329話 馬車中での特別講義
遅くなりましたが、とりあえず前情報は色々かけたかなーと。
国についての具体例というかそういうのは書いていなかったと思うのでめっちゃ、うん…はい。
赤の大国と呼ばれるカルミス帝国には男子だけで構成された工房の『レヴァイス・ウェル』と同じ馬車、同じ船で向かうことになった。
ガタゴトと凄まじい勢いで進む特急馬車を引くのは私の共存獣であるポーシュも含まれている。これは御者がタイナーさんだったということもあって、今回の旅にポーシュを同行させてもいいってことになったのだ。
「しっかし、驚いたな。船には馬の共存獣も持ち込めるのか」
感心したようにつぶやいたのはクローブだ。船に乗ったことがあるのは、かなり少なくて上流貴族であるベル、ヘンリー、そしてリアンの三名。奴隷で言えば、トーネとリッカの二名だけということに。
「今回使用するのは大型の船ですし、共存士ギルドからの許可証も取得できた結果を考慮して同行可能になりました。来年度から正式に『共存士ギルドで許可証を発行された共存獣は持ち込み可』とすることが決まっています」
「それと、俺たち助手や担当教諭が同行するのは工房制度が始まった初めの年だからというのも大きい。今後徐々に同行せず動けるように色々と交渉が必要だがな……トライグルで『工房制度』はできたばかりだ。あと数年は間違いなく同行せねばならんだろう」
ウィン助手先生とスタード助手先生の会話に苦笑しつつ頷いたのはジャックだ。朝日が昇る前に首都モルダスを出発したとはいえ、まだ馬車の中は薄暗い。
ぶら下げた魔石ランプは備え付けの物だがこれがなかなか便利だった。
「生徒からすると安心できていいですが、教員を目指す助手のお二方にとってはかなり大きな負担になるでしょうしね。僕は小規模領地の中流貴族なので、母方の祖父が教鞭をとっていて……色々と苦労した話を幼少の頃に耳にしています。人に教える、という難しさも少しですが知っているつもりです」
というのも、ジャックは小遣い稼ぎに貴族の子供に勉強を教えていた時期があるそうだ。
その場にいた全員が感心していると照れ臭そうに頬を掻いて「大したことではないですよ」と柔らかく笑う。
「なんというか、ヘンリーの所の眼鏡は控えめでやりやすそうね」
「おいそれはどういう意味だ」
「あら、言葉のままよ。今回は入国や出国時の手続きや協力機関への挨拶の為に同行する、という事だったと思うのですけれど、それに私達も同行するという認識で宜しくて?」
「そうだな。そうして欲しい。何せ、相手方は友好国とはいっても長期受け入れが初めてだ。王直々に持ち掛けたと聞いている」
スタード助手先生がベルに王族とのやり取りを簡単に伝え、ベルはそれを聞いて納得したらしい。当主とのやり取りを簡単に伝え、同じ上級貴族であるヘンリーを交え三人で会話を始めた。
その三人以外の面々を見て口を開いたのはウィン助手先生だ。
移動中に一通り、行く先のマナーやタブーなどを教えてもらうことになっている。咄嗟に実践できるかどうかといえば別の話だけれど知っておいて損はないだろうという事と時間をつぶすという面でみても良さそうだね、と話がまとまったのだ。
「さて、まず赤の大国と呼ばれる『カルミス帝国』についてです。今回は、丁度カルミス帝国で定められた春と夏の観光シーズンと時期がかぶります。この時期は、月が赤く輝いて見えるそうで、降り注ぐ魔力量も性質も通常時とは少し変わり素材に影響を与えると聞いています」
「採取に行けばいいってことですね! 確か試験の内容に『特殊採取』っていう区分があって【トライグル王国『緑月』カルミス帝国『紅月』スピネル王国『蒼月』で採れる特徴的な素材を選べ】みたいなのが毎年出てたような」
「よく覚えていましたね。ライムさんは採取調合系の出題は過去問含め満点でしたから、あまり驚きませんが……後で歴史についての知識も確認しますからしっかり勉強しましょう」
「……ハイ」
苦手な錬金史っていう区分を思い出してやる気がしぼんでいく。採取とか調合関係は簡単なのに、歴史とか法律が絡むと難易度が上がるのだ。本当にどうにかして欲しい。
凄まじく揺れる馬車の中でウィン助手先生が何か道具を取り出して魔石ランプの下に吊るす。なんだろう、と見ているとツマミのようなものを調整して魔力を注いだのが分かった。
「これは『騒音軽減』効果がある魔道具です。使いどころを間違うと大変ですが、こういった馬車の中だと比較的有用ですね。リアン君、メリットとデメリットを説明できますか?」
話を振られたリアンは眼鏡の位置を正して視線を魔道具からウイン助手先生へ向ける。表情は穏やかに見えるので外面仕様だ。
「メリットは文字通り、限られた空間内での騒音が抑えられ、休憩や情報交換時に相手の話が聞き取りやすくなります。デメリットですが、特定の効果が付いていない場合、外の音が全体的に聞き取りにくくなるので襲撃や天候の変化、呼びかけなどに気付きにくくなるといった所でしょうか。また、このタイプは魔石の交換頻度も比較的高い為注意が必要ですね。魔石も安くありませんから」
すらすらとまるで商品説明をするように話すその姿は完全に店員さんにしか見えない。
「流石ですね。その通りです。今回は効果を絞ってこのクッションが敷き詰められた範囲にのみ効果が及ぶよう調整しました。なので、出入り口で様子を窺っている奴隷や護衛の方々には効果はありません。使い方次第で良くも悪くも状況が変わるので、こういったものを使用する場合は十分気を付けてください」
そう解説をした助手先生は咳払いをして留学先の情報について口を開く。
内容は今回受け入れてくれる学校や生徒についてらしい。
「カルミス帝国やスピネル王国には錬金術を学べる学校はいくつかありますが、基本的に提携校と交換留学などをしています。今回はカルミス帝国立ル・レッタ・ファガッド学園とスピネル王国立オルリネシャール学院の生徒が案内や交流の補助など様々なことを教えてくれるでしょう。といっても、彼らも学生ですから授業などもあります。感謝を忘れないようよろしくお願いします」
それは勿論、と全員頷いたのでウィン助手先生は満足そうに目を細めた。
次いで説明されたのは自分たちを担当してくれる予定の生徒についてだ。
「まず、カルミス帝国での代表生徒ですが工房ごとに一名専属という形で付きます。クローブくん達の工房にはレリム・ソシ・モンサバン嬢が。ライム君たちの工房にはゼラン・スリュー・ハヒス様が付くことになっています」
「あら、レリムが代表生徒なのね」
「ゼランか。なるほどな」
そう相槌を打った二人に思わず知っているのかと尋ねると「友人だ」という返事が返ってきた。ベルもヘンリーも社交界でカルミス帝国やスピネル王国には毎年行くのだという。
相手も上級貴族ということもあり、家同士で交流があるのだとか。
「カルミス帝国の貴族は野心家が多いけれど、腹を割って話すと穏やかな子も多いわよ。何人か素で話せる相手もいるし。ただ、貴族派はコッチと比べて格段に過激なのよ。中立派も徹底しているし、友好派と呼ばれる人は世代交代で割と増えていて今勢いがあるわ。どのみち、古い家程『緑贔屓』が強いから庶民であっても下流貴族であっても失礼なことはしないんじゃないかしら」
「そうだな。後は、個人主義が多い。反対にスピネル王国はどちらかといえば派閥主義と呼ばれている。個人主義は完全なる自己責任、関与したものが処分されるがスピネル王国は逆で家単位、集団単位の処分が多い。我がトライグル王国は状況に応じて処分をするからどちらともいえない……代わりに、原因を突き止めるために全員に自白剤を飲ませたり、というのは良くあることだ」
奴隷落ち、という処分を下すことが多いのはトライグルだという。逆に処刑はカルミス帝国とスピネル王国が多いそうだ。
「上下関係が厳しいのはカルミス帝国ね。ただ、貴族には貴族の上下関係、冒険者には冒険者の、庶民には庶民の……とつくわ。貴族と庶民の間であれば横暴ともとれる対応を貴族はよくとるけれど『近寄るな』『巻き込まれるぞ』という警告であることが多いの。そういった警告を無視して間違った行動を続けると処分対象になる。でも、謝罪したうえで何がいけないのか聞けば従者などが答えてくれるわ」
「冒険者が多いダンジョンであれば、貴族も『冒険者』として振る舞うことが当たり前とされている。そこに身分を持ち込むことは『品がない』『無作法者』などと言われ、嘲笑されても文句は言えない。上流貴族であっても、王族であっても、だ」
ヘンリー曰く、カルミス帝国は騎士が作った国だそうで。実力主義で上下関係がはっきりしているという。しかも正々堂々、ぶつかり合うのが一番いい!みたいなところがあるそうだ。
「裏表がある貴族は多いけれど、比較的打ち解けるのが早いのはカルミス帝国の人間ね。騙された後の報復は苛烈よ。でもまぁ、理解できなくもないし、色んな意味でさっぱりしているわ」
「治安が悪いところは多いが、そういうのは国の目が行き届かない地方や国境沿い、スラム街といった所だろう。ダンジョン周辺や国の目が行き届いている所は治安がいい。何せ、騎士が多いからな。ついでに言えば、やらかした騎士が地方に飛ばされる。マリーポット嬢とライムが戻ってきた後に一斉に摘発されたようだ。恐らく、君たちが誘拐されたことも関係しているのだろう。闇ギルドもある程度削られたという話だ」
背景には、国王の耳に『友好国』で『協力校』の生徒が誘拐されたという情報がトライグル王国から極秘に入った、という経緯があるようだ。
飲み物は、とみんなに聞けば欲しいと言われたので深く長いカップに飲み物を半分ほど入れて配る。これは馬車用にとシシクが作ってくれた木製カップで今度工房にもおこうということになった代物だ。
「歴史としてトライグル王国は地形的に植物が育ちにくいカルミス帝国に食糧援助を惜しみなく、そして栽培に向きそうなものを積極的に持ち込んではともに土地を耕し、災害なんかがあると真っ先に駆け付けたり、外交が苦手で不利になりがちな場面を何度も和解に持ち込んだことがあるとかで……トライグル王国だけは特別!という風に教わるみたい。優遇措置もたくさんあるって前に話をしたことがあるでしょ?」
「あ、騎士団の訓練とか?」
「ええ。それもだし鉱石系の採掘が活発だから犯罪奴隷を使っていいって、ほぼタダ同然で渡したりもしているわ。武器の輸出入も船の運航も自国同然で関税なんかもほぼ取らずにやっているみたいね」
「物々交換してるって感じ?」
「そういうこと。まぁ、他の国もそうなんだけどね。トライグル王国も他の国も魔物がいるから、そういうものの討伐や間引きは協力してやっているわ。かなり昔だけれど、小さな国が沢山あった時代、何度も世界が魔物で溢れかえりそうになったこともあるみたいだし。定期的にああいう脅威が発生するから協力するようになったっていうのが国の始まり」
ベルやヘンリーから語られる歴史に耳を傾けていると、助手先生二人がウンウンと頷きながら時折補足情報などを付け足してくれる。
ベルたちが言うには、上流貴族はどの派閥に属しているか関係なく国の歴史を学ぶそうだ。礼儀作法、社交術、国の歴史、みたいな感じで。
「先ほどヘンリー君たちが話していた『粛清』は市民たちの不満解消にも繋がるので、貧富の差が大きいカルミス帝国では割と多く取られる手段の一つでもあります」
しばらく政治がらみの王族関係の話を聞いていたのだけれど、ダンジョン周辺の街なんかもかなり活発になり、商売も勢いがあるとかで様々な商人が出入りしているという話に。
「レリムは格闘術、棒術の使い手よ。冒険者登録もしているし、ダンジョンには入ったことがあるって言っていたから色々聞いてみるといいわ」
「ゼランは両手剣と棒術が使える。騎士としての訓練もしていて、ダンジョンには毎年休みの度に潜っていた筈だ。単独で入っていたが、一応連携もできる。ただ、融通が利かないところがあるらしく、あまり人と合わせるのが得意ではないから直したいとも言っていたな」
結構話し込んでいたらしく、少し休憩を挟んで再び馬車へ。特急馬車ということもあって三日ほどで港へ着くそうだ。ほぼノンストップで街道を走るっていう話だった。天気が悪くならない季節ということもあって順調に移動ができ、三日目のお昼にはだだっ広い丘の奥に陽の光を浴びて輝く青が広がっていた。
空とは違う濃い青色と風が運ぶ独特の匂い。
三日間休憩時間を除いてずっと馬車が走りっぱなしだったので、地面に両足をつける度にまだ揺れの中にいるような振動を感じて、何とも変な感じがする。
「あともう少しで到着だね。ルヴ達に飲み物あげていい? それとその辺に生えている薬草ちょっと取れれば嬉しいんだけど」
「……いや、ライムおまえ、何ともないのか?」
「馬車に乗ってたから体はちょっと痛いけど、いっぱい寝たし、魔力は全快だよ」
「あの揺れの中で睡眠薬を使わずに寝られる人間がいるとは……ある種の特技だな。冒険者でも眠れる人間はかなり限られるぞ」
大きく伸びをする私と同時に降りてきたのはクローブとヘンリーだ。
二人とも睡眠薬が切れたので起きてきたのだけれど、何とも言い難い表情のまま周囲を見回している。
「そう言われても、眠い時は眠いし……あ、タイナーさん。ちょっと休憩してください。馬たちにお水あげてもいいですか? トーネもお弟子さんもどうぞ」
タイナーさんの弟子だという人にもお茶を渡して、トーネにも同じようにお茶を手渡す。小腹が空いていないか聞くと「少しな」という返事が返ってきたので薄焼きパンにマヨネーズ、千切りにした野菜、照り焼きにした鶏肉とそのソースを乗せて丸めたものを渡す。タイナーさん達も小腹は空いているという事だったので同じものを渡し、トランクから大きな樽を馬がいるだけ取り出す。水はタイナーさん達から事前に預かったものだ。それらを片っ端から注いでいく。
「ポーシュには魔力入りの麦茶ね。はい、ポーシュ用のオヤツね」
差し出したのは自分で調合した【野菜と果実の馬用ビスケット】だ。
試作を兼ねて作ったソレはポーシュにとっての大好物になったようだった。果実多めの方が好きだっていうのは分かったので、最近は果実多めにして作っている。
声をかけて疲労度合いを確認してから、次に運動を兼ねて並走してきたルヴ達にも水をたっぷり飲ませる。青っこいのは降りた瞬間、ぶーん!とすごい勢いで確認できる花から花へ蜜を吸いにいったので少し寂しい。
彼らがリラックスしている間、トイレを済ませて、ブラッシングをする。まずは長時間走ってくれているポーシュ、ルヴ、ロボスだ。ある程度スッキリしたところで換毛期の間は凄かったね、と声をかけると返事が三つ。
ルヴ、ロボスの短い鳴き声とサフルの声だった。
「あ、起きたんだね。はい、飲み物。小腹空いてる?」
「おはようございます。申し訳ありません、先ほど目が……」
「睡眠薬飲んでるんだから気にしないで。はい、これ食べてて。ルヴ、ロボス。ちょっとついて来てくれる? タイナーさん、ちょっとあの辺に素材を採りに行ってきます。アオ草や薬草があったので」
「申し訳ありません、護衛の為に一時的にこの場を離れてもよろしいでしょうか」
深々と頭を下げたトーネにタイナーさんは柔らかい笑顔で「行ってきなさい。きちんと守るんだよ」と手をヒラヒラ。
私は採取用の短剣を装備して手袋を替え、食事を中止して立ち上がるサフルにゆっくり食べるよう伝えてからトーネ、ルヴ、ロボスと少し離れた場所へ。
今いるのはカルミス帝国へ向かう船が出ている港手前にある『見晴らしの丘』という大きく広い丘だ。緩やかな傾斜が続く道のてっぺん、街道から少し離れた場所に休憩と息抜きを兼ねて停止している。
「トーネは海にきたことあるんだっけ?」
「ああ。貴族だった頃と冒険者だった頃に一度と、これはカウントしていいのか難しいところだがダンジョンでな」
「……ダンジョンに海があるの?」
「どういう仕組みなのかまではわからねぇが、海に似た環境のダンジョンがある。水に強い種族や一部の釣り師が入り浸っていた。あー、魔力草ってやつはこれでいいんだったか?」
「それであってるよ。根元から短剣で切り取って十本で一つに束ねるんだけど、枯れてる葉を処理しなくちゃいけないから、切り取ったまま最後に渡して欲しい。暇つぶしを兼ねてこっちで分けるし」
わかった、と暫く黙って周囲の素材を集めた。
かなり飛ばしてきたのでいつもより長めに時間をとることになっているからまだ時間はありそうだ。まだ採取をしていない場所を指させば周囲を見回したトーネが頷く。
ルヴ、ロボスの二頭は少し離れた所を歩きながらモンスターがいないか警戒している。二頭とも足が速いのでこっちで何かがあってもすぐ気づく上に、探知範囲がとても広いから離れていた方がいいということになった。
丈が短く柔らかい若草色の草の上を歩く。日常ではない独特の臭いが混じった風に交じる良く知る草の臭いに口元が緩む。
鼻歌を歌いながら辿り着いた場所で採取を始めて直ぐ、名前を呼ばれた。
「ライム。一つ確認なんだが、この格好の俺たちを連れて歩くつもりなんだな?」
「え、どっか変なの?」
膝をついて採取中の私にかけられた真剣な声に振り返れば、深く黒い瞳がじっと私を映している。
この格好、といわれた服装は彼らにピッタリあった服だ。さすがにオーダーメイドは無理だったけれど、性能がしっかりしたものを選んだし、命を守る防具や装備は素材から作り、今できる最高の物を渡している。
防寒用だけじゃなくて、暑いところもあるって聞いていたので体温調節がしやすいような工夫も予備の服も揃えた。
「何か忘れてるものとか不足があった? 今からだと作れないかもしれないけど」
「不足どころか有り余るほどの『贅沢』な装備や防具だ。正直、冒険者として俺はそこそこだった。シシクはいねぇが、同行しているリッカも、クギもだ。サフルも強いがそれでも、そこそこだったんだ。わかるか?」
「そりゃ、強い人なんて上を見ればきりがないくらいいるっていうのはわかるけど」
「奴隷にも俺たちより強いやつは山ほどいる。金を払えば手に入るし、貸出制度もある。俺らの装備に金をかけずにそいつらを補充すれば……」
この提案は何度か聞いたな、と手を動かしつつ黙っておく。話の内容は彼が『良い』と思う自分たち以外の力を借りるという方法や私は安全な拠点にいて奴隷たちがいい素材を採ってくる、という案に耳を傾ける。
「……今まで、話し合いの所でも何となく感じてはいたんだけど、トーネは私が戦闘している場面にいるのが嫌なの?」
ピタッと言葉が止まったので、言葉を続ける。
「危険なところだっていうのは理解しているし、十分注意もする。その為に才能屋で必要な……」
「ライム。俺が心配しているのは、ダンジョンでは何が起こるかわからないからだ。極力近づいてほしくねぇ。人が増えるということは、危険が増えるという事。俺たちはダンジョンに足を踏み入れたことがある。それは事実だし経験にもなっているが……『今』を知らない」
心配しすぎだ、とは言えないのをトーネもわかっているらしい。
姿勢を正し、膝をついた状態で私としっかり向き合った。
「いいか。俺もリッカもクギも、サフルも絶対に裏切らない。ベル嬢もリアンも裏切らないだろう。あのラクサという男もシスターも『普通』の状態であれば裏切らない筈だ。ダンジョンには誘惑が多い。色に狂う、金に狂う、名誉に狂う──結果、欲しいものがわからなくなるやつも、何がしたかったのか何を護りたかったのか分からなくなるやつもいた」
俺は、とそこまで口にして一度キツク目を瞑ってから再び真っすぐに私の眼を覗き込む黒。
「俺の父親と母親は『ダンジョン賭博』で借金抱えて、婚約者は色に狂って、親友は金と名誉に狂った末に婚約者を寝取ってダンジョンで死んだ」
婚約者と親友の話は聞いていたけれど、ダンジョン賭博っていうのは初めて知ったなと思っていると血を吐くようにトーネが地面に言葉をぶつける。
「次は、耐えられない…ッ」
自棄にならない自信がねぇんだ、とそのまま項垂れた大きな体。
色々とギリギリだったんだと思う。きっと、少し前から。
「トーネ。私が何かに狂うっていうのは、結構難しいと思う……寝ても覚めても頭から離れないのは錬金術の事と採取の事だし、錬金術以上に夢中になれることって多分ないと思うんだ」
だから大丈夫、とポンポン肩を叩けばトーネはポカンと口をあけて、パチパチと目を瞬かせて……何とも言えない顔をした。
「そうか──そう、か。そうだった。俺の『主人』はそういう人間だったな。ああ、本当に、とんでもねぇ主人を持ったとリッカやシシクとも話していたんだったか。駄目だな、本当に。夢だのなんだの、明るくて眩しいものを見るようになって……いらんものに目が向いた。悪い、らしくもねぇ上にみっともねぇザマをみせた」
ガシガシと頭を掻いて立ち上がったトーネの顔は見えなかったけれど、どこか振り切ったようなそんなカラッとした表情で。
「頼りにならない主人だけど、トーネが堂々としていられるならいくらでも聞くよ。リッカ達には内緒にしとくし」
「そうしてくれ。その分、働くからよ」
「あと歌の勉強もしようよ、赤の大国って酒屋で歌う人いるんでしょ? 聞いてみたい!」
「……それは奴隷の俺には決められねぇな。多分仲間に反対されるんじゃねぇか? 過保護だからなあ、ご主人様のお仲間は」
ハッとほんの少し悪い顔で笑いながら私の頭をポンポンする大きな手は力強くて相変わらず温かい。時間的にも潮時だろうと大きなトーネの手を引きながら馬車へ戻るとサフルがニコニコしながら温かいタオルを差し出してくれた。お湯を沸かす魔道具を購入したらしく使ってみたかったのだという。
有難くタオルを受け取って顔や手なんかを拭いているとトーネがポンポン、とサフルの頭を叩く。
「俺らの『ご主人様』は、お前が言ってた通りだった。悪かったな」
「いえ。骨身だけでなく魂を砕く覚悟をして誠心誠意仕えて下さればそれで結構ですよ」
「……なんつーか流石リッカと話が合うだけの事はあるわ…あいつも大概だがお前も大概だぞ」
なんだかな、と言いながらも馬たちを馬車につないでくる、と離れていったトーネの大きな背中をサフルと探索を終えて帰ってきたルヴ、ロボス、そして青っこいのに囲まれた状態で観察をする。
妙な危うさが消えたことにほっと息を吐きつつ『主人』になることの難しさを改めて知ったような気がした。装備についてはきっと口実にした事実で、注目を集めすぎるんじゃないかと心配していたことも実は知っている。贖罪奴隷という特殊な奴隷を連れていれば目立つ。
警戒の方法はいまだに分からないし気配も殺気もわからない。それがどうしようもなくもどかしくなることなんて、数えきれないほどあった。今も、そう。
「ライム様……?」
「サフル、他人を理解するのって難しいね」
「ライム様はライム様のままでいて下さい。どんな貴女でもこの世界にはたったお一人しかいないのですから」
「ありがとう。サフルもサフルのまま一緒にいてね」
「はい」
お任せ下さい、と笑ったサフルに手を取られ、馬車の中へ。
港まであと一時間。
いつも読んで下さってありがとうございます。
更新がこう、不定期になりつつあり申し訳ない。これから、出来るだけ週一更新を心がけますが、細かい設定が全く決まっていない状態ですので、広い心というか生温い視線とテンションで一緒に楽しんで下さると嬉しいです。
個人的には海鮮ラーメンが食べたいです。