327話 染印師
一日遅れましたが、更新です。
気付いたら新キャラが増えてびっくりしました。え、どっから出てきたの君たち。
教会で話し合いを終えた私たちは一度工房に戻って朝食をとり、その日の予定を話し合うべくいつもの席へ。
ただ、この日はいつものメンバー以外にも奴隷達が今日は参加する。シシク以外は皆仕事を休んで貰ったのだ。壁際に立って直立不動にしている四人が気になって思わずチラチラと視線を向けてしまうのは仕方のないことだと思う。
「じゃあ時間も勿体ないし話し合い、始める?」
「そうだな。これからの予定だが、ライムは外出で不在。したがって店番は僕とベル、ラクサになる。ラクサは問題ないか」
「大丈夫ッスよ。ってか、ライムが一人で外出って珍しいッスね」
詳しい予定をまだ聞いていないらしいラクサの質問にベルが答えた。
その顔にはほんの少しだけ不満が浮かんでいて、ベル自身、まだ反対していることが分かって苦笑する。
「私もついていくって言ったんだけど、戦力過剰って言われたのよ。いいじゃない、ついでに私も施術してもらえばいいだけでしょ」
「サフル含めて三人も工房を抜けたら店が回らないだろう。行くなら後日にしてくれ、僕もそのように予定をとっている」
「施術ってどこか悪いんスか?」
心配そうな視線に違う違う、と慌てて説明をすべく口を開く。
トーネ達はこの間ピクリとも動かず置物のように立っていた。
「ダンジョンに行くこと、他国に行くことを踏まえてもうちょっと防御力っていうか、そういうのをカバーしたいってトーネ達に相談したら【染印師】に施術をしてもらったらどうかって案が出たんだ」
「染印師ってーと……短期効果の方ッスね? 効力は一年ってとこッスか」
ラクサが視線を向けた先にいたのはリッカだった。
どうやら誰が提案したのか見抜いたらしい。視線を受けたリッカは一度私に視線を向けたので、答えていいよ、という代わりに小さく頷く。
奴隷は発言する時に主人の許可がいるんだって。面倒だけど、ボロが出ないように訓練中なのだ。
「ラクサ様の仰る通り、効力は一年。他者から見ても染印が描かれているとは分からない最上級の染印をしてもらってはどうかと提案させていただきました。こちらではあまり馴染みがないようですが、ダンジョンや赤の大国では比較的【染印師】は活用されています。効果は料金と染印師の腕によって異なりますが……基本的に、染印は黒や紺、濃茶といった濃い色が肌に浮き出て、込める魔力量や染料によって一か月から一年ほど有効となるので経済的ですから。効果は基本的に『外的要因』を弾く、逸らす。毒無効を染印した場合、体内に入らない……言ってしまえば、毒に触れた場合は無効にしますが飲み込んでしまった場合は解毒薬を飲まなくてはいけない、というような効果を発揮します。ライム様には『魔術・魔力攻撃・魔力による干渉』を弾く、受け付けないという最上級の染印を入れてもらうのがいいのではないかということになりました。部位で言えば足の裏には地面抵抗の軽減、衝撃吸収をつけていくのが無難だろうと」
「ってことは、アテがあるんスね?」
「ええ、調査をした上に話も既に。もう引退した凄腕染印師様のお弟子さんがいると聞いていたので、職人街の方々や職場の方々に相談したところ善意で紹介をしてくださいました。最近弟子をとって育てているという事で、我々も実験台もとい経験を積むための糧として活用したいとのことでしたので、この度は護衛をするという光栄な任務を命じて頂けたということになりますね」
一度話が途切れた所で私はポーチから四つの袋を取り出した。
これは?といぶかしげな視線を向けられたので、施術を受ける対価として指定されたものだと答える。中身が見えない袋ではあるけれど机に置いた時の音でラクサは勘づいたらしい。ハッとした表情で私と袋を交互に見つめる。
「ま、まさか」
「私からするとこれでいいのって感じなんだけど、塩・甘ショウユ・ショウユ・発泡センベイの四種類と施術代として金貨一枚だって。私とサフル、トーネ、リッカ、クギの五人分。正規の料金、私だけで金貨三枚と少しだったから、保存用にラクサの保存容器もばっちり買った」
どうだ、と胸を張るとラクサは「羨ましい」と悶えている。頼んでくれれば作るけど、と言いかけたけど忙しい時には作れないことが多いことを思い出す。毎日ほぼ調合尽くしなのを見てるから余計に言い出しにくいのかもしれない。
あまりに悔しそうなので、試作で作った発泡センベイを渡したら泣いて喜ばれた。
「えっと、話は逸れたけど……私の方は施術をしてから工房に戻ってきて、そこから調合とか夕食の準備をするつもり。クギたちは私を工房に送り届けたら外に採取に行ってくれるみたい。今日と明日は休めってことでお休み貰ったらしいし、一通りの素材採取は教えてるから、ルヴとロボス、ポーシェ、青っこいのも一緒に行ってもらう。ダンジョンでの戦闘連携も取れるように何度か戦闘しておきたいんだって」
「わかったわ。確かに必要だものね……ダンジョンの広さによっては、二手に分かれることもあるでしょうし……あまり、考えたくはないけれど強制分断罠なんてのもあるみたい。完全に運、らしいのだけれど数名に強制的に別れさせられるってこともあるらしいわ。『神々の悪戯』っていうトラップらしいのだけれど、まず見極めができないから天災のような物としてとらえられているそうよ」
「あー、オレっちも聞いたことあるッス。そういう状況になった時の為にもライムの強化は必要……ってことで、連絡手段や相手の場所がわかるようになる魔道具がないか午後にでも相談しに行っていいッスか?」
相談というのは勿論、ご近所に出来る『マーヒャ魔道具店』に、だろう。
それを聞いてリアンも興味を持ったのか「僕も行こう」とすかさず口をはさんだ。他にもいろいろ取り揃えておきたいものがある、と言っていた。
「それなら、私は靴を作って貰えないか聞いてみようかしら。後は『フーの花雑貨店』に行って香油関係でいいものがないか見てくるわ。留学先でもある程度、トリーシャ液は用意しておいた方がいいでしょう? 色々な交渉にも使えそうだもの。香りを使った結界や煙幕のようなものもあるみたいだし、そのあたりの相談もしておくけど……二人は必要な花の香りとかないの?」
「私は柑橘系の香りが好きだからあれば嬉しいかな? 値段にもよるけど」
「僕は特にないが甘くない、男性用の商品に出来そうな香りがあれば」
分かった、と頷いたところでベルにこっそりメモを渡した。コレ、ふっと思いついたんだよね。驚いた顔をしていたけれど直ぐに目を細めて、ニッコリ笑ってくれたので了承してくれたのだろう。
リアンが気にしていたけれどベルは笑顔で紙を道具入れへ。
私が頼んだのは、奴隷であるトーネ達に渡す為のアイテムというか装飾品を作りたかったのだ。アイテム名だけでピンと来たらしい。
あとは今日中に調合するものの名前を書きだし、予定が決まったので私たちは早速、各自行動に……となった。簡単な身支度をして出発しようと足を踏み出したところで、ベルが「ちょっと待ちなさい、帰りに欲しいものがあるから露店を見て来てくれないかしら。似たものが私の部屋にあるからついてきて」と声をかけて来てくれたので詳しく話すいい機会だと二階にあるベルの部屋へ。
レースと赤系の小物、金色の装飾、貴族らしさと同時に、所々に武器が飾られていて『ベルの部屋』だなぁって改めて認識する。
「で、欲しいのってパルファム用の精油ってことでいいのね? 作るのは【パルフレッス】でそれを基にして【コリミナ・パルファム】【プロフェナ・パルファム】【コルムレ・パルファム】の三つを調合……ちなみに入れ物はどうするつもり」
「いい金属、何か知らない? こういうものはベルが詳しいから相談したかったんだけど、なかなか」
「なるほどね。それなら、容器は私に任せてくれない? きっと、というか間違いなくキノバさんなら伝手があると思うのよね。あと、ハーティー家が使っている装飾店に行って良さそうなものがないか聞いてみるわ。出来るだけ今日か明日中にはって思っているの。今日は調香しましょう。奴隷が全員いないってあまりないでしょ? シシクはしばらく泊まり込みだったかしら」
「うん。実際に動けるようにしたいからって研修兼実地ってことで依頼された建築途中の家に関わらせてもらうみたい。張り切ってたよ。ごはんはあっちでどうにかするってことだから、お金は持たせてるけど」
「だったらなおのこと、今日中に取り組みたいわね。彫刻とか細工についてはラクサにその時、相談しましょ。食事のついでに……ねぇ、センベイはまだあるかしら?」
「うん、半端なのがあるけど。それ、手間賃代わりに渡す?」
「ええ。ラクサも快く引き受けてくれるはずよ。何せ、センベイ食べる度に数を数えてるくらいだし。完成したらうどんも作れば完璧ね。メンテナンスどころかスペアまで用意してくれるんじゃないかしら。香りのイメージは作っておいてね」
頷けばベルはメモと手紙、ハンカチの上に小さな瓶を乗せて差し出した。
その瓶は透明度の高いガラスで作られているようだったのだけれど、デザインがお洒落で、封もガラスと魔力による特殊な接着剤とコルクを掛け合わせたようなものだ。
「随分お洒落な保存瓶だね」
「香水専用の保存瓶なの。お店の名前はここに書いてあるわ。このハンカチは瓶と一緒に出してね。注文していた瓶を受け取って戻ってきて……リアンに聞かれたら『代わりに商品受け取ってきて欲しいって頼まれた』とでも言ってちょうだい」
お礼を言って、二人でベルの部屋を出る。
心配そうなベルといつも通りのリアン、センベイを貰ってご機嫌なラクサに見送られ、二番街でも奥まった場所にある染印師がいるというお店へ。
◇◆◇
リッカの先導で辿り着いたのは、一見民家のように見える煉瓦と木を組み合わせた二階建ての店だった。
大きさは、家族経営の二階建て宿屋──規模で言えばエルの実家くらいの大きさだ。確か客室は五部屋って言っていたし、一階は見たことがあるから広さの予想は付いた。
ドキドキしている私をよそに、ノックをしたのはリッカだ。
ノックは大きく五回。速度は変則的で変なノックだな?と首を傾げると同じく戸惑っているらしいクギと目が合った。
「なんかの合図かな?」
「じゃねぇの? 意味もなくこんな変なノックしねぇだろうし」
「だよねぇ。あ、ダンジョン用に完全防水用の靴ってあった方がいい?」
「金に問題ねぇってんならあった方がいいと思うけどよ……んなに使って大丈夫なのかよ」
「値段にもよるかなぁ。でも、ダンジョン用じゃないにしても買ってはおきたいんだよね。まだ成長するっていうならあれだけど、私の家がド辺境の山の上だからさ。予備を含めある程度備蓄しておかないと落ち着かなくって」
誰も出てこないので、クギと会話をする。大体の予定は工房で話したけれど、細かい話はしてないんだよね。
少しおいて懐中時計で時間を確認していたリッカが再び同じようにノックを繰り返していて、多分最初のノックも決めごとだったのかな?と注目していると微かに返事が聞こえてきて、その場にいた全員がホッと胸をなでおろした。
「お待たせしました。ライム・シトラール様でしょうか。入室前に身分証明ができるものをご提示下さい」
ドアが開く音と共に出てきたのは、ラフな格好をした若い男性だった。
不愛想ではなく無感情と表現した方が正しいその表情にギョッとしたものの、身分証、と言われて冒険者ギルドのカードと腕輪、共存獣の所有者証明カードも見せる。
無言で数秒、凝視したかと思えば「確認しました。では、どうぞお入りください」と一礼し、横によけた。
最初に入店したのはリッカだ。
これもあらかじめ言われていたことで、主人である私が最初に入ると危険があった時に困るから赤の大国では首輪をつけた奴隷が先に歩くのだとか。
室内は独特の雰囲気があった。
壁には布が掛けられているから窓の位置が分からない。光源は魔石ランプではなく、蝋燭だった。ランタンの中でゆらゆらと揺れる蝋燭が一定間隔で道しるべになっていて、さっきまで『昼』の中にいたのにあっという間に夜になったような、時間の感覚が狂うような妙な感覚に、非日常感が増していく。
「すっご……染印師って染めるのが仕事ってだけあるね。生地屋さんなら大事にしまって、貴族相手に見せる感じの質だもん。周りの布全部」
「ロード・バーバス様は染めの技術が専門校の中でも随一と呼ばれていたので、この程度の染め物は片手間に出来ます。こちら、施術室となっております。どうぞ」
布で覆われた道を進むととある部屋にたどり着いた。ポツンと現れたドアは部屋の中央に位置しているようだ。何度か曲がったりしたけど、感覚的に間違いない。
美しい黄色の布の中に存在する空色のドアはあっけなく開かれ、室内から眩しい光が射す。薄暗い廊下を進んでいたこともあり、思わず目を細めると、魔石ランプではなく自然光に煌々と照らされた室内があった。
「ようこそ『ロード染物店』へ。基本的に一見さんはお断りしてるんだけど、君が『双色の錬金術師』だっていうから一度会ってみたかったんだ。例の物、持ってるんでしょ? 出してよ」
そこにいたのは、私とほぼ変わらない身長と何処か見定めるような深い青色の瞳をした子。私の周りには背の高い人が多いけれど自分と同じような目線の男の子に会うのは初めてだ。
彼は私達を待っていたのか、ドア付近に用意された応接用のソファから立ち上がり、近づいてくる。
「初めまして。私も染印師に会うのは初めてだけど、今回困ってたから話を受けてくれてとても助かっちゃった。これ、条件に合った三種類のセンベイとオマケの新作」
「新作? 頼んでないけど、そんなの」
目を細めて不機嫌そうな声を出してるけれど、注意が私の手元に向いているのがわかる。
最初の頃のベルみたいだななんて考えつつ返答。
「頼まれてないけど、せっかく作ったし食べてみて。まだ売り出す前で知ってる人も少ないからレアだよ。あ、同じくらいの年だろうし敬語じゃなくていい?」
そう聞けば、少しだけ驚いたような顔をして歳を聞かれる。反射的に答えると「敬語はなくていい。一歳違いだし……子供に施術されるのは嫌だとかいわねーんだな、あんた」
「ライムでいいよ。子供もなにも腕のいい【染印師】をリッカが探してきてくれたって聞いてるから、見た目とか気にしないよ。大したことじゃないもん。腕がいいのは、廊下にあった布で充分分かったし」
「ふ、ふぅん。まぁ、いいや。そこ座って。モビ、茶を淹れて。少し話してから施術するから……いつもの貴族が持ってきたクッキーあったでしょ、あれ出して」
「かしこまりました」
一礼して布の奥へ消えたのは私達を案内してくれた男性。
お茶が来るまで少し時間がありそうだったので新作について話をさせてもらうことにした。ソファに座るのは私だけだ。向かい合う形で私たちは対峙する。
「あ、新作のセンベイだけど、名前は【発泡センベイ】っていうの。食感も味も他のセンベイとは材料が違うけどこれはこれで美味しくできてると思う。販売する時は限定商品になると思う。留学するから」
「留学……ああ、錬金術師になるために学校にいるってのは本当なんだ。へぇ? 留学中、店は?」
「教会の協力で限定販売することになるかな。センベイは、今、委託販売している所にまとめて納品だね。売り切ったら終わりだから、どういう風に売るのかはそのお店に任せるつもり」
新作の話をすると、早速、というように袋を開け、中から一枚【発泡センベイ】を取り出した。躊躇なくパクッと噛り付いて、直ぐにパッと目を輝かせる。
「……悪くないじゃん。センベイも悪くなかったけど、こっちのが食べやすい。コレ、店売りすんの?」
「する予定だよ。報酬って言えば、かなり割り引いてくれたでしょ、代金。これはそのお礼。センベイ保存容器の大きいやつにしてみたよ。作成者のラクサが作ってくれたんだ。三種類味別になってる。ただ、新作の分は用意できなくって……ごめん」
「元々予定になかったし、気にしてない。にしても、錬金術師であんた……ライムだっけ? ライムみたいなのは初めて相手にするな。仕事相手に一応錬金術師や魔術師もいるけど、どいつも赤の大国ほどじゃないとはいえ、傲慢さがにじみ出てたし。自分の事はロードでいい。できれば呼び捨てで」
錬金術にしては珍しいじゃん、髪色とおんなじで。
そうからかうような口調で言われるけれど、目は真っすぐで馬鹿にしている訳じゃないのは十分伝わってくる。
「ああ、料金は先払いだからモビが戻ってきたら支払っといて。そっちの口が軽そうな奴隷から染印してやるよ。こいつにはどんな印を入れる気?」
にぃッと口の端を持ち上げた【染印師】に私は思わず「いや、そもそも施術について殆ど何も知らないんだ」と口にしていた。
ギョッとするロードは「はぁ?」と言葉尻を跳ね上げてちょっと不機嫌そうに、でもなぜか怒ったように頬を膨らませて「そういうことは、先に伝えとくもんだろ! こっちは全部わかってきてるんだと思って対応してんのにッ」恥ずい、とかなんとか立ち上がって部屋の端っこにあるテーブルから一枚の羊皮紙を持ってきた。
「これが効果一覧。よく見て決めて。わかんないことがあったら答える」
ふん、と腕を組んでそっぽを向いたロードから羊皮紙に視線を移すとわかりやすく料金別に効果が書いてあった。
読んで下さってありがとうございます。
出来るだけ週一更新(水曜)を目指していますが、更新が遅れる場合などXなどでお詫びとして情報を流しております。