285話 錬金術師と盗賊の内緒の話
長文です。一万五千も書いてた…。分けるかどうか迷ったのですが、このままにしますー。
読んで下さる方が読書好きな方が多く、文章が多いのに慣れているみたいなので。
ジジジッという音と油の燃える独特の臭いが、テントの中に満ちていた。
ふっと誰かが身じろぎする度に揺らぐ炎はむき出しの蝋燭によるものだった。
それぞれ自分の前、そして中央に大きな蝋燭が乗った皿がある。
時折聞こえる外からの音は、酒に酔い楽しそうに踊る『赤土の村』の住人たちのものだ。
子供も、大人も、老人も皆が喜び、そして歌っている。
分厚いテント越しに聞くそれらは少し遠い。
焼け落ちた集落に到着した私達は、陽が落ちる前に夜の準備をしてしまおう、ということになり私とマリーは村人たちと食事の準備、トーネ達は新しい住宅ができるまでの間、仮の住処となるテント設営を完了させた。
夕食を食べる為に周囲に灯る魔石ランプや焚火の中で食事をし、満腹になった後のこと。
時間でいえば夜の七時半。
赤の大国はトライグル王国より日の入りが早いから、完全に周囲は闇に包まれている。
「―――……さて」
響いたのは低い声。
蝋燭の炎がゆらりと揺れるのを眺めながら、私は背筋を伸ばした。
隣に座るマリーが小さく体を縮こまらせ、緊張を纏う。
「ひとまず、ここまで手伝ってもらって悪かったな。特にライム、お前さんがいなけりゃこんなに早く到達することは叶わなかっただろうよ。年寄りたちも、子供も大人もお前さんたちに感謝してたぜ」
「それに関しては気にしないでいいよ。使えるものは使うべきだし、こっちの方が国境に近いってことは聞いて分かったもん。途中で採取もできたし、キノコも薬草もとれたからね。吸血系の植物もタダで貰えたし、採取方法も教えてもらったからついて来てよかったなーって思ってる」
気にしないで、と笑えばテントの端に座っていたクギとトーネの横に座っていたシシクが何とも言えない顔をした。
トーネとリッカは顔を見合わせ何とも言えない表情を浮かべていたけれど、直ぐに話が本題へ移る。
「で、だ。今からする話は『今後』の話になる」
重苦しい空気を纏ったトーネ達に気付いたのは、食事が終わって、彼らが警戒という事で簡単に外を回ってくると私達から離れた後のこと。
誰もが神妙な顔をして真っ先に割り当てられたこのテントへ引っ込んだのだ。
へんなのー、と思いつつ焚火で焼いたクリ芋をほおばっていると、私とマリーがこのテントに呼ばれたのだ。
「恐らくだが、明日の朝早くにこの場所へ騎士どもが到着する」
「へぇ。随分早いなぁ」
「あの、そう判断した理由って……聞いてもいいでしょうか」
あっさり納得した私とは違って、マリーがおずおずとトーネに質問をぶつけた。
クギが私の言葉を聞いて真っ先に目を片手で覆って天を仰いだ。
「光が見えたからな。あと、気配もだ。火は確認できているだろうから、一晩様子を見るだろう――…何より、騎士は装備もだが支援物資も多少運んでくる。この森の土は進むのにあまり適していない」
へー、と思わず相槌を打つとマリーも納得したのか小さく頷いた。
トーネの話は続く。
「騎士団が来れば、俺らだけじゃなくお前たち二人も見つかる」
「黙ってたら分からないんじゃない?」
「お前たちがトライグルの住人であることはその腕輪からも一目瞭然だ」
「そ、それじゃあ逃げないと……! その、夜に出発すれば見つからない、ですよね?」
「――…いや、それは不可能だ。俺らは手配済みの犯罪者だから切り捨てられるかその場で捕まる。国に仕える騎士が俺らみたいな盗賊を見逃すほど能力が低いとは思えねぇ」
言われてみればそうか、とトライグルの騎士団を思い出して納得。
夜間訓練もしているみたいだし、任務には「何かを探す」というものもあるハズだ。
暗いって理由で任務失敗するなら騎士団なんていらない。冒険者に頼んだ方がいいに決まっている。
騎士科の三人と実習した時のことを思い出して、索敵も早かったよなーなんて思い返しつつ口を開いた。
「確認なんだけど、トーネ達って捕まったらどういう風な扱いを受けるの?」
「犯罪者奴隷になるのは確実だろ」
「いや、そうじゃなくて。うーんと、捕まってすぐに奴隷契約を結ばされるのか、それとも街とかに連れていかれてから契約するのか……あとは、奴隷契約を結んだとしたら主人はどうなるのか。カルミス帝国の法律を私は知らないから、聞いておかないと」
私の言葉でトーネ達は質問の意図を理解したらしい。
口を開いたのはトーネではなくリッカだった。
カチャ、と眼鏡を上げる音がする。
「即時奴隷として処理されます。カルミス帝国では、騎士団に国専属の奴隷商がいるので、こうして派遣される場合は最低でも二名は奴隷商の資格を持った騎士が同行します。戦力は多い方がいい上に、騎士団の被害を防ぐための肉盾兼雑用としてその場で盗賊などをとらえて奴隷とすることも多い。ただ、中には悪事を働くものもいて、騎士団ぐるみで『奴隷狩り』をすることもあるので、完全に運ですね。今回の場合は、冬の遠征が近いこともあり、かなり小規模で動くはずです」
「騎士団が、奴隷を狩るんですか?」
「ええ。犯罪者でないものを『犯罪者』に仕立て上げることも過去には。今は罰則が厳しい上に『審査官』が一人同行するようになったので多少被害は減りましたが、小賢しい人間はどこにでもいます」
信じられないことに、騎士団の中には悪い人もいるらしい。
まじか、と青ざめる私と遠くを見たまま薄笑いを張り付けたマリー。
「ってことは、私とマリーも危ない、よね?」
「特にライムはな。珍しい髪の色だ。高く売れる」
「でっすよね。完全にレアもの扱い! フード絶対外さないようにしよう」
ぎゅ、とフードをかぶったところでふと思いついた。
トーネ達から反対はされそうだけど、捕まって犯罪奴隷として危ない所へ行かされるよりはずっとましだと思う。
「奴隷って奴隷を持てないよね」
「何言ってんだ、おまえ」
あきれ果てたクギの声を無視して言葉を選びつつ、どうにかして『無事に』帰ることができる可能性が高い方法を口にする。
「トーネ達さ、私の奴隷にならない?」
「………ライムさん、あの、ちょっと何を言ってるのか私分からないんですけど」
ぽかんと口と目を見開いたトーネたちの代わりにひきつった顔のマリーがそっと私と距離をとった。
まぁ、わからないでもないと思いつつ話を続ける。
「私、奴隷はすでにいるけどこの状況なら、トーネ達を『捕まえた』ことにした方が自然じゃない? 私とマリーがトライグルに帰るのに必要な戦力兼護衛ってことで一緒に帰れば変じゃないでしょ。攫われてきたけど、隙を見て―――まぁ、無難に毒かなんかを飲ませて縛って、ってことにして無力化。騎士団が来たら、奴隷登録をしてもらって『憂さ晴らし』を兼ねて自分のものにしたいって持ち掛けるのって、自然な気がするんだ」
私の言葉に真っ先に我に返ったのはリッカだった。
真剣な顔で顎に手を当て、ふむ、と思考を巡らせる。
「この状況を脱するには、案外悪くはない。それに、ある意味で自然でもあります。カルミス帝国では、捕まえた奴隷を自分の支配下に置くことも珍しくありませんから」
「ただ、私一人で全員をっていうのはちょっと不自然、だよね?」
「いえ。不自然ではありません。犯罪者奴隷は安い。賞金首ということもあって、生け捕りとなれば高額褒賞金が出ますから其処から登録料や買取料を引いても、金貨数枚は戻ってきます」
「なるほど。じゃあ、そうしよう! あ、マリーはどうする? 全員私がってことでもいいけど、女子工房なら男手あった方が助かるでしょ?」
「…え、えっと……」
戸惑っているマリーとは正反対に今まで殆ど話さなかったコンフが口を開いた。
トーネ達は何となく察していたのか黙っている。
「俺は、マリーに仕えたい」
「じゃあそうしよう。トーネ達は?」
「俺はライムでかまわねぇ。が、工房とやらに帰った後はどうするつもりだ」
じろり、と見下ろされたので考えてみる。
奴隷制度をあまりよく知らないので、リッカに質問をしてみる。
一から、あれやこれやと話を聞いて疑問が一つ。
「借金奴隷ってお金を返したら、自由になれるでしょ。犯罪奴隷って、罪が軽くなるような裏メニューみたいなのはないの?」
「……酒場のメニュー表じャねーんだぞ、あるわけねェだろォが」
あきれ果てたようなシシクの言葉にがっかりした私だったんだけど、ぽつり、とリッカの返事。
当の本人は何かを思い出すように宙を見つめ腕を組み、とんとん、と人差し指で肘のあたりを叩いている。
「……いや、あります。あったはず、ですね。ただ、制度がかなり古いですし、一般的に適用されることはほぼない『死に制度』に分類されます。廃止にはなっていなかったと思いますが一応確認はすべきかと」
「じゃあ、騎士団で奴隷になった後に街とかで調べて、可能ならその制度を使おう。そうすれば自由度が上がるでしょ?」
完璧だ、と満足している私にトーネが声をかけた。
心底というか訝し気な声と表情は、私が何を考えているのか分からない、と明確に伝えてきている。
「……そうして俺たちを自由にして、お前に何の得がある」
「得しかないと思ってるけど。だって、犯罪奴隷だけで旅はできないでしょ? それに、それぞれ【才能】があるよね。職業になるような」
「ない訳じゃねぇが、金になりそうな才能はシシクくらいだぞ」
「そんなことないと思うよ。無駄な仕事なんてないわけだし。でも、シシクには大工修行をして、家を建てたり修復したりできるようになってほしいんだ。あと、誰が何の才能を持っているのかは分からないけど、一通り勉強して『できる』状態にしておいて欲しい。どこで何が役に立つのかなんて分かんないし」
相槌ともため息ともつかない複数の呼吸じみた反応に私はどうしてわからないんだろう、と首を傾げ―――……そういえば、話してなかったなと慌てて事情を説明した。
「私がトライグル王国で錬金術師を目指してるのは、わかってるよね。腕輪してるし」
「ああ、そりゃな」
「で、工房制度っていうのを使っていて、退学にならない限りは三年後に学院を出なきゃいけないの。卒業後は、ひとまず自分の家に帰ろうと思ってる」
ここまで話して、クギが酷く驚いた顔をしていた。
家があるのか、と言われたので頷く。
「あるよ。といっても、凄く辺境にあって、山の上にあるから麓にある人里まで大人で一日かかる道なんだよね。親も育ての親もいないから実質一人暮らしってわけ。出来るだけ、食料やなんかは持って帰るつもりだけど、工房兼自宅って感じだから皆でずーっと一緒に住むって言うのは難しいと思うんだ。だから【大工】の才能を持ってるシシクがいてくれると助かる。みんなの家を建てられるでしょ? あと、色んな素材が山の中にあるから採取方法を覚えて、リッカには周辺の地図を作って欲しい。食糧危機とか何かあって逃げる時とかの為にもね。あ、魔物もいるから強い人がいると助かるってことでトーネがいたらいいかなーって。コンフはマリーと一緒って言ってたから、いいとして……クギは足が速いから、手紙を届けたりとかがお願いできたら嬉しいかなって思ってる」
ここまで話すと全員納得してくれたんだけど、リッカが「質問がいくつかあるのですが」と発言。出来るだけ意見のすり合わせはしておきたいので頷く。
「家を建てた後の処遇はどのようにお考えですか」
「装備やなんかをそろえて、採取旅に出て欲しい。時間停止機能が付いた無限収納の袋はそれまでにいくつか揃えたいよね。条件は死なないで、そうだな……一年に一度もしくは二年に一度戻ってくることが条件。お金も自分たちで判断した上で使って。ただ、使いすぎて借金とか、賭け事は禁止。でも、そうなると各自必要な物を買いにくくなるし、お小遣い制を導入してみようか」
卒業後、私はまずお金を稼ぐ方法を考えなくちゃいけないのだ。
それに採取もしなくちゃいけないし、なんて色々考えるとやっぱり人手がいる。
こちらの事情をある程度伝えると全員納得してくれたらしい。
「俺らのことはわかった。けどよ、お前はどうすんだよ。戦えねぇのに」
「それは大丈夫。サフルっていう奴隷の子は卒業の時に買い取ることになってるし、共存獣も二頭いるんだ。あ、青っこいのっていう蜂もいるよ」
「まて。いろいろ突っ込みたいことはあるが、お前共存獣も持ってるのかよ?!ってか、奴隷がすでにいるなんて聞いてねぇぞ!」
「聞かれてないし……盗賊の人にあれこれ話すのはちょっと」
「その割におまえ、随分自由にやってたよなぁ?!」
あははーと笑えばクギがガックリ項垂れて動かなくなった。
何だったんだ。
ついでに共存獣の話をする。
種族と普段どういう生活をしているかだ。
話すほどに全員の顔が引きつっていくんだけど、そんなに怖い話はしてないので気のせいかもしれない。共存獣のルヴとロボスが凄く可愛くて強いんだよっていう話しかしてないしね。
青っこいのは秘密が多いから、奴隷になってない今話せないし、そもそもあんまり遊びに来ないっていうか……見てない。元気かな。
「それで、シシク以外の人は何か職業の才能みたいなのはあるの? 答えたくないなら、別に言わなくてもいいけど」
顔を見合わせたシシク以外の盗賊団メンバーだったけれど、深いため息と共に頭を掻き、腕を組んだトーネが最初に口にしたのは意外な才能だった。
「俺は【楽師】の才能がある。元々、青の大国に生家があって、一応は貴族だった。が、妾の子だったから大した勉強もしてねェぞ」
「興味があるなら、帰ったらそういう勉強できるところ探してみるけど……」
「俺としては、やってみるのも悪くはねぇと思うがな……金になるのか?」
「お金になるかどうかはトーネの実力次第じゃないかな。ただ、集落に酒場みたいなのもなかったから、食堂兼酒場みたいな場所を作って、定期的に歌ったりとかすれば人は集まりそうだよね」
娯楽らしい娯楽はなかったと思う。
個人的には宿と冒険者ギルドの支所みたいなところは欲しいなって思う。
この二つがあれば、滞在もしやすくなると思うんだよね。
「リッカは軌跡師、だっけ? 他にも何かできたりする?」
軌跡師って言うのが、どういう仕事なのかはアジトで聞いた。
速記、とかもあるって言っていた記憶があるんだよね。
「付加魔術が使えますよ。回数制限のある魔道具モドキは作れますね。あと、才能ではないのですが、教員免許も務めている時に取得しているので『赤・青・緑』の古い言語と簡単な計算なら教えられます」
「なるほど。食べるのに困らなさそう……クギとコンフは?」
今まで興味深そうに話を聞いていた二人に声をかける。
最初に目が合ったコンフは小さく首を横に振った。
「ない。俺は他人より力がある、程度だな。護衛や力仕事はできる」
「俺には【鉄足】っつー才能があるから、足は丈夫だぜ。いくら歩いても、走っても疲れることはない。手紙を運ぶくらいならできそうだ」
「二人ともできることあるじゃん。けど、コンフが力持ちならマリーの所は助かるね。木箱って結構重いでしょ?」
「はい。コンフがいてくれると助かります。回復薬を入れた木箱は二人で持って移動していますし、護衛になってくれる人がいると心強いので。でも、あの、皆さん奴隷になるのは……本当にいいんですか? 一度、犯罪奴隷になったら『そういう』目で見られますし」
気遣わし気な視線を受けて、彼らは仕方ないというように肩をすくめる。
私はマリーみたいな気遣いって言うのかな、そういうのが全く頭に浮かばなかったので「あ」と思わず言葉が漏れた。
こういう気づかいできないと駄目だよね、と少し反省する私にクギがニヤッと口元を釣り上げたのが見える。なんだかんだで表情が一番わかりやすい。
他の面々は、ほぼ表情が変わらず発言者であるマリーを見ていた。
ほんの少しの間をおいて、ため息交じりに言葉を発したのはトーネだった。
「盗賊になった時点で『未来』なんざ、ありはしねぇ。そんなことは全員が理解してんだよ。理解した上で、俺らが生きるにはこの道を選んだ。だから今、こうやって先の話をしてること自体が奇跡か夢幻、最悪死ぬ予兆なのかもしれねぇと思ってるくらいだ」
「頭の言う通り、俺らは諦めた人間だ。あの状況でも希望を持てるやつは持てるんだろォがな、俺らはそういうタイプじゃなかったんだよ。それでもいいと思ったから『盗賊』をやってる」
トーネに続いてクギが言葉を発して、そして、それに続いたのはリッカとクギだ。
クギに至ってはマリーの方を見ることもしない。
「私はライムの奴隷になりたいですね。仕事もさせていただけるようだし、アジトで食べたシチューも先ほど食べた料理も美味しかったので。まぁ、奴隷になった後に食べられるかは分かりませんが」
「リッカ先生、ライムなら犯罪奴隷だろうと何だろうと飯は出すとおもいますよ。かなり非常識なんで。そのお陰で助かることも多いってのを踏まえると、まぁ、悪くはないですけど。俺も、ライムの奴隷になる。一応命の恩人でもあるしな」
借りは返す、とボソッと付け足したクギの肩をリッカがポンポンと撫で、シシクが頭を掻きまわす。
「俺もライムにつくぜ。家を建てるってのは面白そうだしな。自分である程度できるようになりゃ、作り甲斐もありそうだ。頭は?」
「お前らは癖が強いからな。新米の主人にゃ、助言役がいるだろ。腕っぷしもだが、冒険者として活動していた時間もある程度あるし、ダンジョン以外―――……防衛戦なんかにも参加したことがあるから、ある程度の経験はある。コンフは、お前と一緒にいるよりそこの嬢ちゃんと一緒にいた方がいいだろ」
「……ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げたコンフはすぐにマリーの傍へ座った。
といってもサフルみたいに一歩後ろのあたりで待機をし始めたので、少しだけホッとする。
元々、というか離れている間のことを聞いていたので、その行動にも納得。
自分が気に入った人間の所で働く方がいいよね。
一通り方向性が決まったところで、リッカの提案で『流れ』を決めた。
私達も彼らも、望んだ環境を手に入れる為に。
◇◇◆
おい、と肩をゆすられる。
気持ちのいい眠りの世界から意識が浮上したところで、目の前に顔や体をわざと汚したクギがにやりと笑って顎で出口付近をしゃくる。
その両手は拘束され、左右にはリッカとコンフがジッとで入り口を見て座っていた。
「おはよ……もうきたの?」
「おう。ヘマはすんなよ」
「クギこそ。私、近くにお手本になりそうな貴族がいたからね! まっかせて!」
参考は会ったばかりのベルだ。
偉そうに、偉そうに、と言い聞かせてよし、と顔を上げる。
フードはかぶったまま、隣で眠っていたマリーがコンフに起こされたのを確認し、ある程度状況を伝えるとマリーもローブを着た。
これは私が貸したものだ。顔を見られるのは避けたいからね。
話し合いと打ち合わせの後、今後のことを考えて私達は休息をとった。
勿論、トーネ達もだ。
警備結界は念のために『二重に』してあるし、ラクサが貸してくれた『防音結界』が張れるお試しの金札セットを設置したので打ち合わせも外には漏れていない筈だ。
この『簡易防音結界セット』は、ラクサが腕試しの為に作ったもの。
集落で磨いた技術のおかげで、より複雑な細工が施せるようになったから『試して、使えるようなら貰ってほしい』って渡されたのだ。
ラクサに渡した、身代わり効果付きの装飾品といくつかの皮手袋のお礼なんだって。
ちなみに、皮手袋は鞣した皮が沢山あったから手袋を沢山注文した中の一つを渡した。
その中の一つが、細工に適した効果を宿しているってリアンに聞いたからね。
プレゼントしたら「コレ、割とっていうかオレっちが欲しいと思って金貯めようと思ってたんス」って、頬ずりしてた。
「これから、勝負だし頑張らなきゃ。上手く偽装できるか分からないけど、頑張るよ。目指せ嫌味貴族」
よし、と気合を入れて立ち上がった私は、しっかり金札を四枚回収してポーチへ。
防音結界は私が回収するまで効果があったので、問題なし。
効果って言っても、これ、外の音は聞こえるんだよね。
防音っていうか、音漏れ防止だっていってたし。
「外に出るわよ」
自分の口から発された声が貴族っぽく聞こえるかどうか確認する為に、メモに「どう?貴族っぽい?」と書けばほぼ全員が呆れた顔をしたけど、リッカはうずくまって小刻みに震えていた。時々苦しそうに、息を吸ってる。
笑うなら笑え、って言いたいけど笑われると困るのでそっとメモを懐にしまった。
「早くして頂戴」
いくよ、と親指を立ててから出入口を指す。
マリーが遠くを見ながら「それ、貴族はしないとおもいます」と小さく呟いたけど聞き流しておく。
そういうとすぐに結界を解除。
トランクを持ったトーネと頷き合って、縄を軽く引く。
縄の先には、手首と胴体をきつめに縛られた『盗賊』が、私の荷物をたくさん持っている。
一応、疑われたら困るのである程度重さのある、それでいてそれっぽい服やアイテムなんかを木箱や袋に入れて偽装中。
ちなみに昨日のうちに『住人』には事情を話してある。
勿論、彼らも私やトーネ達がしたいことに対して理解、そして協力してくれるという。
彼らの子供も老人達から「故郷を奪われた話」を聞いているし、話が理解できない程幼い子もいなかったのでひとまずは大丈夫そうだった。
外に出ると焦げ臭さがまだかすかに残っていて、私はポーチから高そうに見えるハンカチを取り出す。
これ、ベルに刺繍を教えてもらうために買っておいたものの一つだった。
ベルに言われて『シトラール』の家紋っていうのを考えろって言われてたんだよね。
「ここは焦げ臭くて、辛気臭いったらないわね。さっさと行くわよ」
鼻をハンカチで押さえて、堂々と道の真ん中を進む。
中央で騎士に話を聞かれていた老人に「邪魔よ」と短く言えば『演技』をしているのを理解してくれていることもあって、大げさに怯えたような感じで道の脇へ。
騎士が見てないところで布で隠れた手を小さく左右に振ってるのが面白い。
挙動が多少可笑しくても、騎士は気づかないようだ。
笑いそうになったけど、歯をくいしばって耐える。
「フンッ。ああ、そこの騎士の方。もしよろしければ、私の話を聞いて下さる方を呼んで下さらないかしら」
「……貴女様は?」
「事情があって詳しいことは言えないのだけれど、こういうものです」
ちらり、と『学院』の腕輪を見せると騎士の訝し気な対応がパッと切り替わる。
恭しく礼をして、そして私とマリーに目を向ける。
「ああ、そちらの子は私より家柄が低いの。お気になさらないで」
ちなみにこういう設定です。
ツンッとわざとらしく、高圧的に聞こえるように言えば騎士は「そうでしたか」と笑顔を張り付けた。
危惧したのは鑑定の才能やそれに類する道具。
ただ、赤の大国では『騎士団』がそれらを持っているということはまずないそうだ。そして、奴隷商も持っていないことが多い。持っていたとして、店舗持ちの高級奴隷ばかりを扱う人間が高額のそういった道具や才能を持っているのだとか。
警戒をしつつ、鑑定を受けた場合の言い訳もバッチリなので問題なく。
焦げた土の上を歩いていくと、目の前にあった焚火の痕が進む先にあるのが分かった。
「ちょっと、あれをよけなさい。荷物は後ろのに持たせて頂戴。汚すんじゃないわよ!」
グッと乱暴に縄を引く。苦しそうな声を上げて、トーネが持っていたトランクをシシクが持つ木箱の上に重ねる。
シシクがよろけると、私は再度「落としたらまたお仕置きされたいの?!」と声を張り上げる。心の中では、ご飯お預けってお仕置きに入るのか今度聞いてみよう。参考までに、なんて考えたけど、口には出さない。
トーネ達は一列に繋がっているので、一人が歩くと全員が歩かなくちゃいけない。
素手で焚火の痕を綺麗にするトーネをみて、その大きな手の上をわざと踏んで進む。
コレ、トーネ達の案なんだよね。
やりたくないって言ったんだけど、貴族ってこういう所があるからやっておけって説得された。
うう、人の手を踏むのはもう二度としたくない。
できるだけ体重をかけないようにさっさと移動したんだけど、騎士はそれに気づかなかったようだ。
「そちらの者たちは?」
「捕らえた盗賊よ。誇り高い赤の騎士の方々が、このような貧しくも卑しい場所に来るなんて幸運でしたわ! 隊長さんとかはいらっしゃるのかしら? 一目で良いからお会いしてみたいのだけれど」
「光栄です。その腕輪は緑の大国のものですね。流石、お目が高い」
こちらです、と機嫌よくなった騎士に「ちょっと素直すぎて心配だわ」って呟きそうになったけど、これも飲み込む。
時々、崩れた建物なんかをみて「美しさの欠片もないわね」とかわざと呟けば、騎士はにこやかに同意し、私以上の罵詈雑言を並べていく。
実は最初に会った時から、この騎士嫌いだったんだよね。雰囲気とか、品のない感じとか。
トーネ達の言う通り、こういった辺境に派遣されるのは騎士団の中でも下っ端の連中だという。勿論、奴隷商も同じ低ランクの輩が多いそうだ。
復興中の小さな町を進めば、入口のあたりにそこそこ立派な馬や鎧に身を包んだ赤い集団が見えた。
あれか、と足を少し早める。
勿論、演技も忘れない。話してて鳥肌立つけどね!
「まぁ。なんて立派な……! 流石、赤の国の騎士ですわ。強そうで素敵です!」
場違いな弾んだ声に反応したのは、偉そうに話をしていた数人の集団。
どうやら、隊長と副隊長、そして奴隷商のようだ。
彼らは私に気付いて、先導する騎士へ視線を向ける。
騎士は私に一礼し、早足で『報告』をしているんだけど、その間私はローブの下から周囲を探る。
少人数できたのだろう。
他の騎士は皆、町で聞き取りなどを行っているようだ。
馬の数からしても、必要最低限の人数できたことが窺える。
装備品や布の品質を見ても彼らが『優遇』されていないことはうかがえた。
ある程度体裁は整えているが一般的な装備だからね。
緑の大国の騎士はもう少しいい装備をしている。
トーネ達から、前もって「赤の国は、騎士の数が多い」と聞いていたのが間違ってないんだろうなと思う。トライグルでも騎士は多いなって思ったけど、赤の国は騎士の数が二倍だって話だからね。
事情を聴き終わったらしい騎士二名と商人らしき男が近づいてくる。
隊長は、至って普通という感じの印象だったけど、副官にあたると思われる男を見た瞬間に鳥肌が立った。コイツ、嫌い。
商人も何だか信用できない感じで、リアンとの違いにちょっと驚いた。
「我が親愛なる隣人、トライグル王国の貴族のお嬢さん、このような所でお会いできるとは思いませんでした。申し訳ないが、護衛がいない理由をお聞かせ願いたい」
「……父が雇った護衛は殺されましたわ。この繋いでいるのは、護衛を殺した連中ではありませんけれど、逃げ隠れた私たちの荷物を漁っている浅ましい連中に後ろから襲い掛かって、戦闘をしていましたの」
「それは、随分なご苦労をされたのですね」
仏頂面は変わらないし、形式的な返答だ。
たぶんこの人、何も考えてないんだろうなーと思った。視線もこっちを見ているようで見ていないしね。やる気がないんだろう。
「怖かったですわ……。でも、襲ってきた連中とほぼ互角で、何とか生き残った残りを私たちが捕まえましたの。護衛を雇おうにも……こういった場所だと碌な人間がいないでしょう? だから、弱ったところを捕まえて、毒の草などをすりつぶしたものを与えたりして『教育』しましたのよ」
「―――そうでしたか。それはおつらかったでしょう。ちなみに、我が国に来た目的は?」
「観光ですわね。冬の社交に向けて宝石をいくつか見たいと思ってお父様にお願いしたのですけど、試験結果が良かったのでご褒美をおねだりしたのです。前から、友人と旅をする恋愛小説を読んで憧れていたから、お試しで……でも、もういいですわ。一度、国に帰ってお父様たちと海路でまた、この国の素晴らしい首都などを巡ろうかと」
少し不機嫌そうに、ちょっとずつ声色を変えていけばイライラし始めたのが分かったらしい。副官が隊長に何か耳打ちをして、彼は頷いた。
「私たちが送りましょうか?」
「皆様は国の大切なお仕事をしていらっしゃるのでしょう。馬を一頭貸してくださいませんこと? 手持ちがあまりないのですけれど、ここから半日ほどで国道に出られて、そこに小さな町があると聞きましたの。乗馬はできるので、そこの町まで馬を貸していただきたいのですけど……駄目かしら? 騎士様たちは訓練などで鍛えているから、体力もあるでしょうし」
そう嘆いて見せると、隊長はそういう事ならと馬を貸してくれるという。
続いて、視線はロープでつながれた盗賊へ。
「そちらはどうします。こちらで引き取ることもできますよ。見たところ、登録済みの盗賊のようだ」
「連れていきますわ。憂さ晴らしにもいいですし、荷物は馬に全て持たせられませんもの。それに、私、相乗りはできないのです。その子を運ぶのにも丁度いいでしょう?」
ふふ、と笑ってマリーの方を指さす。
それを聞いた副官がニヤリと嫌らしく口元を歪める。うぇー。
「お嬢様、それはそれは! わが国では、奴隷商が同行しています。犯罪奴隷登録も簡易ではありますがここで済ませられますよ。ただ、金貨1枚ほどかかりますが」
うわ、コイツぼったくる気だ。
分かってはいたけど、舌打ちしそうになる。
けど、まぁ、想定内だったけど『ものを知らない』と思われると面倒なので、あら、と首を傾げた。基本的に犯罪奴隷は無料で登録ができるってリッカからきいたので知っている。
「おかしいですわね。犯罪奴隷の登録は、国への貢献もかねているから無料だと聞いていたのですけれど」
どういう事かしら、と険を含ませて腕を組めば副官が慌てて頭を下げた。
奴隷商とグルだったのがわかるのは、直ぐに二人で何か合図のようなものをしたからだ。
「失礼。私の勘違いだったようです」
「かまいませんわ。それと、報奨金がでるのですわよね? こいつら、どのくらいになるのかしら?」
宝石が買えるくらい出ると嬉しいわ、なんていえば奴隷商の口元が引きつる。
彼が口にした金額は、元々提示された金額の半分だったが、そこには突っ込まないでおく。
「ふぅん、それっぽっちですの? あなた達、随分安いのね。まぁ、いいわ。それで犯罪奴隷登録を済ませて頂戴。ああ、その一番後ろの、トロそうなのは要らないから、あなたに差し上げるわ。護衛はいるでしょう? 一応あなたも貴族令嬢なのだから」
「は、はい……有難うございます」
コンフを指差し、マリーへ渡すことを明言する。
奴隷登録は、何というか呆気なかった。
首と手足に鉄の輪のようなものを嵌めて、中央にある宝石に魔力を込めたのだ。
皮膚が焼けるような嫌な音とトーネ達の痛みをこらえるような苦悶の声に思わず後退る。
「……野蛮ですわね」
「通常の奴隷ならば、もう少し違った手段があるのですが犯罪奴隷にはこれが一番コストがかからないんですよ。お前ら、指を出せ」
言われた通り指を出したトーネの親指を乱暴に切り、魔力契約書に押し付ける。
浮かぶ血判。
「ここにお嬢様の魔力を流してください」
「あら、それだけでいいんですの?」
「署名は、奴隷商ギルドでお願いします。ここでできるのは簡易登録なので……も、勿論、基本条項として『主人の命令に従わなかった場合、苦痛を与える』は盛り込んであるのでいう事は聞きますよ!」
それならいいわ、と適当に返事をして契約書をしっかり確認。不正はなさそうだ。
登録を済ませた所で、その紙はポーチへ全て収納。差し出された革袋を受け取ってお金を確認した。
一応誤魔化さずに入っているようだ。
それをポーチに入れるようにみせて、ああ、と体ごと隊長へ向き直る。
「私に貸してくださる馬はどれですの?」
「……案内します。お前たちは、任務を遂行してくれ」
「はッ!」
「任務、頑張って下さいまし」
ごきげんよう、と貴族の礼をして隊長に並ぶようにその場から離れる。
ドッドッドと煩い位に聞こえる心臓の音が聞こえないかヒヤヒヤしつつ、案内されるがまま馬が繋がれた場所へ。
好きなのを選べ、と言われたので私に興味がありそうなそぶりを見せた馬に近づく。
しっかりと調教されているようで、馬自体はいい子ばかりなようだ。
ホッとしつつ、一番背の低いのを選んだ。まだ若い馬であることがわかる。
興味深そうに、でも大人しく私に撫でられる馬に満足して、隊長を見上げた。
「この子にいたします。近くの町までどのくらいですの?」
「馬を飛ばせば、半日でつきますね」
「ふぅん。町からトライグルに行く馬車は?」
「馬屋が多いのでそちらを利用されるとよいでしょう。トライグルの方であれば、利用料が半額になる措置があります」
「わかりました。ありがとう―――コレ、馬のお代よ。足りるかしら」
「金貨二枚ですか」
「あら、たりない?」
相場を考えるとかなり高額なはずだ。
言葉尻を上げて様子を窺うと、隊長は戸惑ったように視線をさまよわせる。
ああ、扱いに困っているんだろうと納得。
「金貨一枚はあの小賢しい貴方の副官と煩そうな奴隷商に渡してくださいませ。残りの一枚は、私の事情を詳しく聞かずに置いて下さった貴方の慈悲と―――口止め料ですわ。未婚の令嬢がこんな場所にいたなんて知られたら、外聞が悪いですもの。学園にも内緒にしてくださいまし」
「そういうことでしたら、ありがたく」
礼をしたのを見て、私はトーネを四つん這いにさせその背を踏んで馬上へ。
集落で乗り方を学んで良かったと心から思った。
鞍がついていたことに安堵しつつ、ブツブツと文句を言っておく。
「ドレスじゃなくて良かったですわ。こんなはしたない恰好……ああ、もう行ってよろしくてよ。方角はだいたいわかりますから」
そう伝えて、私は馬を走らせる。
最初はゆっくり、徐々にスピードを上げ、できるだけ彼らの拠点から離れた。
マリーはシシクが抱えていて、シシクが持っていた荷物はコンフがまとめて持っている。
勿論、離れながら「遅いわよ」と時々大声で叫ぶのを忘れない。
完全に聞こえないであろうこと、そして『追手』がいないことを確認してから馬を止めた。
ひょいッと馬から降りるとトーネが受け止めてくれたので、お礼を言う。
「はー……つかれたー……。あ、荷物は全部こっちに持ってきて。トランクにしまうから。リッカとマリーが馬に乗って。私はシシクに抱えてもらうから。コンフは走れる?」
プラプラと手を揺らしてフードを外す。
水をポーチから出して全員に配る。
縄は登録が終わった段階で外したので、奴隷紋が良く見える。
犯罪奴隷紋って妙に重々しいし、目立つ。
「なんか、派手だね」
「だな。それにしても何処かで失敗するかと思ったが、見事なもんじゃねーか。わがまま令嬢丸出しだったぜ?」
「あ、ほんと? それはよかったー!」
へへ、と笑えば別人だよなァなんてシシクが呟く。
とりあえず、全員の親指に軟膏を塗っておく。遠慮されたけど、主人のいう事は聞いてよねって言えば「ハイハイ」って軽い返事。
用を済ませたり、食事を簡単に済ませた所で私達は移動を開始した。
体力に不安があるマリーと二人乗りができるリッカで馬を使い、他は走るっていうシンプルなもの。数回休むけれど、長距離移動ができるよう日頃から体力はつけているってことだったから、こういう方法をとった。
騎士の人達もまさか「馬と同じ速度」で走れるとは思わないだろうしね。
走って、走って、そしてオヤツ時には国道へ出た。
見えないところで昼食兼夕食を済ませる。馬車の中で食べるつもりではあるけど、状況によっては食べられない可能性があるからね。
勝負所はまだ、この先にもあるので気を引き締めないと。
ここまで有難うございました!続き、できるだけ早く上げたいと思います!