269話 彩りの雑木林 4
できた。後は、サクサクです!
試験結果も気になる所ですねー!どこまでかけるかなぁ、次回。
ガサガサと不規則に揺れる雑木林から一歩、後退る。
そっとポーチから杖を取り出そうと、無意識に手だけが動く。
その間も、前後左右に揺れる草やその周囲に目を走らせるけれど、音を立てている原因が何も、見えない。
何処にいるんだろうと不安と足元から這い上がってくるような恐怖を誤魔化そうと無理やり、つばを飲み込んだ。
息を潜めてじっとしていると、私の前に誰かが立った。
小さな背中には覚えがある。
ゆったりした足取りだったけれど、しっかり地面を踏みしめ動揺した気配もなく進む姿にパチパチと瞬き。
戸惑う私を余所に、彼女は慣れた様子で揺れている草むら……ではなく、その上にあった枝の辺りへ手を伸ばし―――…何かを掴んだ。
「あらあら。やっぱり、暗殺猿だったのね。変な気配がすると思ったら……ちょっと待ってね、ライムちゃん」
嫌だわ、なんて言いながらエスラさんは息を吐きながら、私に背を向けた。
何をするのか聞く前に、それは聞こえた。
ゴギャッ
とある程度の硬さがある上に、何かこう……その硬いものの中に詰まっている形状のものを潰す音が響く。
固いものが粉砕された後に勢い余ったのか、中にあった柔らかいものが強い力で飛び散る音も聞こえた気がする。
(今の音、ベルが片手で硬いミルの実を粉砕した時と似てた)
ヒンヤリした汗が背中を伝い落ちる感覚と見ちゃいけないものを見そうだったので、そっと視線をエスラさんから外して、拠点がある方向へ流す。
パシャパシャっていう液体が地面へ降り注ぐような音から、手を洗ってるんだろう。
まぁ、そりゃ、片手で潰せばつくよね。うん。色々と。
「ごめんなさいね。ええと、そうだわ!これどうぞ」
はい、と私の横に立ったエスラさんが私へ差し出してきた何か、黒くて長いもの。
咄嗟に受け取ったのはいいけれど、毛がフカフカでもっちりと密集している感じ。
なかなか手触りがいいことに気付いて、うっかり撫でまわしてしまう。
「えっと、これは?」
「暗殺猿の尻尾よ。討伐部位なの。先っぽに赤い手みたいなのがあるでしょう? それの先端には毒針があるから切り落とすといいわ。錬金術師さんなら、何かに使えるかしら」
「あ、ハイすいませんありがとうございますデモ、あの、これ、ちょっと貰えないというか、あの……た、食べれないし」
咄嗟に出てきた言葉は口にすると何というか、かなり間抜けだった。
ベル達がこの場にいたら間違いなく突っ込まれる返答だったのに、彼女はふんわり笑った。
「美味しくはないけど、手触りがいいし、鞄の取っ手とかにするといいのよ。私はいつでも集められるから受け取ってくれないかしら」
「え、あ、はいそれじゃあありがたくいただきマス」
毒物を入れる専用の袋にそれをしまい込んで、笑顔が引きつっていないか気にしながら拠点へ急ぐ。なんというか、隣にいるエスラさんが想像の斜め上の存在に見えてきて色々信じられなくなってきている。
意外性って素敵よね、とかなんとかベルとミントが盛り上がっていた気がするけど、確かにドキドキすることが分かった。いろんな意味で。
「あ、あのぅ……暗殺猿って」
「正式名称は【ベネキーノアープ】っていうの。夜行性で夜になると釣り人とか人間を狙う個体が多いのよね。夜釣りの時に一人でいると結構襲ってくるから、若い時はそれで荒稼ぎしたこともあったのよね。貴族の間で毛皮ブームがあったから良い収入になったわ」
「質問ばかりで申し訳ないですけど、エスラさんが得意な武器って」
「昔は格闘家だったのよ。今じゃもうベア系の魔物の頭は捻りつぶせないけれど、これくらいならまだ私にもできるから安心してね」
待って今なんて言ったんですか、という言葉をどうにか飲み込んで「そうなんですね!」とだけ返しておいた。これ以上この話を続けると、心臓に悪そうだから革製品を作り始めた切欠を、という話題に変えて何とか、うん。
(でも、戦闘の才能を生かして手に職を持つとかカッコいいな。私、錬金術くらいしかできないし……錬金術は楽しいけど)
うーん、と悩んでいるうちに拠点に到着。
サフルやルヴ達が駆け寄ってきた。
ルヴ達は自分の前に数匹、例の暗殺猿の死体を転がす。
嬉しそうに褒められる姿勢を整える二頭を見て、エスラさんと私は驚いた。
「これ、拠点の傍にでたの?!」
「あ、いいえ! 交互に一頭ずつ休んでいるので、休憩していない一頭が運動がてら周囲の警戒と散歩へ行っていたんです。帰還時に、薪になる枝をいくつも咥えて帰ってきてくれたのですが、その時に仕留めた獲物もいたのだと。ただ、私には見せなかったところを見るとプレゼントにしようと思ったのかもしれません」
いつの間に、と苦笑しつつ暗殺猿を見下ろすサフル。
その姿を眺めていると小声でボソッと何かを呟いたんだけど、なんて言っているのかは分からなかった。
「そ、そっか。もしかしたらポマンダーの効果の範囲外でこっちの様子を見てたのかもね。有難う、ルヴ。ロボス。うっかり殺されちゃったら嫌だし、嬉しいよ。でも、怪我しないように気を付けてね」
よしよし、と頭を撫でて麦蜜クッキーを一枚ずつあげると尻尾を振りながら私の足にスリスリ。それで満足したらしく、暗殺猿の死体には興味を全く示さなかった。
「えっと、コレいらないの?」
二頭にそう聞くと短く吠えて首を傾げ、グイグイ鼻先で私の方へ死体を転がしてくる。受け取れ、ってことなのだと解釈してお礼を言い、とりあえず死体を毒物入れに放り込んでおく。
私はサフルから報告を受けつつ、食事の支度を始めることにした。
エスラさんにも話を聞いたんだけど、エスラさんはパンを持ってきているらしく、それを取りに行ってくると離れていった。あと、魚を干すための道具も持ってきてくれるみたい。
「じゃ、私達も早速支度しようかな。サフル、かまどを作ってくれたり焚火を三つも起こしてくれてありがとうね。悪いんだけど、お風呂の準備を頼んでいい?」
「はい!お任せください」
私が取り出したのは樽と耐熱性に優れた煉瓦で、それを組んで、その上に樽をのせた。
よいしょ、と何とか二人で設置をしてそこから大変だけど、とサフルに使い方を教える。
「この樽なんだけど、ちょっと変わってて樽の四分の一が鉄なの。だから、この下で火を熾して、お湯を沸かすんだ。入る時に熱いから元々あった樽底をくりぬいた板を入れる」
「なるほど……そういうことでしたか。あの、大鍋に湯をある程度沸かしておいたのですが、それを入れてもいいですか?」
「うん、その方が温まるの早いし、お願い。一応、お湯の温度調整できるようにお水も置いておいてくれると嬉しいかな」
しっかり頷いてくれたのを確認して、私はその場から離れる。
トランクを持って、調理器具や食材を並べていく。
調理用の簡易作業机にそれらを乗せて食材を切っていると、エスラさんが合流した。
エスラさんも野外での調理には慣れていて、普段使っているという厚い木の板の上に釣った魚を乗せて次々にお腹を開いていく。
「私は自分が釣ったものとライムちゃんが釣った魚を捌くわね。鮮度のいいものは刺身、あとは干して、残りを燻製にするわね」
「はい。お願いします。あ、サーモスは三枚におろしたんですけど、骨とか頭を野菜クズと香草で煮てスープにしてもいいですか? それと、サーモスの身はどうやって分けたらいいのかなって」
「あ、そうね。最初は干すつもりだったんだけど、折角だから燻製にしてもいいかしら。今回燻製用の道具を持ってきてるの」
そういうことなら、とサーモスの切り身の四分の一を渡す。
残りはムニエルにするのと、塩を振って焼くことにした。フライにするか迷ったけど、フライにする魚はすでにいるから今回は見送り。
早速、サーモスのアラと呼ばれる部分とお酒、香草、野菜くずを入れて煮る。
ひと煮立ちした所で、魚の骨やアラに残った少しの身を解してスープに入れ、根菜類を追加して改めて調味した。
味は塩とショウユで調整し、味見を頼んだエスラさんに絶賛されてレシピを聞かれることに。
いや、まぁ、レシピって言っても大したことしてないんだけどね。
「これから燻製を作るからこの場所を離れるけど、私が手伝えることがあったら言ってね」
「はい。あ、時間ってどのくらいかかりますか? ご飯はリアン達が帰ってきてからにしようと思ってるんですけど」
「簡単な燻製とはいえ、二時間は欲しいわ。釣って直ぐ処理をして、特製のソミール液に漬け込んではいるけれど、もう少し置きたいの。魚の前に別の燻製も作るから、それも楽しみにしていてね。ナッツと家で作った塩漬け肉も持ってきているから」
楽しみだと返すとエスラさんは張り切って自分たちのテントがある場所へ。
サフルは、エスラさん達の所にも焚火を用意していたみたいで感謝されて照れ臭そうにしていた。
◇◆◇
エスラさんを見送ってから、私はトランクからいくつかのコメを焚くための【ハンゴウ】という道具を取り出した。
これ、露店商で安く買えたのだ。
ベルとラクサの三人で冒険者ギルドに依頼を見に行った帰りに見つけたんだよね。あまり見かけない統黄という国の出身者が「どなたか買って下さぃいい」ってお腹鳴らしてたのを思い出して、あの人は今何してるんだろうとそっと思った。
「まずは【山豆】だね。しっかり洗って……ちょっと塩ゆでしてみようかな」
山豆は食べたことがある。
家から二日くらい歩いた所で見つけて、凄い勢いで食べたっけ。
その年って家庭菜園がほぼ全滅だったから本当に助かった。保存が難しいことは知っていたから、食べられるだけ食べて、残りは急いで持って帰り家の近くに植えた。
次の年に植えた山豆は順調に成長し範囲を拡大。秋に収穫できる立派な食料になって助かったし、毎年助けられたのだ。懐かしい。
まず、皮ごとこすり合わせるようにしっかり洗い、汚れや余分な皮なんかを落とす。次に水に塩をいれて沸騰したのを確認して洗った山豆を投入。
あとは煮ながら一つ取り出し、噛んでみる。
「……うん、ちょうどいい感じ。これからさらに加熱するから、あんまり火を入れすぎてもね」
完全に火を通さない様にしたので外はムッチリ、中は完全に火が通っていないからかしゃくしゃくとした独特の歯ざわりだ。
工房で予め洗っていたコメを分量分、ハンゴウに投入。
ハンゴウの数は人数分+二で用意しておく。
「炊き込みご飯が良さそうだね。味もさっぱりしてるし」
野菜くずと魚の骨やら頭を焼いたものを合わせて煮たスープを水の代わりにいれて、ショウユや塩で味を調えたら山豆を入れる。
後は炊くだけだ。
様子を見ながらその横で作るのは、魚のソテーに付ける蒸し野菜とスープ。
「キノコにしよう! ここら辺キノコいっぱいある感じがするもんね」
野菜と煮ると美味しくて、サッパリ食べられるものを選んだ。
ゴロ芋とか入れるとお腹いっぱいになって魚が食べられなくなりそうだからね。
(ディルがいる場合は間違いなくゴロ芋いれるけど。たくさん食べるし燃費悪いもん。すぐお腹空くのはかわいそうだし、一杯食べていいよーって思うけど、食費は大事)
お腹いっぱいにしてあげたい気持ちと『食費』のバランスをどうとるかが難しいんだよ、なんて考えながら手を動かし、薄目に味付け。
「うん、これならいいかな。ルヴ、ロボス! ちょっとおいでー」
周囲を警戒しつつも「なあに」というような顔でトコトコ近づいてきたので、ポーチから二頭の使っているお皿を取り出す。
そこに作ったばかりのスープを注ぐと、お皿と自分を見比べつつ尻尾を激しく左右に振ったので素直な姿に思わず吹き出した。
「これから私たち用に味を濃くするから、取り分けるね。ルヴとロボスは賢いから、話しておくけど私を護ってくれるお礼だよ。普段と勝手が違って大変だと思う。私もルヴとロボスに上手に指示を出せない事の方が多いから、ごめんねって言う気持ちもちょっぴり入ってる」
よしよし、と頭を撫でると二頭は気持ちよさそうに目を細めてご飯そっちのけで体を擦りつけてくるので、モフモフしてから飲んでいいよと許可を出した。
共存士ギルドで再度、二頭を見て貰った時に言われたんだよね。
最初は上下関係をしっかりしないと狼系の共存獣と暮らすのは難しい、って言われていたけど……この二頭、賢すぎてその辺ちゃんとわきまえてるから大丈夫だと思うって。
そう言われた時の衝撃ったらない。
(一生懸命食べてる所は普通のカワイイ共存獣なんだけどな)
大きさは、仔犬サイズからヴォルフより二回りほど小さい程度まで成長した。
毎日見ていると成長が分かりにくいんだけど、こうしてじっくり二頭を見ると「大きくなったなぁ」と感心すらする。
ルヴは最初、とても小さくて弱弱しかったイメージがあるから余計に。
お替り欲しいなーとチラチラこっちを見る二頭に負けて、朝の為にと取っておいたものをあげた。
「かわいすぎるのが、いけない」
もふもふだし。
二頭はスープを飲んだ後、見回り兼散歩に行くようだったから送り出す。
手を洗ってから調理を再開した。
順調に調理をすすめて、ご飯なんかも火を通し、フライもアツアツの状態でお皿に盛りつけて、トランクへ。収納してしまえばアツアツで食べられるからね。
「目の前で揚げたてをって考えたけど……お風呂に入った後に揚げ物揚げると臭いがつくから止めておこう。脂っぽい臭いに包まれて寝るのは嫌だ」
料理が終わり、後片付けも済ませたので、夜に見張りをしてくれるサフルの為に温かい飲み物を用意することにした。
ついでに、お風呂を待つ間に飲めるよう二種類作る。
余ったら明日、釣りをしながら飲んでもいい。
「ひとまず、ホットワインかな。あったまるし。あとはジジャとハチミツ、レシナを使った甘酸っぱい飲み物も用意してみよう。ジジャを使うと体ポカポカするから、寒くなってきたこの時期にはぴったりだよね」
レシナを取り出した所で足音が聞こえてきた。
視線を向けるとリアンとゴストさんが戻ってきた所だったようだ。
おかえり、と駆け寄るとニッコリ笑ったゴストさんが袋を掲げた。
「大漁だったよ、ライムちゃん。エスラに渡して燻製にして貰わないといけないから、また後で。リアンくんと情報交換するといい。釣った場所が違うから釣れたものも違う筈だからね」
はい、と頷いて食事の支度が大体終わったことを伝えてもらうことに。
伝言を頼んだところでサフルが近づいてきてぺこりと頭を下げた。
「ライム様、お風呂の準備ができました」
「ありがとう、サフル。そうだ、あの、良ければ……お二人もお風呂に入りませんか?」
「風呂? お湯につかるのかい、野営で」
「専用の樽があるんですよ。使うのは今回が初めてなんですけど」
「へぇ、それは凄い。じゃあ、君たちが入った後に浸からせて貰ってもいいかな」
嬉しいねぇ、と顔をほころばせる姿を見たリアンがすかさず「お先にどうぞ」と言ったのだけれど彼は首を横に振って魚を見せる。
鮮度が命だからね、と笑っているのを見て私達は納得した。
エスラさんにもお風呂があることを追加で伝えてもらうことにして、私は早速リアンが釣った魚について聞いてみることに。
料理の作業台に布を引いて、魚を出してくれたんだけどしっかり下処理がされていた。
「すごい、全部綺麗に下処理されてる」
「魚は鮮度と釣り上げた時の処理で味が変わると聞いて、一通り教わった。ある程度魚の処理は出来たが、新しく締め方を教わったのは僕自身の為にもなるからな。魚は非常食にもなる」
「私も処理の方法を教えて貰ったから、たくさん釣れても二人で処理すれば楽チンだよね。あ、折角だし今度、採取に行った時に釣りをしてみようよ。露店もだけど商店街とかで魚を買うと高いし。釣れなくても最初に道具さえ買っちゃえば、餌とかは現地調達でいいって考えるとかなりお得だからさ」
食費は低ければ低い程いい、と力説するとリアンはいつもの無愛想な表情で頷く。
一番大きな……サーモスくらいある立派な魚は、今回使わないので、袋に入れて鮮度が悪くならない内に保存した。
「確かにな。ライムの方は何が釣れたんだ? 僕の方は、川ペルカが一番の大物だった。後は代表的な川魚のアスートがかなりの量釣れているんだが、どうやって食べる? 何匹か塩焼きにして、あとは持って帰るか?」
「そうだね、それがいいかも。私達が釣った所だと、サーモスとジャカロっていう魚が釣れたよ。もう解体したけど」
「やはり違う魚種が釣れたのか。釣りをする時間が短かったとはいえ、汽水域ということもあって魚の種類自体は本当に多いようだ。ああ、それとアスートは僕でも焼けるから、任せてくれて構わない」
釣りをした帰り道で串焼きに良さそうな枝を取ってきた、というので枝の先端を尖らせ、魚を刺していく。この時、魚の背骨というか魚自体を串に巻きつけるような感じで、エラから串を差し込む。
魚がしっかりと刺さったら、塩を振って焚火の周りを囲むように並べるんだけど、リアンがかなり手慣れていて驚いた。
「リアン、凄く慣れてない?」
「一人で旅をしていたことがあるのは、君にも話しただろう。荷物を減らすということで割と魚は仕留めて食べていたんだ。微弱の毒を流して、魚を取る方法だったが」
「え、それ大丈夫なの?!」
「環境に影響がない濃度でやっていたし、僕は毒の耐性があるから問題なかった」
「そういう方法もあるんだね」
焚火を囲むように置かれた魚は、少し火から離れた場所でじっくり時間をかけて焼き上げるのがポイントなんだけど、話さなくても知っているみたいだった。
感心する私にリアンは言葉を続ける。
「釣った場所の近くに薬草の採取ポイントがあるそうだ。明日、朝釣りに行くとの事だったからついていくか?」
「うん、いきたいな。朝は薬草の採取もしやすいし、ついでに採取ポイントを回りたいんだけど」
「わかった。明日は僕とルヴが護衛につく。休めるのは昼になるだろう。ただ、採取ポイントを何カ所か回ったら、拠点にいるサフルを仮眠させたいから一度戻るぞ」
「じゃあ、その間に薬草の下処理や分別をしちゃおうか。調合の時の手間が減るのはいい事だしね。それと、朝だけじゃなくて、滝つぼの辺りは夕方とか夜の方が釣れるって話だったから、私達もお昼に休むって言うのもいいかも」
焚火の光とランプの灯りで地図を確認。
回る順番を大まかに決めて、騎士から聞いた山でとれる食材の位置も併せて確認したから、時間を無駄にせずに回れると思う。
「ふー……こんな感じかなぁ。結構二人だとやることが多いよね。サフルがいてよかったよ。どっちか留守番ってなるとほぼ動けなかっただろうし、毎回テント立ててたら時間がかかって仕方ないもん」
「二人での旅は気楽と言えば気楽だが、やることが多いのが困るというのは分かる。護衛を雇うより、奴隷であり日常を共に過ごしているサフルがいるだけでかなり手間暇が削減できるのが有難い。ああ、風呂は君が先に入るといい。上がってくる頃には焼けている筈だ」
太陽が落ちて、気温がぐっと下がり始めた頃だったので火の傍から離れるとかなり寒い。
ありがとう、と一言伝えて荷物の中から着替えを取り出そうとしたんだけど、何を着るべきか迷う。
「ねぇ、やっぱり戦えるような服を着た方がいいんだよね?」
「本来ならな。ただ、今は警備結界を二重にかけている。温かい恰好をしていれば問題ないと思うが」
「そっか。じゃあ、いつものパジャマとか色々着ればいいか。リアンが買ってくれたふかふかのやつ着ようっと」
あとは、衝立の横に着替えを置く台を出しているので、そこにバスタオルを五枚置いておく。私達だけじゃなくてエスラさんとゴストさん、サフルも入るからね。
少し迷ったけど、リアンに聞いて『虫除け成分を入れたバスオイル』を入れてもいいか聞けば頷かれた。
ウキウキしながらテントの裏に作った簡易お風呂場へ向かう。
そこでは、サフルが大量のお湯を別の容器で沸かしていた。
ずっと作業をしていたので、喉が渇いただろうと飲み物を渡すとお湯の番をするからここで食事をとってもいいかと聞かれる。
「みんなで一緒に食べないの?」
「申し訳ありません。気温が低いので放っておくとお湯が冷めてしまいますから。ああ、エスラ様たちも入られるとの事でしたので、今、湯を入れ替えられるよう新しく沸かしています。気になるようでしたら離れますが」
「大丈夫だよー。衝立もあるし、別に見えてもどうってことないもん。じゃあ、サフルのご飯を置いていくね。魚は焼けたら持ってくるから待ってて」
「はい、ありがとうございます。お湯が温い、と感じましたら声をかけて下さると嬉しいです」
ペコッと頭を下げたサフルの横に大きくて平たい岩があったので、そこに夕食を並べていくとキラキラと嬉しそうな顔が見られた。
内緒だよ、と夜の見張りの時に食べられるようお菓子を渡しておく。
寒いだろうし、温かい毛布なんかも用意しておくつもりだ。
「外でお風呂、かぁ。贅沢だよね。工房の裏庭でもやりたいけど、ベルがダメっていうもんね」
別に周囲に住んでいる人がいないから見られる可能性はないと思うんだけど、気になるらしい。
衝立を背にして服を脱ぎ、蔦を使って編んだ籠の中に着ていた服や下着を入れ、小さめの籠に装飾品を入れていく。
ホカホカと白い湯気を立てるたっぷりのお湯の温度を確かめつつ、すのこを敷いた所に使わなくなったシーツを敷いてそこで体や髪を洗ってから、バスオイルを湯船に垂らし、小さな階段を上ってお風呂へ。
寒さもあってか一気に体が温かいお湯に浸かれる気持ち良さは、外で温泉に入るくらい素晴らしいもので、全身の力が抜けていく。
「うぅう、きもちいいー……はぁ、明日もお風呂に入れるように準備お願いしよう。大変なのわかるけど、こんなの知ったらもう駄目だ」
ぐぐーっと両腕を伸ばして、空を見上げる。
空に浮かぶ沢山の小さな光や月を眺めて気付く。
「空にも川ができてるみたい」
星々が川のように集まって広がっていた。
月明りもあり、空の色も何だか場所によって濃かったり薄かったりと、錬金釜の中を覗いているような感覚になって思わず笑ってしまう。
「サフル! 空見て! 調合釜の中みたいに綺麗だよ」
思わず声をかけると衝立の奥から「わぁ」と感嘆の声が聞こえてくる。
何だかそれが面白くて、久しぶりにゆっくり二人で話をした。
いい香りと足先から指先まで温まった私は、髪を拭きながらリアンの元へ戻る。
リアンは私を見て直ぐにパッと立ち上がって眼鏡をあげ直した。
「ッ、魚はもう少しで焼ける。エスラさん達もそろそろ落ち着いてきた頃だろうから、僕は風呂に入ってくる」
それだけ言って、テントの中へ着替えを取りに行ってしまった。
(夜空が錬金釜の中みたいだ、って話をしたかったんだけどな)
髪を拭きながら、魚を見る。
しっかり、ばっちり焼かれているのが分かって、何だかおかしくなってきた。
私が髪を拭き終えた所で、エスラさん達が燻製を作る作業がひと段落したようだ。
大きな皿のようなものを持っているのが視えて、慌てて彼らを食事がとれるようにと設置した焚火の周りへ案内する。
椅子や小さなテーブルが各自にあるのを見て驚いていたけれど、二人はとても喜んでくれた。リアンが比較的早く戻ってきたので、エスラさん、ゴストさんの順にお風呂へ。
食事は全員で、ということで待っている間は釣りの話やこの辺りの話を聞くことができた。
―――この日、調合釜のような星空の下で食べた魚料理はとてもおいしくて、お腹いっぱいで寝袋へ。
寒かったから、リアンと大きい寝袋に入って寝たんだけど、誰かと一緒に寝るとあったかくていいよね。今度、ベルと一緒に寝てみようと思う。
ここまで目を通してくれてありがとうございます!!
川魚、どんな味なんだろう?と思いつつやっぱり海の魚が好き。なんか、好き。
以下、魚情報のせておきますー。
=魚=
ジャカロ:日本で言うアジ。全長は平均で15~25センチほどの青魚。
広葉樹の葉のように両先端が細く真ん中が分厚い一般的な魚の形。
厚みがあり、肉厚。背側は暗めの色、腹側は明るい銀色でその境目は黄色。
尾から体の三分の一ほどにかけて稜鱗がある。
豆10センチくらい 小10~2センチ、中20~30センチ(良型)
30センチ以上になるものも。
サーモス:日本で言う鮭。時期や環境、漁場によって脂のりや旬が異なる。
基本的に川で孵って、海で成長し、川へ産卵に戻ってくるという母川回帰する魚。
大きいもので1m越えも。ただ『彩りの雑木林』に生息するサーモスは汽水域に生息しているからか、殆ど移動をしない。数も豊富で、脂がのっているのが特徴。他の地域では川から海と移動をすることからサッパリと食べられることが多い(旬だと脂がのっている)。魚体の側面は銀色で腹は白。産卵期になるとメスは黒っぽく、オスは赤みを帯びた銀色に。
餌は甲殻類や魚の切り身。
【淡水魚】
川ペルカ:日本で言うスズキ。淡水に適応した姿。
アスート:日本で言うアユ。大きさは大体15~20センチ。大きいと30センチに。
サーモスに似た雰囲気の魚で、背中は黄色味がかった黒。
若いアスートは灰緑色で、尻尾の先端が黄色みがかっている。
綺麗な水の川にしか生息しない。焼くとほのかに甘い香りがする