266話 彩りの雑木林 1
びっくりな速さで完成。びっくり。内容も、うん。びっくり。
草原で集めた薬草は、それほど多くなかった。
地図を見ながらこの辺りだろうと、街道を外れて雑木林の方へ足を向ける。
歩いている時に乗合馬車が何台か通り過ぎて行ったけれど、私たちのように歩いている人はいなかった。
リアン曰く、寒くなってくると移動時間を短縮するのが一般的らしい。
寒さに弱い植物はそろそろ元気がなくなってくる時期だな、と思いつつ周囲を見回しながら進んでいるとルヴとロボスが吠えた。
短く二回の鋭い鳴き声と尻尾が上を向いて姿勢を低くしていることから、彼らにとっての「敵」もしくは「獲物」がいることが分かる。
「何かいるんだね。リアン、気配とかある?」
「今のところは特に。恐らく、彼らにとっての近距離なんだろう。二匹で倒せるなら任せたい所だが」
どうだろうか、と呟いたリアンの言葉にかぶせるように吠え、期待とヤル気に満ちた顔で私を見上げる。
「――…わかった。ルヴ、ロボス。行ってきて。怪我はしないように。勝てないと思ったらすぐに引いてね」
私の言葉にひと吠えし、凄い勢いで雑木林の奥へ走って行ったのを見送りながら、大きく息を吐いた。
大丈夫かな、と呟くとサフルが静かに微笑みながら、二匹が消えた雑木林の奥をどこか羨ましそうに見つめて口を開く。
「ライム様。大丈夫ですよ、ルヴは『人の言葉のほとんどを理解している』若しくは『記憶する能力に優れている』とのことですし、ロボスも『人間の子供程度の知能を持っている』と共存獣ギルドの方がおっしゃっていましたから。……あの二頭は貴方の役に立つことを何よりの誉れだと思っています。貴方の共存獣であること、貴方に忠誠を誓えることが何よりの誇りで役割だと思っているからこそ、貴方の命は必ず遂行します」
「サフル……うん。ありがとう。私が信じてあげないと駄目だよね。私の大事な家族だし」
「はい」
そう言って頷いたサフルはとても複雑そうな顔をしていた。
何でだろ、と首を傾げるとリアンが困ったように笑う。
「心配しなくても、時期が来たら僕もベルもサフルをライムに譲渡するつもりだ。ただ、サフルがライムを護りながら戦えるくらいの実力をつけることがベルの条件で、僕はライムの補助ができるように実力を身に付けたら、と考えている。この条件さえクリアすればいつでも譲渡するつもりだから、頑張るんだな」
「はいっ! 懸命に励みますので、どうか今後もご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。また、御迷惑でなければウォード商会でのお手伝いもさせて頂けると嬉しいのですが」
「ああ、それは検討しておこう。繁忙期前には手伝ってもらうかもしれない」
珍しく機嫌良さそうに笑うリアンにサフルが深々と頭を下げ、私は少し心配になった。
サフルが私の奴隷になれば、一緒に家に帰れるから嬉しいけれど、無理をすると病気になることがあるから気をつけて欲しいと言えばサフルはニコニコしながら頷いてギュッと力こぶを作って見せる。
まぁ、厚着してるから見えないんだけどね。腕は。
「大丈夫です! 拾って頂いた時に比べて格段に体力がつきましたから! 今後もお役に立てるよう、頑張りますッ」
「うん。私も呆れられないように立派な主人目指してみるよ。何をしたらいいのかは分からないけど、とりあえず……ご飯頑張る」
お腹空くとヤル気でないもんね、と言えばサフルはブンブンと首を縦に振った。
歩きながら進んでいくと、秋らしい雑木林の景色に直ぐにワクワクした気持ちが沸き上がってくるから不思議。
「あ! 見て、あそこに木の実がある! あれ、美味しいんだよ! シイグリの実っていうの。似たような形の木の実は沢山あるんだけど、他の種類のはちょっと苦かったりエグみがあるんだ。けど、これは癖がなくて、炒って食べるとカリカリコリコリして美味しいんだよ。たくさん採って、帰ったらクッキー作るね」
あっちに行ってもいいか、と一応確認を取るとリアンもサフルも頷いてくれたので走っていく。片っ端から落ちている実を手に取って『違うな』と感じたものは戻す。
シイグリの木は、葉っぱが大きくて手入れされていないと陽の光が地上に射しにくくなる。
キノコが発生しやすくなるんだけど、暗い所でシイグリを見つけるのにはコツがいるのだ。
リアン達に魔石ランプをつけるように言えば少し見やすくなったようだ。
(私は特にいらないんだけどね。普通に見えるし)
シイグリを猛然と採取しているとあっという間に籠二つ分に。
でも、まだまだ落ちている。
ので! 備蓄食料が増える喜びと採取籠がいっぱいになる満足感を味わうべく、出来るだけ早く、的確に拾い続けていると呆れた様なリアンの声。
「この暗さでランプも使わず、よくその速度で拾えるな。気になったんだが、時々拾った実を捨てているのは何故だ?」
「何故って、虫が中にいるからだよ。勘だけど大体当たるから捨ててる」
「………虫」
何言ってるんだ、と言いたそうな顔と声色にムッとして唇がとんがっていくのが分かる。
もーちょっと信用しても良くない?
「そ、虫。木の実虫って呼んでる。ちょっとしたライバルだよね。自分で食べるだけなら虫がいようと何だろうと気にしなかったけど。加熱したら死ぬし。最悪、何かの栄養になるかなって食べてた。美味しくないけど」
「……そ、そうか」
「でも、今は皆で食べるから虫は要らないなーって思って。ベルもリアンもあんまり好きじゃないでしょ? 虫入りって、ちょっと木の実の味も落ちるしさ」
「私も沢山稼げるように頑張ります」
「え? いや、いいよ。サフルとかルヴ達がお腹空かないようにするのがご主人とかいう役目の仕事だろうし。雇い主がちゃんとご飯出さないとか仕事する気がなくなるじゃんか」
リアンがコッソリ「まだそういう認識なのか」とかナントカ呟いて頭抱えてたけど、知った事じゃない。それより、手を動かして。シイグリ大事。
目に見える範囲を拾ったら次の場所へ。
「待て。反対側は探さないのか」
「他の動物が食べる分は残しておかなきゃ。ただ、動物はあるだけ食べるだろうから、半分は貰う。あと、ここ以外にもシイグリの木は何本かあったんだよね。だから、まぁ……採りつくしても問題ないって言えばないけど」
四つ目の籠がいっぱいになったので立ち上がって周囲を見回すと、キノコや探している採取物がありそうな場所が見えていた。
それは広範囲が生い茂った木々の枝葉で薄暗く、この時期に生えるキノコに適した木が密集した場所。
「それよりあっちの方を探したいんだよね。いい? キノコがあると思う」
「構わないが、僕が先に歩こう。ルヴ達がいない今、索敵に一番適しているのは僕だからな。サフル、こればかりは場数を踏むことが大事だ。移動中は視野を広く感覚を広げるような感じで歩くといい。殺気や悪意に対して敏感になることも必要だから、希望するなら相応しい場所に連れていく」
「待った。ねぇ、その相応しい場所って危ない所じゃないよね? サフルもだけど、リアンも危ないんじゃないの?」
私の前を歩き始めたリアンのマントを掴むと首が締まったらしく一瞬苦しそうな声。
咄嗟に掴んじゃったので慌てて謝ったけど、怒ってはいないようだった。
「……危険ではない。相手は檻の中だからな。僕が連れて行こうと考えているのは、犯罪者奴隷だけを扱う奴隷商だ。訓練施設があるんだよ。そこに―――……君は戦えないから、連れてはいけない。不意打ちで殺されかけることもあるからな。ただ、戦闘をするというのなら不意打ちにも対応できるようにならなくては困るだろう? その為に、訓練として使用することが多いんだ」
想像の斜め上すぎる奴隷の使い方に目を瞬かせていると、他にもいくつか犯罪奴隷がする仕事についてリアンが話してくれたんだけど、聞いていくにつれて表情が強張るのが分かった。
なんというか奴隷の仕事ってチラッと聞いただけで過酷で、ただ衝撃的。
「私、犯罪者にはならないようにする」
「普通に生活していればならないさ。戦闘能力がない君が犯罪行為をするとなるとある程度限られてくるし、そう言った場合は余程の状況にならないと無理だろう。国際関係のいざこざが絡むと危ないだろうが、そもそもそういった『面倒ごと』は―――」
「絶対、請けないし触らないし聞かないもんね! よかったー!」
「いっそ清々しいな……まぁ、君らしいといえばらしいが」
王族の依頼も平気で蹴るだろう、と聞かれて何を当たり前のことを言っているのかと思った。
偉い人からの依頼は一度受けると抜けられないってことくらい、私にも分かる。
(王様やその家族がいい人だとしても、色んな偉い役職とか言うのについてる人からすると立派な警戒対象になって、あれこれ口出しされて面倒にしか感じないと思うんだよね)
報酬が良くっても、世間に認められるって言われたとしても私はとりあえず、請けたくないし請ける気もない。
「リアンも搾り取るだけ搾り取って、犯罪者に仕立て上げられたりしたら大変だからほどほどにしなきゃダメだよ」
「その辺りは抜かりないが、君は僕を何だと思ってるんだ。本当に」
「借金取りとか金貸ししてなくて良かったよね、って思ってる。国一番のえげつない金貸しになる才能はあると思うんだ」
「………満面の笑みで言い切られると、反応に困るんだが」
ブツブツ言っているリアンと共にキノコが生えていそうな一帯へ。
そこにはばっちり複数の旬のキノコがあったのでニヴェラばーちゃんの為にいくつか取り分けて、収納袋に入れてからポーチへ。作ってきたタグをかけてから仕舞うことにしたから仕分けが楽になると思うんだよね。
「キノコは大体取り終わった、かな。うん。じゃあもう少しあっち側に進んでいい? 地図によるとあっちに【山豆の木】があるって情報だったよね」
行ってみよう、ということになり移動をすると今度は日当たりのいい場所に出た。
その場所は背の高い草木が多かったのでフードを被って口布をする。
皮膚ができるだけ出ないように肌を隠して周りを見渡す。
「あ。あった。警戒するのはリアン?」
「そのつもりだが……なにかあったか」
「ううん、それならサフルに手伝って貰おうかなって。んーと、これでいいか。サフル、反対側持って、あのハートっぽい形の葉っぱがある所をぐるっと囲むように下に敷いて。もう一枚出すからそれも。ちょっと周りの草が邪魔だから刈っちゃうね」
待ってて、と言えば頷いてくれるので見つけた【山豆の木】の周りを整える。
密集して生えている山豆の木に感謝しつつ、あらかた大きな防水シーツを敷けるようになったら、それを地面に敷き詰めていく。
「よし。設置完了。じゃあ、それぞれの木を揺らすよ。このハート型の葉っぱをガサガサ揺らせば【山豆】がポロポロ落ちてくるんだ。数が多いし、こうやった方が早いもん。後で葉っぱとかは取り除かなきゃいけないけど」
行くよーと声をかけてガサガサ揺らすと熟した【山豆】が落ちていく。
ガサガサすると凄い勢いで落ちてくるので楽しくなってきた。
【山豆】は、茎の葉っぱが生えている根元にプクッと最大二つ生っていて、食べごろになると揺らすだけで落ちる。
大きな音が出るので出来るだけ短時間で、ということでこの方法を取った。
あっという間に集まったので、シーツを包む形でくるんでおく。
最後のシーツに集まった【山豆】を籠に入れて夕食分を確保し、後はトランクへ。
いくつか落ちたり、熟していないものは残っているけれどそれはそれ。
「とりあえず、あとは……群生地だね。アオ草が生えてるって言ってたのはこの辺り……ってことは、あっちかな。日当たりとか考えると」
指をさした方は雑木林の奥。
どうせ奥に進むのだからと比較的歩きやすく日が当たる場所を進む。
ルヴ達は足が速い上に、鼻がいいから移動しても私たちを見つけられるだろう。
いざって時は『呼び笛』がある。
移動中もアオ草や魔力草を採取。時々、エキセア草も見つけたのでそれらを有難く回収していくと、微かに水の匂いがし始めた。
「―――……水の匂いがするね。川があるんだ」
「水の匂い? 僕には分からないが、サフルは分かるか?」
「いえ。私にも分かりません。ですがライム様が言うのであれば間違いないかと」
水の匂いがする場所を意識しつつ、アオ草がどこに生えるか考えて進むと違和感があった。
足を止めて左右を確認。よく見るとぽっかり木が生えていない場所があった。
二人に声をかけて、走って移動。
時間は短縮したいし、なによりディルがいないからテントを建てたりポマンダーを設置したりしなくちゃいけないんだよね。
木漏れ日が射す木々の合間の開けた場所にはアオ草が生い茂っていた。
「よし、私はあっちから採取するね。リアン、見張りはサフルに任せてもらっていい? 範囲が広いから二人で採取しよう」
「分かった。サフル、頼んだぞ。僕も一応警戒はするが」
「はい」
二人の会話を聞きつつ、目の前に広がるアオ草を刈り取る。
この量と範囲の薬草採取は久々だな、と無心で狩り続ける。こっちも持っている紐で大雑把に束ねる。後で下処理をする時に十本一束にすればいい。
大体感覚で五十本一束にして広げたシーツに乗せ、山豆みたいに包んでトランクへ収納。
途中で感覚を思い出してきて効率が上がったのが分かる。
(スイスイ採取できると気持ちいいよね。選別はちょっと大変だけど、選別も無心で出来るし楽しみ)
黙々と採取を続けて、体感でいえばあっという間に採取を終わらせることができた。
積み上がった薬草の山を見てもう一枚シーツを広げ、半分に分けて収納。
「この辺りのは採取できたけど、多分種が飛んでるだろうから、辺りも少し見て回りたいな。見て回ってから、水の匂いがする方に移動したいんだけどいい?」
「採取に関しては君に一任する。僕らの能力より、君の能力の方が優れているからな。ただし、僕の前を歩くにしても腕が届く範囲にいてくれ。咄嗟に前方から何らかの攻撃が来た場合、対処の仕様がなくなる」
「うん。分かった。移動速度出来るだけ気を付けるね」
「出来るだけじゃ困るんだが、まぁ、無理なら無理でいい方法がある」
「え、なにそれ。そんなのあるなら初めから言ってよ」
勿体ぶらなくてもいいのに、と思わず零すとリアンは真面目な顔で道具入れから何かを取り出して私の目の前にホラ、とソレを差し出す。
反射的に受け取りそうになるくらい自然な動作だった。
「いや、あの………なんで、首輪?」
「離れれば首が締まるから、必要以上僕から離れないだろう。紐の長さもほど良い長さに調整してある。足首に付けるタイプの足かせや手錠は採取の妨げになるだろうから、それらを考慮すると首輪が一番無難だ」
つけ方が分からないなら僕がつけてやる、と言われたので思わずサフルの後ろに隠れた。
逃げた私を不服そうに、でも普段通りの不愛想な顔で見つめているリアン。
ベルが良く「あの眼鏡はヤバいからね」って言っていたのがちょっと分かった気がした。なんか怖い。
「く、首輪はちょっと」
「狼用ではなくきちんと人用の首輪だからそれほど窮屈という訳でもないと思うが」
「イヤだよ流石に! 首輪じゃなくて、えーと、そうだ! 手を繋ごう!それでいいよね、採取物発見したら声かけて手を離せばいいもん!」
ね?! と、念を押す様に主張するとリアンは少し不服そうな顔で首輪を道具入れへ。
というか、人用の首輪ってなんでそんなの持ってるんだろう。ちょっと怖いんだけど。
首輪がなくなったのを確認して、リアンの手をひっつかみ手早くこの場所を離れようと足を動かす。
採取をしているうちにこのやりとりは忘れちゃったんだけど、忘れた方がいい事って結構あると思うんだよね。うん。
こうして、なんとか無事に周辺に生えていたアオ草や他の薬草を回収。
満足感を味わう間もなく、私はリアンに手を引かれるような形で、水の匂いを辿り雑木林の奥へ。
何キロか歩くと景色がありがちな雑木林から、岩や小石が多くなってきた。
この頃には微かに水音も聞こえてきていて、私以外の二人は警戒を強めつつ、音を頼りに進んでいくとパッと開けた川辺に。
ほんの少し先に流れている川は中々の大きさで思わず口から感嘆の声が零れる。
到着した時間はまだ、おやつを食べているような時間だったけれど、明るいうちに拠点を決めてテントなどを設置する為、川沿いを進んでいく。
チラッと見えた川は、濁りもなくとても綺麗だったのでホッとした。
(魚、ちゃんと釣れるといいな)
ここまで読んで下さって有難うございます!出来るだけサクサク行きたいけど、どうしてもサクサクとは無縁って言う。いや、めっちゃ楽しいんですけどね!!!!ああ、たべてみたいよぉおおって言いながら書く、異世界の山菜。
=素材=
【シイグリ】
シイの木という大木になる実。大きく硬い幹と艶やかで大きな葉。葉は扇様に広がる為、地面などには陽が射しにくい。また、シイグリ(実)が熟すにはたっぷり1年かかる。熟した実が落ちると直ぐに次の実が出来る。
実自体は細長く、枝と身を繋ぐのは防止のような形で可愛らしい。加工してペンダントやコマにすると子供の遊び道具に。
に多様な見はあるが、このシイグリが一番アクが少なく、美味しい。
現代で言うドングリ。スダジイやマテバシイが参考。
【山豆】
現代で言うむかご。時期は秋。
ただし、山芋ではなく、蔦系の木として存在。地下茎は食べられない。
細い蔓を伸ばして、徐々に広がり、やがて花を咲かせる。咲かせた花は種をつけず、花が枯れた後に茎の一部が太り、コロンとした球根(ゴロ芋の小さなものに似ているが色が濃い)の塊に。この塊を「山豆」と呼んでいる。これが落ちることで、山豆の木は増えていく。
下処理は、水洗い。汚れを落としたら、水煮や炊き込みご飯などにして食べられる。また、茹でたものを油で揚げて調味しても美味しい。
水煮する時間が短時間だと、外はほくほく中は少しねっとりシャクシャク。しっかり火を通すとほくほくした食感に。




