307話 完成して終わりじゃない
遅刻&文字数が通常より少なめです。申し訳ない・・・・っ!
書ききれるかなと思ったら書ききれず(苦笑
※ニヴェラの口調修正しております(令和5年11月25日)
完成した貼り薬は一種類だけだったけれど、まずは『使える』のかどうかを判断してもらわないといけない。
使えないなら、その理由を聞いて失敗の理由を考えてから調合しないといつまでも完成しないからね。
工房の施錠をした私達の前に、護衛をやってくれるつもりなのかルヴとロボスがどこからともなく現れて誇らしげに『定位置』へ。
「おかえり、一緒に行ってくれるの?」
もちろん!というように短く吠えて応えてくれた。
朝の準備運動は終わったみたいだったので、麦茶を飲ませてから改めてどこを通るのか話をする。
「裏道を行くか。ルヴ達がいるならその方が良さそうだしな」
「そうね、今回は私達に加えてルヴ達もいるしいいんじゃないかしら。なにより普通の商店街通りは混むもの」
「私も裏道がいいかな。大通りって人がいっぱいいるから、驚く人もいるだろうしダンジョンって広くない道も多いって聞いたから移動の練習にもなるでしょ」
オマケ誘拐を切欠に、改めて全員で動き方の練習をさせてほしいって頼んだのは戻ってきてすぐのことだ。
最初はトーネたちとやっていたんだけど皆から「パーティーを組む可能性のある人間とはある程度練習しておいた方がいい」ってアドバイスをもらったのだ。
それからベルやリアン、ラクサやミントはもちろん、暇を見つけてきてくれる騎士科の面子やディルとも騎士団で練習させて貰っている。
私の場合は回復重視の立ち回りだから素早く必要な薬や手当ができるように練習する目的で、騎士団の訓練に参加させてもらうことにも成功。
驚いたんだけど、騎士団って毒を塗った武器で普通に戦闘(手合わせ)するんだよね。
「揃ったし行くわよ。調合に時間がかかるもの」
施錠したことを確認して、走り出す。
基本的に移動は先頭にベルとロボス。最後尾はルヴで決まっている。真ん中はその時の状況によって臨機応変に。
っていうのも、戦闘相手の数や武器によっても立ち回りが変わってくるんだよね。
本当はもっと早く訓練しておけばよかったのかもしれないけど、店の経営が第一だったからある程度商品が充実するまではって話していたし、退学になるわけにはいかなかったからね。私だけじゃなくて、ベルもリアンも。
ダンジョンに潜る都合上、対人訓練もしたかったから騎士団が朝練に混ぜてくれるのはすごく助かった。お礼にスープを作ってるんだけどすごく喜ばれるし、スープの材料費しかいらないっていうのが一番うれしかったり。
それに、ダンジョンについての情報は騎士からも色々聞けて、かなり助かっている。
まだ薄暗い路地を駆けながら一番先頭を走るロボスの成長に感慨深くなった。
「ルヴもだけど、ロボスどんどんでっかくなってるよね。色々と」
「? そういう種族だろう」
「……リアンって情緒どうなってるの?」
「それだけは君に言われたくないんだが」
単純に足が速いのはルヴだけど、体力で言えばルヴよりロボスのほうがある。
これは共存獣ブリーダーのマレンさんからの報告で聞いていた通りで、成体に近づいてきたから個体差というかそういうのが徐々に顕著になってきたらしい。
まず、ルヴは騎士タイプ。
満遍なく、でも頭を使いながら器用に戦うタイプで最近魔力の使い方を覚えたようだな、と報告を受けている。どこにいても駆けつけてくれるのは、主従契約を結んだ際に使えるようになる【主人捜索】ができるようになったからだろうって言われた。国が離れてしまっている場合はどうしようもないけれど、所有魔力や使用魔力によって探索範囲がかわるらしい。
他にも毛の色が黒っぽくなってきている。
お腹のほうは白いんだけど、家畜化されたファウングとは違ってお腹にもしっかり防御力の高い毛がびっしり。お陰で触り心地は抜群だ。
マレンさん曰く「ルヴは【エモニ・ラトレイア・コマンダンテヴォルフ】に魔獣化する確率が非常に高い。ひどく優秀だが、忠誠心が桁外れだ」とのこと。そうなのか、と思いつつ変化したら詳しく教えてくれるそうなのでちょっと楽しみでもある。
そして次にロボスは元々、赤みを帯びた毛色だったのがより深い赤に変化している。
種族がらか、冬は暖かいスープを好んでいたので麦茶も温かいまま出していた。ロボスはロボスでマレンさんの見立てでは【オネット・ゾケルヴォルフ】という種族に変化する可能性が高いらしい。
私にとっては可愛くも頼りがいのある仲間で家族なんだけどね。
ルヴとロボスは自分の役割をそれぞれ理解していて、より得意な方を選択し今のポジションに落ち着いたそうだ。戦闘中、私の守りが薄いと感じればロボスはすぐに後ろに下がるし、私が安全で前が崩れるとまずいとルヴが判断すればルヴも前に出る。
主人である自分は二頭の動きと、仲間たちの行動や意図を汲み取って動く必要があるので結構忙しい。
走って走って、ニヴェラ婆ちゃんの薬屋まで足を止めることなく全力疾走したけれど、少しリアンが呼吸を乱しているくらいだ。
会ったばかりの頃に比べてかなり体力がついたな、なんて思いつつドアをノックする。
聞こえてきた入店を促す返事に、遠慮なくドアを押し開くとひどく驚いた顔で私達を見ているニヴェラ婆ちゃんがいた。
◆◆◇
完成した薬をみて、ニヴェラ婆ちゃんは今までにないくらい険しい顔をしていた。
淹れてくれた薬草茶をありがたく飲みながらチラチラと鑑定中のその姿を見つめる。
約十分黙って見つめたまま動かないのだ。
ダメだったのかな、なんて考えていると唐突に終わりが来た。
「三人とも、こっちへおいで」
ふっと困ったように笑う彼女に首を傾げつつ、お茶をぐっと飲みほしてから近付けばコトリ、と貼り薬入りの密閉容器が置かれてその横にあまり見ないタイプの袋が複数置かれた。
室内照明の明かりを受けてテラテラと輝くそれに目を奪われたのは私だけではなかったようで、ニヴェラ婆ちゃんはそれを一枚摘まみ上げる。
「これが気になるのかい? 流石というか、錬金術師なんだねぇ、三人とも。これは【水布袋】と呼ばれている濡れた布専用の保存容器のようなものでねぇ。家に置いておくならこれで十分だよ。でも持ち歩くなら、これに入れたまま防水袋に仕舞っておく必要があるかもねぇ。こう、口が閉まるわけではなくて、しっかり折りたたむ形になるから、万一にも汚れたり、液が漏れないようにするにはこの方法が一番、効果が変化する可能性が低いんだよ。破れない限りは何度でも使えるからね。ただ、これを作れるのは布師や布専門の錬金術師だから、伝手がないなら私が代わりに仕入れることもできるよ」
触ってみるかい、と言われて頷く。
手に持った感じはツルツルしていて、ボルンなどの油っぽいお菓子を包む紙によく似ていた。
中を開いてみると貼り薬を入れることができる充分な余裕がある。
ただ、一枚一枚入れなくちゃいけない事、仕入れ先が限られていること、そもそもの貼り薬を作るコストを考慮すると間違いなく高級薬の部類になってしまう。
「結論だけど、この薬は立派な『薬』だよ。ただ、肌が弱い人間は使用後に薬に皮膚が負けて爛れる可能性があるからこれに関して何かあればいいんだけれど……」
「少量の軟膏を用意していますわ。こちらになります」
コトンっと置いた小さな軟膏は【カキドマ軟膏】だ。
これは瓶じゃなくて口紅を入れるらしい器に入れている。ちょうどいい量だったし、口紅用の器って安いんだよね。
「補修効果に浄化、保湿、美肌……うんうん、これがあれば炎症は消えるねぇ。ただ、使用注意としては一度使ったら二日は間をあけるようにしないと良くないよ。薬の効果からして、張り付けて一日つけっぱなしにしても問題はないし、効果は浸透して直接効果が届くようにしてあるからかなりの改善を見込めるねぇ。治療後は無茶をして疲労をためなければ問題なく完治に近い状態まで持っていけるんじゃないかねぇ……重度の場合は、何度か使わなくっちゃあならないけれど」
「じゃあ……!」
「問題なく販売ができるよ。まさか、こんな短期間で完成させるとは思わなかったから驚いた。しかもこの軟膏、長く生きているけれども初めて見たよ。火傷と呪炎痕にばっちり効くから、そういう効果を書いて売った方がいいねぇ。古い痕も長期間使用することで火傷と呪炎痕の二つであれば必ず痣は消える。他の痣には一般的な軟膏と同じような感じで、どちらかといえば美容クリームとしての効能が高いから、そっちの方面で進めてみるのもいいんじゃないかねぇ」
にっこり笑うニヴェラ婆ちゃんをみて私は思わずベルとリアンに抱き着いた。
やっと完成したんだ!っていう思いが今回は強かったんだよね。一人で『なんとなく』作ってきたことはあったけど、皆で考えて共同制作したオリジナル調合はこれが初めてだから。
「っ……ら、ライム。うれしいのは分かったから、落ち着け」
「リアン、あなたもう少し慣れなさいな。耳が真っ赤よ。抱き返すくらいの甲斐性身に着けたらどうなの」
そんな会話をしている二人がおかしくって、笑っていたらベルがリアンを押しのけてぎゅっと抱きしめてくれた。
ひとしきり喜んだあと、ニヴェラ婆ちゃんが申し訳なさそうに、そしてこれが本番だというように口を開く。
「さてと、婆ちゃんから物は相談……というか提案があるのだけど、この『貼り薬』のレシピを公開するっていうのは、考えられるかい?」
「公開っていうと、レシピを売るってことですか?」
「……腰痛や肩こり、他にも慢性的に痛みを抱えている人は多いのは知っているだろう? だからこそ、お婆ちゃんはこれを広めたいんだよ。これがあれば、今までできなかった“日常生活”をおくれる人間が増える。それは間違いないことだからねぇ。でも、私達だけが作れる薬にしてしまうと供給が追い付かない。違うかい?」
それは確かに、と思う。
職人街の人達もそうだし騎士の人達も肩や腰を痛めたことが原因で退職する人がとても多いと聞いている。
「私は公開することで買う時の値段が安くなるならそれでいいかなって思います。この薬は私達だけじゃなくてニヴェラ婆ちゃんがいなければできないから、薬師と錬金術師共同で作らないと絶対に完成しないし」
「……僕もこの調合だけを抱えるのは正直難しいと思っているので問題はありませんが、売り方は考えるべきだと思っています。少なからず、僕らやニヴェラ様が損をしない売り方でなければ納得がいかない」
「私はどちらでも構いませんわ。でも、そうですわね…私たちが作り上げたものを簡単に渡すっていうのは少し抵抗がありますの。だから、少し考えたのですけれど、売るのは私たちが作ったものより使用時間が短いものにしませんこと?」
「おやまぁ、それは考えつかなかったけれど……確かに、それは悪くないかもしれないねぇ。それに、公開しても売値は高いし、薬師の知り合いがいる錬金術師はあまり多くないと思うから、上手くいくのは優れた能力と人格を持つ者だけになる―――悪くない手だねぇ」
ちなみに薬の調合もかなり難しい部類に入るらしい。
あー、と全員で納得したところでどこに売ろうか、という話になった。
「………そうだねぇ、一般的な売り先としては商人ギルドだけれど、国に売りつけるのもありじゃないかねぇ。よければこの婆ちゃんに交渉を任せてはくれないかねぇ? 勿論、悪いようにはしないよ。もし任せてもらえるようなら、競売方式にして損は絶対にさせない……どうかねぇ?」
「随分と―――…いえ、よろしくお願いします。ただ、そうですね、今見てわかると思うのですが、この貼り薬の部分を二重ではなく、一重にした状態でのレシピにします。またこの薬のレシピを買い取って販売し一定の利益を得た場合は僕らに金が入るようにしていただければ。これだけで儲けよう、という連中は正直受け入れがたいですからね」
「うんうん。ああ、かかった費用を書いておおよそ必要な額を教えてくれないかい? 作り手と購入者に補助金が出るようにお婆ちゃん頑張るから、いい子で待っておいで」
久々に、やる気が出るねぇ。なんてにこにこ優しい笑顔で笑うので思わずつられて笑ったんだけど、リアンの口元は盛大に引きつっていた。
試作品をニヴェラ婆ちゃんに渡して、追加で元々頼まれていた人には試作品という形で一度手渡すことに。
対象者がいるのは直接依頼してきた職人代表者と現役の騎士団のリーダーをしている人、あとは学院長を候補に決めた。前者は依頼者だけど、学院長に『錬金科』の生徒として「こういうすごいものを作りました」っていうのをきちんと示すことで間接的に『国』に有用性をアピールできるって考えたからだ。
ニヴェラ婆ちゃんも大賛成してくれたし、今日は帰って調合とラクサのお祝い用メニューを作るだけ。
追加の薬を受け取って、一番街と二番街によって色々食材やお酒、ちょっとしたプレゼントを買い込んだ私たちは急いであれこれ準備に取り掛かる。
あ、リアンのお母さんのところへはきちんと寄って頼み込んでお金は受け取ってもらった。強引に支払い金額を半額にさせられたけど。悔しかったので、残り分はレシナのタルトや【うどん】と【センベイ】三種類でって一方的に約束したけど他にもいくつか新しい調合料理を作ろうと思う。
いっぱい料理を作ってラクサを驚かせなくっちゃね!
遅くなって申し訳ありません。何とか更新!
=用語など=
【エモニ・ラトレイア・コマンダンテヴォルフ】
ボーデンヴォルフの特殊進化先。直訳で《狂信的な指揮官》となる。漆黒の毛。
リヴァーサル・サヴァイブヴォルフ率いる群れの中でしか進化しない。
知能・攻撃力・防御力がずば抜けており、全体的に弱点がない。
名の通り、群れのリーダーであるサヴァイブヴォルフの手足になって動き、反抗心すら持たない。この個体になった場合、何があろうとついて回り、強大な敵や到底かなわない相手にも果敢に向かっていく。恐怖心がリーダーへの忠誠心などに変換されているかのようだ、と研究者は語る。番になることも多く、その場合1番はリーダーで2番は群れ。それ以外はどうでもいいという性格へ。
【ミナヴォルカン・ヴォルフ】魔獣寄りのモンスター。
高熱の鉱火山に暮らす熱に強い種族。寒さにもある程度耐性があるが、一般的なヴォルフ族と一緒。赤みを帯びた茶色の毛が一般的だが、白いのもいる。
火ははかないが、熱いものを好んで食べたりする。火を恐れない。
毛皮が少々特殊なのと皮も分厚いためかタフでスタミナもかなりのもの。
性格は温厚なものが多いが、敵だと思ったら徹底抗戦。
体胴長130~180センチ、体高75~90、平均体重45kg
【オネット・ゾケルヴォルフ】
直訳で《誠実なジョーカー(切り札)》となる。特殊進化でリヴァーサル・サヴァイブヴォルフが率いる群れの中でしか進化しない。
知能・攻撃力・機動力に富む。また、度胸がある。
リーダーに意見することができる唯一で、普段は大人しいか悪戯っ子な部分が多く世渡り上手。どんな種族でも進化可能。
【カギドマ軟膏】
傷ついた肌を補修、保湿そして美しくする効果がある。独特の香り。
火傷、呪炎に効果抜群。数回の使用できれいさっぱり! 年季の入った火傷痕や呪炎痕でもじんわり効いて長期使用できれいさっぱりなくなります。
特性:補修効果、浄化効果、保湿効果、美肌、芳香
=素材=
カレイナの葉+純水+調和薬+香料+魔石粉(青)
〇下準備〇
・各種エキスを作って調香
・カレイナの葉はすり潰し濾し布に包む。80℃ 5分以上で純水を使用し煮だして、冷却
=調合手順=
1.カレイナの葉から抽出した液体に、魔力と純水を注いで90度まで温度を上げる
2.100度になる前に火を止め、調和薬と魔石粉(青)を少しずつ加える。
魔力を注がないように注意
3.温度が15度以下になったら香料と魔力を加えて混ぜ、完成
【水布袋】
濡れた布専用の保存容器。破れない限りは何度でも使える。
ただ、作れるのは布師や布専門の錬金術師。