253話 学ぶべきことを学ぶための
遅くなりました―――!!!ねっむぅううういいい……
※加筆修正してます。side???が追加。
リンカの森から首都モルダスの検問所に到着した時には、太陽はかなり傾いていた。
夕陽に照らされた大きな門の前には長蛇の列ができている。
並んでいるのは依頼帰りや他の街から徒歩でやってきた冒険者、乗合馬車から降りてきた人たちや貴族所有の馬車から外の様子を窺う貴族、中には見慣れない服装の一団なんかがいて賑やかだ。
そんな彼らの横を通り抜けていくのは学院の生徒。
実は、国立の教育機関ということで国王と勉強とかなんかそういう部門の偉い人が話をして『ブローチ・腕輪・スカーフ』を見せるとそのまま通り抜けられるように特別な措置を取ってくれたらしい。この情報元はリンカの森を抜けた所に立っている教員だから間違いなし。
「身分証代わりのアイテムは見やすいようにしておいた方がいいよね。この後学院にも行かなきゃいけないし」
「だな。受付する側からしても、見やすいように配慮してくれた方が助かる。たまに、疑り深い人もいてさ……そういう相手には一から十まで『どうしてこれを確認するのか』って説明することもあるんだぜ」
「僕らは一度、寮に戻って荷物を置いたり友人と情報共有したりしてから、アトリエに向かおうと考えているのですが……夜に伺っても大丈夫でしょうか」
「構わないわ。今後についての話ってことで外出届けを出して、部屋は余っているから泊っていったらどうかしら」
そういって肩をすくめたベルに全員が驚いた顔を向ける。
ベルはほんの少し意外そうな表情を浮かべてからため息交じりで話す。
「勿論私の部屋に警備用結界は張るけど、それも外聞の為で信用していない訳じゃないわ。私に害をなさないことくらいわかっているもの。それに、なんだかんだで野営は疲れるし、周囲にどんな敵がいるのか分からない状態だったのよ? そんな状態で寮に帰ってみなさいな。落ち着かないに決まってるじゃないの―――…一人部屋だったり三人同じ部屋だって言うなら話は別だろうけど、違うんでしょう?」
「……言われてみると確かに。俺は寮だと落ち着かないから、三人が良ければ宿泊させて貰えないだろうか」
「構わないが、部屋が少し狭くなっているが平気か? いくつか物が置いてあるんだが」
リアンがそう言ったことで思い出した。
家にあったベッドも持ってきたんだよね。寝具付きで。
「それなら、一時的に在庫をトランクに入れておく?」
「あら、それはいいわね。じゃあ、帰ったら仕舞いましょうか。ずっと持ち歩くのは気持ち的に落ち着かないでしょうから、明後日にでも同じ状態に戻せばいいだけだし」
「だね。ってことで、場所はどうにかなるよ」
「そういうことなら構わない。物置部屋を作ろうか迷っていたが、少し考えるか」
賑やかな検問所前とはいえ誰に聞かれるか分からないからと、ディルが周囲に話し声が極端に聞き取りにくくなるっていう魔術をかけてくれたおかげで、ベルは口元を扇子で隠して話し始める。
口元の動きで話してることが分かる人もいるらしい。
「じゃあ俺はライムと一緒に寝る。一部屋に男四人は苦痛だ。是非、昔みたいに寝よう」
「却下だ」
「却下ね」
いいことを思いついた!みたいな顔をしたディルに真っ先に意見を口にしたのはリアンとベルの二人。
ベルやリアンが反対したのは多分、ディルが貴族だからだろうなと判断して出来るだけ穏やかに断ろうと思った。
ベルやディルを見てきて、今回の演習でなんとなくだけど『他の人からどう見られるのか』をすごく気にしなきゃいけないってことが分かったからね。
まぁ、分かったって言っても本当に理解していなきゃいけない事の半分も分かってないんだろうなぁとは思うけど。
「昔は私の方が大きかったしお互い小さかったからベッドに収まったけど、今のディルは大きすぎて無理だよ。はみ出るもん」
物理的にディルが一緒に寝るのは無理だ。でっかいんだよね、かなり。
列が進んだので、行こう、と周りから見えないようにそっとマントを引くと嬉しそうについてきた。ディルは悔しそうな顔のままボソッと一言。
「……じゃあ、俺は床で寝るから」
「床は体が痛くなるからダメ。おばーちゃん、床で寝るなら土の上で寝た方がいいって言ってたでしょ」
覚えてないの、と言えば不貞腐れたような顔で「そうだった」と呟く。
ディルの横を歩いていたレイがへぇ、と何故か感心したように私たちの会話を聞いているのが見えた。
「………わかった。じゃあ、子供の姿になれるような魔術がないか調べておく」
「ディルならできるだろうけど、子供の姿になったら戦いにくいし、一緒に採取しに行こーって言いにくいからちょっと」
「………野営の時は隣で寝ても?」
「あ、それならいいよ」
「わかった。今日は我慢する。家に報告をしなくてはいけないから、後日行ってもいいか?出来上がったアイテムを買いたいし、作るアイテムがどういうものなのかだけでも聞きたいし、ライムの飯を食い逃すのは嫌だ」
あ、これが本音だなと思ったけど頷いておく。
すっごく嫌そうだったんだよね、家に報告しなきゃ~って話してる時に凄く顔を顰めていたし。大きくなってからは、大人っぽくなって別人みたいだなぁと思っていたんだけど、いい意味で違ったらしい。
ある程度話がまとまったので被っていたフードをグッと下に下げる。
チラチラと視線を向けてくるのは学院の生徒たち。
彼らがどうして私を見ているのかっていうのは大体、想像できる。
単純に目立つんだよね。
一人だけフードが被っているっていうのもあるだろうけど、私の周りにいる皆が注目されているのが一番の理由だと思う。
(ベルやディルは顔を隠さないで『学院の生徒』だって周りに知らせた方が家の為にもなるって言ってたし、エル達も将来騎士になった時のことを考えると顔は覚えて貰った方がいい……リアンは商売の関係で顔出した方が、サフルは『奴隷』だって分かるようにしておかなきゃいけないって理由があるから仕方ないんだけど)
こうやって考えると私の周りには、凄い才能を持った人だったり、周りに注目される人が多いなぁと思いながら歩く。
単純に私達、学院に通ってないから同期生の知り合いが少ないのも珍しがられる原因なんだろうけどね。
(あんまり、行きたい場所じゃないしなぁ……授業はワート先生とか面白いやつは面白いけど、もう調合出来るやつの話ばっかりだとちょっと飽きるし)
今回の演習が終わったらまた何か変わるんだろうか、なんて考えているとあっという間に私たちの番になった。
エル達の知り合いで、私達の工房に買い物をしに来たことがある騎士が担当してくれたので和やかに通過。
無事に帰ってきたことを喜んでもらえるのは嬉しいよね、と話しながら学院に向かう。
学院に戻る前に商店街で食事なんかを済ませる生徒も多いらしく、行き先が二手に綺麗に分かれる。
「全員が一斉に学院に向かわなくてよかったよね」
「本当よね。とりあえず、さっさと報告してしまいましょう。と言っても、いろいろと『拾ったもの』があるから別室に通されるでしょうけれど」
他の人が身に着けていたブローチや腕輪といったアイテムのことを指しているのは分かったので、頷いた。
何を聞かれるのかな、とか少し心配しながら学院の入口に設置された報告窓口へ向かう。
まぁ、窓口って言っても授業で使う一人用の椅子と机を等間隔に置いて、そこに教員がいるだけの簡易窓口だ。
「提出手続きは私がやってくるわ。リーダーが報告を済ませるみたいだから」
ただ、と声をそっと潜めて「近くにいて。ココじゃなくて奥にあるテントに案内される筈だから」と囁く。
第二区間にいた駐在騎士や森の入口にいた学院関係者から、報告の流れが少し変わるということを聞いていたので大人しく頷く。
たっぷり三十分かかってベルの番になり、その後すぐに手招きされたのでパーティーを組んだ全員で移動。
案内されたのは簡易窓口の奥、学院正門のすぐ傍に立てられたテントの中だった。
テントは二つあって、右側のテントへ行くように指示を受ける。
ベルとディルがほぼ並んで歩いて、その後リアンと私。エル達は一番後ろだけど、これは貴族二人からの指示だ。
テントに入る前にベルとディルが名乗るとカーテンが開けられた。
「よぉ。何だか大変なことに巻き込まれてるな。とりあえず、中に入れ」
疲れた顔をしているものの普段通りに話しかけてきたのはワート先生だ。
ギョッとしていると先生の後ろに会った事のある先生が座っていた。
「あっ。フラックス先生だ」
「ライム、知っているのか? 召喚科の教員なんだが」
驚いたように振り返ったディルに「魔力色の精密判定をして貰った」と伝えると納得していた。全員がテントに入るとワート先生が防音結界と警備結界を同時に張った。
それからは全員、座るようにと場違いなソファを薦められて恐る恐る腰を下ろす。
「そう緊張しなくてもいいさ。騎士団から連絡は入っているしな」
「ワート教授。それより先に言うことがあるでしょう。すまないね、君たち。よく無事で戻ってきてくれた――……あの状況で生き残れる一年生はそう多くない」
フラックス先生がそう告げた瞬間、何とも言えない表情を浮かべた自覚があった。
運が悪いだけなら「災難だった」って言えるけれどそうじゃない事は私達が一番よく分かっているから。
「気になっているかもしれないから先に話すが、まぁ他言無用で頼む。今回、警備結界を使った者と『安全布』を落ち着いて使用できた生徒は無事に生還したと連絡が来たが、三分の二が死傷。その殆どが貴族騎士と錬金科の学院生だった。怪しいと思う生徒数名をよく観察する様に密偵部隊にも伝えてあったからそちらの情報と今回、お前たちが助けた有力な手掛かりを持っている生存者の証言を踏まえてしっかりと対処することになっている」
被害の多さは、何となく分かっていた。
実行した人にはその人なりの理由があったんだとは思うけれど、どうせやるなら直接攻撃すればいいのになって考えるのは私が単純すぎるのかもしれない。
「処分についてですが、最短でも全ての生徒が演習を終わらせてからと考えても宜しいでしょうか。今回の行事がなかったことになる、という可能性はないとは思いますが」
「ああ。それは勿論だ。その為の『魔力契約』だからな。貴族の連中も後で口を挟めないように考えられている―――…何せ、緑の大国・トライグルは定期的に『貴族判定』が行われる。これは王自らが判断する上に誤魔化しが効かないんだ。他国に比べて質の悪い貴族が少ないのはこの影響も大きい。貴族は恩恵も大きいが倫理に背いた際の罰則がどの国よりも厳しいからな。勿論、ドロドロとした家督争いやら何やらがない訳ではないが、そういった間違いは『子供』のうちに思い知ることができるようになっている」
ベルやディル、そしてレイは貴族だから当然というような顔をしていて、リアンも涼しい顔なので知ってはいるのだろう。少し驚いているのは私やエル、イオ、そしてサフルの四人だけだ。
イオは少し事情を知ってはいるみたいだけど、こういう内部中の内部!みたいなことは初めて聞いたんだと思う。
私なんか想像もしてなかった。
「お前らはまた少々特殊だが、レイ。君はかなり特異で―――ある意味、正しい存在と言ってもいい。貴族籍を外れて初めて見えるものもある。君はその方が生きやすいようで何よりだ」
そういって笑うワート先生の声は温かく、心からの安堵と微かな尊敬のようなものが伝わってきて言われた本人が目を丸くしている。
その表情を見て、いやぁ、と照れ臭そうにくしゃりと先生は笑った。
「俺は、庶民から貴族になった口でね。利点は貴族の方があると思っていたが、実際になってみると五分五分ってところだった。得たものも多いが失ったものも多い―――……運が良かったのは、俺を拾った貴族が『理解者』だったことだ。騎士科の面々もだが、俺の担当する工房生三人組は今まで見てきた中でも一押しだ。精々仲良くしてやってくれ。君の盾の才は、素晴らしいと聞いている」
「は、はい。光栄です。慢心せず鍛練を積みより多くの仲間と大事な物を守れるように、取りこぼさぬよう生涯修練し続ける所存です」
「お、おう。まぁ、なんだ……力抜くところは抜いておくといい。見てみろ、ライム達を。どこに行っても『そのまま』だぞ」
「……褒めてますの、それ」
「褒められてるんじゃない? 分かんないけど」
「そんなことより、ワート教授。アイテムについてですが提出したものが複数だった場合、評価はどのようになりますか? 一番いいものが評価されるのか提出した数や品質を見るのか……それによって多少作るものが変わるのですが」
シレッとそんなことを口にしたリアンにフラックス先生が噴出した。
ハハッと笑いながら心底楽しいというように口を開く。
「いや、失礼。今年の錬金科は問題と期待が入り乱れてとても楽しいことになっているようだ。リアン・ウォード殿、その質問には私が答えよう。召喚科にとっても『アイテムの出来』は成績に影響があるからね」
そうだろう、とディルを見る先生はとても楽しそうで鼻歌でも歌いだしそうなほどに機嫌よく言葉を紡いだ。
キラリと赤みの強い橙色の瞳が爛々と輝いていて、目が逸らせなくなる。
「まず、騎士科以外は『一番の成果』が何かを見極める。最終的に『どの程度の力があるのか』を判断する為に行われている授業だからね。錬金科では最終的に提出した『最も価値のあるアイテムの出来』に実習での動きが加点されていく。召喚科は『契約したモンスターや魔物』もしくは『召喚素材の入手』が採点基準だが、それと同じくらいに重要視されるのは『有益な人物の見極めとコネクションづくり』だ。一年次に契約できる召喚獣はディルクス・フォゲット・ミーノットのように多くはないし、強くもない。肝になるのは『召喚素材』さ。これに気付けるかどうかも評価に繋がるから――――……ミーノット家の次期当主は相当優秀なようだ」
今日はいいワインが飲めそうだよ、と告げる先生にディルは無言を貫いている。
当り前のことを言われた、というような態度に先生は何度か頷いてエル達へ視線を向けた。
「騎士科についてだが……こちらはもっとわかりやすい。討伐した魔物の種類や強さ、どのように倒したかなど『事実』に基づいた判断を下す。元々聞いている評価方法を分かりやすく簡潔に言えばこういう感じだね。ただ、ココに大きく関わるのが『資質』という演習や実習ならではの評価基準だ。こういう仲間との連携、用意したアイテムや正しく使いどころや効果を十分に理解しているか、失敗した際のリカバリー能力、生き残る為の判断ができるかどうか、といった旅をする時に他者の足を引っ張らないような能力を有しているのかが重要になってくる―――何故か、分かるかい」
ばっちり目が合っていたので思わず肩が跳ねて、人差し指で自分を指さすと先生はニコニコしながら頷いた。
授業みたいだ、とドキドキしながらパッと思い浮かんだことをそのまま口にした。
「えっと、色んな所に採取に行った時に面倒ごとを起こさないように、とか……ですか?護衛の人と上手くやらないと死んじゃうし、別の国で問題起こしたら大変だろうし、冒険者の人達に嫌われたら生活しにくいし……生きて帰れないと調合も出来ないし。だから、今のうちに練習してね!みたいな」
私の答えに彼女は大きく頷いて、そういう事だと続ける。
どの学科でも、どんな人間でも、外に出れば命を落とす危険があって、それはモンスターや魔物だけじゃなく、人とのトラブルや犯罪被害に逢うかもしれないという危険性を身をもって知ってもらう為にどの学科でも『実習』や『演習』を組んでいるのだという。
「厳しいかもしれないが、自分で調べて準備ができない、情報を集められない―――…貴族であれば『情報が集まってこない』ようなら今のうちに駆逐しておくべきだという事だ。命の価値は立場によって変わることがあるが、結局、モンスターや魔物、盗賊といった自分を害するものに対処する能力を持たなければただの餌になる。これに身分は関係ない。貴族が自分の身を守れるように訓練するのは、この世界には敵が多いからだ。誰を信じるのかは自由だが、若いうちに様々な経験をして『死なないように』工夫をするのは大事だと思っているんだよ……王や貴族、騎士の上層部や冒険者ギルド上層部も皆、ね。こういった制度は、国の為にもなる―――…一定水準の倫理観を有している、というのは他国にとっても付き合いやすいんだ。我が国と敵対する国が少ないのはそういう事情も絡んでる。市井レベルで好感度が高いんだよ。勿論、例外がいる事は皆分かっているが、信用と信頼は時として金で買えないんだ」
大事にしなさい、と告げてトンっとテーブルの上に置かれた木のトレーに人差し指を置いた。
先生の言葉を聞いて、ちらっとワート先生を見ると彼も頷いていて、とりあえず、何を置けばいいんだろうと周囲を見る。
痛いほど静まり返り、衣擦れの音すら聞こえないような静寂と緊張感の中でポツリと、ほんの少し震える声でベルが言った。
「―――……ライム。拾った身分証なんかを全て置いてくれるかしら」
「あ、うん。分かった」
足を踏み出すけれど特に何も感じなくてポーチから回収した遺留品を出しては置く、を繰り返した。ちょっと後方からエルらしき声で「まじかよ」という驚愕に満ちた声が聞こえたけど、聞けるような雰囲気でもないので出来るだけ急いでアイテムを置いていく。
全て提出し終わった所で一歩後退ってから先生たちの顔を見る。
「これで全部です。出来る限り拾っては来たんですけど、丁寧に拾ってると時間が無くなって採取とか出来なさそうだったので本当に目につく範囲だけです」
「…ッ、あ、ああ、いや。十分だ。一緒に出してもらった私物に関しても家族に遺品として渡すから安心してくれ。最後にこの書類にサインをして、外での作業が終わったことの証明とする。悪いが全員同じ紙にサインを」
「はーい。ベル、私先に書いちゃっていい?」
「え、ええ」
ベルの様子も少し変だったけど、まぁいいかとワート先生の前に移動して、指示された場所に名前を書いた。
よし、と言いつつサフルの名前はいるのかどうか確認して元の場所へ戻る。
ぞろぞろと順番に書いていくのを見ながら、何を調合しようかなぁーなんて考えた。
道中、というか戻ってくるときに色々聞いたけど同じ話はコウルが証言としてするだろうから、戻ってから『お疲れ様』会をして軽く調合してから休むだけだ。
作るものについては色々考えなきゃいけないこともあるから、時間がしっかりとれる明日になるだろう。
先生たちに『協力感謝する』って言われてちょっと誇らしい気持ちになりながらテントを出ると、全員から凄い顔で見られた。
「うわ、びっくりした。えーっと……どうしたの?」
「どうしたの?じゃないわよッ……! あんた、あの殺気の中を顔色一つ変えずに歩けるってどういうことなの?!」
「殺気? そんなのあった? ちょっとピリピリしてるかなーとは空気感で何となく感じたけど、私達に殺気を向ける意味がちょっと分からないし……多分、気のせいなんじゃない? ほら、忙しくてちょっと不機嫌になってたとか」
「エル、イオ、レイ。わかるか、これが『ライム』だ。今後とも護衛に力を入れて欲しい」
「おう。すげー理解したわ。今以上に努力しねーといけないんだな……色んな意味で」
そういう事だ、と頷くリアンとエルのやり取りを聞かなかったことにして大きく伸びをする。
やっぱり、知っている場所に戻って来たって分かると、ついグーッと伸びをしたくなるよね。帰ってからもうひと仕事があるけど、何もなかった実習を祝うために作るものについてあれこれ算段をつけていく。
最終的には何が食べたいかの論争になって、懲りないなぁと思ったのはもう何回目だろう。
◇◆◇
side???
生徒たちの後ろ姿を見送って、気配が消えた頃にクレソン・ワートと名乗る男は深く息を吐いた。
手早く防音結界を張り、じろりと隣で素知らぬ顔をしている同僚を見た。
容姿端麗で実力も兼ね備えてはいるが「やはり性格がな」と頭を掻きつつ、一応言わなくてはいけない事を口にする。
「アンゼリカ教授、殺気を生徒に飛ばした意図は」
「ん? ああ、人間観察だよ。反応を見ていたんだけれど、オランジェ様の孫は話に聞いていたように少し規格外みたいだね。周囲の仲間たちの反応を見ると護衛を雇うように進言する必要はないとは思うけれど……貴族関係のいざこざからは遠ざける方が良さそうだ」
普段通りの声色と態度ではあったが、クレソン・ワートは正しく裏の意味も理解した。
そして何とも言い難い表情で腕を組む。
「遠ざける、といってもな……関わらない、というのはかなり難しいだろう。なにせ、成果をあげすぎている」
「それは勿論。国も貴族籍を持たない召喚師や錬金術師を増やしたいと考えているようだが、彼女みたいな『代表格』になれる人間は大事にした方がいい。ただ、優遇するわけではなく気に掛ける程度が望ましいだろうけれど、ね……もう少し貴族関係の話をしておいた方がいいだろうな、クレソン教授」
この発言を受けてクレソン・ワートは「あー」という声と共に空を見上げた。
『アトリエ・ノートル』の生徒たちの様子は基本的に担当である自身が受けることになっているが、その報告に色んな意味で一喜一憂していることを学科が違うがよく飲み会をしているアンゼリカは知っている。
「騎士科にいるアイツにもある程度話をしておいた。今度飲むぞ。召喚科はともかく、錬金科以上に騎士科はかなり揉めているそうだからな……書類を届けに来た時に『酒を飲む暇もないんだ』と草臥れきっていて思わず笑ってしまったよ」
「……あー、そうだな。この一件が終わったら飲むか。うまい酒を頼む。それと、あとで俺の研究室に寄っていけ。この間、アイツらが錬金術で作った『センベイ』っていう食い物があるんだが、一度食うと止まらなくなるやつが、一枚だけ残してある」
「それは興味深い。食べて美味しかったら殺気をぶつけた詫びも兼ねて買ってみるか。召喚科はミーノット家の次期当主が入れ込んでいるだけあって、手出しはしないようにしているようだ。賢明な判断というべきかもしれないが」
クツクツと楽しそうに笑う姿に呆れを隠しもせずに一瞥したクレソン・ワートは、並べられた犠牲者の腕輪やブローチなどを眺めた。
決して少なくない数のそれらを見て口の端を釣り上げる。
それに気づいたらしいアンゼリカは逆に表情を消した。
「一定数いるが、質が悪くなったものだな。騎士家系の『選定』がされるということは『死』を意味するというのに暢気なものだ」
「次は錬金家系の選定だって話もあるからな。全く、子が子なら親も親だな」
そう言うや否や、提出された道具を袋へ入れてクレソン・ワートは防音結界を解除する。
道具入りの袋を持って立ち上がりテントの外へ出て、近くにいた補助員へアイテムを渡して戻るとアンゼリカはペンを動かし書類の作成に取り掛かっていた。
完全アウトで遅刻ですw
うう、学校関係のはまだまだ続きますー。
いつも読んで下さって有難うございます!
たぶん、これ読み直しておかしなところがあれば修正します、ハイ。ねむくて……あたまがwまわってないwwww