295話 変わらない場所と変わる者
とりあえず更新!まにあったー!!!
来週、ちょっとスケジュール的に厳しいですが、できるだけ頑張ります。
何せ、7日(一週間)のうち6日間仕事なので…唯一の休みは私用で消えます。。。
いつもより、ずっと遅くに目が覚め、慌てて工房へ向かう。
とっくに起きているはずのリアンやベルが見当たらない。
首を傾げているとサフルが朝の挨拶をしつつ、タオルを差し出してきたのでありがたく受け取る。どうやら態々温めておいてくれたらしい。
ホカホカと湯気を立てているので温かいうちに、と顔を拭けばさっぱりした。
窓の外を見ると白い雲が空を覆っていて、葉の落ちた木々の枝が微かに揺れる。
お礼を言いつつ工房内を見回していると誰を探しているのか気づいたらしく、二階へ視線と柔らかい表情を向ける。
「ライム様以外の方々はまだ眠っていらっしゃいます。ルヴとロボスも明け方にライム様の部屋に移動したお陰で安心して眠れたようですね。ベル様とリアン様はまとまった睡眠をとれていなかったこともあって、今日起きてくるのは昼過ぎになるかと。ただ、起きた際にライム様がいらっしゃらないと驚かれると思うので、必要なものや会いたい方がいる場合は私が対応いたします……体調は大丈夫でしょうか?」
「うん、元気だよ。折角だし、リアンたちが起きてくるまで、減ってる食品とか備蓄素材の調合でもしようかな。トーネたちは何してる?」
「起こしてまいりますか?」
「あ、ううん。寝てるならそのままにしておいて。結構無理させたから―――……じゃあ、先にサフルに話しておきたいことを話そうかな。ご飯は、作り置きでちょっと我慢してくれると嬉しい」
ポーチからパンと小鍋を取り出す。
具はパンに挟んであるので、とりあえずはこれでどうにかなるだろう。
お皿や食器もポーチから取り出し、その場で並べる。
この話は、サフルだけの時にしたいって思ってたからね。
緊張した面持ちで食卓へ座るサフルを見て、こうして二人でしっかり向かい合って話す機会があまりなかったことを実感した。
今後はこういう機会も多めに取らなきゃだめかも?
「まず、新しく入ったトーネたちについてだね。三年たったら学院を卒業して、私はもともと住んでいた場所に戻ろうって考えは伝えてるよね―――……私のいた所は、生活するには不便が多いから、彼らには特技を活かして住みやすい環境を整えてもらおうと思ってる。特にシシクは、大工の才能があるから家や家具、ほかにも必要なものを都度作ってもらうつもり」
じっと私の言葉を聞いていたサフルの感情はわからないけど、私が奴隷を連れて帰ってきた時から、不安定というか色々気にしているみたいだったから話しておきたかった。
彼らに求める役割を一つ一つ伝え、そして最後に一番大事なことを伝える。
「ある程度生活の基盤ができたら、彼らには『採取旅』に出てもらうつもり。と言っても、あった方がいい素材とかをダンジョンでって思ってるんだ。一度出発してから戻るまでの最大期間は二年。年齢や体力的なものもあるだろうから、そういうのは様子を見ながら指示を出すよ」
ここまではいい?と聞けばサフルは、硬い表情で頷いた。
他にもサフルには伝えておきたいことがある。
「一応、現時点でもう私は奴隷を持つつもりはないの。人手が足りなかったり、どうにもならなくなったら借金奴隷を期間限定で貸し出してもらうことはするかもしれないけどね。ほら、貸出制度っていうのもあるらしいから、必要な時に必要な人を雇う―――って考えてるんだけど、基本的に自分たちで生きていけるようにしたい。お金を安定して稼げるかもちょっと不安なんだよね。何せ、私が戻る場所って辺境で観光客なんてめったに来なかったからさ」
一気に話してちょっと喉が渇いたので、スープを飲む。
のどを潤したところで、サフルについての話へ。
ひどく緊張しているのが伝わってくるので、お茶を飲むように伝え、私は頭の中を整理してから言葉にする。
「サフルの仕事、というか役割だけど―――…今まで通りの仕事に加えて、執事みたいなこともお願いすることになると思う。私の代わりに適切な指示をトーネたちに出したり、伝えたりっていうのもあるし、ある程度はサフルの裁量でお願いすることも増えるかな。ただ、報告はしてほしい。そういう仕事を頼みたいと思っているから、基本的にサフルは私の周りで手助けをしてもらおうと思ってる。仕事が増えることで、手が回らなそうだったら四人から一人手伝いをつけてもいいしね。ほら、ルヴやロボスもだけど、畑の世話やこれからはポーシュのお世話もあるでしょ? 色々回らなくなる前に問題になりそうなことは私に教えてね」
「問題、とはどういった」
「目標が達成できなさそうなとき、自分で判断ができないとき、緊急事態、とかかな」
あとは、サフル自身を含めた誰かが体調を崩している、とかそういうのも。
話の内容が想像していたのと違ったらしく、パチパチと瞬きをして、不安そうに視線を左右に揺らす姿に何か言いたいことがあるんだろうと待っていると、意を決したように口を開く。
「つまり、私はライム様の奴隷で居続けていい、と」
「むしろ居なくなられると困るよ!? 奴隷だけでもサフルを入れて五人いるから、お店を経営しながらアイテムを作って、販売してってなると奴隷のことまで手が回らなくなることって絶対出てくる。自覚あるんだけど、錬金術とか調合とかになると、周りが見えなくなりがちだからフォローしてくれる人がいてくれないと困るんだ。その役割をサフルに頼みたい。何度も同じことを言うけど、サフルも庭の管理や家事やらで忙しいとは思う。でも、他の四人を指導したり、監督っていうか間違ったことをしようとしたり、私に許可を取った方がいいって思ったら相談や報告をしてほしいんだ」
トーネたちを信用していないわけじゃないけど、そもそも出身国が違うし育った環境も違う。自分にとっての『当たり前』が全部正しいわけではないことを私は、ベルやリアン達から学んでいる。
トーネの才能を考えると、彼に任せるっていうのも考えられるんだけど……一応犯罪奴隷だからね。それに、サフルの人となりはわかっているから、サフルに任せられるなら安心だ。
「あの四人は、リアンにお願いをしてウォード商会で奴隷教育を一通り受けてもらうつもり。でも、サフルがどういう立ち位置なのかはきちんと話しておくよ。旅の時にある程度話はしているけど、改めてね」
「……私が、一番ライム様のお近くにいて、いいのですか? 仕事を任せていただけなくなる、ということはない、と?」
「サフルに仕事手伝ってもらわないと、やっていけなくなっちゃうよ。ルヴやロボスの相手もしてくれてるでしょ? 私ももっと関わりたいけど、稼がないとみんな食べていけないしさ」
「――――……はい。あの、私からもお願いがあるのですが、あの四名のことをお聞きしてもいいでしょうか。簡単な経緯で構いません、生まれや考え方をライム様の視点で見たとき、どう映っているのかも」
サフルの質問は割と細かかった。
考え方、行動、いざという時の対応、私主観の長所と短所。
一通り聞いて、サフルは真剣な顔で何かをぶつぶつ呟いた後、椅子から立ち上がり床に這いつくばる。
トーネたちがやっていたような、それ。
「ライム様。私を『永久奴隷』として生涯所有してください」
床に額を押し付けているのに、声には覚悟と強い意志があって色々とアンバランスに映る。
戸惑いつつ、永久奴隷について頭の片隅から知識を引っ張り出す。
今、サフルは私と『主従契約』を結んでいる。
その一つ上、というか奴隷が自分でできる契約の一番重たいものが『永久奴隷』だった筈だ。
「永久奴隷って、確か……私が死ぬとサフルも」
「死にます。ですが、ライム様が生きていないこの世界に価値はありません。私が存在する意義もありません。どうか、あなたに命尽きるまで尽くしていいという『証明』をください。お願いいたします」
「そうはいうけど、私戦えないしうっかり死ぬことも多分…」
今回は、本当に運が良かっただけだっていうのは私も自覚はしている。
命っていうのは調合できるものじゃないから、大事にしないといけない。そう話そうとしたんだけど、サフルには一切の躊躇がなかった。
すぐに返事をされたのだ。
「はい。そうなった時に私も共に連れていってください。貴女がいるから、私はここにいます。あの犯罪者奴隷たちが、私よりも先にライム様の贖罪奴隷という名の永久奴隷になったというのに、私がそうではないなんて…ッ! 順番は、変えられませんが、生涯貴女の手足となり、意志が消え骸になり果ててでもお役に立ちます。ですから、どうかお願いいたします―――…永久奴隷であれば、私のすべてはライム様のものですから、どう扱おうとかまいません。強くなります。お役に立てるよう常に学び、励みます。ですから、どうか、どうか……ッ!」
血でも吐くように、罪を告白する悪い人みたいにサフルが頭を下げるから、困惑する。
だって、自分から不自由を望むなんてちょっと理解ができないんだもん。
正直に言えば私に不都合はない。
ただ、そうなると……お願いしたかったことができなさそうだ。
「私、サフルが一緒にいたいって言ってくれるのは嬉しいんだけど、私の死んだ後の処理も頼みたいって思ってたの」
「ライム様が、いなくなった後の?」
「うん。おばーちゃんの遺してくれたものを全部、ほっぽり出したくないし、知らない人にあげるのも嫌だったから……私の遺志を継いでサフルが人を見極めて必要に応じて渡して、受け継いでほしいって考えてた」
私の答えが意外だったのか、パッと顔を上げたサフルの目は悲痛な想いだけが浮かんでいる。絶望に似た感情を見つけてしまって、私は口の端を緩め、そっと濃い灰色の髪に手を伸ばし、撫でる。
「―――…けど、やめた。サフル、私の永久奴隷になって。そうすれば絶対に裏切れないだろうし、嫌だって言っても私の命令は聞いてもらう。強くなってもらうからね」
「……ッは、はい!!! っ、ぁ、あ゛り、がどうござい、まず…ッ!!!」
私の言葉を理解したらしいサフルの両目からボロボロと涙があふれて、床を濡らす。
慌ててハンカチを顔に押し付けるとサフルは泣きながら幸せそうに笑った。
なんだかそれが可笑しくって、笑いながら手を差し出せば私の手をしっかり握り返してくれた。まぁ、なんでか知らないけど、また泣いちゃったんだけどね。
「本当にありがとうございます。これで、心おきなくあの者たちを教育できます」
「………なんて?」
「ライム様に不利益を及ぼさないよう、私が徹底的に監視いたします。あのトーネとかいう男は腕が立つようですし、他のものと連携すればかなり強いでしょうから私一人で彼らを伸せるような実力を身に付けますので見ていてください。それでですね、赤の大国へ行った際に【広範囲掌握】という才能を購入しようと思っています」
ぐす、と鼻をすすりつつも恥ずかしそうに告げられた内容の意図が読めなくて、どういう才能なのか聞いてみた。
どうやらこれは【索敵】の上位版らしいんだけど、購入条件がかなり厳しいんだって。
なんでも、これは奴隷専用の才能で、ある一定の才能を持っていないと購入できず、購入した場合は主人ともども契約書にサインをして『購入している』ことを記録に残さなくてはいけないらしい。
「才能が買えるってことは、私も戦闘能力買ったら戦えるってことかな」
サフルの説明を聞き終えてハッとひらめいたことを口にすれば、サフルは分からないという様に首を傾げたんだけど階段の方からよく知っている声が。
「ライムが戦えるようになることは、まずない。君が持っている才能は、禁約に近いんだ。才能屋で金を払うだけ無駄になる」
「リアン?! ちょ、あんまり寝てないって聞いてるんだけど、大丈夫なの?」
「水を飲みに来ただけだ。飲んだらもう一度―――…いや、君こそどうして起きてるんだ」
「どうしてって目が覚めたから」
やることいっぱいあるし、と言えば深いため息とともに冷え切った声。
ジロリ、と高い位置から見下ろされて思わず言葉に詰まる。
「―――…昨日、中毒症状を治したばかりで何をするつもりなんだ」
「え、あれ気のせいじゃなかったの?!」
少し体が重かったり、くらっとするなーとか、気を抜くと眠くなるとか色々不都合はあったけど、動けないことはなかったから気にしてなかったんだよね。
驚く私にリアンの怒声が降ってくる。
「気のせいであんな風になって堪るか! あれは、割と重症寄りの症状だ。今まで症状が出ていなかったのにも驚いたが、奴隷の命を助けるためだけに毒花を食ってどうする!?」
「あの時は、その、仕方なく……っていうか、私部屋に戻ってから誰とも会ってないと思うんだけど。そのまま寝ちゃったし」
どんなに記憶を辿ってみても、リアンが部屋に入ってきた記憶はない。
朝起きた時もいつも通りだったし、たっぷりぐっすり寝たからだと思ってたんだけど、違うらしいのだ。
ええーと困惑しきっている私を見て、サフルが小さく「あ」と言葉を漏らし、視線をサフルの部屋がある方向へ。
「リアン様、もしかしてルヴとロボスですか?」
「ああ。寝ているところを起こされた。鍵をかけずに寝ていたこともあって、入れたようだな。ベルの部屋や他の部屋には鍵がかかっていたから、僕の部屋に来たのだろう。僕の服を噛んで引きずられ、つれていかれたのがライムの部屋だった」
リアン曰く、ベッドの上で早く浅い呼吸と低体温、といった冬眠前の動物に似た症状を発現していたらしい。慌てて鑑定したリアンは、奴隷部屋に直行。そこでクギとシシクから私が『毒花』を食べていたことを聞いたそうだ。
その後、ニヴェラ婆ちゃんへの手紙をルヴに託し、私の看病をしてくれていたらしい。
添えられた薬を飲ませ、ある程度症状が落ち着いたのを見計らってからリアンはようやく眠りについたんだとか。
濃い隈が居座ったリアンの鋭い視線に申し訳なさが募って、謝罪したんだけど返事はなく、階段を下りて私の前へ。
また背が伸びたらしいリアンに見下ろされてたじろいでいると、満面の笑みで私の部屋がある方を顎でしゃくる。
「寝ろ。今すぐに」
「えええー……魔力回復してるし、勿体ないから調合くらい」
「言ってもわからないなら僕が寝かしつけてやろう。睡眠薬なら色々な種類があるぞ」
「寝ます」
「分かればいい。サフル、ルヴとロボスを見張りに付けろ。今日はトイレや食事以外、ライムを部屋から出さないように」
「かしこまりました。ライム様、やってほしいことがあれば代わりに私をお使いくださいませ。毒というのは、想像以上に体にダメージを与えているものです。どうか、ご自愛ください」
深々と、でも切々と訴えるサフルに私はたぶん弱い。
でも、私はまだやらなくちゃいけないことがあるのだ。
「ね、寝るよ! 寝る、けどでも……リアン、お願い! 共存士ギルドに一緒に行って、ポーシュの登録だけさせて」
「駄目だ、と言いたいところだが……行くとしたら夕方だな。夕方であれば商店街もある程度人が落ち着いているから、今回君を探すのに協力してくれた方々にあいさつに行く。それと、考えたんだが首都モルダスでは、もうフードをかぶらなくてもいい。今回の騒動で貴族連中も君に手を出すとどうなるか、嫌というほど理解したはずだからな」
ふん、と鼻で笑ったリアンが台所へ向かったんだけど、私も寝る前に水を飲んでおこうとついて行く。
あきれながらも私の分まで水を用意してくれたので、ありがたくコップを傾けているとリアンがそういえば、と一つの提案をした。
「今回のような事がないよう、外出する際は二人以上で行動することにした。基本的にはサフルと僕かベル。僕らが動けない時はミントやラクサに頼み、それでも都合がつかなければルヴとロボスをつける。他に付き添いがいない場合は、外出はあきらめてもらう」
最初であれば「いやだ」と言えたけれど、誘拐されて他国に行った時のことを思い出して頷く。わかった、と返事をすると何故か切れ長の目を丸くし、私をまじまじと観察している。
「……正気か?」
「正気って、リアンが言ったんでしょ! もう。んー、今回誘拐されて身の安全を確保っていうか、信用できる人が近くにいない状態で知らない場所を歩くのがすごく怖いって思ったんだ。出会ったのがトーネ達だったから、生きてるのはわかってる。本当だったら、私はオマケだっただろうから、すぐに売られるか殺されるかしてただろうし」
そうだろうなというリアンの相槌に苦笑する。
毒花を食べなきゃいけない事態になるのは、もうやだなと少しだけ茶化して言えばリアンは目を細めてじっと私を見た後、深く息を吐いた。
「……ベルには、毒花のことは言わない。知っているのは僕と、サフルだけだ。奴隷たちには口止めをしている」
「うん。ありがとう。ベル、やっぱり気にしてた、よね」
「ああ。正直、かなり動揺して荒れていたな。実家に乗り込んで当主に直談判というか、あらゆるコネと伝手を使って君を探すようにと抗議していた。最大限の協力を取り付けていたが、当主と試合をしてギリギリ一本を取ったらしい」
「色々と物理」
「物騒だとは思ったが、まぁ、ベルらしいといえばらしいと思ったよ。はぁ……ディルも色々な意味で手に負えなかったが、騎士団の力の入りようがすごかった。隊長副隊長に限らず、贔屓にしてくれていた人たちは皆、暇を見つけては聞き込み、家族がいる場合は家族も巻き込んで君の情報を集めてくれたんだ」
それを聞いて口の端がひきつった。
どうしよう、帰ってきました!って軽いノリで報告してもいいものなんだろうか。
腕を組んで唸っている私に二つ目の提案だが、といって一枚の用紙を渡される。
「リアン、あの『婚姻届け』って書いてあるんだけど」
「前に話をしただろう。結婚もしくは婚約者がいれば狙われにくくなると」
「聞いたけど、リアンの名前が入ってるのは何で?」
「僕と婚約もしくは婚姻関係になれば、縁談話がかなり減るし、卒業後に君と共に帰ってオランジェ様が残した場所で店をやることもできるからな。他国に行くことを踏まえると婚姻関係よりは婚約者の方が都合はいい。あと、ここに名前を書いてすぐ式ではなく、結婚自体は卒業後になるかもしれないが悪い話ではないだろう」
まるで日常会話をするようなスムーズな説明にうっかり納得しかけたけど、そういう約束はリアンの見返りがなさすぎる。
どう考えても、後で大変だろうし……と首を振った。
「まだ一年生だし、二年生になってからどうなるのかもわからないでしょ? 進路だってそうだよ。私は、サフルたちがいるし、皆が食べていけるように稼がなきゃって思ってるけど……リアンには夢もある。だから、もっと慎重に考えた方がいいよ。結婚って、ずっと一緒に生活するんでしょ? 離れて出稼ぎみたいなのもあるっぽいけど、リアンは夢の為に使わなくちゃいけない時間がたくさん出てくると思うんだ」
オリジナル調合で『薬』を開発するのは時間も根気も費用も掛かる。
素材の融通なんかはできるかもしれない。だけど、一緒に生活することでリアンが動きにくくなることもあると思うし、その過程でいろんな人に出会うと思う。
「それに、結婚しちゃうと結婚を取り消しにするのって、結構大変みたいだし……私もリアンも、これからいろんな人に出会うよね? 相手は好きな人とするのが一般的らしいしさ、もうちょっと考えた方がいいよ」
もし、結婚取りやめになると色んな人と話さなくちゃいけないし、面倒じゃない?といえば彼はジーっと私を見た後、はあ、とため息一つこぼして用紙をしまい、小さな箱を取り出した。
「………とりあえず、今は結婚と婚約はしないがこれはつけておけ。詳しい事情を知らない相手から見ると『婚約者がいる』と思うだろうからな」
指はここだ、と右手の薬指にリアンの目の色の石が埋め込まれた指輪をはめられる。
サイズはぴったりだった。
「これ、硝子じゃなくて本物の宝石だよね? えっと、あ!お金払う!いくら?!」
「君は馬鹿だろう。これに関して君から金をもらう気は最初からない。いいからつけておけ。少しだが魔力量の底上げになる効果と魔よけの効果がある」
「お化けが来ない、第二弾ってことか……えーと、じゃあ……どれか石を持って行ってよ。ルースなんだけど」
ポーチから取り出したのは買い込んだルース。
リアンは興味なさそうにそれらに視線を向けたんだけど、ある石をみて動きを止めた。そして、マジマジとその石を観察してから指をさす。
「この石は、黄色と緑のバイカラーだな。君の瞳に似ている」
「うん。この石見たときに似てる色だなって思ったのと、希少だよって言われてさ。出せない値段じゃないし同じ色はなかったから買っちゃったんだ。気に入ったならそれを代金の代わり……って言ったらあれだから、物々交換しよう」
品質のいい宝石だから魔法も込められるはず、と言えばリアンは素直に受け取ってくれて、ほっと一安心。タダで物をもらうって怖いよね、うん。
何故か機嫌が良くなったので、そぉっと午後の話をしてみる。
夕方に出かけるって話だったけど、どうせなら手土産になりそうなものを作りたいのだ。
提案すると、少し考えてから頷いてくれた。
「そういう事であれば、センベイがいいだろう。騎士団は人数が多いから、大量に作れるものがいいんだが」
「なら『クラッカー』がいいかも。クラッカーは甘くないから、チーズやなんかと食べてもいいし、お酒にも合うんだって」
「……興味深くはある。ただ、必要数を作ったら直ぐに出かけて、食事は外で買ってくるぞ。君は無理をし過ぎだ。死にかけた自覚をしてくれ」
おやつまでは寝るようにってしつこく言われ、返事をするとリアンが私の部屋の前までついてきて、サフルにはルヴとロボスを呼んでくるよう指示を出す。
正直、別についてこなくてもって思ったんだけど「信用できないから、ルヴ達がくるまでは僕が見張る」って言い切られた。
そんなにか、と思いながら部屋で着替えベッドに入ってからドアの向こうにいるリアンに声をかけると、ドアの間から顔をのぞかせる。
ベッドに入った私を眺めて満足したのか頷き、ドアを開けっぱなしにしたまま、ベッドの横に立って腕を組んで立った。
「……で? どうして無茶をした」
「そ、その話まだ続くのかー。なんというか、生き残る確率が一番高かったのってあの方法しか思い浮かばなかったんだ。二手に分かれた後、マリー達ほどじゃないけど暗殺者に追い回されてたんだ。戦えるのは二人しかいなくて、そのうちの一人が死んじゃったら間違いなく殺されてた。それなら、戦える人を戦えるように治療した方が断然、帰ってこれる確率が高いでしょ」
仕方なかったんだよ、と唇を尖らせるとリアンはじっと私を見下ろして一言。
「それだけか」
口にしなかった気持ちを見透かされた、と一瞬動きが止まった。
そろり、と視線をリアンへ向けるとにっこりと綺麗な笑顔。無理だった。怖い。
「う……ち、調合、久しぶりだったからしたかった……し、毒花の味とか、どういう症状が出るのかなとか、あと、その、毒の耐性がつけば魔力回復薬以外の回復手段として使えるな~、とは一瞬だけ。ち、ちょっとだけだよ!!!」
慌てて付け足した言葉にリアンはにっこり笑いながら私の両頬をぎゅっと片手で寄せるように摘まむ。鳥のくちばしみたいに唇が出るのがわかる。ちょっと痛い。
「―――…次はないからな」
「……あぃ」
ごめんなさい、となんとか言葉にすると呆れたような深いため息とともにリアンは私に背を向ける。
ドアへ向かって数歩歩き、ピタッと足を止め小さな声で「君が、君のまま戻ってきてくれたことに関しては、良かったと思っている」と訳の分からないことを言って部屋から出ていってしまった。
入れ替わりでやってきたのはルヴとロボス。そして若干草臥れた様子のサフル。
ルヴ達はパッと私を挟んで横になる。大きくなったからかかなり狭いけど、生き物の熱がジワリと伝わってきてなんだか安心する。
「ライム様、三時半になりましたらお声がけしますのでどうぞごゆっくりお休みください」
平気だと思っていても、体は睡眠を欲していたらしく少しずつ、瞼が下がっていく。
とろり、と温かさに溶けるのは不安や緊張、そして間近に感じた死への恐怖。
ああ、帰ってきたんだなぁと、何度目かになる感情を胸に意識を飛ばした。
起きたら、久々の調合だ。
いつも読んでくださってありがとうございます。
暑いですね(投稿時は夏)。夏バテなんかには気を付けてくださいね。あっついんで。ほんとうに。
次回で、ひとまず一年時は終了にしようと思っていますので、少し時間が空くかもしれませんが、できるだけ急いで頑張りまっす!