301話 貼り薬への道のり 2
びッッッびょーに進みました。
必要なものがわかったので私達は『リック・ハーツの道具屋』へ向かった。
店に顔を出すと接客中だったリックさんの代わりにハーツ夫人が対応してくれたんだけど、センベイと洗濯液の販売が順調であることを伝えられた。センベイに至っては並べた瞬間に売り切れちゃうの、と困ったような顔をしつつ他の品物もついでで買って言ってくれる人が増えて売り上げが上がったと嬉しい報告を受けた。
「マスキング板ならあるけれど、どのくらいのサイズが欲しいのかしら? 特殊サイズになると在庫がないの」
「実物を見せていただくことはできますか?」
「ええ、もちろん。ただ、高いから店頭には置いてないのよ。個人商談室に案内するわね」
ハーツ夫人に案内されて奥の部屋に通され、促されるまま椅子に座るとお茶と焼き菓子が出された。食べて待っていてね、という言葉に甘えてもぐもぐとお菓子を咀嚼していると呆れた視線を向けられる。
「よく食うな、君は」
「怪しいなーって人からもらったお菓子は食べないけど」
「そもそも菓子をもらうな。受け取るな。知り合いでも感情がどう動くかまでは読めないんだ、できるだけ手を付けるのは避けるべきだ。過去に自白剤や惚れ薬の類を混ぜ込んだものを出されたことが何度もあるぞ、僕は」
「……それ、たぶんリアンだからじゃない?」
「どういう意味だそれ」
交渉の場にいたからだとおもう、と考えながら待っているとリックさんが現れた。
手には大きさの違うボードが三枚ほど。
おお、と目を輝かせる私にリックさんはニコニコしながらテーブルの上に板を乗せていく。
「いやぁ、対応が後になってしまってすまなかったね。これが家にあるマスキング板だ。あまり売れるものではないから、各二枚ずつしか置いていないんだが……これ以外のサイズは特注になるよ」
並べられた板は大きいもので一メートル半くらいの長さで奥行きは一メートルと結構な大きさのものとそれより二回り小さいもの、羊皮紙二枚分くらいの小さなものとサイズがばらばらだった。
「この大きい板を二枚いただけますか。それから、こちらで防水液は扱っていますか?」
「防水液はあるけれど、量が必要なら商人ギルドに行った方が確実だね。あと、板も商人ギルドならこれより大きいサイズがあるかもしれないけれど、どうする?」
「これ以上の大きさだと手に余りますからこちらで購入させていただきます。センベイの補給は少し時間がかかりますね。ただ、洗濯液の方は対応ができますよ。もう少し量を増やしますか? 留学先に行く前に出来るだけ多めに納品させていただくつもりではあるのですが」
ついで、と言わんばかりに留学中の商品補充についてリアンが口火を切るとリックさんはそうだね、と頷いた。
置くだけ売れていくからなぁ、と笑いながら大体の目安量を口にする。
「それと、検討してほしいのはセンベイの保存容器だね。店用に一つ大きいものが欲しい。大きな保存容器があればある程度こちらでまとめて保管し、様子を見て売り出すこともできるから都合がいいんだけど……あれを作ったのはライムちゃん達の友達だと聞いたんだ。他の店も同じようなことを考えているから、検討してもらえると助かるかな。勿論、料金は弾むよ」
「わかりました、そういう事でしたら本人にリックさんを訪ねるよう、話を通しておきます。返答は手紙でも構いませんか?」
よろしく頼むよ、と嬉しそうな返事の後に、マスキング板の金額を支払う。
割引が適用されているとはいっても結構な値段だった。こういう特殊な道具はだいたい高いから覚悟はしていたけどね。
ポーチから魔術布を取り出し、そこからトランクを取り出す。
板をしまって、また魔術布にトランクを……とやっていると目をキラキラさせたリックさんが魔術布を指さした。
「こ、これは?! これはなんだい!? 初めて見た魔道具だ!」
「え? あ、これは【魔術布】っていう友人の召喚師が作ってくれたアイテムです」
「友人の召喚師…ってことは、ミーノット家の次期当主様か! ははぁ、これはぜひ取り扱わせてほしいが、販売させてはくれなさそうだなぁ。ああ、惜しいがいいものを知れたよ。ふふふ、今後こういうものが沢山出てくるとこちらとしても面白いんだけどね」
お茶を飲んでからお帰り、と言われて大人しく座りなおしてお茶を飲む。
焼き菓子の味を尋ねられたので「すごくおいしかった」と答えると機嫌よく、ドアを開けて持ち帰り用に包んで欲しいとハーツ夫人に声をかけていて焦ったけどね。
結局、たっぷりの焼き菓子とクッキーをいただいてご機嫌な夫妻に見送られ、商人ギルドに向かうことになった。
「君は、なんというか行く先々で品物を贈られるな」
「あはは。有難いけど、お返ししなきゃって思っちゃうんだよね。時々、手作りのお菓子とか持ってきて渡してるんだけど、お茶会しましょうって呼び留められることが増えたかも。野菜貰ったりもする」
「……時々見覚えのないものが増えてるのはそれだったか」
「うん、料理を教えてもらったこともあるよ。ベルと一緒だったんだけど、ベルとベルに教えてくれた奥さんはすごく大変そうだった」
下手なわけじゃないんだけど、ちょっと力加減を間違うことが多いので予備の予備を持って行って良かったと思う。
そういえば、一度クローブ達が来たこともあったなと思い出した。
エプロンは自分で縫ったと言っていて少し曲がっていたけど、愛着湧きそうだったし、機能も問題なし。一緒にピザを作ったんだよね。
「冬期休暇にラクサと遊びに行ったけど、元気そうだったよ」
「……遊びに行った? 工房にか」
「うん。グラタンとミートパイを作って、ブラウンシチューも作った。泣きながら食べててちょっと面白かったんだよね。代わりに力仕事があったら手伝ってくれるみたい。あと、マリー達の工房にも行ったんだけど、上級貴族のレーナはベルみたいに外国に行ってたでしょ? で、あそこにはマリーとリムの二人しかいなくて寂しそうだった」
体力づくりの散歩がてらサフルたち奴隷とルヴ、ロボスと走っていたんだけど、工房前を通りかかったんだよね。コンフを筆頭にマリー達も一生懸命工房前の除雪をしていたんだけど、下手すぎて全く進んでなかった。
「で、見かねて手伝ったお礼にお茶をご馳走になったんだよね。その時に工房の中も見たけど、女性用のリボンとか香油、簡単に作れるクリームが増えてたよ。一般的な錬金術用レシピを使って作ったんだと思う。あと店内は、女性向けって感じで男性客はあんまりいないって言ってた。来ても、プレゼント用に買ってくって人ばっかりみたい」
古い布なんかでリボンを作ったり、染めて刺繍を入れたりして付加価値とやらを付けているらしい。ちょっと高くても、特別な時に使いたいって人が来るんだって。
世間話の延長で店内の様子や印象について話すとリアンが感心したように呟いた。
「そういった路線で攻めてるのか。クローブ達の所ともターゲット層が違うから、差別化出来ていいと思う。少なくとも客の取り合いにならなくて助かったよ。地理的に不利なのはコチラだからな――…商人ギルドについたか。ここで防水液を買う。品質はそれほど高くなくてもいいと思っているが、一応試してみるか? レシピの販売もされているかもしれないし、そっちもチェックするか」
「だね。あ、サフルは中に入ったら園芸関係の所を見てきてね。使えそうなものとかがあれば選んで。道具は長く使うことになるからしっかりしたのものにしてほしい。高くてもいいから」
「は、はい。ありがとうございます、ライム様」
私より大きくなったサフルを見上げて頷くと嬉しそうに微笑まれる。パッと見たところ貴族に仕える執事っぽいんだよね。時々、すれ違う若い冒険者の女の子たちがサフルを見て何やら楽しそうに話していた。
商人ギルドの中は、常に一定の賑やかさがあって人も多いのだけれど、冬の期間より明らかに人が増えていた。トライグル王国のものではない服装や雰囲気の人も多いし、出稼ぎに来た若い職人らしき人の姿もちらほら。
周囲を見ている私とは反対に、サフルは私を含めてその周辺を警戒してくれていた。
リアンはいつの間にか私の手を引いて依頼書が張り出された掲示板で割のいい依頼を見つけ、回復薬を納品。結構な金額になって驚いたんだけど、リアンは感情の分からない笑みを浮かべそのまま売店へ。
「防水液を品質順に出していただけませんか? また、防水液のレシピがあれば買い取りをしたいのですが」
「かしこまりました。まず、防水液のレシピですがこちらになります。登録されたものですが登録者の希望により金貨二枚で販売しております。防水液ですが、品質Cと品質Bのものしかありません。防水液の素材が必要でしたらご用意させていただきますが」
「是非よろしくお願いします」
ニコッと微笑んだリアンの横で防水液を眺める。
瓶に入っているので色なんかは見えず、悔しいようなワクワクするような気持になった。早く調合したいな、と考えつつ金貨一枚をリアンに後で渡そうと心にメモをしておく。その後もリアンが交渉している横で大人しく眺めていたんだけど……元気な声が耳に飛び込んできた。
そっと顔を向けると、どうやら依頼書の所で誰かが言い争いをしているらしい。
なんだなんだ、と周囲がざわつき始めている。
興味はあったけど巻き込まれるのは面倒だから人の隙間からチラチラ見える人影を観察して、それが女の子で、しかも睨み合っているってことが分かった。
一人は庶民、一人は貴族といっても着ている服は高いけど最上級の素材じゃないから、多分中流貴族だと思う。
「はぁ?! 私も錬金術師だし!」
「奇跡的に、まぐれで受かっただけの庶民が生意気ですわッ!」
「何にもできないくせに偉っそーなこといわないでよねっ! ほんっと腹立つぅッ!」
キーキーと野良ネズミリス同士の喧嘩っぽいやり取りに何だか嫌な予感がしたので、会計を終えたばかりのリアンの袖を引く。
爽やかな外面用笑顔のまま私の方に向いたので服を引っ張って、背伸びをし、耳元でコソコソと話しかけてみた。
「掲示板前にいる喧嘩中の女の子二人、たぶん後輩になる子だよ」
「……は?」
何故かほんのり耳を赤くしたリアンがギョッと振り返りそうになったのでガシッと腕をつかんで止める。見つかると面倒な気配しかしない。
私は片手でフード付きマントを取り出して身に着けた。こういう場合は、隠しておかないと変に覚えられたりしたら嫌だし。
「さっき会話が聞こえたんだけど『錬金術師』ってのと『受かった』って話してたの。少し気になるからこっそり話聞いてみない? 工房生じゃなきゃいいんだけど」
「――…そう、だな。サフルもついて来てくれ。ライムの前に立つように」
「はい」
掲示板に近い、できるだけ目立たない壁際に私達は移動した。
サフルとリアンが私を隠すように立っているけれど、二人ともフードを身に着けている。顔を覚えられては面倒だってことでサフルにもフード付きマントを渡したんだよね。
ざわざわとしているだけだった周囲が面白がり始めたらしく、はやし立てるような声が多くなっていく。
その周りを眺めて、騒いでいる人とは違う表情の子が何人かいることに気づいた。
「女の子の近くにいる何人かって、たぶん同じ新入生だよね」
「だろうな。人数的に二つの工房、いや、合計で工房は三つだろう。少し離れた受付の傍にいるのが恐らくそうだ。服装から見るに、庶民が三名、貴族は六名か。鑑定をして名前を控えておくから、あとで共有した方がよさそうだな」
「詳細鑑定だと名前もわかるんだっけ」
「ああ。鑑定だと、分からないことも多いが分からないのは思考と感情、性格や経歴くらいだ。身体的な欠陥や病気なんかも見ようと思えばわかるが、その場合は情報量が多すぎて整理するのに時間がかかる――今回は名前と才能を控えておくに留める。弱みになりそうなことは、今のところなさそうだな」
ふむ、と思案しつつも素早くメモを取っていく姿に顔が引きつった。
えげつない。というか、こんな風に相手側も『知られる』とは思わなかっただろうな、なんて思っていると喧嘩を仲裁しに職員さんが出てきて、どうにか決着がついた。
騒いでいた女の子二人が怒られ、そして利用制限をかけるとまで言われていたので流石に反省したらしい。
別々に出ていったのを見てサフルがにっこり笑う。
「――…つけましょうか?」
「そうだな、頼む。あちらの庶民の方をつけてくれ。工房の場所が分かればいいが、分からなければ戻ってきてくれ。性格がわかるような言動、関係性がわかるような会話が聞ければ儲けものだが無茶はするな」
「サフル、コレ持って行って。ばれそうになったら買い物をする振りとかした方がいいでしょ? あ、欲しいものがあったら買っていいからね」
「ありがとうございます、使うような事態にならないよう努めます」
ペコッと一礼してサフルが後を追う様に商人ギルドを出ていった。
それを見届けてからリアンは少し考えて、見物というか事態の収拾がつくのを眺めていたグループの傍へ移動。
テーブルに回復薬をいくつかおいて私と向かい合って座る。どうやら偽装工作らしい。
フードをかぶっているので目線や意識がどこへ向いているのかわかりにくいだろうとのこと。テーブルにはメモ用紙。
耳をそばだてて居ると元の賑わいを取り戻したギルド内で、彼らの会話が漏れ聞こえた。
「なんだか、他の二つの工房は随分とお転婆な子が多いようだね」
「お転婆というより、あれは恥でしょう。まったく、私の婿探しに影響がなければいいんだけど」
「トライグル王国でもああいう方がいるんですね、赤の大国や青の大国では時々見ましたけど」
パッとリアンがメモ紙に名前を書いて、そこを囲い、工房生、と付け足す。
どうやら口ぶりからするに彼らも工房生のようだ。
「あんなの、そんなにいないわよ。でも、比較的安く素材が買えてよかったわ。明日、初めての講義があるみたいだけれど他の工房や一学年上の先輩方より優秀だって言われるように予習しておきましょう。この中で調合ができるのって……」
「うん、彼女だけだね。私も一応、師を付けて貰って学びはしたが実際に調合はしたことがないんだ――…面倒を頼んでしまうけれど、よろしく頼むよ」
「は、はい! 精一杯頑張りますっ」
早速行きましょう、と張り切る三人組の会話を聞いてリアンの表情をうかがうけれどのっぺりとした無愛想な表情のままで、何を考えているのかさっぱりわからなかった。
少しだけ悩むようなそぶりを見せてから、リアンはフードをとった。
「ライム、君もフードを外してくれ。僕らには恐らく気づくだろうが、声をかけてくるかどうか気になる」
喧嘩をしていた二人よりは話しやすそうだと判断し、頷く。
フードを外す間、リアンはメモや回復薬を自分の道具入れにしまっていた。
私達に気づいた周りの人がチラチラとこっちを見てくるのを感じながら、掲示板付近で足を止めた三人の横を通り、もう一度掲示板の前で足を止める。
掲示板に貼られた依頼は増えて居なくて、初心者向けの――…あえていうなら後輩たち向けの依頼は二つ。報酬も正規の金額だ。
「ライム、新しい依頼書で気になるものはあるか」
「へ!? あ、ううん、これといって……ないかな?」
ここで名前を呼ばれるとは思わなくって驚いちゃったけれど、リアンは人当たりの良さそうな表情と声で「だな、仕方がない。工房に戻るか」と話を続ける。優等生の顔や声色に切り替えた姿はもう見慣れたけれど、違和感があるのは変わりなく。
商人ギルドから出て、一番街を少し進んだところで背後から声が聞こえた。
「っ…失礼。錬金科の工房生の方ですよね? 少しお話をさせていただきたいのですが」
聞き取りやすい声の主は、上流貴族らしい男の子のもの。
振り返ると淡い金髪と水色の瞳が私達を真っすぐに見つめていた。その後ろには二人の女の子が小走りに近づいて来ていた。
緊張しているのか三人の表情は硬い。
「――…貴方たちは?」
警戒しています、という様な表情と声色でリアンが白々しく尋ねる。
それを受けて男の子は貴族の礼をリアンに返し、そして名乗った。
「し、失礼いたしました。私は、今年錬金科の工房制度に申し込んだゼルブ・フーチャ・ヴィワーズというものです。あなた方に危害を加える気はありません」
「今年、ということは入学されたのですね。おめでとうございます」
ニコッと笑って手を差し出したリアンにゼルブと名乗った男の子は照れたように笑いながら手を握り返した。
自然な動作は嫌味がなく、自然だ。
「お二人は『アトリエ・ノートル』のリアン・ウォード様とライム・シトラール様でお間違いないでしょうか」
「ええ。そうですよ、僕らのような若輩者が上流貴族であるヴィワーズ家のご子息に名前を知っていただいていたとは思いませんでした。光栄です」
にっこりと商人としての対応をする姿に「リアン、この男の子のこと嫌いなんだな」と思った。なんというか、リアンも好き嫌いが結構はっきりしてるんだよね。
「私だけではなく、錬金科に入学した者は皆『アトリエ・ノートル』のお三方については知っていて、憧れていますよ。一年では到底作成が不可能だと言われるようなアイテムを作り出したと学院先生方も絶賛しておりましたし――…私達は、運よく工房生になれたのですが、こうしてお会いできるとは」
「たまたま依頼と調合に必要なものを買いだしに来ていただけです。同じ街にいるのですから、偶然こうして出会うこともあるでしょう。さて、急かすようで申し訳ないのですが、僕たちに話とは?」
ニコニコと穏やかに対応していくリアンは久しぶりに見た。
普段貴族の相手をしているのはベルだからね。
私に話しかけてくる貴族はかなり少ないか、エルの友達くらいだ。
「情けない話なのですが、店を経営すると言われてもどうして行ったらいいのか分からなくてですね……少しでもヒントやどういう風なことを意識しているのか、などアドバイスを頂けないでしょうか」
質問しているように見えるし、表情や声色も―――多分、素直に私達に助言を求めているってことだけはわかる。隠すことなく助けを求める姿に驚いていると、目が合った。
にこっと笑いかけられたので同じように笑顔で返してみる。
嬉しそうにしている姿は、ちょっとルヴやロボスっぽいんだよね。
悪い子、とか嫌な感じはしないけれど、上流貴族っていうのが引っかかるので深くはかかわらないようにしようと心に決めた。ベルはいつも「上流貴族なんて碌なものじゃない」って自分のことを棚に上げて愚痴ってるし。
「申し訳ありませんが、僕たちも自分たちのことで手一杯で当時のことはただがむしゃらにやっていたとしか。困ったり悩んだりしたときは、工房担当の教諭に相談をして助言を求めるのが一番“間違いがない”かと思います。申し訳ありません、この後の予定が詰まっているのでそろそろ」
名残惜しい、とまではいかないものの申し訳なさそうな表情と声色、そして軽く頭を下げるリアンにゼルブ君は上品に「気にしないでください、コチラこそ呼び止めてしまい申し訳ありませんでした」と返事。
ニコッとリアンが後ろにいた女の子二人にも笑いかけて一礼し、くるりと彼らに背を向けた。
私も慌ててその後を追う様に背中を向けたんだんだけど、パッと言葉が投げかけられて足が止まる。
「――…リアン先輩、ライム先輩、とお呼びしてもいいでしょうか」
これに私は完全に振り返って足を止め、リアンは体を半分彼らの方へ向ける。
にっこりと笑みを深めて
「相手をどう呼ぶかは僕らが決められることではありませんから、止めはしませんが僕らは今年留学しますのでそれほど話す機会もないかと」
「そう、ですか。あの、ライムせ…いえ、ライム様は?」
「好きに呼んでいいよ。でも、リアンの言う通り私達今年は結構忙しくてバタバタしているからゆっくりお話は難しいと思う。困ったら先生とか同じ工房生同士で助け合うのも一つの方法だって覚えておくといいかな」
ばいばい、と手を振って数歩先に歩き始めたリアンの後を追う。
嬉しそうに弾んだ彼の声に頭を傾げつつ「そんなに喜ぶことかな」と首を傾げる。
暫く、というかかなりの速度で歩くリアンの隣で今のところ『嫌な感じ』がしなかったことにホッとする。
無言で工房に戻ったんだけど、ドアを閉めて、鍵を閉めたリアンが無言で防音結界を取り出した。そして、しっかり発動したのを確認してから開口一番に
「僕はあの男とは合わない。生理的に無理なタイプだ」
と舌打ちをしてドカッと近くのイスへ腰を下ろす。
私はその様子を珍しいな、と思いながらお茶の準備。これから貼り薬について考えなきゃいけないからね。
ベルの反応も気になるなーなんて考えつつ、ルヴとロボスが近づいてきたので頭をわしゃわしゃと撫でる。
シレっと登場して、シレっと退散。
ここまで読んでくださってありがとうございます!更新が遅くなって申し訳ありませんでした。