30話 買い物とあれやこれや
斧を振り回すお嬢様と泡立て器(杖)で撲殺する庶民、鞭で攻撃する商人。
イロモノ工房始めました、みたいな。
購買部は、どうやら部門別に分かれているようだった。
錬金科ということもあって調合素材も多く扱われているし、何故か武器や防具の類、アクセサリーなんかの扱いもあって見ているだけでも結構面白い。
掘り出し物とかないかなーとか割引商品の方へ吸い寄せられそうになる私と高価なアクセサリーや武器に向かっていこうとするベルに呆れたような視線を向け辛辣な言葉を吐いているリアンは傍から見ると仲良さげに見えるらしい。
購買部の素材を扱っている売り子さんが微笑ましいものを見るように笑っていた。
「いらっしゃいませ。ふふ、何になさいますか?」
「酒の素を見せて下さい。金額も合わせてお願いします」
「かしこまりました。酒の素はこちらになりますね。品質はCで特殊効果はなし。これで一つ銀貨1枚になります。今、少し高騰しておりまして…時期が時期ですし、モンスターも活発になる時期ですから。値が落ち着くのは討伐隊が出る秋頃ですね」
「なるほど。参考になりました、今回は購入を見送ります。こちらで素材の買取は?」
「勿論やっています。ですが品質によっては買い取れないものもありますのでご了承ください」
笑顔で会話をする売り子のお姉さんと外用の微笑を浮かべているリアンを見なかったことにしつつ、テーブルに置かれた小さなガラス瓶の容器を眺める。
手のひら大の大きさで分厚く気密性の高い容器には無色透明の液体が入っていた。
「これが酒の素?おばーちゃんはお酒作るとき酒樹の実使ってたからあんまり見たことないんだよね」
「酒樹の実って結構高価な素材ですわ。銀貨5枚はしたはずですもの。ライム、ワインを作るのでしたらワインを入れる瓶も必要になるのではなくて?」
「忘れてた。確かにいるよね、うん。お姉さん、ワインの空き瓶とかって扱ってますか?」
「はい、ございますよ。ワインの瓶は3つで銅貨1枚となっています。品質については統一されていませんので空き瓶専用コーナーからお選びください。尚、空き瓶の買取もしています。5本で銅貨1枚での買取となっています」
「じゃあ、ええと…多めに買っておく?結構空き瓶って使うだろうし」
「ここでは銅貨3枚分の空き瓶を買うぞ。他に必要なものは?」
「今のところない……かな。あ、リアン、空き瓶選んでよ。私ポーチにしまうから」
流石にお店の人の前でウォード商会での売値を聞くわけにもいかないので大人しくお金を払って空き瓶が置いてあるコーナーへ。
そこにはいくつかの木箱が並んでいて、木箱の中に多くの瓶がはいっていた。
大きさこそ同じだけど色合いや古さなんかもまちまちで作られた年代も違っているらしい。
流石に中だけはちゃんと洗浄されてるみたいだけど。
「すごい数だね…とりあえず、どうしよう?片っ端から?」
「あのな、鑑定するにも魔力を消費するんだぞ。まずだいたい良さそうなものはわかるだろう。濁りのないガラスで汚れが酷いものや細かな傷が多いものは鑑定しなくても見ればわかる。色の濃淡については何とも言えないが、ワインを作るのだから濃い緑色のものを選んでくれ。陽の光に当てるようなものでもないからな」
リアンの指示で一人あたり2つの木箱から良さそうなものを選んだ。
最終的に20本程度の瓶が選ばれたものの、そこから厳しいリアンの簡易査定で更にはじかれ、鑑定を終えた頃には12本の瓶が残った。
「買うのって9本だよね?12本もあるけど、どれにする?」
「すべて購入するぞ。僕は追加で料金を支払ってくるからポーチに収納してくれ」
そういうとリアンは再び売り子のお姉さんのところへ向かう。
「やはり買い物の時はリアンを連れ歩くべきですわね。便利ですもの」
「言っちゃ悪いけど確かに便利っていうのには納得」
「でも、正直演習に関しては不安ですわね。調合を採取したアイテムだけで行うのでしたら工房生である私たち三人は揃っている方がいいでしょうし…そうなると、戦力的にどうしても不安が残りますわ。お互いどれくらい戦えるのかわからないのですもの」
ベルが不満そうに形のいい眉を顰めた。
改めて見るとベルは美人だと思う。
鮮やかな赤色の長い髪と猫のような印象がある深い赤色の瞳。
スラッとした体つきなんだけど、意外に力持ちであることは水を張って洗濯物が入った大きな桶を軽々と持ち上げて洗い場に運んでいたのを見たから知ってる。
リアンなんか口元が明らかにひきつってたし。
「その話もきっと解決できるから工房に戻ってからしようよ。ええと、次はウォード商会に寄って、それで肉屋と八百屋かな」
「その前に学院内の掲示板を確認しなくてはいけませんわ。聞こうと思っていたのですけど、肉屋と八百屋で何を買いますの?」
「ん?骨と野菜のいらない部分。食べないんだけどさ、長い時間煮込んでると美味しいスープの素になるんだよね」
「まぁ、昨日の夕食も美味しかったですし、期待していますわ。騎士団の野営で食べるようなものを想像していたのですけれど…ああいう食事を作れるのは感心しました」
思わず騎士団の野営で出る食事ってどんなの?と尋ねるとベルは盛大に顔をしかめて、言いにくそうに一言。
「ゴロ芋を茹でたものと干し肉、黒パンが基本ですわね。野生動物やモンスターを運良く狩ることができたら柔らかいお肉が食べられますけど、ひどい時は塩と食べられる草を入れたスープに黒パンでしたわ…あまり聞かないでくださいませ」
思い出したくもありませんわ、と遠くを見つめる彼女に思わずゴメン、と謝った。
ポーチの中に瓶をすべて入れた所でリアンが戻ってきたのでそのまま学院内の依頼が貼られている所へ。
「うーん…イマイチっぽいんだけど、どう?」
「ですわねぇ。なんだか、随分と…」
「学生同士のやりとりが殆どで価値のつけ方がわかっていないようだな。おそらく素材代を抑えて小遣い稼ぎをするつもりなのだろう」
嘆かわしいことだな、と吐き捨てるように呟いたリアンはさっさと踵を返して学院の出入り口に向かう。
私たちも後を追って、そのままウォード商会へ。
そこで酒の素を学院の半額銅貨5枚で5つ購入して、お肉屋さんと八百屋で骨やクズ野菜なんかを購入。
リアンには訝しげな顔で使い道を聞かれたけど話せば一応納得したらしい。
「そういえばさ、冒険者登録してるのって私だけ?」
「私はしていませんわ」
「僕もしていないな」
予想通りの答えにちょっとホッとしつつ冒険者ギルドへ行ってみないかと誘ってみる。
依頼も見てみたいし、登録を済ませたら『緑の酒瓶』に寄ってこっちにもなにか手頃な依頼がないか聞いてみたいんだよね。
八百屋から離れて帰り道、前方に冒険者ギルドの建物が見えてきた。
「冒険者ギルドに寄るついでに登録しちゃわない?どうせお店やるにはまだ時間かかるし、あると何かと便利みたいだから」
「確かにどの国に行っても身分証の代わりになるようだし、作っても損はないか」
「私も勿論いいですわよ。元々、学院に入ると決めた時から冒険者登録はするつもりでしたもの。ライムはもう登録し終わっているんですのよね?どんなことをしますの?」
「名前を書いて魔力を全力で注ぐだけだから簡単だし、魔力も回復してくれるんだよ。それもタダで!ギルドって太っ腹だよね。回復用ポーションだって結構な値段なのにさ」
普通の回復ポーションだって銀貨1枚なのに、魔力ポーションは最低でも銀貨2枚だ。
リアンによると錬金術師の店で扱っているものはもっと高いらしい。
店で売っているのは量が通常の半分で一般の人が使いやすく購入しやすいようにした結果なんだとか。
だからか冒険者はポーションを手に取るとお店の人が説明して、納得し購入を見送るということが多々あるそうだ。
「先に掲示板より登録だね。ええと、登録はこっち。すいません、二人登録したいんですけど」
話しかけたのは私が初めて登録した時に担当してくれたお姉さんだった。
灰色がかった金髪と細めの眼鏡の奥の青い瞳が私を見て驚いたように一瞬見開かれる。
「あら、貴女は…いいえ、ごめんなさいね。まずこれが登録用の羊皮紙です。名前をかいて、魔力切れになるまで魔力を注げばカードが発行できます。尚、回復用の魔力ポーションは初回無料ですので安心してくださいね」
女性から簡単な説明を受けた二人は私と同じように名前を記入して、魔力を注ぐ。
やがて魔力が空になったらしい二人はカウンターに突っ伏すまで行かなくてもひどく疲れたような顔をして額に手を当てていたり俯いていたりと結構辛そうだった。
「では、これを。おそらくこれで足りると思いますので飲んでしまってくださいね。魔力は徐々に回復しますから――――…では先にベルガ・ビーバム・ハーティーさんの結果から見てみましょうか。まず、名前の下には体力と魔力の総量、錬金術師の場合は色も表示されます。そしてコチラには基本ステータスと呼ばれるものになります」
「へぇ、随分と細かく表示されるんですのね」
詳しい解説は必要ですか?と女性に問われたベルは迷うことなく頷いた。
その目は楽しそうにキラキラ輝いている。
「体力と攻撃力がかなり高い、俗に言う戦士タイプに部類されるステータスですね。魔力は錬金術師の一般的な数値です。ライムさんも同じですが器用さが低いので集中力を鍛えるといいでしょう。防御力も高いですが過信は禁物です。素早さが少し低いので防具を選ぶ際には長所を伸ばすか短所を補うのか考えた方がいいと思います」
「わかりましたわ。今後の参考にさせていただきます」
満足そうに頷いたベルは説明のあとも熱心に羊皮紙を眺めていた。
時々ぼそっと新しい防具はとか武器がとか鍛錬をとか錬金術師らしからぬ単語が聞こえてきたけれど、私もお姉さんもリアンも綺麗に聞かなかったことにした。
「次にリアン・ウォードさんですが典型的な魔術師・錬金術師タイプですね。こちらが結果になります、ご覧下さい。まず、高いのは魔力と器用さ、素早さですね。錬金術師としては申し分ないステータスでしょう。ただ、申し上げにくいのですが体力・攻撃力・防御力が同年代の一般男性よりも低いので体力をつけることをオススメいたします。表示されているステータスはあくまでも現状ですので努力次第でいくらでも向上しますから。武器や防具には軽くて丈夫な素材を使ったものがいいでしょう」
「なんというか、見たままですのね。そういえばライムはどうでしたの?」
「どうっていわれても…比較的いい方みたいだよ。ただ、器用さと防御に不安があるみたい」
お姉さんはベルやリアンに冒険者レベルや錬金術師のレベルが表示される場所、スキルについてや諸注意などを話して、私の時と同じように羊皮紙をギルドカードに変えてしまった。
「依頼を受ける際は受付にあちらに貼られている依頼書を持ってきてください。常時依頼については討伐部位とギルドカードの提出で処理できます。わからないことがあれば気軽に相談してくださいね」
笑顔で挨拶をしてくれたお姉さんに手を振って私は二人を連れて掲示板へ。
掲示板に貼られているのは手伝いの募集からモンスター討伐、アイテム納品など多岐に渡っている。
用紙には受けられる冒険者ランクが書いてあるし、掲示板の中には錬金術師専用なんてものもあった。
「へぇ、こちらはアイテム納品ばかりですわね。品質や特定の特性を付加するように書かれているものもありますわ」
「ホントだ。でも、何だかピンキリだよね。品質指定されてるのって比較的高いのにコレ、すごい安いし」
「相場を理解していない貴族の依頼だろうな。そういうものには手を出さないのが一番だ。調和薬ならこれと…これだな。他はどれも対価が釣り合っていない」
リアンが選んだのは、品質Cの調和薬1つ銅貨5枚で4つ納品というものと、品質Cの調和薬を5つ納品で銀貨3枚という依頼だ。
「調和薬の相場は品質Cで1つ銅貨5枚だからこっちの5つ納品は割りのいい依頼だろう。ライム、調和薬は持ってきているか?」
「うん、ポーチにあるよ。じゃあ、さっさと納品しに行こうか。でも、調和薬9つ納品するだけで銀貨5枚とか凄いよね」
調和薬だけでもやっていけるんじゃないだろうかなんて考えながら受付に行くとお姉さんが首をかしげる。
「これを受けるのは構わないのだけれど…パーティーを組んでからの方がいいと思うわ。パーティー申請ださないと、依頼達成のポイントが全員に加算されないから」
という言葉で私たちは三人でパーティー申請を出した。
リーダーはリアン。
無茶な依頼を受けないという点で非常に安心だ。
本人も私とベルにリーダーを任せると大変そうだと思っているらしく特に抗議の言葉もなくあっさり頷いたし。
他に受けられそうな依頼もないので、私たちはギルドを出て『緑の酒瓶』へ行ったけれどココでも良さそうな依頼がなかったので大人しく工房に戻った。
「今日は私がお茶を入れますわ。座っていて結構よ」
実はお茶を淹れるのが上手なベルが自分からお茶の準備を始めてくれたので私たちは大人しく応接用のソファでお茶を待つ。
ベルが運んできてくれたお茶と彼女の私物だという焼き菓子を摘みながら、私は考えていたことを話すことに決めた。
こういうのって多分勢いが大事だよね。うん。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
じわじわ続けます。