259話 素材調合と磨き仕上げ
更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
お待ちいただいていた方、本当にありがとうございます!
………まだ、できてません(白目
パールという宝石には、色々な意味が込められているそうだ。
一つの調合釜の中を二人で覗くのも中々面白いな、と思いながら魔力を注ぐ。
継続して魔力を注ぐ事と、止めるタイミングさえ合えばいい簡単な調合。
ゆらりと微かに揺れる水面とその下にある完璧な形の【エンリの蕾】を観察しながら、魔力を注いでいく。
魔力はまず、調合釜の底へ。
それからエンリの蕾に吸い上げられるようなイメージで動かしてみる。
すると、吸収力っていうのかな? 魔力の無駄がなくなって、スムーズに素材へ伝わっていく感じがした。
感覚的ではあったけれど、手ごたえがかなりあったからリアンに魔力の流し方を説明。
静かに私の言葉を聞いていたリアンは、同じように魔力を流してみたらしく、とても驚いていた。感心しつつもブツブツと何か呟きながら一通り調合釜を覗き込んでいる姿は時々見かけるけど、最近減っていたから何だかいい気分だ。
調合釜の中で変化する輝きを見ていた私たちだったけれど、先に声を発したのはリアン。
彼はじっと調合釜の中を見つめたまま、話し始める。
「当分この流し方で様子を見るぞ。魔力量が一定量溜まると、一枚ずつ花弁部分が剥がれて浮かび上がってくるらしいな。調合釜は混ぜない方がいいと言っていたが」
「うん。混ぜると液体が動いて魔力の流れが変わるから、ムラが出ちゃうと思うんだ。完成するまでは脆いみたいだし―――……さっきの話に戻るけど、リアンがパール自体にも特別な意味があるって言ってたよね。それって装飾品に意味があるのと同じ?」
「ああ。昔から貝を開いてみるまでは、あるかどうかわからない――というギャンブル性も関係しているのだろうが、パールは特別だった。見た目も美しさもだが、貝の種類によって色味が変わるというのも、話題としてよかったのかもしれない。当時の王が採り過ぎて貝自体がいなくならないように、と真っ先に法を定めたと聞く。この王は、賢王として数百年経った今でも名前が挙がるほど、多くの善政を定めた偉人だ」
ベルやリアンは時々、多分『常識』だったり知っていても損をしない話をしてくれる。
聞いている時は楽しいし聞き入ってしまうんだけど、すべてを覚えている訳ではない。
ふんふん、と相槌を打てばリアンは苦笑しつつ「錬金術の素材としてパールは割と使うから覚えておくといい」と前置きして続きを話し始めた。
「昔から人を魅了してきたパールは今でも、社交界で幅広く取り入れられている。相場が大きく上下しない唯一の宝石と言ってもいいな。宝石として扱えない品質でも粉にして錬金術の素材にされることがある。特定の特効薬や錬金術で作る化粧品にもよく用いられているようだ」
「化粧品になるなら、ベルあたりが調べてそうだね。今度聞いてみようかなぁ。相場って言えば、新しい宝石が採掘されることで、他の宝石の値段が変わることがあるって前に聞いたけど、値段が変わらないって珍しいね」
「ああ。パールは需要が多い上に国指定の研究施設で養殖されていることもあり、価格は一定なんだ。まぁ、養殖は昔から色々な国で行われていることもあって、どの国でもある程度は安定していることもあって通常流通での価格はほぼ変わらない。商人としては非常に扱いやすいしイミテーションが作りにくいから、ハズレもない。それとパールについてだが宝石言葉というものがあって、それに照らし合わせると『健康、無垢、長寿、富、純潔、円満、完成』といった意味がある。加えて『涙の象徴』としても広く知られ、女神が涙を零したらパールになったという言い伝えも伝わっているほどだ。国葬では男女ともにパールを身に着けるのがマナーだし、結婚式などの祝い事でもパールは品位を損なわない装飾品として推奨されている」
そこまで話をしてリアンはフッと吐息混じりの笑みを落とす。
もっとも、と言葉を区切って目を細めたのが調合釜の水面に映る。
「葬儀に関しては地域差が大きい。基本的には結婚式などの祝い事やパーティーなどで身に着けることが多いから成人女性であれば一つは持っている」
「私、今まで結婚式には出たことないんだよね。見たこともないし。麓の集落では時々あったと思う。でも、家に手紙が届くの冬以外は月二回で、麓に行くのも時間がかかるから呼ばれることもなかったし。唯一経験したのは、葬儀だけど……まぁ、私のいた所の風習は、基本家族が死んだ人を送るから宝飾品の指定とかはなかったもん」
「……そう、だったな。話を少し戻すが、パールには強い守護力があるとされている。邪気を祓い、水難から身を護ってくれると言われていて、港などでは人気があるな。また、古くから家族を想って贈られることが多い宝石として、家族愛の象徴としている国もある。もし持っていないなら、早めに作った方がいいんだが」
持っているか、と聞かれて思わず笑った。
時々リアンはマナーだとか常識を教えるついでに私の持ち物の心配をしてくれるんだけど、ベルはその度に「世話の焼きすぎは嫌われるわよ」ってよく注意されてるんだよね。
うっかり思い出して、こみ上げてきた笑いをどうにか飲み込みつつ言葉を返す。
「持ってないよ。でもそういう事なら作った方が良さそうだね。ええと、首飾りとかってどうやって作るんだろ。ペンダントトップみたいなの作った方がいいのかな」
「………基本的にシンプルなものが多い。用意するのはネックレス、指輪、胸飾り又は耳飾りが基本の三点セットだな。家で代々受け継がれるものもあるというが、君はオランジェ様から引き継いだりはしていないのか?」
「元々アクセサリー類は殆どなかったよ。それにおばーちゃんの私物は全部、残された手紙の通りに分けて、私宛のものはなかったし。ま、その代わりに工房に残ってた薬とかトランクとか……そういうものを用意してくれたんだと思う。忘れてた、ってことはないと思いたいけど、おばーちゃんはもう居ないから確かめようがないんだよね」
きっとリアンはおばーちゃんの形見を見たかったんだろうと思って、口にすると即座に「違う」と言われた。なんでだ。
(話の流れだとどう考えてもおばーちゃんの遺品を見たかったとしか思えないんだけど、違うのか)
少し離れた作業台で片づけをしていたらしいベルの吹き出す音が聞こえた。
あっちはあっちで何か面白い事でもあったのかもしれない。
「そういうリアンは持ってるの? パールのネックレスとか」
「ネックレスはないが、必要なものは一応。……それと僕は贈る側になる。僕が何かの報酬や約束という形で貰うとしても、指輪か腕輪、若しくはタイピンや胸飾りだ」
「むぅ。それならミントにも持ってるか聞いてみて、持ってないならミントとお揃いの指輪作ろうかな。多分教会だと支給されないよね?」
ミントとは、お金がない時の食べものの話とかを良くしているので、懐に余裕はないと判断。私も一緒だしね。
そうなると、パール一粒からできる指輪が良さそうだなって考えているとリアンに即却下された。
「パールは婚約者や恋人……男の側から結婚申し込みの時に贈るものだ」
「え。そうなの? じゃあ、貰った側は何を返すの? 宝石? あ、代金の一部とか?」
「恋人に送った装飾品の代金の一部を請求する男がいたら、縁談を蹴って絶縁した上で周囲に広めろ。間違いなくその男はクズだ。というかどうしてそういう発想になるんだ? 普通は、返事として了承ならキス。結婚する気がないなら品物自体を突き返すだろう」
淡々と紡がれる衝撃の風習に私は思わずギョッとした。
慌てて視線は調合釜へ戻したし、なんなら注ぐ魔力も途切れさせてはいないけれど、凄く驚いたんだよね。
動揺を抑える為に、空いている方の手で回復薬を一口飲んで、一呼吸置いてから聞き返す。
「パールって宝石だよね? それを送られてキス一つで返すってぼったくりじゃない?」
「……いや、そこは普通『羨ましいね』とか『私もそういうの貰ってみたい』と言うところじゃないのか? 店に来る女性客はほぼそういう反応だったし、母さんやその友人も皆そうだったんだが」
「加工が終わったパールにあんまり興味ない」
だって調合に使えないってことでしょ?と返すとリアンからの返事が途絶えた。
色々考えてみたけれど……私の反応は間違ってないと思うんだよね。
「キスってあれでしょ? 唇を相手の唇にくっつけて液体とか空気を入れるやつの、何も入れないバージョン。何の意味があるのかは分からないけど、そういう儀式ならしかたないとして……もうちょっと男の人側も何か要求した方がいいと思うんだ。パールもピンキリだと思うけどさ」
あとでミントとベルにも確認するけど、それって嬉しいんだろうか。
そんなことを真剣に考えながら残っていた回復薬を飲み干すと背後から物凄い声。
ギョッとして振り返るとベルが仁王立ちしていた。
「ライム、アンタね……話聞いてた? パールを送るのは結婚の約束を取り付けるようなものなの! 今は結婚指輪とか宝石であることが多いけど、その後に『正式に嫁に来てほしい』っていう男側からのアプローチってわけ。つまり愛情表現。キスもそう。なによ、空気とか液体を入れないバージョンって! キスの説明じゃないでしょうどう考えても」
迫力と声量にビクッと肩が跳ねた。
慌てて調合釜を見るけど異変はないのでホッとした。リアンは無言で魔力を流し続けているから、もうこの話題に興味がなくなったのかもしれない。
結構知ってることを話して満足しちゃう事多いしね。
「えと、ち、違うの? 分かりやすいと思ったんだけどな」
「逆に分かりにくいわよ! 全く。あのね、女性側がパールを受け取るってことは『自分の生涯の伴侶は貴方だけです』っていう意思表示。自分の人生の半分を渡すようなものなんだから、高笑いしながら受け取ってもいいレベルなのよ!ぼったくりなんて……信じられないッ」
全くもうっ、とぷりぷり怒りながら工房を出て行ったベル。
残されたのは私とリアンだけで、とりあえず魔力を大人しく注ぐことに。
間もなくエンリの蕾が浮かび上がって来たから息を吐いて、回収したんだけど片づけをしながら聞いてみた。
「……えっと、それで結局リアンは何が言いたかったの?」
「もういい。とりあえず、君の情緒を育てるべきだということを嫌という程に学んだ」
なんだそれ、と言いそうになったけど納得したなら口出しは止めておこう、と綺麗に輝くエンリの蕾を見つめる。
個人的には上手に出来たと思うんだよね。魔力はたっぷり注いだし。
良い効果がついてるといいな、とワクワクしながら片づけを終わらせ、リアンと共にラクサやベルのいる部屋へ向かう。
調合釜を離れる時に凄く深くて長いため息が聞こえてきたけど、割といつもの事なので流しておいた。
◇◆◇
ラクサは細かい作業の時に掛けるという金縁の丸眼鏡をかけていた。
その上で小さなレンズのようなものを持ってじっくりパールとエンリの蕾を時間をかけて鑑定。エンリの蕾に関しては、花弁の形が整っているらしいものを四枚選んで布を敷いたトレーに並べた。
「内包物と色の出方はどれもいいんスけど、色の濃いもの、薄いもの、グラデーションになっているもの、色味の出方が通常とは逆になっているものの四つを選んだッス。オレっちは鑑定が使えないんで、どういう効果があるのかまでは分からないんスけど……こっちの色味が逆になってるのはかなり珍しいんスよね。まぁ、色に関わらずどの品質も最高なあたり、ちょっと信じられないっス」
ラクサ曰く、【エンリの蕾】を見分けるポイントとして色味というのは重要で、品質によってある程度決まっているらしいのだ。
使っていた小さなレンズをしまい込み、トレーをリアンの前へ。
無言で見つめていたリアンは自分の前にトレーが来るとすぐに手帳を取り出しサラサラと何かを書き始める。
書き上がったメモは私たち全員が見える位置に。
「色が逆転したものは品質S+で、そのほかは品質Sだ。S品質の効果は全て統一されていて【月光の護り】【成功への一歩】【小さな幸運】となっている」
「それは凄いッスね。【月光の護り】以外は割と付加されることが多いんスけど……【月光】【陽光】【星光】の光系の特性はあんまりつかないんス。S+はどういう効果がついてるんスか?」
「これには【月光の加護】【成功の閃き】【月光の力】がついていた。特性について調べたが【月光の加護】は言わずもがな【月光の護り】の上位特性にあたる。【成功への一歩】は【成功の閃き】に上位変換されている。ここまでは……まぁ、理解できるんだがこの【月光の力】がどうして引き出されたのかが分からない。元々、エンリの蕾には月光の力が宿るとはされていたが」
「ふぅん。なら、単純に魔力の影響で引き出された、でいいじゃない。全てがコレにならなかったことを考えると偶然でしょ。流石にもう一つ使って実験、って訳にはいかないし。いつでも私達が第二区間に行ける実力を身に付けられた時に実験すればいいんじゃない?」
にしても綺麗ね、と呟きながらトレーの上を見つめるベル。
確かに綺麗だと言われれば綺麗だし不思議な感じがする。
月に照らされた夜空を閉じ込めたみたいな透明度の高い青。
その横に並ぶパールを見ると、リアンが調合したものは青みを帯びているので組み合わせても綺麗だと思う。
「私も偶然できたものだと思う。これ、中央にあった花弁部分だから魔力が溜まりやすかったのかも。それはそうと、ベルが調合したパールは、少し赤っぽいんだね。リアンのは青っぽいから魔力色の影響かな。私のは、色がついたって言うか色味が濃くなった感じだし」
「ねぇ、ライム。もしよければ私と少しでいいからパールの調合をしてくれないかしら。輝き方が変わると思うのよね」
うん、と頷いて何気なくエンリの蕾が目に入る。
チラッとベルを見て、小さな違和感というか確信を感じた。
「―――そうだね、パールならいいよ。けど、ベルはエンリの蕾とは相性が合わなさそうだし、陽光の力が宿るって逸話だとかがある素材で試した方がいいものが出来そう」
「あら、そうなの?」
「パッと思い浮かんだだけで、本当に何となくだよ? ラクサは多分、金のインゴットとかそういう系統のものと相性がいいイメージ。リアンは月明りとか、そういうの。ディルは、紫とか黒とかそういう系でミントは、白や緑の系統って感じかな」
ルヴはどちらかといえば黒か青。ロボスは赤や橙色だといえば、全員がぽかんと口を開けている。それから数秒置いて、ベルやリアンに人物名と連想する色や相性の良さそうな物について聞かれた。
連想ゲームか何かかな、と答えていくとリアンは頭を抱えて、ベルは難しい顔であごに手を当てて考え込んでいる。
「……ライム。貴女、魔力に関する感知能力が高いんじゃないかしら。私やリアンは、髪や瞳に魔力色が強く反映されているけれど、あまり強く出ない人もいるでしょう? 魔力量が少ない場合や、後天的に魔力色が変わった場合がそう。教員の中にも後天的に魔力変化した人がいるのだけれど、言い当てたもの」
「元々ライムが知っていたってワケじゃないんスか? どこかで聞いたとか」
「うーん……日常会話で魔力色を聞く事ってあんまりないから、聞いてはいないと思う。図書館とかで調べものしてる時とか、他の人の話し声が聞こえちゃうこともあるけど、よくわからない噂話みたいなのが多いから覚えてないし」
そもそも、学院の図書館はあまり落ち着く場所じゃない。
嫌いではないんだけど、もう作業場所みたいになってるんだよね。工房で調べたい内容をメモして、それが書かれた本を広い図書館の中から探すのがまず大変なのだ。
本の管理をしている人もいるけど、その人達の前には大体列ができているし、話しかけにくい雰囲気なんだよね。
「噂話? なによそれ、初めて聞いたわ」
「結構ひそひそ~って話してるよ。最初は髪とか目の色とかに関する話が多かったけど、他の人の容姿だとか、先生の話とか、えーと後は何だっけ? 大雑把に言えば嫌な感じの話が多かったと思う。コウルみたいに助けてくれる人もいたけど……会えたらラッキーって感じかな」
私にとって学院は、今のところ楽しいとは思えない場所だ。
用事がないと出来るだけ近づきたくないし、面倒なイメージしかない。
「まぁ、ちょっとした特技程度に考えておくよ。便利といえば便利だし。それより、これからどうするの?」
材料は全部揃ったと思うけど、と言えばラクサは、そういえばそうだというように次の作業工程について話を始める。
目の前に置かれたのは自分たちで作った土台。
「これが焼き上がったものッスね。パッと見、大きなヒビ割れもないンで使い物になると思うッス。いやぁ、初めて作ったものだとは思えない出来ッスよね」
つん、と自分で作った品に触れ、完全に冷えているのを確認したラクサがニッと笑った。
ラクサはまず分かりやすいように並べられた道具の内一つ、金属でできた細かい所を磨けるブラシを手にした。
「んじゃ、ココからお手本ッス。まず、銀粘土についてッスね。熱することで魔力を帯びた金属同士が結合して、それ以外の不純物は外へ弾き出されるンで、それを削り落とすっていう工程が必要になるッス」
「え、この白い粘土の所だけ剥がれるってこと?」
「そうッスよ。見ててください、こんな感じで……―――ね?」
ラクサの手には、白い粘土で作られた胸飾りがあった。
それにブラシを当てて何度か擦ると白く細かい粉のようなものがハラハラと落ちて、赤みを帯びた不思議な輝きを持つ銀が現れる。
「うお。めっちゃ綺麗ッスね!? こんな色味の銀、中々お目にかかれないッスよ」
露わになった金属部分を見て急に元気になったラクサに驚きつつ、私達も自分の作ったものを磨いてみる。
力を込めすぎないように、様子を見ながらブラシを動かしていくと少しずつ金属特有の輝きが見えてきて、思わず力が入りそうになる。
「わ、凄い! ちゃんと紫っぽい銀色だ! リアンはどう?」
「僕のもしっかり青みを帯びてる。こうしてみると不思議な色合いだな」
「でも、程よい色味よね。濃すぎると服にも馴染まなくて浮いてしまうでしょうし。自分で調合したっていう贔屓もあるでしょうけど、パールを置くのが楽しみになるわ」
ラクサが無言、というかひたすらブラシを動かしているので私たちもブラシを持ち直して、しっかりと削っていく。
最後に削り残しがないかラクサに確認して貰って、次の工程へ。
「次は磨きの作業ッスね。まずは、粗目のヤスリで磨いていくッス。この時しっかり魔力を込めて磨かないと磨けないンで気を付けるッスよ。第一段階で削るのは指の跡や小さな傷ッスね。あと、形を整えるっていう意味もあるッス。粗方磨いたら徐々に目が細かいのに変えて磨くんスけど、オレっちが磨き残しがないかチェックしてから次の工程に移る様にしてもいいッスかね? 半端にやると綺麗に仕上がらないンで」
「うん、むしろお願いするつもりだった。素人の視点だとどうしてもわからない事ってあるし、どこを見て判断するのかイマイチで」
「そういってくれると助かるッス。じゃ、頑張って磨くッスよ~」
ラクサの説明通り、この後はただひたすら磨いた。
磨いても磨いても出てくる磨き残しとの戦いだったけど、しっかり磨くと綺麗になるのが分かるのでやりがいもある。
ラクサのチェックを受けて、最終段階の磨きまで到達したころには腕に疲労が蓄積して色々としんどくなっていた。
「よし、三人とも完璧ッス!んじゃ、ラストの工程。魔力保護クリームをつけて綺麗に磨き上げて下さいッス。やり方は、まず、極小刷毛でクリームを塗って、塗ったクリームを塗り込むように魔力を込めながら磨くッス。この工程をすることで強度が増して、ちょっとやそっとじゃ傷つかなくなるッス。彫金より脆い、と一般的に言われている銀粘土を長く保つために考えられたクリームなんスけど、割と色んなものに使えるンで汎用性はあるッスよ。使い方をここで覚えとくと楽になるッス」
金策にするならなお、美しい装飾品に仕上げることが重要で、美しいものには高値を付けても売れるのだとラクサは言う。
ほんの少しだけ、集落に行く前とは考え方が変わったんだと思う。
あの時は注目されないと売れない、みたいな感じのことを多く言っていたから。
ラクサの指示通り、クリームを塗って磨いているとリアンがそういえば、と口を開いた。
「今更だが、魔力保護クリームと言えば確か、結構な高額商品だった筈だが」
「心配無用ッス!おやっさんから、たくさん貰ったンで。オレっちってば師匠に恵まれたッスよねぇ」
有難い事っス、としみじみ呟きながら愛おしそうに、誇らしそうにあっという間に磨き終わった一級品の土台を並べていく。
疲れと充実感、満足感を味わっている私たちにラクサはコトッと小さな瓶を置いた。
「あと一息で完成ッスよ。で、ココが一番楽しい所でもあるンで。パールやエンリの蕾を置く場所は決まってると思うんスけど、微妙な色味や大きさ、形で印象が変わることもあるッス。あ、リアンは鑑定しながら置いてみるのもいいと思うッス」
「なるほど。そういう事なら『これで決めたい』と思ったら僕に見せてくれれば鑑定しよう。効果が一番高い組み合わせの方がいいだろう?」
「そうだね。リアンが大丈夫なら見て欲しいかな。ベルは?」
「私は一番いいと思う組み合わせで作るから要らないわ。ああ、でも出来上がったものの性能は教えて欲しいの。社交の場で主に使うつもりだけれど、社交場だろうと襲撃や暗殺の危険がないとは言えないし……他国に行くとなると余計ね」
ベルの言葉に思わず「他国?」と復唱してしまった私に、そう言えば言っていなかったわねというようにベルが口を開いた。
「冬季休学にあたる時期に、他国の社交に出なくちゃいけないのよ。赤の大国と青の大国、後は当主の意向になるのだけれど」
「ってことは、ベルと暫く会えないの!?」
「暫くって……まぁ、そうね。二か月くらいかしら。出来るだけ早く戻るし国境近くでの社交になるけれど、移動時間を考慮すると冬季休学期間はほぼいないわ」
「え」
思わず口と目を開いて固まる私を見て、ベルも同じように驚いていた。
冬には冬しか採れない素材を取りに行きたいなーって考えていた私には、衝撃的というか予想もしていなかったので頭が真っ白に。
自分じゃ分からなかったけど、あまりにひどい顔をしていたのかもしれない。
凄くベルに心配された。
ここまで読んで下さって感謝です!
とりあえず、新しい要素というかお話しについては次話。
ジワジワがんばるぞー!と思っていたら……話数が、わ、話数が……!!!