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316話 ウィン助手先生もいっしょ?

更新が遅れて申し訳ありません。

長くなった―――!!!!



 瞼の裏に明るさを感じ、意識が浮上する。



 目を開けるとお腹のあたりが重みを感じた。視線を下げるとルヴとロボスの頭がちょこんと乗っている。

 またか、と口元と目元がゆるゆるになるのを自覚しつつ頭を撫でる。ルヴはハッと、ロボスはまだ少し寝ぼけて私の方へ顔を向け、尻尾を左右に振った。

 二頭は私が外へ出た日は、お腹や足、腕に尻尾や顔を乗せることが多い。たぶん、オマケで誘拐された影響なんだと思う。大丈夫だよ、と頭を撫でてからブラッシングと軽く体を洗おうかと告げる。

 ビクッと震えたのはロボス、嬉しそうなのはルヴ。ロボスはあんまり水浴びが好きじゃないみたい。汚れちゃうし臭いの関係で時々洗うんだけど、お湯なら喜ぶのでお湯を用意することにした。



「お風呂にする?」



 わふ、と嬉しそうに吠えたので温かいお湯で体を洗うことに。

 その前に私がしなくちゃいけない事はたくさんあるんだけど、なんて考えながらベッドを出て服を着替えて、部屋を出ると静まり返ったいつもとはほんの少し温度が違う工房に出た。



「……なんだか、あの二人がいないと少しだけ工房の雰囲気が違うね」



 思わず零れ落ちた声に賛同してくれたのはルヴとロボスで、私は二頭の頭を撫でて顔や手を洗う為に一先ず洗い場へ。そこにはすでにサフルがいて温かいお湯を沸かし始めた所だったようだ。



「おはよう、サフル」


「おはようございます、ライム様。お湯は必要ですか」


「うん、ポーシュに挨拶してから貰おうかな。あ! 昼食後にルヴ達を洗おうと思うんだ。手間がかかると思うんだけど、お湯を頼んでいい?」



 そう頼めばサフルは笑顔で頷いてくれた。

雪が解けてすぐ、ポーシュが裏庭で休憩できるようにと簡単な馬小屋を作ったんだけど、居心地はどうだろうと様子を見に行くことに。


 丁度影になるところでゆっくり休んでいたらしいポーシュがゆっくり立ち上がり、私の方へ甘えるように頭を寄せる。

 撫でつつ、たくさん走ってくれたお礼もかねて水桶に魔力をたくさん入れた麦茶を注ぎ、それを飲んでいる間にブラッシングをすることに。ルヴ達もそれをみて特に嫉妬することもなく伸びをしたりサフルの仕事を眺めたりと楽しそうにしている。

 それを微笑ましく思いつつ、体を綺麗にしたところでポーシュが好きなキャロ根をいくつか食べさせてから、顔を洗ってサフル達と台所へ足を向けた。



「とりあえず、ご飯を作ろうか。麦茶も少なくなってきたからたくさん作って冷やさないとね。あと、お弁当作ればいいか。先に昼食も作っておこうかな」


「食材を運ぶのを手伝わせてください」


「手伝ってくれると助かる! そういえば、サフルって知らない内にすごく強くなってたんだね。正直びっくりしたよ。ベルから、腕やら頭を吹き飛ばすのにはコツと腕力と技術が必要だって聞いたことがあったし」



 私が昨日感じたことを口にするとサフルは驚いたように目を瞬かせて、そしてふっと表情を嬉しそうに緩める。幸せそうに、けれどそういえばと言うようにきょろきょろと周囲を見回してから口を開いた。



「ありがとうございます。実は、あの場所で【忠臣】という才能を手に入れました。これは、ライム様がいれば私の能力が倍になるというものなので、腕力や俊敏性、動体視力なども良くなったのだと思います。体も軽かったですし」



 なにそれ凄い、と反応を返せばサフルはニッコリといい笑顔を浮かべる。

彼が持っている才能についての説明を受けて、そういえばトーネたちの能力をすべて知らないことに気づいた。詳しく聞くべきか迷ったのでサフルに聞いてみると頷かれた。



「把握しておいた方が良いかと。何ができるのか、すべて知っておけばいざという時に指示を出しやすくなりますし、奴隷は所有物ですから聞いてもマナー違反にはなりません」


「だよね。大まかなものは聞いているけど、細かいものや才能以外にもやりたいこととか得意なことを聞いておこうかな。サフルも細かいことできることとかまとめてくれると嬉しい」


「かしこまりました」



 食材を詰める籠にたくさんの食材を入れて私たちはキッチンへ。

 今日の朝食は、久しぶりにワショクにすることにした。干したエビとジンジャール、釣具店で買ったコンブっていう海藻と一緒に炊き込む。


 後は魔力を使って【オオニッシュ】とボア肉、茹でたヨワドリの卵をショウユベースのタレで煮込むことに。魔力なしだとかなり時間がかかるけれど、魔力を使うと時短になるし味が染みるのも早い。下茹でしなくていいのも楽なポイントの一つだ。


 手早く切って、炒めて煮込んでいく。

サフルには葉物野菜をさっと湯通ししてもらって、香味油やショウユ、少量の砂糖、砕いたナッツと合わせて一品。スープは野菜と魚のアラ汁。これは釣具店で作り方を教わっただけじゃなく、味見までさせてもらった。すっごく美味しくて作ろう作ろうって思っていたんだけど、なかなかね。



「今日の予定はどのように?」


「学院からの連絡がないと動けないんだけど、工房にいる間は採った素材を処理して仕分け、だね。学院に行かなきゃいけないなら帰りか行きに共存士ギルドで青っこいのの鑑定をお願いしようと思ってるんだ。ルヴとロボスもね。ポーシュは最近鑑定してもらったばかりだから、行かなくてもいいかって思うけど……他の馬たちとも走りたいだろうし、競走場きょうそうじょうに連れて行ってあげたいかな」



 ポーシュは走るのが好きだ。

普段走らせるときは人がついて指示を出しそれに従う形なので、自分の好きなように走らせる機会は積極的に作りたい。家に帰れば走り放題だけどね。その辺自然しかないから。

 帰った時の話をして、少し話が落ち着いた時にふっと思い浮かんだことを話す。



「もし、今日一日外に出られないなら試験について相談してみようかなぁって考えてもいるんだよね。ほら、助手先生も錬金術師でしょ? 錬金術師の資格を取るのに試験勉強はしないとだから、今から少しずつ覚えておかないとまずいかなぁって」



 どんな問題が出るのかは、パラパラとリアンが持っていた過去問をみせてもらったんだけど、何が何やら。

 グツグツ煮える鍋から灰汁を取り、炊き込みご飯の火加減を確認。

 着々と準備をしているとラクサが欠伸をしながら起きてきた。ラフな格好でお腹を掻きつつ、私を見て嬉しそうに笑った。視線は台所。



「はよっす。ライムが帰ってくるとは思ってなかったんスけど、やっぱ、こうやって人がいるっていいッスよね」


「えー、ラクサの場合は人がいるっていうかご飯がある、のがいいんでしょー?」


「あ、バレてら。まあ、やっぱ飯って大事だってライム達が留守にする度に実感するんスよね。一人で食うのには慣れてるけど、人の顔見ながら飯食う方が美味く感じるし」



 今日はなんスか、と言われたのでメニューを説明するとウキウキしながら顔を洗いに向かった。ワショクが一番好きだと豪語しているラクサは、仕事の方も順調らしく毎日朝から夜遅くまで作業をしている。

 お腹が空くとやりにくいだろうってことで飲み物とオニギリや具を挟んだパンを寝る前に届けているけど、それもかなり好評だ。その対価のつもりなのか、クレシオンアンバーの地金や加工、細工の技術料はいらないと言われた。リアンたちは知らないから、私とラクサ二人の内緒話だけど。ラクサは、自分も材料費を払わずに完成品を貰っているからっていうのも理由にしている。


 素材費については、こっそり私が多めに支払って、ラクサには低めに伝えている。奴隷であるサフル達や共存獣達の分を考えると当然だ。



「よし、あとは土鍋もう一個炊けたら地下に運んでもらっていい?」


「はい」


「それから、今日はリアンたちもいないし、久しぶりに同じテーブルでご飯食べようね。トーネたちのお弁当用のおかずちょっと作って冷やしておかなきゃ」


「……あの、内容は朝食と同じでも嬉しいと聞いています。別に作らなくても」



 手間もかかるでしょうし、と申し訳なさそうに口にしたサフルに驚いたけれど、思わず笑ってしまった。サフルらしい、と口にしつつ自分なりに別のおかずを作る理由を話す。

 まぁ、大した理由ではないのだけれど。



「忙しい時は一緒のメニューになることもあるだろうけど、一品二品違うものが入ってたら少し嬉しいでしょ? 少なくとも『気にかけてもらってる』って感じることもできるかなぁって。誰かに見られてるってわかったらやる気が出たり、失敗しても『次は頑張らなくちゃ』ってなってくれればいいかなーって──特に、いろんな人に見られるトーネには必要だって思ってる。次に『教える』立場に立つことになるリッカも。シシクやクギは関わる人間を増やそうと思えば増やせるけど、抑えることだってできる仕事だからいいとして『奴隷』の人達がトーネたちみたいな仕事をしているの、私まだ見たことがないんだ」



 仕事にはいろいろあるからこそ、なのだろう。

勿論、やりたい気持ちや才能だけじゃどうにもならない事っていうのは私も理解しているし、それは当然だ。


 みんながやりたい仕事をすると、必要なのに人気がない仕事をしなくなる。

高い給料を払って引き受ける人がいればいいけれど、家事の延長だったり生活に必要な毎日しなくちゃいけない事に高いお金を払っていたら生活ができなくなるのだ。だから、賃金は低くなっちゃうし、不人気ってことで奴隷の人達がそういう仕事を請け負うことが多くなるのは想像しやすい。



「上手になれば褒められたり羨ましがられたりもするだろうけど、それ以上に妬まれたり意地悪されたり嫌がらせを受けたりすることの方がうんと多くなっていくと思うんだ。それは、実力が付けばつくほど、偉い人が気に入れば気に入るほど」


「それは、確かにそうですね。奴隷の執事などは比較的待遇がいいと言われていますが、それでも大衆の前に堂々と立つなどありませんし」


「うん、才能があるからって実際に大きなホールでとかっていうのは難しいだろうなーって。けどさ、自分たちで作った場所だったら、好きに思いっきり仕事ができるもん。嫌なお客さんや相手には『帰って』って言えばいいだけだしさ」



 へへ、と笑いながら前にベルやリアンにも話したことをサフルに伝えると涙ぐんでいた。

 ギョッとしていると「ライム様ぁ、流石ですぅうう」って涙声でひたすら私を褒めている。

咄嗟にアハハ、と引きつった笑顔を浮かべ焼いていた卵焼きを冷ます為、バットへ移した。他にも野菜を肉で巻いたものを少し冷やしたら完成だ。



「さてと……ウイン助手先生やトーネたちを呼んできてくれない? ついでに食べる席についても説明しておいて欲しいんだけど、頼んでいいかな」



 二つ返事で恭しく頭を下げたサフルを見送って、私は使った食器を洗っていく。


 奴隷だろうと、何だろうと……ううん、奴隷だからこそ生き甲斐は必要だっていうのが私の考え。だって、面白くもやりたくもない仕事をほぼ一生しなきゃいけないんだから、息抜きや生き甲斐は大事でしょ。

 生活に必要なことは皆でやればすぐに終わるし、お金を稼ぐのも皆でやれば一人よりずっと稼げるはずなのだ。



「ま、とりあえずそれぞれできることを増やして、山で暮らすときに少しでも楽できるようにするのが目標だよね。私は何が何でも合格しないと」



 卒業と同時に受験資格は貰える。落ちても、受験資格は五年間有効。それが過ぎたらまたどこかで受験資格を得なくちゃいけない。

 これが大変らしいけど、一応調べておかなくては、と心のメモに残しておく。


 身支度をしっかり整えたラクサが箸やスプーンなどを用意して、飲み物は苦草茶に。

 席に座った先生は、学校で会うみたいにかっちりした服装だったのだけれど、テーブルに並ぶいつもの食卓を見てとても驚いている。



「わ、わざわざこんなにたくさん用意してくださらなくとも」


「いつものご飯ですよ。パンじゃないから少し珍しくはありますけど」


「……これを奴隷も食べている、というのは本当ですか?」


「はい。一生懸命働いてくれてるし、しっかり食べないといい仕事はできないって思うので──皆、仕事に行く前にお弁当持って行ってね」



 トーネたちがいつもより丁寧な返事を返して、全員席に着いたところで食事の挨拶をした。ウィン助手先生は、慣れない挨拶に驚いていたけれど、小声で同じように挨拶をして恐る恐る炊き込みご飯を口に入れた。



「!? 学生が作る食事がこれってどうなってるんですか?! 俺たちが食べている、というか貴族の食べる食事より美味いんですがッ」


「あはは。大袈裟ですよー。あ、スープは好きにお替りしてください。ごはんはもう一度ならお替りできます。炊き込みご飯じゃなくていいなら、白いご飯もあるので煮物とたべ…あ、お替りですか?」


「んぐ、スープのお代わりを頂きます。なんだこれ……うますぎる……」



 凄まじい早さだった。

食欲旺盛なラクサやトーネ達以上に食べるのが早くて固まっていると、スープをよそって戻ってきたウィン先生は、次のご飯は味わうように時間をかけて食べていた。ようやく落ち着いてきたのか恥ずかしそうに茶碗を差し出す。



「あの……白いご飯、というのを頂けますか。煮物と一緒に食べたいのですが」


「ア、ハイ。えっと、皆は食べてていいからね。仕事もあるだろうし」



 食事を再開するように告げると彼らは静かに食事を始める。私たちが課外学習中、工房にはラクサと奴隷だけだった。でも、この間に彼らはある程度打ち解けたみたい。

ラクサの手伝いをしていたのは、意外にもクギだった。どうやら細工に興味を持ったらしく、私に『紙と書くものを買ってもいいか』と聞いてきたくらいだしね。


 デザインに使いたい、という事だったのでお金を渡しておいた。デザインが上手なら私も助かる。


 トーネ達は食事を終え、放心状態で苦草茶を飲むウィン助手先生を全員で心配しながら、お弁当をしっかり持って出勤していった。

くすくす笑いながら玄関口から工房スペースに戻れば、助手先生は恥ずかしそうに目元を赤くして、体を小さくしている。



「その、申し訳ありません。最近は携帯食料をポーションで流し込むような生活だったので、色々と暴走しました」


「なんッスかその地獄」


「……教員も楽ではない、としみじみ実感しております」



 ふっと笑うけれど何処か楽しそうだった。

 やりがいはありますよ、と小さく呟いてそしてクシャッと笑う姿に私とラクサは顔を見合わせる。

 食後のお茶を飲み終わった後にウィン助手先生がコホンと佇まいを直した。

 どうやらこれからの私の動きについて説明してくれるみたい。



「今回あなた方が捕らえたのは冒険者ギルドで密かに動向を窺っていた相手だったようです。それだけではなく、騎士団と合同で調べていたとも聞いております。当事者であるあなたたちに聞きたいことがあるという事で、午後に冒険者ギルドから呼び出されるでしょう。暫く、警備の人間が当該生徒につけられるはずです」


「警備って……何か悪いことでも」


「最悪の事態を避けるためです。仲間がいないとも限らないですから―――学院側は、今回の事態は不測の事態という事で採取状況を考慮し必要な素材を一つずつ渡す、ということになっています。これは本来手に入れられただろうという想定で配給されますので受け取ってください」



 はい、と頷けば配給されるのは【ロマドイの枝】になるだろうとも告げられる。

そして一呼吸おいて心配そうな視線。



「報告を受けて気付いたのですが【発泡水】はどうするつもりですか? 必要であればワート教授に進言させていただきますが」



 本来であれば、【発泡水】もあの場所で採取する予定だった。

でも【発泡水】は昼と夜の間、朝と夜の間の二回しか採れない癖のある採取物なので時間がかかる。だから『早く帰る』為に採取をせずに戻ろうと二人に頼んだんだよね。



「作りますよ。ただ、素材が足りないのでそれを取りに行きたいんですけど……」


「作る、ですか? その、採取に行くというのはどこへ」


「リンカの森です。採取できる場所はわかっているんですが量がいるので、ポーシュに荷馬車を引いてもらう感じになるかなぁって。【発泡水】に必要な素材はこの時期じゃないとだめなので、出来るだけ急ぎたいです」



 必要なものはもう知っている。

そう伝えるとウィン助手先生は少し考えて、冒険者ギルドに行った後に工房にワート教授たちを呼んでいいかと聞かれた。



「たち、っていうのは?」


「同グループだった生徒二名とワート教授、スタードを呼びたいと思っています。学院で話さないのは、学院の教員や生徒のことを考慮しております。学院だとライムさんはとても目立ちますからね。何せ、最優秀作品を作った生徒ですよ? 学院教員や学院生の中には、貴女を学院でしっかり教えるべきだと主張する人間も少なくない。あわよくば養子に、などと考えているのは語らずともわかると思いますが」



 肩をすくめて嫌そうにしているのを見て笑いそうになるけれど、納得はできた。

 そういう事情であれば、と頷いて……ふと気になった。



「晩御飯、食べていきますか?」


「勿論。あ、いえ、失礼。その、ライムさんが宜しければ。食費を受け取るのは嫌がると思いますので、食材は私どもが揃えます。高いものでもいいので何でも言ってください。どうせ、私とワート教授、そしてスタードの三名で割り勘するので」


「あはは。了解です! 採取なんですけど、明日とかですかね?」


「ええ、日程を考慮すると明日が妥当でしょう。今回はギルドから派遣された護衛と私かスタードが同行することになるかと」



 わかりました、と頷いたところでウィン助手先生がコホン、と小さく咳払い。

 どうしたのだろうと首を傾げると声を潜めて「手間賃を払います。まず、ノートと筆記用具を持ってきてください」と告げる。


 何が何だかわらかないままノートとペンを持ってくると彼はニッコリ笑った。そして言い放ったのだ。



「では、錬金術師国家資格の受験範囲と主に暗記すべきことについてお教えしましょう。参考書も書籍名は覚えているので揃えておいて損はありませんよ。少しずつでも、というより毎日三問ずつでも解けば余裕で合格点に到達できますから」


「………ハイ。アリガトウゴザイマス」


「過去問は今まとめているので各工房に配布します。皆さん、仲が良いようですから問題を解くという行動を習慣づけるようにしてください。試験目前に慌てて詰め込むより、確実にいいですから──初工房生である皆さんには何としてでも試験に合格していただきます。全員です。確実に、全員、合格できるようサポートしますので頑張りましょう。学院の生徒に負けるなどあってはなりません。工房生の合格率は初年度100%だったと後世にも伝わるようにして、散々馬鹿にしてきた愚か者どもに目にもの見せてやりましょう」



 そう微笑む彼から滲む圧は凄まじく、私に残された選択肢は「が、がんばりますッ」と返答をすることだけだった。



◇◆◇



 それから試験についての話が一時間半。


 勉強法についての解説と適正のようなものを見ると言われていくつかの質疑応答を終え、ぐったりした気持ちを切り替えるために採取してきた素材の下処理にとりかかる。


 最初に手に入れた【ネラコッホシュ】は水洗いし土を流してからしっかり乾いた布で拭き水分を取ったら軽く日光に当てておく。

【ハッヒツの実】はさっと洗って乾いた布の上に並べ、かぶせる様にもう一枚乾いた布を乗せ、余分な水分を吸い取るようにしておく。錬金術をする上で、素材以外のものはできるだけ排除するのは基本だから。

【パラリネスの葉】は簡単に洗って、即乾燥袋へ。半乾燥の状態で取り出し、日光や風に当てることで最終乾燥。全部一気に乾燥するより、機械や道具、術を用いて半乾燥にしてから自然光の中で乾燥させるのが一番品質良く仕上がると調べた本に載っていた。勿論、文献なんかも少し探したけれど、同じことが書いてあった。



「で、問題の【ロマドイの枝】だね。これ、ちゃんとあればいいんだけど……」



 サフルに頼んで縦横六十センチ、高さ十センチのバットをベルの作業テーブルに置いてもらった。そこに水を五センチ程度入れてから、私は洗い場へ。

蛇口のすぐ下に樽を置き、そこで目の細かい網袋を開いておく。



「脆いって話だから気をつけなきゃ」



 崩れないように、防水袋の中身を水中で網袋へ移す。手袋をしているとはいえ、実物を触ったことがないから余計な力を加えて粉々にしないよう慎重に作業を続け、どうにか流水下で余分な泥を洗い流すことに成功。


 水入りの樽を気合い入れてベルの作業台まで運び、慎重に網袋から一つ一つ採取したものを水の中へ移していくんだけど、水中から出さない方がいいものもあるだろうと思って、小さな陶器のカップに入れて移動させた。



「ウィン助手先生も見ますか?」


「いいのですか」


「面白いかはわからないですけど」



 工房の販売スペースを見ていた助手先生に声をかけるとこちらに近づいてきたので一緒に並んでバットの中を覗き込む。



「んー……あ、あった! これとこれ、あとこれも【ロマドイの枝】ですよね。これも小さいけどそうだな。んー。こっちは虫の死骸かな。これは普通の石でしょ~、これは……って、艶々で綺麗だけどなんだろ。ウィン助手先生、知ってますか?」



 不思議な、小さな木のような形で艶やかな石。

水の中で撫でていると滑らかで磨き上げた石のような触感。引き上げるべきか迷って、割と良さそうだと隅っこに移動させた。



「泥珊瑚と呼ばれるもので、比較的珍し……い筈なのですが、随分と多いですね!? これもそうだし、これもそうですよ。泥珊瑚だけでなく【ロマドイの枝】も採取が難しい筈なのですが」


「難しい、ですか? こう、手で探れば……」


「冒険者は服が汚れるのを厭いますから。泥だと足場も悪いですし咄嗟に反応がしにくい。目視できないこともあり確実に手に入れられる保証がない、というのも嫌がられる原因の一つですね。それに、脆いので持ち運びが大変ですから」


「ああ、ポキッと折れそうですよね。これは我ながらいいものが採れたと思ってますけど」



 取れたいくつかの【ロマドイの枝】は小さくて二センチ、長いもので七センチほどあった。平均三センチのものが一番多い。

 一番長いのを指さすと助手先生が真面目な顔で頷く。



「これが一番高いです。上級魔石並みの値段が付きますよ」


「………え」


「泥珊瑚はこの太く、節が多くあるものが金貨1枚程度でしょうか。一応これもアクセサリーに加工することができますし、石素材としても使用できますから調合素材に分類出来ます」



 それから一つ一つ説明してもらって私としてはとても勉強になったんだけど、説明されるのと同じくらい質問されたのには少し困ってしまった。




ここまで目を通して下さってありがとうございました!

ちょっとしたお詫びですが、文学フリマにて販売した『双色の錬金術師』の外伝に四コマを書き下ろししたのですが、こう、入稿時にバタバタしてうっかり忘れまして。申し訳ないです―――!(涙

 とりあえず、Xにて公開しております。


いつも読んで下さって、本当にありがとうございます。まだ、続くぞ・・・なぜ・・・?もっと早く切り上げるつもりだったのに、どんどん長くなっていきます。留学までがとおいいいいいい!!!


=新素材など=

【オオニッシュ】

様々な大きさがある根菜。オオニッシュは、一般的で白く太い根を持つ。葉は結束した倒披針形とうひしんけいで、これも食用。ニッシュ類には様々な色や形状があり、中には果物以上の糖度を持つもの、反対に辛みが強いものなどさまざま。色も白、赤、紫、黄色、黒と様々で環境に適応し比較的育てやすい野菜。寒い所でもある程度育つ。

現代いう大根。

【ロマドイの枝】

地中で根を張り、地中で育つ半鉱石状植物。成長すると小さな四角柱状の白い結晶を伸ばすが泥や沼の中でなければ成長しない。先端に巾着のような小さな種と蜜が詰まった花を咲かせる。触れると蜜と共に種が触れたものへ付着し遠くへ運ばれる、という仕組み。錬金術に使用するのはあくまで枝の部分。また、泥や沼は豊富な魔力もしくは栄養を持った場所に限る。人工的に作られることもあるが、費用や細かい調整には気を配る必要がある。


【ハッヒツの実】

光沢のあるダイヤ型の葉が特徴の蔓性植物。茎など若い部分にはうっすら細かい毛が生えており、実とある通り果実部分(正確には果穂、果序)を採取する。果実部分は未熟であると若々しい緑で熟すと赤へ。どの色でも採取して問題ないが、少しずつ効果が異なるので色別で分けるのが望ましい。果実部分は五~六センチほど。乾燥させても生薬としても利用できる。

 湿った土、芳醇な魔力と一定の湿度がある場所を好む。香りは非常に独特で、刺激的な風味と甘く爽快な香りが入り混じったエキゾチックなもの。


【パラリネスの葉】

 発芽条件がかなり厳しい木の一つ。魔力含有量が通常の半分以下が大前提。乾燥した土で、昼夜の温度差が30度以上あること、発芽に必要な水分は合計4gで、日光が一日最低7時間はあたることが条件。人工でも発芽させることができるが、手間と魔力が膨大にかかる。一度発芽してしまえば上記の条件は関係なく、水はけのいい場所であればある程度持つ。暑さにも寒さにも強い。

細く天に向かって伸びる葉は、豆のさやのような形をしているのが最大の特徴。

稲穂に似た小さな花が咲く。色は薄黄色。

=採取地=

トライグル王国ケルトス方面『緑の楽園』

湿地と平原の二面性を持った土地で植物素材が取れる。虫が多い。


【ネラコッホシュ】直訳:黒い根っこの花。使用部位は根。

 文字通り、黒い根が特徴的な薬草。広い草原や、林地にみられる。高さは約150センチと大きく、春~夏にかけて香りのよい白く小さな花(花弁は細かい糸のような細長いものが生えている)を穂のような部分に咲かせる。秋には種を飛ばし、その後は根が木のように硬くなる。葉は大きな卵型で三つの小葉からなる。

 薬効が高いのは秋とされるが、生薬として使用するならば春がよい。乾燥させる必要がないので秋に収穫する薬として栽培もされている。野生のものは香り高く、薬としての性質に優れるとされる。

 薬への転用。呼吸器系の炎症を鎮める他にも、全身のほてりにも効果があることから一定の年齢になった女性へ処方されることが多く、生理痛などにも効果があるとされる。ただし、体質によっては消化器系への不快感や、頭痛、めまいなどを起こすこともあるため、見極めが必要。


【蜜玉】ハチミツ(麦芽糖でも可)+ふるるの素+ゴロ芋粉

ハチミツや麦芽糖をふるるの素でコーティングし、くっつかないようゴロ芋粉で表面をサラサラにしたもの。共存獣ギルドなどで『蜂用レシピ』として作り方が販売されている。

魔力をたくさん使う。


【エウリュブデホスベナード】通称:蛭鹿、拡散鹿

 女性の叫び声のような鳴き声を上げる半分ほど寄生蛭に支配された四目鹿よつめじか。体長六十五センチ、体高五十センチで体重が二十キロ程度。オスにのみ短い角(七~八センチ)牙がある。四目鹿は、目の横に目のような形の臭腺があり、そこから悪臭をまき散らす。本来であればマーキングなどに使われる部位だが、そこからとめどなく蛭をこぼすので不気味。魔物は蛭なので、倒せば小さめの魔石がたくさん手に入る。

【焚火ケーキ】

 ダッチベイビーと呼ばれているキャンプ飯の双色バージョン。

野外料理のレシピをまとめた書籍を発見し、そこから試しに、と作ってみた。すでに一度工房内で調理済み。クギの好物。


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― 新着の感想 ―
[一言] 学園内でそんな話が…!そりゃ成績も優秀で血統も申し分ない優良株を囲い込まない理由ってないよな〜、自分がその立場なら考えちゃうかも… ライムのご飯いいな……うらやましい………何気にベルとリア…
[良い点] ライムはただですら学科勉強嫌いで実践あるのみなのに、座学を殆ど自学に任せる工房生では最終的に錬金術士の資格試験に受からないのではと心配していましたが、ここに来て強力な家庭?教師ができて良か…
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