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331話 ヴェントルーア港と特産品

ね、ねむい・・・何とか完成です。

誤字が怖い。誤変換も怖い。現実なのかなんなのか。

レモン味が好きです。

 


 検問所を抜けると、首都モルダスとは違う開放感と活気に満ちた港町が広がっているそうだ。


 手続きをするカウンターはとても分厚い壁と壁の間に作られていた。

 というのも街道側、港側にある壁は二mほどの幅があり、素材は錬金煉瓦と錬金土。丈夫な壁に挟まれる形で馬車が一台走れるだけの通路が作られている。横に走行可能な幅を設けられている理由は、津波や高波対策の一つなのだろう。



「検問所、随分広いし頑丈そう……海の側だからかな」



 思わずそう呟いた私の言葉に、冒険者カードなどをチェックしていた騎士が口を開く。



「海から来るのは海水だけじゃなく、魔物なんかも来る可能性があるからだ。こういう構造であれば色々と勝手がいいのさ。にしても、君たちが『工房生』か。他の部隊から話は聞いている。首都に帰った時にはぜひ、店を利用させてもらいたいものだ」



 ばっちり日に焼けた肌と逞しい体つき。黙っていれば威圧感満点なのだけれど、口を開くと気さくで好感が持てるし、ちょいちょいっと自分たちの後ろに続く通路を指さして解説を続けてくれた。



「この通路に水が流れ込むことで多少耐久性が上がるし、何かと便利なのさ。これからの時間帯は混むから、宿が決まっているならすぐに向かいな。共存獣も問題なさそうだな。このタグをつけて所有者がわかるようにしておいてくれ。首輪の色を見る限りは盗まれる心配はないだろうが、用心するように」



 この一言にスタード助手先生は「治安が悪いのか」と、問いかけたのだけれど騎士は肩をすくめる。


「俺たちからすると『いつも通り』だが、裏の連中も表のやつらも雪が溶けたってのもあって、動きは活発──といっても、連中は情報収集をしていると考えてくれ。直接何かをしかけてくるとしたらある程度情報が集まってからだな。裏取りなんかにゃ、数か月かけるから、夏は俺ら騎士の仕事が忙しくなる──まぁ、用心するに越したことはない。宿でも警備結界を持っているなら、二重に張っておけば意識が飛ぶまで飲み潰れても問題ない。観光客を狙った三流強盗団もいるからグレードの低い宿は選ばない方がいいぞ」



 よし、と通行証にハンコを押し、ヒラヒラ手を振ってくれたので同じように返すとスタード助手先生に向けるのとは違う、子供に向ける人懐っこい笑顔に変わった。



「先生方。ちゃんと子供らを守ってくれ。危険な場所については駐在所で聞けば教えているから聞いておくといい」


「情報感謝いたします」


「それと時間も時間だからな。先に忠告しておくが夜十時以降は裏の連中が一般人や観光客、冒険者を装って街に出るから出来るだけ宿にいる方がいい。揉め事が多く起こって騎士の数も足りなくなることがあるからな」


「情報ありがとうございます、宿についたら学院側で駐在所へ赴き確認しておきます。ある程度学院側で確認はしているのですが……」


「緑の大国から来たと分かれば、カルミス帝国の騎士もチップなしで協力してくれるからそうした方がいいぞ。それと、まともな騎士には現金ではなく食べ物や薬、酒なんかを渡すといい。緑の大国で作っている特産物なんかも喜ばれるな。この街にも色々あるから買っていくと安く済むぜ」



 なるほど、とお礼を伝え全員で馬車に乗り込む。

 御者を引き受けてくれたタイナーさんは宿の場所が分かっているので、直行してもらうことに。


 馬車以外の景色を見ることができたのは、馬車が完全に停車してからだった。

 長い馬車の旅もひとまず終わりだと馬車から足を一歩降ろす。

 地面は首都でも使われている錬金煉瓦だったのだけれど、色がかなり薄く、淡い。通常の煉瓦と変わらない首都とは違って、ここの煉瓦の色はどれも淡く、白と赤みを帯びた薄茶色、といった具合だ。

 へぇ、と興味深く足元を観察しながら馬車から宿側の方へ体をずらす。出入り口をふさいでいると他のみんなが降りられないので。

 賑やかに積み荷をどう降ろすのか、なんて話している声を聞きつつ宿へ目を向ける。



「淡い色の錬金煉瓦と薄い色の木材……か。見たことのない木だなぁ」



 大きく、そして丈夫そうな壁なのに威圧感がないのは色だと思う。どちらも淡い色で、宿前の花壇にはこれまた黄色と淡い水色の小さな花をつける植物が植えられている。多分、食べられないやつだろうと見当をつけつつ、サフルを呼べば直ぐに植物の名前と「薬効などはなく、完全に観賞用です。ただ、塩害にとても強く、多年草である為、この港街では『街花』として広く親しまれているそうです。食べられません」という回答が。

 そうかそうか、と頷いたところで流れるように木の部分に手のひらを向ける。



「こちらの木材は【セアルブル】です。木材としても優秀で特に港町では多く用いられています。海水に浸かっても腐らず、かつ非常にしなやか、かつ丈夫で炎にも強いことで水分の多い土地でも非常に重宝がられているとか」


「なるほど。これ、安いのかな? お手頃な値段だったら家づくりの素材に欲しいかも。雨が降り続くことはないけど、雨が全く降らないわけじゃないし」


「リアン様に値段を確認されてはいかがでしょうか」


「だね、相談してみるよ。ありがとう、サフル」


「お役に立てて光栄です」



 一礼し控えるサフルはどこからどう見ても執事にしか見えない。いつの間にか背も伸びたし、童顔気味だった顔も年相応に。羨ましい、と思いつつ馬車からトランクを下ろして私の元に持ってきたトーネがチラッと視線を向けた先にはタイナーさんと話をしているラクサとクギの姿。



「ライム様。クギに必要なものがあれば伝えますが」


「じゃあ、採取物を入れる袋を数枚と採取用の長手袋を渡すね。食事は戻ってきてからって言いたいけど、乾燥果物を十枚渡すからラクサと分けて五枚ずつ食べるように伝えて」


「わかりました。この後の予定ですが、夜市で買い物をするという事で良いでしょうか。タイナー様からは時計回りで進んでいくと効率が良く、わかりやすいとアドバイスをいただいたのでその通りに進む予定です」



 ヴェントルーア港は、利用しやすい港という事で有名らしい。

 利用しやすい点はいくつかあり、大型船が三隻と中小船も複数停泊できる大規模な港であること、港に停泊場所がなくとも安心して沖で休めること、毎日決まった時間に海上販売船という船から船に商品を売り歩く特殊な行商人がいることが大きな理由だという。



「皆さん、宿の受付は完了しました。時間が惜しいので早速移動しましょう。入口まで馬車で行き、降車後は徒歩で夜市を歩くのが定番です。いくつかの決められた場所で降車すると、出口で乗車できるように移動させるというサービスをしている商人もいますから。費用はワート教授からポケットマネーという事で預かっているので安心して下さい」



 なるほど、と頷いてラクサとクギ以外の全員で移動する。馬車での移動にはもう飽きていた筈なのに、行く場所が変わるだけでこんなにも落ち着かなくなるのだから人間って不思議だと思う。



「楽しみだね! 夜市なんて初めてだよ」


「俺も見たことないな。基本的に夜は寝るか戦ってるかだったし、同期生たちとこうして同じものを見て話せるのはいいよな」


「まって、夜に戦ってるの?」


「おう。シスター・ミントとも話をして、やっぱ夜の方が出現頻度高いから対処できるようになると数稼げるって話で盛り上がったんだ。他にもいろいろ話をしたぜ」


 な、と笑顔を向けるクローブにミントも笑顔で頷く。

 久しぶりの遠出で嬉しいと話していたことを不意に思い出した。


「ええ、本当に。新人冒険者は比較的夜の戦闘を避ける傾向がありますから、狩場が被らなくて気が楽なんです。暗いので解体は少々手間ですけれど」



 ふぅ、と頬に手を当てて憂うミントに腕を組んで深く何度も頷いて同意するクローブ。ベルはヘンリーとトーネの三名で戦闘についてアレコレ話しているようだったし、リアンとジャックはリッカと効率的な稼ぎ方だとかっていう議題で何か熱く話し合っていた。

 賑やかだなぁ、と思っているとスタード助手先生とウィン助手先生にサフルが何か熱心に聞いていたので気にはなったけど、ふと気になったことがあったのでポーチからメモ紙を取り出した。

 そこには『水に強い木材(家三軒分)、水生植物(薬草)、土、海水、食べ物、石、特産物』というその時の思い付きで書いたものたち。


 『ヴェントルーア港』で有名な食べ物として串焼きっていうのは、検問所前で聞いたけれどそこから話が発展しなかったのだ。

 どういう特産物があるんだろう、と考えているとミントとクローブが気遣わし気に私の様子を窺っているのに気づく。



「あ、ごめんごめん。ヴェントルーア港の特産物って何かなって」


「串焼き以外だろ? 海産物っていっても、生ものを持ち込むわけにはいかないもんな。海産物の取り扱いって確か免許か許可証がいるはずだし」


「塩は有名ですよね。黒髪草と呼ばれる海藻から抽出した液体と海水を混ぜ合わせて美しい『トライグルグリーン』と呼ばれる緑色の塩が割と有名です。サラダや料理のアクセントとして使うそうですよ。実は教会で儀式に使うこともあるのです……かなり高位の儀式なので私のような下位職では参加できないのですけれど、試験に出ました」



 思わずクローブと共に感嘆の声を返すとミントは恥じらいながら、もうひとつ、と小さく指を立てた。なんだろう、と首をかしげると嬉しそうにミントは笑う。



「実はシスター・カネットに教えて頂いたのですけれど……トライグルの港町には基本的に『レシナ』が植えられているとか。そのレシナを使ったお菓子やお酒、調味料がとても人気だって聞いて……楽しみにしていたんですよ。ライムは『レシナ』が好きでしょう? 実は、夜市でしか販売されない『月海げっかいレシナ』と呼ばれる特別なレシナがあるそうです。これ、夜でなくては収穫できない品種の特殊なレシナらしいのですけれど、港町だと安く手に入るって聞いています」



 この話に反応したのは、ウィン助手先生だった。

 ニッコリ笑顔で何処か嬉しそうにうんうん、と頷く。



「よくご存じでしたね。『月レシナ』とも呼ばれている丸形のレシナは少々不思議な性質を持っていて、淡い薄黄色をしているのですがアルコールにつけるか、塩ずりすると鮮やかな黄色に変わります。『陽光レシナ』と呼ばれる十二時から二時半までの間にしか採れないレシナは逆に、明るい黄色をしていますが同様の処理をすると淡い黄色へ色を変えるのですよ。香料として有用なのは『月海レシナ』の方ですね。香りがとても強いので」



 それに応じて『月海レシナの香油』も販売されているという。香油だけでなく『蒸留果水』と呼ばれる特殊な水素材もあるそうだ。



「ここは産地ということもあって、価格も安い。品質のいいものは買っておくといい。ライム君たちなら使いこなせるはずです。クローブくん達も工夫するといいアイテムが作れますよ」


「ありがとうございます! ウィン助手、他に何か買っておいた方がいいものはありますか」



 クローブの声にウィン助手先生はそうですね、と少し考えてからいくつか例を挙げる。知っている素材が多い上に耳寄りな話も一つ聞けた。それはレシピにまつわる話だ。

 この場所には様々な国の荷物が集まる。それに目を付けた商人などがここで商売をしており、首都に行く前に『いらない』『複数ある』ものを減らしたり、新しいものとここで交換したり。そういった交渉が昔から行われているそうで、珍しいものも少なくないのだという。



「レシピといってもジャンルは様々ですよ。郷土料理を布教したくて持ち込む者もいればお土産として、知人への話のタネとして持ち込むもの、専門家同士の情報交換を目的に持ち込まれるものなど、色々な背景があり……港町では一度古本屋をのぞいてみるといいでしょう。思いもよらない本との出会いがあるかもしれません。もし興味があるなら古本屋を案内しますよ」


「足を運んだことが?」



 リアンの問いに彼はふっと目を細めて遠くを見る。感情をそぎ落とした淡々とした声で「ええ、ワート教授に引き抜かれるまでは二徹後にこちらに本を取りに行けとよくいわれましたよ。業務とは全く関係のない私用ついでだったと耳にしたことがあったのですが、うっかり捻ってやれば良かったと今でも思います」と、ほぼ息継ぎなしで口にした。



「き、教師になるのも大変なのですね」



 気遣うようなジャックの言葉にウィン助手先生は生温い笑顔を浮かべて小さく頷く。そしてしみじみと揺れる馬車の中で私達に言い聞かせるように話し始めた。



「教員以外の仕事もやりがいを見つけ、もしくは生活の為と折り合いをつければ問題なく続けられると思いますが職場や上司、指導者は確実に運です。いいですか、相手がクソ上司であった場合は即職場もしくは上司を変えなさい。今も仕事量は多いですが、やりがいが違います。尊敬できる上司に巡り合えたら死ぬ気で学びなさい。全て自分の為になりますし、日常が楽しくなります」


「わかる。嘘偽りついでに言えば忖度なしでワート教授の下で働くことを決めた自分に高級ワインをボトルで差し入れたいぜ。教員試験対策をする時間もしっかりあるっつー安心感よ。ま、忙しいのは変わらないが、働いた後の酒の美味さが段違いでなぁ」



 わかるわかる、と頷く二人の教員の卵の姿にそっと自分の中のメモにしっかり書いておく。気に入らない人の下で働くことは極力避けよう、と。

 何とも言えない空気になったところで馬車がゆっくりと速度を落としていく。完全に停止したところで、ぱさっと馬車後部の布が持ち上げられる。御者席に座っていたトーネが丈夫な垂らし布を持ち上げる。



「到着しました。手続きはタイナー様がしてくださっただけでなく、共に店の案内もしてくださるとのことです」


「え、いいんですか?!」


「ライムちゃん達が嫌じゃなければね。観光案内なんかもしていたから、知人も多いんだよ。紹介がてら一緒に回らせておくれ」



 ありがとうございます、と全員で礼を言うと嬉しそうにタイナーさんは頷いて、御者の補助としてついて来ていた若者に声をかける。彼は実家がこちらにあるらしく、このまま帰るというので改めて感謝を伝え見送った。


 パッと広がるのは、心躍るような夕日に照らされた市場。その奥にかすかに見えるのは橙色に染まった海と緑の防壁。

 緑だけでなく綺麗な花に飾り立てられたアーチのようにも見えてなんだか口元が緩む。市場通りは人がたくさんいるけれど、モルダスの朝市とはまた違う雰囲気で冒険者よりも商人や観光客といった軽装の人が多い印象を受けた。

 きらきらとした装飾品や色とりどりの服。明るい表情と普段とは全く違う匂い。時折、海の方角から吹く風には微かに爽やかで清涼感のある花のにおいが混じっているのだけれど、市場ではそれよりも美味しそうな食べ物の匂いに意識が向く。



「入り口付近には、飲食店があります。この市場は歩きながら食べることを前提にした屋台食が多いのも特徴なのだけれど、レシナ風味の物も多くってね。レシナを使って作られた果実酒『レシナチューロ』というんだがリアン君は知っているだろう?」


「ええ、勿論。非常に美味い果実酒の一つです。特に『月海レチューロ』と言われる月海レシナのみを使用し造られた酒は極上品としても名高い。各家庭で味が絶妙に異なるように、各販売店でも味が異なっているのが面白い」



 リアンの声が弾んでいるのを聞いて、ジャック達がそんなにおいしいなら飲んでみたいと話を広げていく。人によっては月海レシナと陽光レシナ、通常のレシナを組み合わせて作るのだとか。

 品評会は大きなお祭りで一番人気の出し物だという情報もタイナーさん達からもたらされ、私達は淡い色の錬金煉瓦上を前進しながら何を食べようか、と雑談をする。

 入り口付近には飲み物を扱う店ばかりだったので、各自ばらばらの店で試飲をし、一番のお気に入りを購入。リアンは各店でお酒を一箱ずつ購入していた。



「あ、トーネ達も飲みながらついて来てね」


「ライム様、私達は……」


「一杯だけだよ、勿論。後は宿についたら飲めるように一本ずつ買っておこうか。私もレシナジュースが気に入ったし、何本か買うからさ」



 彼らがこの程度では酔わないことは知っているのでそう切り出し、採取に行っているクギとラクサ、そして留守番しているシシクの分も買って行くことを告げるとトーネ、リッカが表情を和らげる。すまねぇな、とかありがとうございます、という声と共に受け取ってくれたのだけれどサフルは私と同じジュースがいいというので二人分はジュースに。


 ミントにも一杯お酒を渡せば驚かれたけれど、乾杯したいといえば素直に受け取ってくれた。

 木のカップに入れられた美しい黄色の液体はレシナ特有の爽やかで、そしてほろ苦さと甘さのバランスが痕れた酸味を感じる香りがした。



「うっわ、美味しい! 香りは勿論だけど、飲み口は程よい甘さと酸味、あと冷えててすごくおいしい。サッパリしたほろ苦さも感じるし、これ私すごく好きかも。えっと、これ、ボトルって何本ありますか?」



 店の人に聞くと日焼けした中年の女性がにかっと笑って三箱半あるというので一箱半買わせて欲しいと伝えると嬉しそうにオマケをつけてくれた。



「これは……レシナ?」


「そうさ。酒につけたレシナやらジュースに使ったレシナの皮を使ったサラダだよ。意外と美味しくてね。ウチは酒とジュースの値段が同じだろう? だから、ジュースを頼んだ客が嫌がらなきゃ飲み終わったジュースの器にサラダを入れて渡してるんだ……まさか、一気飲みするとは思わなかったけどね。それだけ気に入ってくれたってことだろ」



 うれしいねぇ!と笑いながら空になった木の器にどっさりサラダを入れてくれた。

 シャキシャキとした歯ごたえの葉物や彩を考えて入れられたらしいキャロ根などの色とりどりの野菜は自家製なのだという。それらよりもたっぷり入っているのは黄色いレシナだ。酸っぱいかな、と一口食べてみたけれどほろ苦さと甘み、そして酸味が絶妙なバランスであっという間に半分食べてしまった。



「あの、お金払うのでサラダをもう一杯いただけませんか?」


「それは構わないけど、ウチで腹を膨らましたら後でつらいし辞めておきな。あんた、料理をするのかい?」



 そう聞かれたので頷くと搾ったレシナの皮がいるならいるか、と聞かれたので食い気味に返事。女性は心底嬉しそうに笑いながら、みっちり詰まったレシナの皮を大瓶ごと差し出した。



「ほらよ! いやあ、いつも使いきれなくて捨てていたからね。瓶はオマケさ」



 パチンッとウインクをする女性にお礼を言って、何かお礼に…とポーチから小瓶を一つ取り出して渡す。中身はトリーシャ液だ。配布用っていうのかな、そういうのを各自結構な量持っているのだ。宣伝にもなるし。



「色々オマケしてくれたお礼です。これ、私たちの工房で作ってる『トリーシャ液』っていう髪を洗う専用の洗剤なんですけど」


「おや、いいのかい? これは首都で流行ってるっていう…いいもの貰っちまったねぇ。もし気に入ったら父ちゃんに言って買い付けに行ってもらうのも考えなくっちゃ」



 ニコニコ笑う彼女から商品とオマケをしっかり受け取って、トーネ達と一緒に隣店で何やら熱心に話していたミントとベルの元へ。店同士が近いこともあって、ある程度ばらけているのだ。と言っても厳戒態勢なんだけどね。



「あら、ライムも買い物をしたのね。ふふ、私もお酒買ったの。裏にあるそうだからちょっと見てみない?」


「そうだね。私も荷物入れたいし」



 流石に大通りでトランクを開くわけにはいかないので店の裏にあるスペースでトランクを開き、其々購入したものをトランクへ入れる。箱にはしっかり所有者の名前を書いているから間違うこともない。

 その時にこっそり聞いたのだけれど、ベルは店主の若い男性と中年男性にオマケでトリーシャ液を渡していた。



「こっちでも『トリーシャ液』はある程度、認知されているみたいね。すごく喜んでくれたわ。お酒を使ってお菓子を作ると美味しいって聞いたから帰ったら作って欲しいのだけれど」


「勿論。レシナの皮を使ったサラダも作ってみるね。美味しかったし。ミントも食べに来てね」


「ありがとうございます。私も一本、シスター・カネット用にお酒を買ったので、預かってもらっていいでしょうか?」



 了承してトランクへ。満足して店の裏から出ようとするとその隣りから名前を呼ばれる。どうやらリアンとジャック達のようだ。

 彼ら、というかリアンもすさまじい量の買い物をしていたのでトランクへ。ジャック達の分はどうする、と聞けば首都まで配達してもらうのだという。



「へー、配達なんてあるんだね」


「おう。国の大型馬車でまとめて運ぶんだってよ」


 詳しく聞いてみるとある程度お金は要るものの、スタード助手先生が手紙を添えてワート教授の研究室に送れば学院の経費で落とせる、と言ってくれたらしい。大丈夫なの?と聞けば、満面の笑みで親指を立てていた。


「学院で頼まれた荷物の“ついで”だからな」



 なるほど、と苦笑して全員で大通りへ戻った。そこからは、ヴェントルーア特産の物を食べ、そして買い込んで……と観光客のように私達も楽しんだ。授業の一環ではあるけれど、それでもこういう風に買い物をして、食べて、普段はしないような話をするのは想像以上に盛り上がった。本もしっかり手に入れたし、なんなら調理のコツを聞いたりもした。私たちが『アトリエ・ノートル』の工房生だとわかって店の人から色々サービスされたりもした。代わりにしっかりトリーシャ液や他の試作品を渡したんだけどね。

 こういうやり取りを見ていたからか、他の屋台の人から声をかけられることも多くて本当に、なんというか、いい具合に力が抜けていたと思う。

 夜市巡りを終える頃には、夕焼け空が夜空に変わっていて客も観光客が少し減り、冒険者たちの姿を多く見かけるようになってきた。同時に騎士も増えてくる。

 名残惜しさを感じつつ、私達は馬車に乗り込み宿へ。



「はー……いっぱい食べたね」


「ええ、本当に。買い物もたくさんしましたね。出発前にこんなに買っちゃうなんて思ってませんでした」



 ミントと話をしているとリアンが眼鏡の位置を直しつつ口を開く。にやり、という擬音が相応しい笑い方に何となく次に何を言うのか分かった気がする。



「使った分は取り戻せばいい。貿易用にいくつか商品を仕入れている。時間がないようなら、あちらのウォード商会に持ち込むがトライグル王国の品だからな。あっちの商人も喜んで食いつく。ものによっては提供している店に売り込むのもいい。商人が抜く金を減らせるから実質仕入れ値は安く抑えられるし、僕たちは丸儲けだ」


「……商魂たくましいよね、何してても」


「そうか? 普通だろう。旅費など、足りなければ稼げばいいという話だぞ?」



 何言ってるんだ、というリアンにこっちこそ「いや何言ってるのさ」と言い返しそうになったけど黙っておいた。

 代わりに、ラクサ達はもう戻ってるかな、と聞けば「恐らくな」という返事。彼ら用にもしっかり買い込んできているので不足はない。

 ポーシェ達には宿についてからレシナで作った共存獣用の食べ物を分けるつもりだ。

 ガタガタ、と程よい揺れの中で寝落ちしているのはクローブとジャック、そしてスタード助手先生の三名。一番お酒を飲んでいたリアンはケロッとしていて、ヘンリーが笑いながら褒めていた。



「眠っているスタードは私が。ヘンリー君、その二人を運ぶのが大変なようでしたら手伝います」


「鍛錬代わりに俺が両脇に抱えていくつもりだ。人二人ぐらい抱えて歩けないと困るからな! 横抱きにしていくにはいささか二人はかさばりすぎる」


「そういう問題じゃないでしょ。まったくもう。ライム、もしよかったらだけどトーネ達に運ぶのを手伝わせたらいいんじゃない」



 パシン、と軽くヘンリーの頭を叩いたベルの提案でトーネ達が手伝って寝落ちした面々を送ることに。と言ってもサフルは私の側から離れられないのだけれど。

 あーでもない、こーでもないと夜市での楽しさを馬車いっぱいに詰めて宿へ戻った私たちは男女に分かれて部屋へ。

 私たちの部屋にはサフルが来てくれていて、湯あみできるようにと室内の一角に防水布をしいて、大きなタライを置く。そこに温かいお湯を入れて、という形にした。高い部屋ということもあって、部屋の横にトイレが付いているのだ。この場所は直接汚水タンクという大きなタンクが地中に埋められていてそこに、食残や排泄物、死体に至るまで投げ込むそうだ。そのタンクには汚物を好んで食べる魔物が入っているようだ。その魔物に攻撃性がない為にうっかり絶滅しかけた過去がいくつもあるのだとか。



「ライム様、今、部屋の前に帰還したラクサ様とクギが来ております。お会いになられますか」


「そうだね、荷物も私が預かった方がいいだろうし。ベル、ミント。私ちょっとドアの前にいるラクサとクギに会ってくるね。クギから報告も聞きたいし、一度奴隷のみんながいる部屋に行くよ」


「私もついていきましょうか?」


「サフルを連れていくから大丈夫だよ。青っこいのもいるしね、こっそりだけど」



 そういうことなら、と頷いたミントに軽く手を振ってドアに近づくとサフルが先に少しドアを開け、その向こうにちゃんと二人がいることを確かめてから部屋から出た。私も確認が済んだことにほっとしつつ、ドアの外へ。


 宿ということもあって、なかなか丁度良い広さの廊下にはたっぷり膨らんだ素材袋を誇らしげに持っている二人が立っていた。



ここまで読んで下さってありがとうございます!

おおよそ一週間周期で一話あげられるよう今後も頑張ります。収穫期が怖い。


=素材だとか=

【蒸留果水】じょうりゅうかすい。

 蒸留水の亜種と呼ばれる。蒸留する際、元の見ずに皮など香り成分を多く含んだ果皮を入れ、蒸留水を生成することで偶然できた。水に強い香りが付く。ただし、果皮の香りがもともと強いものを選ばないと蒸留果水にならない。現在、最も有名な蒸留果水は『レシナ蒸留果水』である


【月海レシナ】げっかいレシナ。通称:月レシナ 生産地:トライグル海岸沿い

月の様な真ん丸のレシナ。球体に近ければ近いほど高値で売れる。

夜の間に収穫する特殊な種類。アルコールに漬けるか塩ずりすると鮮やかな黄色に変わる。

香りが非常に強いので香料として有用。強い香りと穏やかな酸味と甘み、そしてほろ苦さのバランスがとてもよい。苦み成分を多く含む白い皮の部分は一般流通しているものの半分程度なので生食するとレシナらしい味を楽しめる。

 酒に使用した場合、最初は香りと柑橘類特有のさらりとした甘みが広がり、次に酸味と爽やかな苦み。最後は再び香りとさっぱりとした甘みが微かに残る。


【陽光レシナ】ようこうレシナ。通称:太陽レシナ 生産地:トライグル海岸沿い

大洋のように真ん丸なレシナ。球体に近ければ近いほど高値で売れる。

昼の十二時から二時半までの日差しの強い時間帯に収穫する。この時間に採取する特殊な種類。月海レシナと真逆の反応を呈する為、アルコールに漬ける、塩ずりすると淡い黄色へ色を変える。甘さが際立つ。苦み成分を多く含む白い皮は一般流通しているものの四分の一ほどしかない。時間内に採取できなかった場合は、薄い白皮部分の苦みが増す。


【黒髪草】海藻の一種。トライグル王国周辺の海(深海)に生える。

正式名称が不気味なので他国には黒緑草こくりょくそうとして売り出している。

名前の由来は、水死体の髪を彷彿とさせる黒く細長い上に水中では揺ら揺らと揺蕩う見た目から。昔、魔物に引きずり込まれた恋人を救うため水中に潜った男が恋人だと思い引き上げたのが【黒髪草】だったという。

 これを茹でる際にトライグル王国の海水を使い煮出すと美しい『トライグルグリーン(塩)』ができる。

緑の濃さによって価格が異なる。

トライグルグリーン:最高級の塩。現代でいうエメラルドの様なグリーン。半年かけてようやく1㎏ができる。大変手間暇がかかるので希少。

トライグルの緑塩りょくえん:一級、一般品


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「ベルはヘンリーとコンフの三名」とあります。コンフはマリーの奴隷だったと思いますので、トーネの間違いでしょうか?
[気になる点] > 「おう。国の大型馬車でまとめて運ぶんだってよ」 この部分の後ろ、改行が抜けてたりしないでしょうか
[一言] トリーシャ液の名がここまで来てるんだ…!すげ〜!!
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