアンが少し考えて小さな瓶をカウンターに置いた。瓶には【洗濯液】のラベル。飲食店系の人に喜ばれるのだけれど、ここでも役に立つのかな?なんてやり取りを見守っているとリアンから説明を受けた店主がパッと顔を輝かせる。
「これが噂の洗濯液か! 早速使わせてもらうよ。おーい、これ使ってちょっとエプロン洗ってきてー。あの昨日の汚れがやばいやつ」
店の奥へ声をかけると一人の若い子が出てきて洗濯液を持って行った。それを見送ってから「あれに効果があるようなら売って貰えるだけ買わせて欲しい」という言葉と共にサービスしておくよ、とウインク。
店員に案内されたのは二階。
二階は個室が五部屋ほどあって、その中の一室に案内される。
室内には窓があり、椅子とテーブルがあった。重苦しい印象がないのは壁がクリーム色で窓枠の所に小さな植物、テーブルの上にはやわらかい色合いのクロスが敷かれ、切り花がさりげなく置かれているからだろう。
「注文したものが届いたら防音結界を張る。窓側を一応、サフル達はドアと窓の辺りで待機。話す内容はライムの才能についてだ」
そう言ったっきり口をつぐんで足と腕を組み、目を閉じる。
開け放たれた窓から波の音が微かに聞こえてきて、海の側も割といいなぁなんて考えているとここで魚をあまり見ていないことを思い出した。
「そういえば、ここの市場には魚がほとんど売られてなかったね。貝類は沢山あったけど」
「ああ、ここは魚より貝類が良く獲れるんだ。トライグルと共同で貝の養殖もしている。パールの養殖を数年前に始めている筈だから、パールを使用した装飾品が名物になる日も遠くない。露店を見たが細工師がかなりの数、仕入れに来ていたからな。ラクサに伝えて、あいつも自分で見てくるといっていた」
「そっか。貝の乾燥したやついくつか欲しいな。炊き込みご飯にしたら美味しいんだよ」
「まとめ買いしておくか。現地で買うのが一番うまくて安い」
「だね! あと、水豪扇とか血豪扇もいくつか欲しいよね。貝殻も少し欲しいかな。粉末にして畑に撒くと作物にいいみたい。まぁ、作物にもよるみたいだけどね。貝殻の粉末は調合にも使えるんだ。食べ物専用の洗剤みたいなものがあった気がするし、そういうのあれば飲食店の人喜びそうだよね」
おばーちゃんの手帳に口に入れても問題ない洗剤が載っていたのを思い出したのだ。珍しいっていうのと、市場で仲良くなった野菜を扱う農家さんが取引先から『出来るだけ綺麗な野菜が欲しい』と言われたと頭を抱えていたのを思い出した。
その言ってきた料理人というのは、エリートと呼ばれる類の人らしい。良く知らないけれど、無茶しか言わないのだと農家さんが疲れ切っていたのだ。
私からすると虫が付かない野菜なんてないし、土で育つ野菜に土が一つもついていない……っていうのは手間もかかるし鮮度を保つのがとても難しい。農家さん曰く、高値で買ってはくれるけど、手間暇を考えたらマイナスかもしれない、なんて言葉も出ていた。
「虫が付かない野菜なんてないけど、売る時に少しでも綺麗な方が高く売れるから、綺麗にできるものがあれば嬉しいって話を聞いたんだ。いっつも、形が悪いからって丹精込めて育てた美味しい野菜をオマケしてくれたり、顔を見たら商品買ってないのに「もってきなさい」「いっぱいたべなさい」って。結構な高齢だから、虫とか完全に取り除くのは難儀だって」
「それで野菜用の洗剤か」
「うん。どうせ、って言い方したらあれだけどさ……三年しか首都にいないわけだし。少しでも良くしてくれた人たちに覚えていてほしいから」
一年生の頃から、地域の人が悩んでいることを解決できれば、という話になったのだけれど私の動機は『馴染みやすくするため』『過ごしやすくするため』『割引とかオマケ貰えたらラッキーだな』っていう不純なもの。ただ、モルダスで顔見知りや仲良くしてくれる人、気遣ってくれる人が増える度に『役に立てたら』『忘れないでほしい』という新しい欲が出てきた。
これはリアンやベルも同じみたい。
「媚びを売ってる、偽善だ、とか学院の生徒に言われることもあったけど、私からしたら『それのどこが悪いの』って思っちゃうんだよね」
「自分ができないことに嫉妬しているだけだろう。貴族……いや、人間なんてそんなものだ。僕も含めて」
「リアンも?」
「僕も。君に嫉妬していた。最初から、そして今も―――君の才能は、僕にはない」
困ったような表情を浮かべたリアンに戸惑っていると部屋がノックされた。返事をしてサフルにドアを開けて貰えば、メニューを持った店主さんが満面の笑みで立っている。
入室許可を求められ、リアンが許可を出すと彼は慣れた様にメニューを私たちの前に。
続いて置かれたのはほんのりピンク色の焼き菓子。貝の形をしていた。
「ゼシェラ焼きという古くからある伝統菓子さ。シーロゼルの果実であるシーゼルとノッパルを使った焼き菓子なんだが、カルミス帝国で取れた貝殻に生地を流して焼くんだ。それで貝殻の模様をつける。基本的に二枚貝を使う。巻貝だと取り出せないしそもそも汚れが取れないからね」
どうぞ、と置かれたものを見て首を傾げた。聞きなれない食材があったのだ。
私の疑問に気付いたのか彼は悪い悪い、と頭を掻いて解説をしてくれた。
「ノッパルは知らなかったか。まぁ、あまり馴染みがある食材でもないか。こっちでは有名なんだけどね。ノッパルは食用カクトトスだ。こいつを入れるともっちりとした生地になる。あと、砂漠を行くなら【オブカシャンティー】を飲んでおくといい。アレを飲むと熱中症にかかりにくくなる。効果は一日だが、ないよりいい」
「……僕は熱中予防薬があるので、彼女に【オブカシャンティー】と追加の焼き菓子を。僕はアルミスティーでお願いします」
「わかったよ。あと、その、だね……もしよければ『洗濯液』を売っていただきたいのだけれど」
「ふむ。洗濯液ですか……今出せるだけでよければお売りします。あとは、そうですね……ウォード商会の『カルミス帝国担当者』がいますので話をしておきましょう。僕らの工房は三名しかおらず、オリジナルアイテムばかりです。材料も自分たちで調達しているので量に限りはありますがそれでもよければ今後、販売契約を結びます。トライグルで販売しているので船代などを上乗せするので、トライグルと同じ値段にはなりませんが」
「ええ、ええ! 構わないとも! うちは大量の洗い物は出ないんだけど、お茶のシミは中々落ちにくくて困っていたんだよ。時間が経ったものも落とせたから、大瓶一本あれば三か月は確実に大丈夫だ」
そういうことなら、と大瓶一本を初回販売価格という事でトライグルでの価格で売ったのだけれど、店主さんは大変喜んで今回のお茶代はいらないと宣言して戻っていった。
リアンはニッコリ笑って「これでツテが増えた。この店の店主は顔が広いんだ。ウォード商会の利用率はそこそこだったが、これを機に多少贔屓にしてくれるだろう。まだ完成していないが【消魔茶】の販売もいずれすることを考慮すると茶屋と仲良くなっておきたかった」と、そう言い切る。
どこまでいってもリアンはリアンだな、と再認識しつつ焼き菓子に手を伸ばす。
少し薄く平たいけれどふんわりと鼻をくすぐるバタルと微かに酸味を感じる花の香り。一口薄くなったところからかじってみると焦げたバタルと程よく水分を含んだ生地がむっちりと程よい弾力を返してくる。咀嚼するとそれらはサッパリと口から食道へ送り込まれるのだけれど、バタルのまったり濃厚な味よりも酸味と花の芳香が微かに残る。バタルとシーゼルは相性がかなりいいらしく、しつこさがない。
「これ、凄くおいしい!」
「気に入ったなら少し買っていくか。伝統菓子はその場所でしか買えないからな。他の店でもまとめて買って僕はコウルたちに渡しておこう。彼らのお陰で本が以前よりスムーズに読めるようになったから助かっているんだ」
「そうだね、私はファラーシャたちにも買って行こうかな。レシピと材料があれば作れるから、シーゼルも欲しい」
「わかった。僕も君の作った菓子が食べられるならその方が良い。注文したものが届いて話をしたら買い貯めしよう」
しばらくすると茶器を二つ、そして大きな水差しと茶菓子を店主さんが運んできてくれた。感謝をして有難くお茶を飲もうと思ったんだけど、色が……なんというか、真っ黒。
香りは微かに柑橘系の香りとシーゼルのものらしき香りがする。
ちらっとリアンを見るとあまり見ない笑顔を浮かべて頷いたので嫌な予感。店長さんもニッコニッコしているから、嫌な予感をビシバシ感じつつもそっと口をつけた。
「にっっがぁああああ!!! うえぇ、にがぁあああい!!! ええぇ……こ、れにがぃいい。ううう……なにこれ、薬の苦さだよ!? お茶じゃない!」
「あっはっはっは! いやぁ、良い反応だなぁ。この【オブカシャンティー】は薬用茶の一種でな。有毒の樽カクトトスと呼ばれる植物から水分を煮出して、毒を中和する為に【プラクジェント・オブオン】の毒を入れるんです。それだけだと臭いが気になるので、香草などを少々」
「あー、元毒……そりゃ苦いわけだ。んー……これ全部飲んで一日の効果ですか?」
「え、ええ……あの、すべて飲む、と?」
「勿体ないし飲みますよ。効果あるなら薬みたいなものだろうし。ちなみに他の効果って」
「ふ、二日酔いと疲労回復だけれど……ほ、本当に? 薬師による『熱中予防薬』があるので好んで飲む人はいないんだけど」
確かに美味しくないけれど、出されたものを残す気はないといえば何とも言えない表情で水差しの水を別のグラスに注がれた。そしてそっと置かれたセシュラ焼き。追加で買えるだけ欲しいといえば退店時に渡してくれるとのこと。
リアンがその場で代金を払い、すこしゆっくりお茶を楽しむと伝えれば店主さんは退室。
足音が完全に消えるのを確認し、リアンが防音結界を展開。
「さて……ライムに話しておきたいのは才能屋で購入した才能についてだ。君だけ副作用で症状が出ただろう」
「うん。くらぁっときた。あれって副作用だったんだね」
「時折、珍しい才能や強力な才能を入手した場合に起こる現象だ……滅多にないらしいから、ベル達は気付かなかったようだが。君が手に入れたのは【ソヴドナーシャ】という直訳で『絶対的な支配・統治する者』という才能だが禁約付きだった。本来であれば金貨数十枚はする。禁約付きとはいえ、かなり珍しいからな」
「そんな高いものが金貨二枚で手に入ったならラッキーって思うけど、禁約にもよるよね」
「ああ。禁約は才能固定ではない。同じ才能でもついている禁約は異なるんだ。君の場合は……杖術が無効になっている。武器らしい武器はほぼ使えないとみていい。戦闘能力無効が付いているから、戦闘中の防御ができない。回避や反撃も恐らくできない。出来ることは逃げることだけだ。ただ、アイテムの使用はできるから、完全な支援しかできないことになる」
「そっか。じゃああまり今までと変わらないんだね。体力をもっとつけて、素早く動けるように訓練した方がいいってことだ」
パンっと両手を合わせて納得する。どんな禁約だろうと心配していたのが無駄になった気分で思わずやれやれ~と息を吐くとリアンが眉を顰めつつ眼鏡の位置を直しているので心配してくれたのかと聞けば一瞬動きが止まった。そして、ひどく言いにくそうに視線だけでなく顔を背け「………いや、まぁ、そうなんだが」と小さく呟いた。
「戦えなくなること、というか戦う術を持つことができないっていうのは理解してるし納得もしているからアイテムをより効果的に使える才能が欲しかったんだ。【投渡】はアイテム用だから戦闘能力には含まれない、よね?」
「ああ。投擲であれば戦闘用の才能だが【投渡】はアイテム用だ。的確に狙った場所に投げられる。ある程度の腕力などは必要になるが多少の距離があっても問題なく、道具を用いてアイテムを投げ渡すことも才能の範囲に含まれている」
そういう事ならスリングショットとかいうトーネが使っていた遠くに道具を飛ばす為の道具を買うか、なんて考えつつ苦いお茶を飲む。薬だと割り切ってしまえばどうということはなかった。
のんびりお茶を飲み、お菓子を食べている私にリアンが何とも言えない表情のまま再び口を開く。
「禁約については話をしたが、手に入れた【ソヴドナーシャ】についての説明をする。これは『奴隷・共存獣・契約者』に強く作用する才能で、所有しているものへの回復が可能になる」
「回復?」
「回復だ。魔力を用いた治癒術が使えるようになる。と言っても魔力量にもよるそうだが、君の場合は腕が取れたらその場でつなげることくらいはできるだろうな。魔力はほぼ空になる上に魔力回復薬は大量に飲まなくてはいけないだろうが。擦り傷、切り傷、状態異常も治癒できるはずだ。高度な呪いなどは解除できないが……」
なにそれすごくない?と思わず奴隷達を見るとリッカ以外が驚いた顔で私を見ている。
そして、リアンが話した対象者の中に『契約者』という謎の名称が出てきたことを思い出す。もしかして魔力契約だろうか、と聞いてみると半分正解で半分不正解なのだと告げられた。
「契約者を言い換えると『血縁者・伴侶』だ。伴侶というのは結婚相手を指す。ただ、伴侶、夫や妻という立場の人間に効果を使用するのであれば特殊契約が必要となる。婚約者でもその契約を結べば効果があるんだ」
「そうなの? じゃあ、リアンも契約しておいた方が良いか。回復手段は多い方が良いもんね。婚約者って何人いてもいいんでしょ? それならラクサとかディルとかミント……とベルは同性だからダメなんだっけ」
「ある国では同性同士でも婚姻関係を構築できるそうだが、まぁ、普通は婚約者というのは一人だ。契約は僕と結んでくれ。僕はずっと、でも構わないが君の意思でいつでも破棄はできる。契約書を破ればいいだけだからな。契約書自体も君に渡しておこう」
「わかった。じゃ、それも済ませちゃおうか。リアンがいれば最悪仲間が状態異常で危なくても直ぐに判断できるし、全体の生存率は上がるもんね」
よし、と頷くと何とも言えない表情でテーブルの上に契約書が置かれた。どうやら誓約書らしい。契約書より一段階上のものなのだという。
それにサラサラ~っとサインをすると確かに繋がりのようなものが生まれた、ような気がした。ただ、気のせいだろうといわれれば納得してしまうようなものだったけれど。
「最終的に私も便利になったってことだね。良かった良かった。いざって時に使えないと困るから、小さなけがをしたときはすぐに教えて。治す練習したい」
その場にいた奴隷がパッと頭を下げたので少し驚きはしたけれど、あの場所で才能を買ってよかったと改めて感じた。
リアンはもう何も言わなかったけど、きっと私が回復手段を手に入れてみんな死ににくくなったことを喜んでくれているのだろう。
自分の手元にあったセシュラ焼きを全て食べ終わった私は、冒険者の四人以外の仲間に話してもいいというお墨付きも貰って大満足でお店を出た。
セシュラ焼きもたくさん買えたしね。
順調?にジワジワ―ッと進んでおります。
以下、新しいものの紹介です。ながい。
=新用語解説=
【シーゼル】シーロゼルの果実。
収穫期になると大量に採れるので海の民にとっては珍しくない。シーゼルに魔力を注いだものを【ロシージェム】と呼ぶ。こちらは、かなり大量に魔力を注がなくてはいけないこと、商業用として出回らないことから非常に高価。硬化し宝石化すると食べられない。
【ノッパル】
水豪扇の亜種。食用のカクトトス(サボテン)。
どういうわけか、とげが非常に小さく柔らかなカクトトス。平たい円形で厚さは四センチほど。
皮をむいて食べる。サックリとしてジューシー。僅かな酸味と粘りがある。
常温(25~30度)で一か月ほど保存可能。鮮度が落ちると青臭さが出てくる。
【セシュラ焼き】
カルミス帝国の港町であるカルミス帝国第二貿易港周辺の伝統菓子。
シーロゼルの果実である『シーゼル』と食用カクトトス『ノッパル』を小麦粉、バタルなどと合わせている。この生地をカルミス帝国で取れた二枚貝の貝殻に入れて焼いたものをセシュラ焼きという。
【オブカシャンティー】
薬用茶と呼ばれる類の物。
樽カクトトスと呼ばれる有毒で最大貯水量を誇るカクトトスを熱することで抽出した水分を、プラクジェント・オブオンという銀色のオブオン(サソリ)の毒で中和した特殊な薬用茶。一応、お茶という事なので香草を入れているが酷い苦み。
飲むと摂取してから一日熱中症にならない。疲労回復効果もあり、無茶をしがちな人に戒めとして飲ませることも良くある。二日酔いにも効く。色は真っ黒。
【プラクジェント・オブオン】直訳:銀色の暗殺者 略称:銀オブオン。
全長20センチの大型オブオン。オブオンは現代でいうサソリ。
強力な毒を持っているサソリ。砂漠にいるが夜に行動する夜行性。明るい場所が苦手なので火や明かりのある場所には近づかない性質がある。