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309話 分かち合うこと 後

よし、次から着々・・・・いきたい。

できるだけ。



 パチッと薪が爆ぜ、涼しい夜風が火照った体を程よく撫でていく。


 両手で持ったカップには温かい甘酒。

飲み物はほかにもお酒やホットワインがあってそれぞれ好きなものを飲んでいた。

ディルだけは塩漬け肉を焼いてパンに挟んで食べてるけどね。足りなかったみたい。

 使ったお皿を洗ったりしてくれているサフルに感謝をしつつ、私達は食後のホットドリンクを楽しんでいた。

春って言ってもまだまだ風は涼しいから、ひざ掛けを膝にかけた状態でそれぞれ、好きなところにいた。

 私の隣にはミントとベル。

正面にはリアンやディル、ラクサが座っていて、サフルは先ほどから忙しそうに、そして生き生きと静かに動き回っていた。

 私達から見て左手にはエル達が座って満腹だ、と満足げなため息をついている。



「にしても、俺らが完全にライムたちとは別行動になるとはな」


「僕らも今年から実戦強化方式に変わりましたからね。今回は魔物がよく出る国境付近での警備やダンジョンを利用した種類別の魔物討伐を実戦で学ぶ、といった試みがメインです。他国の言語も簡単に話せるようになる必要があるので、座学もありますが基本的にその場でお互い教えあうという形になると思います。僕らの実地研修は、召喚科や錬金科よりも早く、一番遅くまでかかるのでまとまった数の回復薬が欲しいのですが」


「個数と種類によるな。ああ、必要な素材を自分たちで取ってくるなら多少割引もできるが、あくまでエル、イオ、レイの三名限定だ。ただし、素材の状態が悪ければ受け取らないし作らないからな」


「おう、わかってるって。いやぁ、助かるぜ……ダンジョン関係の話は聞いてはいるんだけどさ、ダンジョンでも普通の回復薬は使えるんだ。ダンジョン専用回復薬は外じゃ使えねぇし『蘇生薬』っつーのがあるらしいんだが、これも眉唾だからなぁ。どっちにしろ、ダンジョンに慣れると『外』でうっかり死ぬ確率が上がるらしいから、気をつけろよ」


「ああ。僕も聞いたことがある。ダンジョンに慣れすぎると通常の冒険者として生活するのが難しいと」



 ワインを瓶のまま飲んでいるリアンがエルに同意したことでワイワイと賑やかになっていった。それを聞きながら焚火を眺めているとミントが心配そうに顔を覗き込んでくる。



「ライム、大丈夫ですか? 酔っぱらってしまったなら……」


「あ、大丈夫大丈夫。色々行く前に考えたり覚えなきゃいけない事が多いなぁって改めて考えてただけだよ。騎士科の三人とディルに暫く会えそうにないのは寂しいけど、今回はミントが一緒にいてくれるもんね。ラクサもいるし、連携訓練もよろしくね。明日からは夜にもするんだよね?」


「はい。私もライムと一緒に旅ができて本当にうれしいです。ラクサはカルミス帝国、私はスピネル王国の通訳ができるので頼ってくださいね。護衛が二人に増えてよかったなって改めて思います。護衛は一人でも多い方がいいですから――…ダンジョンについて、シスターカネットにも質問してみます。私は一応ダンジョンに入ったことはあるんです。でも、特殊というか『教会』所有のダンジョンだったので一般的なものとは違っている筈なので、あまり参考には……あ、でも薬やアイテムに関してはほぼ同じで、ダンジョン専用として消費していました」



 ぱん、と両手を合わせてニコニコ微笑むミント。

気になってどういうダンジョンなのかと聞けば『戦闘』に慣れさせるためのダンジョンが複数あったらしく、そこで色々なタイプの魔物と戦ったらしい。


 そこでの戦闘が試験にもなっていたらしく、実力を示すために指定された階まで一人で戦いながら進んだとも聞いている。



「戦った感じ、個体差がかなり大きかったですね。長くダンジョンで戦っている個体は強く、知能もありますが誕生して間もないものは弱い。これは外と変わらないのですが……感覚が少々狂うのです。回復薬の恩恵というものはかなりありますね。ダンジョン歴が長ければ長いほど死を軽視する」


「……ごめん、全くわかんないんだけど」



 つまり、どういうこと? と申し訳なく思いながらミントに質問すると、うーんと唇に人差し指を当てて夜空を見上げた。

サラッと星みたいな色の髪が肩から滑り落ちて、いい匂いがする。プレゼントしたミント専用のトリーシャ液なんかを使ってくれているらしい。



「うーん、私もどう表現したらいいのか……ダンジョン内で命を落とした場合『蘇生薬』を三日以内に死体に使えば生き返ります。復活の手段は『復活の魔術陣』というものもあって、そこに一定の金額と体の一部、魔力が込められたものを置き、一定の魔力を注ぐと亡くなった方が蘇る――…ダンジョンの外とは、違って。この前提が染みついてしまうと外でもその感覚が抜けなくて、死んでしまう人が多いそうです」



 ダンジョンというのは、不思議なところで希少な素材も高価な道具も入手できる。

一攫千金を狙う者や金に困っている者は一縷の望みをかけて、ダンジョンの周辺で冒険者稼業を始めることが多い。

彼らは血眼になって、それこそ寝ても覚めてもダンジョン攻略に挑むようになるのだという。



「何か怖いね」


「全員が全員そういうわけではないみたいですが……あと『ダンジョンギルド』というものがありここで入手できる『ダンジョン実力証明カード』はランクが高いほどダンジョンの中や付近の店などでのサービスが良くなるので……それを『実力』と思い込むようになってしまうという一面もあるみたいですね。冒険者ギルドが発行している冒険者カードの方が、信頼性が高いですよ。なにせダンジョンは、外的要因が与える影響が薄いので」



 そこまで話したミントに続いたのはラクサだ。

カップにはホットワインがなみなみと注がれていて、ほんのり肌が赤らんでいるのを見る限り結構飲んでいることが窺える。飲み物を淹れなおすと同時に私たちの近くに腰を下ろした。ラクサは始終機嫌が良さそうだ。



「あー。ぶっちゃけ自分から危険に飛び込むのと『どこに危険があるかわからない』状態で戦うのでは前提条件が違う、という認識ッス。当てればでかいのがダンジョン、堅実に行くなら冒険者って具合ッスね。一発ドカン!ってのに憧れる気持ちはわからないでもないんスけど、運で掴んだ金は一瞬で消えるんで真面目に冒険者やる方がお勧めッス」


「そっか。私は運で大金……っていう経験はないからあれだけど、確実に一定金額稼げるとかの方がいいなぁ。だって、当たればってことは当たるまでは『いつ当たるか』分からない生活を続けなくちゃいけなくて、当たらずに終わることもあるってことだよね?」



 ズッと甘酒で口の中を満たした私はぼーっと焚火を見る。

ディルは二つ目のパンにかぶりつき始めた。おつまみが足りなさそうだから、ポーチから作り置きしていたジャーキーを取り出すとパッとサフルが現れて「どなたに?」と一言。

驚きつつ、リアンたちに渡してほしいといえばニッコリ微笑んでジャーキーを渡してくれた。

 エルが大きく手を振って、ディルとイオは嬉しそうに顔を綻ばせ、リアンとレイは私を見て小さく手を挙げた後、素早く自分の分を確保している。

 ラクサには、私が直接渡した。

ミントとベルは首を振ったので、ひとまずしまい込んで、棒状にしたラスクを差し出せば喜んで受け取ってくれた。


「そうッスね。オレっち、ギャンブルって苦手なんス。もともと貧乏性なんで――あ、オレっちもその菓子欲しいッス」


「はい、どうぞ―――…私も賭け事は嫌だな。マイナスになる可能性があることが嫌だもん。ただ、ダンジョンで欲しいものはあるから、手に入れることができたら嬉しいんだけど」



 とりあえず収納袋が欲しい。できれば時間停止効果が付いたもの。

または高額で売れるようなもの。それを売って、倉庫に時間を止める魔道具を設置したい。



「運が良ければ手に入りますし、ダンジョンで出たものはダンジョンの近くだと比較的安いと聞いていますからお店を見てみましょうか。ダンジョン症候群に関しても、認識をしっかりもって利用する分には大丈夫だと思います。もちろん、ダンジョン内だけでなく戦闘は戦闘ですから気を引き締めていきましょう。ライムは私がばっちり守りますけど」


「いやぁ、心強いッス。それと足を運ぶダンジョンについては、基本的に法則や規則があるって話なんで少し探ってから入った方が良さそうッスね。あと、トーネたちから聞いたんスけど、見慣れた魔物でもダンジョンでは持ち物や剥ぎ取れるものが違うこともあるとか」



 驚く私とミントにラクサは視線を逸らして肩をすくめる。

今まで奴隷であるトーネたちに積極的に話しかけることがなかったんだよね。

奴隷であるトーネたちから私以外に話しかけることはないのでラクサから声をかけたことは明白だ。



「……ってことは、一度戦った相手だからって油断しない方がいいってことだよね」


「そうッスね。ライム達がダンジョンで学ぶのは……情報収集の仕方とまとめ方。基本的に情報収集は幅広く、いろんな場所ですべきなんス。場所によって評判が違うなんてこともザラで、その場所に応じた印象もあるんで考える力も必要になるッスよ。情報収集能力ってダンジョン以外に日常でも使えるんである程度鍛えておくべき力だと思うッス」


「なるほど! って、上手くできるといいんだけど」



 うーん、と腕を組んだところでラクサがケラケラ笑い始めた。

いやいやぁ、と片手をヒラヒラさせたかと思えば頭を撫でまわし、ポンポンと軽くたたく。



「初対面の人間に緊張もせず話しかけるライムが『うまくできるといいな』って、なんの冗談ッスか! ははっ、話しかけやすさで言えばライムは断トツ。リアンの笑顔は人間をある程度見慣れてる人間には『商人』にしかみえねーし、ベルは完全にお貴族様っスもん! んなの、絶対話すならライムがいいって思うにきまってるじゃねーッスか」


「……ラクサ、結構酔ってるでしょ」


「まっさかー!」


「……ミント」


「ラクサさん、ライムが可愛いのはわかるんですけど、ほら、あちらを。ディルとリアンがすごい顔になってますよ」


「…………お、オレっちちょーっとトイレ行ってくるッス!」



 ぱっと立ち上がって素早く工房内へ入っていくラクサの背中を見て私とミントは同時に噴出した。


 リアンとディルは勝手に飲み比べを始めたので、私とミント、ベルは先に引き上げることに。

ディルも今日は外泊すると言ってきたらしく、ラクサの部屋で一緒に寝ることになったらしい。部屋がないからね。


 サフルが気を利かせて用意してくれたお湯で簡単に体や頭を洗ってから、歯を磨いたり髪を乾かしたり。焼肉をしたから匂いが染みついてたし、ちょっと気持ち悪いもん。


 ベルの部屋で寝るということもあって、ミントは少し緊張していたみたいだけどベッドにもぐりこむとふかふかで寝心地のいいそれにウットリと目を細めていた。



「貴族のベッドって、こんなにふかふかなんですね」


「まぁね。でも、ライムのベッドもかなりのものよ。たまに寝るけど」


「ミントは時々泊まりにおいでよ。今までは教会に戻らなきゃいけなかったみたいだけど、少し自由なんだよね?」


「ふふ、そうですね。ある程度というか自由な時間は圧倒的に増えましたし……子供たちが寂しがらない程度に泊まらせてください。私のようなシスターを目指すって言ってくれている子もいるんですよ―――…私、二人も女友達ができるなんて思いもしなかったから、今とても充実していて、楽しくてたまらないんです。このままずっといられたらなって」



 月明かりがカーテンの隙間から差し込んでベッドの一部を照らす。

それ以外は真っ暗で、室内に置かれた時計が時を刻む音が響く。

外からの声は聞こえなくって両隣にいるベルとミントの手を握る。

あったかくて、大きな武器を振り回すようには思えない手だ。



「―――……うん。私もそう思うこと、いっぱいある。でも、忘れないようにって気持ちがあるから、よけい嬉しくって楽しく感じるのかもなぁって思うようになったんだ。ちょっと大人になったでしょ」


「ライム、あなたそれ自分で言ったら台無しよ。ふふ、まぁ、わからないでもないけれど……そうね、私もこのまま一緒に楽しく生活ができたらってよく考えるの。でも、私は貴族として血を残していかなければいけないから、卒業までにある程度結婚相手を見つけないと」



はぁ、と深いため息を吐くベルは普通の女の子みたいに見える。

なのに、貴族なんだよなぁってじわじわと胸の中に広がっていく、言葉に出来ない想い。



「私、ベルと一緒に生活する人が嫌な人だったら、その人の部屋にお化けを引き寄せる魔道具投げ込むことにする。あと、結婚式でホイップクリームをたっぷりボウルに入れて顔面にぶん投げるから」


「じゃあ、私は外出先で小さな不幸に見舞われる呪いのアイテムを用意しますね。足の小指が全部折れる程度でどうでしょう。それと、ライム。ホイップクリームは勿体ないので泥団子にしましょう? 子供たちに頼めば硬くて艶々のやつをたくさん作ってくれますよ」


「ライムもだけどミントも大概よね。気持ちだけありがたく受け取っておくわ―――…ホイップクリームっていえば、ライムが作ってくれた『お祝いケーキ』っていうお菓子、あれは凄まじくおいしかったわ。あんな美味しいもの作れるなんて反則よ!! 私の誕生日にもあれを焼いて頂戴。材料は私が用意するから」


「わ、私も! 私もお願いしたいです。あんなに美味しいもの初めてでした…ふわふわで程よい甘みと弾力のあるスポンジ、でしたっけ? それに滑らかで程よい甘みのホイップクリーム、酸味のあるベリーや果物の飾り……見た目も綺麗でしたけど、あの果物と一緒に食べるともう、何とも言えない美味しさで! 神の食べ物ですよあれ」


「わかるわ。あれなら切り分けないで食べられるわ。何なの、本当に。ねぇ、とっておきの時に、あれ作ってもらっていいかしら。お母さまも当主も皆夢中で食べるわよ。交渉だって有利にならないわけがないもの」


 きゃあきゃあと嬉しそうに弾む声に私は確かにおいしいけど、と思う。

美味しいんだけど、高い。砂糖を結構使うしね。考えておく―と返事をすると作る気がないと分かったらしく「ちなみに材料費はいくらなの」とベルに聞かれた。

一緒に暮らしてるから私の気が乗らない理由もなんとなくわかったらしい。

 かかった金額を言うと不思議そうな顔で「それだけでいいの? というか、たったそれだけであのケーキができるの? 正気?」だって。怖い。

ミントも「依頼をいくつか受ければいけます!」とにっこにっこ。



「ライムは好きじゃないんですか?」


「ん? ケーキは好きだけど、やっぱりレシナのタルトが好きなんだよね。無性に食べたくなるのはレシナのタルトだもん」


「レシナのタルトといえば、ディルさん……意外と普通でしたね。気づいていないわけじゃないと思うんですけど」


 え、何の話?と聞き返すと短く「婚約指輪です」と返ってきた。

ああ、指にはめてるリアン色の宝石が付いた指輪ね。とあくびを噛み殺しながら考えていると、ベルの楽しそうな声。



「ミントもそう思った!? 私もちょっと不思議だったから、こっそり聞いたのよ。そしたらシレッと『あれは陰険眼鏡の牽制だ。ライムはお守り程度にしか思ってないのがわかるから問題ない』って言い切ってて……はぁあ、もう面白すぎ! ねぇ、本当のところはどうなの? やっぱり、ディルの方が好き?」


「私はリアンさんかなって思うんですけど、どうですか?」


「……? ディルもリアンも普通に好きだけど」


「……あああ、まだかぁああ! もぉーっちょっと、もうちょっとこう、ガッといけば!」

「駄目ですよ! ああ、でもちょっとだけ見てみたいような気もします……ッ!」


 なんだか左右で賑やかにパタパタと手やら足やらを動かしたり左右に転がったりと忙しそうな二人を不思議に思いつつ、ふわぁ、と欠伸を一つ。

 ふかふかの枕とお日様のにおいがするシーツ。

温かい人の温度に少しずつ瞼が重くなって、ほんの少しずつ二人の声が遠くなっていく。



「べる、みんと……おやすみー」



 返ってこないだろうと思いつつ小さな声でもにょもにょと名前を呼ぶとぎゅうっと左右から抱き着かれた。

そして、聞こえてきたのはベルの声。



「私こそ ―――…ありがと。私、錬金術師の才能を授けてくれた『神様』に感謝しなくちゃ」



 最後に聞こえたベルの声は聞いたことがないくらい穏やかで、引き継ぐようにミントも「ええ、私もお二人に会えた幸運に深く感謝を」と囁いた。




一話だったものを分裂。

これで切りがよい筈!

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そういや、青・赤・緑の三国は普段統一言語を使っていて、その国特有の言語はもう古語にやってる。だけど本を読むときなど研究には必要なので、留学する時は出身の人を通訳として連れて行ける。ただしきちんとその国…
[一言] ネタバレアリ 309話好きです。沢山の登場人物と女子会と感謝があふれていてホンワカしました。
[良い点] 二話でスッキリ御祝終了でキリが良くてモヤモヤ無くていかった! [気になる点] さぁ次から始まるのは⁈気になる! [一言] お疲れ様でございます♪毎回とっても楽しみです♪ご無理をなさらずライ…
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