23話 まずは相手を知りましょう、気は進まないけど
少しずつ雰囲気がよく、というかまともになっていきます。
主人公ですが好き嫌いはもちろんありますし、いい子ちゃんなタイプではありません。
ワート先生が話していた資料とやらを探していると、丁度十四刻の鐘が鳴った。
そういえば待ち合わせの時間だと気づいた私は仕方なく話し合いをするであろう、作業スペースのソファへ腰掛ける。
丁度、斜め右前にリアン・ウォードがいるけれど気にしたら負けなような気がして、手持ち無沙汰なのを解消する意味も兼ねてレシピ帳を開いてみた。
「(うーん…やっぱり調合できるのは調和薬が三種類と浸水液、薬効油くらいかぁ。素材的に見ると薬効油は無理だから実質二つ)難易度で言えば調和薬のみだよね、今のところ」
多分、調和薬と浸水液が作れるようになれば初期回復薬として知られる初級ポーションとアルミス軟膏が作れるようになる。
あ、魔力草もあったから初級魔力回復ポーションも作れる…って難易度上がるから無理か。
「目標としては…やっぱり売り物になるもの、だよね」
そうとなれば回復薬系が無難だろう。
素材も揃ってるし、早い段階でここまで作れるようになればいいんだけど…というかならないとまずい。
幸い作り方はおばーちゃんに教えてもらっているから、あとは魔力の注ぎ方が問題なんだよね。
どうしたものか、と悩んだところで結局数をこなしてコツを掴む以外の解決策がないので後で適当に大量の井戸水を汲んできてありったけのアオ草で調和薬を作ろうと決めた。
お店に出せる最低品質じゃなくてせめて通常品質Cが作れるようになったら良しとしよう。
密かに目標を定めたところで漸く工房の外で馬車が停まる音が聞こえてきた。
「約束の時間過ぎてから来るとか…ほんと貴族って…」
はぁ、とため息を付く私にリアン・ウォードは相変わらず何も言わず手に持っていた本を閉じる。
私も取り敢えず持っていた手帳を閉じた所で工房のドアが開き、慌てた様子一つない最後の工房生が作業スペースにいる私たちに気づいた。
「あら、もう待っていらっしゃったの」
「約束の時間は十四刻だった筈です。僕たちが相手だったからいいものの、これがお客様であったら信用に関わってきますので今後気をつけてください」
「そういえばそうだったわね。まぁいいわ、それより早く話し合いをしてしまいましょう―――リアンだったかしら?貴方が話をまとめて頂戴」
遅れてきたことに謝罪もしない彼女に、わかってはいたものの自分の機嫌が悪くなっていくのがわかる。
(あーもーコレだから貴族って嫌なんだよね。絶対謝らないし…まぁ、リアン・ウォードが貴族に注意したのには驚いたけど)
特に口を挟まず、言いたいことができるまで大人しくしていることにした私は一人用のソファに座るお嬢様と静かに羊皮紙とペン、インクをテーブルに置いたリアン・ウォードを見る。
お嬢様の名前ってなんだっけ、なんて考えながらどうやって話を進めるんだろうかとちょっと興味を惹かれていると嫌味メガネと目があった。
「あまり気は進まないですが、まずは自己紹介から始めるべきでしょうね。商談でもある程度自分の身の上話をして信頼を得るのは常套句ですし今後、よほどのことがない限り三年間この工房の共同経営者となることは決まっていますから……――――まず先に確認しておきたいのですが身分についてはどうお考えですか?」
チラリと彼が真っ先に視線を向けたのは、やっぱり貴族のお嬢様だった。
彼女は暇そうに自分の赤髪を指に絡めていたがすぐに口を開く。
「そう、ね…ここには私たち三人以外いない、というのは間違いないわね?」
「はい。僕の実家の者もまだ荷物の搬入や下見には来ていませんから、この工房にいるのは間違いなく僕たち三名だけということになりますね」
何故か、二人はそんな会話をはじめる。
私としてはもっと、こう、淡々と規則やなんかを決めるものだと思っていたから驚いて言葉もない。
え、と二人を交互に見つめていると突然、お嬢様は小さく息を吐いてじろりとリアンを睨めつけた。
「貴方…リアンといったかしら?その薄ら寒い上っ面だけの話し方をやめてくださらない?嫌でも三年この工房で生活をしなければならないのに、煩わしいことこの上ないわ」
「おや、流石にお気づきになられましたか。てっきり気がつかないかと思っていたのですが――――…まぁ、いい。許可も得たことだし、とっとと話を進めるぞ」
お嬢様の一言で微笑を浮かべていた彼はあっさりと標準装備らしい無愛想な無表情へ切り替える。
私には無表情しか見せてなかったから気づかなかったけど、一応対貴族用の微笑だったらしい。
口調もぞんざいな物言いに変化したけど視線の温度の冷たさは変わらない。
なんというか、見下されてる感がたっぷりでいい印象に変わる…なんてことはない。
「まずこれが今回実施されている工房制度での規則だ。主に貴族に対する禁止事項ばかりだな。目を通しておいてくれ、定期的にというか違反すると僕の成績にも響くようだからな」
ほら、と唯一の貴族であるお嬢様の前に資料がバサリと置かれた。
結構な量の羊皮紙が束ねられているので結構な項目があるんだろうなぁ、と眺めていると彼女も嫌そうに顔を顰める。
貴族用ってことだから私はあんまり関係なさそうだし、別に見なくてもいいかな。
うん、そうしよう!ぶっちゃけ、錬金術以外の本って読む気にならないんだよね。
「それから、一応、必要ないとは思うが君も目を通しておくように」
「………えー」
「万が一にも君が違反者になった場合、迷惑を被るのは僕だからな」
「はいはい、わっかりましたよーだ!」
べーっと思いっきりリアン・ウォードに舌を出してから、机に肘を乗せる。
一応話は聞くけど、積極的に話をする気がなくなったのは言うまでもない。
ガランとしたまだ物が少ない工房内はどこか寂しくて、おばーちゃんのいた工房とはまるで違うな、なんて当たり前のことを考えているとリアン・ウォードが口を開いた。
「まず、生活上の取り決めについて決めていく。工房の経営については商品になるようなものを作れるようになってからの方が意見も出るし方向性も決めやすいからな」
これについて異論はなかったので黙っていたんだけど、お嬢様も同じらしくてただ黙っている。
「生活上の取り決め、と大雑把に言ったが…簡単に分けると、買い出し・食事の準備・掃除・洗濯…といったところだろう。掃除については、自室は各自ですることにしたとして共有スペースの掃除は交代制とするのが一番効率的で不満も生じにくい筈だ」
ここで彼は一度言葉を切って、キョロキョロと周囲を見回したかと思えば目的のものを見つけたようだった。
それは備品としてなのか、小さな黒板とチョーク。
黒板の大きさは60センチ四方。きちんと黒板消しもついている。
そこに彼は線を書き入れていく。
「他の項目だが洗濯以外は全て交代制が望ましいだろう。ここではっきりさせたいのだが…君たち二人は料理をつくれるか?」
妙に真剣な顔をして聞くので一瞬驚いたけれど、何だそんなことかと息を吐きかけて…気づく。
リアン・ウォードの視線の先には眉を寄せているお嬢様。
「ちょっと、どうして二人共、私をみているのです」
「先に言うが僕は食事を作った経験が一切ない」
「私だって料理なんてしたことありませんわ。家には料理長がいますし、外にいるときも執事や従者に購入するよう指示を出せばいいだけでしたもの」
なんというか、次元の違う話を聞かせられている気がする。
貴族って…思わずそう呟きそうになった私だったけれど、一斉に二人の視線が向けられたので思わず口をつぐむ。
「で、君は?」
「貴女はどうなのです」
「…作れる、けど。おばーちゃんが料理も好きだったから教えてもらってるし、山奥で一人暮らしだったから」
自給自足の生活だったから、パンは元より材料集めから毎日していた。
お陰で動物を捌くのも慣れてるし、おばーちゃんがよく食べていた“ワショク”なるジャンルの料理も覚えさせられている。
「でも、料理って時間かかるんだよ。自分の分だけなら作るつもりだったけどさ、そりゃ。でも、なんで余分に作らなきゃいけないの?お金あるなら自分たちで調達すればいいでしょ」
ふんだ、と顔を背けるとリアン・ウォードとお嬢様は資料を見た。
お嬢様が資料の一枚を私に差し出したのでそれを受け取ると…そこには工房での生活についてと書かれている。
そこには、食事については工房の資金から捻出することと書かれている。
簡単に言えば貴族がシェフなどを連れてきてご飯を作らせることを禁止しているらしい。
材料費や調理道具なんかも工房の資金から、と書かれているけれど外食の禁止はしていないのがわかる。
「最悪、外食しなければならないがそれだとかなりの出費だ。自分たちで自炊させるのが目的なのだろう」
「貴族の中に庶民が入っているのはこういうことですのね」
「ああ、恐らく必ずひと組に一人は料理の経験があるものを入れているはずだ。そうでなければ成り立たないだろうしな」
やれやれとため息を付いている二人に、ため息をつきたいのは私の方だと声を大にして言いたい。
「そりゃ外食はすっごく高いし毎食三人分ってなれば安くても銀貨一枚はするけど…料理を作る人の負担が大きすぎ。第一、調合時間が少なくなるのが嫌。食べるだけの人は楽だよ、ぜーんぶ食事担当に任せればいいんだもん。不公平でしょ、どう考えても」
じとーっと二人を見ると流石に彼らも私の言い分には思うところがあるらしい。
黙り込んだ二人をみてちょっといい気分。
まぁ、料理を作るのは嫌いじゃないんだけどね…でもなー、このメンツに振舞うと文句しか言われなさそうだし気が乗らない。
「―――…でしたら、食事を担当していただけるのでしたら掃除と買い出しは免除、ということにしますわ。他の雑事も免除であればどうです」
「それなら食事のあとの食器洗いも免除ってことなら考える。あと、作ったものにケチつけるのはナシ」
「貴女が私をどう見ていらっしゃるのかまでは聞きませんが、私も野営の経験はありますし、いくらなんでもそのようなことはしませんわ。食器洗いくらいならば私にも出来るでしょうし、掃除なら…まぁ、やったこともありますから平気です」
真っ先に賛成したのは意外なことにお嬢様だった。
てっきり一番ごねるだろうと思ってたんだけどな、と思いながらお嬢様を見ていると彼女は私の視線に気づいたらしい。
「ハーティー家は元々騎士の家系…幼少の頃からある程度の年代まで適性を見る為にも一度、騎士団に所属するのですわ。私も例外なく数年間騎士団に所属していましたもの。お姉さまの様に騎士の才能はありませんでしたけど…」
「お嬢様もそれなりに大変なんだねー。私なんか基本的に自給自足だったから動物も捌けるよ」
「あら、それなら私もできますわ。料理班には振り分けられなかったのですけど、狩猟班として動物などを狩ることもありましたから。そ、それと私のことは…その、ベルで構いませんわ。私もライムと呼ばせていただきますし」
ぷいっと顔を背けながら照れたように言い捨てるお嬢様をみて少しだけ、貴族って身分に目が行きすぎていたことに気づく。
貴族は高慢なのが標準装備みたいだし、ワート先生もお嬢様…ううん、ベルはいいほうだって言ってたもんね。
「わかった、ベルでいいんだよね。一応聞くけど好き嫌いは?」
「ありませんわ。で、貴方は掃除と雑事、あとは食後の食器洗いを免除する代わりに食事を担当してもらうと言うことにしても宜しいんですの?」
「構わないが…食事代はあまり多く取れないことを理解しておいてくれ。まぁ、流石に調味料や調理器具なんかは必要だろうから仕方ないが」
そう言われて確かに、と少し考えてみる。
こっちの物価がイマイチだからアレだけど…食料品も割引がきくんだろうか?
ふとそんなことを思って腰のポーチから道具屋のリックさんから貰った例の『認定証』を取り出す。
「ねぇ、調味料とかを買うときにコレって使える?使えるなら少しは安くなると思うけど」
「なぜ君が大商会特別許可認定証を持っているんだ…?これは―――いや、なんでもない。これを使える店は数店舗あるが基本的に一番街でしか使えない。ただ、ウォード商会でも使用できた筈だ。父が加入していたはずだからな」
「ウォード商会は国から認められた大商会の一つですものね。貴方の実家であるなら多少の口利きもできるのではなくて?」
なんか、ちょっと裕福な店の子供なのかと思ったけど想像よりも凄い家の子供だったらしい。
驚きつつもこの態度の大きさを見るとちょっと納得できてしまう。
だって、リアン・ウォードが身につけてるものって一々高い素材を使ってるんだよね。
どっちかって言うと機能重視っぽいけど、それにしたって最低ラインの錬金服ではないことだけは直ぐにわかる。
「ああ。父も助力は惜しまないと言っていたから、調味料や調理器具などはウチの商会で購入した方がいいだろうな。ただ、仕入れの関係で生鮮食品は扱っていないから別の店を探さなければならないが」
それを聞いて、市場調査がてら数店舗の店を回ることにした。
最初の買い物は全員で、と決めたのはリアン・ウォードだ。
なんでも金銭感覚を見るには丁度いい機会なんだとか。
はじめはどうなることかと思ったけど、意外となんとかなるかもしれない…かな?
読んでくださってありがとうございます。
時々読み返して誤字脱字・変換ミスなどを直しております。
……見つけた瞬間、静かに動揺しているのは内緒です。