225話 新人とは?
今回は中々楽しかったです!
盾!盾についてもアレコレ!
はーー!装備とか揃えるのってわくわくしますよね!!!
朝日が昇る前の、まだ暗い時間に意識が浮上する。
何時ものように起き上がろうとしたけど、痛みと倦怠感が同時に襲ってきて、四苦八苦しながらゆっくり上半身を起こす。
見事に全身筋肉痛だ。
原因は昨日の金属調合。
私とベルは『分解石』を使って金属調合をしていたんだけど最後の方には体力のあるベルですら『もうしばらく金属調合はしたくない』って言っていたほどだった。
魔力回復薬を何本も飲むことになってお腹もちゃぷちゃぷ。
「朝になったらお腹が空いて、喉も乾いて、ついでに魔力も全快してるって言うのがなんとも言えないけど、便利は便利だよね」
不思議なのは魔力をすっからかんになるまで使い果たしても、翌朝には回復している事。
魔力量が増えたから半分しか回復しない、みたいなことになるかなぁとも思ったんだけど全く問題なかったので少しほっとしたのは此処だけの話だ。
「さてと。ルヴ、ロボス……は起きてる? 今日はサフルと一緒に工房の見張りお願いね。大丈夫だとは思うけど、泥棒とか強盗が入ったら殺されないように気をつけながら、撃退して欲しいんだ」
着替える前にしゃがみ込んで目を合わせると二頭は吠えて返事をした。
留守番と言わなかったのは二頭が『愛玩動物』じゃないからだ。
戦力になることは教会裏の森で分かってるしね。
私の帰りが昼過ぎになる可能性もあることを伝えて、念のために、ご飯はサフルに渡しておくからね、と伝えながら着替える。
自分の身支度が済んだら、簡単にだけど二頭をブラッシングしておく。
二頭とも好きなんだよねーなんか。
部屋を出て真っすぐに台所へ向かい、魔力を入れたミルクを少しだけ。
麦茶は冷めるまでかかるから作って置いておく。
二頭の食事は私たちが工房を出た後になるだろう。
(今日はご飯食べたら日が昇る前に鍛冶屋に行くって言ってたし)
鍛冶屋は基本的に忙しい。
今回はいつの間にかリアンが手紙を出して会う時間を確保してくれていたから、話ができるけど普通なら難しいみたい。
武器や防具をオーダーメイドしたいって人は多くて、そういう人は一日中ひっきりなしに訪れるんだとか。
材料の検品、開店準備、オーダーの整理なんかもあって単純に忙しい。
だから、この日の何時に行ってもいいですか?って手紙を出した方が相手も「くる」のが分かるし、相談内容なんかも書いておけば把握がしやすいから比較的話をつけやすいそうだ。
(あと、店の前で元貴族騎士のレイが合流するって言ってたけど)
時間はきちんと指定したみたいだから私たちも間に合うように行かなくちゃいけない。
打ち合わせには結構時間がかかるそうで、朝食は軽く食べて、一番街や二番街で食事をしながら【センベイ】を配りつつ、最近のことを聞ければいいな、ということに。
実は、一番街のお店には『噂』が結構集まるみたいなんだよね。
冒険者や騎士は一番街で買い物をすることが多い。
ふわぁ、と欠伸をしつつコップにお水を入れて洗い場へ。
うがいをしてから顔を洗って、髪を整えた。
小さな蓋つきの鏡はスールスの街でリアンがくれたんだよね。
「鏡持ってないのって普通だと思うんだけどな」
サッパリしたついでに外へ視線を移す。
まだ暗くて夜明け前そのもので、星も見える状態だ。
よく考えるとこんな時間に商店街に行ったことはなかったことに気付いてワクワクしてきて
(時間帯によって商店街の雰囲気も違うのかな? どうなんだろう)
なんて考えながら歩いているとラクサの部屋がガチャッと開いた。
「おはようッス。早いっスね」
「おはよ。ほら、集合時間が早いから仕方ないよ。サフルは工房で庭を整備したりするみたい。ルヴやロボスも待機しててもらうことになったから、スープとパンは出しておくね。早く帰ってきて小腹空いてたら食べて」
部屋から出てきたラクサは荷物が入ったリュックを背負っている。
何が入ってるのかなと聞いてみると試作品や商売のタネが入っていると言われて納得。
【センベイ箱】もあるッスよと歯を見せて笑ったラクサの目の下にはしっかりと隈があった。
呆れつつ、早く帰ってきたらひとまず昼寝したらどうかなと提案すれば頷いていたので、本人も無茶をしている自覚はあるらしい。
「にしても、なんかライム達と出会ってから驚くくらいツイてる上に、変化が目まぐるしくって―――前の腐っていた状態に比べたら天国だな」
「私も首都に来てから何だかバタバタしているうちに、お店も開けて調合も出来てお金の心配も多少なくなってビックリだよ。一緒だね」
他国からツテもなく出てきたラクサと、何も知らないまま都会へ出てきた私はちょっぴり似ていると思う。
ベルやリアンは首都モルダスで長く過ごしてるから、色々と詳しいし、私やラクサだけが感心したり初めて知ったっていう知識を持っていることが多い。
そういうの、ラクサが来るまで誰かと一緒に知らなかったねーなんて話せなかったから私にとっては田舎仲間みたいな感じがして話しやすいんだよね。
ニッと笑って覗き込めばラクサは一瞬目を見開いて同じように笑った。
「――…一緒ッスね!」
「ベルとリアンは完全に都会人だもん」
「確かにオレっち達は田舎者ッスよね~。集落で川エビ獲ってる時の顔見たッスか? すっげぇ顔してたんスよ。話を聞くうちにディルが意外と手慣れてることに納得したんスけど、意外って感じだったッス」
ディルが私と一時期暮らしていた事や私が暮らしていた環境については、ある程度察しがついたらしい。
集落で私やディルが「懐かしい」と喜んで参加していたことは、ラクサも手慣れていて話を聞くと似たような経験をしてきたことを知った。
(集落では時々三人で集まって話をしたっけなぁ。ディルも「あいつは話が分かる奴だな」ってよく言ってたし、色々獲って楽しかったからまた行きたい)
どう動いたらたくさん獲れるのか分かっているから説明しなくても追い込めるし、連携出来て楽しいんだよね。
「今日はラクサも早いんだよね?」
「そうっスよ。この後全員揃ったらオレっちの予定話すんで、そっちのも教えて欲しいッス」
「今日は多分同じような時間に工房を出るだろうから、食べながら話そうか。あんまり時間かかる話でもないし」
「了解したッス。んで、今日のスープなんすか?」
「今日はミソスープにしたよ。パンじゃなくて丼にコメと具をのっけて食べる感じのご飯にした。ほら、その方が早いし」
「あー、うまいやつだ、絶対に。手伝うッスよ、用意は終わってるんで。ライムの方は準備は?」
「バッチリかな。ルヴ達のご飯も作り置きがあるし、サフルの分も問題なし」
台所に戻るとサフルが店舗スペースの掃除をしている所だった。
店を閉めている日でも掃除してくれているから助かる。
お礼を言ってから台所で麦茶が冷めているか確認。
「お肉が続いてるし、そろそろ魚が食べたいよね。まぁ、今日はパパッとできるお肉にするんだけどさ」
「いいッスね。めっちゃうまそう」
「あとは茹で野菜に味付けしたものでいいかな」
洗って欲しいものを渡して、チャチャっと朝ご飯。
食材は使いやすいようにあらかじめ切り分けているから火を通すものってかなり使いやすいんだけど、野菜だけは使うモノによって切り方が違ってくるし、モノによっては茹でた後に切ったりもするからそのままなんだよね。
沸かしたお湯にミソスープの具になるキノコやら野菜やらを入れて、お肉は薄切りにしたのをマタネギと一緒に煮込む。
味はショウユと砂糖、別の料理でとって置いた煮汁を加えて味を調える。
付け合わせの野菜は彩を考えて濃い緑の葉物とキャロ根を合わせておく。
スープの方に沢山野菜が入ってるから大丈夫かな、と思いつつアリルを一口大にして盛り付けて置いた。
さっぱりするしね、口の中。
アリルならルヴ達も食べられるのでこっちにも用意しておく。
料理が揃い、サフルとラクサに配膳を頼んだ私は二階に向かったんだけど、呼びに行こうとしていた二人が降りてきた。
どちらもしっかりと錬金服を着ていて、ベルも普段以上にしっかりと身だしなみを整えているようだ。
「おはよー。ゴハン出来てるから食べよう。予定は食べながらね。洗い物はサフルがしてくれるって言ったから、直ぐに出ようよ」
「ああ、おはよう。僕らは少し余裕があるし冒険者ギルドに顔を出して割のいい依頼を探すのも良さそうだな」
「おはよう、ライム。今日の食事は何かしら? 私、今日は絶対に調合しないって決めてるの。特に金属」
ふっと笑顔を浮かべたベルに苦笑して私たちは全員食卓に着いた。
ルヴとロボスには麦茶を出しているけど、ご飯はまだお預けだ。
皆、全ての料理を一口ずつ食べてから自分の気に入ったものから食べ始めるのでかなりわかりやすい。
リアンはミソスープ、他の三人は丼から食べ始めた。
私は野菜の和え物が先。
「僕らの予定だが、食事を終えたら二番街を見て回って必要なものがあれば買う予定だ。ある程度素材にもストックがあるから、希少であったり買い時であるものくらいだな、交渉にもある程度時間がかかるから最低限にする。無ければ帰りに寄る程度にとどめる。ラクサ、欲しいものがあれば買い付けておくが?」
「じゃあ、加工用で品質のいい金や銀のインゴットがあれば頼むッス。後は魔石硝子ッスね。紹介はしてもらえることになってるッスけど交渉が上手く行かなかったときのことを考えると安く確保できるなら助かるッス。品質は最低でもBで。色は特に指定ないんで任せるッスよ」
魔石硝子の工房にはニウスもいるから、代理で聞いておくことはあるかと言われて私たちは首を振った。
宝石の街スールスで起こったことはそれなりに話題になって、被害者には当事者が犯罪奴隷落ちした際のお金が均等に分けられたとか。
(騙されたって人が何人も詰め掛けたみたいだし、暫く大変そう)
ミソスープを啜って、具を口に入れる。
その中のゴロ芋を潰して小麦粉を混ぜたものを茹でて、具にしたものを食べていてふと昔のことを思い出した。
(これ、備蓄してた食べ物がゴロ芋と少しの小麦粉だけって時にウッカリ……できたんだよね)
食感は良かったけど味はゴロ芋だったし、いい思い出はあんまりない。
腹持ちがいいことに気付いてからしょっちゅう食べるようにはなったけど、好んで食べたいとは思わなかったっけ。
(調味料なんて使い果たしてギリギリひと冬過ごせるだけの塩しかなかったし)
良く生きてたな、と思いながら無心でゴロ芋の練りものを咀嚼。
いや、味がついてるだけで凄く美味しいんだよコレ。
なんだかなぁと思いながら咀嚼していると野菜を飲み込んだベルが続けた。
「レイとの待ち合わせ場所は『オロス防具店』で相談は朝4時から。待ち合わせる店は一番街にあるから、まとまり次第商店街を回ることになってるわ。早い店でも開店は6時からだから、十分時間はあるし訪問することは予め手紙を出して了承を貰っているから迷惑にもならない筈よ」
「一通り回ったら、冒険者ギルドで手頃な依頼を見て、ウォード商会に行く。母には話を通してあるから錬金術で作った布や糸を見てもらうつもりだが……」
チラッと視線を向けられたので自分の用事を思い出す。
古本を買いたいって伝えてあるから、それはいいとしてもう一つ欲しいものが増えたのだ。
「私、商人ギルドに寄って欲しい。そこで【分解石】をたくさん買い込みたいんだよね。アレ、なんだかんだで金属調合の時に役立つし安いから、安いうちに買えるだけ買おう」
「商人ギルドか。それなら僕もいくつか手続きを済ませておくか。【乾燥袋】などのオリジナル調合は登録しておきたい。登録さえしてしまえば権利はコチラのもので、後で似たようなものが出来たとしても色々有利だからな」
「……悪徳商人の顔になってるよ、リアン」
「あーそれならオレっちも登録しておいた方が良さそうっすね。【センベイ箱】とか」
動かしていた手をとめて何やら難しい顔をするラクサにリアンが頷く。
今思い返してみると、ラクサって結構色々作ってるよね。
私たちのアイテムと一緒に売り出してるから、色んな効果がついてるものが多いし。
「その方がいいだろうな。ああ、あと登録後に『登録証書』を貰っておくといい。細工師試験を受ける際に昇級加算されるはずだ」
「………なんスかそれ。初耳なんスけど?」
「知らなかったのか。商人ギルドに登録された商品は各ギルドで一定の評価対象になる。現物の提出を求められることもあるだろうが、実際に売り出しているものもあるし必要なら僕が一筆添えてもいい。まだ学生とはいえ錬金術師との共同作成アイテムを登録しているというのは、かなり有利だぞ。そういうのも見越して色々僕らの要望を聞いていたと思ったんだが」
「いや、単純に便利そうだし売れそうだったんで聞いてただけッス」
「………ライムと似てるが、もうすこし制度について勉強しておいた方がいいぞ」
呆れ果てたような視線を向けられて私とラクサはサッとリアンから視線を逸らした。
分かっちゃいるけど、あの文字だらけで難しいことがずらーッと回りくどく書かれた文章は読む気にならないんだよね。
「オレっちはとりあえず、教えて貰った工房で交渉ッスね。あ、商人ギルドと細工師ギルドに寄って色々手続してくるっス」
そう言って食事を終えたラクサが立ち上がったんだけど、ベルがそうだわと一言呟いて一枚の封筒をラクサに差し出した。
「これ、使っていいわよ。細工師ギルドで出しなさいな。多分、定期試験を無視して特別試験を受けられるわ」
はい、とまるでその辺の雑草を渡すような気軽さで封筒を渡したベルは、野菜を口に入れて「これはこれで美味しいのよね。さっぱりして」なんて呟いている。
一方、封筒を受け取ったラクサは目も口もポカンと開けて手紙を受け取った体勢でベルを見ていた。
「………ハ?」
「上流貴族の許可証よ。私の家って割と手広くあれこれやっているのだけど、細工師ってお抱えがいないから武器にも色々効果を付加できるって伝えたら、お姉さまが興味を示してね。ランクを上げて腕を磨いたら一度、武器に細工をして欲しいんですって。ほら、付加魔術って色々面倒でしょう。だから、細工でどうにかなるなら安く長く使えるんじゃないかってはしゃいでたわ。暇さえあればダンジョンに行く機会を窺ってるような人だから」
「………待った。情報が多すぎて、理解が」
「そう? まぁ、使えるものは使っておきなさい。ランクなんて貴方の腕なら問題なく通るわよ。今日受かって、販売価格を見直すといいわ」
ごちそうさま、と一言言って立ち上がったベルは颯爽と口をゆすいでくると食卓を離れた。
ラクサは暫く呆然としていたけれど、助けを求めるように私とリアンに視線を向ける。
「僕は何も言っていないぞ」
「私も。でも貰えるものは貰っておいたらいいんじゃないかな」
「………いや、まぁ、そうなんスけど」
色々と釈然としない、とか予定が、とか呟いているのを見てひっそり笑ったのは内緒だ。
工房を出る時には、ラクサの顔が少し緊張で強張っていたけどベルが散々笑って揶揄ったおかげで別れる頃には通常通りになっていた。
なんだかんだでベルも面倒見がいいんだよね。
本人に言ったら「あら、貴族たるもの『使えそう』な人材は自分で育てるものなのよ」って澄ましてたけど。
◆◇◇
朝にもならない薄暗い二番街は、意外と静かだった。
露店はちらほら出ている程度だったんだけど、売っているものの値段が凄く高い。
ギョッとしているとリアンがそっと教えてくれた。
「―――早朝の日が昇るまでの数時間限定で二番街で扱われる品物だが、希少品が多い。価格がある程度分かっているもの、珍しいものなんかはこの時間に来ないと買えない。大概が売り切れるからな」
残るものもあるが、と小声で話しながらリアンは口元に笑みの形を張り付けて忙しなく視線を商品へ向けている。
まぁ、結局買わなかったんだけどね。なにも。
(珍しいのはあったけどね。金ぴかのよくわからない置物とかベルとリアンに『まだ早い』って言われた謎の本とか。変な絵とか)
「二番街ってやっぱり変わってるよね」
「まぁ、否定はしない」
「出来ないわよね。否定……今日は色々酷かったし」
無言で私たちは二番街を通り過ぎて、一番街へ。
人通りがまばらで、なんだかフードを被った人が多い気がする。
(変なの。みんな早足だし)
朝日が出ていない、薄暗い時間。
眠っている人が多いからか酷く静かだ。
キョロキョロと周りを見ているとペシッと頭を叩かれた。
「しゃんとしなさい。この時間は……あまり、関わりにならない方がいい相手が多いわ。夜の終わりだもの。日が昇ると眠る人もいるの」
「……うん」
分かればいいのよ、とベルに言われて私はフードをギュッと掴む。
今回は最初からフードをしていけって言われたんだよね。主にリアンに。
錬金煉瓦が敷き詰められた商店街にはまだ外灯がついていた。
ただ、光量は調整されているみたいで夜の外灯と比べると何処か光が柔らかい。
夜とは違うスッキリとした、程よく冷えた風に混じって微かに音が聞こえてくる。
どうやら閉店中の店から聞こえているようだ。
「静かだけど音はするね」
「ああ、開店準備をしているから微かに音はするだろう。もう少し行くと音は多少大きくなる。防音系の魔具は置いてあるが完全に音を遮断できる品質のものは少ない」
なるほど、と頷いて一番街を進む。
空を見ると天に向かってモクモクと立ち上る白の煙が見えた。
煙突から出ている煙は少なくない。
(何を作ってるのかは分からないけど、朝早くからアイテム作成か。錬金術師と大差ないよね、他の仕事も)
アイテム作成には、基本的に『火』が必要になる。
首都ということもあって工房数は調整して空気が必要以上に汚れないようにしているらしい。
ただ、全くのゼロだと有事の際に困るらしく、色々了承した腕のいい職人に国が工房のある土地を貸し与えているんだとか。
首都には職人や騎士以外にも一般市民や貴族もいるから、いざという時に一定期間は籠城できるようにしてるとかナントカって聞いた。リアンとベルから。
「あ、もう来てるみたいだね」
ほらあそこ、と指さした先には『オロスの防具屋』という看板がかかった建物があって、その下でウロウロとうろつく淡い金茶髪の姿。
服装は騎士科のもので鎧なしのラフな格好をしているのを見て駆け寄ると足音で気付いたらしく、パッと顔をあげた。
赤紫の瞳が防具屋の軒先にぶら下がるランプの光を受けて輝いている。
「ああ、まさか本当に来てくれるとは!」
「……そういう『約束』だったでしょう。僕らが約束を破るような真似をする人間だと思っていたと?」
「いいや、そうではなくってね。色々立て込んでいるだろうから、遅れたり後日にと連絡が来る可能性が大きいと思っていたんだ。なにせ、僕らの友人達が君たちの橋渡しのお陰で将来有望な錬金科の工房生と組めたんだからね! 最愛のシュガーと組むのが数少ない貴族籍を持たない女性騎士で良かったのか悪かったのか」
クゥッと拳を握り締めて震える姿は何とも言えない近寄りがたさがあって、私はそっと視線を逸らした。
ベルは感情がごっそり抜けた目でレイをみていて、リアンは早急に視界から外し懐から時計を取り出して時間を確認している。
「そろそろいくか。少し早いが問題ないだろう」
「おお、それはありがたい」
ニコニコしながら大げさな身振り手振りで感情を表そうとする彼にリアンが優等生の表情を放り投げて、いつもの無表情で淡々と告げた。
「レイと言ったか。僕もライムも貴族ではないし、ベルは貴族だが貴族籍を抜けた以上必要以上に気を使う必要はない。寧ろそのような対応をされると非常に面倒かつ煩わしいので控えてくれ」
時間だから行くぞ、とさっさと彼の前を通り抜けて店のドアをトントンとノックする。
すると意外と早くガチャッとドアが開けられた。
そこに立っていたのは見覚えのない人。
「いらっしゃい。君たちが『アトリエ・ノートル』の錬金術師様だね。どうぞ中へ」
そう言って軽く会釈をした彼はフードを被った私の方を見て何故か納得したように何度か小さく頷いている。
ドアノブに『商談中』の札をかけた彼に促されて店内に入れば鍵が閉められた。
「商談中と書いてあっても入ってくる人は入ってくるからね。双色のお嬢さんもフードを外して気楽にしてくれると嬉しい。師匠には聞いているし、この界隈じゃもう有名人だ。何より、武器屋と防具屋程安全な店もない」
戦争にでもなれば真っ先に狙われるから、色々と仕掛けが多いのさと男性は笑って私たちに頭を下げた。
「改めて―――オレが『オロスの防具店』店主のアーロスです。師匠のガロスは武器屋で別口の商談中だから、今回の防具は全てオレが担当することになるけど構わないかな」
「防具屋のアーロスと言えば首都でも上から数えた方が早いと言われるほどの腕の持ち主でしょう。謙遜なさらないで下さいな。私の生家であるハーティー家も世話になっているようですし、今回使用してもらう素材は私達が手がけましたの。どうぞよしなに」
そう言うと口元を隠して微笑むベルにアーロスさんは照れたように笑っていたけれど、時間が惜しいということで今回作る防具の話に進んだ。
慣れた様子でカウンターの中に入ったので、私達がポーチから昨日必死で調合した【鉄のインゴット】を出して並べる。
縦20センチ、横10センチ、厚さ3センチの重さが4710グラムのインゴットだ。
最大調合量で作った鉄はこの重さと大きさになった。
品質が悪いと微妙に重くなるんだけどね。
「随分と品質が……これを一から作られた、と」
私達がハイ、と頷けばアーロスさんは一言断ってカウンターに乗せたインゴットを手に持った。そのまま色々な角度から眺め、深く息を吐いた。
アーロスさんは静かに話し始める。
「このレベルの【鉄のインゴット】を持ち込んだ新人錬金術師をオレは今まで一度も見たことがない。恐らく師匠もそうだと思います―――…これは、錬金術を学び始めて一年も経っていない人が作ったものだとはとても信じられません」
ふぅ、と息を吐いてそして妙に熱がこもった目で見据えられる。
意欲のようなものが燃えているのが分かった。静かに、でも確かに。
「調合金属、錬金金属と呼ばれる錬金術師が作った金属を取り扱える機会はそうない。幸い、師匠が有名なお陰で経験はありますが【鉄のインゴット】で品質Sの素材を扱えるとは思いませんでした。ああ、これはやりがいがある。使用者は彼ですね? 君、ちょっとこちらへ。希望の防具は」
前のめり気味にカウンターから身を乗り出した彼は、面白くてたまらないというような表情だ。レイは少し戸惑いつつ、口を開いた。
「敵の攻撃を受ける大盾を」
「盾! それはいい。デザインは色々あるよ。まぁ、値段との兼ね合いも出てくるから―――予算はどのくらいかな」
ここでリアンが金貨の入った袋をカウンターに置いた。
ルヴとロボスの回復薬をって話だったんだけど、二頭とも預けることになっているし回復薬の費用は私が元々出すつもりだったから問題なし。
「実は金貨7枚で彼の盾、防具、武器を揃えたいんです。優先順位は盾、防具、武器でお願いします。僕らが行くのは第二区間なので一番装備が貧弱な彼をどうにかしようということになりまして。足りない素材は可能な限りこちらで準備します」
どうにかなりませんか、とリアンが告げるとアーロスさんが素材を眺めながら視線を私達へ向け、何かをサラサラとメモ用紙に書き始める。
「一般的に大盾と防具を作るのに必要な素材はここに。大きさや求める性能によって必要な素材も増減するので、目安としてはこれが一般的ですよ。これだけのインゴットがあれば盾と防具は問題なく作れるのですが、武器の方は何とも。ちなみに使用武器は?」
「学校では剣を。適性は棒術でしたが」
「苦手武器を使ってたのか。ただ、棒術に大盾の組み合わせはあまり聞いたことが……いや、それなら素材は何とかなるか……? すいません、ちょっと隣に行って師匠に聞いてみます。これほどの金属だ。黙って武器まで打ったら怒られそうなので」
頭を下げて裏口と思われる扉からアーロスさんが出て行ったんだけど、残された私たちは顔を見合わせて、とりあえず必要なものが書き出された羊皮紙を覗き込んだ。
革素材、金属染料剤、魔石(若しくは宝石・魔石硝子などの魔力を貯められるもの)と書かれている。
「革素材と魔石は何とかなるよね。でも、金属染料剤は作ったことないけど」
「僕もレシピは知らないな。そもそも金属を染める染料があるとは思わなかった」
「同感ですわ。恐らく効果も違ってくるでしょうし、これは詳しく聴いてみましょう―――レイ、アンタは店内にある大盾を見て使いやすそうなのを選んで頂戴。それに近い形で作って貰う方がいいわ」
「あ、ああ。なんというか……凄いんだな、君たちは」
茫然としたような言葉を受けて首を傾げる。
リアンやベルは少し思い当たる節があるのか目を逸らしているけれど、私にとっては『普通』で出来ることをやっているだけだから褒められたこと自体が驚きだった。
「好きな調合してるだけだよ、私達。経営が凄いのはリアンがいるからだし、店が安全で貴族にあれこれ言われなくて済むのはベルのお陰だもん」
私がやっているのは、ご飯作りと一人で暮らしていた時と同じ採取・調合くらいだ。
色々調合出来るのはおばーちゃんのレシピ帳があるからだし、調合が成功するのだって小さいころからやっていたから以外の何物でもない。
「いや、双色の君も十分凄いと思うが」
「あはは。私は髪色と魔力がちょっと珍しいだけだよ。私と同じような環境にいて、それでもって『おばーちゃん』みたいな人がいれば皆出来るようになるって」
特別なことは何もしてない、と言えばレイはそんなものか?と訝し気にしていたけど、そうそう、と軽く返しておく。
(努力をしたってわけでもないんだよね。好きだったからやってただけだし)
努力って言うのは多分、辛くて大変なことを言うんだと思う。
だから、私のは努力でもなんでもなくって環境と運が良かったってだけ。
もうちょっと頑張らなきゃな、なんて呟きつつレイが離れたのを確認してそっとおばーちゃんの手帳を開いた。
パラパラとめくっていると、調合素材という所に【金属染料剤】のレシピがのっていることに気付く。
手帳を閉じてそっと二人の腕を引いた。
「二人とも、おばーちゃんの手帳に作り方載ってたから多分大丈夫。魔石粉がかなり必要になるのと―――……二人とも、どうしたの? 顔が怖いけど」
何かあっただろうかと思わず聞けば二人は何かを言いかけて、口をギュッと結んだ。
言いたいことがあるなら言って欲しい、と言おうとした私だったけれどそれを遮るようにベルが小さく咳払い。
「その【金属染料剤】はどのくらいかかるの。作るのに」
「え? あー、大体半日かな。粘土とかもいるみたいだね。良質の」
詳しいことを言う訳にはいかないので、買い足す必要がありそうなものについて話しているとアーロスさんが戻ってきた。
「先に盾と防具について詰めましょうか。あとで師匠もインゴットを見に来るそうです」
この一言で私達は気を引き締め、一人分の武器・防具のオーダーに取り掛かることになった。
初めてオーダーメイドの武器や防具の作り方を見るんだけど、色々することがあって驚くことになる。
何でもそうだけど、自分に合ったモノを最初から作りあげるって大変みたい。
ここまで読んで下さって有難うございます!
鈍足で進んでおります、相変わらず(苦笑
のんびりゆっくり、双色の世界を楽しんで頂ければ嬉しいです。
割とこの感情の起伏とキャラがコロコロ変わるレイが面白くって仕方ないwどうなってるんだw
次回は武器や防具についての話になるかな…?商店街までいきたい。
誤字脱字変換ミスなどの報告、訂正ありがとうございます!
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なんか、上手く通知が働かないことがありまして(汗