20話 二番街
進まない、お話。
説明回ふたたび。
ハーティー家は王家とも関わりの深い名家で数多の忠臣を輩出し、王家に忠誠を誓っていることでも有名な上流貴族らしい。
私はぞろぞろと続く生徒の列の一番最後を歩きながらむっすり腕を組んでいた。
隣にいるのは苦笑を浮かべているワート先生が先頭を歩くもう一人の教師や工房生たちを眺めている。
「ライムくん、上流貴族でも彼女はまだ随分といい方なんだよ。まぁ、この制度に名乗りを上げた上流貴族は穏健派の部類なんだろうけれど、もっと差別意識が強い家もあるんだ。この制度に参加するのも保守派か穏健派の二つか下流から中流の貴族が中心になると学院側も見ていたくらいだし…貴族ではない生徒と中流下流貴族のために作られたようなものだからね、この制度」
「にしたって開口一番に『貴女、小間使いもできなさそうですわね。まさかとは思いますけれど偉大なオランジェ・シトラール様の親族だなんておっしゃいませんようお気をつけくださいませ。オランジェ様の名誉に汚泥を塗りたくるような所業ですもの』なんて完全に馬鹿にされてるみたいじゃないですか!」
「…うん、まぁ“みたい”じゃないとは思うけどね」
「ってことは私は初対面で喧嘩売られたってこと?!最悪だ…先生、今から組み合わせって替えられないんですか?」
名家だろうと王家と縁が深かろうと私にはまるで関係がないので憤慨しながら先生を見るとダメダメ、と軽く首を振った。
どうやらあの組み分けはよっぽどなことがないと替えられないそうです。
わかっちゃいたけど、やっぱり納得はいかない。
「ああ、でももう一人の男子生徒は貴族じゃなくて国内でも有数の規模と大きさの商家出身の子だったし彼なら仲良くなれるんじゃない?」
話を逸らそうとしているのかホラ、と私たちの前を歩く後ろ姿を指差した。
長い青紫色の髪と少し明るい同色の瞳を持つ眼鏡をかけた男子生徒のことを思い出して再び眉間に皺が寄っていくのがわかる。
一番頭にきたのは冒頭の暴言を吐いてくださったお嬢様だけど、あの男子生徒も男子生徒なのだ。
「アイツはアイツで腹が立つんですっ!だって、私の顔見て鼻で哂った上に『随分と頭が悪そうだが、君はあのオランジェ様の血縁なのか?』って言いやがったんですよあの嫌味メガネ!」
「う、うーん…なんというか前途多難そうだね、君たちの所は」
「他人事すぎです、ワート先生」
「あはは、ごめんごめん。それはそうと、ほら…あれが工房のある場所だよ」
誤魔化すような笑顔のままいつの間にか見慣れた商店街と住民街の間にある二番街と呼ばれる場所を指差した。
てっきり商店街の、錬金術師が工房を立てている区域に工房があるのかと思ったんだけど私たちはあくまで見習いであり実習生であることから修行中や新人、新参者…まぁつまり駆け出しの職人が多く店を構える場所に工房が用意されたそうだ。
商店街にある店はどれも一流と呼ばれる腕の持ち主しか出店を許されないらしい。
この二番街と呼ばれる場所は、腕にバラつきはあるものの価格は比較的安く馴染みやすいのだとか。
日用品などはこちらで買うという住人も多いようで人通りは結構ある。
「さて、これから各工房に案内する訳だけど…いつも君たちが見ている商店街にある店はどれも国が認めた国内外の誰に見せても恥ずかしくない品質と腕を持っている一流の職人や店だけが出店を認められる」
胡散臭さは多少残るものの真面目な顔をしたワート先生は、確かに先生に見えた。
他の実習生たちもきちんと姿勢を正して話を聞く姿勢をとっている。
先頭を歩いていた先生は何かの書類をチェックしているようだった。
「この場所…二番街に店を構えるということは常に実力と評判を気にしなければいけないということだ。ここは実力主義で、店舗数の関係で表通りに店を出せなかった若しくは出さないという腕利きの職人もいれば、無名だけれど実力のある者、修行を終えたばかりの者…勿論、実力が今ひとつだという者もいる。お客さんは一般市民がほとんどだが稀にお忍びの貴族も訪れる、そういう場所だ」
ここまで話をしておもむろにワート先生は一人の生徒に視線を向ける。
それは、つい先ほど話題に出た嫌味なメガネ君が立っていた。
物珍しそうな視線を周囲に向ける他の生徒とは違って一人だけ落ち着いているように見える。
「リアン君、僕が何を言いたいのか、学院がここで君たちに何を経験させたいのかわかるかな」
「店舗の経営と評判はもとより接客―――…階級に囚われない視点を持つこと、また普段接する機会のない階級の者たちとの交流…でしょうか。補足でいうなれば他人や物を見る眼を養うという目的もあるかと」
「うん、満点の回答ありがとう。流石首席合格者なだけあるね…ここの二番街でも最低品質の基準は変わらないが時折それを知らないで販売している露天商なんかもいる。色々と見たことのないアイテムもあるだろうし勉強するにはもってこいの場所だ」
そこで言葉を切ったワート先生は主に、貴族出身の生徒たちを見回した。
彼らは二番街に来てから戸惑っていたり不安そうだったり、どこか落ち着かない様子だったのを見ていたらしい。
「―――――…僕は、個人的にこの実習を受けたかどうかは将来に大きく影響するだろうと思っている。主に、人格形成という意味でね。学院の中では絶対に経験できない、学べないことがたくさん、それも早い時期に学べるいい機会だ。成績のことや合否のことも気になっているとは思うけれど、それ以上に楽しんで、大いにこの機会を生かし学んで、飛躍して欲しいと思う」
目を細めてどこか懐かしそうに話すワート先生が、この時初めて”教師”に見えたのはここだけの話。
その後すぐにいつもの胡散臭い表情になってもう一人の先生を手招きした。
呼ばれた先生の手には三つの布袋。
布は錬金布で作られているようで深みのある美しい赤色だ。
「じゃ、さっそくだけどこの中の一つを上流貴族の生徒が選んで。あ、この中身は工房の鍵と地図で変更は聞かないよ。工房の場所は立地も条件も違う物件だ…共通しているのは必要最低限の内装と必要最低限の錬金道具が揃ってるってことだけ」
「なるほど…?つまりは運任せで、文句が出ないように私たちが選ぶということですのね」
私と同じ組になった上流貴族のハーティー家とかいうお嬢様がそう口にする。
つり目気味の赤い瞳と深い赤色の髪はどう見ても自信家にしか見えない。
二組の貴族たちも納得したように軽く頷いていた。
手を伸ばしたのは、ハーティー家の赤髪赤目の女生徒、次にクローブの組みにいる男子生徒、最後に女子だけのグループだった。
上流貴族にもやっぱり階級というかそういうのはあるらしい。
手に持った袋がなくなった時点でワート先生が再び口を開いた。
「わかっているとは思うけど実家から金品などを受け取ることは禁止されているからね。高価な部類に入る機材を新たに購入するのも駄目だから気をつけるように。元々個人の機材や師から受け継いだものはその中には入らないから問題はないけれど、あくまで共用じゃなくて個人用としての扱いになる…言っている意味はわかるよね?個人用の機材や道具は基本的に自分で使うためのもので他人が勝手に使うことは極力、というよりしないのが当たり前。無断若しくは身分を笠に取り上げた場合は軽犯罪になると認識しておくように――――…同じ組でも使用人や家臣ではないことくらい理解できているとは思うけれど念の為忠告しておくよ」
(え、なんでそんな当たり前のこと…って、なんで貴族の人は驚いたような顔してんの!?)
驚く私を他所に女子グループの上流貴族の人が挙手をした。
「お尋ねしたいのですが…生活に必要なものについてはどういう扱いになりますの?ベッドやソファ、着替えなども必要だと思うのですが」
「いい質問だね。生活必需品についてはその中に入らないよ。ただ、食事や細々した出費は全部共用だと考えておいて欲しい。わかりやすく言えば、ベッドは家から持ち込んでもいいけれど、食事やランプに使う油やロウソクなんかは共用の財布から出す…って感じだね」
詳しくは工房に置いてある資料を見てくれればいいよ、と気軽に先生は言うけれど私たちにとってこれはかなり大きな課題だった。
ついでに言えば、各組に必ず庶民やそれに類する人が紛れている理由も察した。
(ご飯とか絶対作れないよね、貴族って)
洗濯とかも確実にしなさそうと思わず同じ組の赤毛の女生徒を見る。
あ、うん、わかりやすく青ざめてる。
嫌味メガネの方は相変わらず涼しい顔だ。ちぇっ。
三者三様の表情を見て満足したらしいワート先生はパンパンッと大きく手を叩いて注目を集める。
「じゃ、長々とした説明は終わり。明日は全授業が基礎調合の特別授業だ。一講目から最終講義である九講目までは違う教員が担当することになっているから、どの時間帯、どの教師が担当しているのかを見て学院にくるもよし、空いた時間に来るもよし、だ。じゃあ…餞別替わりに金貨一枚を学院から特別支給するよ。これで何を買うのかは君たちに任せるけど、工房経営以前に生活を破綻させないように充分気をつけること!じゃ、解散!」
あとは協力して頑張って、とだけ残して先生たちはいなくなってしまった。
「あれ、これほぼ丸投げじゃないの…?」
嘘でしょ、と思わず呟いた言葉に実習生の殆どが頷きかけて、ハッと我に返ったらしい。
先ほど鍵を選んだ生徒を中心に集まっているので、私も取り敢えず地図を見に行くことに。
…取り敢えず自分の寝床くらいは確かめたい。
色々不安はありすぎるけど、もう後に引けないことだけは確かだし…。
早まった、かなぁー…って思わなくもないんだけどさ、ぶっちゃけ。
ここまで読んでくださってありがとうございます!