270話 彩りの雑木林 5
いつもより短めですが、書きたいことはかけたー!
一番時間がかかったのは魚の名前と魚種についてまとめることです(笑
吐いた息は白く、触れるものはひやりと冷たい。
数日、雑木林に滞在して目標としていたより多くの素材を集めることができた。
これなら冬の間は大丈夫だろう、と話しながらヒヤリと冷たい空気の中で大きく伸びをした。
釣りを教えてもらったゴストさんたちとは数日前に別れたので、拠点を変えずに周囲を歩き、様々な素材をひたすら集めて、それ以外の時間は釣りに費やした。
『彩りの雑木林』と呼ばれている場所についてから、あっという間に六日が経って、本日七日目の早朝。
薄暗い中、魔石ランプの明かりを頼りにテントを片付けていく。
最後にもう一度釣りをしたいなって気持ちがないわけではなかったんだけど、楽しみが一つあったので私たちはウキウキと滝つぼの方へ。
この辺りももう勝手知ったる何とやら、で危険な場所やそうでない場所は粗方把握している。
時期によって『危険な場所』が変わるから、次に来るときはまた索敵からになるけど、地形というか地理っていうのかな、そういうのを把握しているのはかなりの強みだ。
「なんか、あっという間だったね」
「そうだな。ディルがいる場合はもう少し動きが変わってくるだろうが、学科が違うから頻繁に行動を共にするのも難しいだろう。こういう旅に慣れておくに越したことはない」
トランクを持ってくれているサフルの横にはロボス。
私の横にはルヴとリアンがいる。
仲良く雑木林の中を歩き、ほんの少し伸びた収獲時期のアオ草などを採取して向かうのは一番なじみ深くなったあの場所だ。
「今日もすごいねぇ」
「ああ。この光景を見られるのは来年の春になるが、リンカの森より人が少ないから僕にとってはかなり気が楽だ。採取に来るならこちらのほうがいいかもしれないな」
すさまじい勢いで落ちてくる大量の水を見上げて、小さく体中にあたる水しぶきに目を細めているとリアンに名前を呼ばれた。
「あまり長居すると濡れるぞ。これから歩いて帰らなくてはいけないんだ、体が冷えて風邪でも引いたら困る。採取物の処理は一通り終わっているが、不足分を補充できる今のうちに、ある程度作業はしてしまいたい。冬は物価が上がるからな」
「ごめんごめん。物価って言えば、ケルトスにはいかないの? あそこ、首都で買うより安いのに」
「ケルトスか。行ってもいいが、これと言って必要な物が思い浮かばない。なにかあるのか?食材が足りないようであれば……」
「食材は十分あるよ。だって、私とサフル、あとはルヴたちとラクサの分があれば大丈夫だろうし、リアンもベルも家に戻るみたいだからご飯は要らないんでしょ?」
「………店のことも気になるし、家の事業が落ち着いたら工房に戻るつもりなんだが」
眼鏡を外して水滴をぬぐい、再びかけ直したリアンに首を傾げて一度足を止める。
私の反応が意外だったのか少し後退ったのを見て思わず笑ってしまった。
「お店のことなら、ちゃんとリアンに聞いたことを生かしてできる限り頑張るよ。帳簿のつけ方は戻ってからしっかり教えてね。前から少しずつ聞いてはいるけど、まだ不安なところがあるし。防犯面では、ルヴとロボス、あとサフルと……ラクサあたりに頼もうかなって。お守りの販売とかあるみたいだし、細工師の勉強する時間を考えると悪い話じゃないと思う。あ、護衛料を宿泊費で相殺できないか聞いてみるつもり」
あらかじめ、ベルに話していたことだ。
ベルも自分が首都を離れ、社交に出なくてはいけないことやその期間について話してくれたので、私ができることを考えた。
毎日、意見のすり合わせをして、これならできる!ってことを少しずつ増やしてきたんだけど……リアンの機嫌はあまりよくないらしい。眉間にしわが寄っている。
(あ、そっか。リアンは忙しいんだもんね。冬期休暇の間は、実家の書類仕事やら会合があるってラクサが聞いたって言ってたし)
歩きながら、激しく尻尾を振り回しながら嬉しそうに、はしゃぎ始めたルヴたちを眺めつつ、目的のものを探す。
最初にそれらを見つけたのはルヴとロボスだった。
短く吠えてくれたので駆け寄れば二頭ともじっと水面をのぞき込んでいる。
透明度が高くきれいな水だからか川底の様子がわかる。
この場所は遠目からでも、水中の魚影が確認できるくらいに水が本当に綺麗だ。
「ゴストさんから仕掛け網を買えたのは良かったよね。全部で五個だっけ? 一つずつ上げていこうよ」
わかった、というリアンの返事を聞いて大きめの岩に括り付けたロープを奥から引き上げることに。滝つぼに一番近い籠へつながるロープの先を辿って、川の縁へ膝をつく。
水底に沈められた仕掛け網のロープを手繰り寄せると、やがて折り畳み式の網罠が姿を現した。
「リアン、すっごく沢山いる!二種類いるみたいだね。えーっと、こっちはマーロルンだね。ちょっと大きいっていうか食べ応えのある感じ。で、この小さいのは確かフーシュリンプだったと思う。種類別にしておこうよ。生きてるし、大きい桶にでも入れて泥抜きしておこうかな。まぁ、泥って言うより砂だから臭みはないと思うけど、一応」
「わかった。生きたままだと君のトランクに、収納できないんだったか」
「そうなんだよね。とりあえず、近くでお湯を沸かしてボイルするのと、頭と胴体に分けて持って帰ろうかな。背ワタはこの場で処理しちゃうね。小さいのは……ディルに出してもらった氷に入れておけば、トランクに入れられると思う。生きたまま持ち帰りたいけど、諦めるよ。今度皆でここにきて食べよう」
この罠を回収したら帰ろうって話だったんだけど、処理は早めにしてしまいたかったので話してみるとリアンも了承してくれた。
美味しく保存するのって大事だしね。
一籠目は沢山のエビがいたので、それらを仕分けして、時々混じった小さな魚は逃がしておく。
次の籠も、一籠目と同じ餌だったので大量のエビが獲れた。
ただ、三つ目の籠には何もいなくって、ちょっとがっかり。
四つ目には数匹の魚がいたんだけど、サーモスの幼魚だったから逃がした。
大きく育って釣れてくれたら嬉しい。
「これが最後の籠だね」
「そうだな。元々魚用の罠ではないと聞いていたが、魚が獲れなかったのは少し惜しいな」
「わかる。ここの魚美味しいもんね。鮮度もだけど、しょっぱい水のおかげで塩振らなくても丁度いいし」
最後に引き上げたのはずしんとした重さがあった。
パッと顔を見合わせ、ワクワクしながら籠を上げるんだけど、最後の籠は少し変わった造りなのだ。
仕掛けの中が二段に分かれていて、上下それぞれ違う餌が入れられるという新製品。
違う餌が入れられるならってことで、上に魚の切り身。下には小岩ガニっていうその辺で捕まえた小さいカニを割って入れた。
引き上げて最初に目についたのは下の段にあたる部分だ。
なにか柔らかくて、重たいものが入っている。
ちらっと見ると見覚えと特徴のある部位が見えて、思わず口元が緩む
「オクパルスだな。比較的小型ではあるが充分でかい。……淡水では生息できないと記憶していたから驚いた。汽水域だから生息できたのか?」
籠の中でうねうねと触腕を動かしているのは、八本の足と楕円形の頭、ちょっと変わった姿の魚介類。触腕についた吸盤がコリコリしてて私は好きなんだよね。
頭は柔らかいけど、食べ応えのある足のほうが私は好き。
「そっか、でも運が良かったよね。これ美味しいよ」
「…………食べたのか?!」
ギョッとすさまじい勢いでこっちを向いたリアンに私はグッと親指を立てた。
多分、食べたことないんだろうな。美味しいのに。
「処理の仕方も知ってる。おばーちゃん教えてくれたから。錬金術のことは教えてもらえなかったけど、食べ物のことなら大体教えてもらったかな……生きたまま持ち帰ってきてたもん。こういうの」
「……ち、地域によって食べるところもあるが、これを食べたのか」
「うん。ちゃちゃーっと処理しちゃうね。大きさ的に、ここで食べちゃったほうがよさそう。リアンが苦手なら冬期休暇中の食料にしようかな」
しっかりしたタイプの手袋をはめながら、網の中でうねうね動く触腕をよく観察してみる。しっかり大きめの吸盤がバラバラにあるからオスであることが分かった。
メスの場合は柔らかめなんだけど、オスは歯ごたえがあるんだよね。
「オクパルスだっけ、おばーちゃんはタコって呼んでたけど。こっちより先に上の段の魚を処理しなきゃ。私は初めて見るんだけど、種類は分かる?」
「ああ、これはセバトゥスだな。ゴストさんが小さいのは揚げて食べると旨いと言っていた。彼らが帰る最終日、納竿間際に小さいのが一匹釣れただけだったから持ち帰らなかったんだ」
「沢山小ぶりなのがいるし、これは内臓を捨てて開いてからトランクだね。帰ったら小さいのは全部揚げちゃおう! 揚げた魚って香ばしくって美味しいし」
「揚げるなら、甘酸っぱいビネガーのタレも作ってくれないか。あれは酒に合うんだ」
いいよ、と返事をしてもう一種類のタレも作るかなーなんて考えながら掛かった獲物の処理を進めていく。
オクパルスの処理をしているとリアンがすごい顔で後退ってたけど、料理として出すとお替りしてた。最初は恐る恐るって感じだったんだけど、オリーブオイルでタコの内臓とタコの足とか煮たやつはすごく気に入ってたんだよね。余ったオイルソースはパスタに絡めて食べた。
朝ごはんが豪華になったので、お昼は簡単に食べられるものを調理。
沢山獲れたエビを揚げて、マヨネーズにピクルスや茹でた卵を混ぜ合わせた特製ソースを野菜といっしょにパンで挟んで終了。
美味しくてペロッと食べちゃったんだよね。ルヴたちはカリカリに揚げたエビの頭と小さいカニがお気に入り。サフルはオクパルスの唐揚げが気に入ったみたいだった。
楽しかったねーと話をしながら、滝つぼがある場所から離れ、街道へ。
あとは街道沿いにモルダスへ向かって歩いて歩いて、夕日が沈むころに到着。
休憩はできるだけ取らないで進んだんだけど、基本的な敵はルヴやロボス、サフルが片付けてくれたのでかなり楽だった。
サフルは自分の腕が上がっていることを確認でき、自信がついたみたいだし、ルヴたちは私と一緒にいられることやご褒美が沢山あること、好きに駆け回れることがかなり気に入ったみたい。私の指示もしっかり聞いてくれて、連携も問題はなし。
(まぁ、大型の敵と対峙した時にどうなるかは分からないけど……ひとまずは、採取に連れて行っても大丈夫かな)
二頭の働きについても道中でリアンと話をして、今後の採取には連れて行こうということに。ベルにも動きを見て欲しいし、と話したところで二頭のテンションがマックスになった。どうやら前回いっしょに行けなかったのが相当悔しかったみたい。
街の中ではしっかりと紐でつないだんだけど、二頭とも礼儀正しくピシッとしていた。
帰りに色々な所へ寄り道して工房へ。
出迎えてくれたラクサとベルは、私たちの採取したものや食べたものについて詳しく聞きたがったのでそれはリアンに頼んで私はサフルと夕食の準備に取り掛かった。
◇◇◆
いつもの、どこかゆったりとした空気の中で思いきり伸びをした。
流石にちょっと疲れたのもあって、今日は調合をせず、魔力は魔石に注ぐことで消費。
私もルヴたちとうまく連携がとれるのか心配してたり、緊張もあって工房に戻ってきた途端に力が抜けたんだよね。
明日は採取してきた素材を使った調合と釣具店へいくという用事がある。
楽しみだな、と思いながら歯を磨いてベッドへ入ったんだけどなんだか物足りない。
何だろうな、と考えて一週間ずっとリアンと寝ていたから温かさが足りないことに気が付いた。
「うーん……そうだ、ルヴとロボス。私の横で寝てくれる? 嫌だったら止めるけど、ギュってして寝たいんだよね。朝方寒いし」
そう声をかけると二頭は喜んで私を挟むように左右に伏せた。
気持ちよさそうに頭を擦り付け、ベッドの上でゴロゴロしてから気持ちよさそうに寝息を立て始める。
可愛らしい二頭の頭やお腹を優しくなでて、ランプの明かりを消す。
次、あの場所に行くときはきっと春になるだろう。
もうすぐ、雪の降る季節がやってくる。
(冬の前に、学校の発表があるんだっけ。なんか、あっという間に一年が終わったなぁ)
ふかふかの毛布を引っ張り上げ、顔をルヴの毛皮にうずめると意識が遠くなっていく。
ロボスはちょっと寝相が悪い。
心配してたんだけど、やっぱり朝、目を覚ました時には床で寝ていた。
まぁ、ロボス自身はあまり気にしていないみたいだったけどね。
沢山出てきたおさかな!
新しく出てきたのは定番?のあいつ。
内臓、食べたことあるんですけど柔らかくて独特の食感。
味自体は美味しかったです。足のほうが好きだから好んでは食べないけど、あれはあれで美味しい。
=新しいものたち=
セバトゥス:日本でいうカサゴ。大型で全長30センチほど。体の色が赤から褐色。育った環境によって体の模様が変わる。海水魚で、生息域は広い。浅い岩礁や海藻が豊富なところにいる個体は小ぶりなものが多く、褐色がおおい。反対に深い所に棲んでいる場合は、鮮やかな赤色である。肉食性で、色々な物に食いつく。夜になると活発。
白身魚で、身自体に脂がのっていてとてもおいしい。小さい場合は唐揚げや汁物、大きいものは煮つけや刺身など調理法は様々。
オクパルス:日本でいうタコ。大きさはさまざまだが基本的に体の構造は一緒。食べる地域と食べない地域がはっきりと分かれている。内陸では見た目から『八本足の怪物』などともいわれることもしばしば。オスは吸盤がばらばらの大きさで肉質は硬い。メスは比較的柔らかく、吸盤は綺麗に並んでいる。
生の場合、内臓を取り出し、ヌメリをとるという二段階の処理がいる。
内臓は、頭に当たる部分をひっくり返し、内臓を一つずつ切り落としていく。この時炭袋を傷つけると汚れてしまうので注意。ほかに取り除くのは足の根本にあるクチバシ(オクパルスが食事をする箇所。口にあたる)と目。二段階目は塩もみ。ほぼ生で食べる場合は必要ない(とライムは祖母から聞いている)が、汚れやヌメリ、アクも取れる。
調理法は様々。揚げる、ゆでる、生、焼く。
ちなみに、内臓は食べることができる。ただし、新鮮でないと美味しく食べられない、また中には毒のある種類もいるので注意が必要。肝袋と呼ばれる袋の中に墨袋と苦い胆嚢は取り除く人が多い。内臓は柔らかく、触腕とはまた食感が違う。臭み消しの香草はしっかりと。
【ディーボ・オクパルス】魔物化したオクパルス。
知能が高く、筋力もある。が、美味しい。大きいので小さいのをチマチマとるよりいいよね!と漁師に人気。ただ、命がけのバトルが待っている。
マーロルン:日本でいう中型のエビ。しっかりとした身であることが多い。
大きさは大体10~15センチ程度のものを指す。
フーシュリンプ:日本でいう小型のエビ。大きさでの分類。
大きさは頭を入れて10センチ以下のものを指す。
小岩ガニ:現代でいう磯ガニや砂カニのような小さなカニ。全長平均は二~三センチほど。ニオイの強い餌(切り身など)でおびき出して釣り上げる方法があるけれど、石の間に隠れているのを捕まえたほうが早い。なれると捕まえられる。片栗粉と塩胡椒をさっとまぶして、二度揚げしたものはとてもおいしい。味噌汁やスープの出汁にもよい。