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324話 若き職人たちの夢と

よし、やっと完成しました!

お店回りも賑やかになってきます。



 挨拶を、と口にしたリアンがその場に立ち上がって優雅に腰を折った。


 さらりと首の後ろで結ばれた髪が一束、背から滑り落ちる。顔を上げた際に浮かんでいたのは商人のソレだ。



「僕は『アトリエ・ノートル』のリアン・ウォードと申します。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、ウォード商会の長男です。といっても後継者は弟なのですが」



 よろしくお願いします、と頭を下げ笑顔で私とベルへ視線を向けたリアン。

 どうしたものかと考えている横でベルがニッコリ座ったまま微笑んだ。



「次は私ですわね。私はベルガ・ビーバム・ハーティー。ハーティー家の三女ですわ。工房制度を利用しているので、上流貴族ではありますけれど親しくして下さいませ。一応学院に在籍している間は身分にとらわれすぎないように、と釘を刺されておりますの」



 頭を下げることなく挨拶をしたベルは貴族令嬢の顔と声で久々に見たな、なんて考えつつ自分の番がきたので立ち上がる。私、庶民だからね。



「初めまして。私はライム・シトラールっていいます。見ての通り髪と目の色ですごく目立つから、見つけやすいと思います。田舎育ちで都会の生活には大分慣れたとはいっても、まだまだ知らないことが沢山あるので、色々教えてくれると嬉しいです」



 宜しくお願いします、と頭を下げると私の正面に座っていた女性が立ち上がった。

 ほんの少しだけ表情が柔らかくなっているのを見ると、少し緊張がほどけてきたんだろう。自己紹介って仲良くしましょう、みたいな遠回しの挨拶であることが多いって聞いたことがある。



「先ほど挨拶をしましたが、クー・マーヒャと言います。明日から少しずつ荷ほどきをして店の準備を始める予定です。取り扱うのは、魔道具全般。修理もします。出身はスピネル王国の職人街で両親も魔道具職人でした。資格は二年前に取得しましたが、様々な魔道具の作成と販売で資金を稼いで回って、父と母が好きなトライグル王国で店を開くために準備をしてきました。商売のことはあまり詳しくなく、来年は妹が店を手伝いにきます。妹は経理と運営について国民学校で学んでいるので……その、魔道具には錬金術師が調合したアイテムを使用することが多いので仲良くしていただけると嬉しいです」



 優しい夕日のような髪と濃い灰色の目は真っすぐで、好感が持てた。背が高いけれど威圧感はなく、素朴で暖かな雰囲気はお客さんが話しかけやすそうだ。

 魔道具職人のことをあまり知らないので、時間があったら色々聞いてみたいな、なんて考えていると私達と歳の変わらない二人が立ち上がる。

 こちらは緊張した面持ちで、硬い表情をしていた。私より少し背が高く、ベルより小さい釣り目気味の子が口を開く。



「オレは、木工職人のルバー・シペット。木を使った家具全般、食器、食具、入れ物、彫刻……基本的に木が素材ならなんでも作れる」


「僕はキーバ・シペットと言います。靴職人として去年免許を取って、オーダーメイドの靴から量産品の靴まで幅広く扱っています。金属を用いた靴も作れますし、革小物も作れるので欲しいものなどがあれば相談していただければ……その、よろしくお願いします。僕らの仕事も割と錬金術製品を使うので」



 この二人の発言を引き継ぐ形で口を開いたのはラクサだ。

腕を組んでうんうん、と頷きながら二人の頭に手をのせている。



「ちょっと契約を結んで暫くセンベイ容器の木の器をルバーに頼むことにしたんスよ。大きいものも欲しいって要望があったンで、木箱程度の大きさを考えてるッス。弟のキーバとは完成した靴に細工をして特殊効果を付加できるようにって話がついてるンで、何かあればオレっちにも教えて欲しいッス」



 頷いた私達を見てラクサは続ける。必要となる錬金素材があるとすれば塗料、魔石、錬金革などだろうと。



「オレたちから依頼をする時はレシピになりそうな本はなんでも貸すし、わからないことがあれば聞いてくれ。料金にもよるが、基本的に金を準備するのに時間がかかるとおもう。準備資金は国の施策やら師匠たちからの援助もあってどうにかなったけど、自分たちの金はほぼ使い果たしたからな」


「靴も作るのに時間がかかるから、万人向けの物をある程度作ってあります。けど素材が割といいもので、売れない事にはどうしようもなくって」


「そのあたりは調合するものにもよりますし、素材の価格も影響しますからその時になってみなくてはわかりませんよ」



 リアンが相槌を打ったところで今まで黙っていた男性が口を開く。二十代前半と思われる男性でまだ落ち着きなくキョロキョロ周囲の様子を窺っている。視線が集中したことでは恐る恐る、という風に立ち上がった。



「キノバ・フークラです。『フーの花雑貨店』という店をラクサさんの工房前に開店する予定です。私も明日から開店準備ですが、その、花関係の仕事なので蜂や虫が少々寄ってくることもあるかと……ご迷惑をおかけしないように頑張ります」


「蜂! すいません、共存獣と奴隷の話をしておきます。そちらに控えてるのが私とリアン、ベルの三人が所有している奴隷のサフルです。私は他に四人奴隷がいて、共存獣は狼系が二頭、馬系一頭、昆虫が一匹……それでですね、えっと…キノバさん、昆虫の共存獣は蜂なんですよ。青っこいの、出ておいで」



 花を好む虫は多い。声をかけて小さな道具入れの蓋を開けるとひょこっと青っこいのが顔を覗かせたので、指を差し出すとしかと小さな足で器用に掴まった。

 なあに?と聞くように首を傾げる動作は可愛らしくって、よしよし、とフワフワ部分を指先で擽ると嬉しそうにすり寄ってくる。



「色を見るに水蜂、が進化した……というところか。蜂を共存獣にしている人は見たことがあるけれど、水蜂の共存獣自体珍しいね。虫系は懐きにくいと聞くけれど、これは、凄いな……君、僕の花壇や温室に興味はあるかい?」



 じぃっと青っこいのに話しかけたキノバさんだったけれど、青っこいのは何となく意味を理解しているらしい。ぶぅんと飛びあがり、そして八の字飛行。



「興味があるみたいです。近場で蜜を集められるなら助かります。青っこいの、美味しい蜜集めておいで。いっぱい集まったら味付きの『蜜玉』でも作ろうか」


「もし、錬金術で作ったアイテムに花関係の物があれば、私の店で取り扱わせて頂ければ嬉しいです。近所ですし、販売用の棚も沢山ありますからね」


「いいんですか? あの、花関係ってことはハチミツも取り扱っていたりします?」


「勿論。私の店では契約した養蜂家から直接仕入れをしています。養蜂もいずれ、と。蜂系のモンスターと契約する方法などがあれば是非」


「えっと、怪我して殺されそうなところを助けたのと、好物をあげたら一緒に来てくれたんです。確か花のお店をやるんですよね?」



 頷いた彼は少し考えて。身に着けていた道具入れから四枚のカードを取り出して並べた。

そこには【第一級育種技能資格】【花卉取扱責任者資格】【花雑貨取り扱い資格】【総花卉そうかき育種職人】と書かれている。花に関する何かであることかな、って察せる程度で意味は全く分からない。



「花卉職人でしたか。僕は花雑貨と育種家なのかとおもっていました」


「かき、職人? 初めて聞いた」



 どういう意味か知っているか、とベル、そして隣にいたラクサに視線を向けると首を横に振った。他の職人の人達も知らないらしくお互い顔を見合わせたり、不思議そうにカードを眺めている。



「花卉職人、というのは観賞用の植物を栽培・生産することを花卉かきといい、これを生業にするものを花卉職人、花卉栽培農家などと呼びます。育種はより優れた性質をもつ種を作り出す職業ですね。植物を交配させて新しい品種を作り出したりもします」



 わかりやすく言えば、とローゼルの花の種類が多い理由について話し始める。

ローゼルは元々の色が赤・白・黄色の三色だったらしい。咲いている場所も別々で、初めは白、次に黄色、最後に赤が発見される。そこから交配させ、色も、香りも偶然と奇跡を繰り返し、今に至るという。



「香りが強いもの、花弁が多いもの、寒さや暑さに強いもの、病害に強いもの……育ててみるまで分からない。それと花と薬草限定の鑑定ができますよ。【総花卉育種職人】特有の職業技能の一つでね……まぁ、僕は観賞用の植物、薬草、薬木そういった物を育てているよ。種を売ったりもするし、育てた花から香油を抽出したりもする。それを販売もできるし、調香も副業ついでに今後資格試験を受けるつもりだから私に出来ることがあるなら言ってもらえれば手伝えるんじゃないかな。錬金術師とあまり関わることがないからわからないけれど」



 そういう仕事なのか、と納得したところで薬草を取り扱っているなら私達も買いとれるのかと聞いてみる。香油も使うことがあるのでその旨を話すと彼は嬉しそうに頷いた。



「いろいろ相談にのれそうだね。野菜や野菜の種も育てているから、珍しい野菜の種なんかがあれば見せてくれると増やしたりもできるよ」



 そういって笑う彼に頷いて、軽くこちらのことを話しておいた方がいいんじゃないかとリアンを見る。意図を理解したらしくリアンが口を開く。



「説明有難うございます。僕らの工房についてなのですが、今年は留学することになっています。その間、営業をどうするか考えているのですが……皆さんが営業するのであれば期間と時間を限定して委託販売などを考えた方がいいかもしれませんね。僕らの販売しているアイテムは冒険者、そしてここで生活している方々に好評なようですから」



 私たちの間でも何度か話をしていて、その時は「こうしようか」ってなるんだけど、状況が変わるとそれに応じてまた考え直さなくてはならない。だからリアンも考えを変えたのだろう。



「私達としてはその方がありがたいわ。あなた方の店を目当てに来る冒険者や騎士、生活用品を求める人もかなり多いもの。私達も早く準備を終わらせて、出来るだけ早く店を開いた方が良さそうね」


「それは、確かに。オレの場合、杖や棍棒の類は作れる。キーバの靴は冒険者にも評判が良かったし、もう少し冒険者関係の物を充実させておくか。後は入れ物の類か……子供も多いようなら子供用のおもちゃもある程度作るか?」


「そうだね。僕も新しい店に興味を持って見に来てくれる人がいる内に、手に取ってもらえるような物を作っておかないと。ベルトや武器ホルダーみたいなのも増やそうかな。靴はそんなに買い替えるようなものでもないし、いざって時贔屓にしてもらえるようにしておかないと」



 兄弟がやる気に満ちた表情でアレコレ話しているのを見てクーさんが静かに口を開く。



「皆さんの卒業後には、新しい工房生が入る、ということは理解しています。その頃までに、この通りを『第三の商店街』と呼ばれるように賑やかで繁盛している通りにする為に努力するつもりです。実現するには、私達の頑張り以外に飲食店ができることが望ましいと考えているのですが……どう思われますか?」



 この質問に私たちは顔を見合わせて「確かに」と頷く。

 私達としても食べ物屋さんができるのは有難い。作るのが嫌だって訳じゃないけれど、遠い商店街に出て買う必要がなくなるし。

匂いとかがあまり気にならないといいのだけれど、なんて考えている間にリアンが答える。



「個人の意見としては、飲食店は数軒あった方がいいかと。買い物のついでに食事を、というお客様は多いでしょうしその逆もしかり。ここでしか食べられないもの、という特徴があれば更によいと思います……が、まぁそれはそれですね」


「ありがとうございます。ここでしか食べられない、というものですか……珍しい料理を作る友人がいるので声をかけてみます。現状は『アトリエ・ノートル』がなければ成り立たない状態で――…あ、申し訳ありません」



 そこまで口にしてクーさんがパッと掌で口を覆う。視線の先にはラクサがいたのだけれど直ぐにヒラヒラと手を振り、笑顔を浮かべ、頬を掻きながら口を開く。



「間違いじゃないどころか、マジその通りなんで気にしないでいいッスよ。ぶっちゃけ、オレっちはライム達と組めてなければ確実に店をたたむ羽目になっていたと思ってるンで。工房が隣だったのも一緒にアレコレ作れたのも。錬金術師と組んだ細工師なんてそういるもんじゃないっしょ? 仕事が次々に、定期的に売り上げが上がるものばっかりってのが有難いのなんの……オレっちしか作れないってのもあるンで、別の仕事も貰えるようになってきているし、利害が一致してるってのがデカいんス」



 これを聞いてラクサのことを信用してからは容赦なく仕事を持ちかけるようになったことを思い出した。ベルはベルで、戦闘能力に一目置いているし、色々と察しがいいラクサと話すのは楽しいし気が楽だと明言している。



「ラクサは細工師としての技量を元々備えていた上に仕事が丁寧で早く、手を抜くことをしなかったので。仕事以外に護衛も引き受けてくれていますが、信頼に値すると僕ら全員が感じているので商売についての話も持ち掛けやすいのです。店の方も手伝ってくれていますしね」


「店の手伝い、ですか?」



 不思議そうなキノバさんに店番を頼むこともある、とリアンが告げた。安価でアイテムを売るために素材が足りなくなった場合どうしても採取しに行かなくてはいけない事、それを知って自身の作品を売るついでに店番や時に採取に同行したりと協力していることを説明。



「リアン、その言い方だとオレっちが損してるみたいに聞こえるじゃないッスか。オレっちのメリットはそれ以上にあって、一室を借りて居候させてもらってるンで、美味い飯は食えるし、掃除も借りている部屋だけでよし、作品作りに悩んだときは助言やアイディアを聞かせて貰うこともできるッス。特に飯! ほんっと飯は助かるんスよ。食費払ってでもオレっちはライムの飯を食うって決めてるンで」



 グッと親指を立てていい笑顔のラクサにキノバさんたちは顔を見合わせる。

 ベルがコホン、と咳払いをして飲食店ができれば生活はしやすくなりますし、それくらい人が来るように頑張りましょう、と強引に話をまとめた。



「でも、共同で何か作るっていうのは楽しそうだよね。家具と錬金術はピンとこないけど」


「作るとしたら武器あたりが無難、か? いや、センベイ容器みたいな感じで日常使いできるものが作れないか考えておく。ただ、オレたちもそっちの腕がわからないし、その辺は近所づきあい?とかいうのをしていけばわかるよな」


「明日からこっちの店舗に越してくることになるので、その、よろしくお願いします。仲良くしてくれると嬉しいです」



 そろそろ、と立ち上がった兄弟につられてクーさんとキノバさんも立ち上がる。私たちは彼らを見送って、ドアを閉めた。使用された食器はいつの間にかサフルが下げてくれていた。

 やれやれ、と席に着いたところでリアンが背もたれに体重を預けて天井を仰ぎつつ、眼鏡をはずして目頭を揉んでいる。



「……人が増えるのはありがたいが、考えることが増えるのはどうにかならないものか」


「どうしようもないわ。人気者の宿命ってやつよ。私も結論は出したものの……色々と考えてはいたのよね。ここに来る冒険者や騎士、ご婦人たちは再開するたびに『待っていた』とか『楽しみにしていた』『助かった』って口にするでしょう? あの言葉に嘘があるようにはどうしても聞こえないのよ」



 ベルがそうため息をついたので、再開するたびに嬉しそうな顔で私達の店で買い物をしていく人たちを思い出す。やや大げさな表現をしたりはしているかもしれないけれど、商品を買えた人は皆ホッとして、買えなかった人は「明日は開店するのか」と必ず聞いてくる。最近は中級回復薬や中魔力回復薬なんかも出すようになったので、ランクの高い冒険者も足を運び売り上げもかなり伸びている。

 どこから広まったのか『乾燥袋』や店に並べていないアイテムについての問い合わせなんかもされるようになった。



「そうなんだよね。留学のこと知っている人からさりげなくどうするのかって聞かれることも増えたし……どうするのが一番いいのかなーっておもってる。店を開けるのはいいけど、この店舗に人を入れて任せるのは不安だし、心配だらけだから嫌なんだよね。無難なのは店の外で時間と曜日を限定して完全に数を制限して売る、かどこかに頼むか……だろうけど、どのみち売る人を確保しなくっちゃいけないし、払うお金も考えなきゃでしょ?」



 奴隷を買う、というのも一つの手段ではあるけれど言葉にはしなかった。

私はもうこれ以上奴隷を増やす気はないし、リアンやベルが奴隷についてどう考えているのかがわからないから。



「店の前で売るとすれば、売り子を雇う必要がある。雇う以上魔力契約は必須、商人ギルドで登録もしてもらわなくてはいけないし、すでにそれらの条件を満たし販売スキルのある人間を雇うとすれば利益が飛びかねん」


「簡単に売る、なら……単品よりセットにしたら売る方も楽なんじゃない? だから、セット売り限定にするのはどうかな。セットならどれだけ出ていくか、を考えなくっていいしさ」



 多少の不便はあるけれど、買えないより買える方がいいだろう、そう提案するとベルとリアンは少し考えてから頷く。



「それもそうね、売り上げやお客さんに意見を聞いてみて販売する組み合わせを考えておけばいいんじゃない? これなら一日何個限定、って出来るし売る場所もここだけじゃなくて冒険者ギルドや商人ギルド、あとは教会やなんかでも売れそうよね」


「──確かに、いい案かもしれないな。これなら売り上げをごまかすこともできない。必要なもの以外が入っている、ということもあるかもしれないが『いらない』物は作っていないからな。僕らは」


「だね」


「当然よ」



 まずはどういう組み合わせにするか、を一覧にしてみた。凄まじいことになったのだけれど、販売時や外出時に直接お客さんに聞いてみようということになった。すごく急いでいない限り、協力してくれると思うんだよね。



「商品の方はどうにかなるとして、素材を追加で集めなきゃいけないでしょ? あとは、えーっと留学の準備に、販売する場所と人を探して………うん、頭パンクしそう」


「留学の準備と言ってもアイテムや武器、そして服の新調くらいだな。服に関しては今日これから母に頼みに行くか。ベルはどうする?」


「私も行くわ。あと、武器も新調したいのよね。新調、というより種類を揃えたいといった方がいいかもしれないわ……ダンジョン対策というのは必須よ。ライムもサフル達に新しくサブ武器を用意した方がいいわ。彼らも馴染ませるのに少しかかるだろうから」



 複数の武器を所持することは対処できる敵の幅を広げることでもあるの、と言われていたことを思い出して頷く。手始めにサフルだ。



「あ、オレっちも行っていいッスか? ダンジョン用に動きやすい服を用意したいと思ってたんスよね。一着と予備はあるといっても、結構古いンで」



 わかった、と頷いたリアンはついでに買うものもまとめて買うか、と必要素材などを挙げていく。

 ラクサも販売するアイテムについて色々考えていたらしく、お店に向かいながら、あれやこれやと話をした。

 お店で採寸や希望を伝え、頼めるか聞いてみると丁度錬金布の縫製を練習させたい針子たちがいるということで『必要な布』を作ってきてくれれば割引するわよ、という有難い言葉とヒントになりそう本まで貰ってしまった。


 流石に申し訳なかったので作り置きしていたアリルのタルトを渡したんだけど、すごく喜ばれた。針子の人達と食べるわ、と満面の笑みで見送ってくれたのでほっと息をつくと左右からジトーッとした視線。



「えっと、どうしたの?」


「ねぇ。私、さっきの『アリルのタルト』っていうの、食べてないわ」

「そうだな、僕も食べていない」

「オレっちも食べてないッス」


「……アリル買っていいなら、作るけど」



 思わずそんなことを口にすると即商店街に連れていかれてアリルをひと箱買ってくれた。

 今ある素材で大量の調合をしつつ、アリルのタルトを作る私って偉いんじゃないだろうか。美味しいけどさ、と思いつつ疲労が溶けていく感覚を味わいつつ咀嚼しているとベルがごそごそ準備を始めた。



「今日から採取に行くって言いだして驚いたけど、本当に三人で大丈夫?」


「ええ、問題ないわ。私とミント、チコで偵察がてらスライムが湧きやすい水辺に行ってみるわ。あのあたり、割と薬草も多いからついでに採取もしてくるつもり。ある程度安全な様なら、昼間にでもライムと一緒に行きたいのだけれどポーシュがいるしかなり時間は短縮できるわよ」



 走っていける距離だもの、と言い切ったベルに苦笑しつつ自分が持っている薬などを渡した。そして『チコに渡して欲しい』と身代わりのお守りも渡しておく。

 チコは、こっちにいる時、自分たちが食べきれないお肉とかお裾分けに来てくれるんだよね。薬草なんかも持ってきてくれるんだけど毎回「数が半端で冒険者ギルドで売れなかったから」と渡してくれる。そのお礼もかねて渡して欲しいといえば、ベルはしっかり頷いた。

 夜、ということもあってベルは動きやすい、というより全身黒づくめ。髪もお団子にしてすっぽりフードの中に収納。口布をして目元だけを出すスタイルだ。それに武器も見覚えのない物になっている。



「ベルの武器、初めて見るね。小さい斧?」


「ええ、投擲用の斧よ。他にもサイズの違う斧を持って行くつもり。冬期休暇中に注文していたのよね。斧の形状をしていればどのサイズでも使えると思ったの。使いにくいとか言っている場合じゃないでしょう? ダンジョンが広ければいいけれど狭かったら戦い方を考えておかないと──何時に帰ってくるか明確な時間は言えないけれど、明日の昼までには戻ってくるつもり。トラブルがあったとして、明後日までに帰ってこなければトラブルがあったと判断してかまわないわ」



 そういうベルには食べ物などは既に渡しているし、あとは無事を祈るだけだ。いってらっしゃい、といえばベルは嬉しそうに笑って暗い工房の外へ。



「オレっちにサフルともう一人……足の速い奴隷を貸して欲しいんス。作りためていた金符を試して出来るだけダンジョンの中で出来ることを増やしたくって。ベルが動いてるの見ると、護衛兼通訳のオレっちも頑張らないわけにはいかないっしょ?」



 ニッと笑ったその姿は珍しく好戦的で少し戸惑いはしたけれど、奴隷二人が了承したらという言葉を付け足すと早速サフルがこの場にいないクギを呼びに行ってくれた。

 時間や場所などを詳しく話すラクサの話を記憶しつつ、適切だと思われる薬や食べ物を見極めて渡す。咄嗟の判断が必要なこともあるだろうと思って、怪我の手当てを手早くできるように傷やケガに応じた適切なアイテム選択、そして使い方を改めて見直し、適切に使えるようにこっそり特訓している。


 他にも、戦えないけれど『罠』を見極めることくらいはできるんじゃないかって思って色々試してみたんだけど罠は『戦闘』に入らないようだから少しずつ初歩から学んでいる所だ。

 試験勉強以外にも覚えることややることが多すぎて頭がパンクしそう。死なないようにするのが優先だと割り切った。まぁ、寝る前にリアンやベルと試験対策はしてるけどね。

 どこへ行くか、何時に帰るか、やりたいことと素材をついでに集めてくるというプランを聞いている時にサフルがクギと共に姿を現した。二人とも『夜』の戦闘服に着替えている所を見ると行く気満々の様だ。



「クギ、明日の仕事は大丈夫?」


「明日は夜の配達だから問題な……あー、ないです」


「ありません、でしょう?」


「……ありません」



 チッ!と舌打ちをしそうな顔でそっぽを向いたクギとふふん、と勝ち誇ったようなサフルの顔に思わず笑いそうになる。この二人は年が近いからか意見が割とぶつかるらしい。

 二人に必要と思われるものを渡し、見かけたらで良いから採取を頼んだ。二人は神妙な顔で頷いたのでラクサの指示に従うようにと改めて私も命令しておく。

 すると二人はラクサに対し頭を下げ、服従を意味する待機の姿勢をとる。



「ま、ゴシュジンサマの許可も下りたことだし、借りていくッス」



 詳細を聞いている間にリアンの許可も貰っていたらしく、三人も同じように工房を出ていった。残っているのは私とリアン、シシクやリッカ、トーネといったあまり纏まって話すことのない面子。



「私達もちょっと話、してみる?」


「そうだな、ダンジョンについていくつか聞いておきたいこともある。ライム、悪いが彼らを此処へ。僕らはブラウン酒にするが、君は……温めたミル果汁でいいか?」



 うん、と頷けばリアンは地下へ。私はその間、彼らの部屋へと足を向けた。



 いつも読んで下さってありがとうございます!

 お店回り、にぎやかにならないかなぁ……というか、商売する機会って逃せないよねということで実装。

食べ物屋さんも増えるといいですよね。なにがいいかなー!

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― 新着の感想 ―
[一言] 人が集まる場所なればそこは商売のチャンス! すこぐ単純なことだけど確かな事だ……!楽しくていいね!! 留学の話も進んで来てるしワクワクしちゃうね 更新感謝〜〜!!!!
[気になる点] 確認しました。やはり学院の方で 人手を出すという話と、定期的に必要な日用雑貨は委託販売の予定となってます。 279/329  275話 最優秀者への特典 学院からは『留学中の工房…
[良い点] だんだん話が具体的になってきて楽しみです。 留学中の店番、学校側が物品を預かって店舗前で定期的に販売するって話があったような。販売の実態も知りたいとかで。
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