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240話 周辺の安全と拠点準備

残酷表現が唐突にあります。たぶん、残酷。たぶん。



 拠点のすぐ近くには岩場があった。



 一見大岩がゴロゴロ集まっているように見えた。

でも、近くでよく見ると大きな岩が何かを守る様に地面に突き立てられている。

形で言うと焚火の組み方に似ていて、岩のテントっぽくもある。かなり武骨で分かりにくいけどね。


 ここまでしっかり組まれていると誰かが作ったんじゃないかって気になって、周囲を見てみたけれど魔物なんかの痕跡はなし。



「良くは分からないけど、ココから音がするよね。ここから入れそうだし中見てみる」


「入れるって、君が行くのか? 僕らが見た方が」



 組み合わさった岩と岩の間にある隙間は子供や小柄な女性が四つん這いになってどうにか入れるくらいしかない。

リアンの提案に思わず半目になって見上げる。



「………リアン達じゃここ通れなくない?」



 ここだよ、と指させば真顔でじっと穴を見ていた。

自分でも無理を言っているのが分かっているんだろうけど、リアンって変に頑固なんだよね。

無表情で黙り込み口を開く。



「………屈めばどうにか」



どうにかってどうする気だと口にする前に、リアンの肩にイオがポンっと手を置いた。



「では、魔石ランプで中を照らしてリアンが鑑定をしてください。モンスターや毒といった物が確認できなかったらライムに行ってもらいませんか。今のところ魔物やモンスターの気配はありませんし、飲み水が確保できるなら僕らとしても助かります」



 ディルさんが水を出せるのは知っていますし、魔石もありますが魔力は温存するべきだとやんわり進言するイオにリアンは、納得したらしい。

そうだな、と言うように頷いて無言で穴の中にまずはランプを、次に膝をついて覗き込んでいる。


 その姿を見ながらイオを窺うと苦笑しながらリアンの背を眺めていたのでそっと近づいて屈むように言い、耳打ち。



「なんかリアンの扱い慣れてない?」


「扱い、というか彼のようなタイプは割と多いんですよ。気持ちも分からなくないですし、警戒心が強いというのはいい事ですから。ライムも気を付けて下さいね、あの先に毒や有害な物があるということも考えられます」


「言われてみると、確かに。蛇とかいたら嫌だよね」


「う、うーん……まぁ、それはそれで合ってはいるんですけど、ね。男としてもちょっと譲れない所があるというか」



 よく分からないことを話すイオに首を傾げていると、リアンが小さく息を吐いてランプを私に差し出した。

受け取ると、水滴のついた眼鏡を外して何処からか小さな布を出し拭いている。



「毒・ガス・虫どれも危険はなかった。中には湧水があった。そうだな……大きめの皿程度の大きさだが深さがある。岩と岩の間から流れているものと地面から湧きだすものが合わさっているようだが、鑑定結果は飲用可能。毒や有害な成分はない。飲み水はここで調達するのがいいだろう。水量は結構あるからこの場で水袋に汲んでいくのが良さそうだ」


「そうですね。この後テントを張って簡易結界を張ったら採取と見回り、討伐を兼ねて周囲の探索をする予定ですし」


「分かった。じゃあ、人数分汲むね」



 ごそごそとポーチから人数分の水袋を取り出して小さな穴に四つん這いで入っていく。

中はシンプルで2.5mくらいの所にポツンと水たまりと岩の間からチョロチョロと流れる水が見えた。

 コケや草がなく、足元は1mm程度の砂利がびっしり。



「新しい素材、ではなさそう」



 残念だなぁと思いつつ、水袋に水を入れていく。

飲める、との事だったので試しに一口飲んでみたけれど冷たくて変な味もしない、まろやかな味だった。



「おいしい! これで紅茶とか淹れたら美味しいよね……ひとつ余分に入れていこうかな」



 紅茶用!と追加でもう一つ。

 人数がいるから水袋も多いんだけど、満タンになったらすぐにポーチに仕舞ったので問題はなし。

うんしょ、と後ろ向きに出るとイオが笑いながらハンカチを差し出し、頬の部分を指さす。



「ここ。土がついてるよ。多分、岩のどこかに擦れた手で触れたんだろうね」


「ありがと! とれた?」


「うん、とれてる。多分だけど、ココは他の動物の水場にもなってるみたいだし、警備結界は張らないようにしようか。流石にね」


「だねぇ。ってことは、ココに汲みに来るときは誰かと一緒じゃなきゃダメってことか。遭遇したら大変だし」



 うん、と頷くイオはチラッとリアンを見てポンポンと肩を叩いていた。

結構時間を使ったと思いつつ戻るとテントが完成し、ディルがブツブツと詠唱をしている所だった。

 拠点のテントの周りにはいつも通りお風呂場にする為の場所、トイレが土壁つきで作られている。



「あら、遅かったのね。なにかあった?」


「水音がどこからしてるのか分かったよ。ココから見て、あのあたりに岩が沢山あるでしょ? あそこで湧水が出てたんだ。飲み水として使えるってことだったから、水袋に入れてきた。紅茶向きの水だから一つ多めにね」


「湧水が近くにあるのは有難いけれど、警戒はしなきゃいけないわね。今、ディルが探索前に拠点周辺に簡易警備結界を張ってくれてるわ。魔力の消費はそこそこらしいから、何か食べ物を渡してくれる?」


「それはいいけど、警備結界が張れるの?」


「みたいね。魔術が使えるようになったから、勉強したんじゃないかしら。魔道具とは違って、結界に接触したものの情報も多少わかるらしいから便利ね。寝る時とか拠点で過ごすときは道具の方が良いだろうけど、探索時はディルに頼みましょ。警備結界は魔道具だと中に一人残らないといけないから不便なのよね。魔術ならディルの意志で解除できるから融通が利くし」


「そっか。それならその方がいいよね。ディルは大丈夫なのかな」


「魔力を使った分だけライムの飯が食えるから構わないって言ってたわよ」


「じゃあ、色々作ったの無駄にならなくていいね。夕食もちゃんと考えてきて下準備もばっちりだから楽しみにしてて」



 色々仕込みはした、と言えばベルだけではなくエルが目を輝かせて駆け寄ってくる。

その後ろから呆れつつ興味があるのかチラチラとこっちを見るレイ。



「ライムの飯めっちゃ美味いから俺らも楽しみにしてるんだけどさ、俺らの分もある?」


「あるある。同じパーティーメンバーなんだから当然あるよ! 余分に作ってきてるし、たっぷり食べられるから安心して」



 どんっと胸を叩くとエルとレイがおお、と素直に喜んでくれていてベルも楽しみね、なんて言ってくれたのが嬉しい。

会話をしている間に魔術が完成したらしくキィンッと甲高い硬質的な音が響く。

驚いて音の方へ視線を向けるとディルがお腹をさすりながら息を吐いていた。



「ん。ライム、何か食わせてくれないか?」


「もっちろん。えっと、米とパンがあるけど……どうする?」


「米で。出来れば具がたっぷり入っていると嬉しい」



 分かったよ、と返事をして取り出したのは大きなお握り。

ちょろっと出てるのは川エビの尻尾。

これ、川エビに衣をつけて揚げた『エビの天ぷら』っていうのをショウユベースのタレと共に握ったものだ。


 うまそうだな、と目を輝かせたディルが尻尾側から齧りついて笑う。

私もだけどディルも油で揚げたエビの尻尾、好きなんだよねー。香ばしくって。

モグモグと咀嚼するディルの目は輝いていて、気に入ったのが一目で分かった。



「美味しいみたいで良かったよ。まだ色んな具があるから、足りなかったら言ってね」



 コクコクと頷いて一心不乱におにぎりを食べていた。続けて二個目を要求されたので掌に載せる。今度は白身魚の天ぷらだ。

 その様子を羨ましそうに見ているのがエル、表情がなくなってるのがリアン。

エルはともかく、リアンが何を考えてるのかさっぱり分からないけど大事なことなら言うだろうしいいか、と放置することにした。


 それより他のメンバーが集まって話をしていたので耳を傾けるとどういうルートで探索するか、と話をしているのが気になるんだよね。

近づいて行けばベルと目があった。



「ライム、ちょうど良かったわ。どちらから見て回ったらいいかしら。ここには夕方までには戻ってくるつもりだから、大体この辺りを見て回るつもりなの」



 差し出されたのは地図。

指差された範囲を確認して素材名もチェックする。



「奥から行こう。希少な素材とか持っていない物を先に揃えたいし、他の人に先を越されると次を見つけるのが大変だから。あと、ココ。範囲から外れてるけどここにある素材は先に確保したい」



 トンっと指さしたのは拠点から離れて泉に近い位置にある小さな点。

実はここにある素材は作る予定のアイテムには必要不可欠なのだ。



「ここにある素材は【エンリの蕾】っていう地中に埋まってるタイプの素材。夜に魔力を地面に流すと発光する特性があるんだけど、それをすると品質が落ちるんだ。葉っぱの形は覚えてきたからコツを掴めば夜でも採取は出来ると思う。ただ、あるかどうか分からないから確認だけでもしたいし、出来るなら昼に採取したい。昼に採取すると濃い青色、夜だと薄い水色なんだよね」



 形は膨らんだ逆雫型の蕾とその中に丸い半ゼリー状の胞子が詰まっていて、半液状鉱物と言われる珍しい物。蕾は薄い半透明のガラスの様な素材で出来ていて、大きさはそれぞれ。綺麗な水と芳醇な栄養を蓄えた土壌、程よく湿った腐葉土、気温がほぼ一定である場所に生える。



「これがあると三種類のアイテムが作れるようになるんだ。他にも必要な素材があるからそれは採らなくちゃ」


「なるほどな。そういう事情ならこっち行くか」



 エルがそう快諾してくれたのでホッとしているとレイが待て、と止める。

トンっと指さしたのは近くに書かれた✕のシルシ。

ココは魔物の痕跡があったという目印だ。



「今もいるかどうかは分からないが、この辺りに留まるのは極力短時間にした方が良い。少数の群れであれば問題ないが……」


「では、ライムは素材を見つけるのに集中してちょうだい。私たちは魔物の痕跡を見て、いる場合は不意打ちで討伐するのがいいわ。拠点から近いし、貴方達の成績に繋げないと今後が厳しいわよ。群れの一つや二つは狩っておくべきだわ。他の班に出し抜かれる前に」



 ベルの厳しい声色に私たちは顔を見合わせてそう言えばそうだったな、と騎士科の評価基準を思い出した。

続けるのはリアンだ。



「僕も狩れそうなら早めに仕留めるのに賛成だ。拠点に近いのが不安だし、何より魔物が群をなすと死亡率が跳ねあがる。掴んだ情報には『誘引効果』のあるアイテムを持っている生徒もいるだろうし、早い段階で一頭でも狩っておきたい。それに、魔物の素材はかなり高く売れるから解体は丁寧にすべきだし、捨てる部分はかなり少ない。解体時間がないようであれば、死骸は大袋に入れてトランクに収納したい所だ」


「し、商魂逞しいな」


「レイ。貴族でなくなったなら、少しでも稼ぐ方法を頭の片隅に入れておくべきだ。勿論命は大事だが、その場で得られる最大級の利益は享受するべきだ」



 リアンの発言を聞いて全員が同じ顔でブレないな、と思ったのは間違いないと思う。

そっと視線が交わってみんな小さく頷いたから。

どういう感じで進むのかはあっさり決まったんだけど、歩きながら拠点の周辺に魔物除け、虫除けのアイテムを仕込むことは決まった。


 元々拠点近くに近づけないような対策をしようって話をしていたからね。

魔物の死体を収納する為に必要な道具だけ出して魔術布に収納。ポーチに入れておく。

着々と準備を整えて口布とフードマントを着用する。

全員が肌の露出をしないような服装だから、かなり怪しい。


(杖は出さなくていいから回復薬を持っていてくれ、って言われたのは楽でいいなぁ。杖、逃げる時邪魔だし)


 フードマント付きの服を着ているのは私だけで、全員が体にぴったりと合う、動きやすい服装だ。消臭液につけたものなので臭いは消えているとは思うけど、自分達では全く分からないんだよね。

 念のため消臭スプレーを振りかけて、全員の準備ができた所で移動を開始。

拠点について30分で私たちは拠点を後にする。

速度は駆け足。体力温存も考えたんだけど、ひとまず目的としているポイントにつくのが大事だってことになった。


(それに、一番最初に【エンリの蕾】を見に行くってことになったのは嬉しいけど大丈夫かな。戦闘が長引いてそのまま採取できずに死ぬのはちょっと嫌だ)


 魔物は、どんなのがいるんだろうなって考えながら移動して10分が経った頃、先頭を走っていたイオがピタッと足を止めた。

シッという短い音と共に緊張感が広がり、教えられていた通りその場にサッと蹲る。

隣にいたサフルも私と同じようにしゃがんでじっと息を殺していた。




「―――……後方100m右側。足音、複数。話し声複数」



 小声だけれど良く聞こえるイオの声を受けて耳を澄ませると確かに、何か音がする。

それを確認したベルが短く


「このまま前進。物音出さないで」と指示を出した。


 指示を受けて私達は駆け足から忍び足にして屈んだまま少しずつ進む。

これも事前に決めていたんだけど、戦闘は避けてまずは採取を優先させる。

魔物やモンスターを見つけるのは簡単だからってエル達。


 低い姿勢で進むのは体に負担がかかるので時々休みながら進んでいたのだけれど、イオが地面を軽く二度叩く。

これは停止と伏せ、および警戒の合図だ。

声を出してはいけない状況の場合にすると決めていた合図だったので全員が木の根元や岩の影などにパッと体を隠す。


 短くディルが気配を悟られにくくなるという『認識阻害』の魔術をかけてくれた。

これはディルが三回、地面を叩く事で知らせることになっていたから間違いない。

ふっと息を吐いた瞬間に斜め右後方からガサガサという大きな音が聞こえてきた。

どうやら隠れているから普通に歩いているだけなら問題ないだろうけれど、気配を読むのに長けた人物なら分かってしまうので全員が武器を構える。


 ジリジリと漂う呼吸を躊躇うような緊迫感を余所に、聞こえる話し声は何処までも無防備だった。



「―――……にしても、ほんとに使えねぇよな」


「ああ。錬金術師があそこまで体力がない上に無能だとは……誰だよ、回復アイテム使い放題だなんて言ったヤツ」


「わりぃって。だってよぉ、初級ポーションくらいしか作れないってどんだけ授業の進行が遅いんだっての。毒消しなんかも作れるって言ってたし、品質がAだとかなんだとかって偉そうにしてたけど、工房生とかいう奴らは噂じゃ中級ポーションも作れるんだろ? はずれじゃね、学院の錬金術師って」



 ぎゃはは、と嘲笑する声にエルが小さく舌打ちをしたのが分かった。


 ちらっとエルを見ると憎々し気に声方向を睨みつけている。

レイは憐れむような、それでいて蔑むような視線を向けていて思わずサフルの方を見ると彼も首を傾げていた。


 聞こえてきた声は6人分。

会話から分かったのは彼らが偵察班として歩いているという事と、後方には組んだ錬金術師と護衛が二人いるという事だった。


 ガサガサと歩く足音と話し声が遠くなって、やがて微かに聞こえる程度になった所で、別の足音。こちらは恐らく先程の人達と組んでいる錬金術師と護衛だろう。

ブツブツと錬金術師は文句を言い、騎士は黙り込んでいる。

どこか険悪な雰囲気すら感じる三名を観察しながらバレないようにと冷や汗をかきつつ息を潜めて、ただひたすら通り過ぎるのを待っていると周囲に響き渡った悲鳴。足音。


 ガサガサガサと大きな音を立てて聞こえてきた音に歩いていた三人の足が止まり、なんだ?!と騒ぎ始める。


 数分後に聞こえたのは咆哮。

複数の悲鳴と金属音、爆発音、絶叫に助けを呼ぶ声。

漏れそうになる悲鳴をパッと抑え込んでギュッとフードを握るとドタドタと足音が聞こえてきた。


 戻ってきたのは、先ほど歩いていた貴族騎士が四人。

必死の形相で「なにがあった」と聞く声に答えることなく走ってくるので、怒鳴る様に護衛の一人が最後尾を走っていた貴族騎士の腕を掴んだ。



「おいっ! 何があったんだ!?」


「はなせっ!!! 魔物が、魔物が出た! あとの二人を喰ってるうちに逃げろ!」



 そう吐き捨て一目散に逃げる貴族騎士を追いかけたのは護衛二人。

状況の把握が出来ず戸惑い、どういうことだとオロオロしている錬金術師はどう見ても無防備だった。



「お、おい……! 僕を置いていくんじゃ………ッひ、ひぃいいい!!」



 聞こえたのはどさっという音。

尻もちをついたのだろう。立っていた錬金術師の頭が高い位置から低い位置へ落ちた。

 次いで聞こえるのはグルグルという低い唸り声が三つ。

ヴォルフ系の声だと気づいたのは私だけではないらしい。

音もなくエル、イオ、レイが私たちを守る様に移動をはじめ、ベルとリアン、ディルがそれぞれいつでも行動できるように武器を構えていく。



「く、来るな来るな来るなッ!!! ぼ、僕よりあっちに逃げた奴らの方が喰いでがあ……ぃぎゃああああ」



 短いガウッという音と共に飛び掛かる影が三つ見えた。

ぶちっと何かを千切る生々しい音と、ゴリっと硬いものを噛み砕く音、液体が噴出し、飛び散る音の合間に聞こえる悲痛な悲鳴。

やがて、クチャビチャ、と生々しい音を立てて聞こえる咀嚼音と仄かに香る鉄臭さと獣の臭い。


 私はどうにか、ポーチに手を伸ばし、蓋を開ける。

握ったのは、爆弾。

もし、魔物がこっちに向かって来たら、と思うと回復アイテムより先に爆弾を使った方が良いと思ったから。

魔物やモンスターは耳がいいことが多いから、近距離で大きな音が鳴ると怯ませることもできるかもしれないと私なりに考えた結果でもある。


 じっと激しく動く草を睨みつけていると ブチ゛ィ!! と豪快に足が引きちぎられる。

チラッと、見えたから。


(うっわ。痛そう)


 月並みというか現実味にかける感想しか浮かばない私を余所にエルやイオ、レイは慣れたように動いていた。

 三人が動くとほぼ同時にディルの口からブツブツと小さな呪文が聞こえてリアンの腕がしなり風を切る音が聞こえる。

あ、と声を出す前にエルとイオ、レイ―――…そして三人より後方にいたはずのベルがほぼ同時にヴォルフがいるであろう場所に武器を下ろしていた。


 鈍い音を立てて肉と骨が断ち切られる音がし、リアンとディルが立ち上がる。



「………え」



 思わず漏れた声に反応したのはディルとリアンだった。

二人が振り返って、ディルは力強く頷き、リアンは無表情で淡々と状況を説明し始める。



「ディシマレーヴォルクというヴォルフ系の魔物だ。比較的発生が多い。運が良かったな」


「う、運が良かったって……死ん、じゃってるんだよね? 私達も危なかったような気が」


「ベア系の魔物に出会うよりずっといい。餌に夢中になっていたお陰で安全に倒せた。ああ、魔物の死体を入れるから袋を出してくれ。少し時間があるだろうから、トランクに入れて欲しい。魔術布を」



 うん、と頷きながら布を取り出してそこからトランクを取り出し、言われたものを渡せばリアンは慣れた様子で解体をするエル達に近づいていった。

 回収を終えて戻ってきた五人はにこやかにそれぞれ袋を差し出してきたので受け取ってトランクへ仕舞う。



「……三頭じゃなかったの?」


「ああ、ディシマーレヴォルクは一頭が屈んで近づいて不意打ちするんだ。こういう状況だとやっぱ、イオはいいよな。はく製に出来るくらい綺麗に狩るし。俺やベルは剣と斧だからどうしても頭落としちまう。レイは押しつぶす感じだから頭蓋骨から粉々になっちまうしな。毛皮は無事だけど」


「仕方ないわ。でも、幸先いいわね。一応、錬金術師の所持品は集めて置いたけど、この先に貴族騎士二人分の死体もある……筈だし、ついでに回収しましょ。ブローチとスカーフと腕輪」


「賛成です。血の匂いがついたので、消臭スプレーをかけて貰っていいでしょうか?」



 何事もなく話しながら警戒態勢に入る仲間に私はどんな顔をしたらいいのか分からなくて、頷いてアイテムを渡す。

戸惑う私の横にはサフルとディル。


 移動を開始した私だったけれど傍にはディルとサフルがいてくれて、ディルが私の頭を撫でて困ったように笑う。



「――……自分たちの命が最優先だ。同じ目に遭いたくないから俺らは何でも利用する。ライムに慣れろとは言わないし、俺たちもそれは求めてない。ただ、死んだ奴らに同情はしないでくれ。時間の無駄だし何の役にも立たないからな。知っている相手ではなかったんだろう?」


「そ、そりゃ知らない人……だけど。初めて見たから…ごめん。覚悟はしてたつもりなんだけど」


「構わないさ。みんな初めは『そう』だ。ライムはそのままでいい。俺らみたいにならない方が、うまくいく。パーティーには、色んな役割の人間が必要で、ライムみたいな存在がいないと俺らみたいなのはうまくまとまれないんだ。俺の為に此処は忘れてほしい」



 歩きながらディルの声を聞く。

ぎゅっと手を握られて驚いたけれど伝わってくる体温に少しずつ強張っていた体が解れていくのが分かった。



「俺は、自分とライムが無事ならいいんだ。生きて帰ることを優先してくれ」


「私も、がんばる。みんな一緒に帰りたいし、あと採取もまだしてない」


「! はは、そうだな。採取も頑張ってくれ。俺も何か『捕まえる』ことにする。フカフカしたのがいいか?」



 色々な衝撃と現実を見て震えそうになる足を無理に動かしながら、へたくそな笑顔を浮かべる。顔隠してるからディルには見えていない筈なのに、まるで見えているように眉尻を下げるのでなんだかとても、泣きたくなった。


 第二区間、こわい。

ジワジワ続きます。

ちょっと勢いで書いているので色々「?」な点があるかもしれませんが、戦闘はノリと勢いを合言葉に書いております(まて


=素材・モンスターなど=

【ディシマレーヴォルク】

少数の狼という名の通り、2~4頭で狩りを行う魔物化した狼。

スピードが速い。知能は低め。


【エンリの蕾】

半液状鉱物とよばれる珍しい鉱石。逆雫型の蕾の中に丸い半液状核と呼ばれるゼリー状の胞子が詰まった鉱石の核がある。増える時は、植物のように鉱石の核から増殖手と呼ばれる特殊な蔦を伸ばし、その先に蕾をつける。

蕾部分は半透明のガラスに似た素材で出来ていて脆い。光合成をする珍しい鉱石でもあり、地上に小さな芽を出すことも。昼に採取すると核は濃い青、夜だと薄い水色。探すときは、魔力を地面に流し発光させ見つける方法と葉を見つけて辿る方法の二つがある。

魔力を流す方法だと品質が下がる。

 冬になると胞子が弾け土の中で沢山の鉱石のタネを撒くが、発芽率は低い。

エンリの蕾と呼ばれるのは綺麗な水、芳醇な栄養を蓄えた土壌、程よく湿った腐葉土、一定の気温などの条件がそろった場所に派生する。

 薬、塗料、宝飾品などに加工される。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどー。残酷と言えば残酷な描写ですね。 しかしこれまでのライムなら助けに行こうと考えたり言葉にして叱られたり、なにかしらリアクションあったと思うんですよね。それが無くなり、襲われた人を…
[気になる点] 100m先の話し声と足音が聞き取れるイオは人間離れしてますがこの世界では出来ちゃう事なんででしょうか? 駆け足してるのに後方から歩いている人の声と足音が聞こえるはおかしくないでしょう…
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