313話 人とのかかわり方
明けまして、新年でございますね。
今年もよろしくお願いします。
大分、遅刻しましたが新年初の更新です!
ふあ、と欠伸をしながら外へ出る。
目を擦っていると柔らかな声と共に温かい何かが手渡された。
反射的に受け取った私の手にあったのはタオルで、思わず受け取っていた。差し出しているのは「仕方がないわね」とベルが良く浮かべる表情と同じ顔のレーナ。
「温かいタオルで顔を拭いた方がいいわ。あまり擦るのはお肌に良くないもの」
「あ、ありがとう。洗ったら乾燥させて返すね。せっかくだし、洗濯ものとか汚れものがあるなら洗うけど」
「それなら私も一緒に洗っていいでしょうか。ただ、服を干せるような木はないと思うのですけれど……どうやって?」
乾燥袋っていうアイテムがあること、入れておくだけで乾燥させることができることを告げるとレーナは目を丸くした後にくすくす笑い始める。
どうかしたのかな、と首を傾げると笑いながら目元に滲んだ涙を指で拭った。
「いえ、いいえ……ッ、ふふ。貴女だから、きっとベルは警戒を解いたのね。ライムは私から対価を取ろうとか何かを得ようとはまるで考えていないでしょう?」
「そりゃそうだよ。こんなちょっとしたことで何かと交換ってありえないもん……って、貴族は違うの?」
「貴族によりますね。貴族子女は『殿方には決して借りを作らないように』と言われて育てられることが多いのです。特に私やベルのような上級貴族は、純潔であることが大前提。それさえ奪ってしまえばと考える下種も少なくない、というのが理由の一つです。勿論、それを利用して相手を嵌めようとする女も多い。それだけでなく、家の存続にかかわるような事態に発展することもあるのですから……気をつけろ、と。利用されるより利用しろと、そう言い聞かせられて育ちます」
独白のように話すレーナに驚きはしたものの、人との関わりが偏っている私にはかなり貴重で珍しい話だ。
何もしないのは落ち着かないので、洗濯をしながら話を聞かせて欲しいと伝えるとレーナは笑いながら了承。そそくさと大きな桶を二つ出して、一つには洗濯液を入れた洗い用、もう一つはすすぎ用で準備。
顔を拭いたタオルや下着などを入れて洗っていく。
「殿方のいるところで下着を洗うのは嫌だったので、ほっとしました」
「レーナの所は女の子ばっかりだもんね。うちは、まぁ、ベルとリアンが嫌がるから、わざわざ分けてるんだ」
「……その言い方ですと、ライムは気にならない、ということになりますけれど」
「? 分けて洗濯する方が時間かかるし手間もかかるから無駄だと思ってる」
「そ、そうなのですね」
しばらく無言で洗い物をして、乾燥袋に絞った服や下着、タオルの類を入れていく。
後は時間になるまで放置するだけでいいので、朝食の支度にとりかかる。
まだ日が昇る前なので少しゆっくり食事をしても問題はないだろう。
「先に食べ終えてからジャックを起こそうよ。ジャックが食べている間に拠点の撤去をすればジャックが少しはゆっくりできるでしょ?」
「そうですね。私も罠を回収しに行かなくてはいけませんし……仮眠時間は長い方が助かりますからそうしましょう。朝食の準備、手伝わせていただけませんか? 私、あまり上手ではないのですけれど、料理というのは慣れだと聞いています」
「じゃあ、一緒に作ろう。ミルクスープとパンでいい?」
ポーチから取り出したのは『魔術布』で、そこから更にトランクを取り出す。
冒険道具に持ってきたのはポーチ。その中身については指定がなかったからセーフ。次回からはチェックされるかもしれないけれど、そこまでは知らない。
のんびり食事の準備をしながらレーナと話す。
色々聞いていく内にレーナがポツリと呟いた。
「ライムに聞かれたことを、時々思い出すの──私に、何ができるのかって。何をしてきたのかって。今は、できることを増やそうって、そうやっていくのも悪くないって思っているけれど、違法薬物の一件がなければきっと私は変われなかった」
お嬢様でもなんでもない、ただのレーナがそこにいた。
儚げな容姿だっていうのは変わらないけれど、表情はひどく凛としていて気高い。
こっちの方が『らしい』感じがして好きだなと目を細める。
「私、自分の容姿が嫌いなの。ベルみたいに一人で立って歩いているような、気高くて強い女性になりたくて、でも、私はこの容姿を利用する事しか知らなくて……工房で女性だらけの環境に身を置いた時、敵だらけだと思っていたの」
「敵って、どうして?」
「私を嫌うのはいつも同性の女性だったから。私に近づく殿方は皆、どこかで私を見下していて『一人では何もできない女』だと思っているから容易く声をかけるの。笑顔で取り繕って「私にもたれかかってください」だのなんだのと勝手なことばかり。私の意見なんて聞いてくれなくて、私という見目だけがいい女を守れる強い自分に酔いたいって虚栄心ばかり。ああ、下心をもって近づく輩も多いわ。勿論」
嫌になる、と吐き捨てられた言葉には嫌悪と後悔が入り混じっているように聞こえて、頷けずにただ話に耳を傾けることしかできなかった。
レーナが口にするのは仲のいいマリーやリムの前では言えない本音。そして憧れでもあり自分の嫌なところを強調し突き付ける存在でもあるベルにも伝えることができない心情。
今でも何もできないと嘆くレーナはいつの間にか、儚い雰囲気を再びまとっていた。
「……ライムは、慰めたりしないのね」
「慰めて欲しい時ならそういう相手を選ぶでしょ。私も今日一緒にこうやってパーティーを組んで改めて『言い過ぎたかな』って思ってるところ。レーナ、話しやすくなったし、私や奴隷のサフル、ジャックに気を遣ってくれてるのも分かったし」
命令されるかなって思っていた、と続けると眉を顰めて拗ねたように視線をあからさまにそらされる。
「そんなこと、しません」
「うん。されなくて嬉しかった」
「……嬉しかった? 安心したとかじゃなく、ですか」
「工房でも命令しなくなったってことでしょ? 取り繕ってる感じもないし、きっとマリーと仲良くやってるんだろうなぁって。あと、最初に比べてすごく楽しそうだしね。雰囲気っていうのかな、明るくなったもん」
生き生きしている気がする、と付け足すと思い当たる節があるのかふっと息を吐いてそうかもしれない、と穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「楽しいの。毎日、とっても。敵だらけだって思い込んで威嚇して、攻撃ばかりしていた私は本当に愚かだったわ。リムは様子を見ていたみたいだけど、あの子は最初から私達と出来るだけ仲良くしたいって思っていたと後から聞いて……申し訳なかったって本気で後悔したの」
片づけをしながらレーナの話を聞いていて分かったのは、彼女が身を置いていた『社交界』と呼ばれる貴族の戦場が凄まじいってこと。
ベルの凄さを改めて再認識した。
そして、切々と庶民の生活と貴族の生活の大変さの方向が違うということを聞かされる。
「庶民はお金、貴族は地位で苦労する、かー…命に直結するのは庶民の方だけど、精神的に疲れるのって貴族の方かも?」
「そうですね。言われてみるとそういう気がします。貴族向きの性格をされている方もいらっしゃいますけれど、でも、そうでない人間はかなり大変で息抜きを見つけなければそのうち潰れてしまう……私の場合は、この歳で学友や錬金術というかけがえのない、そして逃げ道を得ましたからいいのですけれど」
「逃げ道?」
「いざとなれば、貴族籍を捨てますわ。リムともそういう話をしていて、シスターになる方法を調べています。色々あるみたいですけど、教会所属の錬金術師になるのが一番良さそうなのでそちらを検討しています。まぁ、私の場合は家族や兄の動向を見て、ということになりますけれど」
「そ、そっか」
それ以上は聞く気がないよ、という返事をする。
レーナも話す気がないのか晴れやかな表情で頷いて、拭き終わった食器を差し出す。反射的に受け取った私は、そのままそれをトランクへしまい込んだ。
「私は罠の回収をしてきます。貴女と話ができてよかった……ずっと、気になっていたから。ねぇ、今度私たちの工房にベルと二人で遊びに来て下さいな。私、スコーンを焼いて軽食として売っているんです」
「軽食って……?」
「あなた達の工房みたいにあれこれ便利な錬金アイテムを作る腕もアイディアも私達にはないわ。でも、女性向けの商品に特化したお店にしようって考えて喫茶店みたいな感じでおしゃべりできるようにするつもりなの。まだレベルが高くて手が出せないけれど、錬金術で作るハンドクリームやスキンケア用品は需要もあると思っていて……喫茶スペースで出す予定なのがスコーンなの。感想、聞かせてくださいませ」
うふふ、と上品に笑いながら手を振って遠ざかる後姿はウキウキと楽しそうで思わず笑ってしまった。
苦笑しつつ、サフルにお願いしてジャックを起こしてもらうことに。その間に、調理を進めているとジャックが頭を掻きながら起きてきた。
目が合ってすぐに慌てた様子で髪を整え始めたのはちょっとおもしろかった。
「おはよう、ご飯もうできるからね。サフル、ジャックに温めたタオル渡してくれる?」
はい、と頭を下げて温めたタオルを素早く渡すサフルはすぐに私の横へきて、テントをたたんでいてもいいかと聞いてくる。食事を出したら私も行くから、と伝えて先に片づけを始めてもらうことに。
温めたスープに添え付けたのはこんがり焼いたパン。パンにはジャムをのせた。
ジャックの嗜好を聞いていたからジャムは三種類。
「ジャム! いいんですか?」
「うん。あ、今日たくさん収穫出来たらまた夜にデザートつけようよ。自分たちへのご褒美ってことでさ」
「頑張りましょう。あの、採取について提案があるのですが……危険地帯では僕と役割を分担していただけませんか? 僕が警戒や敵の排除をしますのでライムさんは採取に集中して欲しいのです。僕が採取するより早くより良い状態で集めてくださるので」
料理を教えるついでに、陣形の確認や編成方法の相談をした際にクローブたちの工房と共同採取に行くことがあった。そこで私の役割をみてこの結論に至ったらしい。
私としては構わないし、むしろ助かるので二つ返事で了承。
食事をゆっくりするように伝えて、サフルと共に撤去を始める。
この片付けの時間も貴重でサフルと片付けを進めながら詳しい作戦会議。
いつの間にか近くにはルヴとロボス、そしてポーシュが集まってきていた。
「あ、丁度良かった。ポーシュ、また移動するから乗せてね! 採取場所についたら飲み物と食べ物を渡すから頑張って。ルヴとロボスも採取が早めに終わったらブラッシングとボール投げに付き合ってくれる?」
指示を受けていない青っこいのとサフルからじっと見られていたので、苦笑しつつ彼らにもお願いしたいことを伝える。
「サフルは野営の時にたくさん手伝いお願いしちゃうから、覚悟してて。青っこいのは拠点の周辺を見てきてくれると助かるな。危ないものや危ない感じがしたら教えて欲しいんだ」
ぶぅんと機嫌良さそうに飛んだ青っこいのはこれからの採取でも頑張るよ、みたいな感じで飛び始めた。そこで少し考えて、ポーシュに声をかける。
「もし、木がある程度少ない場所だったらポーシュ、戦える?」
私の言葉に少し考えるようなそぶりを見せてブルルと首を振りクルリ、と背を向け嘶く。
行動の意味を考えて、納得。
「ポーシュは拠点とその周辺に出るモンスターやなんかを討伐してくれるみたい。今回は、ルヴとロボス、青っこいのを連れて行こうと思ってるんだ。ポーシュだけで大丈夫? もし、強い相手だったら逃げてきてね」
ブルル、と共存獣である彼ら全員の理解と承諾を得たところで採取中のサフルの行動を指示しておく。必要だと思えないんだけど、指示された方がやる気が湧くらしい。
「サフルは採取の補助ね。私、採取に集中すると周り見えなくなるから護衛をお願い」
仮眠用テントとトイレ用の小さいテントを撤収し、出した道具を一通り収納。
火などの後始末をして、ルヴ達に持たせるアイテムをしっかりと確認。いざって時に使えなかったら困るからね。
「御馳走様でした。美味しかったです。ライムさん、片付けを任せてしまって申し訳ない……」
「効率考えて無駄じゃないって思ったから任せてくれたんでしょ? そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ。わからなかったら聞くし、そもそも提案したの私だから」
食べ終わった食器を受け取って、溜めておいた水で洗う。この水は魔石を使って出したものだ。水は寝る前に魔力を空っぽにする目的で大量に出したんだよね。綺麗な水はトランクに入れて、いざという時に取り出せばいいだけだし。
洗い物も済ませて、次のルートを確認している時にレーナが戻ってきたんだけど、少し顔色が良くない。
どうしたんだろうと駆け寄ると口元を抑えて緩く首を振った。
「……この先で冒険者が亡くなっていました。人によるものだと思うのですけれど、その、状況が少し変で」
「詳しい事情は馬車の中で聞きます。移動しましょうか──あまり長居するのもよくなさそうですし」
御者役をするサフル以外が馬車に乗り込む。出発するという声と共に走り出した。
ガタガタ揺れる馬車の中と言いたいところだけど、この馬車も職人街の人が『貼り薬』のお礼にってことで衝撃軽減効果のある改造をしてくれたのでかなり快適になった。それでも揺れるから、丈夫な動物の皮を使ったキルトをもらったからそれを敷いている。この動物の皮だけど消臭液やら防水液やらを駆使して色々実験した結果かなり使える代物になったんだよね。
そこに座り心地のいい布を敷いて、クッションやなんかを敷き詰めている。
「行先はサフルにも伝えたけど二十分くらいでつくみたい。とりあえず、果実茶のむ?」
あらかじめ用意しておいた木のカップを二人に渡す。そこに作っておいた果実茶を半分ほど注いで渡す。柑橘系の爽やかな香りと程よく後を引かない甘さに満足していると恥ずかしそうに頬を染めたジャックが空になったカップを差し出してくる。
「おかわり、いただけませんか」
「いいよー。よくわかったね、おかわり分あるって」
「容量的にまだあるかな、と思いまして。ライムさんの工房に配置されていると毎日こういう美味しいものが食べられるんですね……心の底から口惜しいです。ええと、落ち着いたようですし何を見たのか話してはくれませんか?」
ジャックの問いかけで顔色が幾分かマシになったレーナが口を開く。
浮かべられた表情は憂いに満ちていて、いったい何を見たんだろうという純粋な疑問が湧いてくる。
「……女性冒険者と男性冒険者の死体がありました。金目の物はすべて取られていましたし、冒険者カードもありませんでした。男性冒険者と一部女性冒険者の損傷がとても激しく顔がつぶされていました。遺体は女性が七名、男性が三名。女性冒険者は二名を除いて全員乱暴されてそのまま締め殺されたのは間違いありません。その、乱暴された痕跡が残っておりました。それと……罠を設置した外側に彼女たちはいたようですけれど、助けを求めたのか女性冒険者が二人毒で亡くなっていました」
この話を聞いたジャックの表情が険しくなる。
しばらく考え込んで、そして考えがまとまったのか顔をあげた。
眼鏡の位置を正してからまっすぐに私たち二人を見て、一つの提案。
「──必要なものを採取することを優先しましょう。そして必要分を確保したら、即モルダスに帰還します。最近、婦女暴行及び強盗行為をしている素行の悪い冒険者がいるという噂を小耳に挟んではいたのです。手練れだった場合、僕らでは到底かないません。なので、残っている素材をすべて集めて目を付けられない内に撤収しましょう。恐らくですが、今日は動かない。暴行と強奪をした後は比較的『衝動』が収まっているでしょうから……ライムさん、周囲にあるものをできるだけ早く回収していただけませんか。レーナさんは僕と一緒に警戒にあたってください。一応警戒しながら採取はしますが、警戒優先です」
いいですね、という有無を言わさない言葉に私もレーナも頷いた。
私達の反応を確認したジャックはさらに続ける。
「それから、知らない相手に話しかけられたり助けられたら即警告、無視して近づくようなら殺しましょう。女性のような見た目であっても敵である可能性が高い。死体の状況からみると恐らく、警戒されにくい見た目や関係性であったことが窺えます……自分たち以外は敵だと思ってください。いいですね?」
「わかった。私倒せないかもしれないから、爆弾でいい?」
「かまいません。共存獣や奴隷には予め殺すように指示してくださいね。僕は共存獣に合わせて動きます。それから、移動は可能な限り馬車で移動します。幸い、目標ポイントは比較的草原から入っても近い位置にありますから、草原を走りながら材料を回収しましょう」
一気に緊張感を増した馬車の中で、慰めるようにそして、励ますようにルヴとロボス、そして青っこいのが私の頬や手にそれぞれ体の部位を擦り付ける。優しい心遣いに温かい気持ちを感じながら優しく彼らの頭を撫で、深めの皿に特別な飲み物を注ぐ。
これは特製の回復薬兼スタミナ剤だ。嗜好品の一面もあるそれを飲むと確実に半日は元気いっぱいの疲れ知らずでいられるらしい。反動ともいえる副作用も、彼らの体に与える悪影響もないので問題なく使えるけど、これしか飲まない!とかになったら困るからここぞという時だけ飲んでもらうようにしている。
「ルヴ、ロボス。怪我はしないようにね。青っこいの、変なのを見つけたら毒針とかそういうのでそっと攻撃してね。はい、蜜玉」
あと集めなくちゃいけない素材は四つ。
【ネラコッホシュ】は手に入ったから、あとは【ロマドイの枝】【ハッヒツの実】【発泡水】【パラリネスの葉】を手に入れる必要がある。
私たちが作るのは【滋養強壮薬】という、魔力と体力を一定時間上昇させる薬だ。
気を抜くと物騒になるので気を付けたいけど、もう手遅れな気配もしております。ハイ
今年も双色およびちゅるぎにお付き合いいただきありがとうございますー!
皆さんと一緒に、楽しく創作を楽しんでいけたらと思っています。拙いなりに、今年も頑張っていきますので応援もしくは見守っていただけると幸いです。




