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231話  用意すべきもの 1

うわぁん!ちこくしたぁああ!一日遅れです、すいません(汗

物騒な回、実は結構好きです。



 食事が終わって、一息ついた所でそれぞれ今日何があったのかと成果の報告をすることになった。




 今回はサフルとルヴ、ロボスも参加している。

私達はまだ調合しなくちゃいけないので紅茶。ラクサは作業するか迷っていたので、ホットワイン。ルヴとロボスは特別に魔力入りミルクを出して、サフルにはホットミルクを渡した。

魔獣にミルクを与えてもいいのかどうかは、当然、共存士ギルドで『少量なら問題なし』と確認済みだし、二頭はミルクを飲んでお腹を壊したことがないので、大丈夫だと分かっている量だけを与える。


 私達は一通り配って、センベイの反応が良かったことや売り出し方、取り扱う店の情報をラクサに伝え、私とリアンは帰ってきてから調合したものを見せる。

ベルは少し照れくさそうな顔をしてポーチから数枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げて見せてくれたんだけど、そこに描かれた一着のドレス。



「うわ、これすごいね。ベルのドレスだ」



 ドレスのことは分からないけれど、一目見た瞬間にベルだけが着られるドレスだと思った。ビトニーさんに貰ったドレスはあるけれど、どちらもベルのドレスだと分かる出来なのは確かだ。

おお、と声を漏らす私とラクサにリアンがやっと口を開いた。



「―――……母さんのデザインだな。珍しい」


「え、リアンのお母さんが服を取り扱ってるって言うのは何となく分かってたけど、こういうの考えるのも出来たんだ」


「出来るも何も、母はデザイナーだ。服、宝飾品、靴、帽子……ウォード商会で取り扱うものは母がデザインをチェックしている」



 凄い家族だな、と思わず呟けば真顔でラクサとサフルが頷いていた。

ベルは機嫌良さそうにドレスを眺め、そしてもう一枚の用紙を取り出し笑う。



「これが材料。どれも最高難易度の素材よ。入手法も何もかも。でも私は糸を作るには向いていないから、少し手伝って欲しいの―――ライムに」


「リアンじゃなくて私?」


「ええ。ライムと調合すれば私にも糸が作れる可能性があるんじゃないかしら。ライム、悪いけどこの後付き合って。私、もう一度コトーネ糸に挑戦したいの」


「いいよ。糸はあっても困らないし、布と糸が作れるようになれば金策にはかなりいいと思うし。コトーネ糸自体は、今日の空き時間に一回分作ったから作り方も知ってるし、二人で作ったらどうなるかも気になるから、この後作ってみよう! 実は、材料もリアンと帰ってくるときに買ったから、何回か作れるよ」


「じゃあ、早速お願いって言いたい所だけど、ラクサの話も聞きましょう。貴方の方はどうだったの?」



 ホットワインを飲みながら機嫌良さそうにルヴ達を見ていたラクサが、ああ、と少し考えをまとめるように視線を彷徨わせてから頬を掻いた。



「ライムの作ってくれたセンベイのお陰で想定以上の金額で受けて貰えたんスよ。んで、その、申し訳ないんですけど……おやっさんにセンベイ(甘ショウユ)を二袋作って欲しいんス。勿論金は払うので」


「それはいいけど……それだとラクサ、儲からないんじゃない?」


「ぶっちゃけ、センベイ容器は自分用なので儲けようとは思ってないっスよ。話をしていた職人の周りには色んな職人がいて、その職人も一緒に話聞いてくれたんスけど……すっげぇセンベイがウケて、お陰で予定していた魔石硝子だけじゃなく、金属細工系の人とも商談まとまったんスよ。なんかあったら言えとまで言って貰えて、ほんとライム様~って感じっス」



 専用の丸薬ケースなんかも量産できる、との事でもっと仕事が出来るとラクサは笑った。

だったら、ということでラクサに一つ提案をしてみる。



「なら、クレシオンアンバーを作る時にまた手伝って欲しい。中に入れる物はどういう素材が向いているのかとか、削り方とか色々手伝って貰えたら私も助かるんだよね。そこまで出来るようにはなりたいけど、錬金術優先だから極めるまではいかないだろうし」


「いいッスよ。あ、センベイの礼に薬草の類いを見つけたら採取してくるっス。今回職人街で話をしてて気づいたんスけど、アンタらすっげー評判で『欲しい錬金素材があった時に窓口になってくれ』って頼まれたくらいなんで」


「……僕らも慈善事業ではないから対価はきちんともらうが、それでもいいなら話は聞こう。一流の職人が多いからな。そういう人間と組むのは面白いし、独自のレシピを持っていることが多いから僕らにとってもうまみがあるんだ」


「なんか、一件の依頼でお金以外のものをちゃっかり確保するのが流石リアンって感じだよね」


「同感ね。でも、予想以上にセンベイが好評だから、少し作る量を増やす?」


「いや、数量限定だ。調合出来る量がきまっている上に、合同実習で使用するものを本格的に用意しなくてはいけないからな」



 はぁ、と息を吐いたリアンに私たちは言われてみれば、と量産計画は見送ることに。

これに関してはラクサも頷いていて、出来れば大量にセンベイ容器が完成するまで量産は待って欲しいと言われた。

どうやらセット販売をしてみたいらしい。



「アレを食べて気に入ったら家に置いておきたくなるッス。となると、湿気が多くなる季節は勿論、最高の状態でいつでも食べられるようにしておきたい人間は多いと思うんスよ。セット販売だったり、入れ物があるって分かれば絶対に買いに来るッス。間違いなく」



 熱弁するラクサに驚きつつ一理あると思ったのかリアンは物が出来上がったら見せてほしい、と一言。

機嫌良さそうなラクサはそのまま口を開いた。



「あー。そうだ、仲良くなった職人の一人に薬師がいたんスけど、その人から『冒険者が『誘虫薬』『誘獣薬』『誘魔薬』を買って行った』って聞いてるんス。コレは虫、獣、魔物を引き寄せる効果があるんで、依頼品を集める為に使われる……珍しくはないもののリスクがあるので使い方を間違えるとヤバイもんの一つなんスよ」



 何かを集める為にターゲットを誘うアイテムがあるのは知識として知っていたけど、種類別にそういったアイテムがあることは知らなかったので驚いた。

どういうアイテムなのかって聞いてみると、ラクサは使ったことがあるという。



「お香ッスね。火をつけて、火が付いたらすぐに消す。んで、その場で待機すれば匂いが広がった範囲の対象が煙の発生源に向かってくるんすよ。火を使うんで雨天厳禁、ついでに言えば強風の場合は上手く広がらないか、広がり過ぎるンで駄目っスね。それと……使う時には、事前に『何』がいるのか調べてから使わないとやべーことになるッス」



 そっと視線を外してボソッと呟かれた最後の言葉に私は勿論、リアンやベルも沈黙していた。

脳裏をよぎるのは、集落で経験した『ミルミギノソス』の大行進。

あんな風にいっぱい来られたら困る。その上、話を聞くと分類で括られているだけみたいだから、色んなのが来るんだろう。

弱いのも、強いのも。



「……オバケ用のはない?」


「聞いたことないッスね。夜に『魔物用』を使えば引っ掛かるかもしれないっスけど、アンデッドって嗅覚死んでるのがほぼなんで引き寄せられなかったって話を赤の国で聞いたッス」



 ほっと胸をなでおろした所で、険しい顔をしたベルがラクサへ視線を向ける。

ラクサはラクサで聞かれることが分かっていたらしく、小さく頷いた。



「それ、買ったのが誰なのかわかってるのよね?」



「聞いたッスよ。販売する時に確認するのはよくあることなんで。そしたら、冒険者だって言うんス。どこで使うのか聞いたら『分からない』って」


「分からないって、買いに来てるんだよね? なんで?」



どういうことだ、と思わず口を挟むとベルが溜息を吐いた。

思い当たる節があるらしい。



「なるほどね。その冒険者、新人だったでしょう。お金に余裕のない」


「正解ッス。なんでも『武器屋の前で悩んでいたら話しかけられて、特定のアイテムを買い、店で待機しているその人物に届けるという『依頼』を受けた』らしいッス。金額は破格の金貨一枚」


「……うっわぁ」


「用途などは分からなかったけれど、同じ年位だと思うって言ってたんで恐らく学院の人間っすね。その目的は推して知るべしって具合ッス。ってことで、どれを使われるか、どう使われるか、いつ使われるのかが分からないんで用心して欲しいッス」



 口調のわりに真剣な声色で私たちを見回すラクサに頷く。

ラクサは自分の懐から時計を取り出し時間を確認したあと、先に湯浴みをして寝かせてもらうと戻っていった。

今日は夜の作業はしないで寝るらしい。流石に疲れたみたい。



「あのさ、私ちょっと思ってたんだけど『虫刺され用軟膏』とか作りたいって思ってたんだ。森だし虫に刺されたら結構嫌でしょ? ポマンダーがあってもやっぱり寄ってくることは寄ってくるだろうし」


「天候によってもポマンダーの効果は多少効力が変化するからな……分かった。ベルは何かあるか? 僕は魔獣除けの薪を作ろうと思う」


「……え、なにそれ」


「古くからあるレシピだ。これを火にくべると、魔物除けの効果がある香りが発生する。レシピ自体は学園の図書室で古いレシピ集を見つけたから問題ない。古いレシピの中には採取できなくなった素材や調達が難しいものもあるが、置き換えが可能だ。その中から今回の実習に向けて使えそうなものを出来る限り作る。空き時間は在庫の補填に当てるが、店売り分を考慮する必要があるからそちらも疎かには出来ない。魔力を使い切りたい場合は積極的に在庫関係を調合して欲しい。早めに欲しいもの、多めに保存しておきたいものに関しては黒板に書きだしておくから、調合が終わったら数を書いてくれ」



 分かった、と返事をしたのを聞いたリアンが満足そうに頷いたのを見ていたらしいベルが口を開いたんだけど、表情は険しいままだ。



「ねぇ、私もう少し装備と―――そうね、防御面を固めるべきだと思うわ。警備用結界の強度は最高の物を私が持って行く。これは元々私の物で、工房を留守にした時に使っていたものだから安心して頂戴。工房の警備に関しては、少し精度が落ちるけれど十分な強度を持っている結界を置いていくわ。コレ、当主である姉から押し付けられたから気にしないで頂戴。姉は、トリーシャ液とカリカリ豆が好きでね……カリカリ豆なんて凄まじい勢いでなくなっているみたい。執務中に摘まめるから良いって」



 貴族がカリカリ豆を食べながら何だか偉そうな仕事をしているのを思い浮かべようとして、失敗した。

形容しがたい表情を浮かべていたらしい私を見てベルは軽く噴き出した後、笑いながら続ける。



「他の――…少なくとも工房生には周知すべきね。彼らも警備用結界を調達した方が良いわ。死にたくないなら。ただでさえ、きな臭い話があったでしょう? アサシン系の何かがいる可能性があるってチラッと聞いたの、覚えている? それが来たら少なくとも二、三人は死ぬわよ。どこにいるのか見分けるのがとても難しいから特殊な才能を持った人間か色を付ける必要があるのだけれど……複数の着色用罠をつけなくちゃいけない。相手が見えなきゃ攻撃しようもないし」



 曰く、地面に設置する系の罠は『飛行』しているタイプには効果がないし、網罠と呼ばれるものを仕掛けても鋭い刃のようなものを持っているならば切られて終わりだ。



「一番楽なのは煙幕タイプね。今回私たちの班にはディルがいる。一定期間、土で作った窓のない空間で野営するのを選んだ方が良さそうね―――魔力が持たないようならば、煙幕は定期的に結界の外で炊く必要があるけれど、その煙幕に着色効果はつけておきたいの」


「そういう事なら、古いレシピに載っていたものがあるからそれを参考に作ってみてほしい。爆弾と丸薬を合わせたようなものだ。着色塗料に関しては使い終わった灰でもいい」


難しい顔になったリアンとベルが話し合っていたので、私も手を挙げてみる。

 はいはーい、といえば呆れたような、でも眉間の皺が少し薄くなった二人が顔をこっちに向けてくれた。



「折角だし、塗料も作らない?着色効果があって一定時間で消えるものってきっとあるよね? 昔から着色塗料みたいなのが使われていたなら、絶対レシピがどこかにあると思うんだ。で、自分達で調べるのもいいけど、時間の関係もあるからワート先生に相談して聞いてみた方が早いと思う。錬金科の担当教師だって、折角良くなってきてるのに生徒が死んだら困ると思うんだよね」



 先生に依頼すればレシピは勿論、ちょっとした材料も手に入れてくれたりして?

悪戯を思い付いたようなそんなワクワクする気持ちで口に出した案は、ぽかんと口を開けた二人にとっては予想だにしなかった提案だったらしい。

少しして、内容を噛み砕き理解したらしい二人はパッと雰囲気を変えた。



「その手があったか! この後すぐ、学園に行くぞ。ライム、センベイの予備はあるか?」


「うーん、ない。作ってく? 折角だから最大量で調合して、少しでも在庫作っておこうよ。米を粉にしたものはサフルが空き時間に作ってくれてたみたいだし、リアンの交渉でウォード商会から『米粉』って形で仕入れられることになったから遠慮なく作れるよ」


「分かった。レシピは分かっているから僕らもそれぞれ調合して、出来たら各種10枚ずつ持って行く。ソレを交渉材料にして僕が出来るだけいい条件を引き出せるよう『提案』をしようと思う。少々時間がかかる可能性があるから、帰宅が遅くなることもあるだろうが……」



「それに関しては仕方ないわ。一日くらい調合しない日があってもいいでしょう。糸の調合もしたかったけれど、優先順位ってものがあるし私は問題ないわよ」



 ベルの言葉を最後に私たちは三人で素材の計量などを済ませさっさと調合を開始。

サフルも話を聞いてくれていたのか色々とサポートしてくれたので順調に進み、私達はセンベイ三種類を持って夜の学院に向かう。


 まだ、寝るような時間ではないと分かっているけれど、出来るだけ急ごうと走って向かった。体を鍛える為にもいいし、ちょっと走って頭がすっきり。

 学園に着く前で、走るのを止めて息を整えるために早足での移動に切り替える。

夜になると冒険者や観光客がお酒を飲んだり、歌を歌ったりしてなかなか賑やかになるというのは聞いていたし、何度か見たことがあったので絡まれないように早足で駆け抜けたりもした。


 早めについた学園に入るのは大きな校門の横に立っている警備兵士さんに腕輪を見せるだけで済んだので、人がいない静かな学園を進む。

リアンは何度か来ているようで、勝手を知っていた。

受付の人に話をして、そのままワート先生の部屋へ。

ノックをすると不思議そうな声で返事があったので、リアンが名前を言えば慌てたように室内を移動する音が聞こえてきた。


 出てきた先生はほんの少し顔が赤くなっていてお酒の匂いがした。


(飲んでたな。これは)


 半目になった私を余所にリアンが真顔で一言「大事な話が」と口にしたので赤らんでいた先生の顔色が普通に戻り、恐る恐ると言った風に口を開く。



「……解散するとかじゃないよな?」


「違います。ですが、ワート教授や――――他の工房担当者には知って頂いた方がいいかと思いまして」



 そう声を潜めたリアンに先生の表情が切り替わった。

無言で室内に招き入れてやや酒の匂いが残る、時々足を踏み入れていた先生の研究室のソファへ。

 たっぷり入るマグカップにお茶が注がれ、先生も酔い覚ましを兼ねているのか同じものを手に戻ってきた。

先生が座ったのを見て、私はポーチからセンベイ入りの紙袋を取り出す。



「先生、とりあえずコレどうぞ」


「お。すまないな。ん? なんだ……随分軽いな。あービスケットか。随分デカいが」


「ビスケットではなく『センベイ』と名付けた商品で今度売り出すものですね。数量限定ですが」



 へぇ、と感心しているのか何とも言えない生返事を返して先生は塩センベイを一枚取り出し、一口咀嚼。

どんどん顔色が明るくなってきて、サクサクザクザクとあっという間に一枚完食。

三つある袋をそれぞれ開けて、まだ食べていない袋からセンベイを出しては、色が違う、味が違うと賑やかに話し始める。



「いやぁ、美味いなこれは。お前らの工房で売ってるのか? いつからだ? 視察も兼ねて買いに行くから後で教えてくれ。学園長あたりも絶対気に入るぞ」



 もう一枚、と手を伸ばしかけて直ぐに私たちが来た用事を思い出したらしい。

そういえばどういう話だ、と聞かれたので良くも悪くもワート先生はワート先生だなぁと思う。最初の頃とは印象が違うんだけど、あれは本人曰く『猫を被っていた』らしい。

なんでも、私達の評価が上がるにつれて教員の中での立場もかなり良くなったとか。



「つい先ほど、薬師から『誘虫薬』『誘獣薬』『誘魔薬』の購入者が、学院の生徒かもしれないという情報を入手しました。購入者は若い冒険者を金で雇って購入したとの事です」


「……それは」


「購入者は恐らく僕らと変わらない年である、と。また、森でアサシン系の魔物かモンスターによる被害が少なからず報告されているようです―――他にも、学院にいらっしゃる教授の耳には入っているでしょう? 工房生が良く思われていないという状態を。騎士科と錬金科の折り合いが悪いことも。騎士科でも貴族とそうでないものの溝が深いことも」



 ここまで話したリアンに先生は、ため息を深く吐いて、そうかと重々しく息を吐いた。

そして少しの沈黙の後、ズッとお茶を啜る音が空間に落ちる。



「で。俺に何をして欲しいんだ?」


「話が早くて助かります。工房生だけで構いません、強度の高い警備結界を買うように進言して下さい。事情を話すのは、工房生と彼らと組んでいる騎士科の人間にだけで構いません」


「待った。この情報は錬金科全体に知らせるべきだろう。そうでなきゃ―――」


「薬を買ったのが騎士科の生徒だとは言い切れない状況なのに、ですか?」



 間髪入れずにそう告げたリアンに先生は空気を噛んだ。

先生が黙ったのを見てベルが続けて口を開く。

燃える様な赤い瞳には、たぶん、怒り。



「私は、自分を害するかもしれない人間にまで手を差し伸べるような真似はしませんわよ。散々こちらを嘲笑い、蔑ろにして、その上命の危機に追い込もうとしている相手に手助け? 冗談じゃないわ。工房生の連中とは面識があり、そのようなことをしない、する必要がないというのが分かっていますの。だから情報を共有する。彼らと組んでいる騎士科の騎士も私たちの知り合いです。だから、命が助かるよう配慮する」



 そこまで話をして、ベルはクイッと口の端を持ち上げた。

迫力のある顔だったけれどとてもベルらしくもあるように思う。はっきりしてるんだよね。



「私に害をなすかもしれない人間のどこに価値を見出せとおっしゃるの? 私、騎士を多く輩出し王家に仕えてきた血筋ですの。守るべきもの以外は状況を見極めて切り捨てるくらいワケないですわよ?」


「僕としては『非常に心苦しい』のですが、仕方のない事でしょう。警備用結界にも数がある。全生徒に知らせてしまえば、金のない庶民は大変不利だ。逆に被害が広がる可能性もある。ただ、そうですね……第一区間に行くと意思表明をしている生徒は恐らく安全でシロだと見ていい。唆した人間は紛れているかもしれませんが、実行するのは第二区間にいる人間ですから」



 静かになった二人からチラリと視線を向けられて、私も何か言わなくちゃいけないのかととりあえず口を開いてみる。

私が言えるのは簡単なことだけだけどね。




「アイテムを使うことの責任って、錬金術師なら知らなきゃいけないし、もし錬金術師じゃなくってもちゃんと自覚しなきゃ。ほら、教えられても分からないって人は必ずいるでしょ? 今回それを使ったら絶対誰かが死んじゃうから、ある意味いいお手本ですよね。それとこの日って私たちの他に使う人、いないですよね? 冒険者の人とか」


「学院と国によって規制されるからいないな。不満も出たが、国の将来を担うものを育てる機関、というのもあって冒険者ギルドや他のギルドからも了承を得ているし情報は既に様々な場所で流してもらっている。当日は騎士団が住人や冒険者が入らないよう見張りをしてくれることになった――――中には、お前たちが中へ入ると聞いて心配をして参加を決めた騎士もいる」



初めて聞いたことに驚いたけれど嬉しかったので、思わず口元が緩んだ。

他の二人もそうだったらしい。



「私も、リアンやベルの考えと大体一緒です。それに、関わっていない錬金術師の人にも丁度いいと思うんですよね。私も調合していて忘れがちなんですけど、アイテムって使い方によっては凄い被害を生むことがあるっていうの。実際に体験すれば少しは忘れなくても済むかなぁって……他人事で申し訳ないんですけど」



 あはは、と笑えば分かりやすく先生の顔が引きつった。

リアンとベルは分かる、分かる、と頷いてくれているのでホッとする。

たっぷり数秒置いてから、先生は頭を抱えて深く、深く息を吐いた。

じとり、と私たちを見る目からは疲れ果てたような色。



「分かった。よぉく分かった。学園長が作ったあのうさん臭い白い箱は、正しかった。あれ、絶対お前らの思考読んでやがる」



ガシガシと頭を掻いてそして、先生は分かったと頷いた。



「学園長と工房生を担当している教員にのみ伝えよう。俺も年々危機感は持っていたんだ。此処の学院で生活し、錬金術を学んでいる生徒が軽犯罪を犯す率が年々上がってきている。加えて今年は違法薬物調合というとんでもない事件も起きた。それに危機感を募らせた教師が特別講義をしたが理解しているものは少ないだろう。まぁ、何人かは死ぬだろうが……どのみち、似たような道を辿る筈だ。このままだとな」


「ですよねー」

「でしょうね」

「むしろ何もない方が奇跡でしょう。レベルが低いどころの話ではない」



 私が思わず頷くとベル、リアンもすぐに首を縦に振っていた。

 でも、先生が許可するとは思っていなかったので聞いてみると、先生は『苦労して』教員になった方だからだという。最初から貴族で順風満帆にコトが進んだ人間なら自分みたいな考えはしない筈だとも言われた。



「ま、この件に関しては任せてほしい。工房生担当の教員も教員間で嫌がらせやら面倒ごとに巻き込まれることが多くて辟易していたんだ。金を払って入学してきた若い才能の芽を『摘む』のは好きじゃないが、自滅する分にはどうにも、な?」





 そう言って笑った先生は悪い大人みたいで思わずうわぁ、と顔をしかめると泣かれた。



 お待たせいたしました。

誤字脱字変換ミスなど、ありましたら誤字報告にて教えて下さると嬉しいです。

また、評価・ブック・感想などとってもありがたいです!


ちょくちょく更新が遅れることもあるかもしれませんが、多めに見て頂けると本当に有難い(汗

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 三日程度ならともかく一ヶ月も、冒険者たちに森に入るなと規制できるものだろうかと、以前もやもやしていたのを思い出しました。 一ヶ月、採取や討伐できないって死活問題ですよね。冒険者たち全…
[一言] ああ、失礼しました。 『誘獣薬』系のアイテムは違法薬物って訳ではなかったですね。 ただ使用目的や使用法で問題が発生した場合に、バレたらかなりの賠償責任を負うだろうってだけで。
[気になる点] ライム達が在籍している学校は、学園ですか?それとも学院ですか? 初期の頃からずっと学園になったり学院になったりころころ変わるので気になっています。 どちらかに統一されないのですか?
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