322話 【ノヴィシージュ・アピス】
よし、どうにか、どうにかおわったー!
次は工房に戻れるはず。
調合を終え、出迎えてくれたルヴとロボス、そして青っこいのと戯れるべく古いシーツを敷く。
ルヴとロボスをブラッシングしている間、器用に青っこいのは頭上で一心不乱に私の魔力が入った魔石を抱えて吸っている。頭を傾けても落ちないのはすごいなと思いつつ、もっさり大量にとれた二頭の毛を抜け毛用に作った専用の袋に詰めていると頭の上にいた青っこいのが私の胸飾りの所に止まる。
どうやら不思議そうに抜け毛の山を見ているようだった。まぁ、何を考えているのかはわからないのだけど。
「何かに使えるかもって、保存してるんだ。この後洗って乾燥させるよ」
フカフカになるの、といえばふぅん、というように再び頭の上に。
「ライム様、洗浄作業は私にやらせていただけませんか」
「わかった。じゃあお願いしようかな。暇だし、お茶菓子でも作るねー。アリルのタルトでも作ろうかな」
「アリルのタルト、ですか?」
ピタッと抜け毛入りの袋を持ったまま足を止めたサフルに頷く。
そうだよ、と返事をしてどういうものなのか説明。そしてちらっとルヴ達を見る。彼らは自分が食べられないだろうと思っているようだったので【狼系共存獣まっしぐら!自然な甘みのベリータルト】という共存士ギルドで購入したレシピでミニタルトも作ることにした。ポーシュには歯ごたえバッチリな【野菜と果実の馬用ビスケット】、青っこいのには味付きの蜜玉だ。
「アリルのタルトは先生たちを呼ぼうか。ジャックとレーナは呼べないだろうから、一切れずつ二人に届けてもらっていい?」
「お任せください。今、いただいている仕事が終わりましたら手伝わせてください」
ペコリ、と一礼して部屋を出ていったサフルに苦笑しながら私は早速、トランクから必要な道具を取り出す。計量を先に済ませておくのだ。計量、下ごしらえはこの部屋でできるけれど、どうせなら錬金術でぱぱーッと作ってしまいたい。二人の試験が終わったなら調合用の教室を使わせてもらえないか聞いてみるつもり。
鼻歌を歌いながらいつも通り素材の計量をしながら、青っこいのについてふと思い出した。
「そういえば青っこいのって進化したんだよね。なんだっけ、えーっと」
ポーチから取り出したのは共存獣を鑑定した用紙。基本的に口頭説明なんだけど、後で読み返したりどうやって育てるか、いざという時の注意事項なんかを確認するには必要だろうということで購入。
広げてみると中々かっこいい種族名が書いてある。
【ノヴィシージュ・アピス】別称:修行蜂、賢者蜂。直訳:修行中の賢蜂
主人に対し純粋かつ高い好感度を持っている場合にのみ進化する。特殊な進化例であり、魔術を使うことができる。使う魔術は元の種族の属性+聖。簡単な癒しの術を使うことができる上に、複数の毒も自在に操る。体長は五センチほど。
用紙に目を通しながら頭上に手をやれば、そこに大人しくよじ登ってきた。
目の高さまで手を下ろせば相変わらず綺麗な『青っこいの』がこちらをじーっとみつめて……いるように、見える気がする。虫ってどこ見てるのかちょっとわかりにくいんだよね。
青っこいのは、元々が水蜂と呼ばれる種類なので全体的に青ベース。それを踏まえて、ギルドの人が色々とメモとして特徴を追記してくれた。
「えっと『胸部分が銀色の虫毛におおわれ、腹にあたる部分は虫金属と呼ばれる特殊な外殻になっている。羽なども頑丈。飛行速度・飛行距離なども段違いだが、蜜を集めることもできる』…うん、なるほど。戦ってるのも見たけど凄く速くなってて驚いちゃった」
あと、青っこいのの特殊技能として『蜜』だけ『空間魔術』に収納できるようになっているらしい。多分、ミルルクさんの所にいたからだと思った。確実にやばい蜂への道のりを進んでいる気がする。
「あとは『人の言葉はわからないが、主人の感情の動きと簡単な指示や名前は理解し、記憶している。魔力を覚える性質がある』か。なんだかちょっと見ない間にたくさんできることが増えてるね。あとは……進化先っていうのまで書いてあるとは」
候補は二つ。あと、珍しい進化先についてもオマケで書いてくれていた。
【ビーベル・ウィンシア】別称:絆蜂、癒し蜂、幸運蜂。直訳:聖なる絆で結ばれし蜂。
最終進化系。回復、回避特化でアンデッドなどを寄せ付けない。また、生成する蜜には『聖なる』『祝福された』のどちらかが必ず付加される。直接攻撃ではなく魔力を用いた多彩な技を用いる。傍にいるだけで癒しの効果があるとされているが、確認数が非常に少ない。
【フェレーメ・レペ・アピス】もう一種類の魔獣蜂の進化先。最終進化系。
擬態をしてでも主人と一緒にいたい、という一途な想いを強く反映。回復・魔力による攻撃・精神攻撃(毒)をもち、姿を変えることもできる(大きさなどに制限・限度はある)。
若干精霊より。確認数が非常に少ない。
【リテール・ヴェタ・メリサ】主人(女王蜂)を持たない蜂が生まれることがあるが、出会えたらラッキー。敵意を示さず、魔力のこもった魔石を渡すことで『気に入って』貰えればそのまま共存契約を結んでくれることも。こちらも確認数が非常に少ないため情報の精度は甘め。何ができるのか、詳細情報はなし。
他にもあるかもしれないよ☆と最後に手書きで書いてあって頭を抱えた。共存士ギルドに所属している人達の癖の強さは、ほかの所に比べて群を抜いている気がする。
「けど、進化する先を決めるのは私じゃないんだよね。青っこいのも、ルヴもロボスも、皆自分のやりたい、なりたいように成長してくれればいいからね。どうなっても一緒に暮らせるように一生懸命考えるし、皆のことが大事なのは死ぬまで変わらないから。私は私でみんなが胸を張れるような主人になれるようにもっと頑張らなきゃ」
よしよし、とフワフワした銀色の虫毛部分を撫でる。青っこいのは嬉しそうにすり寄って、そして足元にはルヴとロボス。嬉しそうに、すりすり。
かわいいなぁ、と思わずギューッと抱きしめてこれから皆のオヤツを作るといえば『邪魔しません!』というようにパッと離れて尻尾を振ったり、八の字飛行で嬉しさを表現したりしていて、思わず噴き出した。
計量作業に戻り、タルトの上に載せるフルーツの加工をしているとサフルが戻ってきた。試験で使った教室の横にある予備教室なら使えるらしく、ワート先生が迎えに来てくれるという。
急いで準備したものをポーチに収納したところでノック音が聞こえてきた。
呆れた顔で私を見て「試験の後にまた調合したがる生徒ってのは、かなり稀な部類だぞ」とか言っていたけれど反対ではないらしい。
「魔力はちょっと回復してきてデザートとか料理くらいならできるし、もったいないなーって。ジッとしてたり、一息入れればどうせ回復するじゃないですか」
「普通は魔力切れ状態を嫌がるもんなんだが。アレ、結構きついだろ」
「小さいころから魔力切れになってから眠る生活だったから、別にきついって思ったことはないかも」
「……いや、どんな環境だったんだそれ。まぁ、そういう生活してたってことなら魔力量が多いのも納得はできるが」
ぶつぶつ言いながらもちゃんと教室に案内してくれた。
予備教室、というのは凄く簡素というか必要最低限の物しかない部屋で、必要な道具があれば調合教室から持ってくるとのこと。
手持ちにない必要な道具を先生に伝え、それを取りに行ってくれている間に、使い慣れた道具を出していく。部屋には作業台、洗い場、調合釜、棚しかなくて本当に必要最低限だなぁと感心した。
学院には私の知らない色々な部屋があるみたいだ。ゆっくり見て回れる日が来たらいつか見てみたいけど、多分無理だろうなーなんて思わず笑った。チャンスがあるなら卒業の時とか、かな?
「作るのは【狼系共存獣まっしぐら!自然な甘みのベリータルト】【野菜と果実の馬用ビスケット】【アリルのタルト】だね。アリルのタルトは……ベースのタルトだけにしておくか。その方が魔力の節約になるし」
今回作るアリルのタルトは、薄切りにしたアリルのコンポートと生のアリルを交互に重ねてみることに。食感が違うし生と加熱したものだと味も違うからね。カスタードだけだと微妙に重くなりそうだからホイップクリームもプラスして、とか考えていると先生が戻ってきた。
私のいる予備教室は、必ず調合教室を通らなくちゃいけないから調合が終わったら出て来てくれ、とのこと。頷いた私に、奴隷が戻ってきたらノックをさせるとドア越しに伝えられ、了承すると足音が遠ざかっていく。
【狼系共存獣まっしぐら!自然な甘みのベリータルト】5個分(直径12センチ)
生地:小麦粉(300)+油素材(75)+水素材(70)
中身:チーズ(あってもなくてもよい)+ミルの実+レシナ汁
飾り(調合釜に入れない):ホイップクリーム(砂糖使わない)、ベリー
下準備:粉をふるいにかける、しっかり計量
ミルの実でホイップクリーム作成(砂糖なし)
調合
1.生地の素材を全て入れ、切るように魔力を注ぎながら混ぜる
2.生地が浮かび上がったら、濡れ布巾をかぶせて寝かせておく
3.中身にあたる素材を全て入れ、一定の魔力を注ぎながら調合釜の中でしっかり混ぜ、もったりとしたクリーム状になるまで続ける
4.クリーム状になったら生地を五等分にして調合釜に混ぜ、形が整ったところで【砂糖なしのホイップクリーム】を投入
5.浮かび上がってきたら、飾りつけて完成
※人間が食べる場合は、ハチミツなど甘味を足して食べること
【野菜と果実の馬用ビスケット】
干し草(乾燥)+野菜(乾燥)+果物(乾燥)+木の実(乾燥)+油素材+水素材
下準備:乾燥した素材は全て粉末にする
調合
1.粉末にした干し草、野菜、果実を調合釜に入れ、中火で熱しながら魔力を注ぎ混ぜる
2.全体が混ざったら、木の実(乾燥)を入れて全体がしっとりするまで魔力を注ぎながら混ぜる
3.全体がしっとりしたところで水素材を加え、温度を中火に
4.こげないように混ぜ、半乾燥になったところで油素材を入れ魔力を込め練り合わせる
5.一塊になって浮かび上がってきたら取り出し、伸ばして、適度な大きさに切り分けてから調合釜へ再び入れ、水素材を少量入れて魔力込めながら強火で一気に水分を飛ばす
※人間が食べる場合は、歯ごたえがありすぎるので顎に自信のある方限定
【蜜玉(アリル風味)】ハチミツ(麦芽糖)+グミ(アリル)+ゴロ芋粉
ハチミツや麦芽糖をアリル味のグミを利用して作ったもの。
グミを溶かしふるるの素として利用しているが、固まる力が強い為、通常の物より弾力がある上に魔力がマシマシ。
調合方法は簡単で全て調合釜に入れて、浮かび上がってくるまでひたすら魔力を注ぐ
まず、時間のかかるタルトの作成。
これはレシナタルトと同じ要領で作ればいいから楽ちん。最初の頃ならたくさん魔力がかかるって思っていたけれど、今なら大したことがない。
パパッと作って、次にアリルのタルト用にプレーンタルトを作る。これ、砂糖を加えるのと分量を弄る、油素材をバタルにする、っていうちょっとプラスするくらいだから特筆すべきところはなし。普通だな、と思いながら、完成した土台部分を引き上げる。
「アリルのジャムをちょっとカスタードの上に塗っておこうかな」
ポーチから取り出したジャム瓶から薄めにジャムを塗り、その上にのせるホイップクリームの作成に取り掛かる。泡だて器で泡立てる場合は途中で砂糖を入れないと固まりにくいけど、錬金術で作れば後から砂糖を入れても問題ない。
ということで、先に無糖のホイップクリームを作り、ルヴ達の分を確保したら砂糖を入れて味を調整。
ホイップクリームが二種類完成したら、まずルヴ達の分のタルトを仕上げる。
絞り袋に入れて、完成したタルトにベリーとホイップを飾る。合計五つ分。それをポーチに仕舞ってアリルのタルトにするためのプレーンタルトにホイップ、そして薄切りアリルのコンポートと生アリルを交互に重ねて飾りつけ、それもポーチへ。
続いて、蜜玉の作成。これは作ったことがあったから、先に済ませたい。失敗する確率が少ないからね。
「よし、できた。うーん、味がどうなのかは確かめられないんだよなぁ。微かにアリルの匂いはするし成功はしてると思うけど」
味の判断は測定器や鑑定ではできない。だから、実際に口にするしかないのだけれど、これからアリルのタルトを食べる予定があるので味見はやめておく。
次に調合するのは【野菜と果実の馬用ビスケット】だ。
これは作るのは簡単なんだけど、味見はできればしたくないというのが本音。干し草、入っているからね。
粉末にした素材を投入し、混ざり具合や乾燥度合いを確認しながら、大きなヘラで調合釜の中を混ぜていく。
「共存士ギルドで調合したアイテムとか定期的に販売しないかって誘われたけど、どのくらい儲かるんだろ」
お金を儲けたい、というのは最近明確な金額目標ができたからというのが大きい。そろそろ、家に帰った時のことを具体的に考えておかないとまずいと思って、トーネ達や指導や職場で関わる人たちに相談してみたんだよね。
「家を建てるための費用、馬小屋を建てる費用、古い家があればそれを直すとしてもそれに使う新しい木材や釘やらなにやらの消耗品、修理用の木材やそもそも木材の切り出しと加工ができる人をどうするか……うう。金貨数枚じゃなくて数百枚単位」
木はたくさんあるけれど、伐っていい木とそうでない木があったり、木を切った後に板状に加工する技術は大工技術とはまた別だということ、他にも家を建てる前に地面を整地したり、家を建てる設計図を描いたり…やらなくてはいけない事をあげるときりがない。
「家の設計図は、リッカが勉強してみるって張り切ってたから大丈夫だと思うけど……木を加工する技術を持ってる人、か。買えばいいんだろうけど……って、木! ラダットに聞いてみよう。輸送費とかもかかるかもしれないけど、知らない人から買うより安い筈。仲介商人?とかいう人を挟むとその分お金かかるってリアンが話してたし、手紙でも書いてみようかな」
ウォード商会を利用する手も考えたけれど、リアンに相談すると「木材の扱いはあるが、あまり力を入れているわけではない。贔屓にしている業者はあるから紹介自体はできる」といっていた。一応の目安も聞いたけれど、安くはなかったし大きな買い物だ。
「私もちょっとずつ家具を作れるように簡単な物から始めてみようかな。椅子とか私達が作れればシシクは家の建築に力を注げるわけだし」
一人で話しながら作業を進めるのは若干、癖みたいになっているから気を付けようとは思うのだけれど、どうにも抜けない。サフルとかからは「お考えがわかるのでありがたいです」って言われるけどね。
「お。できた出来た。ポーシュの反応を見て良さそうだったら、お試しで量産しておくのもいいかも。これもそんなに労力かからないし材料費も高くないもんね。雑草も刈って乾燥するようにしなきゃだなぁ」
完成したのはカチカチのビスケット。馬用なのでバッチリの硬さだ。
ポーシュ用のオヤツ袋に完成したビスケットを入れて、ついでに調合釜でカレーの素になるものを作ってしまう。スパイスをゴリゴリ削って掛け合わせ、乾煎りするものや油と共に炒めるもの、其々に合う下処理をして加熱したら保存瓶に入れて終わりなんだけどね。
「よし、ひとまずこれでいいかな。そろそろ時間的にもオヤツ時だろうし、お茶の準備してご飯作ろうっと」
ふんふん、と鼻歌を歌いながら振り返るといつの間にかサフルが立っていて驚いた。どうやら私が調合に夢中になっている間に戻ってきていたらしい。びっくりした、と呟くと申し訳なさそうに頭を下げられた。本当は入らないで待機、が普通らしいんだけど先生に「何かあったら危険だから入って待て」と言われたらしい。
先生の判断なら問題ないと思うよ、といえば再度謝罪を受けたけれど気にしなくてもいいよ、と伝えてこの話は終わり。その場ですぐ指示を出せない事が良くあるので、その時はサフルに色々考えて動いてもらわないといけないんだよね。主人としてはダメダメなのかもしれないけれど、一緒に暮らすには必要な能力だと思う。
「先生、出来ましたー! 後は部屋に帰ってオヤツ食べてお茶飲んで、ちょっと作業して晩御飯作ったら終わりです」
「おおー。丁度いい時間だな。茶は俺が淹れよう。折角だし、ここでいいか。湯を沸かしてる間にウィンやスタードを呼んでくる。それと、夕飯はなんだかきいても?」
「今日はカレーですねー。余ったらカレーをパンの中に入れて揚げたカレーパンにしますけど」
「何だそれ、ただひたすら美味そうだなおい。あー、一応、その、俺の友人に声をかけてもいいか? 食いに来るのは少し後になるが取っておいてくれれば……あ、勿論金は払う」
「じゃあ、先生に小鍋とご飯を炊いたお鍋を丸ごと渡す……だとあったかいのが食べられないと思うので、私の部屋をノックしてくれればその場で食べられるように用意しますよ。お二人はお元気ですか? お仕事あるなら、作業は後にして今日、カレーパン作っちゃいますけど」
「明日も仕事だから飯を食ったらすぐに立つことになるはずだ。手間をかけて申し訳ないが、頼んでもいいか。あいつらが飯に執着するのは初めて見たからな。今まで、ゲテモノでも何でも平気な顔で喰ってたし、高いもん食わせても表情一つ変えやしなかった――ライムと出会って、妙に人間らしくなったよ」
水をヤカンに入れて小さな魔石コンロにのせた先生は目を細めた。
何時も疲れ切った顔をしているのに、その表情は柔らかく緩んでいて「先生」というより「仲のいい友達のことを自慢する子供」みたいにも見える。
「リウなんか、こっちに戻ってくる度に『あの子は無事か。怪我はしてないか』って必ず確認してくるし、フィガも『元気にしているのか』って時々尋ねてくる。特にリウはお前のことを気に入っているようだな。ああ、それと『お守り』を貰ってから暇さえあれば取り出して見つめてる」
「あ、受け取ってくれたんですね。良かった。できるだけ目立たないように黒にしたんです。でも、リウさんは落ち着いた深い赤色とか似合いそうだし、濃い赤色にしたの、正解だったのかな」
「正解どころか大正解すぎてバグってたわ。結構長い付き合いだが、ライムからのプレゼントだといって渡した時は凄かったぞ。驚きすぎて声を出した姿を初めてみた」
クツクツ笑って、そして机の引き出しから何かを持ってきた。
手を出すように言われたので手を出すと紙袋が渡された。どこから見ても高級紙だ。
「……これは?」
「フィガからの土産だ。最近遠い国に行っていたらしい。若い娘は何が好きだって聞かれて返答に迷ったぞ、先生は。とりあえず、錬金術に使えるものがいいだろ、って提案しておいた。偉いだろ」
見てみろ、と言われたので開けて覗いてみると出てきたのは……どこからどう見ても超高価な調合用手袋。革の質感から言って、間違いなくドラゴン素材だ。
肌に吸い付くような質感に軽さ、そして魔力を完全に遮断できるという特殊効果付きがドラゴン素材を使用した手袋だ。キラキラとした星をちりばめたような輝きと独特の光沢。
「せ、せんせぇ…」
「あー。あいつ、そういえば金銭感覚ヤバイの忘れてたわ。すまんな。ただ、物はいいから貰っておけ」
「カレーを一生作り続けなきゃいけないレベルなんですけど!?」
「ははは。まぁ、便利そうなもんってことでそれにしたんだろ。ただ、素材代はかかってないから加工賃くらいだし、アイツの稼ぎを考えると大した事はない。なんせ、ドラゴン素材なんて腐るほど持ってるしな」
「貰っておくことにする……あと、お弁当も作っておく」
「おう。それがいいだろうな。じゃ、ちょっと声かけてくる。皿やなんかは適当に出して使ってくれ」
頷いて、サフルにお皿やフォークを出してもらっている間、作ったタルトにナイフを入れて切り分ける。少し考えてレシナのパイを作ることにした。これは一口サイズの物を作っておくつもり。さっぱりした口当たりだから、カレーの後に食べてもいいと思う。
レシナを切り、皮を削って、果汁を絞るといった下準備をしているとノックが聞こえてきた。サフルがドアを開けるとワート先生と助手先生二人の姿。サフルにレーナとジャックの分を持たせて送り出し、私は切り分けたものを先生たちの前に。ワート先生は紅茶を淹れてそれぞれの前へ。
アリルのタルトは好評だったし、私も食べてみて美味しいと思ったので工房でも作ろうと思いながら、この後引き続き調合したいことを話しワート先生から許可をもぎ取った。
ただ、ウィン助手先生がニコッと笑って悪意ゼロで食後の話をしてくる。
「夕食後ですが、少し勉強する時間を取りましょう。過去問を用意しましたので、一度、試験と同じ時間で解いてみましょうか。これをすることで、ライムさんの得意・不得意が明確になると思います。まぁ、一度だけだとわからないので明日の午前中にもう一度別の過去問を解いてください。午後の昼食を終えた後に、分析結果をお話しできるようこちらである程度まとめておきます。ライムさんに適した問題集を作らなくては」
「……じょしゅせんせー、私だけだと狡いと思いまーす」
「ふふ。大丈夫ですよ。留学前に一度調査をすることにしていますから。といっても、リアン君に関しては試験対策はいらないという結論を出しています」
「え、どうしてですか? 学年主席だから?」
驚いてそう聞くと先生は首を横に振って微笑んだ。
なんでも、リアンは何度か過去問を解いたり、先生たちがお試しで作った問題を解いたりしているらしい。授業のついででやったというから驚いた。
「次席のマリーポットさんはある程度対策が必要ですし、成績の良いジャック君や学院の生徒も同様に対策は必要です。リアン君は、過去問、新しく作った問題ですら全問正解だったので間違いなく合格するでしょうね。時間を割くのが無駄な次元です」
「いや、俺も驚いたぜ。合格率が最低だった過去問でも難なく解いて来るばかりか、間違ってる箇所を修正して毎回提出してくるからな。三年の授業内容も完全に頭に入っているらしい。薬やそれに関する法律に関しては俺たちより記憶しているかもしれん……ああいう生徒がいるんだなと思ったよ」
うんうん、と二人の助手先生が頷いているのを見て、へぇと感心してしまった。頭がいいとは思っていたけれど、本当に頭がいいらしい。記憶力もいいし、しっかりしてるもんねー、リアンってば。
「つか、ライムは一応婚約者なんだろ? 勉強見てもらったらどうだ?」
「うーん……頼んではみようと思うんですけど、リアン曰く『覚え方が僕とは絶対に違うから僕に教わるより教員に教わった方が確実だと思うぞ』って。気がのらないみたいでした。あ、でも、過去問とかの傾向からまず出るだろうっていうところは教えてやるって言質はバッチリです!」
ぐっと握りこぶしを作ると先生たちは顔を見合わせて、何とも言えない表情で頷きあっていた。そうだよなぁ、だって。
今日も美味しかった、という感想を貰った後、私は再び調合の為に調合室へ戻り、レシナの一口パイを作成。先生に送ってもらって自室に帰ったらすぐにカレーを作り、その流れでカレーパンも作成。油を使ったので猪の肉で揚げ物も作ったから猪のカツを乗せたボリューム満点のカレーライスになった。
先生たちが食べた後は、トーネ達が入れ替わりで帰ってきたので食事を食べて近況を聞いてからラクサの分のカレーを持って帰って貰った。
フィガさんが仕事を終えてきたのは、夜八時を回った頃。
丁度、私はウィン助手先生の指導を受けている真っ最中だったのだけれど、隣で採点される妙な緊張感にソワソワしている所だったので、喜んで食事の準備をした。
フィガさんのことはウィン助手先生も知っているらしく、軽く会釈だけしていた。
「調合用の手袋ありがとうございました。でも、その、いいんですか? あれ、かなり高い……」
『問題ない。カレーと出会わせてくれたこと、そしてよい『お守り』も貰ったしな。気にするな。お守りを人からもらったのは初めてだったから、その礼だ』
長いメモをサラサラと書いてくれたことに驚きつつ、もう一度お礼を言って感謝を伝えた。満足そうに、でもすごい勢いで食べ進み、申し訳なさそうに『おかわりはあるか? 上にのっていた、サクサクした肉のなにかもあるなら食べたいのだが』とのことだったので、ちゃんとありますよ、と同じものをもう一度出すと喜んで食べてくれた。
「あ、それと今回はカレーパンと一口レシナパイ、あとイノシシ肉のカツを挟んだパンを持って行ってください。リウさんと会う予定があるならリウさんにも渡して欲しいんですけど」
『わかった。感謝する。リウにも渡しておこう……カツとはなんだ? このサクサクか?』
そういえば説明してなかった、と慌ててカツについて話をする。作り方とかも話したけれど、お皿に残った一切れをじっと観察して、何やら納得したみたい。
食べ終わったフィガさんは私の頭をちょっとだけぎこちない感じで撫でて、そのままパッと姿を消した。
「ライムさんはコミュニケーション能力が高いようですね。彼が筆談で話をするとは」
「面倒見のいい人ですよね。すごく強いし」
「そう、ですね。さて、とりあえずこれは私が持って帰ってワート教授たちと色々と話し合うのに使わせていただきますが、点数と簡単な分析をこちらに書きました。寝る前にでも目を通してくださいね。明日、朝食後に過去問を出しますから、しっかり眠ってください。あと、数日はここでの生活になりますから、その間に出来ることはやりましょう」
「……ハイ」
もう勘弁してください、と言えないのは私が『錬金術師』になれるように好意から手伝ってくれているからだ。私の日々の潤いは調合だけになった、と口にすればとウィン助手先生は噴出してから「本当に、貴女は珍しいタイプの錬金術師になりそうで、とても楽しみです。可能であれば同じ職場で働ければと思いますが、どの道を選んでも私もスタードも応援しています」とニッコリ。
「が、がんばります! 目指せ合格!」
「その調子ですよ。さて、今日はそろそろ寝た方がいいでしょう。それから寝る前に調合は駄目ですよ? 寝ることで記憶が定着しますからね」
はーい、と返事をして魔力を魔石に注ぐのは大丈夫かと聞けば呆れつつ、小さく頷いてくれたのでホッと息を吐いた。ウィン助手先生が部屋から出ていくと、待ってました!というようにルヴとロボス、そして青っこいのが私の側にきて、スリスリしてから先にベッドへ。
魔石に魔力を注いで魔力切れ状態にしてから、サフルにお休み、を伝え共存獣たちと眠りについた。
なんだか、いつでもどこでも忙しい気がするなぁ。
最初に考えていたものとは違う内容になりました。なんでだ。
今回、調合はさっくり。錬金術を使った料理、がメインだったので少し雑になった気もしますが、レシピを調べて構築するところからやっておりますw
たま――――に食べたくなるアップルパイ。食べたことのないリンゴのタルト。
いつか食べたい檸檬のタルト。あああーーー・・・orz
※3月7日に蜂の進化先修正してます