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28話 朝の風景と講義

 次はぎっちり?調合系の話です、多分。



 工房実習生初日は特に問題もなく、爽やかな朝日と共に目が覚めた。



自宅から持ち込んだふかふかの布団での寝心地は相変わらず最高で、魔力切れ寸前まで調合したことすら忘れてしまいそうなほど調子もいい。

 手早く身支度を整えて、台所で食事の下準備を済ませておく。

で、次は大事な裏庭のアオ草を観察だ。



「うん、まだやっぱり変化なし、っと。まだ収穫もできなさそうだし…大体一週間位で一株一回分くらいは収穫できるかな」



聖水と井戸水を分けて与えつつ葉っぱの状態を確認。

 虫もいないし、もともと生命力が凄まじいから枯れるなんてことはそうそうない筈だ。

小さな雑草を少し抜いたあと、そのまま台所へ向かう。


ついでだから井戸で水も汲んできたのでお茶の準備をして、昨日調合釜で作った朝分のパン生地を焼いているときっちりと身支度を済ませたリアンが降りてきた。

 二階に部屋があるからか洗顔はこれかららしい。



「おはよう。随分早いんだな」


「お、おはよう。ええと、田舎暮らしだったし、朝しか採取できない素材なんかもあったから自然とね。それから顔洗うなら井戸水ならついでに汲んであるから使っていいよ。お茶の分はよけてあるから、使うのは洗い物分くらいだし」


「すまない。助かる…だが今日からは朝使う分の水は君が寝る前に補充するようにしておく。取り決めもあるわけだしな」



そう言うと顔を洗ってくると片手で持てる大きさの盥に水を入れて洗い場へ向かった。

 ちなみに洗い場っていうのは、洗濯物や湯浴びをするのに使われる場所だ。

洗顔なんかもここですることが多い。



「スープは多分朝で終わりだろうからお昼はまた作らないとなぁ。やっぱ汁物があるとお腹が膨れるの早いし、毎回出したいところだよね。昼いらないならいらないで…肉屋さんで廃棄する骨とクズ野菜を煮込んでおけば夜味付けだけで済むし」



少しずつパンが焼けるいい匂いに少しウキウキしながら、主食になる安いクズ肉を野菜と一緒に炒める。

 塩コショウ、ソイソースという簡単な味付けだけどクズ肉は昨日のうちに香草や酒と一緒に漬けてあるので嫌な臭いはない。



「あ。そうだ…ついでに果物もつけちゃおう。傷があるから日持ちしないって言ってたし」



格安で手に入れたのは赤ぶどう。


 私の住んでいた所で取れたのは秋に黒ぶどうが少し取れただけだったんだよね。

赤ぶどうっていうのは正直初めて食べる。

傷んでいるところを切って取り除いてみると意外と食べられるところは多い。

 まぁ、痛んでるところとそうでない所を分けるのは時間がかかるけど、このくらいの手間は手間のうちには入らない。



「ふっふふ、こんなに食べられるところがいっぱいあって売値の三分の一とか凄いお買い得だったなぁ。流石に生のままだと夜まで持たないだろうから帰ってきたら速攻でジュースに……いや、待ってよ。たしか、ワインってぶどう使うよね」



おばーちゃんも時々ワイン作ってたような気がする、とそこまで考えた所でリアンが戻ってきた。



「何かすることがあるなら手伝……そんなに大量の葡萄をどうするんだ?」


「朝ごはんに付けるけど、確実に余るから二人の許可が下りたら何か作ってみようかなと思ってるんだ。天気もいいし干し葡萄にしてもいいし」



ぶどうってワインの材料になるでしょ?と聞くと彼は納得したように頷いた。

 どうやら彼も調合でワインを作れることは知っているらしい。



「教科書にも載っていたな。ただ、酒の素という素材が必要だったはずだ。まぁ、これは学院の購買部でも取り扱いがあったはずだから帰り際にあたってみるか。商会でも扱っているし、安い方で購入してみよう。うまくできるかどうかは熟成期間があるからわからないが」


「熟成…?よくわかんないけど、材料買ってくれるってことだよね?やった!あ、そうだ。お茶ってなんでもいいの?適当に手持ちのやつ使うけど」


「お茶?ああ、構わないが…ちなみに君はどんなものを飲んでいるんだ?」


「基本的には苦草を乾燥させたやつかな。魔力切れの時はセン茶。ブラウンティーとアールグレイもあるけど、数は少ないよ。こっちは私が調合できるようになるまで飲まないつもり。アルミスティーもあるけど調合したやつじゃないから味は薄いかも」



ちなみに、セン茶とブラウンティーそしてアールグレイはおばーちゃんが作ったお茶だ。

 なんでも、おばーちゃんの故郷にあったもので、こっちにはないから恋しくて作っちゃったのよ~なんて言ってたっけ。

朝にはセン茶に似た味わいの苦草茶は綺麗な薄黄緑色のお茶になる。

苦味はあるけど、飲みなれると苦味の中に甘味とか旨みが感じ取れるようになってくるんだよね。



「苦草といえばオランジェ様が新しく命名した薬草の一つだったな。基本的には雑草と呼ばれているようだが…茶になるのか」


「美味しいんだよ。苦手な人もいるけどねー。ちょっと飲んでみる?」



モノは試しに、と聞いてみると意外にも素直に頷いたので二人分のお茶を入れる。

 ベルって一体いつ起きてくるんだろう…もうちょっとで朝ごはんは出来るんだけどな。

そんなことを思いながら椅子に腰掛けているリアンにお茶を出して自分でも昨日ぶりにお茶を飲む。



「あー…これこれー。この苦味がいいんだよ」


「ふむ。確かにこれは…想像以上に美味いな。だが、売るには少し工夫がいるか……ああ、お茶だがこれを使ってくれ。量はあるから三人で飲む分には十分だろう」



ほら、と自分の作業用スペースから持ってきたらしい缶を渡されたので受け取るとそこには…なんか、高そうな茶葉が。



「………これ、あれじゃないの。紅茶ってやつ」


「そうだが。嫌いか?」


「いや、好き嫌いの問題じゃなくって…って、リアンは金持ちだった」



紅茶は嗜好品ということで一杯銀貨1枚する。

品質が良くないやつなら銅貨5枚くらいだけど…どう見ても手の中にあるモノは銀貨一枚クラスのものだ。

 戦慄しながらお茶を飲み終えた私はリアンに手伝ってもらって朝食の準備を終えた。

で、丁度出来上がったというタイミングで颯爽とベルが降りてくる。



「おはよー」


「おはようございます…ふぅ、一人で身支度するのは久しぶりだったから少々手間取りましたわ。全く、学院に行く用事さえなければもう少し楽なんですけれど」



ぶつぶつと文句を言いながら席に着いたのを確認して、皆で食事を始めた。

 朝食は焼きたてのパンが好評で余分に焼いた分もすっかりなくなってしまったのは予想外だったけど結構嬉しかった。

それからベルにもワインや干し葡萄を作りたいって話をしたんだけど、あっさりと許可が下りたので、二人が後片付けをしている間、簡単に干し葡萄の分とワインの分のぶどうを仕分けした。



 さて、準備してさっさと講義を受けちゃいますか!



◇◇◆



 学院の授業もとい講義には昨日作った調和薬を持参した。



私も二人も最後にはなんとか品質Cの調和薬を作ることができたんだけど、お陰で眠ったのはいつもよりかなり遅かった。

 受付で名前と工房生であることを告げると時間割のようなものを見せられる。

そこには時間ごと区切られた表があって、一行目には三人の教師の名前が書かれていた。



「人気なのはフラン・サマルバ・マレリアン教授ですね。こちらの席はほぼ埋まっているので他の二名の教授を選んだほうがよろしいでしょう。講義内容は変わりません」


「では、クレソン・ワート教授でお願いします。こちらの受講者は?」


「おりません。基本的に朝の講義に顔を出す生徒は少ないのです。混み始めるのは二講目からですね…あと10分ほどで講義が始まりますので第3実験室へ向かってください。コチラの棟になりますね。右側3つ目が第三実験室となっています。不安なようでしたらドアの上にプレートがかかっておりますのでご確認くださいませ」



 にっこりと綺麗な笑顔に見送られて言われた通り高そうな建物の中を進む。

 受付のお姉さんの言うように、右側三つ目のドアの上には『第三実験室』の文字が。

しっかり確認をしたあとドアを開くと調合釜が両側の壁に3つずつ並んでいた。


 作業台は年季が入っているものの手入れが行き届いているし、頑丈そうな戸棚にしまわれている調合機材も同じように丁寧に手入れされているようだった。

実験室の正面には教壇と何やら本を読んでいる胡散臭い笑顔がトレードマークのワート先生。

 ドアが開く音で人が入ってきたことに気づいたのか億劫そうに顔を上げ、私たちだとわかると一瞬目を見開いたかと思えば嬉しそうに笑った。



「おお、君たちか。いやー、よかった。今日は一講目だから仕事はないかと思ってたんだけど、来てくれたなら来てくれたでちゃんと仕事ができるよ」


「おはようございます。ワート教授。申し訳ありませんが講義の前にこちらを見てください」



読んでいた本を教壇に置いた彼は私たちの所へ来たんだけど、きっちりと礼儀正しく頭を下げたリアンが鞄から昨日調合したばかりの調和薬を取り出してワート先生に渡した。



「ん?これは調和薬か。品質はCといったところだね。これがどうしたんだい」


「これは昨日僕が作ったものです。ライム、ベルの二人も同様に品質Cの調和薬を調合することに成功しています」



淡々と説明を続けるリアンとは対照的にワート先生はとても驚いている。

 何度も調和薬とリアンを見比べて、慌てた様子で調和薬を彼に戻したかと思えば私たちにも調和薬を持ってきているなら見せて欲しいと一言。



「――――…うわぁ、本当に出来てる。まさか教える前に調合してくるなんてね。文句なしの調和薬だ。これなら教えることはないな…で、これを教えたのはライム君だね?調合の経験があるのは君だけだし」


「えーとダメでしたか?教科書にも載ってたしいいかなーって思ったんですけど」


「教科書に載っていた…となると、初版本を持ってるってことか。それなら納得だ。同じ工房生に調合を教えるのは禁止していないから問題ない。ただ、まぁ…モノによるんだけどね。基礎三薬や教科書に名前が載っているものに関しては学院の図書館や教員に聞けば教えてもらえるから問題ない。どんどん調合してくれ」



楽しそうに、満足そうにうんうん、と頷いていたけれど直ぐに表情を改めて念を押すように私たち三人を見回した。



「まぁ、わかってはいると思うけれど一応伝えておくよ。教科書以外の調合については、扱いに十分気をつけること。オリジナルの調合を盗まれるとかそういったことがないとは限らないし、その場合学院側は何もできないからね。共同で開発するならまた話は変わってくるけど、レシピの盗作なんかは学院側も危惧していることの一つだから。万が一、レシピの盗作…勿論、本人の許可無く盗み見たり覚えたり…という場合は罰則として最悪学院を追放され、罰則を受けてもらうから肝に銘じておくように」



大げさなんじゃないだろうかとも思ったけれど、私が考えていることがわかったのかワート教授は大げさにため息をついた。



「ライム君、君は特に認識が甘いみたいだけれど、レシピ一つで金貨1000枚以上の価値があるものも少なくない。それだけあれば人の人生は大きく変わるんだ。君はオランジェ様の調合を生で見ているから、それを知っている素行の悪い生徒の接触がないとも限らない。貴族にレシピを開示しろと強要されることもあるかもしれないが、その場合は学院に報告してくれ。それと、悪いんだけどリアン君もベルガ君も彼女のことを頼んでいいかな?なんというか、オランジェ様がなくなってから殆ど人との交流がないみたいだから常識知らずなところが多々あるだろうし」



失礼な、と思わず頬をふくらませていると両隣の二人は間髪いれずに返事を返した。


「そんなもの、既に実感済みですわよ」

「昨日のうちに嫌というほどな」


「…うん、なんだか悪かったね。でもまぁ、君たちなら大丈夫かな。ここだけの話、他の組はあまり上手くいっていないみたいだから。ただ、始まったばかりだから上手く行く方が珍しいんだけど―――…工房実習が上手くいくかどうかは上流貴族の対応によるところが大きい。ベルガ君は昔、騎士団で生活していたことがいい方に働いているみたいだねぇ。僕らが危惧していたこともきちんと理解して受け入れているようだし」



うんうん、と満足そうに頷いたワート先生が雑談はここまでだと話を区切って、私たちを釜の前に案内した。



「じゃ、調合出来るだけの腕があるのはわかったけど、実際に見てみないと助言も何もできないからね。試しに作ってみてくれるかい?品質Cなら一つ銀貨1枚で買い取ろう。今日一度限りの特別価格だけどね」



用意されていたのはアオ草と井戸水。

昨日使ったのと変わらない素材だったことにホッとしているらしい二人を見ながら一番近い調合釜へ。


(武器の杖持ってきてて良かった。これだとほとんど成功だったもんね。流石に魔力込めすぎたら爆発したけど)


昨日は色んな実験をした。

 主に魔力の込め方や量の調節だったけど、素材の量を変えてみたりもしたのだ。



「好き勝手に調合していいんですよね?この量だと二回分以上あるみたいなんですけど」


「お。やっぱりわかるか。時間的に調合できるのは二回までかな。品質は一定だとおもうけど、時々鮮度が悪いのも入ってるかもしれないからちゃんと素材は見極めるように」


「はーい。じゃあ、早速つくろうかなぁ。まずは普通に…っと」



手順は昨日と同じなので魔力を注ぐ量やタイミングにだけ気をつけて調合をはじめる。


 私が始めたのを皮切りに、二人もそれぞれ魔力釜に向かい合っていた。

一度目の調合は普通通り、二回目は品質が高くなる組み合わせを昨日探していたのでその続き。



 昨日散々練習した甲斐もあって、私たち三人は無事品質Cの調和薬を完成させた。



ここまで読んでくださってありがとうございました。


=アイテム=

【赤ぶどう】冬以外なら通年取れる果物。

 黒ぶどうは秋、白ぶどうは夏、赤ぶどうは春が旬だと言われている。

 ワインの材料にもなる。

【酒の素】酒樹しゅきと呼ばれる樹木から採れる。

気に穴を開け、棒を指して棒を伝い落ちてくる樹液を貯める。

酒樹自体は再生能力が高く、穴を開けても翌日にはふさがっている。

十年に一度実をつけるが、これは高級酒の素になる。

【センマイ草/苦草にがくさ】

苦草とも呼ばれる独特の苦味のある薬草。ライムの祖母が名づけた。

少し前まではただの雑草として扱われていた。

セン茶・ブラウンティー・アールグレイという三種類の茶葉になる。

セン茶から作られる抹茶は調合茶の中でも最高峰の難易度を誇る。

【セン茶】センマイ草を蒸し、魔力を込めて揉んだあと乾燥させることでできる。

 蒸すのは釜の上にザルのようなものを置き、密封して蒸し上げると品質が上がる。

 茶の色は美しい黄~黄緑、薄緑色。

独特の苦味の中に甘味や旨みまろやさかなど様々な味が含まれる奥深いお茶。

魔力を中程度回復してくれ、病に掛かりにくくなるので愛飲する錬金術師も…。

【ブラウンティー】センマイ草を加熱し、揉み、発酵させることでできる。

加熱以外の工程で魔力を使うのでセン茶よりも高価。

ライムの祖母は「ウーロン茶」と呼ばれる。

【アールグレイ】高級茶葉の一つ。別名オランジェ式紅茶。

 加熱→発酵→揉み→再発酵→乾燥。

どの工程でも魔力を消費するため、レベルが高くなければ調合できない。

また、オランジェ式の紅茶には香りがつくことでも有名。

魔力やセンマイ草と合わせる薬草よって香りが変わる。


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