321話 【滋養強壮剤(丸薬)】
おっしゃー!おわったーーーー!!!!
お待たせしました、一日遅れでっす!
午後二時きっかりに、私達は調合部屋で顔を合わせた。
ジャック、レーナ共に幾分かリラックスした表情だったけれど、あいさつの後直ぐに二人は謝罪と感謝を口にした。どうやら、離れている間に今回遭遇した相手の所業を詳しく聞いたらしい。特にレーナは真っ先に信用してしまったことを悔いているようで、少しだけ落ち込んでいるようにも見えた。
「もう、本当に気にしなくていいよ。結果的に生きてるし、私も最初はそうだったもん。まぁ、今でもそういうところがあってベルやリアンからは気をつけろって注意されるし──わかってはいるけど、疑うのって結構難しいよね」
「ええ。もっと人を知らなくてはいけない、と深く感じました。それで、この課題が終わり次第ジャック達と合同で冒険者を雇って採取に行ってみようという話になったのですけれど……ライムたちはどうしますか?」
「うちはいいかなぁ。採取には行きたいけど、今回で結構とれたし、それより販売用の商品をたくさん作りためておかないと一年持たないもん」
「確かに、冒険者や近所の人からも『アトリエ・ノートル』の噂はよく聞くしその方がいいかもしれない。ライムさんたちの工房じゃないと買えないアイテムがたくさんあるから、商店街から遠くても足を運ぶって聞いているよ。そういえば、君たちの工房の周辺に店がオープンするかもしれないって聞いてるんだけど、どんな人か知ってる?」
調合前にレシピの確認などがあったので一度作業台に集まったんだけど、予想外の情報を聞いてうっかり手に持っていた発泡水入りの瓶を落としそうになった。
慌てて抱えなおしたけれど凄いことをサラッと言われた気がする。
「店って、空き店舗にってことだよね?」
「うん。それも複数……って話だから賑やかになりそうだね。ライムさん達の工房が繁盛して人の流れができたから、今が狙い目だって考える人が多かったってことじゃないかな。僕は魔道具職人が店を開くっていう噂しか知らないけれど、リアン君ならもう少し詳しい話を知っているだろうし、聞いてみるといいよ」
ごめんね、詳しく知らなくてと申し訳なさそうにジャックに謝られたけれど知らない情報だったので情報に対するお礼を伝えた。
「なんだか賑やかになりそうで楽しみなんだけど、今年はあまりこっちにいないんだよなぁ。勿体ない気がする」
「ふふ、確かにそこが一番心配だよね。そうそう、僕らの工房近くにも新しいパン屋ができるんだ。確か、試験が終わる数日前に開店予定だったから美味しかったら紹介するよ」
「私たちの工房近くには生地屋さんができました。雑貨も取り扱っているから今度見に行こうって話をしていたんです。よければ皆さんで来てくださいな。お店見学の後は、私たちの工房でお茶会でもしましょう」
一先ず雑談はここまでにして、とジャックが話ながらテーブルに三枚の羊皮紙を並べた。
そこには【滋養強壮剤】の文字と材料などが記載されているけれど、どれも微妙に異なっている。この短時間で三つも調べたのかと感心しているとジャックは照れ臭そうに笑った。
こういう探し物は得意なんだ、とのこと。
「へぇ、二つは液体で分量が違うんだね。けど、もう一つは粉末か。粉末のレシピがあるなんて知らなかった」
「これ、調べていく内にたまたま見つけたんだ。素材が一つ追加になるから僕らには難しいかとは思ったんだけど、折角調べたしね」
丸薬を作るには【ロマドイの枝】【ハッヒツの実】【パラリネスの葉】【ネラコッホシュ】の他にも【栄養の粉(緑)】と【魔石粉】が必要だった。
この食べられる粘土のレシピも調べてあり、首を傾げる。
「これ、作れるよ。難しくないと思う」
「……え? でも魔石粉もないし、手順が」
「寄生鹿を倒した時に魔石拾ったでしょ? あれ、小さいけど品質は悪くないし、量も今回三回調合する分くらいなら大丈夫。薬用植物もロビー・ツニマードを使えばいいし、水は勿論【エンリの源水】で事足りるもん。調合時間も、短縮できるよ。乾燥機があったから、それで葉っぱを乾燥させて粉末にすればいい。最初の工程はさっさとやらなきゃ。調和薬をパパッと作って、それとツニマード、エンリの源水、の三つと魔石を入れて溶かした後に『完成品』を粉にすればいいだけだし……薬にしては手順も少なめだから問題なさそうなんだけどな」
いい切れたのはご飯を食べて短時間ではあったけれどぐっすり眠れたっていうのが大きい。魔力もほぼ完全に回復したからね。起きて回復効果があるお菓子も食べたし。このお菓子は、先生たちに定期的に購入させてくれって頼まれたけど返事は待ってもらってる。やっぱ、リアンに相談した方がいいからね。値段も含めて。
レシピを眺めながらそう口にすると目を丸くした二人がこちらを見ていて、首を傾げてしまった。そんなに驚くようなことは何も言ってないし。
「あ、そうだ。まだ分配した採取素材を渡してなかったね。これが総数で、三人で分けるとこんな感じになったよ。ただ端数は調合で優先的に今回使うための調合素材として使ったんだけど、何にどのくらい使ったっていう内訳はレシピがわかっちゃうかもしれないから内緒でもいいかな。実は、ベルやリアンたちと魔力契約してて、レシピを同工房生のベル、リアン以外にばらしたら二人の奴隷になっちゃうんだ。卒業もしてないのにそれはちょっとね」
「……はい? え、ちょ、ワート先生?! 俺たちそんな情報全く知らされていなかったのですがッ?!」
「ど、奴隷って……学生がそういう契約するってどんな状況なんですか?!」
遠くを見て動かないワート先生にどういうことかと詰め寄るウィン助手先生とスタード助手先生。いやー、とか説明し忘れたかなーなんて適当に相槌をうっている先生を眺めていると突然手を握られ、思わず振り向く。
すると鬼気迫る表情のレーナと真剣な表情で何か考え込んで申し訳なさそうにほほ笑むジャックがいた。
「聞きません! 絶対に聞きませんけれど、なぜ奴隷…せめてもうちょっとこうなかったのですか? どう考えてもリスクが」
「魔力契約を結ぶ、という点に関しては理解が及ぶのですがどうして色々と飛び越えて違反時の対価として奴隷という発想が出てくるのか……凡人の僕にはどうにも」
ジャックの言葉にワート先生がそっと両手を挙げたまま、この状況を落ち着かせるように咳ばらいを一つ。静かになったのを見回して、もっともらしい顔で話し始めた。
「安心しろ、ジャック。俺たち教員も正直、これを知った時に卒倒しかけた。せいぜい口約束かと思ったら魔力契約結ぶとか想定外すぎて止める間もなかったんだよ……」
そんなに驚くことかな、と思いつつ一先ず使った素材のことが有耶無耶になったのは助かった。変な使い方はしてないけどね。
なんだか忙しそうな先生たちには悪いけど、気になるのは調合手順だ。
最初に調合することになりそうな【栄養の粉(緑)】に関して魔力は足りる。でも、そのあとの【滋養強壮剤】を作るには明らかに足りない。
「先生。この課題って今日中に作らなきゃいけないものですよね」
「ん? ああ、そうだな。調合に使えるのは一日だ。お前たちの場合は、トラブルがあったから例外として発泡水作成の許可は出しているが……今日中だ」
「わかりました。じゃあ、仕方ないか。んーと、二人とも魔力量ってどんな感じ? 私、結構多い方なんだけど」
大体、中級回復薬を使って大まかにこのくらいだと伝えると凄まじく驚かれた。
どうやら私の魔力量は結構多いらしい。レーナたち二人の魔力量を聞いたんだけど、恐らく今日中に完成させるには魔力回復薬の使用が絶対。持っているかと聞けば二人とも念のため中級魔力回復薬を一本持ってきている、とのこと。
「そっか。私は丸薬タイプのを作ってみるつもりなんだけど、二人はどうする?」
「私は液体タイプを作ります。丸薬タイプは失敗する気しかしませんし」
「僕もレーナさんと同じですね。魔力についても心配ですし、現状だとギリギリといったところなので」
「だね。あ、たぶん最後の方魔力が切れて体力ちょっと削られると思うけど、耐えればどうにかなるし、死なないから安心してね。時間も惜しいし、私早速調合始めるねー!」
よぉし、と素材を二人がしっかり受け取ったのを確認して使い慣れてきた調合釜と作業台の前へ。【栄養の粉(緑)】は教科書にレシピがあったとのことだったので安心して作り方のおさらい。ま、これの場合は下準備に時間がかかるんだけどね。
「ちょい待ち。ライム、これからの調合は『試験』になる。調合時に俺が傍について色々と観察し、評価をつける。素材については自分たちで全て調達したものとして認識しているので問題なし。始める時に宣言を。あとは、そうだなトイレなんかはその時に言ってくれればいい。調合終了の宣言とアイテム提出で今回は終了になるから覚えておいてくれ。俺は手伝わないし声もかけないからな」
「はーい。いつも通り調合すればいいってことですよね。じゃあ、準備始めます」
発泡水の調合で把握した道具の場所に必要だと思われるものを取りに行く。作業台へ並べ、魔石は品質を均一にする為に測定器。その後、魔石を粉にしてから不純物をしっかり確認。
水素材なんかも全部確認して、出来るだけ良さそうな素材を厳選した。普通の調合ならここまでしないけど、一応試験らしいからね。
【栄養の粉(緑)】薬用植物+水素材+調和薬+魔石(粉)
すべて調合釜に入れて全力で魔力を注ぐ。魔力量でぶん殴るイメージ。
調合手順
1.乾燥させた薬用植物を粉末にする
2.水素材、調和薬を入れて80℃にしたところで魔石(粉)を投入して魔石粉がしっかり液体を吸い、真っ赤に熱された状態(水分を完全に飛ばす)にするが温度は100℃を越えてはならない
3.調合釜の中の温度が70℃になったところで乾燥させた薬用植物(粉)を投入し、温度が10℃以下になるまで魔力を注ぎ続けたら完成
なんというか、温度計と仲良くしなきゃいけないレシピだなと改めて思う。
温度管理は比較的雑だけど、その分魔力量が読めないっていう難しさはあるけれど厄介ではない。
薬草は乾燥袋に突っ込んで待つだけ。その間に【滋養強壮剤(丸薬)】の準備もする。
こういう薬系はしっかり計量が基本だ。
【滋養強壮剤(丸薬)】
ネラコッホシュ(粉末)+パラリネスの葉(粉末)+ハッヒツの実(粉末)+栄養の粉(緑)+ロマドイの枝+発泡水+魔石粉
※ロマドイの枝は粉末状にして魔石粉と共に発泡水の中へ入れて溶液Aとして使用
1.ネラコッホシュとパラリネスの葉をまず魔力と共に混ぜ合わせ、香りが立ったら一度取り出す(弱火)
2.栄養の粉(緑)とハッヒツの実(粉末)を調合釜へ入れて中火で加熱しながら魔力を注ぎ混ぜていく。ハッヒツの実(粉末)から油分が出て、艶が出てきたら1の粉末を混ぜ、混ざったら溶液Aを少量ずつ加える作業を繰り返す。この時、常に中火なので焦げ付かないよう注意
3.一塊になったら一度取り出し、飲み込みやすい大きさに丸めて乾燥
4.発泡水を投入した調合釜に乾燥した丸薬を入れ、魔力を込めながら発泡水がなくなるまで魔力を注ぎ続ける。この時、加熱はしない
5.発泡水を吸い切った丸薬をもう一度乾燥させて完成
粉末にする作業はなかなか手がかかるので、手早く、でも正確に粉末にしていく。
丁寧に乳鉢と乳棒で擦り、時々砕きながらハッヒツの実以外には擦り潰しながら魔力を加える。ハッヒツは魔力と熱に反応して油分を出す性質があるんだよね。他のものに魔力を込めるのは、調合時に馴染みやすくするためだ。
ゴミなどを丁寧に取り除き、小瓶に計量した分を入れて、色の違う栓をしておく。栓の上には消せるインクでグラム数を書き込んだ。
一通りの作業が終わったら、いよいよ調合へ移る。
まずは【栄養の粉(緑)】の調合からだ。
「先生。これから【調和薬】を作ります。そのあと、【栄養の粉(緑)】を作成。魔力の具合を見て大丈夫そうならそのまま、魔力回復した方がいいようなら良さそうなアイテムと一緒にお茶を飲んで少し休憩しつつ手順の再確認、ですかね?」
わかった、というようにワート先生が頷いたので、まず乾燥させて粉末にした素材たちを再確認し【エンリの源水】をベースに品質のいい薬草で【調和薬】を調合。これで必要な素材がすべて揃ったことになるので、続けて【栄養の粉(緑)】の作成へ。
「まず調合釜に入れるのは水素材の【エンリの源水】とさっき作った【調和薬】っと」
いつもの調子で調合釜に素材を投入。備え付けておいた温度計を見ながら、ここ数日で慣れた火力調整用のペダルを踏む。この調合釜は火力調整がしやすいようにペダルが付いているんだけど、この加減を覚えるのに【発泡水】の調合はとても役に立った。
感覚での調合になると自然に火力を思ったように調整できないと困るんだよね。
「調和薬を入れると普通の水素材より温度が上がりやすいから気を付けないと」
じっと調合釜を見て80℃近くなってきたら粉の準備。
80℃きっかりで温度がこれ以上上がらないように火力を微調整しつつ78~80℃の温度帯で極力保つようにする。
「んー、若干水分の方が多い気がするけど、これ…時間かかるんじゃ」
使っているのは錬金ヘラ。粉系を混ぜるにはこれが一番効率いいと思っている。
粉を加熱するというのは割と錬金術では多い。今、調合釜の中では粉が調合釜の底に沈んで完全に別素材感が丸出しだ。
変化が現れたのは88℃から90℃の間で熱し始めて数分がたったタイミング。じわっと鈍く赤みを帯び始めた粉末と調合釜から立ち上り始めた白煙。そこからは早かったんだけど、色んな意味でドキドキした。
「うっわ、ケムケムもくもく…煙出すぎだよ……温度計見えにくい」
無害な煙だっていうのはわかっているので温度計周辺をパタパタ手で仰ぎつつ、ヘラを動かしていると誰かが私の隣に立った。ちらっと視界の端に飛び込んできた生地はサフルの物で、サフルが先生に質問しているのが聞こえた。
「ワート教授、ここで奴隷の私が主人であるライム様を扇ぐのは減点になりますか」
「奴隷が良かれと思って行動したのであれば、減点はしない。主人が指示した場合は減点する。調合時毎回奴隷がいるとは限らない。なにより、国家試験での実技だと奴隷の入室も認められていないからな」
ぺこりと頭を下げ、手元の温度計が少し見えやすくなるようにパタパタと木の板を使って優しく蒸気を飛ばしてくれるサフルに一瞬視線を向けると心配そうな表情をしていた。
ナイスアシスト、と口には出せなかったから笑顔を浮かべて小さく頷くとほっとした顔で白煙を優しく扇ぎ続けてくれた。
サフルの協力もあって、快適に調合を続ける。
白煙は面白いことに水分量が少なくなるにつれて薄れていき、最後には真っ赤になった粉末だけが残っていた。水分がなくなりサラサラとした感覚がヘラ越しに感じられる。
「このまま70℃まで待機だけど……冷めるの早そうだな」
うぅん、と唸ってから近くに設置しておいた薬用植物(粉)を手に取る。後は温度計を見ながら、だったんだけどすごい勢いで温度が下がっていくので慌てて温度計に集中。
71℃の所で粉を投入したけれど、そのタイミングが丁度調合釜の中の粉が70℃になったところだったらしく一瞬淡く光った。
大成功の予感を感じつつ、瞬時に魔力を注ぎ丁寧に混ぜていく。惜しみなく魔力を注ぐと少し温度の下がり方は緩やかになったものの、想定より早く温度が10℃を切った。
「―――よし、これで【栄養の粉(緑)】完成。測定器で測定します」
ついでにメモもしておこう、と測定器の方へ移動し品質や効果などをメモ紙に書き写す。
それだけじゃなくて覚えているうちに、調合でポイントだと思うところや変化があったところについて箇条書きで書いておく。後で調合する時に読み返したり、ベルたちに説明したりする時に楽なのだ。
「魔力は思ったより減らなかったけど……蜜玉を用意しておくか。よく考えたらこっちの方がお得だよね……魔力回復薬高いし」
直径二センチ半ほどの蜜玉はとっておき、というか魔力回復に使えるかなと思って用意したものだ。どのくらいのスピードで回復するのかわからないので、枯渇しかけてから舐めて、回復がゆっくり過ぎる様であれば魔力回復薬を飲みながら舐める、ということに。
これも長時間調合に備えて実験したいと思っていたので丁度いい。
とりあえず、ポーチからあらかじめ用意している定番のアルミスティーを一杯飲んでから、両頬を軽くたたく。
「よし! 次に【滋養強壮剤(丸薬)】の調合っと」
お茶を飲んで気持ちを新たにしたところで、作り方にサッと目を通す。
まず、これは基礎となるものを作り、更に溶液Aを別に作る必要があるので手順通りに発泡水にロマドイの枝(粉)と魔石粉を投入した。ネラコッホシュとパラリネスの葉の粉末を調合釜へ入れ、軽く混ぜ合わせていく。混ぜ合わせてから火を入れ、と同時に火力と同じくらいの魔力を注ぐ。
火力は指定されていることが多いのだけれど、魔力の注ぎ方は人によってかなり異なる。仕上がりが違うのってこういうところがどう影響するかって所なんだと思う。素材一つ変わっても微妙に違ったりするしね。薬素材って言われても多岐にわたって、薬草によっては火に強かったり、逆に火をあまり入れない方がよかったりと様々。人と同じように素材にも得意不得意がある。弱い者同士を組み合わせると強くなったり、強い者同士を掛け合わせると弱くなったり、そういうのを知るのも楽しい。
「うん、いい香り。見た目は地味だけど」
弱火で取り出した粉末は密封瓶へ入れた。香りって一種の判断基準だからね。いい匂いだとそれだけ効力が高かったり、いい効果があったりすることが多いし。
「次は栄養の粉(緑)とハッヒツの実をいれて…中火。艶が出たら混ぜて、足して、だね」
いつものように独り言を言いながら手を動かし、調合釜の中でひたすら様子を見守る。
じわじわと加熱されるごとに粉末の表面がしっとりしてきた。つやつやと、そして少しダマのようになってきたので、作ったばかりの粉末を少量、そして溶液Aを追加。少しずつ、けれど確実に混ぜていく。
徐々に、でも根気強く混ぜていくと量が二倍に増えた。次は一塊になるまで混ぜ続ける作業だ。ここまでずーっと魔力を使っているけれど今のところは問題なし。大体三分の二くらいは魔力を使っているけど体力消費するぎりぎりまでは魔力回復はしない。
「そろそろ、かな」
直径五センチほどの塊ができた。一度の調合でも滋養強壮剤は五つ完成させることができる。ただ、一日三粒だからちょっと半端だ。
一塊になったので取り出してバットに載せ、耐熱用の手袋とナイフで等分にし、丸める。
後は乾燥させるってことなので乾燥機に入れている間に、次の準備。と言っても使った道具を洗って拭き、乾燥させるだけだけれども。後は乾燥待ちなのでその間に少しでも魔力を回復させる為にお茶とお菓子を食べる。ご飯が食べたい所だけど、魔力回復と相性がいいのってお茶とお菓子の類なのだ。
もぐもぐ、と食べつつ魔力回復効果のない焼き菓子とお茶をサフルにも渡す。
先生は今、試験中ってことなので渡さない方がいいだろうと思いながら咀嚼しているとサフルがソワソワしているので思わず笑ってしまった。
「サフル、食材の買い出しを頼んでもいいかな。メモはコレね。お金はこれでお願い」
「! はい」
「お買い得な果物があればまとめ買いをして、途中でトーネ達に仕事の終わる時間を聞いてくれると助かるかな。足の速いクギにはラクサに……んー、この手紙を渡すように伝えて。一応、どこにいるのかと期間について書いておいたから」
はい、と深々と頭を下げたサフルは嬉しそうに部屋から出ていった。
それを見届けてから乾燥機の前に立つ。
恐らく、乾燥させるのは発泡水の吸い込みをよくする為だ。なじみが良くなる、もしくは吸収率を上げる目的と薬の元と発泡水がしっかり混ざり合い効力を発揮するように魔力を込める、って所だと思う。詳しい理論はわからないけど、魔力の性質っていうのはリアンに散々教え込まれたからね。
「あと三分か。高温で一気にカラッとって書いてあったし、問題はなさそうだね」
自分たちの工房で作るなら『乾燥袋』だ。ただ、量産して欲しいってお願いが来てるんだよね。面倒だけど、そろそろ着手した方が良さそうだって思っている。私はともかく、トーネ達にも持たせたい。乾燥させられる量が増えるのは洗濯的な意味でも嬉しいし。
「よし、そろそろいいかな」
乾燥機を一度停止し、中から丸薬になる薬玉を取り出す。調合釜に発泡水を入れ、乾燥した薬玉を入れる前から発泡水に魔力を注ぎはじめ、淡く光ったところで投入。
しゅわぁあっと調合釜の中で細かな泡が弾けてあっという間に薬玉を隠してしまった。魔力を加えるほどにシュワシュワ、パチパチと泡が弾け賑やかな音を奏でる。魔力を加えるほどにこの反応は激しくなるんだけど一定でできるだけ一気に、溢れないように魔力を注ぐ。意外となくならないものだなと思いつつ蜜玉を口に入れて舐めていると徐々に、けれど確実に魔力が増えていく。
「あ、なるほど。こういう感じか」
回復量は中級魔力回復薬よりも上だろう。足りなくなった魔力が喉や胃のあたりから全身に少しずつ行き渡る感覚に納得しつつ、再び乾燥機へ薬玉をセット。
後は乾燥したら終了なのだけれど、まだ時間はある。もう一回ぐらい何か調合できないかなーと普通の滋養強壮剤を作ることも考えたけれど、レーナたちがいる以上私に出来ることはあまりない。
仕方ないので、大量にある【ロビー・ツニマード】の下処理をすることにした。
乾燥機の前に机を移動し、様子を見ながら処理を進める。呆れたような視線を感じるけれど時間は有効に使うべきだって思うんだよね。
一袋分の下処理を終える頃には、乾燥機が『乾燥完了』を告げる音。どうやら発泡水を大量に含んでいるから時間がかかったみたい。
完成したアイテムは測定機にかけて、鑑定したら品質Sで中々良くできていた。効果はパッと書き写したんだけど、先に完成品を先生に提出することが先だろうと小さな保存瓶に丸薬を入れて先生に差し出す。
「先生【滋養強壮剤(丸薬)】の完成です」
「わかった。不正も減点行動もなし。結果は今日の夜には出せるが一応ほかの二人が試験中だ。この教室から退室し、部屋で結果発表までは待機するように。ライムの奴隷がこちらに戻ってきたら部屋に行くよう伝えておいてくれ、頼んだぞ」
ワート先生がウィン助手先生とスタード助手先生に言づけ、部屋のドアを開けた。
がらんとした短い廊下を歩きながら質問を投げかけてみる。
「先生、ベルたちは大丈夫ですか? 採取地って冒険者もいますよね?」
「今のところはトラブルがあったとは聞いていないし、心配ないさ。今日あたりこちらへ戻ってくるんじゃないか? で、戻ってきたら二、三日以内には調合試験だ。数日の猶予はレシピを調べる時間を確保するために作っている。リアンあたりは先に調合法を調べていそうなものだがな」
ああ、確かにと同意したところで先生は穏やかに笑う。
どこかのんびりした雰囲気をまとって、ヒラヒラ片手を振る。虫を追い払うような仕草だったけれど、何かの合図なのかもしれない。
「一応、俺の友人もつけてるからな。ライム、お前の護衛をした後すぐにすっ飛んでった。なんでも、お前らに何かあったら美味しいカレーが食べられないかもしれないから、だと。悪いが後でカレーを作ってやって欲しい。俺も食いたいしな。材料費は払う」
「先生もカレー好きなんですねー」
「ついでに肉に何かつけて揚げたやつも一緒にしてくれ。あれは絶対組み合わせると美味いと思うんだよな」
腕を組んで頷く先生の口元は緩んでいて、想像したのか生唾を飲んでいた。
そのあとは先生に、工房でカレーは売らないのか、なんて聞かれて「錬金術の工房でカレーを売っていいんですか」って聞き返したら、我に返ったらしい。
しょんぼりして、卒業したら俺の研究室に来ないかと誘われた。うまい飯が作れる助手が欲しい、とのこと。私は先生に向かないと思うな、と思わずぼやけば即「たしかに」と返事が返ってきた。結構失礼だよね。
「リアンも物言いがきついから教師は無理だと思う。恐いもん。あ、ベルがいいと思うよ! ベル、教え方も割と上手だもん」
「いや……お前らの工房、基本的に教えるのには向かねぇんだわ。お前らの会話、個性的過ぎてついてけるかどうかって聞かれたら微妙だぞ?」
「そんなことないと思うけどなぁ。あ、でもラクサが一番教えるの上手かもしれない。先生知ってる?」
「おう、センベイ容器作ってる細工師だろ」
「何その覚え方面白すぎる」
センベイ好きの間ではかなり有名らしく、個人依頼を受けてくれないか打診しようとしている人も多いらしい。他にもいろいろな話をしているとあっという間にあてがわれている部屋についた。ドアを開けるのは先生だったんだけど、開けた途端、目に飛び込んできたのはお座りしているルヴとロボス、そしてブーンと室内を飛び回っている青っこいのの姿だった。
とりあえず、手近な学校行事は終了。ちょっと後日談みたいなのが入って、ぼちぼち留学準備本格化!って感じで考えています。が、気分でうっかり変わる可能性がでかいのでどうしたものか。
一先ず、今回出てきたものの素材などについてです。大量。
=素材など=
【滋養強壮剤(丸薬)】
ネラコッホシュ(粉末)+パラリネスの葉(粉末)+ハッヒツの実(粉末)+栄養の粉(緑)+ロマドイの枝+発泡水+魔石粉
※ロマドイの枝は粉末状にして魔石粉と共に発泡水の中へ入れて溶液Aとして使用
1.ネラコッホシュとパラリネスの葉をまず魔力と共に混ぜ合わせ、香りが立ったら一度取り出す(弱火)
2.栄養の粉(緑)とハッヒツの実(粉末)を調合釜へ入れて中火で加熱しながら魔力を注ぎ混ぜていく。ハッヒツの実(粉末)から油分が出て、艶が出てきたら1の粉末を混ぜ、混ざったら溶液Aを少量ずつ加える作業を繰り返す。この時、常に中火なので焦げ付かないよう注意
3.一塊になったら一度取り出し、飲み込みやすい大きさに丸めて乾燥
4.発泡水を投入した調合釜に乾燥した丸薬を入れ、魔力を込めながら発泡水がなくなるまで魔力を注ぎ続ける。この時、加熱はしない
5.発泡水を吸い切った丸薬をもう一度乾燥させて完成
【ロビー・ツニマード】針葉樹の一種で常緑樹。
種子植物で、針葉樹という名の通り、針のように細くとがった葉をもつ。ツニマード、は針葉樹に部類される木の中でもより針に似た葉をもつものをいう。針を数本束ね、箒やモップのように見えるものは【ニファード】と呼ばれる。ロビー・ツニマードは、ツニマードの中でも針葉部分が長く、七~八センチ。ツニマの実という、松ぼっくり的なものができる。
【エンリの源水】リンカの森、第三区間の決まった場所で採取できる。エンリの泉水の大本、源水とよばれ、効力は二倍とされる。絶えず湧き続ける水でうまく調合すれば【女神の祝福】という効果も引き出せるとか。とてもおいしい水で純粋に近いが、純粋とは異なり高濃度の魔力を含む。錬金術の素材としては優秀だが魔力の扱いにたけたものでなければ少々手に余るかも?
【ロマドイの枝】
地中で根を張り、地中で育つ半鉱石状植物。成長すると小さな四角柱状の白い結晶を伸ばすが泥や沼の中でなければ成長しない。先端に巾着のような小さな種と蜜が詰まった花を咲かせる。触れると蜜と共に種が触れたものへ付着し遠くへ運ばれる、という仕組み。錬金術に使用するのはあくまで枝の部分。また、泥や沼は豊富な魔力もしくは栄養を持った場所に限る。人工的に作られることもあるが、費用や細かい調整には気を配る必要がある。
【ハッヒツの実】
光沢のあるダイヤ型の葉が特徴の蔓性植物。茎など若い部分にはうっすら細かい毛が生えており、実とある通り果実部分(正確には果穂、果序)を採取する。果実部分は未熟であると若々しい緑で熟すと赤へ。どの色でも採取して問題ないが、少しずつ効果が異なるので色別で分けるのが望ましい。果実部分は五~六センチほど。乾燥させても生薬としても利用できる。
湿った土、芳醇な魔力と一定の湿度がある場所を好む。香りは非常に独特で、刺激的な風味と甘く爽快な香りが入り混じったエキゾチックなもの。
【パラリネスの葉】
発芽条件がかなり厳しい木の一つ。魔力含有量が通常の半分以下が大前提。乾燥した土で、昼夜の温度差が30度以上あること、発芽に必要な水分は合計4gで、日光が一日最低7時間はあたることが条件。人工でも発芽させることができるが、手間と魔力が膨大にかかる。一度発芽してしまえば上記の条件は関係なく、水はけのいい場所であればある程度持つ。暑さにも寒さにも強い。
細く天に向かって伸びる葉は、豆の莢のような形をしているのが最大の特徴。
稲穂に似た小さな花が咲く。色は薄黄色。
=採取地=
トライグル王国ケルトス方面『緑の楽園』
湿地と平原の二面性を持った土地で植物素材が取れる。虫が多い。
【ネラコッホシュ】直訳:黒い根っこの花。使用部位は根。
文字通り、黒い根が特徴的な薬草。広い草原や、林地にみられる。高さは約150センチと大きく、春~夏にかけて香りのよい白く小さな花(花弁は細かい糸のような細長いものが生えている)を穂のような部分に咲かせる。秋には種を飛ばし、その後は根が木のように硬くなる。葉は大きな卵型で三つの小葉からなる。
薬効が高いのは秋とされるが、生薬として使用するならば春がよい。乾燥させる必要がないので秋に収穫する薬として栽培もされている。野生のものは香り高く、薬としての性質に優れるとされる。
薬への転用。呼吸器系の炎症を鎮める他にも、全身のほてりにも効果があることから一定の年齢になった女性へ処方されることが多く、生理痛などにも効果があるとされる。ただし、体質によっては消化器系への不快感や、頭痛、めまいなどを起こすこともあるため、見極めが必要。