243話 くまさん と むしさん
チョット遅刻!そして短めですー。つぎは飯回の予定。
ズンッと地面が軽く揺れたような気がした。
驚いてベル達が戦っている方へ視線を向け、眼に入って来た光景にギョッとする。
熊が増えていた。
最初に見たリュゼオルソとは違って、少し小さめの熊だ。
毛皮も腹も、全部真っ黒に見えるんだけど時々体の毛の色が変わることに気付いた。
何だあれ。
「あんなのいたっけ」
ボソッと呟いた声は私を押さえていたリアンにも聞こえたらしい。
じっと様子を窺っているのが分かったので口を噤む。
ちなみに私達の周りにいた魔物は全て討伐済。
なので、安心してよそ見をしていたんだけどレイとサフルが周囲を警戒したまま駆け寄ってきた。移動する時は出来るだけ固まって歩こうって話をしてたからだと思う。
参戦するかどうかまでは分からないけど。
「何故、もう一体熊が増えているんだ?」
「いつの間に……全然気づきませんでした」
呆然と知らぬ間に増えていた熊を目で追う私たちにリアンが口を開いた。
「あれは【クルースキアオルソ】だ。リュゼオルソと同じでヴァルトベアが魔物化したモノの一種だ。特徴は周囲の景色に溶け込み待ち伏せ型の狩猟をする。あれも手下にしていたのか――…苦戦しているようでもないし、怪我もなさそうだから近づかない方が良さそうだな。下手に首を突っ込んで巻き込まれるのは御免だ」
カチャッと眼鏡を上げる音と淡々とした声にレイがハッと声を上げた。
レイの話し方は大分砕けて、エル達と話すような感じの気安い雰囲気に変化したんだよね。
コッチの方が私たちも気が楽でいい。
「た、確かに巻き込まれる可能性はある。でも、関係のないヤツらが集まってくる可能性も考えるべきだ。人であれば問題ないだろうが、魔物の可能性もあるだろう。第二区間には好戦的な種族もいると聞いているしな」
大丈夫だろうか、と心配そうなレイに私も何だか心配になってきた。
じっと目を凝らして戦っている四人の動きを観察する。
ベルとイオが最初に戦っていた【リュゼオルソ】を相手に楽し気に武器を振るい、ディルとエルが新しく出てきた【クルースキアオルソ】と緊張感溢れる戦いを繰り広げている真っ最中だ。ぎりっぎり目で動きが見えるかどうかって感じ。
「……私ならあの攻撃、絶対避けられないって自信ある」
「それは胸を張って言う事じゃないんじゃないだろうか。それにあの程度、避けたり受け止めたりできないと危ないだろう」
大丈夫なのか、と心配そうなレイに苦笑して「まだ生きてるから平気平気」と返すと死んでからじゃ遅いと思うんだが。ともっともな意見を頂戴した。
「レイ。第二区間は随分魔物が多いんだな……こんなものなのか?」
「俺も初めて入ったが、確かに多いような気はする。ヴォルフ系は比較的よく見かけるという話は聞いている。ただ、ベア系が同時に二頭も出現したという情報は一度も耳にしたことがない。今回の群れもなかなかな規模だったし、少し警戒した方が良いかもしれない」
「……この後はより注意して進むぞ」
レイとリアンの会話を聞きながらサフルを見る。
彼は食い入るように戦闘風景を見ていた。
釣られるように視線を戻すと、四人は魔物の素早い動きにも順応して適切に弾き返したり、いなしたりしているみたい。戦える人の運動能力が正直すっごく羨ましい。
防御、攻撃、牽制、回避とバランスよく立ち回るのはエル。
それを補助するのはディルだ。ディルはエルの死角から来る攻撃を魔術で防ぎ、槍で牽制、攻撃補助などをしているみたい。
そして攻撃しているのは決まった場所ばかりなのに気付く。
「ねぇ、エルとディルはどうして同じ場所ばっかり攻撃してるの?」
「ん? ああ、素材の為だな。ベア系の素材はなかなかいい値段になる。その上、傷が少ない程高値がつく。ある程度の実力がないとできないから、今回の評価を上げるには一番手っ取り早いんだ。恐らく、イオの指示だろう」
明言されていないプラス評価というものもあるらしいぞ、とレイが笑う。
ライム達も恐らくそうだろうといって再び警戒態勢に入ったレイには申し訳ないけど、いろいろと疑問がでてくる。
「これも一応授業の一環だと思うんだけど騎士科も毛皮売ったりとかするんだ?」
「資金的に厳しいからな。俺たちはまだ上手く――――いや、エルやイオと組むようになって俺は上手くやっていけるようになった。圧倒的に知識と経験と理解が足りていなかったから、今となっては『現状』が一番気に入ってる。ライムは錬金科だから知らないと思うが、騎士には色々な任務があるんだ。中には少し特殊な任務もあって、エルやイオは今回の実習でそういったことも積極的に実地訓練したいと言っていた」
「特殊な任務って、毛皮を売るとかそういうの?」
「学生だから個人売買が大ぴらに出来るが、騎士になると色々制約があるのさ。収集任務、納品任務なんて呼ばれる特殊任務の一つだ。国益の為に特定の魔物やモンスターの素材を集める、といった内容で珍しいものだと生け捕りにして来いという注文がつくこともあるそうだ」
「へぇ。騎士って冒険者みたいな仕事もするんだね」
「まぁ、国に仕える冒険者のような者と考えてみると理解しやすいかもしれない。冒険者よりも上下関係はきついし面倒ごとも多いが、評価を得た時のリターンが大きい。貴族であれば尚のこと。俺のように貴族籍を外されたとしても、騎士になれば死にさえしなければ老後も比較的安定した生活が送れるんだ。保障がしっかりしているからな」
危険度が高ければ金払いも良くなるぞ、とキッパリ言い切ったレイを見てリアンみたいなこと言うなと思わず吹き出した。
レイは不思議そうに首を傾げていたけれど、周囲を見回して放っていた獲物の回収を再開すると言っていたので私たちも慌てて収納袋へポイポイと放り込んでいく。
魔物の死体を入れながらレイとリアンは打ち合わせを始める。
私は死体を集めるよりベル達の戦闘を見て、危なくなったら声をかけてほしいと頼まれた。
「――…ああ。そういうことならこれらを収納した後にレイ、君たちは左回り。僕らは右回りに周囲を警戒しながら気配を探るぞ。戦闘中の四人にはそこまで把握するのは少し厳しいかもしれないからな。途中、アイテムが必要になっていそうならベル達と合流する。もし、あの場にいる誰かを下げるなら恐らくイオかディルだ。いつでも交代できるように準備していてくれ」
「わかった、そういうことなら任せてくれ。俺もまだまだ体力は有り余っているし、早めにケリをつけて採取場所を回らなくちゃいけないだろう。まだ一か所目だから早めに終わればいいんだが」
心配そうに戦闘中のベル達へ視線を向けるレイとは反対で、リアンは淡々と魔物の死体を次々に収納袋に入れていく。
ちなみに、この収納袋はベルが貰ったものだ。
なんでもトリーシャ液を送った祖母から贈られてきたとか。昔は使っていたけれど今は使わないから、とくれたらしい。
危険だと分かっている所でトランクは嵩張るからあまり持ち歩きたくないし、魔物入りの袋はディル制作の魔術布に入れてしまえば邪魔にもならない。
やれやれ、と息を吐きつつ、さっさと歩き始めたリアンの後ろを追いかけながら、元の地点に戻る頃には勝負はついていた。
エルが【クルースキアオルソ】の喉笛を切り、ディルはとどめに左の眼玉を槍で突いたのだ。
ベルは見事に首を刎ねて、生首を掲げている。とっても満足そうでスッキリした顔をしているのを見た時、私もリアンも無言で視線を逸らした。
「……ベル、絶対入る科を間違ってるよね」
「あの戦闘能力はどう考えても騎士団向き……と言い切れない辺りが何とも言えないが」
「強くて、錬金術も使えてってなるとさ、向かうところ敵なし! って感じだよね」
念のため、熊から少し離れた場所にポマンダーを吊るしておいたのでここにはもう用事はない。熊もしっかり収納して、私達は次のポイントへ急いだ。
二か所めのポイントでも無事目的のものを採取し、移動。
三度目の採取場所でどこからか凄い爆音が三度聞こえてきて、ビクッと肩が跳ねた。
反射的に体が固まるけれど周りの反応は変わらない。
「ライム、大丈夫よ。かなり遠いから」
「でも結構大きい音がしたんだけど、近くないの?」
「かなり遠いわよ。ただ、強い威力の爆弾を使ったんじゃないかしら。威力が高いと爆発音も大きくなる傾向があるから……自分で作ったものなら調整もできるだろうけど」
拠点のある方を背にして、腕を組みじっと木々の間と空を見上げるベルが何を確認しているのかは分からないけど安全というなら大丈夫だろうと採取作業に戻る。
近くにいるのはレイとイオだ。
「そういや何集めてるんだ?」
「え? 虫」
「………虫、ですか」
「グルナ草っていう草につく【グルナ虫】を捕りたかったんだよね。この草にしかくっつかないの。分類は『色虫』だったはず。名前の通り【グルナ虫】は色を付けることができるよ。面白いのが布だけじゃなくて品質を下げずに金属も染められるんだ。ちょっと加工しなきゃいけないし魔力も食うけど」
へぇ、と感心した様子のイオに手伝ってくれる? と聞けば頷いてくれたのでイオとレイが手伝ってくれることに。他のメンバーは警戒してくれているので出来るだけ早く、大量に集めたい。金属染めるのって難しいし、グルナ草って生える所ある程度決まってるんだよね。
針葉樹の森で土が柔らかいところじゃなきゃ生えないみたいだし。
虫の採取をしたら、次の場所へ。
ポマンダーを所々で設置しながら進んだんだけど、結構時間がかかったので帰ることにした。帰るだけなんだけど、来た道とは違うルートを通るから帰りながら採取もする。
「あと少し歩けば次のポイントだったのにいいのか?」
まだ行けるぞ、と声をかけてきたのはエル。
でっかい熊と戦っていたと思えない程に元気だ。
先頭を歩くイオも少しリラックスしているので、この辺りに敵はいないのだろう。
「うん。帰り道での採取ポイントも一か所あるし、罠も仕掛けなきゃいけないから薄暗くなる前には絶対に帰りたいんだ。泉で採取できるものと【エンリの蕾】【グルナ虫】は絶対に採取したかったから、それが確保できただけで十分だよ。それに、お昼もサクッと終わらせたからお腹空いてるでしょ? 初日だし、気合入れて作ろうと思って!」
「お。ライムが気合入れて作るってんだから期待できそうだなっ」
「下拵えは粗方終わってるけど、焼かなきゃいけないしゆっくり休んだ方が疲れも取れるだろうしさ。本当に危ないって言うのは今日だけで充分実感したから」
食べられないように、体調は整えなきゃと笑えばエルはうんうんと腕を組んで頷いた。
人やモンスターの気配が全くない時は、歩きながら会話をするようにしている。
これ、実は全員で話して決めたことなんだよね。
「最後のポイントで採取するのはなんだ?」
「えっと、この花だね。今回の調合では使わないけど頭痛薬の材料になるんだ。第一区間では採取できないし、他の所でも咲いてないから経費削減を兼ねて採取しておきたいかな」
「グミに使うんだろ? グミって言えば、試作品ってことで貰ったけど、あれ、いいのか? その、多分すげぇ人気出るぞ。あれ」
「いーのいーの。あげたものだから家族に渡してもいいよ。ただ、使ったら使い心地とか教えてほしいかな」
「おう。ウチの母さん、天気が悪くなると頭がいてぇとかよく言ってるし助かる。腹の薬はチビ達用だな。腹痛薬も頭痛薬も風邪薬も苦くて飲みにくいからさ」
ありがとな、と私の頭をポンっと叩いてサフルの横へ移動したエル。
私を中心にして先頭はイオ、左右と後ろにベル達がいる。
時々イオが歩きながら周囲の気配や場所なんかの情報を話してくれるので、ひとまずは安心だ。
(安心、っていっても……移動してて爆発音と悲鳴っぽいのと、腕輪やらブローチやらを追加で拾ったんだけど)
移動も心配だけど、夜が一番心配だったりする。
夜行性の魔物って結構気配殺すのが上手いタイプが多いと聞いてるから。
ゆっくりゆっくり進みます(苦笑
=魔物・素材=
【リュゼオルソ】訳:狡猾な熊
狡猾な熊という名の通り、司令官タイプ。よくヴォルフ系の魔物やゴブリンを従えている。手下がいなくなると自らが戦闘に。自分が負傷した際、隠し持っている野良ネズミリスなどを貪り食って回復する。
大きさは大型~中型で180センチ程度だがパワーもスピードもあるのでかなりの脅威となる。皮膚も分厚く、個体によっては魔術耐性を持つことも。
採取部位:魔石・爪・牙・耳・尻尾など
【クルースキアオルソ】訳:影色熊。
スナイパー・遊撃系タイプ。周囲の環境によって体毛の色を変えられるのが大きな特徴。大きさは中型~小型。ヴァルトベア(森熊)が魔物化した個体。周囲の景観に溶け込み不意を突いてモンスターなどを捕食する。基本的には臆病。ただし、空腹だったり繁殖期だったりすると好戦的になる。スピードが速く、毛皮が分厚いので仕留めにくい。力は他のベア系より強くはない。体力も低め。
採取部位:魔石・爪・牙・耳・尻尾・毛皮など
【グルナ虫】分類:色虫(※布・金属を品質を下げずに綺麗に染められる)
グルナ草という柔らかく濃い紫色の葉を食べて増える虫。地中で卵を産み、交尾を終え、地中に卵を産みつけたら死ぬ前の食事として葉っぱを喰う。採取するのは卵を産んだ後、葉をたっぷり食べた虫のみ。布や紙などの上で葉っぱを軽く揺らす、叩くことで満腹状態になった虫のみがポロポロ落ちていく。
使い方は、高温で炒り、日光に当てて半日置く。