320話 【ツニマード発泡水】
間に合いました!そう、やればできる子です!(たまたま時間が取れただけ)
今回必要なのは【発泡水】が最低でも三回分。
失敗する可能性を考慮すると合計で六回分は作りたい。余分に【甘い氷】は作ったものの足りるかどうかはこの【発泡水】の調合にかかっている。
失敗できないのはいつものことだけれど、ドキドキと心臓が早鐘を打つのも変わらないので深呼吸を二回して、レシピを確認。
【発泡水】ロビー・ツニマード+甘い氷(50g)+水素材(500ml) 最大調合量:四回
オランジェが考えた【発泡水】の作り方。自然由来かつ錬金術を用いずに作れるとのことでツニマードがたくさん生える所でよく流行った。爽やかな後味と程よく口の中で弾けるパチパチとした刺激は冷やして飲むととてもおいしい。錬金術で作ったものは炭酸が強くなる。
=手順=
1.素材をすべて調合釜に入れ、ツニマードは綺麗に洗浄し、水素材の1.5倍量を入れる
2.調合釜に蓋をして魔力を注ぎ、パチパチと泡が始めるような音がし始めるまで混ぜる
3.音が聞こえてきたら、かき混ぜるのをやめ、ひたすら魔力を注ぎゴポゴポと音が出るまで続ける
4.音が聞こえたら直ちに密封容器へ注ぎ完成
※温度は20℃以上60℃以下。理想は36~40℃の間で、沸騰厳禁
取付タイプの温度計、そして蓋や液体を掬うためのレードルを探して用意をしておく。他にも事前に煮沸消毒してある瓶を並べた。工房で使う瓶や液体などを入れる類の物は全て煮沸消毒をしている。
錬金術師の作業は意外と下準備が多い。商品の補充や掃除、他にも店を経営する為に必要な雑用がたくさんあるから、お客さんが頻繁に来ると色々手が回らなくなることもありそうだ。こういう裏の大変さっていうのはあまり知られてないけどね。
「慣れない調合場所だから、道具の準備もしっかりしないと……こんなもんかな。魔力回復薬も出しておいた方が良さそうだね」
使う道具やアイテムの確認を終えたら、火をつける。
そこに水、甘い氷、きれいに洗った素材を入れて杖の先端を入れたまま、蓋をした。
蓋には数か所穴があけられていて、使いやすいところに温度計や杖を差し込む形になっている。使わないところは閉めておけるような工夫がされているのだけれど、私が使っている物も同じだ。
「問題は魔力をどのくらい使うか、だね」
思わずつぶやいたけれど、直ぐに調合釜の中を混ぜる様に杖を動かしながら、魔力を流す。イメージは杖を伝って徐々に満ちていく、そんな感じだ。
しばらくの間、特に変化はなかったのだけれど、ふとツニマード特有の臭いが鼻をくすぐる。どうやら少しずつ液体に溶け出てきたらしい。
中身の見えない調合は、ある意味、我慢との戦いだと思う。
「あー…調合釜の中覗きたい…」
調合釜の中の変化をみるのが楽しみの一つでもあるので、蓋をしてしまうとタダの作業になりがちなのだ。音、という楽しみはあるけれど聞き逃したり、判断が遅すぎる、早すぎることで品質に影響が出るのが怖いから緊張の方が大きいんだよね。
耳を澄ませながら魔力を注ぎ混ぜていくと、匂いの次に重さが変わったのが分かった。
素材である葉が少しずつ溶けているのだろう。
「……錬金術で作ると、石でも葉っぱでも大体溶けちゃうよなぁ。なんでだろ? 成分と一緒に溶け出てるってのはわかるけど、時々『これも溶けるの!?』ってなるし」
今作っている【発泡水】は、普通に作ると、ツニマードが茶色くなって瓶の中に残る。その代わり、その色が完成した発泡水にうつるのだ。
錬金術では何色になるんだろう、と少しワクワクしつつ腕を動かしていると微かに音が聞こえた。
パチ、とまではいかない『ぷく』という小さな音を切欠にその音が徐々に増えて、そして音も変化していく。パチ、と元気に泡が弾ける音が聞こえたので混ぜる手を止め、魔力だけを注ぐ。できるだけ溶液を動かさないようにしつつ耳を傾ける。その変化は早かった。
「あっという間に、パチパチの大合唱……拍手されてるみたいでちょっと楽しいかも。ベルとリアンにも聞かせたいな。ルヴやロボス達はびっくりしちゃうかも」
時々、小さな音にびくって飛び跳ねて驚く姿を見ることがある。大体リラックスしきっている時なんだけどね。
音を聞きながらも周囲に視線を向ける。やっぱり、誰もいなくてちょっと、違和感。
「サフル、早く戻ってこないかな」
一人でいることが少し苦手になったことは自覚していたので、時々これじゃあダメだって思うんだけど、人と一緒にいるのに慣れてしまったから今度は、一人に慣れる訓練をしなくちゃいけないかもしれない。
そんなことを考えているとボコッ、ともゴポッともつかない音が聞こえてきた。想像よりも大きな音は次々に、そして絶え間なく聞こえてくる。
魔力を流しながら、蓋を外し、直ぐにレードルと密封容器に持ち替え、中身を移す。使う密封容器は500ml用のものが四本。分厚いガラス越しに見える色は淡い黄緑。細かな泡が微かに見えるし、成功だろうと思いつつ測定器へ。
「お。やった、品質Sだ! これは完全に【エンリの源水】のおかげだろうなぁ」
【ツニマード発泡水】品質:S
効果:【疲労回復】【炭酸・強】【爽やか】【発汗効果・弱】
測定器で測定すると詳しい説明のような物は基本的に出てこない。
品質と効果だけが表示される。リアンの解説付きに慣れると物足りない気持ちになることを知った。
「品質は問題なかったし、このまま作れるだけ作るか」
かかった調合時間を確認して、午後二時までに後二回は調合できるだろうと息を吐く。ギリギリ三回って所だけど、この後も調合があるので無理はしない。
ジャック達も棟に軟禁状態だって聞いてはいるけれど、ウィン助手先生達が【滋養強壮剤】のレシピを探す手伝いをしているそうだ。といっても先生たちが教えるわけじゃなくて、図書館から指定された文献を取ってくるだけみたいだけどね。結構図書館が遠いから大変だと思う。
【滋養強壮剤】は課題になっているだけあって、調合レシピはいくつかの本に載っている。作り方も材料も色々なので、今回の素材に相応しいレシピを見つける必要がある、とのこと。私も調べたことがあるけど、微妙に作り方が違った。私が使ったレシピはおばーちゃんのレシピ。素材の数が一番少なくてシンプルだ。
調合素材によっては仕上がりの味が変わることもあるので、食べ物を作る時にはできるだけ食べられるものを使うようにしてる。土とか口に入れるのちょっと嫌だし。
黙々と二回、三回と調合を重ね、合計で十二瓶分の【発泡水】が完成した。
「ひとまずここで中止、と。いつもより早く起きたからいつもの時間にご飯作れそう」
よし、と気合を入れて部屋を出るべく振り返るとサフルが扉の横に立って待機していた。
驚いたものの、いつから待ってたのか聞けば調合を終える少し前だという答えが返ってくる。
「遅くなって申し訳ありません。ルヴ達を連れて来ています。ルヴとロボス、青っこいのはお部屋に、ポーシュは学院の厩です」
「ありがとう! いつ迎えに行こうかって考えてたから助かるよ。調合もひと段落したし、これからご飯にするね。それと、申し訳ないんだけどトーネたちの所にお弁当を届けてもらってもいいかな」
「お任せください。差し出がましいことだとは思いましたが、ワート教授に奴隷の扱いについても聞いております。部屋数が足りないという事なのでトーネ達にはこちらに寄って仕事内容などをライム様に確認してから工房に戻るよう、お弁当を渡す際に伝えておきます」
他にも欲しい道具などがあれば自分が工房にとりに行くこと、買い物にも行くことを話してくれたのでほっと息を吐いた。
ありがとう、と口にするとサフルが申し訳なさそうにしながら調合部屋のドアを開けてくれる。
「その、調理道具が必要かと思いまして一式お部屋に運ばせていただきました。また、トランクも持ってきております。自己判断で行動してしまい申し訳ありません」
「いや、申し訳ないどころか有難すぎるんだけど。ありがとー! 調合に集中しすぎてすっかり忘れてた」
嬉しそうな顔をしていいえ、と首を振りながら調合したものについて質問してくるサフルにほっとする。サフルが護衛として私につくとワート先生に話してくれたみたいで調合教室から特別棟まで、本来なら必要な先生の付き添いなしでもいいことになったそうだ。
「うう、ありがとう。すごく助かるよ。そうだ、折角だし、アリルのコンポートとマフィン作るね。マフィンはオヤツの時間にレーナとジャック、先生たちと食べることになるだろうからサフルには先に渡しておくよ。私が調合してる時に暇だろうし、味見しておいてね。あと、茶葉も渡しておくから、淹れ方のおさらいお願い」
「はい。ご配慮、ありがとうございます」
嬉しそうにへにゃっと笑ったサフルにはバレたらしい。
ベルに、どうやったらサフルが少しでもゆっくりできるのかって相談したことがあるんだよね。そういう時は、毒見や味見だと言ってお菓子を食べさせ、お茶の淹れ方を練習、おさらいするという名目を与えるといいって助言を貰っていたからその通りに伝えてみたんだけど、バレていたらしい。
ま、こうでも言わないとサフルが食べてくれるかわからないしね。
「ルヴとロボス、ポーシュ用にもマフィンを焼こうかな。ポーシュ、魔獣だから食べられるって聞いてるし。青っこいのには、ちょっと麦芽糖に果物の果汁を少し加えて作った蜜玉をあげてみるか」
喜べばいいけど、と呟くとサフルが少し聞きにくそうに「トーネ達の分はどうしますか」と聞いてきた。
「届けて、と言いたいところだけど時間的に数を作っていられないし、サフルへの労いのお礼だから内緒ね。そのうち、ちゃんとトーネ達のも用意するよ」
「! はい」
とても嬉しそうな顔をしたけれどすぐに咳払い。頬をほんのり高揚させて、普段通りって感じの顔をしてるけど、ちょっとだけ口元がにやけていて思わず噴き出した。
サフルも大概、わかりやすい。
◇◆◇
朝食は、簡単なマトマ入りポトフとヨワドリの肉を照り焼きにしたものと野菜を挟んだパン、そしてアリルのコンポートの三品だ。
ルヴとロボスには先にご飯を食べさせ、オヤツとして焼いたマフィンを渡したんだけど凄い喜びようだった。特にルヴはマフィンが気に入ったらしく、二個目の催促。さすがに二つは多すぎるから、ロボスと半分こ。ポーシュにはキャロ根入りのマフィンと麦茶をあげてほしいとサフルに頼んでいる。サフルは先生方が一緒にご飯食べる時に同じ食卓につけないからね。
「ウィン、お前……朝っぱらこんなうまいもん、食ってたのかよ!! 俺とワート教授なんか毎日毎日あのクソ不味い携帯食料食ってたんだぞッ!?」
「…………ライムさん、スープのお代わりを頂けますか。銀貨一枚で」
「お金は先に頂いてるので、気にしないで食べきっちゃってください。あ、小鍋のはサフルのなのでダメですよ」
「はい! ではいただきます」
一番食べるのが早いウィン助手先生がニッコリ笑って立ち上がる。コンポートまでも綺麗さっぱりなくなっているのには流石だと思う。もぐもぐ、と咀嚼しながら先生たちを見ているとスタード助手先生は食べ方が丁寧で綺麗であることに気づく。ウィン助手先生も食べ方はきれいなんだけど、一口が大きいんだよね。
「俺とワート教授の分も残しておけよッ!! っと、あー、その、みっともないところを」
「あはは。先生たちが忙しくて大変なのはなんとなく分かってるので大丈夫です。お昼は先に渡しましょうか? ヨワドリの卵と調味料を混ぜて、野菜と一緒に挟んだ軽食なので腹持ちは良くないかもですけど」
「ぜひ。あ、これ追加の食費と手間賃だ。あーと、その夕飯なんだが‥‥‥材料を買って来たら調理してくれたりは」
「調合の進行度合いにもよりますけど、いいですよ。ただ、食費はいらないので、私のここにはいない奴隷の分も材料を買ってきてくれるなら、ですけど。仕事の後に食事だけさせたいので」
そうスタード助手先生に言えば、目を丸くした後、直ぐにクシャッと笑う。
この人は少し雰囲気がエルに似ていて話しやすい。
「話には聞いていたが、本当に『良い主人』だな。色々、ライムの奴隷についても聞いているが評判がすこぶるいい。錬金術師が君みたいな子ばかりだと将来も明るいのかもしれないが……まぁ、君は珍しいタイプの子だからな。地道に俺も頑張っていくしかないか──申し訳ないが、ここにいる間の食事、ご相伴に預かってもいいだろうか。報酬はこれで」
食事中にマナーが悪いが、外ではできないからココで、と革袋をテーブルの上に置いたスタード助手先生はカラリと笑う。曰く、食堂や外に買いに行くのはめんどくさいし、そういう時間があるなら少しでも仕事を片付けたいそうだ。でも、ここであれば、時間をかけずに来ることができるし、時間の削減にもなるとのこと。
「それは構いませんけど、簡単な物しか作れませんよ?」
「簡単? なにをいうんだ。温かくて、美味しく、こんなにも気遣いに溢れた料理が簡単なわけないだろう。食う人間のことを考えねば、こんな味にはならんさ。野菜が多めなのも俺たちの健康を気遣ってくれたんだろう?」
「う。いや、まぁ…お金を貰ってますし、どうせ食べるなら美味しい方がいいじゃないですか」
「そうだな。だが、君も忙しい筈だし、そもそも料理を俺たちの分まで作る必要なんてなかったはずだろう。ここは工房ではなく、俺とウィンはただの助手だ。ワート教授にのみ料理を食べさせるならわかるが、今の俺たちでは君の役に立てるかどうかもわからない」
ギョッとすると先生は嬉しそうに、でもどこか眩しいものを見る様に目を細める。
いつの間にか戻ってきていたウィン助手先生も食べる手を止めて、頷いたのが分かった。
「ありがとう。人を教育する立場にいると色々取りこぼしそうになるんだ。でも、こうして生徒である君たちと交流することで自分の中の『教育者像』がしっかりしたものになっていく気がする──たかが飯、という者もいるだろうが『温かい』食事ほど人を癒すものはないと俺は思う」
「ライムさん、私からも改めてお礼を。色々と見て、体験する事がこれほど新鮮で、教育者になるために必要なことだとは思いませんでした。頭に詰め込むだけになりがちな授業を少しでも理解しやすくなるよう、もっと工夫をしたいと思うようになったのも貴女のおかげです。ありがとう」
「助手先生……あの、仰ってる内容はすっごく嬉しいし有難いしタメにもなるんですけど、コレで台無しです。なんですかコレ」
「食べたいもののメモだな。ワイン煮込みが好きなんだがどうにかならないだろうか」
「私はカレーが食べたいですね」
「あ、俺は炊き込みご飯。それとお替り貰うなー。いやあ、ポトフうっまいわ……野菜が甘い上にこの塩漬け肉がもう堪らん。もし、余裕あるなら先生に売ってくれない? 言い値で買う。これ炙ってワイン飲んで寝るわ」
しれっと参加してきたワート先生もいつの間にか私の前にメモ紙と革袋を置いていそいそと鍋へ向かった。それを見て、慌ててスタード助手先生が立ち上がる。
ウィン助手先生は慌ただしいですね、って言っていたけど色々と台無しだと思うんだ。ちゃっかり先生もメモと革袋を出してるし。
前ならお金は断っていたけれど、トーネ達の事や自分の未来のことを考えるとお金は多い方がいいのでありがたく貰っておいた。夜はワイン煮込みと揚げゴロ芋、炙った塩漬け肉を出すつもり。メモがあるからメニューを考えなくていいのは助かるしね。
なんやかんやと賑やかな教員を眺めつつ食べたご飯は、満足感があった。賑やかな食卓に慣れちゃってるんだよね。
あ、ラクサのご飯もサフルに持って行ってもらおうっと。
いつもありがとうございます!
返信が遅くなることが増えておりますが、いつも嬉しさをこらえきれずニマニマしながら目を通しております。遅くなっていて申し訳ないのですが、返事は必ず致します。
いつも本当にありがとうございます。アクセスしたり、ちょっと読むかー!という軽い気持ちだったとしてもとても有難く、書く原動力の一つになっております!
稚拙な文章であったり表現力などもまだまだだとは思うのですが、一緒に楽しんでいただければ嬉しいです。
=調合素材=
【発泡水】ロビー・ツニマード+甘い氷(50g)+水素材(500ml) 最大調合量:四回
オランジェが考えた【発泡水】の作り方。自然由来かつ錬金術を用いずに作れるとのことでツニマードがたくさん生える所でよく流行った。爽やかな後味と程よく口の中で弾けるパチパチとした刺激は冷やして飲むととてもおいしい。錬金術で作ったものは炭酸が強くなる。
=手順=
1.素材をすべて調合釜に入れ、ツニマードは綺麗に洗浄し、水素材の1.5倍量を入れる
2.調合釜に蓋をして魔力を注ぎ、パチパチと泡が始めるような音がし始めるまで混ぜる
3.音が聞こえてきたら、かき混ぜるのをやめ、ひたすら魔力を注ぎゴポゴポと音が出るまで続ける
4.音が聞こえたら直ちに密封容器へ注ぎ完成
※温度は20℃以上60℃以下。理想は36~40℃の間で、沸騰厳禁




